wakaben6888のブログ

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“独裁政権打倒”“クーデター阻止”を目的とした救国国民戦線の結成を!

 今晩(2013年12月5日)配信した「メルマガ金原No.1564」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
“独裁政権打倒”“クーデター阻止”を目的とした救国国民戦線の結成を!
 
 昨日(12月4日)の「Stop!秘密保護法」緊急パレード第2弾の余韻もさめやらぬ今日、予想されていたこととはいえ、自民・公明両党による参議院・国家安全保障関する特別委員会における強行採決、それに引き続き、本会議に緊急上程して採決(これを書いている時点では、社会保障プログラム法案についての反対討論行われている段階ですが)という動きに、満腔からの怒りを新たにせざるを得ません。
 
 ところで、昨日は、私にとって「ちょっとした」記念日だったのです。
 1年前の12月4日は、第46回衆議院議員総選挙の公示日であり、和歌山1区に立候補された某候補の出陣式で、生まれて初めての「応援演説」をした日だったのす。
 思えば、この丸1年の間に、我が国を取り巻く状況が、ここまで「危機的」なものにると考えたものがどれだけいたでしょうか。
 しかし、紛れもなく、現在の第二次安倍政権(自民・公明連立政権)「暴走」の動力を与えたのがこの選挙であったことは忘れる訳にはいきません。
 
 たまたま、応援演説草稿の一部を、その日に配信したメルマガ金原No.1188「続・衆議院総選挙~ところで沖縄のこと忘れてませんか?」の中に引用していました。
 
 1年前に私自身が何を考えていたかを振り返ることも、今後の自分の進むべ方向模索する上で、意義のあることだと思いますので、以下に再掲します。
 
(引用開始)

 

 皆さん、おはようございます。ご紹介いただきました弁護士の金原と申します。
 いきなりこういうことを言うのも場所柄を弁えない所行かもしれませんが、私は、今国政選挙の公示日に特定候補の事務所にかけつけたり、ましてや応援のスピーチしたことは一度もありませんでした。私は、いかなる政党とも特定の関係は持ないというポリシーで今まできました。その私が何故ここに立っているかというと、先日、○○党の方が私の事務所を訪ねられ、言われたことは、「脱原発のために□□に力を貸してください」ということでした。「これは断れないな」と即座に決断しました。
(中略)
 脱原発のために□□さんに支援を!という訴えはここまでですが、あと1つだけ言てください。
 それは、憲法の危機、平和の危機についてです。1951年の旧日米安保条約の結以来、憲法上行使できないとされてきた集団的自衛権の行使を認めるべきだと、民党も維新の会も公然と公約に掲げています。
 想像してみてください。2003年のイラク戦争開戦当時、自民党や維新の会が主るような集団的自衛権の行使を可能とする法律があったとすればどうだっかというとを。
 イラクに侵攻したのは、アメリカ軍とイギリス軍だけではありませんでした。イタリア軍、ペイン軍、ウクライナ軍、ブルガリア軍、ポーランド軍、オーストラリア軍なども参戦ました。一体何故?各国とも、アメリカやイギリスと軍事同盟を結んでおり、それづく「集団的自衛権」の行使という名目によってです。そして、これらの国々があた国の若い兵士を戦死させ、それをはるかに上回るイラク人を殺傷したのです。
 集団的自衛権の行使を認めるということは、私たちの大切な同朋である自衛が、イラクにおけるイタリア兵やスペイン兵やオーストラリア兵のように、アメリカ軍の下で命を落とし、心ならずも無辜のイラク市民を殺傷することを認めるということなのです。
 私は絶対にそんなことを許すことはできません。
 脱原発のみならず、憲法を守る、平和を守るためにも、○○党と□□さんを是支援していただきたいと熱望しています。
 ありがとうございました。
(引用終わり)
 
 そう、1年前には「公約」でした。そのような「公約」を掲げた自民党や日本維新会が、選挙制度にも助けられ、過剰に多くの議席を獲得したのでした。
 少なくとも、自民党については、その流れは今年7月の参議院議員選挙でも変らず、その後の全くブレーキの効かない「暴走」が始まった訳です。
 私が一番懸念していた集団的自衛権についても、出来レースで容認「報告書」出すに決まっている安保法制懇が、集団的自衛権のみならず、国連による集団安全保障措置への参加も容認する報告書を準備済みと言われており、大きな障害になると思われていた内閣法制局には、慣例を破って容認派の外交官を長官に据えるという禁じ手が堂々と行われ、いよいよその総仕上げとしての国家安全保障基本法案の提出が目前に迫っています。 
 既に多くの人が使用している表現ですが、単に軍隊が動いていないだけで、実質は憲法規範を無効化する「クーデター」が目の前で進行していると言わねばなりません。
 当面、国政選挙はないと言われています。しかし、選挙の洗礼を待たずに打倒された政権は過去いくらでもあります。
 今こそ、「打倒独裁政権」「クーデター阻止」を目的とした「救国国民戦線」の結成が必要です(いくら何でも表現が古過ぎるような気はしますが)。
 
 ところで、1年前のメルマガを読み返していて、思い出さざるを得なかったのは、翁長雄志(おなが・たけし)那覇市長への朝日新聞のロングインタビュー(2012年11月24日掲載)のことです。
 2012年12月1日配信のメルマガ金原No.1185「衆議院総選挙~ところで沖縄のこと忘れてませんか?」でご紹介した、翁長市長の発言のごく一部をあらためて引用します。
 
(引用開始)
 ――沖縄の保守と本土の保守の論理は違うということですか。
 「ちがいますね。本土は、日米安保が大切、日米同盟が大切。それで『尖閣
中国から守るのに、沖縄がオスプレイを配備させない』と言う。沖縄にすべて押しつけておいて一人前の顔をするなと言いたい。これはもうイデオロギーではなく、民族の問題じゃないかな。元知事の西銘順治さんが、沖縄の心はと問われ、『ヤマトンチュ(本土の人)になりくて、なり切れない心』と言ったんだけれど、ぼくは分かった。ヤマトンチュになろうとしても、本土が寄せ付けないんだ」
 「寄せ付けないのに、自分たちの枠から外れると『中国のスパイだ』とかレッテルを
貼る。民主党前原誠司さんに聞かれたよ。『独立する気持ちはあるんですか』と。ぼくは、なでしこジャパンが優勝した時、あなたよりよっぽど涙を流したと話しました。戦後67年間、いじめられながらも『本家』を思ってきた。なのに基地はいやだといっても、能面みたいな顔で押しつけてくる。他ではありえないでしょう。日本の47分の1として認めないんだったら、日本というくびきから外してちょうだいという気持ちだよね」
(引用終わり)
 
 この発言の1年後、翁長市長の苦渋の記者会見と自民党県連会長辞任の報に接した者は、日本を好き勝手に軍事国家に変えようとする勢力は、当然のように沖縄を支配下に置くために強権を発動しているのだということに気がつかざるを得ませんでした。
 「救国戦線」に結集できる潜在的勢力は実に広範に存在するということに自信を持たねばなりません。
 
 
 

(付録)
『HK & Les Saltimbanks "On lâche rien" (Japanese subtitles)』
(「オン・ラシャ・リアン(あきらめないぞ!)」