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衆議院総選挙~ところで沖縄のこと忘れてませんか?

 今晩(12月1日)配信した「メルマガ金原No.1185」を転載します。
 
衆議院総選挙~ところで沖縄のこと忘れてませんか?
 
 いよいよ週明けの12月4日に衆議院議員総選挙が公示され、16日の開票日には、全ての国民が今後の日本の針路に重大な影響を及ぼす結果に否応なく直面せざるを得ないわけです。
 従って、一人一人が悔いの残らぬよう、少しでも状況を好転させる方向に力を尽く必要があるのですが、いささか気になる点もあります。
 
 石原慎太郎東京都知事の突然の辞職や衆議院解散の前にはあれほど注目を集めていたオスプレイ問題や駐留米兵による犯罪と日米地位協定の問題など、いまや本土のマスメディアで大きく取り上げられることはまずなくなりましたが、これって、総選挙の重要争点ではないのでしょうか?
 
 試みに、今日(12月1日)の各紙社説のタイトルを調べてみました。
 
読売新聞
 「11党の討論会 政策実現性で競うべき党首力」
 「パレスチナ 「国家」格上げを和平につなげ」
朝日新聞 
 「総選挙・政策論戦-工程表を示してこそ」
 「総選挙・高齢者医療-オブラートに包むな」
毎日新聞
 「党首討論会 政権の形を明確に示せ」
 「パレスチナ決議 国連の「賛成」は重い」
産経新聞
 「党首討論会 国家観をもっと前面に 原発再稼働をなぜ語らぬか」
 「各党の違いがわかる論戦が聞きたい」
 「首都の「顔」選ぶ大事な選挙だ」
 「党首討論会 国民の疑問に答えたか」
 「パレスチナ国家 恒久平和へつなげたい」
 
 昨日(11月30日)は、日本記者クラブにおいて、総選挙に向けた「党首討論会」開かれたことでもあり、各紙社説が同じようなものになるのはある程度やむを得ないとはいうものの、それにしてもあまりにも代わり映えがしません。
 それに、「党首討論会」を取り上げた社説(特に右寄りと言われる新聞)を読んでみた上での感想を一言で表現するとすれば、
   尖閣あって沖縄なし」
ということに尽きます。 
 
(参考映像)11月30日 日本記者クラブにおける党首討論
第一部
第二部
 
 これに対し、沖縄の地元2紙の今日の社説は以下のようなものでした。
 
琉球新報
 「本格運用目前 政府は合意違反指摘せよ」
 「[知事・那覇市長発言]姿勢堅持はあっぱれだ」
 
 12月上旬とも言われるオスプレイの本格運用開始を前に、琉球新報の社説は、普天間に配備された12機のMV-22オスプレイが、まだ本格運用前の準備段階でありながら、「できる限り」守るとされた「日米合意」などほとんど無視という状態であり、しかも森本防衛相はじめ、政府は何らの抗議をする意思もないことを強く指弾した上で、「民の声には耳を傾けず、なぜ対米追従を繰り返すのか。なぜ米軍の合意逸脱に抗議しないのか。オスプレイの本格運用は到底容認できない。沖縄から撤収すべきだ」と張しています。
 
 さらに、沖縄タイムスは、「仲井真弘多知事と翁長雄志那覇市長は、自他ともに認める保守政治家である。その二人の口から注目すべき発言が相次いで飛び出した」として、2人の保守政治家の発言を(おそらく意図的に)賞揚しています。
 
 そこで、その2人の発言を皆さんとともに是非確認しておきたいと思います。
 まず、仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)知事の11月30日・定例記者会見での発言です。
 琉球朝日放送サイトで発言内容が確認できます(画像あり)。
(引用開始)
 衆院選で行方が注目される普天間基地の移設問題について、仲井真知事は30日、「どの政権となっても主張は変えない」として県外移設の方針に変わりはないとの見解を示しました。
 仲井真知事は30日に開かれた定例会見で、記者団から「普天間基地の名護市辺
野古への移設を推し進めてきた自公政権に戻った場合、知事はどう対応するか」と質問され、「日本本土を含む、早く滑走路のあるところを中心に、早く移してもらいたい。これが私の意見です。これについては、どういう政権が生まれても私は主張を変えずに、実
現に向けて努力していきたいと考えております」と答えました。
 仲井真知事は、2010年の知事選で、再選を果たした際の県外移設の公約に変わり
はないとの見解を示しました。
(引用終わり)
 
 次に、11月11日の市長選挙で4選を果たしたばかりの翁長雄志(おなが・たけし)那覇市長への朝日新聞のロングインタビュー(11月24日掲載)です。
※ 全文を読むためには、朝日新聞デジタルに会員登録する必要があります。会員には、無料会員コースもあり、1日に3本までなら無料会員でも閲覧できます。
 
 翁長市長の発言は、仲井眞知事に比べて、前から「歯切れが良い」とは思っていましたが、今回のインタビューはさらに踏み込んだ内容になっています。
 朝日の読者でない方も、是非「会員登録」(無料コースで良いと思います)して全文を読んでいただきたいのですが、特に注目すべき部分を以下に抜粋して引用します。
 
