TPPに反対する弁護士ネットワークが安倍首相に「要望書」を提出
今晩(2013年7月29日)配信した「メルマガ金原No.1433」を転載します。
なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
TPPに反対する弁護士ネットワークが安倍首相に「要望書」を提出
本日(2013年7月29日)、「TPPに反対する弁護士ネットワーク」が設立され、安倍晋三首相に対してTPP交渉参加からの撤退を求める「要望書」を提出するとともに、午後1時から、東京の弁護士会館において記者会見が開かれました。
記者会見の模様は、IWJによって期間限定配信されています。非会員の方は大至急視聴をお願いします(IWJ支援のために是非「会員登録」を!)。
以下に、安倍首相宛に提出された「要望書」の全文をご紹介します(同ネットワーク公式ブログに掲載されています)。
(引用開始)
2013(平成25)年7月29日
TPP交渉参加からの撤退を求める弁護士の要望書
TPPに反対する弁護士ネットワーク一同
第1 徹底した情報の公開を求める
TPP交渉は21分野にわたって行われている。食の安全や環境・労働を含む国民の生活に大きな影響を及ぼす広汎な分野が交渉の対象となっており、農産品にかけられる関税の問題はそのごく一部に過ぎない。
しかもTPPでは、自由化の対象とされた分野では、全加盟国の同意をもって例外と認められない限り、統一的な規制に服する、いわゆるネガティブリスト方式が採用されていることから、広汎な制度がTPPによって改廃を求められることになる。
消費者団体や医療分野から反対の声が上がっていることに示されるように、TPPは、国民の生命・健康・財産を保護するために行う国家の規制等についても幅広く改廃を迫るものとなる危険がある。
国民生活に重大な影響及ぼす事項については、国民的議論を尽くし、国民の理解と同意を得て進めることは民主主義国家のあり方として当然である。
よって、政府に対して、TPP交渉に関して取得し得た全ての情報を国民に公開するように求める。
TPP交渉は21分野にわたって行われている。食の安全や環境・労働を含む国民の生活に大きな影響を及ぼす広汎な分野が交渉の対象となっており、農産品にかけられる関税の問題はそのごく一部に過ぎない。
しかもTPPでは、自由化の対象とされた分野では、全加盟国の同意をもって例外と認められない限り、統一的な規制に服する、いわゆるネガティブリスト方式が採用されていることから、広汎な制度がTPPによって改廃を求められることになる。
消費者団体や医療分野から反対の声が上がっていることに示されるように、TPPは、国民の生命・健康・財産を保護するために行う国家の規制等についても幅広く改廃を迫るものとなる危険がある。
国民生活に重大な影響及ぼす事項については、国民的議論を尽くし、国民の理解と同意を得て進めることは民主主義国家のあり方として当然である。
よって、政府に対して、TPP交渉に関して取得し得た全ての情報を国民に公開するように求める。
第2 ISD条項を前提とするTPP交渉からの即時撤退を求める
1 ISD(投資家対国家紛争解決)条項の概要
ISD条項は、投資協定に反する投資受入国政府の措置によって、損害を被った外国投資家に対して、国際仲裁に付託する権利を認め、投資受入国政府が仲裁判断に服することを事前に包括的に同意する条項である。この場合の「政府」には中央政府だけでなく、自治体や政府投資機関も含まれ、「措置」には行政府の行為だけでなく、法律や制度、慣行等幅広いものが含まれる。
二国間の投資協定に伴うISD条項は、古く1960年代から存在する。途上国の司法制度の不備を理由として先進国企業の投資を保護することを目的として国際的な仲裁制度を利用しようとしたものである。
1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)にISD条項が存在したことから、先進国間においてISD提訴が活発になされるようになり、ISD条項に基づく提訴件数が急激に増加した。環境規制や犯罪規制等にまでISD条項が及ぶことが強い衝撃をもって受け止められた。
2011年には判明している限り、過去最多の46件のISD提訴がなされ、累計件数は450件に及んでいる。
2 日本国憲法76条1項との関係
