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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

感動的ではあるが「日本人の心」に矮小化していないか?~1/3朝日新聞朝刊一面を読んで

報道 社会
 今晩(2014年1月3日)配信した「メルマガ金原No.1959」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
感動的ではあるが「日本人の心」に矮小化していないか?~1/3朝日新聞朝刊一面を読んで
 
 長いと思っていた正月休みもあと1日。そろそろ平常業務に戻るための準備も必要ということで、1本のメルマガ&ブログを書くのに数時間(は大げさか)もかけられる年末年始モードは昨日の「中川五郎さんは問いかける~“ああ どうすれば男の耳を傾けさせられるのか”」で打ち止めです。
 
 今日私が取り上げようと思ったのは、事務所に出向いた際に読んだ朝日新聞・朝刊の一面記事の中の、実に些細な一節なのです。あまりに細かなことで、果たして取り上げる価値があるのだろうか?と我ながら自信がなく、どうしようかと思っていたところ、以下の記事をネットで読み、やはり「書いてみよう」と決めました。
 その記事というのは、水島宏明法政大学教授が書かれたものです。
 
2015年新聞1面の記事 朝日と産経がともに扱った「日本の心」とは?
水島宏明 | 法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター
2015年1月3日 14時7分

(抜粋引用開始)
 毎年、1月3日の一面トップの記事は、それぞれの新聞社の「問題意識」や「重視するテーマ」が反映
される。
 もちろん1月1日の記事も大事だ。ただ元日の記事は大晦日の夜のうちに配達してしまうため紙面づくりは年内に行われる。また1月2日は休刊日だ。というわけで1月3日が新しい年に取材した記事が載る
最初の機会となる。
 そこで2014年に引き続き、2015年の初春の新聞1面記事を中心に各社で読み比べてみたいと思う。
 
 2015年は「戦後70年」という節目だ。各紙もそれを意識した連載をスタートさせている。
 そのなかで、ふだんはまっこうから主張が違うはずの朝日新聞産経新聞の記事の共通点が目を引いた。

朝日新聞の一面トップの見出しは「和の心秘め 米に忠誠」
(戦後70年)日系人、米国で咲かせた「多様性
※金原注 水島さんが引用されている見出しは「神奈川県内の販売店で購入したもの」のようで、私が事
務所で読んだ朝日新聞大阪本社13版の一面トップ見出しは「心に日本 私は米国人」でした。
 
おかげさまで。英語ではビコーズ・オブ・ユー。
40年前、この言葉をモットーに知事選に臨んだ日系人がいた。現在、88歳のジョージ・アリヨシだ。
 
米国で戦後初の非白人知事となった日系人2世である。
日本を思うとき、アリヨシの胸に浮かぶ一人の男児がいる。舞台は終戦直後、GHQ(連合国軍総司令部)に接収された日本郵船ビル。米軍人としてアリヨシは焦土の東京に駐留した。最初に言葉を交わしたの
は、7歳の少年だった。
 出典:朝日新聞デジタル
 
 元日から始まった連載記事「鏡の中の日本 戦後70年 第1部」のシリーズ記事で、ハワイの日系移民から米国で初の非白人知事になったジョージ・アリヨシ元知事(88)の半生を追ったルポ記事だ。
 記事には、アリヨシ元知事のこんな言葉が登場する。
 戦後、米軍人として東京に駐留したアリヨシ氏は、7歳の少年に食料を手渡した際にも食べようとせず、自宅で待つ3歳の妹のためにしまいこむ姿を見て感銘を受けたという。

