読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

安倍晋三首相の“正気とは思えない”歴史認識と積極的平和主義~第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での基調講演から

 今晩(2014年10月11日)配信した「メルマガ金原No.1875」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
安倍晋三首相の“正気とは思えない”歴史認識と積極的平和主義~第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での基調講演から

 昨日のメルマガ(ブログ)でご紹介した「閣議決定撤回!憲法違反の集団的自衛権行使に
反対する10・8日比谷野音大集会&パレード」の「続編」、より正確に言えば「スピンオフ」です。
 昨日配信した段階では、
  村越進日本弁護士連合会会長(主催者開会挨拶)
  上野千鶴子さん(社会学者、戦争をさせない1000人委員会呼びかけ人)
  青井未帆さん(学習院大学教授)
という3人の発言だけ文字起こししてご紹介したのですが、今日、
  中野晃一さん(上智大学教授、立憲デモクラシーの会呼びかけ人)
のトークも文字起こししてブログに追加アップしました。
 
2014年10月10日(10月11日追記)
日弁連が集団的自衛権行使に反対する集会とパレードを主催する意義
 
 
 映像を視聴した際にも感心しましたが、あらためて文字起こししてみた結果、この中野晃一さんの「発見」は、是非1人でも多くの国民が共有すべきであると思い、「スピンオフ」させることにしました。
 
 まずは、10月8日、日比谷野外音楽堂での中野晃一さんによるトークを、映像と文字起こしで確認してください。
 
2014.10.08「閣議決定撤回!憲法違反の集団的自衛権行使に反対する10・8日比野音大集会&パレード」:中野晃一さん【7/18】

(以下の文字起こしにおける漢字、送り仮名、句読点などは全て金原の責任で選択していま
す。ただし、シャングリラ・ダイアローグ演説のみは、首相官邸ホームページから引用しました)
 皆さん、こんばんは。「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人ということで、今日お招きいた
だきました。実は、青井さんも呼びかけ人なので、私だけがこのタイトルを持ってる訳では
およそないんですけれども。
 政治学をやっております。政治学をやってる者からすると、日弁連主催のこのような集会
にお呼びいただけるっていうのは、ちょっと自分が上り詰めたというような感慨があります(笑)。というのは、法律と政治というのは必ずしもあまり仲がいい分野ではなくって、近親憎悪のようなものがあると思うんですが、どちらかというと、法律というのは、実際のところ、内閣法制局の方が頑張ったり、色々するもんですから、どんな法律でもある程度ソーセージのように、それなりに食べられるものに出来上がっている訳ですね。弁護士の方であるとか法曹の方というのは、食べ物として法律を、一応理に適ったものだということでやってらっしゃるんだと思うんです。政治学というのは、その点、ソーセージができる過程を見るものでありまして、あまり見ない方がいいというようなことが言われています。クズ肉が入ったりスジが入ったり骨が混じったりよく分からない添加物が入ったりというようなことがある訳です。ただ、私のような
