wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「市民のための 自由なラジオ LIGHT UP!」のご紹介~もう19回分もアーカイブがたまっていた

 今晩(2016年8月16日)配信した「メルマガ金原No.2540」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
「市民のための 自由なラジオ LIGHT UP!」のご紹介~もう19回分もアーカイブがたまっていた

 惜しまれながら今年の3月をもって終了した「ラジオフォーラム」の実質的な後継番組と言って良いのでしょうね。「自由なラジオ LIGHT UP!」が4月からスタートするということを情報としては知っていたのですが、実際にアクセスして聴く機会を持つことが出来ていませんでした。
 そもそも、どうしたら聴けるのだろうか?「ラジオフォーラム」はYouTubeでも聴けたので、「自由なラジオ LIGHT UP!」も多分ネットで聴けるのだろうと推測はしていましたが、今日初めて確認しました。
 番組の公式サイトはこちらです。
 
 
 とにかく、このサイトが頼りなので、まず「ABOUT」をのぞいてみました。
 
自由なラジオ LIGHT UP!公式サイト ABOUT
(引用開始)
この番組は大きなスポンサーをもちません。

 皆様からの寄付によって作られる、今どきめずらしいラジオ番組です。
 だからこそ、あなたの手となり足となり、パーソナリティ自ら取材に出かけ、
 現場を見ているゲストを招き、本当のことをお伝えできます。
 「種蒔きジャーナル」「ラジオフォーラム」から引き続き小出裕章さんにもご出演いただきます。
 ぜひあなたも、市民にいちばん近いラジオ「自由なラジオ LIGHT UP!」にご参加ください!
 
今、必要な情報を私たちの手に!
この番組をご支援ください!!
 
ゆうちょ銀行
店  名 : 四〇八(よんぜろはち)店
口座番号 : 普通 6855587
名  義 : シャ)自由なラジオ
 
郵便振替口座 :
00920-0-309110
 
城南信用金庫
店  番 : 大井支店 003
口座番号 : 普通 862014
名  義 : ジユウナラジオ
 
一般社団法人 自由なラジオ
〒564-0041 吹田市泉町1-22-33
MAIL :
info@jiyunaradio.jp
(引用終わり)
 
 次はどうやったら聴けるのか?ですが、最初、トップページのどこを見てもそれらしいコーナーが見当たらず、当惑しましたが、画面の左端にある3つのボタンの真ん中にポインターを当ててみると、「How to Listen」と表示されました。それならそうと、最初からそう書いておいて欲しかった(それも日本語付きで)。

自由なラジオ LIGHT UP!公式サイト How to Listen
(引用開始)
ARCHIVE
 
当Webサイトのアーカイブページからお聴きになれます
PODCAST
 
ポッドキャストデータをダウンロードしてお聴きになれます
AM RADIO COMMUNITY FM
 
一部AM放送局、全国各地のコミュニティFM局でお聴きになれます
SIMULRADIO
 ネットでコミュニティFMの放送を聴ける「サイマルラジオ」でお聴きになれます
(引用終わり)
 
 基本的には、「ラジオフォーラム」で聴けたメディアではそのまま聴けるようです(AM放送局や全国各地のコミュニティFM局の数は減ったような気がしますが)。
 
 さて、4月以降、既に19回分の放送がアーカイブにアップされており、PODCASTまたはYouTubeで無料聴取できます。
 これまで、どのような番組が放送されたのか、アーカイブを覗いてみましょう。
 
自由なラジオ LIGHT UP!公式サイト ARCHIVE
(引用開始)
001 2016.4.1
祝第1回! 小出裕章さんとともにLight Up! 3.11から6年目の日本

PERSONALITY
木内みどり
GUEST
小出裕章(元京都大学原子炉実験所)
西谷文和(ジャーナリスト)
いまにしのりゆき(ジャーナリスト)
矢野 宏(ジャーナリスト
 
 
002 2016.4.12
松尾貴史が語る、解り合えるコツ。この時代、この国に生きるために。

PERSONALITY
おしどり
GUEST
松尾貴史さん(タレント、ナレーター、DJなど)


003 2016.4.19
戦争法が施行! 日本は本当に戦争ができる国になってしまうのか?

PERSONALITY
西谷文和
GUEST
前田哲男さん(軍事評論家)


004 2016.4.26
元山口組顧問弁護士の告白 ~私がクビになった理由と山口組分裂の真相~

PERSONALITY
今西憲之
GUEST
山之内幸夫さん(元山口組顧問弁護士)


005 2016.5.10
憲法に緊急事態条項は必要か?

PERSONALITY
矢野宏(新聞うずみ火代表)
GUEST
永井幸寿さん(弁護士)


006 2016.5.10
ガルトゥング博士を日本に呼ぶ男 “関根健次”が語る「積極的平和」の本当の意味とは?

PERSONALITY
木内みどり
GUEST
関根健次さん(ユナイテッドピープル株式会社代表 一般社団法人国際平和映像祭代表理事)
大島花子さん(シンガー)

 
007 2016.5.17
貝原浩の生き方、そして今だから伝えたい、大切なこと

PERSONALITY
アーサー・ビナード
GUEST
世良田律子さん(画家・亡き貝原浩さんのお連れ合い)
原きよさん(朗読家)

 
 
 
012 2016.6.21
なぜ繰り返される?“政治とカネ”の問題

PERSONALITY
西谷文和(ジャーナリスト)
GUEST
阪口徳雄さん(弁護士)


013 2016.6.27
決して辞めてやるものかと誓った! 研修所の個室に左遷された内部告発者の30年

PERSONALITY
いまにしのりゆき
GUEST
串岡弘昭さん


014 2016.7.5
沖縄や福島の人たちだけに背負わせて手に入れた「偽りの安全」について考える

PERSONALITY
木内みどり
GUEST
落合恵子さん


015 2016.7.12
「国策紙芝居」を知っていますか?
人気メディアを巧みに利用して幼い心を洗脳していった国家権力の恐怖

PERSONALITY
アーサー・ビナード(詩人)
GUEST
長野ヒデ子さん(絵本・紙芝居作家

 
016 2016.7.19
これからどうなる日本経済

PERSONALITY
西谷文和(ジャーナリスト)
GUEST
二宮厚美さん(神戸大学名誉教授)


017 2016.7.22
国益最優先の政治に憤る! 拉致と原発、届かぬ被害者の思い

PERSONALITY
いまにしのりゆき
GUEST
蓮池透さん(拉致被害者蓮池薫さんの実兄)
大沼勇治さん(福島県双葉町住民・電話ゲスト)


018 2016.8.2
なぜ子どもの貧困は起こるのか?

PERSONALITY
矢野宏(新聞うずみ火代表)
GUEST
徳丸ゆき子さん(大阪子どもの貧困アクショングループCPAO代表)

 
019 2016.8.9
自然エネルギーなら戦争は起きない。原発ゼロの先を行け!
『弱い人、困っている人を助ける弁護士』が気づいたこと

PERSONALITY
木内みどり
GUEST
河合弘之さん(弁護士・映画監督)
(引用終わり)

 
 19回分のアーカイブの目次を眺めてみると、目移りがしてきて、「あれも聴きたい」「これも聴きたい」「でも時間がない」ということになるでしょうね。
 これから、週に1回、50分程度の時間をやりくりして、毎週「自由なラジオ LIGHT UP!」を聴く習慣を身につけなければ。
 

(付録)
『コップ半分の酒』 作詞:森川あやこ 作曲:長野たかし 演奏:長野たかし&森川あやこ

全国戦没者追悼式で今年も貫徹された“安倍3原則”(付・天皇陛下「おことば」を読む)

 今晩(2016年8月15日)配信した「メルマガ金原No.2539」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
全国戦没者追悼式で今年も貫徹された“安倍3原則”(付・天皇陛下「おことば」を読む)

 8月15日の「全国戦没者追悼式」における内閣総理大臣「式辞」と天皇陛下「おことば」をメルマガ
(ブログ)で取り上げるようになったのは2年前からでした。
 過去の記事を振り返ってみましょう。
 
2014年8月15日
“コピペ”でなければ良いというものではない~全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞を聴いて

首相官邸ホームページに掲載されている歴代総理大臣の「式辞」(平成8年の橋本龍太郎首相以降の分が掲載されています)を全て確認した上で、平成25年(2013年)の安倍晋三首相に至り、アジア諸
国の人々に対する加害責任への言及と反省の言葉が削除されたことを跡づけました。
 従来の総理大臣「式辞」の一例として、平成21年(2009年)の麻生太郎首相「式辞」の該当部分
を引用します。
「また、我が国は、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えております。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となられた方々に、謹んで哀悼の意を表します。」
 
2014年8月18日
続 “コピペ”でなければ良いというものではない~“平和と繁栄”はいかにして築かれたのか
※歴代の総理大臣「式辞」において、戦後の“平和と繁栄”がいかに築かれたかに言及した部分の変遷を
検証してみました(やはり平成8年の橋本龍太郎首相以降)。
 以上2回の検証の結果を踏まえ、2度目に首相に就任した後の安倍首相「式辞」の著しい特色を、私は
以下のようにまとめています。
「以上で、昨年及び今年の全国戦没者追悼式における「式辞」において、安倍首相が、何を述べ、何を述
べなかったかが明らかになったと思います。要約すれば以下のとおりです。
① 村山富市首相から数えれば19年にも及んだ歴代首相によるアジア諸国民に対する加害についての反
省と哀悼の意の表明を削除した。
② 多くの首相が述べた「不戦の誓い」にも言及しなかった。
③ 戦没者の犠牲の上に“平和と繁栄”があると述べながら、“平和と繁栄”をもたらしたものが「国民
のたゆまぬ努力」との言及はなかった。
 以上を踏まえれば、安倍首相は、アジア諸国民に対する加害責任があるとは思っておらず、我が国の“平和と繁栄”をもたらしたのは戦没者らの「犠牲」によるものであり、今後、場合によっては日本が自ら武力行使に及ぶこともあると考えていると解するのがごく素直な解釈というものでしょう(これ以外の解釈
の余地ってあるでしょうか?)。」
 
2015年8月15日
全国戦没者追悼式総理大臣「式辞」から安倍談話を読み返す(付・同追悼式での天皇陛下「おことば」について)
※安倍首相「式辞」については、前日の14日に発表されたいわゆる「戦後70年談話」で使用されたキ
ーワード(「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「心からのお詫び」)のどれ1つとして(歴代首相が式辞で述べていたアジアへの加害と「深い反省」も)使われず、2013年、2014年と基本的に同じ
内容であったことを確認しました。
 これに対し、平成元年(1989年)以降の天皇陛下「おことば」を全て読み返してみた結果を次のよ
うにまとめています。
「私は、昨年、平成元年の即位以来の全国戦没者追悼式での「おことば」を全部読んでみました。
 その結果、毎年ほとんど同じ表現の「おことば」であるものの、平成7年(1995年)に初めて「戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い」という憲法前文を踏まえた表現が付け加えられ、その後
ずっと継承されているということを知りました。ちなみにこの時の総理大臣は村山富市氏でした。
 今年の「おことば」における「さきの大戦に対する深い反省と共に」という表現の付加は、平成元年(
1989年)の即位後、2度目の大きな変更(追加)です。
 さらに細かく言えば、昨年は「国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられました」とされていた部分が、「戦争による荒廃からの復興,発展に向け払われた国民のたゆみない努力と,平和の存続を切望する国民の意識に支えられ,我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました」と手厚い表現になっており、とりわけ「平和の存続を切望する国民の意識」が強調されていることを見落とすことはできません。」
 
 以上が、昨年までの「おさらい」です。
 ということで、今年の内閣総理大臣「式辞」と天皇陛下「おことば」を、昨年のそれと比較し、何らか
の変化があったかどうかを検証してみましょう。
 
 今年の式典の動画として、政府インターネットテレビ配信のものをご紹介しておきます。安倍首相の「式辞」は2分48秒から、天皇陛下「おことば」は9分23秒からです。 
 
 
 まずは、安倍晋三内閣総理大臣の「式辞」です。
 昨年の戦後70年ヴァージョンの「式辞」と比較してみると、これでもやや抑え気味と言うべきなのでしょうね。いつも気に障る「安倍方言」も、「孜々(しし)として」(「熱心に」というほどの意味)くらいですから。
 結局、言っていることは2013年以来変わっていません。
 先に述べた安倍「式辞」の3大特徴、すなわち、
① アジア諸国民に対する加害についての反省と哀悼の意は絶対に表明しない。
② 「不戦の誓い」も述べない。
③ 戦没者の犠牲の上に“平和と繁栄”があることを強調しながら、“平和と繁栄”をもたらしたものが
「国民のたゆまぬ努力」であるとは言わない。
については、完璧に昨年までの「式辞」を踏襲しています。今やこれを「安倍3原則」と名付けても良い
でしょう。
 それでは、今年と昨年の「式辞」を読み比べてください。
 
安倍晋三内閣総理大臣 全国戦没者追悼式式辞 平成28年8月15日
(引用開始)
 本日ここに、天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、全国戦没者追悼式を挙行するにあたり、政府を代表し、
慎んで式辞を申し述べます。
 あの、苛烈を極めた先の大戦において、祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に斃れられた御霊、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遥かな異郷に亡くなられた御霊、皆様の尊い犠牲の上に、私たちが享受する平和と繁栄があることを、片時たりとも忘れません。衷心より、哀悼の誠を捧げるとともに、改めて、敬意と
感謝の念を申し上げます。
 未だ、帰還を果たされていない多くの御遺骨のことも、脳裡から離れることはありません。おひとりで
も多くの方々が、ふるさとに戻っていただけるよう、全力を尽くします。
 我が国は、戦後一貫して、戦争を憎み、平和を重んじる国として、孜々として歩んでまいりました。世
界をよりよい場とするため、惜しみない支援、平和への取り組みを、積み重ねてまいりました。
 戦争の惨禍を決して繰り返さない。
 これからも、この決然たる誓いを貫き、歴史と謙虚に向き合い、世界の平和と繁栄に貢献し、万人が心豊かに暮らせる世の中の実現に、全力を尽くしてまいります。明日を生きる世代のために、希望に満ちた
国の未来を切り拓いてまいります。そのことが、御霊に報いる途であると信じて疑いません。
 終わりに、いま一度、戦没者の御霊に永久の安らぎと、御遺族の皆様には、御多幸を、心よりお祈りし
、式辞といたします。
(引用終わり)
 
