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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

西谷文和さんの「人質事件の私的検証」を読みかつ視聴する

事件 報道
 今晩(2015年2月21日)配信した「メルマガ金原No.2008」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
西谷文和さんの「人質事件の私的検証」を読みかつ視聴する

 分かりやすい語り口で定評のあるフリージャーナリストの西谷文和さんは、今回の「イスラム国」人質事件が表面化して以降、マスメディアの求めに応じて的確なコメントをされるかたわら、2人の救出に向けた努力を重ねておられたようです。
 事件が悲劇的な結末を迎えた後、西谷さんはご自身のブログで「私的検証」を公表されました。
 かなり詳細な分析がなされており、その章立ては以下のようになっています。
 
イラクの子どもを救う会ブログ 2015年2月8日
人質事件の私的検証

① 前書き
② 事件の概要
③ 人質事件の私的分析
④ この事件の本質部分
⑤ 私的結論
 
  とりわけ、③「人質事件の私的分析」が示唆に富み、読み応えがあります。そこで、③及び結論部分の⑤「私的結論」を以下に引用しますが、是非、リンク先で全文をお読みください。
 
(引用開始)
人質事件の私的分析
 まず最初に訴えたいのは「イスラム国」側が、湯川さん、後藤さんを同列視していなかったということだ。湯川さんは民間軍事会社の経営者として、実績を積むためにシリア入りし、銃を持ったまま拘束された。彼のホームページには田母神氏と握手する写真、AK47ライフルを連射する動画などがアップされており、「イスラム国」は田母神氏がどういう人物か、民間軍事会社とは何か、などを知り尽くしている。だから、湯川氏は「スパイである」と断定され、彼らの英語表現では、WAR CRIMINAL(戦争犯罪者)だった。
 一方、後藤さんはフリーランスのジャーナリストであり、シリア内戦を止めたいというメッセージを発していることから、「イスラム国」側は、HOSTAGE(人質)と規定していた。
 あの殺害予告動画では、二人ともオレンジ色の囚人服を着せられていたため、「イスラム国」が二人を同列視しているような印象を持つ人が多かったと思われるが、現実はそうではなかった。
 72時間以内に、自由シリア軍幹部がインターネットで「イスラム国」幹部と交渉をしてくれた。この「イスラム国」幹部は、ラッカ県の県知事側近だった。ラッカは「イスラム国」の首都である。かなりの中枢人物が、「本当は後藤は殺したくない」と述べたという。
 この時点では間違いなく、身代金か人質交換が成立すれば、少なくとも後藤さんは救出できたと考えている。
 トルコに逃げたシリア難民も、自由シリア軍幹部も、日本政府は対策本部をトルコに置くべきだと主張した。なぜか?
 ヨルダンは「イスラム国」を空爆する側、つまり敵であり、ヨルダンのアブドラ国王では、交渉は成立しないという意見だった。
 一方、トルコは空爆には参加せず、米軍がトルコの基地を使用したいと要望しても、基地の使用を認めてこなかった。さらに、トルコはシリア内戦において、アサド軍を打ち負かすために、自由シリア軍内にいたヌスラ戦線というイスラム過激派も支援してきた。ヌスラ戦線の兵士の一部が、その後、「イスラム国」に合流したため、「イスラム国」側はトルコとのチャンネルを持っている。「イスラム国」が掘り出す原油を、トルコは密輸で購入していた。さらに49名に上るトルコ人の人質を解放したという実績もあった。
 私も、これはどう考えてもトルコのエルドアン大統領に頼むしかないと思った。シリア人の友人も同意見だったので、彼は外務省に出向き、「トルコルートの活用」を申し出た。私も外務省中東アフリカ局に緊急電話を入れて、トルコルートを採用すべきだと申し上げた。
 外務省は意見を聞くだけだった。
 72時間が過ぎた。「イスラム国」は、まず「WAR CRIMINAL」と規定していた湯川さんを殺害した。この時点で、要求はリシャウィ死刑囚との人質交換になった。なぜ「イスラム国」がリシャウィ死刑囚を求めて来たのか?
 それは対策本部がヨルダンにあったからだ。もしこの時点でトルコにあったら、「イスラム国」は、自由シリア軍が拘束した、別の「イスラム国」幹部との人質交換を求めただろう。そしてそれは交換可能だったと思う。
 ヨルダンにとってリシャウィ死刑囚の解放は、かなり厳しい条件だった。
 2005年11月、私はリシャウィ死刑囚たちが起こした同時多発テロの現場を取材した。ホテルの結婚式場での自爆で、約60名が殺された。「ラディソンSAS」という5つ星ホテルでの凄惨な犯行。殺されたのは普通のヨルダン市民。なぜこんなことが?
 「ラディソンSAS」も「フォーシーズンズホテル」もアメリカ、イスラエル系列のホテルだったから、だ。
 この事件まで、ヨルダンはイラク難民を受け入れて来た。アンマンの広場はイラク難民であふれていた。事件後、ヨルダン政府はイラク難民を追い出した。リシャウィ死刑囚たちがイラク人で、無辜の市民を殺害したことへの報復だった。普通のヨルダン市民はもちろん、イラク難民もこの事件で大変な迷惑を被った。アンマンでは50万人の市民が街頭に繰り出し、「テロに屈するな!」とデモを行った。そんな怒りの矛先、忌み嫌うべき死刑囚がリシャウィだった。
 皮肉なことに、ヨルダンを追い出されたイラク難民はシリアのダマスカスに向かった。シリアのアサド大統領は、この時点でもっとも「人道支援に前向きな」独裁者だった。
 1月28日、最後のメッセージが出された。「29日の日没までにトルコ国境までリシャウィ死刑囚を連れてこい。あくまで後藤さんとの1対1の交換だ」。このとき「イスラム国」側で内紛が起こっていた。「あくまで後藤さんは『人質』。殺さずに人質交換、または身代金で解決すべき」と主張するグループ。「いや、日没までに、という期限を切ったからには主張通りに殺害していくべき」というグループ。「イスラム国」はいっさい妥協しない、という残忍な姿を強調することで、世界的に存在感を高めるべきだという主張だ。後藤さんは「身代金ゲットの切り札」から、「内紛の種」になったと思われる。そんなことなら殺してしまえ…。
 2月1日、殺害動画が公開される。悔しいのは、何度も救出できるチャンスがありながら、安倍政権が迅速かつ合理的に動かず、むしろ「困難な方向」へ事態を動かしてしまったということ。政治は結果責任である。2人の命を救えなかったことは、日本の外交史上まれにみる失態と断じざるを得ない。
 