日本国憲法76条1項は、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」と規定する。
他方、ISD条項は、外国投資家に対して、投資受入国政府との間の具体的な法的紛争を国際仲裁に付託する権利を認める。このような紛争が我が国裁判所の管轄に属することは明らかであるから、ISD条項は、同項の例外をなすことになる。
国際仲裁に付託することを認める実体規定(ルール)は僅か数箇条程度に過ぎず、なかんずく「間接収用」や「公正・衡平待遇義務」はその概念が極めて不明確である。このため広汎な政府措置に対して、投資協定に違反するとして、国際仲裁に付託することが可能である。米韓FTAの締結に当たって、ISD条項の影響を検討した韓国法務省は、あらゆる政府の措置が提訴の対象となり得ると結論している。
2011年12月には、韓国の裁判官167名が米韓FTAのISD条項が司法主権を侵害する可能性があるとして、韓国最高裁に対して、米韓FTAについて検討するタスクフォースチームを設置することを求める建議を行い、韓国最高裁もこれに応じている。
政府は、TPP参加問題が浮上するまで、国連自由権規約の選択議定書が定める個人通報制度には「司法の独立」を規定する憲法76条3項との関係で問題があるとする見解を挙げて、選択議定書の締結を見送ってきた経緯がある。個人通報制度よりいっそう包括的で強力な例外を認めるISD条項には、憲法76条1項の規定との関係上、問題が生じることは、従前の政府の立場でも明らかである。
よって、ISD条項は憲法76条1項に違反する。
3 政策決定の阻害
前記した韓国法務省の検討によれば、ISD条項によって「巨大資本を保有する多国籍企業の場合、制度的・慣行的障害を除去し、特定政府を手なずけるために(tamig effect)勝訴の可能性が低い場合にも、仲裁を起こす傾向がある」と分析され、国家の政策判断に萎縮効果を及ぼすことが指摘されている。
2011年には、ドイツ政府に対して、スウェーデンの電力会社が脱原発政策によって38億ドルの損害を被ったとして提訴する等、国家の中核的な政策決定にまで、ISD提訴が及ぶようになっている。また、韓国は、低炭素車支援制度の実施を予定していたが、米国自動車産業界から米韓FTAに反するとする意見を受けて、同制度の実施を見合わせる結果となっている。
一国の基本的な政策決定や立法まで、ISD提訴の対象となり、政策決定を阻害しているのである。
日本国憲法41条1項は、「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定める。ISD条項は、国会の立法裁量すら、投資家国際仲裁のもたらす萎縮効果によって、幅広くこれを阻害するものであり、国民主権原理の端的な表れである同項に違反する疑いがある。
4 結論
多国間の投資条約の中にISD条項を設けようとした例には、WTOドーハラウンドやOECD加盟国の間で交渉された多国間投資協定(MAI)の例があるが、いずれも主権侵害や環境規制を行う国家主権の侵害が指摘されて失敗に終わっている。TPPについてもISD条項の入った草案が作成されていることがリークによって明らかになっているが、オーストラリア政府は、ISD条項の導入に強く反対している。
このような実情を踏まえれば、司法制度が整備された先進国との間、なかんずく訴訟大国と呼ばれるアメリカとの間でのISD条項が、日本国の主権を侵害するとする意見が多数、提起されていることには理由がある。
国家主権の法的形態が憲法である。主権が侵害されることは国内法的には国家の憲法に違反する事態が生じることを意味する。TPPにおけるISD条項は、日本国憲法76条1項に反するとともに、41条1項に反する疑いが強い。
ISD条項は、日本国憲法の根本的改変に等しい事態を招く。
よって、日本国政府は、ISD条項を前提とするTPP交渉への参加を即時撤回することを強く求める。
以上
1 ISD(投資家対国家紛争解決)条項の概要
ISD条項は、投資協定に反する投資受入国政府の措置によって、損害を被った外国投資家に対して、国際仲裁に付託する権利を認め、投資受入国政府が仲裁判断に服することを事前に包括的に同意する条項である。この場合の「政府」には中央政府だけでなく、自治体や政府投資機関も含まれ、「措置」には行政府の行為だけでなく、法律や制度、慣行等幅広いものが含まれる。