(参考)
安倍晋三内閣総理大臣 全国戦没者追悼式式辞 平成27年8月15日
(引用開始)
 天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、戦没者の御遺族、各界代表多数の御列席を得て、全国戦没者追悼式を
、ここに挙行致します。
 遠い戦場に、斃れられた御霊、戦禍に遭われ、あるいは戦後、遥かな異郷に命を落とされた御霊の御前
に、政府を代表し、慎んで式辞を申し述べます。
 皆様の子、孫たちは、皆様の祖国を、自由で民主的な国に造り上げ、平和と繁栄を享受しています。それは、皆様の尊い犠牲の上に、その上にのみ、あり得たものだということを、わたくしたちは、片時も忘
れません。
 七十年という月日は、短いものではありませんでした。平和を重んじ、戦争を憎んで、堅く身を持して
まいりました。戦後間もない頃から、世界をより良い場に変えるため、各国・各地域の繁栄の、せめて一助たらんとして、孜々たる歩みを続けてまいりました。そのことを、皆様は見守ってきて下さったことで
しょう。
 同じ道を、歩んでまいります。歴史を直視し、常に謙抑を忘れません。わたくしたちの今日あるは、あ
またなる人々の善意のゆえであることに、感謝の念を、日々新たにいたします。
 戦後七十年にあたり、戦争の惨禍を決して繰り返さない、そして、今を生きる世代、明日を生きる世代
のために、国の未来を切り拓いていく、そのことをお誓いいたします。
 終わりにいま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様には、末永いご健勝をお祈りし、式辞といた
します。
(引用終わり)
 
 ついで、天皇陛下「おことば」です。基本的には昨年の踏襲であり、あえて言えば、「戦後70年」の特別モードであった昨年の「おことば」から、それ以前の「平年」モードに戻った感があります。
 細かく見れば、以下のような変化が認められます。
 
昨年「戦争による荒廃からの復興,発展に向け払われた国民のたゆみない努力と,平和の存続を切望する国民の意識に支えられ,我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。」
今年「国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられました。」
 
昨年「戦後という,この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき,感慨は誠に尽きることがありません。」
今年「苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。」
 
昨年「ここに過去を顧み,さきの大戦に対する深い反省と共に」
今年「ここに過去を顧み,深い反省とともに」
 
 結論的には、先に書いたとおり、「戦後70年」モードから「平年」モードに戻ったもので、特に「後退」というべきではないでしょう。
 昨年から使われるようになった「深い反省」は、今年も使われています。「先の大戦に対する」という反省の対象が除かれているのは、そもそも「大戦」が何を指すかが明確ではないと考えられた上での削除
ではないかと推測します。
 この「深い反省」が、2013年以降の全国戦没者追悼式における総理大臣「式辞」から消え失せたことは先に述べたとおりですが、総理大臣も天皇も、どちらも「反省」という言葉を使わないことは許され
ない、首相があくまで使わないのであれば自分が述べざるを得ないという天皇の考えによるものであろう
と思います。
 これを、現行憲法天皇条項(特に4条の「国政に関する権能を有しない。」)に違反する越権行為だ
という解釈も聞こえてきそうですけどね。

 それより私が気になるのは、「平和の存続を切望する国民の意識に支えられ」という昨年新たに盛り込まれた表現が削除されたことです。一応、「平年」モードに戻しただけという解釈を示しておきましたが、先日の参院選の結果などを見るにつけ、本当に日本国民が「平和の存続を切望」しているのか?天皇陛下も確信が持てなくて削除したというようなことでなければ良いのですが。
 
 なお、今年の「おことば」から削除された「深い反省」の対象については、昨年1月1日に発表された「天皇陛下のご感想(新年に当たり)」が参考となります。
(抜粋引用開始)
 本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています。 
(引用終わり)
 
全国戦没者追悼式 平成28年8月15日(月)(日本武道館)
天皇陛下「おことば」

(引用開始)
 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において
,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に71年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが
,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。
 ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国
民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発
展を祈ります。
(引用終わり)
 
(参考)
全国戦没者追悼式 平成27年8月15日(土)(日本武道館)
天皇陛下「おことば」

(引用開始)
 「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけ
がえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来既に70年,戦争による荒廃からの復興,発展に向け払われた国民のたゆみない努力と,平和の存続を切望する国民の意識に支えられ,我が国は今日の平和と繁栄を築いてきました。戦後という,この
長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき,感慨は誠に尽きることがありません。
 ここに過去を顧み,さきの大戦に対する深い反省と共に,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し,心からなる追悼の意を表し,世界の平和
と我が国の一層の発展を祈ります。
(引用終わり)

越野章史著『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』を読む

 今晩(2016年8月14日)配信した「メルマガ金原No.2538」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
越野章史著『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』を読む

 是非読みたいと思って入手しながら、なかなか読むためのまとまった時間を確保できず、それでも、いつでも読めるようにとすぐ手の届くところに置いてある、そういう本が皆さんにもありませんか?
 そういう非常に気になる本を読み上げて、一気に読後感をメルマガ(ブログ)に書いたことが過去何度かあります。最近では(でもない、1年半も前のことですが)こういう本がありました。
 
 
 私の場合、買ってきてすぐにざっと目を通す本もあるのですが(というか、大抵はそういう読み方です)、時として「じっくりと向かい合わなければ読めないな」と思われる本に出会うこともあるのです。
 今日ご紹介しようとする越野章史(こしの・しょうじ)さん(和歌山大学教育学部准教授)の著書『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』も、今年の5月14日、小林節さんの講演会が開かれた和歌山市民会館大ホールのロビーで、刷り上がったばかりの同著を、越野先生自身から割引価格で(!)入手して以来、「早く読まなければ」と気になりながら、ずっと傍らに置き続ける本の仲間入りをし、入手してから3ヶ月にして、ようやく盆休みを利用して読み上げ、この文章を書き始めています。


 越野さんの研究者としての専門分野は、「教育学(教育哲学,教育思想,教育史,学校教育,教育政策),教育社会学(教育社会学,教育政策,学校組織・学校文化,教師・生徒文化,青少年問題,学力問題,ジェンダーと教育)」(和歌山大学ホームページ研究者総覧・基本情報から)ということですが、申し訳ないことながら、私自身はその分野に全くの門外漢であり、今回の著書を読むまで、越野さんの教育学研究者としての業績に触れる機会はほとんどありませんでした。

 「ほとんど」という曖昧な表現を使ったのは、以前、「楠見子連れ9条の会」が越野先生を講師に招いた学習会を行うことをメルマガ(ブログ)でご紹介した際にも触れたことですが、越野先生と私の間で以下のようなやりとりがあったからです。その記事から一部抜粋します(4/7楠見子連れ9条の会・学習会のお知らせ(in和歌山市)/2013年3月29日)。
 
(引用開始)
 なお、私にとって越野先生との関わりで忘れられないのは、2011年12月、越野先生からメールで以下のようなご相談を受けたことです。それは、2011年度後期の越野ゼミにおいて原発問題を学ぶことになり、放射線に詳しいお医者さん、原発反対運動に関わってこられた方、放射能から逃れて避難してこられた方などに学生たちがインタビューすることを希望しているので、適切な方を紹介していただけないかという丁重なご依頼でした。
 幸い、私からお願いした方々(いずれも「メルマガ金原」の読者/そういえば越野先生も読者だった)は皆さん快くお引き受けくださり、充実したインタビューとなったことは、ゼミの学習の成果をまとめた、実に204頁にも及ぶ立派な報告書『2011年度後期 越野ゼミ 活動報告書 原発問題を学ぶ/原発問題から学ぶ』を送っていただいてよく分かりました。
 もちろん、この報告書は非売品で、既に余部もないかもしれませんが、非常に価値の高いものだと思います。
 せめて、越野先生が書かれた「『原発問題』から学ぶことで何が見えるのか―序にかえて―」だけでも、皆さんに読んでもらえたらと思うのですが。
(引用終わり)
 
 そこでも書きましたが、越野ゼミの学生の皆さんがまとめた報告書自体素晴らしいものでしたが、「序にかえて」を一読した私は、指導教官として「学び」の全過程に関わった越野先生の見識の高さに深い感銘を受けたのでした。
 「『原発問題』から学ぶことで何が見えるのか―序にかえて―」から、『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』にも一貫する教育思想研究者としての越野先生の姿勢がうかがえる冒頭部分の一部を引用します。
 
2011年度後期 越野ゼミ 活動報告書 原発問題を学ぶ/原発問題から学ぶ
原発問題」から学ぶことで何が見えるのか―序にかえて―  越野章史
(抜粋引用開始)
 前期のゼミの打ち上げ時に学生の一人が、「後期は何を学びたい?」という私の問いに、ストレートに「原発のことが知りたいです」と言ってくれたことも、私の背中を押した。
 同時に、ただ文献から学ぶだけではだめだろうとも思っていた。それには全く異なる二つの理由がある。一つは、テーマである原子力発電所の問題が、まさに日々進行している問題だからである。(略)二つは、学生たちの潜在的な要求である。教室の中で文献を読む学びを前期に行い、後期にはもう少し「生きた」知に触れる活動がしたいと、多くの学生が望んでいるように感じたのである。学びの内容に、現実社会との関わりにおけるアクチュアリティと、学習者の生活へのレリバンス(relevance=関連性)を回復すべきだというのは、教育思想研究者としての私の日頃の主張でもある。そこから、謝辞に記したように多くの方にご協力いただき、「原発プロジェクト」が進んでいった。目を見張ったのは、このテーマで学ぶうちに学生たちが見せてくれた自発性と学習意欲である。
(引用終わり)
 
 さて、越野章史先生の初の本格的な著書が道徳教育を論じたものとなったのは、学習指導要領が改訂され、「道徳の時間」が「特別な教科」となり、検定教科書が作られるという動き(小学校では2018年度から、中学校では2019年度から実施)を踏まえたものであることは言うまでもないでしょう。
 
 
 もちろん、越野さんは、道徳教科化には非常に批判的です。けれども、『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』は、単に道徳教科化を批判することだけを目的とした著作ではありません。そのことは、この著書の標題からも明らかです。
 もっとも、「市民のための道徳教育」というタイトルを一瞥しただけでは、既に学校教育の課程を終え、市民社会の一員となった者のための「道徳教育」を論じた著作だと早合点しかねず、かくいう私も最初はそう思い込んでおり、本を入手して「はじめに」を読んで、ようやく勘違いに気がついた次第です。
 そこで、「はじめに」の一部を引用して著者の意とするところをご理解いただければと思います。
 
『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』
はじめに
(抜粋引用開始)
 「市民のための道徳教育」が本書のタイトルである。が、これは成人教育や市民を対象とした教育のことではない。本書の主題は、学校(主に小中学校だが、幼稚園にも高校にも通じる内容は含んでいる)における道徳教育である。
 誤解を招きそうなタイトルをつけてしまい読者には申し訳ないが、タイトルが表現したかったことは、「現在の子どもを、近い将来の市民として育てるには、どのような道徳教育が望ましいのか」ということである。
 市民(citizen)とは、まず何よりも、「政治的権利をもった人」という意味である。つまり、主権者のことだ。民主主義の社会にあっては、私たち一人ひとりの人間が、政治的な問題について関心や知識をもち、選挙やそれ以外の政治的活動を通じて、政治的な決定に関与することになっているし、現に関与している(政治への無関心も投票の棄権も、結果に影響を及ぼすのだから、ある種の「関与」である)。
 もう一つ、日本語の市民という言葉には、「ふつうの人」という意味、少し言葉を換えれば、その地域に定住する「一人の生活者」といった響きもあるように思う。
 本書では、この二つの意味で市民という言葉を使う。そして、市民は言うまでもなく、社会の中で、人との関わりのなかで生きていく。そこに何らかの道徳―ルールやマナーについての認識や善悪の判断力―が必要となってくることは、概ね異論がないだろう。子どもたちが将来の主権者として、また生活者として、より豊かに、幸せに生きていくためには、どのような道徳を育む必要があるのか、ということを考えたい。
(引用終わり)
 
 このような意図のもと、本書は大きく2部で構成されています。
 第1部は、日本の学校における道徳教育の歴史が概観されます。
 そして、第2部では、「はじめに」で述べられた問題意識の下、あるべき「市民を育てる道徳教育」が、ルソー、モンテッソーリ、デューイらの理論や実践を参照しつつ、論じられています。
 その一々をご紹介する能力は私にはありませんので、以下に、目次を転記することをもって内容紹介に代えたいと思います。
 
『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』
目次
はじめに
第一部 日本の学校道徳教育の歴史
 
第一章 1945年までの道徳教育
  一、学校教育制度のはじまりと道徳教育
  二、道徳教育重視のはじまり
  三、道徳教育重視への批判と、推進派の意図
  四、教育勅語における道徳教育論
  五、戦争の時代と道徳教育
  六、国家主義的な道徳教育がもたらしたもの
 
第二章 戦後教育改革と道徳教育
  一、修身の停止
  二、第一次米国教育視察団の道徳教育論
  三、コア・カリキュラムと道徳教育
  四、生活綴方と道徳教育
 
第三章 「逆コース」政策と「道徳の時間」の設置
  一、「逆コース」=戦後教育政策の大転換
  二、「修身」復活論
  三、文部省の抵抗と追従
  四、教師・教育学者の抵抗
 
第四章 モラルパニックと道徳教育
  一、はじめに
  二、モラルパニックとは何か
  三、「非行」「少年犯罪」をめぐる言説
  四、モラルパニックとしての「いじめ問題」
  五、「新しい教育問題」について 
 第五章 新自由主義新保守主義と道徳教育                 
  一、新自由主義とは何か
  二、新自由主義が求める道徳教育
  三、新保守主義と道徳教育
第二部 市民を育てる道徳教育の探求
 第六章 中間考察―いくつかの原則―
  一、徳目主義を超える
  二、心情主義を超える
  三、道徳教育を通じてどのような力を育てたいのか
  四、道徳教育の目的は学校の秩序維持ではない
 第七章 ジャン=ジャック・ルソーの道徳教育論
  一、「自然」に従った教育―消極教育―
  二、道徳の源泉としての「ピティエpitie(あわれみ)」
  三、「共苦」の感覚を育てる
  四、ルソー道徳教育論の今日的意義
 
