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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

立憲デモクラシーの会が「安保法制関連諸法案の撤回を求める声明」を発表(6/24)

憲法 法律
 今晩(2015年6月25日)配信した「メルマガ金原No.2132」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
立憲デモクラシーの会が「安保法制関連諸法案の撤回を求める声明」を発表(6/24)

 立憲主義を破壊し、勝手な「安保」政策を強引に押し通そうとする安倍政権の暴走を何とか阻止しようとして新たに結成された団体も少なくない中で、とりわけ私が注目してきたのが、
 立憲デモクラシーの会(2014年4月16日~)
 国民安保法制懇(2014年5月28日~)
 自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)(2014年6月7日
~)
の3つであることは、このメルマガ(ブログ)のバックナンバーを振り返っていただければ一目瞭然でしょう。
 
 本年5月15日の戦争法案(政府は「平和安全法制整備法案」及び「国際平和支援法案」と呼称)の衆議院提出をうけて、各団体から声明、提言等が出されており、私もいちはやくそれをご紹介してきました
 一番早かったのは国民安保法制懇で、国会上程当日の5月15日に緊急声明を発表しました(国民安保法制懇による緊急声明(5/15)「米国重視・国民軽視の新ガイドライン・「安保法制」の撤回を求める」
/2015年5月16日)。
 
 
 続いて5月18日には、自衛隊を活かす会が、過去1年近い議論の成果をまとめた提言を発表しました(「自衛隊を活かす会」による「提言・変貌する安全保障環境における「専守防衛」と自衛隊の役割」(5/18)/2015年5月19日)。
 
 
 そして、多くの学者(憲法学、政治学、人文学等)が結集した立憲デモクラシーの会が、昨日(6月24日)、記者会見を開き、以下の声明を発表しました。
 
立憲デモクラシーの会 2015年6月24日
安保法制関連諸法案の撤回を求める声明

(引用開始)
 国会で審議中の安保法制関連諸法案は、集団的自衛権の行使を容認する点、外国軍隊の武力行使と自衛隊の活動との一体化をもたらす点で、日本国憲法に明確に違反している。このような憲法違反の法案を成立させることは、立憲主義に基づく民主政治を根底から覆しかねない。ここにわれわれは全法案の撤回を要求する。
 
1.集団的自衛権行使容認の違憲
政府見解の一貫性
 憲法9条の下で武力行使が許されるのは、個別的自衛権の行使、すなわち日本に対する急迫不正の侵害があり、これを排除するためにほかの適当な手段がない場合に限られる。しかも、その場合にも必要最小限度の実力行使にとどまらなければならない。この憲法解釈は、1954年の自衛隊創設以来、政府見解において変わることなく維持されてきた。集団的自衛権の行使には憲法9条の改正が不可欠であることも、繰り返
し政府によって表明されてきた。
昨年7月の閣議決定
 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は、政府の憲法解釈には「論理的整合性」と「法的安定性」が要求されるとし、「論理的整合性」を保つには、従来の政府見解の「基本的な論理の枠内」にあることが求められるとした。その上で、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」
がある場合には、当該他国を防衛するための集団的自衛権の行使も許容されるとしている。
論理的整合性の欠如
 しかし、個別的自衛権の行使のみが憲法上認められるという解釈と、集団的自衛権の行使が(限定的で
あれ)認められるという解釈とを、同じ論拠の上に成立させることはできない。自国を防衛するための個
別的自衛権と、他国を防衛するための集団的自衛権とは、本質を異にするものであるからである。
法的安定性
 「法的安定性」について、昨年7月の閣議決定は、何ら語るところがない。しかし、ホルムズ海峡での機雷掃海活動が許容されるか否かについて、連立を組む与党の党首間でも見解が異なることを見れば、集団的自衛権の行使に対して明確な「限定」が存在しないことは明らかである。機雷掃海活動を超える武力の行使についても、現政権による発言がどうであれ、法的な歯止めがなければ、その都度の政権の判断次第
でいつでも行われうることとなる。
砂川判決の意味
 砂川事件最高裁判決を根拠に集団的自衛権の合憲性を主張する向きも一部にあるが、砂川事件は、駐留米軍が憲法9条2項の禁ずる「戦力」に該当するかが争われた事件である。したがって、この裁判では日本の集団的自衛権は、全く争点となっていない。最高裁判決の先例としての価値は、具体的争点を基に語られるべきものであり、同判決が日本の集団的自衛権行使について判断しているとの主張は牽強付会である