政治学者であっても、青井さんのような憲法学者、そしてまた日弁連の方たちとこうやって一緒に立ち上がっているというのは、およそクズ肉どころか、入っていてはいけないものが、長靴だとか何だとか、よく分からないものが、今入っている法律が作られようと、そのための閣議決定がなされたということなんではないかと思っております。
 それだけの危機にある訳なんですが、政治学者のはしくれとして、一応、集団的自衛権そしてその安倍さんがやろうと言っている「積極的平和主義」というのは何なのかということを自分なりに調べてみました。しかし、どのような報告書を見ても「積極的平和主義」といったもののきちんとした定義というのはなされていないようです。私が唯一知っているものというか、見つけることができたものは、日本経済新聞の「経済教室」に昔、北岡(伸一)さんが書いたものなんですけれども、ここで彼は、「積極的平和主義とは、消極的平和主義の逆である」(笑)「消極的平和主義とは、日本が非武装であればあるほど世界は平和になるという考えである」と、憲法を正確に定義しているんですね。どういうことかと言うと、「積極的平和主義というのは、日本が抑止力を高めれば高めるほど、いわば武装すればするほど平和になる」という、「消極的平和主義」と彼らが呼ぶものの真逆の考えであると、そういうことのようなんです。
 で、もうちょっとさらに調べてみて、安倍さんがまさにその与党協議という茶番が行われているときに、外国に行ってぺらぺら「これからこういうこやります」と話していった1つの例であるシャングリラ・ダイアローグという場での5月の30日の演説があります。結構、全文を読むとぞっとするような自己陶酔のたくさん入った気持ち悪いものなんですけども、ここでこんなことを言っています。「国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の平和に力を尽くしたい、「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと、そう思うからです。自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。これからの、幾世代、変わらず歩んでいきます
 正気とは思えないですよね(笑と拍手)。「何世代にもわたって」、「ひたぶるに」って言葉が分かんないんですけども、「歩んできた」と言ってしまうんです。これは、戦争は何だったんだろうかと。あれは、青井さんも仰ってましたけども、せいぜい我々、戦争知らなくなって2世代目ぐらいの40代ぐらいなんですけども、それで一体なんで「何世代にもわたっ」っていうことを安倍さんは言ってしまうのかと。
 彼の大好きな靖国神社、そちらで書いてある「靖国Q&A」というのが子ども向けにありまして、そこを見ると、子どもにも分かるように靖国神社を説明しているというものなんですけれども、そこでこんなことが書いてあります。「靖国にまつられている神は誰なんですか?という問いに対してなんですが、「戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかり守り、平和な国としてまわりのアジアの国々と共に栄えていくためには戦わなければならなかったのです。こういう事変や戦争に尊い命を捧げられたたくさんの方々が靖国社の神様としてまつられていますそこに平和を祈りに行くのが安倍さんな訳です。恐ろしいですよね。
 私は金曜日にノーベル平和賞を9条を利用(保持)してきた日本国民が受賞するか、どきどきしながら見守っているんですけれども、安倍さん、このままいくと、あの授賞式にのこのこ出て行って、そしてこのシャングリラ・ダイアローグの演説をコピペして、またもう1回読むんではないかと恐れています。必ず閣議決定を撤回させて、我々の手に主権を取り戻せるように一緒に頑張りましょう。
 