「私は彼から、日本人の本当の心を学んだ。でも今の日本は、この精神の多くを失ってしまったように思えるのです」
 
古き良き日本を、冷凍したように保ち続けた人々。日系人1世や2世は、ときにそう形容される。
 
 他方で、日米開戦の後で強制収容所に入れられ、米国のために戦うことを余儀なくされた日系アメリカ人の歴史をたどる。

 新聞としてのスタンスはまったく違うのに、「海外で”古き良き日本”を探す」というアプローチが朝
日新聞とよく似ているのが産経新聞だ。
(略)
 朝日新聞産経新聞も、それぞれ「日本の心」をテーマにし、しかも海外取材で、という点でも共通し
ている。
 ただし、産経新聞の、日本の統治下の歴史にも「(侵略や同化政策、現地の文化の奪取ばかりではなく
)良かった面もある」という点を強調しようとする姿勢はこれまでと大きく変わったものではない。
 その意味では論調は一貫しているし、だいたい連載の行きつく先を想像できる。
 一方の朝日新聞の連載はどこに行こうとしているのだろう?
 「和の心」などと「心」を持ち出してしまうと、一般的にはともすれば記事が感情的になり、分析的・
検証的な記事になりにくい面がある。
 そのあたりが不安になる出だしの連載だったが、去年の誤報問題で「再起」をはかるさなかの朝日新聞
だけに一体どこに向かおうとしているのかは気なる。中途半端な連載で終わらないと良いのだが。
(略)
(引用終わり)
 
 今日(1月3日)の朝日新聞の一面を読んで(記事は二面にも続いているのですが)私が気になった部分も、水島さんが引用されていた部分なのです。もっとも、注意を引かれた理由は、水島さんと私では違うかもしれないのですが。
 
 その箇所をあらためてご紹介します。
 MISと呼ばれる米軍情報部員として東京に駐留することになったジョージ・アリヨシ氏は、いつも路上の同じ場所で靴磨きをしている7歳の少年と知り合い、飢えているように見えた少年のためにピーナッツバターとジャムのサンドイッチを入手して少年に手渡しました。以下、私の事務所に配達された大阪本社13
版から引用します。
 
(引用開始)
 
だが少年は、それを食べようとせず、道具箱にしまい込む。
 おなかすいてないの?
 アリヨシが驚いて尋ねると、少年は答えた。
 「マリコに持っていく。三つの妹が腹をすかせて家で待っているんです」
 少年のふるまいと妹の名が、元知事の記憶に刻みつけられた。「私は彼から、日本人の本当の心を学ん
だ。でも今の日本は、この精神の多くを失ってしまったように思えるのです」
 元外相安倍晋太郎と親交を築いたアリヨシは息子の晋三とも親しく、この経験を伝えた。首相は、こ
の話を好んで語っている。
(引用終わり)
 
 私がこのエピソードを読んで気になったことというのはこういうことです。
 自分も飢えに苦しんでいながら、まず妹にサンドイッチを食べさせようと考えた7歳の少年の振る舞いは掛け値なしに感動的ですし、アリヨシ氏が「彼から、日本人の本当の心を学んだ」と感じたことに偽り
はないと思います。
 しかし、この種のエピソードというのは、何も日本に限って見られた美談などではなく、人類社会にか
なり普遍的に観察される情愛の形ではないのか?というのが根本的な疑問です。

 私がこう考えたのは、以前、青年法律家協会和歌山支部の憲法記念講演会に、アジアチャイルドサポートの池間哲朗さんをお招きして講演を伺い、またその著書を読んでいたことによる影響が大きいと思いま
す。何しろ、池間さんのお話は、今朝の朝日新聞が書いたようなエピソードの連続なのですから。

 講演会の際に購入した池間さんの本は2冊あったのですが、いずれもプレゼントしてしまったため(福
島から和歌山に避難していた少年と鑑別所に収容されていた少女とに)、手元になくて引用できません。
アジアの子どもたちに学ぶ30のお話
池間哲郎
リサージュ出版
2008-10-10

懸命に生きる子どもたち
池間 哲郎
NPO歩人アジアチャイルドサポート
2009


 そこで、ネットを検索したところ、2006年に立命館大学政策科学会で行われた講演会の記録が公開されていましたので、その一部を引用します。
 
<政策科学会2006冬季公開講演会>
懸命に生きる子どもたち
講師 池間哲郎氏(NPO法人アジアチャイルドサポート代表理事)