私的結論
 以上が現時点での私なりの事件の分析である。結論を一言で言うなら、安倍政権の中に「この事件を奇
貨として『積極的平和主義』の名の下に、自衛隊を有志連合に加えたい」と考える人物がいたのではないか。その勢力が解放への足を引っ張り、結果として救えた命が犠牲になったのではないか。その勢力とは、アメリカであり、安倍政権を操る戦争推進派であり、日米安保で食っていこうとする「安保ムラ」の人
々ではないか。
 今後、新聞では読売や産経、雑誌では文春や新潮などが「自己責任」や「テロの恐怖」などをあおっていくだろう。NHKでは籾井会長が自由な報道を許さず、政府よりの報道を進めるだろう。朝日新聞は、この間の攻撃で弱体化してしまった。どこまで政権批判ができるだろう。そして今、テレビ朝日の「報道ステーション」がターゲットになっている。状況は厳しいが、まだ希望はある。沖縄型の住民の共同。戦争だけ
は絶対やらせない、という市民の声を幅広くまとめていくことだ。私たちは正念場を迎えている。
(引用終わり)
 
 今回の「イスラム国」人質事件については、長らく中東を取材・研究してきた人たちの中にも様々な意見があるようで、西谷さんによる「検証」は、もちろんそのうちの一つに過ぎず、盲信はいましめなければなりませんが、非常に有力な「意見」であると思います。
 様々な立場の人が、それなりに根拠を持った「私的検証」を自由に公表し、それを比較検討できる環境がどうしても必要だと思います。
 西谷さんが2月18日に出演した「情報ライブ ミヤネ屋」(読売テレビ)は残念ながら未見ですが、大手メディアという限界もあり、十全な発言の機会が保障されていなかった可能性もあるでしょう。
 その意味からも、以上の「イラクの子どもを救う会ブログ」での「私的検証」は貴重であり、是非多くの人に読んでいただきたいのです。
 
 さらに、西谷さんは、昨日(2月20日)、こうべまちづくり会館2階ホールで開かれた市民社会フォーラム主催による緊急学習会「ISIL問題を考える 安倍首相に任せて大丈夫か?」に出演し、1時間余り、シリアで取材した映像を交えながら、ブログでまとめた「私的検証」に沿って、いつも通り、分かりやすく解説されました。
 その模様がIWJ兵庫によって中継され、クリアなアーカイブを(今なら無料で全編)視聴できます。
 
2015/02/20 【兵庫】西谷文和×泥憲和 「ISIL」問題を考える 安倍首相に任せて大丈夫か?(動画)
 
 なお、昨日の学習会の後半では、元陸上自衛官の泥憲和さんが、約40分お話されています。
 司会は羽柴修弁護士が務めておられました。
 是非、全編の視聴を(見られる間に)お勧めします。
 
 最後に、知っている人には「今さら」ですが、市民社会フォーラムの告知記事から、西谷さんと泥さんのプロフィール紹介部分を引用しておきます。
 
■西谷文和(にしたに ふみかず)さん
大阪府出身大阪市立大学経済学部卒業。市役所勤務を経て、現在フリージャーナリストで、NGOイラクの子どもを救う会代表。2006年度「平和協同ジャーナリスト大賞」を受賞。テレビ朝日報道ステーション」はじめテレビ、ラジオで戦争の悲惨さを伝えている。最近は「イスラム国」人質事件について、その背景について発言している。
■泥憲和(どろ のりかず)さん
1954年姫路市生まれ。1969年陸上自衛隊入隊。少年工科学校(現在の陸上自衛隊高等工科学校)を経てホー
ク地対空ミサイル部隊に所属。1978年工場経営。1992年神戸及び姫路の弁護士事務所に勤務。現在は集団
自衛権改憲問題、人種差別など様々な社会問題に体を張って取り組んでいる。
 
(付記)
 西谷さんは、後藤健二さんのシリア行きに先立つ湯川遥菜さん拘束に際しても「湯川さん事件の背後にあるもの」という文章をブログに発表されていました。参考までにご紹介します。