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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「自衛隊を活かす会」による「提言・変貌する安全保障環境における「専守防衛」と自衛隊の役割」(5/18)

 今晩(2015年5月19日)配信した「メルマガ金原No.2095」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
自衛隊を活かす会」による「提言・変貌する安全保障環境における「専守防衛」と自衛隊の役割」(5/18

 5月15日に「戦争法案」(政府は「平和安全法制整備法」及び「国際平和支援法」と呼称)が国会に上程されたという事態をうけ、様々な団体が緊急の対応を行っており、そのうち、国民安保法制懇による緊急声明は既にご紹介しました。
 
 
 その後も注目すべき動きはいくつもありますが、今日はそのうち、昨日(5月18日)発表された「自衛隊を活かす会」による「提言」をご紹介します。
 
自衛隊を活かす会」については、昨年6月の発足以来、私がずっとフォローし続けてきたことは、このメルマガ(ブログ)をお読みいただいている読者の方には今さらご説明するまでもないでしょう。
 過去のバックナンバーは、前回書いた記事(「自衛隊を活かす会」5/18「提言」発表記念シンポジウム&6/20関西企画のお知らせ/2015年4月15日)の末尾にリストアップしていますのでご参照いただければ幸いです。
 我ながら、「よくこれだけ書いたなあ」と感心します。
 周りに多くの自衛隊違憲論者が存在する環境(?)の中、ここまで同会に肩入れしてきた理由については、上記の記事に比較的詳しく書きましたので再説はしませんが、そこで書いたことに付け加えるとすれば、私の血縁の叔父が2人まで元自衛官であったこと、私が「憲法9条を守る和歌山弁護士の会」の事務局長になって2年目に伊勢﨑賢治さんに講演をお願いしたことを挙げておくべきでしょう。
 
 それでは、以下に「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)」が昨日(5月18日)発表した「提言」の全文をご紹介します。
 相当長い文章ですが、一気に読めます。論理的一貫性があり、よく練り上げられた文章だからです。
 
提言・変貌する安全保障環境における「専守防衛」と自衛隊の役割
2015年5月18日「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」

(引用開始)
 「自衛隊を活かす会」(略称)は2014年6月に発足しました。その基本的な目的は、自衛隊を否定するのでもなく、かといって集団的自衛権国防軍に走るのでもなく、現行憲法のもとで生まれた自衛隊の役割と可能性を探り、活かす道を提言することにありました。そのため、元幹部自衛官や研究者のご協力を
得て、今年(2015年)5月までの間に議論を積み重ねてきました。
 その議論をふまえ、「会」は、日本防衛と国際秩序構築の両面で、以下の提言を発表します。多くの国民のみなさんから率直なご意見をいただき、さらに鍛え上げていきたいと考えています。
 