集団的自衛権行使は違憲
 要するに、現政権による集団的自衛権の行使の容認は、従来の政府見解の基本的な論理の枠を明らかに踏み越えており、かつ、法的安定性を大きく揺るがすものであって、憲法9条に違反する。
 
2.外国軍隊等の武力行使との一体化
非戦闘地域の意味

 従来の政府見解は、「後方地域」での自衛隊による外国軍隊等の支援が、憲法の禁ずる武力の行使には当たらないものとするにあたり、自衛隊の活動が他国軍隊の武力行使と一体化しないことと、その活動が「非戦闘地域」に限られることという歯止めを設けてきた。「戦闘地域」と「非戦闘地域」との区分は、ある程度の余裕を見て自衛隊の活動地域を区分しようとの配慮に基づくものであり、実施期間を通じて活
動を必ず合憲としうるための工夫であった。
武力行使との一体化へ
 今回の法案では、従来の「戦闘地域」と「非戦闘地域」の区別が廃止されている。現に戦闘行為が行われている現場以外であれば後方支援を実施しうるものとされ、自衛隊は、外国軍隊等への弾薬の供与や発進準備中の航空機への給油を新たに行ないうることとされている。もはや他国軍隊等の戦闘行為と密接不可分であり、具体的状況によって、外国軍隊の武力行使との一体化との評価を受けるおそれがきわめて高いと言わざるをえない。
 
3.国会軽視の審議過程
対米公約の問題性
 安倍首相は先の訪米時に、安保法制関連諸法案を今年8月までに成立させるという「対米公約」ともとれる発言を米議会で行った。まだ閣議決定さえされていない段階でのこのような発言は、唯一の立法機関た
る国会の権威を損ない、国民主権をないがしろにするものである。
対米追随的姿勢
 本法案は内容的には本年4月に合意の「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)に沿ったものであり、国会審議でホルムズ海峡での機雷掃海などが強調されている背景に、米国の対日要求があるとも考えられる。条約ですらないものを、いわば憲法の上位に置き、それに合わせて実質的な改憲にも等しい立法化を進めることは許されない。また、このような対米追随ともとれる姿勢は、集団的自衛権行使に関
して日本が自主的に判断できるとの政府の主張の信ぴょう性を疑わせる。
内閣による国会軽視
 国会審議においても、首相自らが質問者にヤジを飛ばしたり、大臣から「現在の憲法をいかにこの法案に適応させるか」という立憲主義を否定する発言があるなど、政府の対応は、国権の最高機関たる国会を中心とする立憲的な民主政治を尊重するものとはなっていない。
 
4.安全保障への影響
安全保障論のあいまいさ

 昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権の行使が容認される根拠として、「我が国を取り巻く安全保障環境」の変化を挙げるが、その内容は、「パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器など
の脅威等」というきわめてあいまいなものである。
日米安保への過剰な期待
 世界各地でアメリカに軍事協力すれば、日本の安全保障へのアメリカの協力が強まるとの議論がある。
しかし、アメリカはあくまで日米安全保障条約5条が定める通り、「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」条約上の義務を果たすにとどまる。大規模な軍事力の行使について、アメリカ憲法連邦議会の承認を
その条件としていることを忘れるべきではない(米憲法1篇8節11項)。
抑止力万能論の陥穽
 日本を取り巻く安全保障環境が悪化しつつあるのであれば、限られた防衛力を地球全体に拡散するより
専守防衛に集中する方が合理的との判断もありうる。また政府は、集団的自衛権の行使容認が抑止力を高め、安全保障に寄与すると主張するが、日本が抑止力を高めれば、相手側がさらに軍備を強化し、結果的に安全保障環境が悪化しかねない(安全保障のジレンマ)。軍拡競争となれば、少子高齢化財政赤字
などの深刻な問題を抱える日本は、さらに大きなリスクに直面することになる。
国際協調による緊張緩和へ
 平和を維持するには、国際協調が不可欠である。外交交渉や「人間の安全保障」等によって緊張を緩和
し、紛争原因を除去する努力を弛みなく続けていくことが、日本にとっての安全保障を導くのであり、抑止力にのみ頼ることはできない。
 