二国間の投資協定に伴うISD条項は、古く1960年代から存在する。途上国の司法制度の不備を理由として先進国企業の投資を保護することを目的として国際的な仲裁制度を利用しようとしたものである。
1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)にISD条項が存在したことから、先進国間においてISD提訴が活発になされるようになり、ISD条項に基づく提訴件数が急激に増加した。環境規制や犯罪規制等にまでISD条項が及ぶことが強い衝撃をもって受け止められた。
2011年には判明している限り、過去最多の46件のISD提訴がなされ、累計件数は450件に及んでいる。
2 日本国憲法76条1項との関係
日本国憲法76条1項は、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」と規定する。
他方、ISD条項は、外国投資家に対して、投資受入国政府との間の具体的な法的紛争を国際仲裁に付託する権利を認める。このような紛争が我が国裁判所の管轄に属することは明らかであるから、ISD条項は、同項の例外をなすことになる。
国際仲裁に付託することを認める実体規定(ルール)は僅か数箇条程度に過ぎず、なかんずく「間接収用」や「公正・衡平待遇義務」はその概念が極めて不明確である。このため広汎な政府措置に対して、投資協定に違反するとして、国際仲裁に付託することが可能である。米韓FTAの締結に当たって、ISD条項の影響を検討した韓国法務省は、あらゆる政府の措置が提訴の対象となり得ると結論している。
2011年12月には、韓国の裁判官167名が米韓FTAのISD条項が司法主権を侵害する可能性があるとして、韓国最高裁に対して、米韓FTAについて検討するタスクフォースチームを設置することを求める建議を行い、韓国最高裁もこれに応じている。
政府は、TPP参加問題が浮上するまで、国連自由権規約の選択議定書が定める個人通報制度には「司法の独立」を規定する憲法76条3項との関係で問題があるとする見解を挙げて、選択議定書の締結を見送ってきた経緯がある。個人通報制度よりいっそう包括的で強力な例外を認めるISD条項には、憲法76条1項の規定との関係上、問題が生じることは、従前の政府の立場でも明らかである。
よって、ISD条項は憲法76条1項に違反する。
3 政策決定の阻害
前記した韓国法務省の検討によれば、ISD条項によって「巨大資本を保有する多国籍企業の場合、制度的・慣行的障害を除去し、特定政府を手なずけるために(tamig effect)勝訴の可能性が低い場合にも、仲裁を起こす傾向がある」と分析され、国家の政策判断に萎縮効果を及ぼすことが指摘されている。
2011年には、ドイツ政府に対して、スウェーデンの電力会社が脱原発政策によって38億ドルの損害を被ったとして提訴する等、国家の中核的な政策決定にまで、ISD提訴が及ぶようになっている。また、韓国は、低炭素車支援制度の実施を予定していたが、米国自動車産業界から米韓FTAに反するとする意見を受けて、同制度の実施を見合わせる結果となっている。
一国の基本的な政策決定や立法まで、ISD提訴の対象となり、政策決定を阻害しているのである。
日本国憲法41条1項は、「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定める。ISD条項は、国会の立法裁量すら、投資家国際仲裁のもたらす萎縮効果によって、幅広くこれを阻害するものであり、国民主権原理の端的な表れである同項に違反する疑いがある。
4 結論
多国間の投資条約の中にISD条項を設けようとした例には、WTOドーハラウンドやOECD加盟国の間で交渉された多国間投資協定(MAI)の例があるが、いずれも主権侵害や環境規制を行う国家主権の侵害が指摘されて失敗に終わっている。TPPについてもISD条項の入った草案が作成されていることがリークによって明らかになっているが、オーストラリア政府は、ISD条項の導入に強く反対している。
このような実情を踏まえれば、司法制度が整備された先進国との間、なかんずく訴訟大国と呼ばれるアメリカとの間でのISD条項が、日本国の主権を侵害するとする意見が多数、提起されていることには理由がある。
国家主権の法的形態が憲法である。主権が侵害されることは国内法的には国家の憲法に違反する事態が生じることを意味する。TPPにおけるISD条項は、日本国憲法76条1項に反するとともに、41条1項に反する疑いが強い。
