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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

岡村吉隆和歌山県立医科大学学長の「平成26年度 入学式式辞」

 今晩(2014年5月27日)配信した「メルマガ金原No.1739」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
岡村吉隆和歌山県医科大学学長の「平成26年度 入学式式辞」
 
 今日は、憲法でも原発でもない話題です。
 強いて言えば、「和歌山高等教育機関 学長式辞」シリーズとでも言いましょうか。
 今年(2014年)の3月25日、和歌山大学で行われた卒業式において、山本健慈学長が述べられた式辞に感動し、翌々日の3月27日にブログでご紹介したところ、多くのアクセスを記録しました。
 
 
 そして、今日ご紹介するのは、和歌山県医科大学の岡村吉隆学長による「平成26年度 入学式式辞」です。
 岡村学長は、心臓外科がご専門で、2010年から和歌山県立医大附属病院長を4年間務められ、今春から学長に就任されたばかりです。
 
 大学の公式サイトに「入学式式辞」が掲載されていますので、そちらで是非全文をお読みください。
 以下には、特に私が感銘を受けた部分を抜粋してご紹介します(とはいえ、かなりの部分を引用することになりましたが)。
 
(引用開始) 
 
桜の花も満開の時期を過ぎ、新芽が顔を出しました。
満開の花がつい先日送りだした卒業生で、新芽が今日、入学される皆さんのように感じら
れ、「さあこれから成長するぞ」と言っているような気がします。
 
新入生の皆さん、ようこそ和歌山県医科大学へ。皆さんは多くの希望と期待を胸にこの日を迎えたことでしょう。私達、和歌山県医科大学教職員一同、皆さんを暖かく歓迎したいと思います。今日は、和歌山県の仁坂知事をはじめ多くの方が来賓として出席して一緒に皆さんの入学を祝ってくださっています。
皆さんを支えてくださったご家族や関係者の方々には、心よりお祝い申し上げます。
 
(略)
 
まず、大学とはどういうところかと言うことです。
これまでの小中高校と大学はいろいろな意味で違います。
小中高にいるのは生徒で、大学にいるのは学生です。
小中高にも大学にも先生と呼ばれる教員がいますが、小中高の先生は皆、教員免許を
持っています。しかし、大学の教員はほとんどが教員免許は持っていません。
また、教員の長は、小中高では校長ですが、大学では校長ではなく、学長です。
でももっと根本的に異なることがあります。
それは、高校までは、教えてもらうことが基本ですが、大学では自分で勉強することが基
本です。大学では、教えることが多くて限られた時間では教えきれません。まだよくわかっていないことや正解が一つでないことも多く、また正しいと思われたことが数年後には違っ
ていることもあり、常に勉強していく必要があります。
「習っていないところが試験問題に出た」と騒ぐのは、高校までです。大学で教えるのは、
知識ではなく、何が問題なのか、何を勉強すれば良いかというヒントは教えます。単に覚えるのではなくて、自分で考える能力を養うことを学んでください。
 
次に、医学部や保健看護学部の特徴についてです。
皆さんのほとんどが、入学の目的は、医師や看護師、助産師などの資格を取ることだと
思います。これらの資格は他の学部を出ても受験資格はありません。難関と言われる司法試験は法学部を卒業していなくても受験できます。一級建築士も工学部を卒業していなくても受験できます。医師国家試験の受験には医学部を卒業していなくてはいけま
せん。医学部や看護学部のカリキュラムは選択科目がとても少なく、ほとんどが必修です。
このことは逆に、医学部や看護学部を卒業して、ほかの職業に就く選択肢がかなり制限
されると言えます。もし、この中に、自分の意思でなく周囲の勧めに従って学部を選んだけれど自分はもっと別のことがしたいと思ったらなるべく早い時期に方向転換することを勧めます。
 
今、世間では医師不足や看護師不足がしばしば話題になります。
最近でも医学部新設の動きがあって大きな問題になっています。
確かに、地域では医師は不足していますが、この6-7年間で医学部の定員は1500人
増えました。自治医大が15できたのと同じです。ようやく今年から卒業生が出始めたばかりなので、数年先までは医師不足は解消されません。
しかし、10年後には医師過剰になることは明らかです。
看護系大学についても同様で、1992年に11大学しかなかった4年生看護学部が、今
では220に増加しました。
定員が急に増加したことは、言え変えれば入学しやすくなったわけです。
2020年に東京オリンピックが開催されることになりましたが、ちょうど50年前に東京オリン
ピックが開催されました。その時に比べて今、18歳人口は半分になりました。一方、医学部の定員は3倍になりました。単純に計算すれば、医学部に入学するのが6倍簡単
になったと言えます。
ただでさえゆとり教育の弊害で、日本全体の学力低下が明らかな上に、定員増で医
学部合格が簡単になったことで、全国的に留年や休学、退学が増加していることを知っておいてください。
 