(1)21世紀とはどういう時代か
 なぜいま、安全保障の問題が、これほど日本の政治で大きな焦点となっているのでしょうか。安倍首相が進める集団的自衛権を行使する国づくりについても、世論の過半数が危惧を示す一方、根強い支持の声
もあり、対立の構図が強まっています。
 対立の背景にあるのは、戦後国際政治が大きく変化するもとで、それをどう捉えるのかについて、共通
の認識が確立していないことです。簡単に振り返ってみましょう。
 20世紀は戦争の世紀でした。その前半期にあった二つの大戦の惨禍をへて、二度と再び戦争を起こさないという決意のもとに国連が結成されましたが、後半期も米ソ冷戦の下、大国の軍事介入やいわゆる代理
戦争が戦われることになります。
 20世紀の終わりにソ連が崩壊して冷戦が終了し、アメリカの圧倒的優位が確立する一方、平和な21世紀への希望も灯りました。ところが、21世紀は実際には、その劈頭にあった9・11同時多発テロ事件が象徴したように、そのまま対テロ戦争の世紀になりつつあります。同時に、中国が台頭してアメリカの覇権に挑戦しており、ロシアやEU、インドなども存在感を示し、世界は多極化が進み、アメリカの覇権が終わる
世紀にもなろうとしています。
 アメリカの覇権の終わりと国際テロの広がりという二つの現象は、無縁なものではありません。目の前で急速に進むグローバリズムの波と密接に関係しています。中国などの台頭は、グローバル化によって「勝ち組」になった結果ですし、他方、国家を束ねるアイデンティティを失った「負け組」のなかで、グロ
ーバル化の象徴であるアメリカや先進諸国に敵対するテロへの衝動が生まれているのです。
 そういう時代に、日本がどういう世界を構想するのかは、日本の安全保障に関わる重大問題です。国際政治学においては、大国の覇権が後退する場合は戦争が避けられないとされ、同盟関係や軍事力を強化することにより抑止力を維持するという考え方があります。この立場をとり、アメリカ一極の世界を維持することによって日本の安全を確保することを願うなら、中国の現状を考えると、アメリカを支える日本の軍事的な負担は相当な規模のものになることが避けられません。集団的自衛権国防軍というのは、そういう路線のなかに位置づけられるものです。さらに、こうした「力による平和」の追求は、相手にもより
強力な力を持とうとする動機を与え、いわゆる「安全保障のジレンマ」を招くことになります。
 冷戦は、まさにそういった軍拡競争の果てに、核の恐怖が世界を覆う時代でした。しかし、時代は大き
く変貌しました。それなのに、冷戦時代と同じ考え方で日本の進路を決めていいのでしょうか。
 国際秩序をどう構築するのかという分野でも、同じことが言えます。第二次世界大戦後の長い間、アメリカが主体となって提供する秩序を国際公共財グローバル・コモンズ)として位置づけ、その力によって、あるいはアメリカを中心にした大国間の調整によって、世界の秩序を維持していくという考え方が幅を
利かしていました。日本もその道を選択してきました。
 そういう考え方が21世紀には通用しないことを世界に知らしめたのが、9.11同時多発テロ事件でした。テロが世界平和の大きな脅威となっていること、それを大国の力に頼るというこれまでと同じ考え方で解決できないことは、9.11とそれに引き続く終わりのない「対テロ戦争」から世界が導くべき重要な教訓で
す。
 ところが日本は、この分野においても、引き続きアメリカの力に依拠して国際秩序を維持するという立場をとり、対テロ戦争をともに戦うという道を歩んできました。アフガニスタン戦争におけるインド洋への海上自衛隊派遣、イラク戦争後の陸上自衛隊航空自衛隊の派遣、「イスラム国」を空爆する有志連合との協調などはその一環でした。しかし、アフガニスタンイラクやシリアなど中東の混迷を見れば、そういうやり方が問題の根本的解決につながっていないことは、いまや世界で共通の認識になっています。
 
