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半田滋さんの論説『「捕虜」になれない自衛隊』を読む

 今晩(2015年8月25日)配信した「メルマガ金原No.2193」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
半田滋さんの論説『「捕虜」になれない自衛隊』を読む

 東京新聞論説兼編集委員・半田滋さんの「論説を読む」シリーズの第5弾です。過去4回分は末尾にまとめてありますので、ご参照いただければ幸いです。
 
 今回は、昨日(8月24日)の東京新聞「私説・論説室から」に掲載された「「捕虜」になれない自衛隊」を取り上げます。
 一読すればよく分かる内容なので、私がわざわざ補注を加えるまでもないとは思いますが、より深くこの問題を調べてみたいという人のための資料をご紹介することを目的に書きました。

 なお、以下、引用する半田さんの文章は紺色、私が書き加えた補注は黒色、私が引用した文章は茶色で表記しています。
 
 
 安全保障関連法案の国会審議で与党まで驚かせたのは「自衛隊は捕虜の扱いを受けられない」との岸田文雄外相の答弁だった。
 問題の答弁があったのは七月一日の衆院平和安全法制特別委員会。野党議員から自衛隊が物資輸送など他国軍への後方支援中に拘束された場合、「捕虜」になるのかと質問された岸田外相は「ジュネーブ諸条約上の捕虜とは、紛争当事国の軍隊の構成員等で敵の権力内に陥ったものとされる。自衛隊の後方支援は武力行使に当たらない範囲で行われるので想定されない」と答弁、珍しく与党席までざわついた。
 
 この答弁を引き出したのは辻元清美議員(民主党)でした。
 その中継動画をご紹介しておきます。
 
 
 この日は、午前中に
  伊勢﨑賢治氏(東京外国語大学大学院教授)
  小川和久氏(静岡県立大学特任教授)
  折木良一氏(第三代統合幕僚長
  鳥越俊太郎氏(ジャーナリスト)
  柳澤協二氏(国際地政学研究所理事長)
という5人の参考人による意見陳述が行われた日でした。
 辻元議員による質問は、同日午後の後半に行われたものです(約45分)。
 YouTube動画もご紹介しておきます。問題の質問は最後の部分、36分以降です。
 
辻元清美 議員 民主党 衆議院「平和安全特別委員会」 2015/7/1
 

 当日の委員会審議についての会議録も既に公開されていますので、半田さんの論説で取り上げられた部分を引用しておきます。
 ちなみに、参考人の皆さんの意見陳述の部分も再現されていますので、是非読んでいただければと思います。
 
衆議院 会議録
第189回国会 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会 第16号(平成27年7月1日(水曜日))

