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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

戦争は絶対にやめなきゃ駄目です~菅原文太さんの戦争反対メッセージ(6/12「戦争をさせない全国署名提出集会」スピーチ文字起こし)

平和 社会
 今晩(2014年12月6日)配信した「メルマガ金原No.1931」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
戦争は絶対にやめなきゃ駄目です~菅原文太さんの戦争反対メッセージ(6/12「戦争をさせない全国署名提出集会」スピーチ文字起こし)

 菅原文太さんが先月28日に亡くなられていたことが明らかになった12月1日以降、11月1日に那覇市で行った(おそらく最後の)菅原文太さんのスピーチの文字起こしを掲載している私のブログ(アーカイブ)に多くの方がアクセスしてくださっています。
 
2014年11月3日
 
 また、IWJでは、菅原文太さんのスピーチが含まれる配信動画のアーカイブをまとめて紹介するコーナーを設けています。
 
 
 「菅原文太さんの遺したメッセージ」を1つでも多く「正確に」伝える一助になればと思い、まずは、6月12日に日比谷野外音楽堂で行われた「戦争をさせない全国署名提出集会」での、主催者(戦争をさせない1000人委員会)呼びかけ人の1人としての菅原文太さんのスピーチを文字起こしして掲載します。
 集会直後からかなり話題になったスピーチなので、おそらく文字起こしした人も少なくないと思いますが、適当なものを見つけられなかったので、私自身であらためて文字起こししました。
 極力正確な再現を目指しましたが、一部、どうしても聴き取れず、想像で補った箇所があります。また、発言冒頭の「あの(ー)」という部分は、一部そのまま残したところもありますが、多くはカットしました。
 それから、末尾の「もし、もし始まったら、皆さん、命をかけましょう!」は、「何が」始まったら「何に」命をかけるのか?が略されていますので、聴き手が各自で補って理解する必要があります。皆さんならどう解釈しますか?
 
 「戦争できる法整備が具体的に始まったら」「法整備させないことに」命をかける
 「戦争への準備が具体的に始まったら」「戦争をさせないことに」命をかける
 「戦争が始まったら」「戦争を止めさせることに」命をかける
 
 いくつか考えてみましたが、どれか1つだけが正解ということではないように思えてきました。
 ただ、言えることは、あとになればなるほど目的達成が困難になるということです。
 
 それでは、当日の動画の視聴と併せて文字起こしをお読みください。
 なお、以下の動画の54分~1時間03分が菅原文太さんの登壇・スピーチ部分です。
 
 
20140612 UPLAN【手話付】戦争をさせない全国署名提出集会・国会包囲抗議行動
 

 また、文太さんのスピーチをフューチャーした別動画もあります。
 
菅原文太氏 スピーチ[6.12 戦争をさせない全国署名提出集会] 2014.6.12 @日比谷野音


2014年6月12日 東京・日比谷野外音楽堂
「6.12 戦争をさせない全国署名提出集会」での菅原文太さんのスピーチ
 
こんばんは。(どよめきと拍手)
こういうところで、しゃべる柄じゃあないけど、まあ、頼まれたんで。(笑)
「戦争反対」に反対するいわれはないので出てきました。(拍手)
 
1週間雨続きで、10人ぐらいしか集まらないんじゃなかと思っていた。(笑)
この会が始まっ
たら、急に青空になってね。(拍手)気持ちがいいですね。
こんな青空を見ていると、この先に本当に「戦争」なんてあるんだろうかと、さっきからそう思っていた
んですけど。あるのかもしれない。
 
あの、「戦争」というのはね。まあ色々政治家含めて言っているけど、言ってみれば「暴力」です。(「そうだ」という声と拍手)
暴力映画をしきりに撮ってきた私が言うのもなんだけど(笑)、あれは架空の話で、皆さんに楽しんでも
らう以外の意図は何にもありませんでした。

ここへ来て急に「戦争」の声が色々飛び交うようになって、ついこの間まで、割と皆さん普通に暮
らしてきたのが、皆さんは今どんな風にね、そのことを思われているんでしょうかね。
私も「戦争」とか、それから、これも急にそういう声が出始めてきた「反原発」。そういう中で、なんか私のような柄の者が珍しいことをお話をする種は何もないんですけど、戦争中の身近な話をして終わろうと思ってます。
 
私は昭和8年生まれですから、戦争が始まったのは小学校の2年生の時。
そして、始まった次の年に親父が40過ぎで戦争に持って行かれました。帰ってきたのは6年後の、戦後
、戦争が終わった23年だったか。寄宿舎に突然尋ねて来て、私も親父も、何もしゃべらないで、親父は「それじゃあなあ」って言って帰って行った。
 
うちの親父が5人兄弟で、男が。長男、親父の兄貴ですね、長男も、そのちょっと前に持って行かれた。続いて親父。そして、次の叔父は、肺病だったんで戦争には行かずに済んだけれども、割と早くに亡くなってしまった。三男・・・あ、ちょっと間違えたな。(笑)親父の次の三男が、やっぱり、あの赤紙で、戦地へ向かってそれきり帰ってきません。フィリピンから1通の手紙が届いたっきり。その後どこに転じて行ったのか、どこで死んだのか、餓死だったのか、弾に当たって死んだのか、それも不明です。全くいまだに髪の毛一本戻って来ない。

長男は帰ってきたけど、生涯マラリアに苦しめられて死にました。うちの親父も帰ってきて、まあその後
の暮らしは、まあ言ってみれば生涯棒に振ったというようなことで終わってます。
 
「戦争」は良くないですね。(「そうだ」の声)
「戦争」は絶対にやめなきゃ駄目です。(大きな拍手)

もし、もし始まったら、皆さん、命をかけましょう!(拍手)
私は、もう80だから惜しくない。
と言ってね、「命をかけましょう」たって、1人で走って行ってぶつかったって、あんまり意味がない。
そんなことより、皆さん、一緒に「戦争反対」の気持ちを、今日、そして明日、明後日で終わらずに。こ
れから皆さん、子供も孫もおられるでしょう、ね。皆さん一緒に闘い続けましょう。(拍手)
 
おしまいにします。(拍手)