(2)日本防衛のあり方
 変化する世界のなかで、日本はどんな道を進むべきでしょうか。自衛隊の役割はどこにあるでしょうか

 まず日本防衛をめぐる問題です。この問題を検討するにあたっては、冷戦期と現代の違いを冷静に見つ
めることが大事です。
 冷戦時代とは、政治も経済もお互いに相容れない陣営が、全面的に対立する時代でした。当時、お互いの陣営が、相手の政治・経済制度が拡大することを敵視し、相手の崩壊を願っていました。だからこそ、
軍事面においても、最後は相手を核兵器によって全滅させるという抑止戦略がとられていたのです。
 一方、現在の世界においては、国の生存の一番の基礎である経済活動が、金融や流通をはじめ、国境を越えて一体となっています。そういう世界では、他国を武力によって破壊すれば自国の経済も崩壊するのであって、戦争という手段が非合理的なものとなっています。国家という枠で相手を敵視し、それを滅ぼすという動機そのものが失われています。ですから、米中や米ロが本気で戦争状態に入ることなど、真面
目に国際政治に携わっている人なら、誰も真剣には想定していません。
 こういう世界において、もっとも求められるのは何でしょうか。それは、相手の破壊を前提とした抑止
力ではなく、相互依存を通じて戦争を避ける方策を制度として定着させることではないでしょうか。
 もちろん、世界がそういう方向に変わりつつあるとはいえ、国家間でそれにふさわしい共通の認識が確立しているわけではありません。紛争の火種は引き続き存在します。そのため、現在においても、意図しない衝突が生まれ、武力紛争に発展する可能性が存在することは否定できません。その点では、侵略を阻止するための防衛の必要性がなくなるということは、予期できる将来にわたってないでしょう。ただしその場合に必要な防衛力とは、抑止戦略の時代のように、相手国を壊滅させるためのものとは根本的に異なり、相手国の武力攻撃を阻止しうるだけの力であって、言葉の本来の意味での「専守防衛」のための力と
でも呼ぶべきものでしょう。
 同時に、世界が変化しつつあることを認めるならば、その変化の方向にそった防衛努力が不可欠です。具体的には、紛争につながる事態が起きたときにそれを拡大させないための危機管理、紛争につながる事態を未然に探知するための警戒監視、予期しない衝突を起こさないための軍隊同士の日常的な信頼醸成などです。このような努力は、いまや世界のトレンドとなっており、我が国においても、潜在的対立要因を
抱えた国との間でこそ本格的なものにしなければなりません。
 日本がこうした対応をとっても、中国などがそれを理解せず、挑発的な方針をとることも想定されます。しかし、日本が一貫した姿勢をとり続け、日本の姿勢の優位性を世界に示すことによってこそ、周辺国
すべてが戦争しないことを共通の価値観として確立する道が開けてきます。
 安倍首相は「自由や民主主義、法の支配などの価値観を共有する外交」が大事だと述べます。しかし、戦争を防止する観点からすれば、戦争に訴えないという価値観だけは常に確認し合い、共有しつつも、その他のいろいろな価値観の相違については、それを対立の火種にしない姿勢が大事ではないでしょうか。相手国の価値観に意見を述べることは当然でしょうが、だからといってそれを「悪」だとして懲らしめる
ような立場をとるべきではありません。
 相手国の壊滅を前提とした抑止戦略では、外交も力を背景としたものとなります。一方、「専守防衛」は、相手国が攻めてきた場合にのみ、しかも外交で解決しない場合にのみ、相手国の侵入を阻止するためだけに武力を行使するものです。みずから相手に侵攻せず、過剰な反撃もせず、相手国を挑発するものではないのですから、平和的な話し合いの外交と両立します。そういう「専守防衛」下の外交努力によって、どんなに時間がかかっても、領土問題をはじめ日本と周辺諸国との間の対立の根源を管理し、紛争の火種をなくしていくべきでしょう。領土や歴史認識は、各国の間で意見が相違するものです。それを一方的に譲歩することも、力ずくで変えようとすることも、ともに誤りです。大切なことは、見解の相違を戦争
の原因にしないことではないでしょうか。
 さらに、日本の主体的な条件を考えてみましょう。日本という国は、大陸に近い島国で南北に長く連なる島々から成っています。主要な都市は海岸部に偏在し、資源を自給することもできません。国の根源である経済活動は、開かれた海洋に依存しています。このことが何を意味するかと言えば、日本は国土全体を守ることが極めて困難で、また、長期にわたる消耗戦には向かない地政学的特徴がある、ということで
す。
 かつての日本は、そうした弱点を克服すべく「国防圏」を海外に拡大しようとして無謀な戦争に突入し、無残な敗北を喫しました。海外に向けて戦争を拡大するやり方では、日本を守ることはできなかったの
です。同じ過ちをくり返すべきではありません。
 日本のような国にとって必要なことは、紛争を未然に防ぎ、紛争が起きた場合にはそれをできるだけ局地的なものに限定しながら早期に収拾することです。専守防衛は、こうした日本の特性に最も適合した防衛思想であると思います。
 