 以上、中野さんが探索された安倍流「積極的平和主義」関連資料3点の内、北岡伸一氏(のことだと思います)が日本経済新聞の「経済教室」に書かれた論考というのは残念ながら見つけることができませんでしたが、残りの2点は以下のとおりです。中野さんが引用した部分を含め、主要部分を抜粋して引用します。
 
首相官邸ホームページ掲載
平成26年5月30日
第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)安倍内閣総理大臣の基調講演
(抜粋引用開始)
 
リー・シェンロン首相、ジョン・チップマン所長、ご列席のみなさま、
 「アジアの平和と繁栄よ、永遠(とこしえ)なれ」。
 本日は、そのため日本として何をなすべきか、どのように貢献すべきか、それを申し上げるためこ
の場に立っています。
(略)
 この広い、太平洋、インド洋のように、私たちの可能性は、どこまでも広がっています。私たちの
子、孫の世代まで、その恩恵に浴せるよう、平和を、確固たるものにしなくてはなりません。安定
を、もたらさなくてはならないのです。
 そのために、すべての国が、国際法を遵守しなければなりません。
 日本は、ASEAN各国の、海や、空の安全を保ち、航行の自由、飛行の自由をよく保全しよう
とする努力に対し、支援を惜しみません。
 アジアと世界の平和を確かなものとしていくうえで、日本は、これまでにも増した、積極的な役
割を果たす覚悟があります。
 日本の新しい旗、「積極的平和主義」について、ASEAN加盟国すべての指導者、米国や豪
州、インドや英国、フランスといった盟邦、友邦諸国指導者の皆さまから、すでに明確で、熱意
ある支持をいただいています。
 日本は、法の支配のために。アジアは、法の支配のために。そして法の支配は、われわれすべ
てのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ。
 それが、本日、私が申し上げたいことです。
(略)
 アジアは今後とも、世界の繁栄をひっぱっていく主役です。そんな場所での軍拡は、元来不似
合です。繁栄の果実は、更なる繁栄、人々の生活の向上にこそ再投資されるべきです。軍事予算を一歩、一歩公開し、クロスチェックしあえるような枠組こそ、EASの延長上に、私たちが目
指すべき体制だと、そう信じます。
 ASEAN各国の、海や、空の安全を保ち、航行の自由、飛行の自由をよく保全しようとする努
力に対し、日本は支援を惜しみません。では日本は何を、どう支援するのか。それが、次にお話
すべきことです。
 フィリピン沿岸警備隊に、新しい巡視艇を10隻提供することに致しました。インドネシアには、
既に3隻、真新しい巡視艇を無償供与しました。ベトナムにも供与できるよう、必要な調査を進
めています。
 日本が実施する援助全般について言えることですが、ハード・アセットが日本から出て行くと、技
能の伝授に、専門家がついていきます。そこで必ず、人と、人のつながりが強くなります。職務を
遂行すること、それ自体への、誇りの意識が伝わります。
 高い士気と、練度が育ち、厳しい訓練をともにすることで、永続的な友情が芽吹きます。
 フィリピン、インドネシア、マレーシア3国だけで、沿岸警備のあり方について日本から学んだ経
験のある人は、250人をゆうに上回っています。
(略)
 日本はこのほど、防衛装備について、どういう場合に他国へ移転できるか、新たな原則をつく
りました。厳格な審査のもと、適正な管理が確保される場合、救難、輸送、警戒、監視、掃
海など目的に応じ、日本の優れた防衛装備を、出していけることになりました。
 国同士で、まずは約束を結んでからになります。ひとつひとつ厳格に審査し、管理に適正を図
ることを心がけつつ進めていきます。
(略)
 最後の話題に移りましょう。
 日本が掲げる、新しい旗についてのお話です。
 もはや、どの国も、一国だけで平和を守れる時代ではありません。これは、世界の共通認識で
しょう。さればこそ、集団的自衛権や、国連PKOを含む国際協力にかかわる法的基盤の、再構
築を図る必要があるのではないか。そう思い私はいま、国内で検討を進めています。
(略)
 いま、日本の自衛隊は、国連ミッションの旗の下、独立間もない南スーダンにいて、平和づくり
に汗を流しています。
 そこには、カンボジア、モンゴル、バングラデシュ、インド、ネパール、韓国、中国といった国々の、
部隊が参加しています。国連文民スタッフや、各国NGOの方々も、大勢います。南スーダン
の国造りを助けるという点で、彼らは皆、仲間です。
 ここでもし、自らを守るすべのない文民や、NGOの方々に、武装勢力が突然襲い掛かったとし
ましょう。いままでの、日本政府の考え方では、襲撃を受けているこれら文民の方々を、我が国
自衛隊は、助けに行くことはできません。
 今後とも、それでいいのか。われわれは現在、日本政府としての検討を進めるとともに、連立
与党同士の協議を続けています。
 国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の平
和に
力を尽くしたい、「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと、そう思うからです。
 自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平
和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました。これ
からの、幾世代、変わらず歩んでいきます。
(略)
 この点、本日はお集まりのすべての皆さまに、一点、曇りもなくご理解をいただきたい。そう思
います。
 私はこの1年と半年ちかく、日本経済を、いまいちど、イノベーションがさきわい、力強く成長す
る経済に立て直そうと、粉骨砕身、努めてまいりました。
 アベノミクスと、ひとはこれを呼び、経済政策として分類します。
 私にとってそれは、経済政策をはるかに超えたミッションです。未来を担う、新しい日本人を育
てる事業にほかなりません。
 