ISD条項は、日本国憲法の根本的改変に等しい事態を招く。
よって、日本国政府は、ISD条項を前提とするTPP交渉への参加を即時撤回することを強く求める。
以上
(引用終わり)
実は、この「TPPに反対する弁護士ネットワーク」から首相宛の「要望書」の賛同者となることが一般の弁護士に呼びかけられたのは比較的最近のことで、私の場合は、今月(7月)17日、川口創弁護士(愛知県弁護士会)から青年法律家協会MLへの投稿を読んだ時ですから、まだ2週間も経っていません。
そもそも、農業関係団体や医療関係団体に比べ、法曹界のTPP問題についての取組は、はなはだ出遅れているというか、あいまいというか、日本弁護士連合会自体、なかなか明確な意見を表明できず、ようやく今月になってから、「内閣官房TPP政府対策本部からの意見募集に対し、当連合会は、『環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉に関する意見(その1)(その2)』を同本部に提出しました」という段階です。
2013年7月17日付「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉に関する意見(その1)」
2013年7月19日付「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉に関する意見(その2)」
(その1)は、弁護士業務に直接関連する「越境サービス」分野についての意見、(その2)は、それ以外の分野についての意見ですが、ISD条項について何と書いてあるのか気になって読んでみると、以下のとおりでした。
(抜粋引用開始)
TPP協定において投資家保護に関する「投資家と国家間の紛争処理」(以下「ISDS」という。)条項が規定された場合,既存の投資協定締結国の投資家(外国企業)に加えて,TPP協定加盟国の投資家(外国企業)からも仲裁の申立てを受ける可能性が生ずる。仮に,前述した投資家(外国企業)から投資協定仲裁の申立てがなされた場合には,政府がこれに対応する負担とリスクを負うこととなる。新たな規制やルールの導入にあたり,それが投資保護条項に照らして違法となりうる基準(とりわけ「収容措置の禁止」「公正衡平待遇」等)は必ずしも明確ではないことを理由に,政府の規制やルールの整備に対する萎縮効果をもたらす可能性が指摘されている。また,条約は国内法に優先するため,外国投資家の利益を保護するための手続であるISDS条項によって,国民主権・民主主義との緊張関係が生ずる可能性も指摘されている。
これらの懸念事項を踏まえ,濫訴防止のための対応策や環境保護,公衆衛生・医療,消費者保護等に関する合理的な規制の確保を目指すべきであり,TPP協定におけるISDS条項を巡る論点について,慎重に検討すべきである。
なお,現段階では,交渉内容の詳細が不明であり,TPP協定の投資保護規定においてISDS条項が用意されている場合には,協定の締結自体について強い懸念を示す意見もあった。
(引用終わり)
これらの懸念事項を踏まえ,濫訴防止のための対応策や環境保護,公衆衛生・医療,消費者保護等に関する合理的な規制の確保を目指すべきであり,TPP協定におけるISDS条項を巡る論点について,慎重に検討すべきである。
なお,現段階では,交渉内容の詳細が不明であり,TPP協定の投資保護規定においてISDS条項が用意されている場合には,協定の締結自体について強い懸念を示す意見もあった。
(引用終わり)
ということで、遅ればせながらではあるものの、弁護士有志によるネットワーク結成が呼びかけられたという次第です。呼びかけ人は以下の方々です。
宇都宮健児、神山美智子、和田聖仁(以上、東京弁護士会)、中野和子、瀬川宏貴(以上、第二東京弁護士会)、佐藤博文(札幌弁護士会)、野呂圭(仙台弁護士会)、伊澤正之(栃木県弁護士会)、茆原正道、茆原洋子(以上、横浜弁護士会)、岩月浩二、荻原典子、川口創(以上、愛知県弁護士会)、杉島幸生(大阪弁護士会)
私も、首相宛の「要望書」について「賛同者」になる旨のメールは送っておきましたが(締切は7月25日だった)、賛同者は全部で「318名」だったそうです。
ところで、今後、「TPPに反対する弁護士ネットワーク」自体に賛同する弁護士をどうやって増やしていくのですかね?公式ブログを見てもまだ案内が掲載されていないけれど。