(3)国際秩序に対する日本の貢献
 次に、国際秩序構築の分野の問題です。この分野において、日本は何をすべきなのでしょうか。そのな
かで自衛隊が果たせる役割はあるのでしょうか。
 安倍首相がめざしているのは、後方地域でしかできなかった支援を戦闘地域の間近にまで拡大すること、国際平和協力活動における自衛隊による武器使用の範囲を広げることなどです。確かに、武器の使用範
囲が広がり、任務が拡大した自衛隊を海外に派遣すれば、これまでより多くの仕事ができるでしょう。
 しかし、自衛隊を使ってアメリカによる秩序構築を軍事的に助けるというやり方は、アメリカの対テロ戦争が憎悪の連鎖を生んで新たなテロを再生産するという悪循環を招いてきた失敗を、さらに大規模にく
り返すだけです。日本もまた、憎悪の連鎖の当事者となり、テロの標的とされていくことになります。
 イラクに派遣された自衛隊が一度も武器を使わなかったことは、復興業務をスムーズに果たす保証となりました。また、それが現地の人びとを助けることにもなり、自衛隊の安全にもつながりました。武器の
使用を拡大すれば現地の期待に応えられ、平和が訪れるという単純な構図ではありません。
 さらに、「イスラム国」問題を見ても分かるように、アメリカが地上部隊を派遣できなくなっている現状を見れば、対テロ戦争における自衛隊の対米支援拡大という方向にはリアリティもありません。もちろん、目の前で大量虐殺が行われるような局面において、緊急避難的に武力行使が必要な場合が生まれることまでは否定しませんが、軍事力の役割はそこまでで、問題の解決のためには、武力を行使することでは
ない別の道を考えることが、世界にも日本にも求められています。
 この分野では、当面の人道的支援に加え、テロが生まれる根源を認識し、息の長い取り組みをすることが必要です。冷戦後、世界中が資本主義の自由市場になるなかで、大国だけが利益を拡大していく方向が生まれています。それが他国の国民経済を侵すほどに広がり、公平な機会が与えられることやお互いの利益を尊重しあうことが大切であるという考え方が、どんどん後景に追いやられていきました。一国内においても世界においても、弱肉強食の自由競争が主要な原理となり、不平等・閉塞感が人びとの気持ちのな
かに生まれ、拡大しています。
 そういう状況が拡大する一方、異なる宗教、異なる民族、異なる政治体制のなかで、お互いが相手の考え方、気持ちを理解しあおうとしない状況が存在します。テロの広がりは、そのなかで生まれているので
す。
 そういう視点で考えた場合、これまで日本が行ってきた、世界のすべての国が利益を享受することのできる互恵の関係づくりという理念にもとづく支援は、極めて重要です。それは、政府だけでなく、企業や民間NGOによる暮らしや医療、教育にかかわる活動であり、そうした支援を、現地の要請にもとづいて、増
やしていくことがますます求められています。
 これは、憲法によって軍事力による貢献が「制約」される一方、「経済大国」であった日本が、これまで得意としてきた分野です。アメリカの力で世界秩序を維持するやり方を当然視する立場からは、臆病な日本の象徴とされてきたやり方ですが、対テロ戦争が焦点となる現在の世界においては、もっとも求められる分野であると同時に、最も勇気ある行動になっています。海外に派遣された自衛隊がこれまで主にその国の復興援助に関わってきたのは、直接には9条の「制約」からきたものでしたが、実はもっとも現場
で求められていたものでもあったということです。
 異なる宗教など価値観の共存と尊重ということも、キリスト教イスラム教の対立に無縁だった日本が、大きな役割を発揮できる分野です。暴力に訴えないということも、憲法9条のもとでこれまで海外の戦
争で一人の命も奪ったことのない日本こそが、世界でもっとも期待されていることです。
 つまり、日本は、テロをどうなくしていくかが焦点となる現在の世界において、世界でもっとも重要な役割を果たせる位置にいるということです。テロの根本原因に立ち向かっていけるのが日本だということ
です。
 現場で復興や福祉、教育の面で援助をしていくことは、民間が果たすべき役割です。武力紛争のなかで、あるいは紛争終了後の緊迫している局面で、多くのNGOが活躍しています。日本のNGOもさらに積極的に関与していくことが大事です。自衛隊が時として担ってきた輸送などの業務も、民間でできることが多いのです。とりわけ、憲法を大切にしたいと考える人びと、世界から紛争をなくしたいと熱望する人
びとは、みずから進んでこうした活動に関心を持ち、支援の輪を広げるべきだと思います。
 一方、復興支援などに当たって、自衛隊の組織力が必要になる場合もあるでしょう。私たちは、そこまで否定するものではありませんが、その場合でも、この間の経験から教訓をくみつくし、現地の人に銃を
向けない特別な軍隊というブランドを活かしていくべきだと思います。
 個人の生き方を尊重し、相手の生き方をも尊重するような考え方を、紛争地の人びとの心に根付かせる仕事も、民間の人びとが重要な役割を発揮する分野です。武力紛争当事者の間に分け入って、両者の話し
合いや調停を進めるNGOも存在しています。日本人もそれに関わっています。
 同時に、武力紛争当事者の停戦を監視することは、国連PKOの重要な仕事です。これまで多くの地域に非武装の軍事停戦監視要員が派遣されてきました。海外で人を殺したことがなく、とりわけ武力紛争が頻発する中東周辺で中立的だとみなされている日本の自衛隊は、国連の要請に応え、この分野でも大事な仕事ができるはずです。それは、決して安全が約束された任務ではありません。しかし、テロ集団との交
戦のために武装して行う任務の方が、より確実に危険だと言えるでしょう。
 日本の役割を考えるとき、「イスラム国との戦い」が激しさを増している今日、紛争地域で日本ができることは限られているかもしれません。一方、「イスラム国の脅威の拡大を防ぐ」ということであれば、いまだテロリストの温床となっていない国々に対する地道な支援という、広大なフロンティアが残されて
います。
 同時に、中東やアフガニスタンといった紛争地域においても、小規模ながら粘りづよく現地での活動を続ける日本人もいます。こうした人びとのためにも、日本が「敵」とみなされない「非戦のブランド」を守ることが必要です。
 