新しい日本人は、どんな日本人か。
 昔ながらの良さを、ひとつとして失わない、日本人です。
 貧困を憎み、勤労の喜びに普遍的価値があると信じる日本人は、アジアがまだ貧しさ
の代名詞であるかに言われていたころから、自分たちにできたことが、アジアの、ほかの国々で、同じようにできないはずはないと信じ、経済の建設に、孜々として協力を続けました。
 新しい日本人は、こうした、無私・無欲の貢献を、おのがじし、喜びとする点で、父、祖
父たちと、なんら変わるところはないでしょう。
(略)
 そんな新しい日本人のための、新しいバナー、「積極的平和主義」とは、日本が、いままで
より以上に、地域の同輩たち、志と、価値を共にするパートナーたちと、アジア・太平洋の平和
と、安全、繁栄のため、努力と、労を惜しまないという、心意気の表現にほかなりません。
 米国との同盟を基盤とし、ASEANとの連携を重んじながら、地域の安定、平和、繁栄を確
固たるものとしていくため、日本は、骨身を惜しみません。
 私たちの行く手には、平和と、繁栄の大道が、ひろびろと、広がっています。次の世代に対す
るわれわれの責任とは、この地域がもつ成長のポテンシャルを、存分に、花開かせることです。
 日本は、法の支配のために。アジアは、法の支配のために。そして法の支配は、われわれす
べてのために。アジアの平和と繁栄よ、とこしえなれ。
 有難うございました。
(引用終わり)
 
 以上の演説についての感想は後で述べることにして、もう1つの資料「靖国Q&A」について。靖国神社公式サイトを調べてみたのですが、子ども向けの「Q&A」は見当たりませんでした。ただ、「谷村経済学概論」という個人が運営されているサイトの中の「靖国問題専用資料室」というコーナーに、以下の資料が掲載されていましたのでご紹介しておきます。
 
靖国神社ホームペイジ資料より転載。(転載許可済)
やすくにじんじゃ何でもQ&A

(抜粋引用開始)
Q:靖国神社って、いつごろ、誰が建てた神社ですか?
A:靖国神社は、今からなんと120年以上も前の明治2年に建てられた歴史のある神社です。
(略)
そして日本が大きく生まれ変わろうとする中で、不幸な国内の争い「戊辰の役(戦争)」が起こ
り、国のために生命をささげた人がたくさん出たのです。こういう新しい時代づくりの明治維新亡くなった人々のことを、いつの世までも伝えるために明治天皇は明治2年6月、「東京招魂社」という名前で、ここ東京・九段に社をお建てになりました。そして明治12年、いまの「靖国神社の 名に改められました。
Q:「靖国」ってどういう、意味なのですか?
A:「靖国神社」の御社号(神社の名前)は、明治天皇が命名してくださったもので、「靖国」と
いう名前には「国を安らかでおだやかな平安にして、いつまでも平和な国につくりあげよう」という、天皇陛下の深い大御心(お気持)がこめられているのです。
(略)
Q:「靖国神社」には、どんな神さまが祀られているの?
A:前の所で「戊辰の役(戦争)」のお話しをしましたが、その時戦死された3,500余柱(神さま
の数をかぞえる時は、ひとりふたりではなく、ひと柱、ふた柱、と呼びます。)をお祀りしたのが最初の神さまです。
(略)
こうして、天皇陛下を中心に立派な日本をつくっていこうという大きな使命は、みなさんのご先
祖さまのおかげでなしとげられました。けれども、日本の独立と日本を取り巻くアジアの平和を守っていくためには、悲しいことですが外国との戦いも何度か起こったのです。明治時代には日清戦争」「日露戦争」大正時代には「第一次世界大戦」昭和になっては「満洲変」「支那事変」そして「大東亜戦争第二次世界大戦)」が起こりました。
(略)
戦争は本当に悲しい出来事ですが、日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、ま
わりのアジアの国々と共に栄えていくためには、戦わなければならなかったのです。こういう事変や戦争に尊い生命をささげられた、たくさんの方々が靖国神社の神さまとして祀
られています。
Q:神さまのことをもっとたくさん教えてください。
A:みなさんは、靖国神社にどれくらい神さまがいらっしゃるか、知っていますか?答えは、なん
と2,466,000余柱です。こんなにもたくさんの神さまが、お参りするみなさんの前におられます。
(略)
また、大東亜戦争が終わった時、戦争の責任を一身に背負って自ら命をたった方々もいます。
さらに戦後、日本と戦った連合軍(アメリカ、イギリス、オランダ、中国など)の、形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、無惨にも生命をたたれた1068人の方々…靖国神社ではこれらの方々を「昭和殉難者」とお呼びしていますが、すべて神さまとしてお祀りされています。靖国神社は国民みんながお参りする神社です。これで、靖国神社には、どんな神さまが祀られているのか、おわかりいただけたことでしょう。靖国神社の神さまは、日本の独立と平和が永遠に続くように、そしてご先祖さまが残してくれた日本のすばらしい伝統と歴史がいつまでもいつまでも続くように、と願って、戦いに尊い生命をささげてくださいました。日本が今、平和で栄えているのは、靖国神社の神さまとなられた、こういう方々のおかげなのです。この方々が戦争の時、ご自分の生命までささげて守ってくださった「私たちの日本」を、これからも大切にしていってください。そして、みんなで靖国神社にお参りし、神さまに感謝の気持ちをささげ、立派な人となることを誓いましょう。白鳩たちも神社のお庭の上を飛びながら、みなさんが
お参りにこられるのを楽しみにしています。
(引用終わり)
 