第八章 モンテッソーリとデューイのディシプリン(規律)論
  一、従来の学校におけるディシプリンへの批判
  二、モンテッソーリディシプリン
  三、デューイのディシプリン
 
第九章 市民を育てる学校道徳教育の創造へ
  一、小学校低~中学年の道徳教育を考える
   「自己肯定感」の維持・回復
   「聴く力」を育てる
   「聴き取られる権利」を充たす
   目的を共有し、協同する経験
  二、小学校高学年~中学校の道徳教育   
   発達論的な前提
   モラルジレンマ考
   アクチュアルでレリヴァントな学びへ
   基本的人権を学ぶ
   (悪)について学ぶ
  三、学校を民主的な道徳環境に
おわりに
 
 私自身、小学校6年間、中学校3年間、週に1回は「道徳の時間」があったのだろうと思いますが、きれいさっぱり何の記憶もありません。
 けれども、権力者の言うことに何の疑いもいだかず、批判がましいこともせず、唯々諾々とこれに従うというような「従順な国民」にならずにすんだのですから、結果的に、私の受けた道徳教育は、少なくとも「害にはならなかった」として感謝すべきなのかもしれません。・・・これは、私が本書のとりわけ第一部「日本の学校道徳教育の歴史」を通読し、為政者やその周囲の経済界などが欲する「道徳教育」の内実への理解が深まったことにより、率直に念頭に浮かんだ感慨です。
 
 私は、教育学に関する著作など、ほとんど読んだことがなく(放送大学で受講した「学校と法('12)」のテキストくらいですかね)、越野先生の『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』の類書と比較しての特徴などとても指摘できません。
 けれども、昨日・今日の2日間かけて一気に読んだ私の感想は、全くレベルを落とすことなく、それでいながら、教育学に何の予備知識がない者が読んでも、十分に理解できる道徳教育論になっている、というものです。
 本書は、我が国における学校道徳教育の大きな流れを説明しつつ、その中で「道徳の教科化」がどのように位置付けられるのかについての適確な見取図を提示するとともに、あるべき道徳教育を考えるための具体的提言にまで及ぶものであり、
とりわけ、「道徳の教科化」というニュースに接して危機感を抱いている多くの人に対して、必ずや有益な知見と見通しを与えてくれるものと確信します。
 
 なお、第四章「モラルパニックと道徳教育」は、冷静に統計データを読み解く意識と能力がいかに重要かに気付かせてくれる非常に重要な章だと思います。私自身、少年犯罪に対する厳罰化の主張に対し、「それは違うだろう」と反論するのが常なので、よけいに共感をいだいたということもあります。
 
CIMG4517 本書の「あとがき」でも著者自身が言及されていますが、越野先生は、昨年8月13日に結成され、翌14日(ちょうど1年前ですね)に記者会見を開いた「安全保障関連法案の廃案を求める和歌山大学有志の会」(その後「安全保障関連法の廃止を求める和歌山大学有志の会」と改称)の事務局長として、同月から9月にかけて、まさに東奔西走の日々を送り、その後も、多くの団体と共同して安保法制の廃止を求める活動に積極的に関与されています。そのような活動の中で、越野先生は、特に若者や学生の良き相談相手として非常に信頼されています。
 
 その越野先生が、本書「あとがき」で、昨年の市民運動の高揚を高く評価しつつ、以下のように述べられていることに注意を喚起して、本稿を終えたいと思います。
 著者と以下のような問題意識を共有される方に、是非本書を手にとってお読みいただきたいとお薦めします。

※写真は、2015年9月23日に和歌山城西の丸広場で開かれた9団体共同呼びかけによる「
安保法制(戦争法)廃止を求める9・23和歌山集会」でスピーチする越野章史さんです。
 
『市民のための道徳教育―民主主義を支える道徳の探求―』
おわりに
(抜粋引用開始)
 
そのことの意義を充分に認めながら、他方でしかし、事態の重大さに比して、発言する人、何らかの行動を起こす人の数が、あまりに少ないのではないかという思いを、私はぬぐいきれない。
(略)
 人びとが政治的な問題について意見を持つことができ、自由に討議することができ、そうした活動を通じて政治を「変えられる」という希望をもっている状態のことを、政治学者のダグラス・ラミスは「公的希望状態」と名づけているが、そうした状態こそが民主主義にとって必須なのである。
(略)
 そして今、学校道徳教育に対して、ここまで述べたような政治的な無力さを助長するかのような「改革」が押しつけられようとしている。そのような危機にあってこそ、それに対抗し得る道徳教育のあり方を探求し、議論し、実現していくことの必要性がより明確になっているのではないか。本書執筆の動機は以上のようなものである。
(引用終わり) 

“憲法9条 幣原喜重郎 発案説”を補強するマッカーサー書簡の発見~部分再録『内閣総理大臣の孤独な闘い』

 今晩(2016年8月13日)配信した「メルマガ金原No.2537」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
憲法9条 幣原喜重郎 発案説”を補強するマッカーサー書簡の発見~部分再録『内閣総理大臣の孤独な闘い』

 日本国憲法9条は、幣原喜重郎首相がマッカーサーGHQ最高司令官に提案したものだという学説を補強する、マッカーサーの高柳賢三憲法調査会会長宛の書簡が発見されたというニュースは、昨日(8月12日)の東京新聞一面のトップ記事となって注目され、既に澤藤統一郎弁護士の「憲法日記」をはじめ、いろいろなサイトで取り上げられて話題となっていますので、今さら私が紹介するまでもないのではと思わないこともないのですが、秋の臨時国会から国会両院の憲法審査会で本格的な改憲論議が始まるとも言われている状況の下、多くの国民が知っておくべき話題だという観点から、今日のメルマガ(ブログ)でも取り上げることとしました。これは、私自身の備忘のためでもあります。
 まず、東京新聞の一面に掲載された記事をご紹介しましょう。
 
東京新聞 2016年8月12日 朝刊
「9条は幣原首相が提案」マッカーサー、書簡に明記 「押しつけ憲法」否定の新史料

(抜粋引用開始)
 
日本国憲法の成立過程で、戦争の放棄をうたった九条は、幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)首相(当時、以下同じ)が連合国軍総司令部(GHQ)側に提案したという学説を補強する新たな史料を堀尾輝久・東大名誉教授が見つけた。史料が事実なら、一部の改憲勢力が主張する「今の憲法戦勝国の押しつけ」との根拠は弱まる。今秋から各党による憲法論議が始まった場合、制定過程が議論される可能性がある。(安藤美由紀、北條香子)
 九条は、一九四六年一月二十四日に幣原首相とマッカーサーGHQ最高司令官が会談した結果生まれたとされるが、どちらが提案したかは両説がある。マッカーサーは米上院などで幣原首相の発案と証言しているが、「信用できない」とする識者もいる。
 堀尾氏は五七年に岸内閣の下で議論が始まった憲法調査会の高柳賢三会長が、憲法の成立過程を調査するため五八年に渡米し、マッカーサーと書簡を交わした事実に着目。高柳は「『九条は、幣原首相の先見の明と英知とステーツマンシップ(政治家の資質)を表徴する不朽の記念塔』といったマ元帥の言葉は正しい」と論文に書き残しており、幣原の発案と結論づけたとみられている。だが、書簡に具体的に何が書かれているかは知られていなかった。
 堀尾氏は国会図書館収蔵の憲法調査会関係資料を探索。今年一月に見つけた英文の書簡と調査会による和訳によると、高柳は五八年十二月十日付で、マッカーサーに宛てて「幣原首相は、新憲法起草の際に戦争と武力の保持を禁止する条文をいれるように提案しましたか。それとも貴下が憲法に入れるよう勧告されたのか」と手紙を送った。
 マッカーサーから十五日付で返信があり、「戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです」と明記。「提案に驚きましたが、わたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました」と結んでいる。
 九条一項の戦争放棄は諸外国の憲法にもみられる。しかし、二項の戦力不保持と交戦権の否認は世界に類を見ない斬新な規定として評価されてきた。堀尾氏が見つけたマッカーサーから高柳に宛てた別の手紙では「本条は(中略)世界に対して精神的な指導力を与えようと意図したもの」とあり、堀尾氏は二項も含めて幣原の発案と推測する。
(略)
高柳賢三憲法調査会長に対するマッカーサーGHQ最高司令官の返信
憲法9条は)世界に対して精神的な指導力を与えようと意図したものであります。本条は、幣原男爵の先見の明と経国の才とえい知の記念塔として、永存することでありましょう
(1958年12月5日)
戦争を禁止する条項を憲法に入れるようにという提案は、幣原首相が行ったのです。首相は、わたくしの職業軍人としての経歴を考えると、このような条項を憲法に入れることに対してわたくしがどんな態度をとるか不安であったので、憲法に関しておそるおそるわたくしに会見の申込みをしたと言っておられました。わたくしは、首相の提案に驚きましたが、首相にわたくしも心から賛成であると言うと、首相は、明らかに安どの表情を示され、わたくしを感動させました。
(同年12月15日)
(引用終わり)
 
 また、東京新聞による堀尾輝久東大名誉教授に対するインタビューも引用しておきます。
 
東京新聞 2016年8月12日 朝刊
「9条提案は幣原首相」 史料発見の東大名誉教授・堀尾輝久さんに聞く

(抜粋引用開始)
(略)
 -なぜ、書簡を探したのか。
 
「安倍政権は、戦争放棄の条文化を発意したのはマッカーサーという見解をベースに改憲を訴えている。マッカーサー連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官が高柳賢三・憲法調査会長の質問に文書で回答したのは知っていたが、何月何日に回答が来て、どういう文脈だったのか分かっておらず、往復書簡そのものを探し出そうと思った」
 -書簡発見の意義は。
 「マッカーサーは同じような証言を米上院や回想録でもしているが、質問に文書で明確に回答したこの書簡は、重みがある」
 -二項も、幣原の発案と考えていいのか。
 「一項だけでは(一九二八年に締結され戦争放棄を宣言した)パリ不戦条約そのもの。往復書簡の『九条は幣原首相の先見の明と英知』、幣原の帝国議会での『夢と考える人があるかもしれぬが、世界は早晩、戦争の惨禍に目を覚まし、後方から付いてくる』などの発言を考えると、二項も含めて幣原提案とみるのが正しいのではないか」
 -幣原がそうした提案をした社会的背景は。
 「日本にはもともと中江兆民田中正造内村鑑三らの平和思想があり、戦争中は治安維持法で押しつぶされていたが、終戦を機に表に出た。民衆も『もう戦争は嫌だ』と平和への願いを共有するようになっていた。国際的にも、パリ不戦条約に結実したように、戦争を違法なものと認識する思想運動が起きていた。そうした平和への大きなうねりが、先駆的な九条に結実したと考えていい」
(略)
 <ほりお・てるひさ> 1933年生まれ。東大名誉教授、総合人間学会長。教育学、教育思想。東大教育学部長、日本教育学会長、日本教育法学会長などを歴任した。著書に「現代教育の思想と構造」「教育を拓く」など。
(略)
憲法9条制定を巡る主な経緯
1946年1月24日 幣原喜重郎首相とマッカーサーGHQ最高司令官が会談
同年2月13日 GHQ草案を日本側に提示。現行9条の要素が盛り込まれる
同年3月6日 日本政府案を発表
同年6月20日 帝国憲法改正案を帝国議会に提出。修正が進む
同年10月7日 成立
同年11月3日 日本国憲法として公布
1947年5月3日 日本国憲法が施行
1951年5月5日 米上院でマッカーサーが、9条は幣原の発案と証言
1957年8月 内閣に設置された憲法調査会憲法の再検討を開始
1958年12月 調査会の高柳賢三会長が訪米し、マッカーサーと書簡を交わす
1964年7月 調査会が報告書提出。改憲の是非について結論を出さず
(引用終わり)
 
 なお、昨日の東京新聞を読んでから気がついたのですが、堀尾輝久氏は、これらの書簡の発見を踏まえた論文「憲法9条と幣原喜重郎 憲法調査会会長 高柳賢三・マッカーサー元帥の往復書簡を中心に」を、岩波書店の月刊誌「世界」882号(2016年5月号)に発表していました。
 同論文の要約を岩波書店ホームページから引用します。
 
憲法9条と幣原喜重郎
憲法調査会会長 高柳賢三・マッカーサー元帥の往復書簡を中心に
堀尾輝久

(抜粋引用開始)
 憲法9条の発案者は誰なのか──。その成立過程をめぐっては、日本国憲法GHQによる「押しつけ」憲法なのか否かといった問題にも触れるだけに、これまでにも活発な論争が展開されてきた。著者はこれまで、憲法9条は当時の首相・幣原喜重郎によって発案されたものであると考えてきたが、その根拠の一つが英米法学者・高柳賢三の『天皇憲法第9条』(有紀書房、1963年) という著作である。高柳は、自由民主党政府のもとで改憲のためにつくられた憲法調査会 (1956年設置法、57年に岸信介首相のもとで始動、64年に最終報告提出) の会長を務め、憲法制定過程を検証し報告書をまとめた責任者である。同著で高柳は、憲法9条は「幣原首相の提案と見るのが正しいのではないかという結論に達し」たと述べている。高柳がそう判断するに至ったのは、高柳自身がマッカーサーとの間で交わした往復書簡が根拠となっている。著者はこのたび、国会図書館の憲政資料室でその原文 (高柳・マッカーサー往復書簡) を発見した。幣原説を補強する重要な資料であるこの往復書簡では、何が問われ、どんな内容が示されているのか。
 日本国憲法は、2016年の今年、公布から70年を迎える。いまあらためて、日本国憲法がどのようにして形成されたのかを考えたい。
(略)
(引用終わり)
 
 YouTubeで容易に検索できた堀尾輝久名誉教授の講演とスピーチの動画を1本ずつご紹介しておきます。
 
秋の大学習会 基調報告1 堀尾輝久氏(つくる会会長、DCI日本副代表)
「子どもの視点から憲法子どもの権利条約に重ねて読み直す」(45分)

※2013年秋に行われた講演のようです。この講演の11分~で、憲法9条原発案説について言及されています。
 
T-ns SOWL 国会前 6.10 東大名誉教授 堀尾輝久さん スピーチ(14分)