(4)日米同盟における日本の立ち位置
 日本が、これまで述べてきたような方向に進むにあたって、対米関係も考慮しなければなりません。アメリカが進んでいる方向とは異なることも出てくるわけですから、多少の摩擦を生みだす可能性はありま
す。
 しかし、日本がアメリカを必要としているように、アメリカもまた日本を必要としています。特に、アメリカがアジアのルールメーカーであろうとする限り、日本を見捨てることは、アメリカの国益からして
もできません。
 まして、中国に対して「関与とヘッジ」の戦略をとっているアメリカの国益から言えば、日本が中国と敵対的な関係にあることは、好ましいことではありません。むしろアメリカがその客観的な国益にもとづ
いて日本に望むことは、アジアの拠点である日本を、自衛隊がしっかりと守ることでしょう。
 国際秩序の面で言えば、アメリカが進む道が常に正しいわけではないし、目標は同じであってもアメリカと日本が異なるアプローチをした方が、目標の達成がより効率的になる場合もあります。アメリカに追随して後方支援するという道を進むならば、日本は戦争の終結を仲介し、あるいは戦後の復興を主導する
ことができる有利な立場を失うことにもなりかねません。
 したがって、大事なことは、日本は日本としての立場を確立し、アメリカとの間で戦略的な議論を闘わせることです。日本が理念をもってアメリカにみずからの戦略を提示することができれば、理念を大事にするアメリカ国民の支持を広げて、理解されることにつながります。議論がないままアメリカの方針を忖度したり追随したりすることは、決してアメリカとの対等なパートナーシップを実現する道ではありませ
ん。
 日米安保条約、日米同盟自体は、やがては相対化が避けられない時代に入っていくでしょう。以前は、社会主義全体主義)か資本主義(民主主義)かの対立があり、価値観を共有することが同盟の根拠でしたが、グローバリゼーションにより、世界が同じ経済目標を共有する時代になりました。政治体制については、中国、ロシア、北朝鮮のそれは日本と異なりますが、日本が自分の考え方を押しつけるわけにはい
きません。政治体制の違いは、敵と味方を分ける分水嶺とはならない時代なのです。
 このように同盟が相対化していく時代にあって、安倍首相の言う「血の同盟」という考えこそが、いまや時代遅れになっています。時代にふさわしい日米関係構築のため、あらためて、日本自身の世界観・国家像と戦略を模索していくべきでしょう。本提言が、その一助になれば幸いです。
 


 「自衛隊を活かす会」は、21世紀の世界における日本のあり方と日本の防衛の基本的な考え方及び国際秩序構築のための自衛隊の役割は、以上のようなものだと考えます。このようなあり方は、現行憲法のもとで可能だというだけでなく、憲法前文と9条の平和主義の立場に立ってこそ、日本国民のいのちを守ることができるし、国際平和と世界の人びとの利益に日本が寄与できることを意味しています。「自衛隊
活かす会」は、この方向を日本国民の合意とすべく、今後も努力を積み重ねていきます。
(引用終わり)
 
 読み終わった感想はいかがでしょうか?私は非常に感銘を受けました。そして、「自衛隊を活かす会」をフォローし続けてきた私には、この「提言」のそこここで、「ここは加藤朗さんの“憲法9条部隊構想”を踏まえているな」とか、「この部分は伊勢﨑賢治さんの“非武装自衛隊による停戦監視を”という主張に沿っている」とか、「日本がどういう国になりたいのか?ということが安全保障を考える基本だ、という柳澤協二さんの思想が貫かれている」とかいうことが、ただちに思い浮かびました。
 新日米ガイドラインに象徴されるように、安倍政権が進める安保法制を現在の米国政府が支持していることは間違いありませんが、そうであればこそ、最後の「(4)日米同盟における日本の立ち位置」において、「提言」が「大事なことは、日本は日本としての立場を確立し、アメリカとの間で戦略的な議論を闘わせることです。日本が理念をもってアメリカにみずからの戦略を提示することができれば、理念を大事にするアメリカ国民の支持を広げて、理解されることにつながります。議論がないままアメリカの方針を忖度したり追随したりすることは、決してアメリカとの対等なパートナーシップを実現する道ではありません。」と主張していることの意味はずっしりと重いと思います。
 自衛隊についてどのようなスタンスをとる人であれ、じっくりと読み込んでいただきたいと思います。
 

(付録)
「世界」 作詞作曲:ヒポポ田 演奏:ヒポポフォークゲリラ