 もしもここまで引用文を全て読んでくださった忍耐強い方がおられたとしたら、どのような感想を持たれたでしょうか?
 以下に、私の感想をいくつか書いてみますが、ひょっとすると、私のような読み方は(中野晃
一教授に共感する読み方と言ってよいのですが)、国民全体の中の多数派ではないのかもし
れません。
 しかし、仮にそうであったとしても、「おかしいものはおかしい」と言い続けなければ仕方があり
ません。
 そういうつもりで書きます。
 
 「やすくにじんじゃ何でもQ&A」については、あれこれ言っても仕方がありません。ここ(靖国神社)はそういうところなのですから。
 もちろん、突っ込むところはいくらでもあります。例えば、「靖国神社は、今からなんと120年
以上も前の明治2年に建てられた歴史のある神社です」って、子どもなら騙せるかもしれませんが、「歴史のある神社」を真に受ける大人がいるとすれば、よほど「ものを知らない」人間と言わざるを得ません。日本中、どこにでもある普通の神社で、靖国神社より「古い神社」など
いくらでもあります。というか、靖国よりも「新しい神社」を探す方が大変でしょう。
 また、「日本と戦った連合軍(アメリカ、イギリス、オランダ、中国など)の、形ばかりの裁判に
よって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、無惨にも生命をたたれた1068人の方々」の中には、極東国際軍事裁判東京裁判)の結果処刑されたり獄死したいわゆるA級戦犯も含まれていますし、それ以外のB、C級戦犯についても、確かに“冤罪”が多かったという話は伝わっていますが、靖国神社が全ての刑死者の裁判記録を調べ上げて“冤罪”の疑いがあると認定した訳でも何でもなく、単に連合軍によって裁かれたということを根拠に「ぬれぎぬ」と断定しているに過ぎません。日本がサンフランシスコで対日平和条約に調印して国際社会に復帰するに際し、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこ
れらの法廷が課した刑を執行するものとする」(平和条約11条)と約束したことなど、靖国社は認めないと公言している訳です。
 このような靖国神社の態度は、「日清戦争」「日露戦争」「第一次世界大戦」「満洲事変」支那事変」「大東亜戦争第二次世界大戦)」の全てを通して、「日本の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくためには、戦わなければならなかったのです」という歴史認識からの当然の帰結です。
 日本が自国領土でもない朝鮮半島や中国に軍隊を派遣して武力を行使したことが「日本
の独立をしっかりと守り、平和な国として、まわりのアジアの国々と共に栄えていくため」だったというのですから、反省すべき点など出てくるはずがなく、戦犯として処刑された人は全て「ぬれぎぬ」であり、「昭和殉難者
」なのだという訳です。
 なお、「今からなんと120年以上も前
」とあるところから考えて、この「Q&A」が書かれたのは20年以上前のことと推測されますし、現在の靖国神社の公式サイトには掲載されていないようなので、「歴史的文書」の仲間入りをしている可能性もありますので、その点は念頭に置く必要があるかもしれません。
 