(抜粋引用開始)
(略)
 ――沖縄の基地問題をどうするのか。衆院選だというのに、本土で争点になっていません。
 「意外ですか?オスプレイ反対で県民が10万人集まったって、本土は一顧だにしな
いんですよ。基地は、目に見えない遠いところに置けばいい。自分のところに来るのは嫌
だ。アメリカには何も言わない。いつも通りだ。沖縄は困難な闘いを戦っているんです」
(略)
 ――それにしても、普天間飛行場のゲート前で、赤いゼッケンをつけて、オスプレイ対の拳をあげていたのには驚きました。
 「衝撃を与えないとね。保守からは『お前、右ピッチャーだと思ったら左ピッチャーだった
んだな』とか言われました。『いやスイッチヒッターですよ』なんて言い返してね」
 「でも抵抗感はありますよ。居並ぶのは、ずっと保革で戦ってきた相手でしょ。『沖縄を
差別するようなオスプレイの配備は許さないぞ』『許さないぞ』という、このシュプレヒコール
のタイミングが、まず分からない(笑い)」
 ――翁長家は、沖縄戦没者の遺骨をまつった「魂魄(こんぱく)の塔」の建立に携わ
ったと聞きました。
 「旧真和志村に住んでいた。いまの那覇新都心ですね。戦争で村は焼け、住民は
糸満市に住むよう指定された。あたりは遺骨だらけ。村長とおやじが中心になって4千体くらい集めたらしい。最初は穴に埋葬していたけれど、数が多くて骨が盛り上がり、セメントで覆った。それが魂魄の塔。命名したのはおやじです。だから僕も、選挙の時には
必ず早朝に行って手をあわせる」
 「おやじとおじいちゃんは防空壕(ごう)から艦砲射撃を見ていたそうです。『大変だね』
と話していたら、おじいちゃんがやられた。埋葬する余裕がないから、石を上においた。戦後遺骨を探したけれど見つからなかったそうです。母親の妹は、ひめゆりの塔で看護師
として亡くなった。沖縄の人は、みんなこうなんだよ」
 「戦争中にああいうことがあり、戦後も米軍の占領下でほったらかしにされても、沖縄
は日本に操を尽くしてきた。なのに『沖縄さん、基地はあなた方で預かって、かわりに振興策をとればいい』などと全国市長会でも公然と言われる。論戦をしたら大変なことに
なるので、『そういうわけじゃないんですけどね』と言葉を濁すさびしさ。わかりますか」
 ――でも、利益誘導こそが沖縄保守の役割なのではないですか。
 「振興策を利益誘導だというなら、お互い覚悟を決めましょうよ。沖縄に経済援
助なんかいらない。税制の優遇措置もなくしてください。そのかわり、基地は返してください。国土の面積0.6%の沖縄で在日米軍基地の74%を引き受ける必要は、さらさらない。いったい沖縄が日本に甘えているんですか。それとも日本が沖縄
に甘えているんですか」
 「ぼくは非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認める。しかしそれと、沖縄に過重な基地負担をおわせるのは別の話だ。玄葉光一郎外相にも言ったが、あんた方のつぎはぎだらけの防衛政策を、ぼくらが命をかけて守る必要はない」
(略)
 ――沖縄の保守と本土の保守の論理は違うということですか。
 「ちがいますね。本土は、日米安保が大切、日米同盟が大切。それで『尖閣を中国
から守るのに、沖縄がオスプレイを配備させない』と言う。沖縄にすべて押しつけておいて、一人前の顔をするなと言いたい。これはもうイデオロギーではなく、民族の問題じゃないかな。元知事の西銘順治さんが、沖縄の心はと問われ、『ヤマトンチュ(本土の人)になりくて、なり切れない心』と言ったんだけれど、ぼくは分かった。ヤマトンチュになろうとしても、
本土が寄せ付けないんだ」
 「寄せ付けないのに、自分たちの枠から外れると『中国のスパイだ』とかレッテルを貼る。
民主党前原誠司さんに聞かれたよ。『独立する気持ちはあるんですか』と。ぼくは、なでしこジャパンが優勝した時、あなたよりよっぽど涙を流したと話しました。戦後67年間、いじめられながらも『本家』を思ってきた。なのに基地はいやだといっても、能面みたいな
顔で押しつけてくる。他ではありえないでしょう。日本の47分の1として認めないんだったら、日本というくびきから外してちょうだいという気持ちだよね」
(略)
(引用終わり)
 
 翁長那覇市長のこの問いかけに、真摯にかつ毅然と対峙できる本土の政治家がどれだけいるでしょうか?
 そして、この「問いかけ」は、もちろん本土の「政治家」だけに向けられたものではないのです。
 
(付記)
TBSラジオ・Dig 青木理のニュース侍 
でも翁長市長インタビューを詳しく取り上げていました。