(抜粋引用開始)
 最初に出てくるのはフィリピンのごみ捨て場。スモーキーマウンテンです。一番大きなマニラの北の方、トンドというところ。トンドにはマニラの人は絶対に近寄らない。なぜかと云えば凄まじい暴力が渦巻いているから。この中に3万人以上が住んでいます。凄まじい臭い、ごみが積まれていくと、ごみが発酵してガスが出る。そこで静電気でバチッと火がついて、ここは1日中、煙が充満しています。だからスモーキーマウンテン、煙の山と呼んでいた。メタンガス、ダイオキシン、有毒ガスの中に人々が住んでいる
と言っても過言ではなかった。
(略)
 私は何度もここに行きましたから皆さんとも仲良くなりました。もちろん子どもたちとも。目の前でたくさんの子どもがごみを拾っていました。そして、私が「おじさんとピクニックに行くか」と言うと子どもたちがワーッと喜んでね、12名の子どもたちをつれて近くの公園にいきました。その時、私は弁当を持って。日本で1,000円程度のちょっとした弁当。芝生の上に座って一人ひとりに弁当を渡して、皆一緒に食べようと。その中身を見て、皆、ワーッと喜んだ。小さい子どもたちが飛び跳ねている。「こんなごちそうは食べたことがない」と言う。しかしその後、意外なことが起こった。誰もがその弁当を残したのです。4歳くらいの女の子がトコトコと私の前にやってきて目を真っ赤にして泣いている。「おじさんにお願いがあります」と言うので、「なんですか?」と答えると「こんな御馳走は私1人で食べることかできま
せん。だからお家に持って帰って、お父さん、お母さんと一緒に食べていいですか?」と聞いた。皆、同じです。誰も皆、食べずに弁当を持って帰ったのです。
(引用終わり)
 
 私が、朝日新聞が掲載した終戦直後の東京で靴磨きをして命を繋いでいた7歳の少年のエピソードを読みながら、感動的ではあるけれど、それを見出しの「心に日本(東京本社では「和の心秘め」)」(これは直接的にはジョージ・アリヨシ氏を指しての表現でしょうが)とか、「日本人の本当の心」(アリヨシ氏の述懐の引用)とかに結びつけることに違和感を覚えたのは、「これは“日本人”というよりも、“人間”の本性の問題でしょう」と思ったからに違いありません。
 
 おそらく、このような、自分のことよりもまず「親を思う」「兄弟姉妹を思う」子どもたちは、多くの国で普遍的に存在した、あるいは存在していると考えるべきではないでしょうか?そして、経済成長の過程の中で、やがてそのような風潮が影を潜めていく傾向があることも、程度の差こそあれ、各国に共通に見られる現象のような気がします。
 もちろん、これは確たる根拠のない、私の勝手な想像に過ぎません。しかし、あたかもこのような美談が日本に特有のもの、日本人ならではのものと「想像」するよりも、はるかに実態に近い「想像」だと思います。
 
 また、朝日の記事の中にある「首相は、この話を好んで語っている。」という記述も気になります。
 残念ながら、安倍首相がどういう文脈でこのエピソードを「語っている」のか不明ですが(朝日新聞は是非読者に伝えて欲しい)、首相が近時偏愛している「日本を取り戻す」というスローガンに関連づけて
利用されている可能性もあるのではないかと心配します。
 浜矩子氏命名するところの「取り戻したがり病」患者に、この「人類的な美談」を彼の取り戻そうとする「日本」に矮小化されてはたまったものではありません。
 
 以上のような理由から、水島さんが指摘されているとおり、「朝日新聞の連載はどこに行こうとしているのだろう?」ということが、私にとっても不安な連載滑り出しなのです。