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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

5/25長谷川健一氏講演会【原発に「ふるさと」を奪われて-福島県飯舘村は今-】開催(in和歌山市)

原発
 今晩(2013年5月26日)配信した「メルマガ金原No.1368」を転載します。
 
5/25長谷川健一氏講演会【原発に「ふるさと」を奪われて-福島県飯舘村は今-】開催(in和歌山市)
 
 かねての予告通り、昨日(2013年5月25日)午後7時から、和歌山市中央コミュニティ・センター3階多目的ホールにおいて、福島県飯舘村の酪農家・長谷川健一さんをお招きした講演会【原発に「ふるさと」を奪われて-福島県飯舘村は今-】が開催されました(主催:にんにこ被災者支援ネットワーク・和歌山)。
 
 土曜日の夜というのは、講演会を聴きに出かけるのに必ずしも適当な時間設定とは言いにくいものでしたが、子ども連れの方も何組も見えられて、幅広い年代の聴衆が最後まで熱心に長谷川さんのお話に耳を傾けられました。
 
 福島県相馬郡飯舘村(いいたてむら)は、福島第一原発事故発生(2011年3月11日)から1か月が経過した同年4月11日、計画的避難区域となることが政府から明らかにされ、同月22日、正式に全村が同区域に指定された結果、全住民が避難を余儀なくされたことは、皆さんもよくご存知のことと思います。
 もちろん、私自身、そんなことは先刻承知しているつもりだったのですが、長谷川さんの講演を伺い、さらに打ち上げの懇親会で長谷川さんと色々お話しているうちに、は、計画的避難区域に指定されるということの本当の意味を、全然理解していったことを痛感させられました。
 
 それはどういうことかと言うと・・・。
 イメージとは怖いもので、私自身、福島第1原発から半径20㎞圏内や30㎞圏内の同心円による避難区域の区分に合理性がないことは分かっていたつもりであり、その同心円から北西にはみ出した飯舘村が、強度の放射能汚染に見舞わたことを概念的には知っていたつもりでも、知らず知らずのうちにあの「同心円図」意識が捉えられていたことに初めて気がつきました。
 それは、20㎞圏内の警戒区域となった双葉町や大熊町、富岡町よりも、場所によっては飯舘村の方が高線量の地区もあったということだけではないのです。
 計画的避難区域となった飯舘村(他にも川俣町山木屋地区など)の住民が、避難しなければならないほどの汚染状況であることを「公式に」伝えられるまでに1か月を要し、実際に避難が完了するまでさらに時間を要したという事実こそ重要だったのです。
 実際、飯舘村前田地区の区長であった長谷川さんは、区内の全住民の避難を見届けてから、最後の1人として避難されたのですが、同地区全員の避難が完了したのは2012年8月2日のことであり、福島第一原発事故発生から実に5か月近くが経とうとしていました。
 この間には、3月17日、県や村の手配による「一時避難」を行う方針が区長らに伝えられ、間もなく一部の村民が栃木県鹿沼市に集団避難したりしたものの(これは初めて知りました)、長崎大学の高村昇教授、山下俊一教授、近畿大学の杉浦紳之教授などが次々と「安全説法」のために飯舘村に送り込まれてくるという状況の中、いったん自主避難した住民が再び帰村するというような動きもあり、組織的な避難が出来ないまま「計画的避難区域」の指定に至ったということです。
 これが何を意味しているかというと、実は発災後速やかに避難指示が出された20㎞圏内の住民よりも、飯舘村の住民の方がはるかに多量の被曝を強いられたということなのです。そんなことは当然分かっていたはずなのですが、親身になっては理解していなかったということに、昨日、初めて気付かされ、ひそかに自ら羞いるばかりでした。
 
 長谷川さんの批判が、住民の健康をまず第一に守らなければならない村当局、とりわけ村長に対して向けられるのも当然ですが、村長選挙の際に出納責任者として支えてきた長谷川さんだからこそ、村長の「変節」は悲しく、許し難いことだったのでしょう。
 その上に、国や県による情報隠蔽(典型はSPEEDI-緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム-情報)、安全デマの押し付け(御用学者を短期間に3人も送り込んだ)が加わったのです。
 長谷川さんの著書『原発に「ふるさと」を奪われて 福島県飯舘村・酪農家の叫び』(宝島社)の帯に「平成の棄民物語!」と書き込まれているのも(出版社がつけたキャッチフレーズでしょうが)当然と肯けます。
 
 行政的には、警戒区域の範囲外であったが、後に計画的避難区域に指定されたというだけのことになってしまいますが、当事者の住民としてその渦中にあった、しかも酪農家のリーダー的存在であり、区長も務めておられた長谷川さんから、その生々しい体験を伺うことによって初めて見えてくるものがあるのだ、ということを再認識した講演会でした。
 
 最後に、主催団体の「にんにこ被災者支援ネットワーク・和歌山」の前代表・花田惠子さんが Facebook に書き込んでおられた文章をご紹介します。これは、私たち全ての者にとっての課題です。
 
(引用開始)
「みんな忘れていくんだよなあ~」。送迎の車中でしみじみとつぶやかれた長谷川さんの心中を思うと、私たちにもっとできることがあるのじゃないか・・・と自問自答する日々が続きます。
(引用終わり)
 

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(参考サイト)
2013年1月11日・東京(中継 原子力資料情報室 2時間10分28秒) 
飯舘村 酪農家の叫び 3.11からの記録
※まだ長谷川さんの講演を聴いたことのない方は是非視聴してください。
 
「弁護士・金原徹雄のブログ」から
「長谷川健一さん(飯舘村)が伝えたいこと」
「予告5/25長谷川健一氏講演会【原発に「ふるさと」を奪われて-福島県飯
舘村は今-】(in和歌山市)