※2016年6月10日、T-ns SOWL 国会前抗議行動でのスピーチです。
 
(付記1 平野文書について)
 憲法9条原発案説を裏付ける資料としては、マッカーサーや幣原自身の発言、文書の他、傍証としての聞き書きもあります。その中でも最も有名なものは、幣原の秘書官も務めた側近・平野三郎氏(元衆議院議員)が、高柳賢三憲法調査会会長の求めにより取りまとめた「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」(いわゆる「平野文書」)でしょう。その文書の冒頭で平野氏は「私が幣原先生から憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬である。同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。」と言うのですが、同氏が高柳会長の要請に応じてこの文書を憲法調査会に提出し、印刷に付されたのは昭和39年2月のことで、その間に13年が経過しています。従って、その細部にわたる再現の正確性については何とも言い難いところがあるのですが、大筋では信用して良いのではないかと私は考えています。
 様々なサイトで読めますが、以下のサイトのものが最も信頼できるのではないかと思います。
 
(付記2 弁護士・金原徹雄のブログから)
 憲法9条原発案説については、私もかねて気にかかり、過去4回にわたってメルマガ(ブログ)で取り上げています。私は、9条幣原発案説は正しい、と思っています。理由は、幣原発案説には、その裏付となる資料の積み重ねがあり、相当に説得力があること。憲法制定過程の流れをそれなりに合理的に説明できること。幣原発案説以外の説で、より説得力を持つ説が見出し難いことなどからです。
 以下に、直接、間接に憲法9条幣原喜重郎発案説を取り上げた私のメルマガ(ブログ)をご紹介しておきます。
 
内閣総理大臣の孤独な闘い~天皇制と日本の若者を救った幣原喜重郎(この仮説は知っておく価値がある)
 
 特に、いわゆる安保法案が衆議院に提出されたという事態を受けて書き上げた「内閣総理大臣の孤独な闘い~天皇制と日本の若者を救った幣原喜重郎(この仮説は知っておく価値がある)」は、是非お読みいただきたいと思いますので、その主要部分を以下に再録しておきます。
 
(抜粋引用開始)
 1945年10月9日から1946年5月24日まで内閣総理大臣の地位にあった幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)は、日本国憲法制定史を考える上での最重要人物の1人です。とりわけ、注目されるのが、以下の約3週間の動きです。
 
1946年1月24日
 幣原喜重郎が肺炎治療のためにGHQがペニシリンを融通してくれたことへのお礼を述べるためにダグラス・マッカーサー連合軍最高司令官を訪ね、通訳を交えず約3時間会談する。
同年2月1日
 毎日新聞が、内閣に設けられた憲法問題調査委員会(松本委員会)の改憲試案の1つをスクープ掲載した。
同年2月3日
 マッカーサーは、ホイットニーGHQ民政局長に憲法改正の必須要件(マッカーサー三原則)を示した。
同年2月4日
 民政局内に作業班が設置され、GHQ草案(マッカーサー草案)の起草作業が開始された。
同年2月13日 
 外務大臣官邸において、ホイットニーから松本国務大臣吉田茂外務大臣らに対し、さきに提出された日本政府の憲法改正要綱を拒否することが伝えられるとともに、GHQ草案が手交された。
 
 幣原喜重郎は、内閣総理大臣として、他の閣僚とともに、GHQ草案の提示に衝撃を受けたことになっていますが、実は、1月24日の会談において、その後「マッカーサー三原則」と呼ばれるようになる新憲法の基本原則について協議していたのではないのか、というのが、憲法9条・幣原発案説、もしくは憲法9条・幣原・マッカーサー合作説というものです。
 なお、「マッカーサー三原則」というのは、現行憲法の第1章(象徴天皇制)、第2章(戦争の放棄、戦力の不保持)、第3章(国民の権利及び義務/マッカーサーノートでは封建制の廃止がうたわれている)に結実していますので、「9条」だけということではありません。
 それで、この説の根拠は何か?ということなのですが、1月24日の会談に陪席者がいなかった以上、当事者であるマッカーサーと幣原の証言をまずは聴くべきところ、マッカーサーの回顧録にはかなり明瞭に幣原からの提案であったと書かれており、幣原の著書、談話においても、1月24日に提案したとまでは言っていないものの、結論としては自ら発想したものとしており、さらに以下にご紹介するような、平野三郎衆議院議員(晩年衆議院議長を務めていた幣原の秘書官だった)による聞き書き(平野ノート「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」)などもあります。
 もっとも、平野ノートについては、聴き取りをしてすぐにまとめたというものではなく、幣原の死後10年以上経ってから、内閣に設置された憲法調査会会長の求めに応じて提出されたという経緯から、平野氏による推測や創作が紛れ込んではいないか?という吟味が必要でしょう(私にそういう能力はありませんが)。
 ただし、1946年1月当時、敗戦国日本の総理大臣であった幣原にとって、天皇制及び昭和天皇個人をいかにすれば守れるか、ということが最大の政策課題であったことは疑いを容れないでしょう。そして、老練な元外交官であった幣原にとって、内閣の憲法問題調査委員会(松本委員会)で取りまとめられようとしている改憲案では、到底連合国の了解は得られそうもなく、最悪の場合、昭和天皇戦争犯罪人として訴追される事態もないとは言い切れないということが見通せたのだろうと思います。ここから幣原の、閣僚にも一切秘密を漏らせない「内閣総理大臣の孤独な闘い」が始まったと、憲法9条(正確に言えば象徴天皇制と戦争・軍備放棄をセットにした案)幣原発案説を支持する者は考えるのです。
 事実上、天皇から大権を剥奪し、軍備も撤廃するという、ある意味驚天動地の案を幣原が閣内で提起しても、到底実現するとは思えず、閣論不一致で内閣が瓦解に至るに違いないと考えた幣原は、日本の為政者がいざという時には常に発想する「外圧利用策」に打って出ることとし、マッカーサーのもとを訪ねたのです・・・という風に推論が続いていきます。
 これ以上、推論を書き連ねる必要もないでしょうから、以下には、平野ノートの一部を引用するにとどめます。
 実は、現在、国会で審議されている戦争法案を考える上で、幣原喜重郎による「内閣総理大臣の孤独な闘い」を想起すべきだと考えたのには理由があります。
 基本的に幣原発案説の立場に立つとすれば、幣原首相は、軍備を放棄することによって(憲法に「9条」を書き込むことによって)、天皇制を守ることができただけではなく、日本の若者が「アメリカの尖兵」としてあたら命を落とすことも防いだのであり、このことに多くの国民の注意を喚起したいと思ったからです。
 以下に、平野ノートから、幣原首相が、「9条」のような条項が無ければ、早晩、日本の若者が「アメリカの尖兵」とならざるを得ないという将来を見通していたことを裏付ける部分を引用します。

(今回の注:平野ノートからの引用部分は原典にあたっていただきたいと思います。とりわけ、『内閣総理大臣の孤独な闘い』との関連では、「日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。」で始まるパラグラフに注目してください)
 
 「内閣総理大臣の孤独な闘い」自体は1つの仮説です。しかし、日本国憲法9条が法規範として「守るべきもの」であった時代に、その9条が日本の若者(とは限らないかもしれませんが)の命を救ってきたことは厳然たる歴史的事実です。
 それが気に入らない、もっと日本人は血を流すべきであったと考える人たちもいるでしょうが(今の政権にもたくさんいるかもしれません)、少なくとも、多くの良識ある日本人はそのような考えに与しないでしょう。
 今まさに、憲法を無視して、日本の若者を「アメリカの尖兵」として差し出そうとする法案が審議されています。
 そして、幣原喜重郎マッカーサーを1人で訪ねた時から69年余りにして、初めて米国連邦議会上下両院合同会議で演説する機会を与えらた総理大臣は、国民にその内容を説明しておらず、国会に提出もしていない法案について、米国の国会議員に対して、以下のように約束しました。

「日本はいま、安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき、日本は、危機の程度に応じ、切れ目のない対応が、はるかによくできるようになります。この法整備によって、自衛隊と米軍の協力関係は強化され、日米同盟は、より一層堅固になります。それは地域の平和のため、確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後、初めての大改革です。この夏までに、成就させます。」
 
 別に、マッカーサーと通訳なしで重要な会談が出来た幣原喜重郎と語学力を比較して現首相を嘲笑しようというのではありません。
 何を自らに課された最も重要な使命と自覚するか(これが間違っていたらそもそも話にならないけれど)、それを実現するための「孤独な闘い」を厭わぬ覚悟と能力を備えた者だけが、一国のリーダー(内閣総理大臣)にふさわしいということを考える上で、この2人の内閣総理大臣は比べ甲斐があるということです。
(引用終わり)

会見詳録で読む平井久志氏「金正恩体制をどうみるか―労働党大会を前に」(4/26日本記者クラブ)

 今晩(2016年8月12日)配信した「メルマガ金原No.2536」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
会見詳録で読む平井久志氏「金正恩体制をどうみるか―労働党大会を前に」(4/26日本記者クラブ
 
 日本記者クラブで行われた会見の中には、その録音を文字化(会見詳録)して公開されるものがあり、私は時々、個人的に関心の高い分野についての会見詳録が新たに公開されていないかと調べるのが習慣になっています。
 同クラブでの会見の動画は、おおむねその日のうちにYouTubeで公開されますが、平均1時間半前後の会見動画をじっくりと視聴する時間を確保することはなかなか難しいものですから、自分のペースで熟読も速読もできる会見詳録があるととても便利です。
 それに、スピーカーのお話の構成を大づかみに理解することが、文字化されることによって、非常に容易になることも見逃せません。
 
 今日ご紹介しようとするのは、去る4月26日に行われた平井久志立命館大学客員教授(元共同通信)による「金正恩体制をどうみるか-労働党大会を前に」の会見詳録です。
 この会見は、今年の5月6日から9日まで、実に36年ぶりに開催された朝鮮労働党第7回大会の直前に行われたもので、朝鮮ウォッチャーの第一人者である平井氏による「党大会予想」を期待して招かれた企画でしょう。
 会見詳録を公開するに当たり、平井氏自身が以下のように述べておられます。
 
「私が4 月26 日に日本記者クラブで話した「金正恩体制をどうみるか-労働党大会を前に」をアジア時報6月号に掲載していただくことになりました。5月6日から9日まで行われた朝鮮労働党第7回党大会の〝見通し〟を語った内容でしたが、実際に党大会が終わってみると、私が語ったことは、合っている部分もあれば、間違った部分もありました。しかし、一度語った事実は覆りません。本稿では4月26日の講演内容はそのままにし、註や補足を付けて補完させて頂くことにしました。私としては一部、恥をさらすことになりますが、逆に、私の〝見通し〟と〝結果〟の違いを読者に示すことが、北朝鮮の現状を理解して頂く上で参考になるのではと思った次第です。(平井久志)」
 
 私自身、北朝鮮について何ほどの知識の持ち合わせもありませんので、非常に勉強になる講演録でした。動画と合わせてご紹介します。
 
日本記者クラブ 2016年4月26日
金正恩体制をどうみるか―労働党大会を前に
平井久志 立命館大学客員教授
 
 
動画YouTube(1時間27分)


記者による会見リポート

(引用開始)
北朝鮮、党大会も成果は望めず
研究テーマ:金正恩体制をどうみるか-労働党大会を前に
 北朝鮮は核実験をしミサイルの発射を続けるが、国威発揚の総仕上げになるのが5月6日開幕の労働党
会だ。36年ぶりの党大会で、何が討議され、決定されるのか。
 党大会は軍、地域、職域の代表が参加する、最も権威がある会議であり、ここで「金正恩時代」が公式にスタートする。父の金正日総書記は「先軍政治」を掲げたが、正恩氏は党に権力を一元化させ、軍を指導する体制をめざしている。実際に政策を立案、遂行する党の部長や副部長たちは40~50代が中心となり
、世代交代がかなり進むとみられる。
 核開発を続けながら経済発展もめざすという並進路線を、いっそう強く打ち出す。北朝鮮は現実には南北共存の道を進んでいるのだが、党大会では新たな南北統一の構想が発表されよう。平穏な時なら、韓国側も統一構想をテーマにした対話に前向きになるが、軍事的脅威が高まっている現状では、朴槿恵政権は
南北和解の動きには応じないだろう。
 1990年代半ばの飢餓の時代に小規模な市場(いちば)が各地にできた。今や全国に拡大し、国家の経済はかなりの部分を市場の活動に頼っている。個人の所有権はともかく、用益権を認めるような新しい経済
政策が提示されるのではないか。
 全体的に見て、準備不足を押して開催する党大会は成果に乏しいものになるだろう。年初からの核、ミサイル実験の成果を強調して、「対米勝利」の宣言ばかりが目立ち、中国など友好国の代表団が来ず、国
際的な孤立の中で内向きの大会になる可能性が高い。
 以上が共同通信のコリアウオッチャーとして活躍した平井さんの、労働党大会についての見立てである。北朝鮮の公式報道は特有のレトリックで書かれるので、予備知識がないと何が大事なのかわからない。平井さんの発言と的確にポイントをまとめたレジュメは、党大会のニュースを理解するのに必ず役立つは
ずだ。
 企画委員 東京新聞論説委員 山本 勇二  
(引用終わり)
 
 それぞれの関心に従って平井久志氏の講演は詳録でお読みいただければと思いますが、以下には、詳録の中でも私がとりわけ興味深く読み、「そうだよなあ」と肯いた部分を引用したいと思います。質疑応答に入った後、動画では1時間19分~の個人会員からの質問に答えた部分です。
 
