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“風評被害”と“疫学調査”-双葉町の場合

 

 今晩(2014年6月4日)配信した「メルマガ金原No.1747」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
風評被害”と“疫学調査”-双葉町の場合
 小学館の「ビッグコミック・スピリッツ」連載漫画美味しんぼ(おいしんぼ)』第604話における「鼻血描写」が「事件」に発展したきっかけの1つは、福島県双葉町が5月7日に公表した以下の抗議文でした。
 
(引用開始)
 平成26年4月28日に貴社発行「スピリッツ」の美味しんぼ第604話において、前双葉町長の発言を引用する形で、福島県において原因不明の鼻血等の症状がある人が大勢
いると受け取られる表現がありました。
 双葉町は、福島第一原子力発電所の所在町であり、事故直後から全町避難を強いら
れておりますが、現在、原因不明の鼻血等の症状を町役場に訴える町民が大勢いるという事実はありません。第604話の発行により、町役場に対して、県外の方から、福島県の農産物は買えない、福島県には住めない、福島方面への旅行は中止したいなどの電話が寄せられており、復興を進める福島県全体にとって許しがたい風評被害を生じさせているほか、双葉町民のみならず福島県民への差別を助長させることになると強く危惧して
おります。
 双葉町に事前の取材が全く なく 、一方的な見解のみを掲載した今般の小学館の対
応について、町として厳重に抗議します。
                             平成26年5月7日
                             福 島 県 双 葉 町
(引用終わり)
 
 この後、調子に乗った石原伸晃環境大臣が、5月9日の記者会見において、記者の質問に答える形で以下のように述べたものですから、いわば「火に油を注ぐ」ことになり、事態は一層紛糾することになりました。
 
(引用開始)
福島の事故に伴う放射線の住民の被ばくと鼻血には因果関係は無いという評価が既に出ているわけですので、その描写する物(金原注:『美味しんぼ』の表現)が何を意図して、また、何を訴えようとしているのか、私には全く理解できないのですが、そういうことによって逆に風評被害が発生してしまうと、(私も)昨年の末にあんぽ柿の出荷等の現場にも行きましたが、様々な地元の産品をいろいろな町で販売することに御協力いただいているわけですので、何も専門知識のない方が「そんなところか」と思ってしまったらと――そういう方は少ないと思いますが――取り返しのつかないことです。学術論文等であれば、学術的にいろいろな方がものを言えると思うのですが、(今回の場合は)媒体が漫画ということ
で、風評被害を惹起するようなことがあってはならないことだと私は思います。
(引用終わり)
 
 私がこの一連の「事件」に関する報道に接した際、すぐに思い出したのは、2011年3月28日からスタートした私の個人メルマガ(「メルマガ金原」)の初期の頃からの読者の中に、関東在住の方が何人かおられ、時折送っていただくメールに、周囲で鼻血を出す子どもや大人がいることや、ご自身の体調に異変が生じていることなどが語られていたことです。
 また、当時からよく閲覧していた関東在住の女性のブログにも、震災前には全く鼻血など出したことのなかった子どもがよく鼻血を出すこと(学童保育での見聞)などが書かれており、低線量被曝によって鼻血という症状が出現すること自体、決して珍しいことではないのだろうと思っていました。
 従って、石原環境大臣の「福島の事故に伴う放射線の住民の被ばくと鼻血には因果関係は無いという評価が既に出ている」という自信たっぷりの発言には心底「驚いた」次第です。
 せめて、「因果関係は証明されていない」と言うのであればともかく、「因果関係は無い」と断言する、この非科学性、というか、「ウソをついても何とも思わない」という政治家の恥知らずぶりの一例をさらに目の当たりにすることになり、絶望的にならざるを得ませんでした。
 
 このような「ウソ」に対抗するための最も有力な手段は、信頼するに足る調査データを対置することでしょう(それが通用する相手かどうかという問題はありますが)。
 そのように考えて、データを公開した個人や団体がいくつかあり、そのうち、広河隆一さんが公開されたチェルノブイリでの調査データは既にご紹介しています(内部被曝問題研が“日本政府の4つの誤り”を指摘して緊急提言(5/12))。
 
DAYSから視る日々 2014年5月14日
チェルノブイリでは避難民の5人に1人が鼻血を訴えた 2万5564人のアンケート
調査で判明
 
 今日読んでいただこうと思うのは、ややご紹介が遅くなりましたが、「福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク」(SAFLAN)が、5月20日に公開した資料です。
 
(SAFLANリリースから)
双葉町では、事故から約1年半が経過した平成24年11月に、鼻血等の症状または疾病罹患の多発の有無等について調査が行われています。この調査は、過去の公害・薬害事件の経験を踏まえ、将来的に放射線被ばくと疾病との因果関係が問題になることが予想されることから、SAFLANが提案・コーディネイトを行い、疫学研究の第一人者である岡山大学の津田敏秀教授、頼藤貴志准教授らのグループが主体となって、双葉町等が参加して行ったものです。いわゆる美味しんぼ問題をめぐっては、因果関係や風評被害の有無等について様々な議論がなされていますが、その議論の前提として、まずは当該地域における鼻血等の多発の有無に関する具体的なデータが必要だと考えます。そこで、平成25年9月に双葉町が町民に公表した調査報告書を下記よりダウンロードできるようにしました。本調査結果が事実に基づいた議論の一助になることを願っております」
 
報告書(低レベル放射線被曝と自覚症状・疾病罹患の関連に関する疫学調査調査対象地域3町での比較と双葉町住民内での比較)
 
