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五日市憲法草案を称えた皇后陛下の“憲法観”

 今晩(2013年10月30日)配信した「メルマガ金原No.1528」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
 五日市憲法草案を称えた皇后陛下の“憲法観”
 
 去る(2013年)10月20日、皇后陛下が満79歳の誕生日を迎えられたというニュースに接した人は多いと思いますが、このような報道があったのを目にされた方はそれほど多くはないかもしれません。
 
東京新聞 朝刊 2013年10月20日
(抜粋引用開始)
 皇后さまは二十日、七十九歳の誕生日を迎えられた。宮内記者会の質問に寄せた回答文書で、明治憲法の施行に先立って東京・奥多摩地方で起草され、基本的人権尊重や教育の自由などに触れた「五日市憲法草案」について、「世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います」と強い感銘を受けたことを明らかにした。
 皇后さまは昨年一月、天皇陛下と東京都あきる野市の五日市郷土館を訪れ、展
示されている草案を視察した。
 文書では、今年印象に残ったこととして憲法論議が盛んに行われたことを挙げ、これ
に関連して、視察時に草案から受けた印象を思い起こしたとしている。
 草案は、小学校の教員や農民たちが話し合いを重ねて書き上げた。皇后さまはこう
した経緯に触れるとともに、同様の民間の憲法草案が日本各地で作られていたと郷土館で説明を受けて「長い鎖国を経た十九世紀末の日本で、市井の人々の間に既に
育っていた民権意識を記録するもの」と印象に残ったと記している。
(後略)
(引用終わり)
 
 まず、「五日市憲法草案」そのものをご紹介しましょう。
 全部で24枚の紙に書かれた草稿の写真が「あきる野市中央図書館」「あきる野市デジタルアーカイブ」に掲載されています。
 また、1枚ごとに書き起こしたPDFファイルも同図書館サイトに掲載されています(付け加えられた目次を含めて25頁)。
 この憲法草案が作成されたいきさつなどは、同図書館サイト「あきる野市と自由民権運動」に詳細に解説されています。
 特に、「『五日市憲法草案』とその評価」は是非ご一読ください。
 
 1889年(明治22年)に大日本帝国憲法が公布されるまでに、様々な民間(私擬)憲法が発表されましたが、近年発見されながら、その先進性が非常に注目を集めている「五日市憲法草案」。実は、私自身、名前を聞くだけで、その条文自体を読んだことはありませんでした。
 まことに遅ればせながら、皇后陛下の指摘に後押しされて、とりあえず「第二編 公法」「第一章 国民の権利」(42条~77条/PDFファイルで7頁~11頁)だけ読んでみました。

 冒頭の42条に規定された国民の要件が「生地主義」を原則としているのにまず驚
きます。
 以下、非常に手厚い人権規程が並んでいますが、そのうちのごく一部を引用します。
 
45条 日本国民ハ各自ノ権利自由ヲ達ス可シ 他ヨリ妨害ス可ラス 且国法之ヲ保護ス可シ
47条 凡ソ日本国民ハ族籍位階ノ別ヲ問ハス法律上ノ前ニ対シテ平等ノ権利タル可シ
49条 凡ソ日本国ニ在居スル人民ハ内外国人ヲ論セス其身体生命財産名誉ヲ保固ス
51条 凡ソ日本国民ハ法律ヲ遵守スルニ於テハ万事ニ就キ予メ検閲ヲ受クルコトナク自由ニ其思想意見図絵ヲ著述シ以テ出版頒行シ或ハ公衆ニ対シ講談討論演説シ以テ公ニスルコトヲ得ヘシ 但シ其弊害ヲ抑制スルニ須要ナル処分ヲ定メタルノ法律ニ対シテハ其責罰ヲ受任ス可シ
 
 この後もまだまだ多くの人権規程が続きますので、是非原文にあたってお読みいただきたいと思います。
 中でも、60条以下に詳細に定められた刑事適正手続関連の諸規定には圧倒されます。
 現行憲法も、刑事適正手続に関する条項は相当詳細に定められていますが、ここまで詳しくはありません。
 五日市憲法草案にはこんな規定もあります。
 
69条 一般犯罪ノ場合ニ於テ法律ニ定ムル所ノ保釈ヲ受クルノ権ヲ有ス(※これ日本国憲法にも書いていない)
 
 また、以下のような規定も注目されます。
 
71条 国事犯ノ為ニ死刑ヲ宣告サルルコトナカル可シ
 
 「国事犯」とあるのは、現在では「政治犯」というような意味で使っているのだと思いますが、「国事犯」に対しては死刑を適用しない、つまり、「政治的信条」に基づいて犯罪を犯した者には、破廉恥罪を犯した者とは異なり、それなりの「敬意」をもった処遇を行うのが相応しいということでしょう。
 五日市憲法草案が書かれたずっと後の「大逆事件」や治安維持法に基づく思想弾圧の歴史を振り返れば、ある種の感慨なきを得ません。
 