(引用開始)
――金王朝の料理人をやっていた人が帰ってきました。あの人行ったら殺されるからもう行かないだろう
という話を聞いたことがあるのですが、無事帰ってきて、言っていることを見たら「僕に日本政府との橋渡しを期待しているように思った」、とか言っています。この点についてはいかがでしょうか。
平井 私は全部の報道を見ていません。私が読んだ範囲では毎日が一番詳しかった感じがするのですが、日本はどう思っているのだ、最悪だと藤本さんが言ったということは載っておりましたけれど。私は金正恩の不幸は、自分に会った海外の要人が中国を除いて西側の人間ではバスケットのロッドマンさんと藤本さんしかいないということだと思います。社会主義の閉鎖国家の中では、例えば『世界を揺るがした十日間』がロシア革命を紹介するとか、エドガー・スノーが中国革命を紹介するとか、西側社会の中で社会主義の閉鎖社会に理解を示すインテリがいたわけです。金日成だって宇都宮徳馬さんのような人や岩波の社長さんらを通じて彼らが何を考えているかを外部社会に伝えた。金正日にしたってドイツの女性の作家の方がいらっしゃいましたし、アメリカにいたジャーナリストの文明子(ムン・ミョンジャ)さんが会って何を考えているのかを外部に伝えるメッセンジャー役となるなど、ある程度の知識階級にいる人たちがいた。私は藤本さんを悪く言うわけではないのですけれど、西側の人たちで本当に本人に会ってちゃんとした話をしたのがバスケットの選手と藤本さんだけだというのは彼の不幸だと思います。そういう意味で私は、国際社会がこの人の相手をしてやることは非常に大事だと思うのです。彼をある種認めてあげて、彼は何を考えているのかを聞いてやる人が必要だと思うのです。
 そういう意味で前回の第1次核危機を救ったのは、金正日さんの核政策がある程度行き詰ったのに、ほぼそういうことに口出しをしなかった金日成という
人が出てきた。外部社会ではカーターさんが乗り込んで、クリントンさんがピンポイント攻撃するのを中止させて戦争を防いだということがあるのですが、今、非常に怖いのは、北朝鮮内部で金日成の役割を果たせる人がいない、国際社会でカーターさんの役割を果たせる人がいない。そのことが大変不幸です。そういう意味で、私は積極的にカーターさんの役割を果たせるような、別に外交交渉でなくていいから彼に会って彼の言い分を聞いてやり、何を考えていて本当の意味で北が何を望んでいるのかを聞いてやることは意味があるのではないのかという気がしています。
 藤本さんという人は幼少のころから彼の食事を作ったりして、おそらく金正恩ノスタルジアがあるのだと思いますが、今度は「いくらなんでもあまりしゃべるなよ」とは言われていると思うのですけれど。前回みたいにあまり言うと波紋があるからもう少し自重しろ、くらいのことは言われているのではないかなと思うのですが。彼もあまりしゃべらないほうがいいと思います。おそらく警察とか情報機関は彼から事情聴取するでしょうから、そういうことは協力されたらいいと思うけれど、あまりメディアに出てあれこれ言うのは藤本さんのためにもならないのではないかなと、逆に心配しています。
 外部社会で金正恩第1書記の言うことを聞いてあげる。金正日の場合は結構、情報があったのです。だいたいこういう考え方をする人だという情報が、書いたものとか会った人が結構いたものですから。ところが今度の人は何を考えているのか、確実性というかどういう手を打っているのか、思考方式が分からないということが余計、危機的状況を生み出しているのです。別に交渉する必要はなくても彼が何を考えているのか、ビジョンは何か、どこまでやろうとしているのか、今度、戦争などする気はないよということを言ったことは、それはそれで非常に意味のあることで、日本の世論を気にしているということも意味のあることだと思いますけれど、それをもう少しちゃんとした回路、ちゃんとしたルートで彼にしゃべらせるという必要があるのではないかという気がします。
(引用終わり)
 
(参考サイト/朝鮮中央通信・日本語版)
 平井さんが講演の中で言及された北朝鮮文書の日本語訳を探そうと思ったら、まずは、北朝鮮の国営通信社・朝鮮中央通信のWEBサイト(の日本語版)の中から探すことでしょうね。
 私も努力して「金正恩元帥が朝鮮労働党第7回大会で行った中央委員会の活動報告(全文)」にたどり着いたのですが(6月20日アップ)、とても全文引用する訳にもいきませんので、その冒頭と終わりだけ見本に引用してみます。
 この「活動報告」にたどり着いた方法は、「政治」カテゴリーを選択した上で、検索ボックスに「第7回」と入力して検索したところ、候補の中に上記文書を発見したというものです。皆さんも、一度試しにやってみます?
 いずれにしても、「北朝鮮の公式報道は特有のレトリックで書かれるので、予備知識がないと何が大事なのかわからない。」(記者による会見リポート)ということは、公式報道だけのことではなく、公式政治文書でも同じことであり、その意味からも、「平井さんの発言」は、これらの文書を「理解するのに必ず役立つはず」です。
 
(抜粋引用開始)
金正恩
朝鮮労働党第七回大会で行った中央委員会の活動報告
チュチェ105年5月6、7日
 同志のみなさん!
 朝鮮労働党第六回大会が開かれた時から今日に至る期間は、わが党の長い歴史においてこの上なく厳し
い闘争の時期であり、偉大な転換がもたらされた栄えある勝利の年代でした。
 総括期間、朝鮮労働党は比類なく厳しい環境の中で革命発展の各段階に主体的な路線と政策を打ち出し、偉大なわが人民に依拠して革命と建設を力強く前進させることによって、社会主義偉業の遂行において
輝かしい勝利を収め、祖国繁栄の新時代を開きました。
 歴史上、どの党と人民も歩んだことのない困難にして険しい革命の道を踏み分ける過程で、わが党は自己の思想と偉業の正当性と不敗性について深く確信するようになり、党に従って永遠にチュチェの道へ進
もうとするわが人民の覚悟と意志は一層強まりました。
 今日、すべての党員と人民は、不屈の精神力と英雄的な闘争によって誇るべき偉勲を立ててきた忘れが
たい追憶と、胸にあふれる勝利者の自負心を抱いて第七回党大会を意義深く迎えています。
 朝鮮労働党第七回大会は、全社会の金日成金正日主義化の旗印を高く掲げて、わが党をさらに強化し
社会主義強国の建設とチュチェ革命の最後の勝利を早める上で歴史の分水嶺となるでしょう。
(略)
 われわれは朝鮮労働党金日成金正日同志の党として絶えず強化発展させ、党の指導的役割を全面的に強めて、全社会を金日成金正日主義化するための歴史的闘争に新たな転換をもたらさなければなりま
せん。
 同志のみなさん!
 白頭で切り開かれた朝鮮革命は前人未踏の雪道を踏み分けて大きく前進し、チュチェの革命偉業遂行の飛躍期に入っています。厳しくかつ壮大な闘争の過程でこの地にもたらされた世紀の変革と偉大な勝利は、なんぴとも金日成金正日主義の旗印を高く掲げて進むわが党と人民の前途を阻むことはできず、朝鮮
革命の最後の勝利は確定的であることを如実に示しました。
 今日、われわれの勝利の前進を阻もうとする帝国主義者とその追随勢力の策動は悪辣さを増していますが、それは滅亡へと突っ走る者の最後のあがきにすぎません。時間と正義はわれわれの側にあり、われわ
れの自強力は厳しい試練の中で百倍、千倍に強まっています。
 われわれは第七回党大会が示した綱領的課題を貫徹することによって、社会主義強国建設を強力に推進
し、チュチェの革命偉業の最後の勝利を早めなければなりません。
 自主性を目指す人民大衆の聖なる偉業、金日成金正日主義党の偉業は必勝不敗です。
 ともに、金日成金正日主義の革命的旗印を高く掲げて党中央委員会の周りに団結し、団結し、また団結して、党の強化発展と社会主義偉業の完成のために、祖国の自主的統一と世界の自主化偉業の実現のた
めに力強く前進しましょう。―――
(引用終わり)

「憲法おしゃべりカフェ」にご注意!~太田啓子弁護士からの警報を拡散します

 今晩(2016年8月11日)配信した「メルマガ金原No.2535」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
憲法おしゃべりカフェ」にご注意!~太田啓子弁護士からの警報を拡散します

 沖縄県東村高江で奮闘する小口幸人(おぐち・ゆきひと)弁護士(沖縄弁護士会)のFacebook経由で、太田啓子弁護士(神奈川県弁護士会)からの「再度の拡散希望」に気がつきました。私自身、太田さんのFacebook友達のはずですが、昨日(8月10日)18時に発信されたシェア要請には気がついていませんでした。
 ということで、最初はFacebookの「シェア」ボタンを押すことだけ考えていたのですが、太田さんが注意を喚起されている改憲派による「憲法おしゃべりカフェ」については、末尾の私のブログ一覧を一読されればお分かりのように、私自身、関心を持ち続けてきたテーマでもありまので、ブログへの「転載」とさせていただくことにしました。多分、太田さんの【拡散して下さい】には、Facebookでの「シェア」だけではなく、少なくとも、太田さんが書かれた文章の趣旨に「賛同する」立場からのブログへの「転載」も含むと解釈できるという
判断に基づくものです。

 なお、いわゆる「憲法おしゃべりカフェ」を推進している組織が、「日本会議」かどうかということについて、私自身は確証を持っていませんので、単に「改憲派」と言うことにしています。
 もちろん、太田さんが2月5日の記事で紹介されているとおり、「日本会議の女性組織として活動を推
進している」「日本女性の会 公式ブログ」に、「憲法おしゃべりカフェ」というカテゴリーが設けられ、以下のような記事が掲載されていますので、日本会議、あるいはその女性組織である「日本女性の会」または、それらの地方組織が、「憲法おしゃべりカフェ」を推進している中心的な存在なのだろうというところまでは推測できますが。
 ちなみに、「日本女性の会 公式ブログ」でも紹介されている「アニメ 女子のあつまる憲法おしゃべり
カフェ」は、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」YouTubeチャンネルから公開されています。

 
2015年12月2日
横浜で憲法おしゃべりカフェ 開催!
(11月15日横浜市で開催・約30名参加)
2015年12月17日
12月13日 神奈川大和たちばなの集い 開催
(11月13日神奈川県大和市で開催・約35名参加)
2016年1月26日
千葉 女子の集まる憲法おしゃべりカフェ
(1月22日千葉県佐倉市で開催・31名参加)
2016年2月3日
1月30日 奈良 憲法おしゃべりカフェ
(1月30日奈良県で開催・約50名参加)
2016年2月3日
1月31日 横浜旭区おしゃべりカフェ
(1月31日横浜市旭区で開催・50名以上参加)
 
 「日本女性の会 公式ブログ」は、たまにしか更新されていませんが、更新のない間でも、全国各地で「憲法おしゃべりカフェ」あるいはそれに類した行事が行われているはずです。 
 この点については、私のブログ「“改憲”啓発講演会のご紹介~和歌山市での一事例(2016/5/29)」(2016年5月30日)でご紹介した、今年の5月29日に和歌山市で開催された「日本の未来を語ろう!憲法講演会」に参加された私の知人・Aさんの「参加記」が貴重な記録ですから、是非ご一読ください。
 私は、Aさんが書かれた「参加記」を読み、かつ当日の配布資料をAさんから見せていただいて、以下
のようなことに気がつきました。
 
改憲派が推進するこの種の集会は、必ずしも「憲法おしゃべりカフェ」と名乗る訳ではないようです。推測に過ぎませんが、もっぱら女性を対象とする場合には「憲法おしゃべりカフェ」を使い、男女を問わない場合には別の名前にする(例えば「日本の未来を語ろう!憲法講演会」)のかもしれません。
〇「カフェ」と名乗るか否かにかかわらず、語られている内容にそれほど違いはないのだろうと思います。実際、「日本女性の会 公式ブログ」には、参加者50名というような「憲法おしゃべりカフェ」が報告されていますが、これだけの人数となれば、実質的には「講演会」だったのではないかと思われます。5月29日の和歌山市での「講演会」の参加者もその程度の人数でした。
※主催者側のブログに当日の写真が掲載されています。
〇5月29日に和歌山市で講師を務めた高原朗子(たかはら・あきこ)熊本大学教育学部教授は、「「憲法カフェ」が2年前から始まって、今回で147回目。」と語ったそうです(Aさんの「参加記」による)。ここから読み取れることは、改憲派が非常に熱心に「憲法おしゃべりカフェ」(や改憲啓発講演会)を推進しているということです(高原教授だけで147回講演した訳ではないと思いますが)。
〇参加者に配されたA3版カラー表裏印刷の豪華チラシ「地震大国ニッポン!どう守る?国民の命と暮らし」に代表されるように、大規模災害に備えた緊急事態条項が憲法に必要というデマゴーグに力が入れられていることに間違いありません。
 
 それでは、以下に、太田啓子弁護士のFacebookへの2度にわたる投稿を「転載」します。ただし、リンク切れが確認できた場合には、私の責任で削除しました。また、改行した場合には1字オトスなど、若干文章の体裁を整えた部分があります。
 

(太田啓子さんの2016年8月10日18時00分の投稿を全文転載)
※シェアの際は、以下のコメントをコピペしてコメントごとシェア頂けるとありがたいです。
 
 今年の2月の私の投稿ですが、また日本会議の「憲法おしゃべりカフェ」が開催されるみたいなので改めて投稿しておきます。 
 別に法律家でなければ憲法勉強会の講師をやってはいけないとはいいませんが、憲法の基本をちゃんと勉強してない方が、そもそも憲法とは何かということをわかっていないような話をされるというのでは、憲法勉強会とはいえません。デマを流す場でしかありません。
 なお、今年の2月以降、日本会議憲法おしゃべりカフェ」のデマを検証する等の大事な記事がアップ
されていますのであわせてご紹介します。
 いずれも、ミスター緊急事態・小口幸人弁護士の記事(マガジン9掲載)です★
 二つ目の記事がとりあげている「国会議員の任期延長」は、今後まずくるであろう、憲法改正国民投票の最もありうるテーマです。しかしニッチすぎ、マニアックすぎて、法律家でも知っている人はほとんどいないと思います。。
 日本で1番目か2番目くらいに「国会議員の任期延長」問題をしっかり考えている小口さんの記事、是非読んで勉強してください。
 勉強して知識をもたないと危ない方向にだまされちゃいます。
●「憲法おしゃべりカフェ」で流布されている~「緊急事態条項」をめぐる「四つのデマ」を検証
小口幸人(弁護士)
 
http://www.magazine9.jp/article/other/28374/
●お試し改憲」ではすまされない!?危険で不必要な「国会議員の任期延長」
小口幸人(弁護士)
 
http://www.magazine9.jp/article/other/29431/
 

(太田啓子さんの2016年2月5日の投稿を全文転載)
【拡散して下さい。要注意!日本会議の女性組織主催「憲法おしゃべりカフェ」で話されていることに強い強い疑問を抱きます】
 