 靖国神社と戦犯の問題については、私が書いた以下のブログなどをご参照ください。
 
2014年1月1日 
2014年9月14日 
 
 それよりも問題なのは安倍晋三首相の演説の方です。
 
 「ひたぶるに、ただひたぶるに」
 「孜々(しし)として」
 「おのがじし」
 
 こういう言葉を知らない人もいるでしょうし、知っていても使う気にならない人も多いことでしょう(少なくとも私はそうです)。
 ただ、こういう言葉に「高揚する」タイプの人間がいるということも事実です。
 これが個人間の交友であれば、そういう人とのお付き合いは極力遠慮するということで何の
問題もありません。もしも上司や同僚にこういう迷惑な人間がいれば、何とか敬して遠ざける
という「大人の智恵」を働かせるまでです。
 ところが、これが日本国の総理大臣の地位にあるとなれば事情は一変します。
 これは「迷惑」どころの話ではありません。「危険」です。非常に「危険」です。

 私も、安倍首相の演説草稿を安倍氏自身が書いているなどとは思っていません。世間で
は、安倍首相が外国で行うスピーチの原稿は、日経BP出身の谷口智彦氏(今年の4月から
内閣官房参与)が主にライターを務めているのではないかと言われているようです。
 とはいえ、最終的に首相の口から発せられた発言について責任を負わねばならないのは首
相自身であって、スピーチライターには責任を負う資格などありません。
 それに、スピーチライターも、これが福田康夫氏や鳩山由紀夫氏の演説草稿であるならば、
「ひたぶるに、ただひたぶるに」「孜々(しし)として」「おのがじし」などという言葉は思いつきもしなかったでしょう(福田氏や鳩山氏が谷口智彦氏をライターに起用したはずはありませ
んが)。
 依頼主が喜ぶと思えばこそ、こういう「特殊用語」が使われたと考える他ありません。 
 
 総理大臣に求められる資質には様々なものがあるでしょうが、少なくとも、現実を直視する冷静な判断力は最低限必要なものでしょう。
 そして、そのような判断力を曇らせるものが「高揚しやすい性格」であることもまた言を俟たな
いと思います(私自身、ついつられてしまって、「言うまでもない」と書けば良いところを「言を俟(ま)たない」などと書いてしまいました。反省のためにこのまま残しておこう)。
 
 さて、今日は単なる「スピンオフ」で軽く流すつもりだったのに、思わぬ「大作」になりつつありますが、これを書かなければ終われません。
 中野晃一さんが引用された“正気とは思えない”歴史認識についてです。
 再度引用しましょう。
 
(引用開始)
 国際社会の平和、安定に、多くを負う国ならばこそ、日本は、もっと積極的に世界の
平和に力を尽くしたい、「積極的平和主義」のバナーを掲げたいと、そう思うからです。
 自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平
和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んで
きました。これからの、幾世代、変わらず歩んでいきます。
(引用終わり)
 
