読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「表現の自由」と報道を考える会合からの“緊急メッセージ”を読む

報道 人権
 今晩(2014年12月11日)配信した「メルマガ金原No.1936」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
表現の自由」と報道を考える会合からの“緊急メッセージ”を読む

 衆議院解散の前日である11月20日、自民党萩生田光一自民党筆頭副幹事長と福井照・報道局長
の連名により、在京テレビキー局各社に対して、「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」なる文書を交付して「恫喝」したことは、私もメルマガ(ブログ)で取り上げて批判しました。
 
 
 この「事件」については、まずネットメディアの「NOBODER(境界なき記者団)」がスクープし、通信社、新聞社などが後追い報道をしましたが、肝心の「圧力をかけられた」テレビ局でこの件を報道した局ってありましたっけ?
 まことに残念ながら、めったにテレビを見ない私には「不明」と言うしかないのですが、以下にご紹介
する記者会見での出席者の発言などを視聴すると、どうやらテレビでこの「事件」を報道したところはなかったようです。
 
 このような事態に危機感を抱いたジャーナリストらが、本日(12月11日)、「緊急メッセージ」を発表するために、参議院議員会館で記者会見を開きました。
 以下に、そのメッセージ全文と記者会見映像(OurPlanet-TV)をご紹介します。
 なお、「メッセージ」の最初と最後に全く同じパラフレーズが登場しますが、記者会見で読み上げられ
た確定版でもそのようになっていました。
 
「表現の自由」と報道を考える会合(緊急メッセージ発表)
(引用開始)
                  緊 急 メ ッ セ ー ジ
 
 放送局は、言論報道機関の原点に立ち戻り、「表現の自由」を謳う放送法を尊重して自らを律し、民主主義を貫く政治・選挙報道をすべきです。政治的な圧力を恐れる自主規制によって、必要な議論や批判を避けてはなりません。政治家も、「錯誤」に満ちた要望書を放送局に送るような愚行は慎み、放送が伝える人びとの声に耳を傾け、放送を通じて堂々と政策を議論すべきです。
 
 2014年11月下旬、在京テレビキー局の編成局長・報道局長あてに、自由民主党筆頭副幹事長・報道局長の連名で「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」と題する文書が送られました。この「お願い文書」によって、いま、テレビの報道現場では、かつてない萎縮ムードが蔓延しています。「政権与党からの政治的な圧力と受け取った」と証言する放送局関係者がいます。解散総選挙をテーマとする討論番組で、ゲストの質問によって「中立・公平性」が損なわれる懸念から、政治家以外のゲスト出演を取りやめたケースもあります。
 
 今回の「お願い文書」には、次のような問題があります。
 
(1)「中立」という誤った考え方を放送局に要求……対立する両者から等しく距離を置き、どちらの味方もしない「中立」は、言論報道機関が必ず守るべき原則ではありません。仮に政党Aが独裁政治を目指して政党Bと対立すれば、民主主義社会の言論報道機関が政党Aを批判して当然です。「健全な民主主義の発達」を謳う放送法の趣旨からは、放送局は政党Aを必ず批判しなければなりません。
 
(2)放送の「政治的な公平」を番組単位で要求……放送法が放送局に求める「政治的な公平」は、単一番組で必ず実現すべきものではありません。政治的な公平は、一定期間に流された放送番組全体で判断すべきです。このことは、放送を所管する総務省(旧郵政省)の過去の答弁からも明らかです。
 
(3)街頭インタビューなど取材・報道の「公平中立」を要求……街頭インタビューに応える人びとの声は、場所によって偏って当然です。企業城下町の都市と、大震災の被害が深刻な農漁村では、生活の苦しさや政治や行政への期待が違うはずです。仮にそのインタビュー結果を放送局が操作し、政府与党の政策への支持・不支持のバランスを取ったら、これは事実を曲げた報道であり、捏造というべきです。
 
 こうした「錯誤」に満ちた「お願い文書」を渡された放送局が、政治的な圧力を恐れ、番組のテーマ設定や出演者選定で過度の忖度や自粛をすれば、視聴者にわからないままに事実上、放送番組が政党から干渉され、規律されることになりかねません。いまや放送法第一条が謳う「放送による表現の自由」や「放送が健全な民主主義の発達に資する」ことが危機に瀕している、と私たちは考えます。
 
 放送局は、言論報道機関の原点に立ち戻り、「表現の自由」を謳う放送法を尊重して自らを律し、民主主義を貫く選挙報道をすべきです。政治的圧力を恐れる自主規制によって、必要な議論や批判を避けてはなりません。政治家も、「錯誤」に満ちた要望書を放送局に送るような愚行は慎み、放送が伝える人びとの声に耳を傾け、放送を通じて堂々と政策を議論すべきです。私たちの社会は、メディアの「中立」とは何か、「政治的な公平」とは何かについて、いっそう議論を深め、合意を形成していく必要があります。
 
2014年12月11日 「表現の自由」と報道を考える会合にて
 
岩崎貞明(『放送レポート』編集長)
石丸次郎(ジャーナリスト/アジアプレス)
岸井成格毎日新聞特別編集委員)
坂本衛(ジャーナリスト)
砂川浩慶(メディア総合研究所所長/立教大学准教授)
原寿雄(元共同通信編集主幹)
水島宏明(ジャーナリスト/法政大学教授)
(引用終わり)
 
 

 記者会見で配布された資料の中に放送法抜粋が含まれていたようなので、以下にその関連条文を引用し
ます。
 
放送法(昭和二十五年五月二日法律第百三十二号)
  第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な
発達を図ることを目的とする。
一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにす
ること。
   第二章 放送番組の編集等に関する通則
(放送番組編集の自由)
第三条 放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律される
ことがない。 (国内放送等の放送番組の編集等)
第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当た
つては、次の各号の定めるところによらなければならない。
一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実をまげないですること。
四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
2 (略)
 
 記者会見に出席された発起人らによる意見は、いずれも危機感と切迫感に満ちたものでしたが、その一例として、会見には欠席したものの、メッセージが読み上げられた(17分~)岸井成格氏(きしい・しげただ/毎日新聞特別編集委員)の意見を、以下に文字起こししてみました。
 
「政権及び与党は常に批判されてナンボの存在です。一方メディアは常に権力を監視し、チェックするのが仕事です。特に権力への批判はジャーナリズムの使命です。この緊張関係があってこそ、初めて民主主義の基本原則である「表現の自由」「言論の自由」「取材報道の自由」が成立します。最近の政権与党のメディアに対する過剰な警戒感と一種の干渉は異常です。あたかも自分たちが正しく、批判的な報道や編集・編成を偏向と決めつける。これほどの思い込み、思い上がりはありません。こうしたことを見逃していると、まさにポイント・オブ・ノーリターン、引き返すことの出来ない歴史の分岐点を越え、あとあとに大きな禍根を残す。そのことを恐れます」
 
 私も岸井さんの意見に全く同感なのですが、岸井さんが、そのことを毎日新聞紙上であればともかく、TBSの「ニュース23」や「サンデーモーニング」で自由に発言できるのだろうか?ということが問題なのだろうと思います。
 
 政権与党の増長ぶりを見れば、まさに、岸井さんの言われる「ポイント・オブ・ノーリターン」に近づきつつあるのは間違いないと言わざるを得ません。
 微力かもしれませんが、自覚した市民1人1人の声を集めることにより、何とか破局を回避する力にし
なければと思います。