 拡散して下さい。
 「憲法カフェ」というのは、カフェなどで行っている出張憲法勉強会です。私が2013年初頭に始め、明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)はじめ全国の弁護士仲間が各地で展開しています。朝日新聞毎日新聞などの大手全国紙、神奈川新聞、北海道新聞ほか各地の地方紙、NHKやTBSニュースバードでの放送、雑誌ではVERY,LEE、女性自身、週刊女性、AERAなど、たくさんのメディアにもとりあげられてきました。
 あすわかのブログには、全国で行われている憲法カフェのカレンダーがあります。
   
 http://www.asuno-jiyuu.com/
 
 
こつこつ地道に、法律家としての知見に基づいて、そもそも憲法とはどういう意味か、今なされようとしている「憲法改正」とはどういうものか、各地でお話してきました。
 これがある程度は草の根に浸透し始めてきたという自負があります。メディアに多く取り上げられてきたのもそういう成果があるからです。
 
 私たち法律家がやってきたこのような展開に乗じて、全く異なる意図を実現しようという動きが最近露骨になっています。
 強く警戒して下さい。このことをまだ知らないお知り合いに伝えて下さい。「憲法おしゃべりカフェ」は明日の自由を守る若手弁護士の会の「憲法カフェ」とは全くの別物です。というか、反対です。
 「憲法カフェ」と紛らわしい名称で、日本会議系の方々が、同じく女性層を主な対象に、「憲法おしゃ
べりカフェ」という名称で憲法勉強会を展開し始めています。
 私たちがやっている憲法カフェでお話している内容とは全く異なる方向性です。 
 それなのになぜ似たような名称であえてやるのでしょうか。
 私たちの展開してきたことに、このような悪質なやり方で乗じようとすること自体本当に許せないという気持ちです。 
 日本会議系女性団体「日本女性の会」というのの公式ブログが昨年12月に立ち上がっています。
 ここで、奈良市、千葉県成田市、神奈川県大和市横浜市栄区横浜市旭区などで、女性を対象にした「憲法おしゃべりカフェ」というのが開催されたということが報告されています。
 記事によれば、30人、50人という人数が参加されたということです。
 本当に憲法についての正しい法的知識に基づいた解説がなされているのか、弁護士としてはなはだ疑問に感じます。
 講師は一体どういう方でしょうか?
 憲法についてのきちんとした勉強をなさった方なのでしょうか?
 たとえば1月31日に行われたという横浜市旭区での「憲法おしゃべりカフェ」についての2月3日記事にはこのような記載があります。これ、非常に問題です。
 
http://ameblo.jp/nihonjyoseinokai/entry-12124509956.html
「特に、被災地にお知り合いがいる、ある女性は緊急事態条項が憲法に規定されていないために「震災関連死」が1600人以上生まれてしまった事実を知って、とても驚いておられました。
 ぜひ、被災地の人にも知らせたいと本を買って送ってあげるといわれていました。
 憲法は本来、国民のためにあるのに、なぜ憲法が邪魔になって犠牲が出ているのか、本末転倒なこの状況に憂いをもたれる方が多かったようです。」
 
緊急事態条項が憲法に規定されていないために「震災関連死」が多く生まれたなどというのは、全く事実に反します。
 憲法が邪魔になって犠牲が出た???そんなことじゃありません。
 こんなことを「憲法の勉強会」という体裁で広めるなんて、怒りを覚えます。
 「災害対策」をダシに「憲法改正」を進めようなんてそんな邪道で間違った知識を広めるなんて許せま
せん。
 おかしな憲法勉強会かどうか見分けるコツは簡単で、
 ・「災害対策」のために「憲法改正」が必要だと言っている
 ・「国民の義務」を強調する
 ・「立憲主義」という言葉が出てこないか、あるいは出てきても軽視している
 ・「中国の脅威」など外国の脅威を理由に集団的自衛権行使は必要だと話している
 このようなことを言っている勉強会だったら、おかしい、と考えて下さい。
★★★本当に「緊急事態条項」のことを知りたかったら、たとえばこういう記事を読んで下さい。
(マガジン9)災害の現場で必要なのは「国家緊急権」ではない
小口幸人さんに聞いた(その1)
 
http://www.magazine9.jp/article/konohito/23087/
(マガジン9)緊急事態条項の導入は「災害」を名目にした「戦争への準備」
小口幸人さんに聞いた(その2)
 
http://www.magazine9.jp/article/konohito/23097/
★★★2016年1月21日Yokohamaデモクラシー道場での小口幸人弁護士と私の解説動画です。緊急事態条項をテーマにしています。これを見たら、どれだけ「憲法おしゃべりカフェ」での情報がおかしなものかわかります。
 配信動画ツイキャス→
http://twitcasting.tv/c:teamlinks/movie/234878929
※金原注:IWJによる中継も行われ、お2人の解説の要旨/テキストが掲載されています。
★★★毎日新聞記事(2016年2月2日 東京夕刊)
特集ワイド 本当に必要?「緊急事態条項」
 
http://mainichi.jp/articles/20160202/dde/012/010/006000c
 

(弁護士・金原徹雄のブログから)
2014年5月5日
憲法をめぐって「集う人々」を取り上げた神奈川新聞の特集

2014年8月18日
「憲法カフェ」で広がるネットワーク(マガジン9が紹介した太田啓子さん)
2015年9月2日
倉持麟太郎弁護士の「安保法案の欠陥を衝く」(日刊ゲンダイ連載)活用の勧め

2016年1月26日
水島朝穂教授による自民党改憲案「緊急事態条項」批判論文(2013年)がネットで公開されました

2016年2月3日
自民党改憲案・緊急事態条項はナチス授権法の再来か?~海渡雄一弁護士の論考を読む
2016年2月6日
立憲デモクラシーの会・公開シンポジウム「緊急事態条項は必要か」を視聴する

2016年4月11日
立憲デモクラシー講座第8回(4/8)「大震災と憲法―議員任期延長は必要か?(高見勝利氏)」のご紹介(付・『新憲法の解説』と緊急事態条項)
2016年4月23日
『憲法カフェへようこそ 意外と楽しく学べるイマドキの改憲』(あすわか編著)を推奨します
2016年5月1日
日弁連シンポ「大規模災害と法制度~災害関連法規の課題、憲法の緊急事態条項~」(4/30)を視聴して菅官房長官(4/15)と櫻井よし子氏(4/26)の発言を思い出す
2016年5月13日
改憲派の「憲法おしゃべりカフェ」はあなどれない
2016年5月28日
警戒!私の地元和歌山でも「憲法おしゃべりカフェ」が開かれる(講師:髙原朗子熊本大学教育学部教授)
2016年5月30日
“改憲”啓発講演会のご紹介~和歌山市での一事例(2016/5/29)
2016年7月22日
災害支援でも高江でも~小口幸人弁護士の活躍

放送予告(8/13)「加藤周一 その青春と戦争」(ETV特集)

 今晩(2016年8月10日)配信した「メルマガ金原No.2534」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
放送予告(8/13)「加藤周一 その青春と戦争」(ETV特集

 今年の1月3日、私は、このメルマガ(ブログ)において、2008年12月5日に89歳で亡くなられた九条の会の呼びかけ人の1人・加藤周一さんの、晩年のインタビューと講演をご紹介しました。
 
 
 そして、今週末、NHK(Eテレ)のETV特集で放送される「加藤周一 その青春と戦争」は、その加藤周一氏の「青春ノート」であるとともに「戦争ノート」でもあり、若き加藤氏の思想形成の過程の一端に触れることができるのではないかと期待されます。
 このETV特集を視たら、私のブログでご紹介した晩年の講演も合わせてご覧いただければと思います。おそらく、そこに一貫した生き方(つまりそれが「思想」ということですが)を読みとることができるのではないかと思います。
 
NHK(Eテレ)
本放送 2016年8月13日(土)午後11時00分~午前0時00分
再放送 2016年8月20日(土)午前0時00分~1時00分(金曜深夜)
ETV特集「加藤周一 その青春と戦争」
(番組案内引用開始)
戦後日本を代表する評論家・加藤周一の「青春ノート」が公開された。詩や評論、翻訳など新発見のノートは8冊。日中戦争から太平洋戦争の時代、若き加藤は社会の中で孤独を感じ、戦争協力に雪崩をうつ知識人に批判のまなざしを向けていた。立命館大学の学生たちがノートを読み解き、今の時代を考える。さらに作家の大江健三郎池澤夏樹、詩人の山崎剛太郎、憲法学者樋口陽一加藤ゆかりの人々の証言で、その思想の原点を考える。
(引用終わり)
 
(付記・アンコール放送)
 以前、メルマガ(ブログ)でご紹介したETV特集の番組(放送予告(3/19)ETV特集「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」/2016年3月17日)が、来週、アンコール放送されます。
本放送 2016年8月20日(土)午後11時00分~午前0時00分
再放送 2016年8月27日(土)午前0時00分~1時00分(金曜深夜)
ETV特集アンコール「名前を失くした父~人間爆弾“桜花”発案者の素顔~」
(番組案内引用開始)
戦争中、海軍が開発を進めた特攻兵器“桜花”。人間が操縦しロケットを噴射、敵艦に体当たりする「人間爆弾」だ。これを発案した大田正一は、終戦直後零戦で海に飛び込み自殺したと思われていた。しかし大田は名前を変えて生き延び、新しい家庭を築いていた。息子の大屋隆司さん(63)は中学生の時、父の本名が大田正一だと明かされた。しかしそれ以上何も聞けず時が過ぎた。父の過去と向き合うことで浮かびあがる戦争の傷跡。
(引用終わり)

続・「天皇退位」問題を考えるためのいくつかの参考資料(メモとして)

 今晩(2016年8月9日)配信した「メルマガ金原No.2533」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
続・「天皇退位」問題を考えるためのいくつかの参考資料(メモとして)

 今日は、個人的な備忘のためのメモを兼ねて、「天皇退位」問題についての資料を集めておきます。去る7月17日に書いた「「天皇退位」問題を考えるためのいくつかの参考資料(メモとして)」の続編です。
 
宮内庁ホームページ
象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日)

(引用開始)
 
戦後70年という大きな節目を過ぎ,2年後には,平成30年を迎えます。
 私も80を越え,体力の面などから様々な制約を覚えることもあり,ここ数年,天皇としての自らの歩みを振り返るとともに,この先の自分の在り方や務めにつき,思いを致すようになりました。
 本日は,社会の高齢化が進む中,天皇もまた高齢となった場合,どのような在り方が望ましいか,天皇という立場上,現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えて来たことを話したいと思います。
 即位以来,私は国事行為を行うと共に,日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を,日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として,これを守り続ける責任に深く思いを致し,更に日々新たになる日本と世界の中にあって,日本の皇室が,いかに伝統を現代に生かし,いきいきとして社会に内在し,人々の期待に応えていくかを考えつつ,今日に至っています。
 そのような中,何年か前のことになりますが,2度の外科手術を受け,加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から,これから先,従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合,どのように身を処していくことが,国にとり,国民にとり,また,私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき,考えるようになりました。既に80を越え,幸いに健康であるとは申せ,次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じています。
 私が天皇の位についてから,ほぼ28年,この間(かん)私は,我が国における多くの喜びの時,また悲しみの時を,人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが,同時に事にあたっては,時として人々の傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に,国民統合の象徴としての役割を果たすためには,天皇が国民に,天皇という象徴の立場への理解を求めると共に,天皇もまた,自らのありように深く心し,国民に対する理解を深め,常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において,日本の各地,とりわけ遠隔の地や島々への旅も,私は天皇の象徴的行為として,大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め,これまで私が皇后と共に行おこなって来たほぼ全国に及ぶ旅は,国内のどこにおいても,その地域を愛し,その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ,私がこの認識をもって,天皇として大切な,国民を思い,国民のために祈るという務めを,人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは,幸せなことでした。
 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が,国事行為や,その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには,無理があろうと思われます。また,天皇が未成年であったり,重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には,天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし,この場合も,天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま,生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
 天皇が健康を損ない,深刻な状態に立ち至った場合,これまでにも見られたように,社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして,天皇の終焉に当たっては,重い殯もがりの行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き,その後喪儀そうぎに関連する行事が,1年間続きます。その様々な行事と,新時代に関わる諸行事が同時に進行することから,行事に関わる人々,とりわけ残される家族は,非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが,胸に去来することもあります。
 始めにも述べましたように,憲法の下もと,天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で,このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。
 国民の理解を得られることを,切に願っています。
※ビデオメッセージはWindows Media Playerで視聴できます。
(引用終わり)
動画(ANNnewsCH)


首相官邸 Facebook 2016年8月8日 15時19分
(引用開始)
安倍晋三内閣総理大臣コメント
本日、天皇陛下より御言葉がありました。
私としては、天皇陛下が国民に向けて御発言されたということを、重く受け止めております。
天皇陛下の御公務のあり方などについては、天皇陛下の御年齢や御公務の負担の現状にかんがみるとき、天皇陛下の御心労に思いを致し、どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければいけないと思っています。
(引用終わり)
※動画(ANNnewsCH)

 
日テレNEWS24 2016年8月8日 17:42
陛下「お気持ち」 首相“重く受け止める”

(引用開始)
 天皇陛下は8日午後3時、「生前退位」をめぐり「お気持ち」を表明された。お気持ち表明を受け、安倍首相は記者団に対して「重く受け止める」とのコメントを発表した。
 安倍首相は「どのようなことができるのか、しっかりと考えていかなければいけない」と述べたが、具体的にどう対応するのかについては踏み込まなかった。
 
安倍首相「私としては、天皇陛下が国民に向けてご発言されたということを重く受け止めております。天皇陛下のご公務のあり方などについては天皇陛下のご年齢やご公務の負担の現状に鑑みる時、天皇陛下のご心労に思いを致し、どのようなことができるのかしっかりと考えていかなければいけないと思っています」
 
今回、安倍首相が具体的な対応に踏み込まなかったのは、今回のお言葉が憲法で禁じられている天皇の政治的な発言にならないよう配慮したため。政府は当面は、すでに内閣官房に設置されている皇室典範改正準備室で検討を進める考え。しかし、生前退位を可能にするために皇室典範を改正するのか、今の天皇陛下のみに適用される特例法を制定するのか、などの方針については定まっていない。
 そうした中、政府高官は結論を出す時期について、「そんなに急ぐものではないが、かといって何年もかけるものではない」としている。世論の動向も見極めながら慎重に対応することとなりそうだ。

(引用終わり)
 