 さて、「五日市憲法草案」についてはこの程度にしておきましょう。
 
 10月20日の皇后陛下の「回答文書」そのものを是非読んでみたいと思います。
 
 
宮内記者会からの質問は、以下の3項目でした。

問1 東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが,なお課題は山積です。一方で,皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました。皇后さまにとってのこの1年,印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい。
 
問2 今年,皇后さまはご体調が優れず,いくつかのご公務などをお取りやめになりました。天皇陛下も今年80歳を迎えられます。両陛下の現在のご体調や健康管理,ご公務や宮中祭祀に関してご負担軽減が必要との意見について,どのようにお考えでしょうか。

問3
皇太子妃雅子さまは11年ぶりに公式に外国をご訪問になりました。また,悠
仁さまの小学校入学をはじめ,お孫さまたちに節目となる出来事が相次ぎました。ご家族と様々なご交流があると思いますが,皇室の一員として若い世代に期待されていることをお聞かせください。 
 
 東京新聞が紹介したのは、問1に対する回答の一部です。該当部分を引用します。
 
(引用開始)
5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます。主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,地方自治権等についても記されています。当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした。長い鎖国を経た19世紀末の日本で,市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。
(引用終わり)
 
 もう一度、宮内記者会からの「質問1」を読んでください。「皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪パラリンピックの東京開催が決まるなど明るい出来事がありました」と長々と明示された「誘導質問」への回答は、以下のように非常に短く(あえて言えば)そっけないものでした。
 
(引用開始)
オリンピック,パラリンピックの東京開催の決定は,当日早朝の中継放送で知りました。関係者の大きな努力が報われ,東京が7年後の開催地と決まった今,その成功を心から願っています。
(引用終わり) 
 
 これに対し、ご自身から進んで取り上げられた「五日市憲法草案」についての言及には、皇后陛下の同草案に対する強い思い入れと、現今の「憲法をめぐる論議」についての深い憂慮の念を感得しない訳にはいきません。
 これは、私の思い込みによる「深読み」でしょうか?私は決してそうは思っていないのですが。
 
 また、この1年の間に物故された方を悼む部分では、「日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん」の名前を挙げておられます。
皇后陛下は、今年4月28日、ニューヨークで開かれたベアテさんの追悼式に、侍従長を通じて「戦後社会における日本女性の権利のためにゴードンさんが果たした役割を重視しており、その功績が日本で長年にわたって記憶されると信じている」とのメッセージを遺族に伝えられたとのことです。
 
 4月28日といえば、安倍政権のごり押しにより、天皇皇后両陛下が政府主催「主権回復式典」への臨席を余儀なくされた日であることを思い出さざるを得ませんが、今回、皇后陛下の宮内記者会への「文書ご回答」のあとの部分に、宮内庁がまとめた「(皇后陛下の)この1年のご動静」が掲載されています。そして、そこには「主権回復式典」のことは「一切」触れられていません。
 仮にそれが皇后陛下のご意向でないにせよ、宮内庁自身が「本来あるべきではなかったご臨席」と考えていると解釈すること、これも「深読み」でしょうかね?
 
 私のメルマガをずっと読んでくださっている方から、「金原さんは天皇制支持者なの?」と問われたことがあります。

 そういえば、思い出すだけでも、
 
 
というような、相当に力を込めた文章を書いていますので、そう思われるのも無理はありません。
 そう言われても、別にあえて否定するつもりはありませんが、かといって、「天皇制」が未来永劫「無窮」であるべきだと思っているのかと問われれば、「別にそこまでのことは・・・」というのが正直なところです。
 私としては、国民主権象徴天皇制を両立させ、平和主義の下、基本的人権を尊重することを理念とした日本国憲法の精神を理解し、愚直なまでに実践されている今上陛下と皇后陛下に対して敬愛の念をいだいている、ということなのです。
 
 この文章を書き始めた時は、「五日市憲法草案」と自民党日本国憲法改正草案」を対比させ、皇后陛下の意のあるところを浮き彫りにしよう、などと思っていたのですが、やめておきます。
 時間の都合ということもありますが、あえてそのようなことをせずとも、心ある人には、皇后陛下の思いは十分に伝わるはずだと思い直したからでもあります。
 「対比」の作業は、またいずれ時間が出来れば、という「宿題」にしておきます。
 
(書かずもがなの付記)
 3日前に書いた「“原発輸出”についての安倍首相の“なさけない答弁”」を読まれた方は、同じく「文章にこだわる」私の評価が、天と地ほども違うことに否応なく気がつかれたことでしょう。
 そして、10月18日の安倍首相の「答弁」が官僚の作文であるのが確実であるのと同じくらい、10月20日の皇后陛下の「ご回答」がご自身によって書かれたものであることに、私は確信を持っています。
 またこうも言えるでしょうか。安倍首相の「答弁」は官僚が書いたものであるにせよ、安倍首相自身の人格を反映した文章になっており、仮に皇后陛下の「ご回答」作成に第三者の助力があったとしても、その文章はあくまでも皇后陛下の人格の反映であるのだと。