5.結論
 安全保障関連諸法案は憲法に明確に違反している。立憲主義をないがしろにし、国民への十分な説明責任を果たさない政府に対して、安全保障にかかわる重大な政策判断の権限を与えることはできない。ここ
に全法案のすみやかな撤回を要求する。
(引用終わり)
 
 昨日の記者会見には、6月4日の衆議院憲法審査会で参考人として意見を述べた長谷部恭男早稲田大学教授や小林節慶應義塾大学名誉教授も出席し、コメントしておられたようです。
 声明の内容自体は、この間、長谷部さんや小林さんが諸処で語られたことと軌を一にしており(当たり前ですが)、その当たり前のことをまとめるとこうなったということですね。
 
 なお、記者会見の動画をまだ見つけられていないので、見つけ次第、ブログの方に追加アップしようと思います。
 とりあえず、ここでは東京新聞の報道を引用しておきます。
 
東京新聞 2015年6月25日 朝刊
「安保法案反対」立憲デモクラシー 「賛成派と公開討論を」

(抜粋引用開始)
 安全保障関連法案の撤回を政府に強く求める声明を発表した「立憲デモクラシーの会」の二十四日の会見には、共同代表の樋口陽一東京大名誉教授(憲法学)と山口二郎法政大教授(政治学)ら九人が出席した。集団的自衛権の行使を容認することや、外国軍隊の武力行使自衛隊の活動が一体化するおそれが極めて高いことが「日本国憲法に明確に違反している」と強調し、審議が続く限り問題点の指摘を続けてい
く考えを明らかにした。
 四日の衆院憲法審査会で法案が「違憲」との見解を示した長谷部恭男早稲田大教授と小林節慶応大名誉教授(いずれも憲法学)も出席。小林名誉教授は、西修駒沢大名誉教授ら「合憲」とする憲法学者に「論
争としてわれわれが勝っている。学術的に決着させよう」と公開討論を呼び掛けた。
 政権側から「憲法学者の言うとおりにしていたら、自衛隊日米安保条約もなかった」などの批判が繰り返されているのに対し、山口教授は「再軍備を進める政治権力に学者がおかしいと言い、意見のぶつか
り合いの中で専守防衛などの平和国家の路線が生まれた」と反論した。
 さらに、今年が一九三五年の天皇機関説事件から八十年に当たることに言及。「学問の観点から批判するのは職業上の義務。権力により学問が弾圧されて(四五年の敗戦で)国が滅びるまでわずか十年だった
史実を、重く受け止めている」と述べた。
 ほかの出席者も法案審議における政権側の対応を口々に非難。長谷部教授は「集団的自衛権行使の違憲性や武力行使の一体化に関し、誠実な回答、対応がされているとはいえない」と政権側の対応を問題視。千葉真・国際基督教大教授(政治学)は「曖昧模糊(もこ)とした答弁を繰り返しており、議論を深める
姿勢が見えない。背後には愚民意識があるのではないか」と指摘した。
 千葉教授はさらに「アメリカ、イギリス、フランスですら国内に厭戦(えんせん)気分がまん延してい
る現在、安倍政権の『積極的戦争容認主義』はネギを背負ったカモのようなものだ」と話した。
 政権が使う「言葉のまやかし」に対する注意喚起も。国文学者の小森陽一東大教授は、他国軍の戦闘に対する自衛隊の支援を「国際平和共同対処事態」と名付けたことを例に「たぶらかしの本質。日本語を使
うすべての人が日々国会で冒涜(ぼうとく)されている」と述べた。(荘加卓嗣)
(引用終わり)