 「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」については、早速、改憲派天皇元首制論者、天皇制廃止論者の双方を含む)からの批判的見解が出始めていますし、象徴天皇制支持者であっても、受け取り方次第では、批判しようと思えばいくらでもその余地がある「おことば」でしょう。
 ただし、私としては、「天皇退位」問題についての自らの基本的見解をまとめられるようになるまでは、一々のことに感想を述べるつもりにはなれません。

 とはいえ、例えば上記「日テレNEWS24」などで、「生前退位を可能にするために皇室典範を改正するのか、今の天皇陛下のみに適用される特例法を制定するのか、などの方針については定まっていない。」などと報じられているのを読むと、この記事を書いた者は憲法を読んでいないのか?と言いたくもなりますよね。
 
日本国憲法
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
 
 この規定のどこをどう読めば、皇室典範ではない「今の天皇陛下のみに適用される特例法」で、生前退位(つまり「皇位の継承」です)を可能と出来るのか、訳が分かりません。あるいは、憲法9条の下でも集団的自衛権の行使を可能としてくれた今の内閣法制局なら、特例法による生前退位を認めることなど何でもないのかもしれませんけどね。
 
 これだけでも驚いたのに、以下のFNNニュースには仰天しましたね。既に昨日からネットで大きな話題になっていますので、今さらのような気はしますが、これは記録にとどめておく価値はあるでしょう。
 
FNNニュース 08/08 19:29
「生前退位」可能となるよう改憲「よいと思う」8割超 FNN世論調査

(引用開始)
「生前退位」が可能となるよう、憲法改正をしてもよいと「思う」人が、8割を超えた。
FNNが7日までの2日間実施した電話による世論調査で、天皇が、生前に天皇の位を皇太子に譲る「生前退位」に関し、政府のとるべき対応について尋ねたところ、「『生前退位』が可能となるように制度改正を急ぐべきだ」と答えた人は、7割(70.7%)だった。
「慎重に対応するべきだ」と答えた人は、2割台後半(27.0%)だった。
今後、「生前退位」が可能となるように、憲法を改正してもよいと思うかどうかを聞いたところ、8割を超える人(84.7%)が改正してもよいと「思う」と答え、「思わない」は1割(11.0%)だった。
(引用終わり)
 
「政治に関するFNN世論調査」(2016年8月6日(土)~8月7日(日))
全国から無作為抽出された満18歳以上の1,000人を対象に、電話による対話形式で行った。

(抜粋引用開始)
Q13. 現在の皇室制度では、天皇が生前に退位し、天皇の位を皇太子に譲る「生前退位」の規定がありません。生前退位について、あなたは、政府がどのように対応すべきだと思いますか。次の中から、あなたのお考えに近いものを1つ選び、お知らせください。
「生前退位」が可能になるように制度改正を急ぐべきだ 70.7%
慎重に対応すべきだ 27.0%
わからない・言えない 2.3%
Q14. 今後、天皇の「生前退位」が可能となるように、憲法を改正してもよいと思いますか、思いませんか。
思う 84.7%
思わない 11.0%
わからない・どちらともいえない 4.3%
(引用終わり)
 
 寡聞にして、私は天皇の「生前退位」を認めるために改憲が必要という学説は聞いたことがないのですが、もしかすると百地章日大教授あたりならそういう主張をしていますかね?(知りませんけど)。
 しかし、この世論調査の設問を作った者が、憲法の条文も学界の定説も、百も承知の上でミスリードするために意図的にこういう設問にしたのか、それとも「生前退位」を認めるためには本当に改憲が必要だと思い込んでいたのか、にわかに判断をつけかねますが、それをまた麗々しく「「生前退位」可能となるよう改憲「よいと思う」8割超 FNN世論調査」という見出しで大きく報道しますかね。
 ちなみに、産経ニュースでもこの世論調査結果なるものは大きく報じられていますが、FNNにしても産経にしても、別にデスクの責任問題になったりはせず、「改憲の気運の盛り上げに貢献した」ということで、社内的なポイントアップになるのでしょうか?
 本来、同業他社から批判が出て当然だと思うのですが、日本のマスメディアはやりそうもないなあ。

追悼・梅原貞晴先生~再配信・レジュメ「どうなる?日本!!安保法制(戦争法)の問題点」(九条の会・きし)

 今晩(2016年8月8日)配信した「メルマガ金原No.2532」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
追悼・梅原貞晴先生~再配信・レジュメ「どうなる?日本!!安保法制(戦争法)の問題点」(九条の会・きし)

 今日(8月8日)の昼休み、2年前の6月以来、毎月実施している「憲法の破壊を許さないランチTIMEデモ」(呼びかけ:憲法9条を守る和歌山弁護士の会)の第26回目に参加し(ここまで私は皆勤を続けています)、ゴール地点の京橋プロムナードで流れ解散となった後、私も役員を務めている地元の「九条の会・きし」事務局長の牧野ひとみさんから、同会の結成時に呼びかけ人を務めてくださり、何年か前の総会で私ほか1名とともに共同代表(代表世話人)に就任されていた梅原貞晴(うめはら・さだはる)先生が亡くなられ、今晩お通夜があると教えられて驚きました。
 
 私が梅原さんと最後にお目にかかったのは、昨年(2015年)11月14日に「九条の会・きし」役員会で私が講師を務めた学習会に顔を出してくださった時ですから、既に9ヶ月近く前のことですが、いたってお元気そうでしたし、私の話の後の意見交換でも、私が新安保法制と中国抑止論について言及したからか、蘇州大学客員教授としての経験を踏まえた中国の学生や同僚の考え方を語っていただいたと記憶しています(9.19以降の「安保法制」学習会用レジュメ(論点絞り込み90分ヴァージョン/2015年11月14日)。
 
 今晩のお通夜で顔を合わせた知人から聞いたところでは、梅原さんが会長を務めておられた貴志地区連合自治会の会議の席で倒れられたらしく、まことに急なご逝去であったそうで、ご遺族が被られた衝撃と悲しみの大きさは、今夜の参列者に配られたご遺族の「通夜御礼」を一読しても明らかです。
 梅原先生の人となりを知っていただくため「通夜御礼」を勝手にご紹介しても、お許しいただけるのではないかと思い、その主要部分を引用します。
 
(抜粋引用開始)
通夜御礼  梅原家
 
「まっすぐに歩み続けた人生でした」
 
高等学校で教鞭を執る傍ら
週末は自宅で書道教室を開いていた父
定年後は 大学教授を務めながら
地域のボランティア活動にも
熱心に取り組んでおりました
 
いくつになっても研究熱心で 特に中国が好きな父は
蘇州大学で客員教授も務めていたほど
瞼をとじると浮かぶ面影に 目頭が熱くなります
 
厳父であり慈父であった
あまりに大きな存在を失い 悲しみは募りますが
私たちは父の輝かせた生涯を胸に
家族で支え合い 一日一日を大切に生きていきます
 
父 梅原 貞晴は 平成二十八年八月七日
満七十八歳の生涯をとじました
 
良きご縁を結び 共に歩んでくださった皆様に
深く感謝いたします
(引用終わり)
 
 梅原先生のご逝去がいかに急なことであったかは、ラジオの和歌山放送から平日の朝に放送されている和歌山市の広報番組「ゲンキ和歌山市」の今年6月16日放送分で、地元の和歌山市立貴志南小学校の33回目の開校記念日の2日後の6月10日、梅原さんが貴志地区連合自治会会長として同校に招かれて挨拶されたことが紹介されていたことでも分かります。
 
6/16放送 小学校訪問⑧ 33回目の「開校記念日」~貴志南小☆
(抜粋引用開始)
この日は、
貴志地区連合自治会長の梅原貞晴(うめはらさだはる)さんが
招かれ、校長先生とともに、33年前の当時の学校や
貴志地区の様子についてお話をしました。
梅原さんによると、当時の貴志地区は、周りが田んぼばかり。
クマや猿を見かけることもあったそうです。
現在、色々な行事等で学校を訪れることが多い梅原さん。
いつも貴志南小の児童からは、元気よく挨拶してもらって
パワーをいただいているとして
改めて児童たちに「ありがとう」
とお礼のことばを述べておられました。
(略)
なかよし集会のあと、
校長の犬塚博志(いぬづかひろし)先生にお話を伺いました。
貴志南小学校を始め、貴志地区は
地元の皆さんや育友会の皆さんのバックアップが大きく、
連合自治会長の梅原さんをリーダーとして、中学校区全体で
「貴志の教育を高める会」を作っているそうです。
「こういった方々のおかげで、学校にとって、とてもプラスになっています。」
と喜んでいらっしゃいます。
(引用終わり)
 
 梅原さんについてのインターネット検索結果の中から、上記の貴志南小学校訪問の他に、あと2つご紹介しておきます。
 
 1つは、蘇州大学客員教授としての見聞を地元紙に連載された著書『蘇州慕情』(2003年9月刊)です。
蘇州慕情
梅原 貞晴
2003-09

 内容説明を引用します。
「水の都、蘇州。そこはまほろば、よき思い出の詰まった土地。異国への旅立ち、水と柳の古都、専家楼の食堂は蘇大のサロンなど、憧れの土地に客員として招かれた大学教授の蘇州滞在記。『和歌山新報』の連載を書籍化。」
 絶版ではあるようですが、中古品の入手は容易なようです。
 
 もう1つは、「九条の会・きし」結成に先立つ2005年3月5日(土)、地元の河西コミュニティセンターで「守ろう9条河西のつどい」が開かれたことを伝える「憲法九条を守るわかやま県民の会」ニュース第15号に、梅原先生の発言が紹介されていました。
 
(引用開始)
「守ろう九条」河西のつどい
3月5日(土)午後7時から「守ろう9条河西のつどい」が和歌山市河西オミュニテイーセンターで開かれました。多目的ホールいっぱいの75人の参加で熱気あふれました。「憲法をめぐる情勢と改悪阻止の展望」という演題で坂本文博氏(憲法九条を守るわかやま県民の会事務局長)が講演されました。坂本氏は講演の中で「改憲策動はものすごい勢いで加速している。9条守る運動を急速に広げないといけない」と強調されました。この会の賛同者のひとり梅原貞晴さん(蘇州大学客員教授)が「人間として、日本人として、守らなければあかんなということが(お話をお聞きして自分の中に)入りました」と、毎日新聞の高校生が書いた投稿を紹介しながら話されました。主催者側から「つどい」賛同者の方々が紹介されました。また今後の取り組みとして(1)3月20日の「憲法フェスタ」の成功(2)会員を広げる(3)校区ごとなど地域の会結成をめざしていく、の三点が提案されました。なお、この集いに向け、賛同する12人の方々の名前を載せたチラシを配って宣伝しました。
(引用終わり)
 
 記事にある「校区ごとなど地域の会結成をめざしていく」の結実が「九条の会・きし」の結成でした。
 
 私は、高校教員時代の梅原先生は全く存じ上げず、貴志地区連合自治会(私の地元でもありますが)会長としての素晴らしい業績も、私自身が自治会活動に縁遠い生活を送っているため、伝え聞くにとどまりました。
 私にとっての梅原先生は、中国を愛し、国民レベルからの日中友好を心から念願しておられた素晴らしい教養人であるとともに、そのためにも、日本国憲法第9条を是非とも守り抜かねばならないと決意した信念の人でした。
 ここに心から哀悼の意を表します。
 
 最後に、私が最後に梅原貞晴先生とお会いし、お話が出来た昨年11月14日の学習会のために書いたレジュメを、梅原先生追悼のために再配信します。
 

 以下は、2015年11月14日に配信した「メルマガ金原No.2274」(及びこれを転載した「弁護士・金原徹雄のブログ」「wakaben6888のブログ」)から、学習会用レジュメの部分を抜き出して再配信するものです。
 
2015年11月14日(土) 中団地自治会館
九条の会・きし」学習会

        
どうなる?日本!!安保法制(戦争法)の問題点
 
                                  弁護士 金 原 徹 雄
 
第1 「安保法制」(戦争法)って何?
1 成立した法律は2つだけ
 新法「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」(国際平和支援法)
 一括改正法「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」
※細かな改正を含めれば全部で20(主要なものだけで10)の法律を「改正」。
 自衛隊
 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法)
 周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律
 周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律
 武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律などが最も主要なもの。
2 大ざっぱに言って何が変わったのか?
(1)従来の(9.19前の)安保法制
〇武力攻撃事態(武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態)→防衛出動
※日本が攻撃を受けた場合に反撃する個別的自衛権の行使
〇周辺事態(そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態)→後方地域支援(周辺事態に際して日米安保条約の目的の達成に寄与する活動を行っているアメリカ合衆国の軍隊に対する物品及び役務の提供、便宜の供与その他の支援措置であって、後方地域において我が国が実施するものをいう/後方地域とは、「我が国領域並びに現に戦闘行為が行われておらず、かつ、そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる我が国周辺の公海及びその上空の範囲をいう。」)
※主として朝鮮有事を想定。
〇テロ特措法(2001年)、イラク特措法(2003年)
 非戦闘地域における協力支援活動、捜索救助活動、被災民救援活動等
〇PKO協力法(1992年)
 国際平和協力業務等
(2)新「安保法制」で何が出来ることになったのか?
〇武力攻撃事態だけではなく存立危機事態でも防衛出動が可能になった。
 存立危機事態:我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
※要するに集団的自衛権に基づく武力行使を認めた。
※5党合意(9月16日)「存立危機事態の認定は、武力攻撃を受けた国の要請又は同意があることを前提とすること」に注意!
〇周辺事態法が重要影響事態法に「改正」されて後方支援を行う
 支援対象国が米国以外にも広げられた。
 周辺地域という限定が無くなった(世界中どこでも)。
 非戦闘地域という制限がなくなり、「現に戦闘行為が行われている現場では実施しない」とするだけ。
 具体的な後方支援としての「物品及び役務の提供」につき、従来は禁止されていた以下のような活動が出来ることになった。
  弾薬の提供
  戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備
※後方支援は、実態としては「logistic(兵站)」そのもの。現に今年の4月27日に締結された新日米ガイドラインでは「logistic support=後方支援活動」という用語が使われている。
〇国際平和共同対処事態→協力支援活動
 テロ特措法、イラク特措法などに代わる恒久法。
 協力支援の対象は多国籍軍
 非戦闘地域という制限が無くなったのは、重要影響事態(米軍等への支援)と同じ。
 実際に行う協力支援活動の内容は、ほぼ重要影響事態法に基づく後方支援活動と同じ。
国連平和維持活動(PKO)において、新たに「住民保護・治安維持活動」、「駆け付け警護」などが追加され、それらの業務に従事する自衛官は、「やむを得ない必要があると認める相当の理由がある場合には、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で」「武器を使用することができる。」とされた。
 また、新たに認められた国際連携平和安全活動は、アフガニスタンにおいて活動したNATO軍を主体としたISAF(国際治安支援部隊)などが想定されていると言われている。
自衛隊法の中に、「在外邦人の保護措置」や「合衆国軍隊等の部隊の防護のための武器の使用」などの規定が設けられたが、運用次第では非常に危険な事態を招来しかねない。
3 新「安保法制」はいつから施行されるのか?
 一括法の附則により、公布の日から6か月以内の政令で定める日から施行されることになっている。9月30日に公布されたので、遅くとも来年3月31日までには施行される。
 