 安倍首相やスピーチライターは、何世代にもわたってというのは、「約何年」であるという具体的なイメージを持っていたのでしょうか?
 私は、明確には「約何年」と意識はしていないものの、無意識のうちに「何世代にもわたって」
という表現が口をついた(スピーチライターが思いついたでも結局同じことです)のだと想像しま
す(だから余計悪い)。
 従って、こんな計算をするのも無駄かもしれませんが、一応やってみましょう。
 諸外国のことは知りませんが、日本では1世代=約30年と考えるのが普通ですね。ところ
で、2世代や3世代くらいで「何世代にもわたって」というような大げさな表現は普通出てきませ
んので、最低4世代=120年としてみましょうか。
 この演説が行われた2014年を起点に考えて120年遡ると1894年、ちょうど日清戦争
戦の年ですね。
 以後、日露戦争(戦場は朝鮮半島や清国領内でした)から満州事変日中戦争、太平
洋戦争まで、「自由と人権を愛し、法と秩序を重んじて、戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を追求する一本の道を、日本は一度としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできました
と言い切るのです。
 いくら国会で追及されても、日本が中国を侵略したとも、韓国を植民地支配したとも、絶対
に認めようとしない安倍首相の歴史認識は、この5月30日のスピーチを読めば(聴けば)今さら詳しい説明を求めるまでもなく明白です。
 
 安倍首相のこれまでの国会答弁などについては、以下の私のブログを参照ください。

 戦争を憎み、ひたぶるに、ただひたぶるに平和を追求する一本の道を、日本は一度
としてぶれることなく、何世代にもわたって歩んできましたという認識から、「反省」の文字
は金輪際出てきません。
 安倍晋三首相が、日本が中国を侵略したとも思っておらず、韓国を植民地支配したとも思
っていないことは明らかです。
 なにしろ、何世代にもわたって」「一度としてぶれることなく歩んできて、「これからの、幾世
代、変わらず歩んでいきますと言い切るのですから。
 
 ノンフィクション作家の保阪正康さんが、10月7日に日本記者クラブで行った講演の中で、以下のように述べられたことを私のメルマガ(ブログ)でご紹介しました。

 あまり現政権を批判したくはないけども、現政権の最大の問題点は、この70年に対する謙虚さがないということだと私は思いますね。謙虚さがないということは、この70年の前の3年8ヶ月をきちんと検証するという気があるのかということを問いたいと思います。自民党の保守政権のかつての人たち、そういう人たち、伊東正義とか、後藤田正晴とか、宇都宮徳馬とか、そういう人たちはどれほど謙虚に、戦争というものを分析し、そしてそれを保守政治の中に取り入れていったか、っていうことに対して、私たちは徹底的に学ばないといけないと思いますね。そういう学びが「70年」のはずだったはずなんです。はずなんですね。それが全くない。「何なんだこれは」っていう風に言いたくなるのも、私は言いたくなるんですが、言いたくなるのも宜(むべ)なるかな、っていう風に思って欲しいと思います。(映像の40分~)
 
 正に保阪さんがこの70年に対する謙虚さがないと指摘されたことについて、5月30日のシャングリラ・ダイアローグ演説は、見事なまでに「自認」していると言うべきでしょう。
 
 8月15日の全国戦没者追悼式での式辞から、アジアに対する加害責任と反省の辞を消
し去ったことも、もちろん安倍首相の歴史認識からの当然の帰結です。
 
 
 もはやこれ以上言葉を尽くす必要もないと思いますが、安倍晋三首相は、日本には「誇るべき歴史」はあっても「反省すべき歴史」などないと確信しています(シャングリラ・ダイアローグ演説によれば、「断言している」と言っても差し支えないでしょう)。
 なぜ、そんな認識が可能なのか、私には理解不能ですが、彼のこれまでの発言を総合的に考察すれば、そのように解釈するしかありません。
 私たちの国は、今「一切反省することを知らない」人物が総理大臣の地位にあるのだというこ
とを一時も忘れてはなりません。
 前から「そうに違いない」と考えていた安倍首相の歴史認識について、非常に重要な「裏付
証拠」となる演説を紹介してくださった中野晃一さんに感謝するとともに、是非この「シャングリラ・ダイアローグ演説」の核心部分を、多くの人の共通認識となるように広めていきたいと思います。