 「報告書」の「1.要約」、「7.結論」、「8.謝辞」、「10.プロジェクト班メンバー」を引用します。
 
(引用開始)
1.要約
①背景・目的
 平成23 年3 月11 日に発生した東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故
により、近隣住民の健康影響への不安が募っている。今回我々は、様々な症状や疾患の罹患を把握すること、比較対照地域の設定をしっかりと行うことを通して、どのような健
康状態が被ばくや避難生活によるものかを評価・検証することを目的として調査を行った。
②方法
 福島県双葉町宮城県丸森町筆甫地区、滋賀県長浜市木之本町の3か所を調査
対象地域とし、事故後1年半が経過した平成24 年11 月に質問票調査を行った。所属する自治体を一つの曝露指標、質問票で集めた健康状態を結果指標として扱い、木之本町の住民を基準とし、双葉町丸森町の住民の健康状態を、性・年齢・喫煙・放射性業務従事経験の有無・福島第一原子力発電所での作業経験の有無を調整したうえで比較検討した。追加の解析として、双葉町住民内での検討も行った。分析では、多重
ロジスティック解析を用いた。
③結果
 主観的健康観に関しては、平成24年11月時点で、木之本町に比べて、双葉町で有
意に悪く、逆に丸森町では有意に良かった。更に、調査当時の体の具合の悪い所に関しては、様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていた。双葉町丸森町両地区で、多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは、体がだるい、頭痛、めまい、目のかすみ、鼻血、吐き気、疲れやすいなどの症状であり、鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した(丸森町でオッズ比3.5(95%信頼区間:1.2, 10.5)、双葉町でオッズ比3.8(95%信頼区間:1.8, 8.1))。平成23 年3 月11 日以降発症した病気も双葉町では多く(オッズ比10 以上だけでも、肥満、うつ病やその他のこころの病気、ぜんそく、胃・十二指腸の病気、その他の皮膚の病気)、両地区とも木之本町より多かったのは、狭心症・心筋梗塞、急性鼻咽頭炎(かぜ)、アレルギー性鼻炎、その他の消化器系の病気、その他の皮膚の病気、痛風、腰痛であった。治療中の病気も、糖尿病、目の病気、高血圧症、歯の病気、肩こりなどの病気において双葉町で多かった。更に、神経精神的症状を訴える住民が、木之本町に比べ、丸森町双葉町において多く見られた。双葉町内での検討においては、調査時点での避難先が埼玉県加須以外の関東地方や福島県内の住民において主観的健康観がやや悪かったが、避難先別の疾病発症や2011 年3 月12 日当日のSPEEDI による外部被ばく量・尿中セシウムより見積もった合計預託実効線量別の
主観的健康観・疾病発症には大きな差を認めなかった。
④結論
 平成24 年11 月時点でも様々な症状が双葉町住民では多く、双葉町丸森町ともに
特に多かったのは鼻血であった。特に双葉町では様々な疾患の多発が認められ、治療中の疾患も多く医療的サポートが必要であると思われた。主観的健康観は双葉町で悪く、精神神経学的症状も双葉町丸森町で悪くなっており、精神的なサポートも必要であると思われた。今後、より詳細な被ばく量の推定や、住民の健康状況の追跡が必要になると思われる。
 
7.結論
福島県双葉町宮城県丸森町筆甫地区、滋賀県長浜市木之本町の3 か所を調
査対象地域とし、事故後1年半が経過した平成24年11月に質問票調査を行った。
② 平成24年11月時点でも様々な症状が双葉町住民では多く、双葉町丸森町とも
に特に多かったのは鼻血であった。
双葉町では様々な疾患の多発が認められ、治療中の疾患も多く医療的サポートが
必要であると思われる。
④ 主観的健康観は双葉町で悪く、精神神経学的症状も双葉町丸森町で悪くなって
おり、精神的なサポートも必要であると思われた。
双葉町内での検討においては、調査時点での避難先が埼玉県加須以外の関東地
方や福島県内の住民において主観的健康観がやや悪かったが、避難先別の疾病発症や2011年3月12日当日のSPEEDI による外部被ばく量別・尿中セシウムより見積もった
合計預託実効線量の主観的健康観・疾病発症には大きな差を認めなかった。
⑥ これら症状や疾病の増加が、原子力発電所の事故による避難生活又は放射線
ばくによって起きたものだと思われる。
⑦ 今後、より詳細な被ばく量の推定や、住民の健康状況の追跡が必要になると思われ
る。
 
8.謝辞
 質問票記載に協力頂きました各自治体の住民の皆様、質問票の配布・回収に協力
頂きました双葉町健康福祉課の皆様、丸森町筆甫地区の皆様、長浜市木之本町福島県双葉町支援の会の皆様に感謝申し上げます。今回の研究は、東日本大震災復興支援財団の助成を受け行われています。SPEEDIの計算結果に関しては2013年7月13日に下記より取得しています。
 
10.プロジェクト班メンバー
津田敏秀、頼藤貴志、時信亜希子、山川路代(岡山大学)、中地重晴(熊本学園大
学)、鹿嶋小緒里(広島大学
(引用終わり)
 
 調査方法等の詳細は「報告書」の「2.背景」、「3.目的」、「4.対象と方法」、「5.結果」、「6.考察」 などをお読みいただきたいのですが、「質問票の配布・回収に協力頂きました双葉町健康福祉課の皆様」に対する謝辞まで述べられた学術調査の結果、「平成24 年11 月時点でも様々な症状が双葉町住民では多く、双葉町丸森町ともに特に多かったのは鼻血であった」という結論が報告されていたにもかかわらず、『美味しんぼ』に対する双葉町のあの「抗議声明」は何なんだ?と正直思いますよね。いかに調査が行われた平成24年11月当時は井戸川克隆氏がまだ町長職にあったとはいえ。
 
 いずれにしても、放射線被曝と健康影響についての貴重な調査結果だと思いますのでご紹介しました。