第2 「安保法制」(戦争法)のどこが憲法に違反するの?
1 集団的自衛権の行使は憲法9条(とりわけ2項)に違反する 
 憲法13条が保障する「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が「国政の上で、最大の尊重を必要とする」とされていることから考えれば、我が国が他国から武力攻撃を受けた場合にその急迫不正の侵害を排除し、国民の権利を守ることは、国の責務として憲法もこれを容認している。従って、上記の目的を達成するための必要最小限の実力は、憲法9条2項が保持を禁じた「陸海空軍その他の戦力」にはあたらない。自衛隊は、そのような必要最小限の実力にとどまっているので合憲である。
 以上が、自衛隊発足以来、2014年7月1日午後の閣議決定に至るまで、日本国政府が維持し続けてきた自衛隊を合憲とする論理である。
 いわゆる1972年(昭和47年)政府見解というのは、上記の論理を前提として、「そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。」と明確に断じたものである。
 大半の憲法学者が、昨年7月1日の閣議決定と今次の安保法制(戦争法)が、従来の合憲性判断の枠組では説明できず、それを超えてしまったもので違憲であるとしているのは以上のような理由による。
 これを別の面から評すれば、集団的自衛権の行使ができるとする解釈は、自衛隊の存在を正当化する憲法上の根拠を喪失させ、単なる私兵におとしめるものだと言わなければならない。
※6月4日の衆議院憲法審査会に出席して安保関連法案を違憲と断じた3人の参考人長谷部恭男早大教授、小林節慶大名誉教授、笹田栄司早大教授)は、いずれも自衛隊合憲論者である。合憲論者「であっても」違憲としたという理解は正確ではない。合憲論者「だからこそ」違憲と判断するしかなかったということである。
2 後方支援、協力支援は武力の行使を禁じた憲法9条(特に1項)に違反する
 米軍等への後方支援(重要影響事態法)、協力支援(国際平和協力法)は、「我が国周辺の地域」(周辺事態法)という地域的制限を廃し(世界中どこへでも)、非戦闘地域でなければ実施しないという制限も撤廃し(現に戦闘行為が行われていなければ良い)、従来から認められていた武器の輸送の他、弾薬の提供、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備を解禁するなど、兵站(ロジスティック)そのものであり、米軍等による武力行使と一体となる可能性が非常に高い、あるいは一体化そのものであって、武力の行使を禁じた憲法9条1項に違反する。
 なお、憲法9条1項は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」と定め、不戦条約(1928年)以来の伝統的慣用から、一般に侵略戦争の放棄を定めた規定と解されているが、9条2項が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」として、戦争(含武力行使)を行うための物的手段と法的権限を否認していることから、侵略目的でないとしても、「武力の行使」一般が禁じられていると解するのが通説である。
 この点に関する判例としては、2008年4月17日、イラク特措法に基づいて米兵等の空輸を行っていた航空自衛隊の活動を憲法9条1項に違反すると判断した名古屋高裁判決がある。
3 憲法73条(内閣の権限)に違反する
 日本国憲法は、近代立憲主義に基づく権力分立制をとっており、各国家機関にいかなる権限を付与するかの基本は憲法自身によって定められている。そして、行政権を担う内閣に与えられた権限を明記しているのが憲法73条であるが、この規定をどのように読んでも、日本が武力攻撃を受けた訳でもないのに海外で戦争する(武力を行使する)権限を内閣に与えたと読める規定は存在しない。
 戦前(大日本帝国憲法体制下)天皇大権とされていたもののうち、行政権は内閣に、立法権は国会に、司法権は裁判所にそれぞれ帰属することになったが、どこにも継承されなかった天皇大権があった。それは、以下の各条項である。
  第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
  第12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム
  第13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス(条約締結権は内閣に)
  第14条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
   2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
 すなわち、この1946年に行われた憲法改正の経緯から考えても、内閣に海外で戦争する権限などないことは明らかである。
 
第3 中国・北朝鮮脅威論と「安保法制」(戦争法)
1 前提として(法制の合理性を判定するために)
 ①立法事実は存在するか?
 ②立法目的は正当か?
 ③法制の内容は立法目的達成の手段として合理的か?
2 中国・北朝鮮脅威論に立法事実はあるか?
 脅威のレベルをどこに想定するかが問題の本質であり、両国による直接軍事侵攻を本気で心配しなければならないのか否かを議論すべきだろう。
3 「安保法制」(戦争法)は中国・北朝鮮に対する抑止力を高めるか?
(1)9.19前の我が国の有事法制の中核は、武力攻撃事態法と周辺事態法であった。
 武力攻撃事態とは、要するに日本が侵略された場合に、個別的自衛権を行使してこれを排除するための法制である。ちなみに、その場合、日本が米国に救援を求めるとすれば、その根拠は日米安保条約5条であって、この場合、米国は「自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動」することを日本に対して約束している。
 従って、日本が中国や北朝鮮から武力攻撃を受けたのであれば、武力攻撃事態法と日米安保条約で対処することになるのであって、「存立危機事態」など不要である。
 次に、周辺事態法は、主には朝鮮有事を想定して合意した1997年版日米ガイドラインを踏まえて制定された法律であり、米軍に対する自衛隊の「後方地域支援」を行うことを主目的としていた。要するに、米軍が(韓国軍とともに)北朝鮮軍と交戦状態に入った場合に、日本が米軍にどのような支援をするのかということであって、北朝鮮が日本にミサイルを発射した場合の話ではない。そういう場合は、武力攻撃事態となる。
(2)それでは、新安保法制でやろうとしている「これまで出来なかったこと」とは何か?それは本当に中国や北朝鮮に対する抑止力向上に役立つのか?
 先に第1、2で述べたとおり、その中核は、「存立危機事態」なる曖昧な要件で、日本が武力攻撃を受けてもいないのに、自衛隊に「防衛出動」を命じることができるようにするということと、「周辺事態」や「非戦闘地域」という制限を取り払い、世界中どこへでも自衛隊を派遣して、米軍等の兵站(後方支援または協力支援)に従事させることができるようにするということである。
 これのどこが中国や北朝鮮に対する抑止力を向上させることになるというのか?海外派遣のオペレーションに対応するためには、そのような任務に即応できる部隊編成が必要となるのが当然で、その分、日本防衛が手薄になるのは見やすい道理である。
(3)察するに、同盟国である米国のコミットメントをより確保するために(つまり、日本有事の際に米軍に確実に参戦してもらうために)、対価としての日本からのサービスを奮発し、「見捨てられ」恐怖を払拭したいということなのだろうが、そもそも抑止力が効果を発揮するかどうかは、相手国(中国や北朝鮮)が「抑止されている」と考えるかどうかにかかっているのであって、自衛隊が世界中で米軍の2軍となって活動することによって、中国や北朝鮮が「より抑止された」と感じるとは到底思えない。
(4)この他にも、本気で中国や北朝鮮による侵攻を心配するのなら、まず真っ先にやらなければならないのは原発全基廃炉であるにもかかわらず、中国に最も近い鹿児島県川内原発を再稼働し、さらに敦賀湾に面した高浜原発を再稼働しようとしているということ自体、安倍政権が本気でそんな心配などしていない証拠である、ということも付け加えておこう(これは「立法事実」の問題だが)。 
 
第4 これからを見すえた運動を
1 様々な「共同」をさらに発展させよう。
2 間断なく声を上げ続けよう。「声明」、「スタンディングアピール」、「デモ」、「集会」、「学習会」、「2000万人統一署名」。
3 今まで声をかけていなかった人にも訴えよう。
4 来年7月の参議院議員通常選挙の勝利のため、野党協力の機運を盛り上げよう。
5 1人1人があきらめず、出来ることをやり抜こう。
 
(余論/時間があれば)
〇安保法制違憲訴訟について
日本国憲法制定史と幣原喜重郎について

1ヶ月前の神保哲生さんによる伊勢﨑賢治さんインタビューを視聴する

 今晩(2016年8月7日)配信した「メルマガ金原No.2531」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
1ヶ月前の神保哲生さんによる伊勢﨑賢治さんインタビューを視聴する

 今日は、終日所用があったため、新たなメルマガ(ブログ)の素材を探して書いている時間がありませ
んので、しばらく前に視聴して、折りがあったらご紹介しようかと思っていた動画をご紹介します。
 ビデオニュース・ドットコムの神保哲生さんが、参院選投票日の前に、様々な分野の識者にインタビュ
ーを行い、その分野における現政権に対する評価を尋ねるという番組がいくつかアップされていました。私は、そのうちの伊勢﨑賢治さん(東京外国語大学教授)の回を視聴していました。
 既にその動画がアップされてから1ヶ月が過ぎていますが、別に選挙が終わったから視る価値が無くなるものでもありません。
 
 ところで、伊勢﨑さんと言えば「新九条論」ですが、その主張を詳しく理解した上で、いずれ取り上げられればとは思っていますが、そのような準備の整っていない現状では、「とりあえず横に置いておいて」と言わざるを得ません。
 過去、和歌山で伊勢﨑さんの講演会を2回にわたって主催した団体にいささか関与している身としては、別に最近の伊勢﨑さんが「変節」したとは思っておらず、「前から同じことを言われていたよね」という認識なのですが、ただ、私などから見れば、いわゆるリベラル派に対して、不必要に戦闘的な言辞を使うことが多くなっているのではないかという印象を受けます。それは、ある程度意図的なのだろうとは思いますが、十把一絡げに「リベラル」とか「護憲派」という言葉でひとくくりにして、これに否定的評価を結びつけ
る言い方は、結局、生産的な結果を生まないだろうなあと思いますけどね。まあ、我々も、「右翼」とか改憲派」とか、十把一絡げにして何らかの集団を指したつもりになって否定的に評価しているのですから、まさに「他人(ひと)のことは言えない」訳ですが。
 
 今日ご紹介する1ヶ月前の神保哲生さんによる伊勢﨑賢治さんインタビューは、インタビュアーに人を得たことが大きいと思いますが、その辺のところはあまり気にならず、素直に視聴できました(ただし、以下に引用した番組紹介は、やや「意訳」ではないかという部分もありますが)。
 ただ、ご本人も自覚しておられるでしょうが、伊勢﨑さんの発音は正直聴き取りにくいので、それなり
に想像力を発揮して文脈を理解する必要がありますが、それだけの努力をはらうだけの価値のあるインタビューだと思いますので、視聴をお勧めします。
 

(番組案内引用開始)
 安倍政権では集団的自衛権の行使を可能にする安保法制を制定したり、首相自らがイスラム国(IS)と
戦う意思を明示するなど、外交、安全保障面でも大きな政策転換があった。
 安倍政権の首相の外交・安全保障分野をどう評価すべきかについて、東京外語大学総合国際学研究院の
伊勢崎賢治教授にジャーナリストの神保哲生が聞いた。
 伊勢崎氏は安倍政権は敵を多く作ったという意味で、外交、防衛面ではマイナスな点が多かったと指摘
する。これは歴代内閣の中でも突出していると伊勢崎氏は言う。
 特に安倍首相が昨年1月の中東訪問中に、イスラム国と戦う国への支援と称して2億ドルの援助を発表し
たことについて、伊勢崎氏は不用意だったと指摘する。
 「これまでも日本は難民支援は行ってきた。実際はそれを継続しているだけで何も新しいことではないのに、安倍首相はわざわざ不用意にも「ISと戦う国のために」の枕詞をつけてしまった。」伊勢崎氏はこ
う語り、アメリカに対するリップサービスはいいが、それで要らぬ敵を作る必要はなかったと指摘する。
 一方で、そうまでしてアメリカにリップサービスをした結果得るものは、何もないとも伊勢崎氏は言う。安保法制を含め、日本が今まで以上にアメリカにすり寄る背景には、日本と中国との関係が緊張し、万
が一の際にアメリカが日本に肩入れしてくれるという期待がある。しかし、米中関係は独自のルートで二国間関係を深めており、日本がISと戦うポーズを見せたところで、対中戦略でアメリカのスタンスが変わるというものではない。
 「日本は無用の敵を作っている」と伊勢崎氏は言う。
 その上で伊勢崎氏は、安倍政権が強引に成立させた安保法制の影響を懸念する。まだ安保法制が実際には発動されていないが、これに基づいて自衛隊が海外で軍事行動を行うことになった場合、それがPKOであれ、アメリカ軍の兵站であれ、犠牲者が出る可能性がある。また、自衛隊が相手国の国民を殺傷してしまう可能性もある。現在の日本国憲法の下では自衛隊は軍隊ではないので、海外で武力を行使して人を殺せ
ば、殺人罪で起訴される恐れがあるというのだ。
 自衛隊の身分を現在のような不安定なままで海外に出すことにもリスクは大きいが、安保法制によって
戦闘行為に巻き込まれる可能性も飛躍的に拡大している。この選挙はこのリスクの是非も問われるべきだろう。
(聞き手 神保哲生(ビデオニュース・ドットコム))
プロフィール
伊勢崎賢治いせざき けんじ
東京外国語大学大学院教授
11957年東京都生まれ。80年早稲田大学理工学部卒業。84年インド国立ボンベイ大学大学院社会科学研究科
博士前期課程修了(後期中退)。86年早稲田大学大学院理工学研究科都市計画専攻修了。東チモール暫定統治機構県知事、国連シエラレオネ派遣団武装解除統括部長などを経て、日本政府特別顧問としてアフガニスタン武装解除を指揮。立教大学教授などを経て2009年より現職。著書に『本当の戦争の話をしよう
世界の「対立」を仕切る』、『武装解除 紛争屋が見た世界』など。
(引用終わり)