(略)
 
さて、もう一つ考えて欲しいことがあります。
医師、看護師、助産師は、漢字で教師の「師」という言葉が使われています。
弁護士や代議士などはサムライの「士」が使われています。教師とか恩師とか「師」と
言う言葉は先生という意味でしょうが、それなら医師は何を教えるのでしょうか?
また、詐欺師、いかさま師にも「師」が使われているのはなぜでしょう?
皆さんも時々考えてみてください。
 
(略)
 
是非、友人をたくさん作って、そして自分を磨いてください。そして、身近な地域医療に貢献しつつも国際的な視野を持つバランス感覚を磨いてください。和歌山県立医科大学の歴史を築いて、その遺伝子を次の世代に受け継いでくれることを期待しています。
さあ、これから一緒に切磋琢磨して、他大学から目標にされるような大学にしていき
ましょう。
 
               平成26年4月8日
               公立大学法人 和歌山県医科大学
               学長 岡村 吉隆
(引用終わり)
 
 実は、岡村学長の「入学式式辞」をご紹介しようと思い立ったのには理由があります。今晩(5月27日)、和歌山市内のホテルで、「平成26年度 和歌山弁護士会新役員就任披露の会」があり、私も会員として出席していたのですが、たまたま私に割り当てられたテーブルが、山本健慈和歌山大学学長や岡村吉隆和歌山県医科大学学長と同席という、非常にアカデミックな(?)テーブルであったのです。
 山本学長からは、前記の私のブログを読んでいただいていたことなども伺い、また、昨年末の毎日新聞インタビュー掲載後に東京に出張された際、その件が文科省の官僚からどのように受け止められていたかなど、興味深いお話も聞かせていただくことができました。
 
 また、たまたま隣り合う席となった岡村吉隆先生からは、「初めて入学式で式辞を述べることになったが、『おめでとう』という言葉は絶対に使うまいと決めていた」というお話を伺い、「これは是非式辞を読んでみよう」と思い立った次第です。
 岡村先生が「おめでとう」という言葉を新入生に贈るべきではないと考えられる理由は、入学したというだけでは、単にスタートラインに立ったというだけで、彼らは何事も成し遂げておらず、全てはこれからであり、在学中に何を学び得るかが問題なのであって、「おめでとう」という言葉を贈るとすれば、彼らなりに何事かを成し遂げたことに対してであるべきだということでしょう。
 なお、岡村先生がそのように言葉を尽くされたという訳ではなく、あくまで私の理解したところに従って敷衍したものですが。
 
 以上のことと同じロジックなのですが、岡村先生は、議員や首長が当選直後に支援者らとともに「万歳」を行うことも、「全く理解できない」と仰っていました。
 その理由は、もう説明するまでもないですよね。
 
 そして、「入学式式辞」です。「卒業式式辞」とは異なり、新入生を迎える「入学式」で、そう難しいことを述べる訳にもいかず、誰の式辞も似たようなものになるものだろうと思うのですが、岡村吉隆学長から、「自分の意思でなく周囲の勧めに従って学部を選んだけれど自分はもっと別のことがしたいと思ったらなるべく早い時期に方向転換することを勧めます」とか、「定員増で医学部合格が簡単になったことで、全国的に留年や休学、退学が増加していることを知っておいてください」とか、「師、看護師、助産師は、漢字で教師の『師』という言葉が使われています。(略)詐欺師、いかさま師にも『師』が使われているのはなぜでしょう?」という言葉を贈られた和歌山県医科大学の新入生はさぞ驚いたかもしれませんね。
 
 「おめでとう」という言葉を贈る学長が間違っているという訳では決してありません。そうではなくて、入学する学生に伝えるべき事柄を、自らの信念をより普遍的な言葉に転換して伝えるのが「入学式式辞」というものだろうし、その実践例の1つとして岡村吉隆和歌山県医科大学学長の「入学式式辞」をご紹介したものです。
 
 どうですか。和歌山の高等教育機関には、立派な理念を持った学長がいると思いませんか?
 人口がどんどん減っている和歌山県が誇るべきものは、「原発ゼロ」「パンダ生息数日本一」「恵まれた自然環境」だけではないと思うのですが。

(参考サイト)