(抜粋引用開始)
○辻元委員 そうしましたら、最後に岸田外務大臣にお聞きします。
 そのときに(金原注:自衛隊が他国に駐屯している時に)自衛隊員が拘束される、拘束されて、国際法上はいわゆるジュネーブ条約、捕虜の保護の規定がありますけれども、自衛隊員が拘束されたらジュネーブ条約上の捕虜として扱われるんですか、日本の自衛隊の場合は。自衛隊のステータスはどうなりますか。
○岸田国務大臣 ジュネーブ諸条約上の捕虜は、紛争当事国の軍隊の構成員等で敵の権力内に陥ったものをいう、このようにされております。
 この点、御質問がいかなる場合を想定しているか必ずしも定かではありませんが、いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は武力行使に当たらない範囲で行われるものであります。我が国がこうした活動を非紛争当事国として行っている場合について申し上げれば、そのこと自体によって我が国が紛争当事国となることはなく、そのような場合に自衛隊員がジュネーブ諸条約上の捕虜となることは想定されないと考えます。
○辻元委員 でも、そうすると、最後に聞きますが、想定されないというのは、この中での机上の空論でしょう。実際に行って拘束されるとか、空輸している飛行機が撃ち落とされてヨルダン軍のパイロットも捕まっていたじゃないですか。ジュネーブ条約上の捕虜じゃなかったら、単なる民間人の人質と同じ扱いになるわけですか。ここをはっきりしてください。どうなるんですか。自衛隊を出すんでしょう、出したいと言っているわけでしょう。どうなるんですか。
○岸田国務大臣 ただいまは法的な整理を申し上げたわけですが、その身柄は少なくとも、普遍的に認められている遵守に関する基準並びにジュネーブ諸条約にも反映されている国際人道法の原則及び精神に従って取り扱われるべきことは、これは当然であると考えます。
○辻元委員 だから、ジュネーブ条約で言うところの捕虜に当たるんですね、そうすると。
○岸田国務大臣 まず、今申し上げたのは取り扱いについてでありますが、法的な整理は先ほど答弁させていただいたとおりであります。
 具体的な場合、具体的な状況は必ずしも定かではありませんが、いわゆる後方支援と言われる支援活動それ自体は武力行使に当たらない範囲で行われるものであります。我が国がこうした活動を非紛争当事国として行っている場合について申し上げれば、そのようなこと自体によって我が国が紛争当事国になることはなく、そのような場合に自衛隊員がジュネーブ諸条約上の捕虜となることは想定されない、これであります。
○浜田委員長 速記をとめてください。
 〔速記中止〕
○浜田委員長 速記を起こしてください。
 岸田外務大臣、答弁願います。
○岸田国務大臣 整理いたしますと、要は、御指摘のような自衛隊員、これは紛争当事国の軍隊の構成員、戦闘員ではありませんので、これはジュネーブ条約上の捕虜となることはありません。
○辻元委員 日本の自衛隊が後方支援をしている、そして他国の、ドイツなんかも後方支援のような活動でアフガニスタンに行っていましたが、他国の軍の人たちが、仮に後方支援であったとしても拘束されたらジュネーブ条約を適用される、しかし、自衛隊だけ適用されないという事態が起こりかねないわけですよ。
 これは結局、後方支援というのは戦争の一環なんですよ、国際的に見たら。しかし、そこを違うと言い張っているから、自衛隊員の身も危険にさらすんじゃないですか、今の政府のあり方そのものが。
 そして、参考人やさまざまな人が憲法違反と言っているのは、兵たんは戦争の一環である、国際的にもそうなっている、捕虜の扱いもそうだし、そういうルールを全部すっ飛ばして、自衛隊だけ違います、これは通用しません。これは引き続きまた質問したいと思います。
 終わります。
(引用終わり)
 
 後方支援中の自衛隊は捕虜の人道的待遇を義務付けたジュネーブ条約の「捕虜」にならず、拘束した国の法律で裁かれる可能性があることになる。政府の命令通りに従って「有罪」ではたまったものではない。「拘束を認めず、ただちに解放を求める」(岸田外相)というが、思惑通りにいくかどうか。
 
 捕虜の取扱を定めたジュネーブ条約の日本語訳をご紹介しておきます(防衛省自衛隊のホームページに掲載されています)。もちろん、日本も批准しています。
 
 
 ちなみに、国内法制としては、2004年に以下の法律が制定されています。
 
武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律
(平成十六年六月十八日法律第百十七号)

(目的)
第一条
 この法律は、武力攻撃事態における捕虜等の拘束、抑留その他の取扱いに関し必要な事項を定めることにより、武力攻撃を排除するために必要な自衛隊の行動が円滑かつ効果的に実施されるようにするとともに、武力攻撃事態において捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約(以下「第三条約」という。)その他の捕虜等の取扱いに係る国際人道法の的確な実施を確保することを目的とする。
(基本原則)
第二条
 国は、武力攻撃事態においてこの法律の規定により拘束され又は抑留された者(以下この条において「捕虜等」という。)の取扱いに当たっては、第三条約その他の国際的な武力紛争において適用される国際人道法に基づき、常に人道的な待遇を確保するとともに、捕虜等の生命、身体、健康及び名誉を尊重し、これらに対する侵害又は危難から常に保護しなければならない。
2 この法律(これに基づく命令を含む。)の規定により捕虜等に対して与えられる保護は、人種、国籍、宗教的又は政治的意見その他これに類する基準に基づく不当に差別的なものであってはならない。
3 何人も、捕虜等に対し、武力攻撃に対する報復として、いかなる不利益をも与えてはならない。
 
 以上の規定を読めば分かるとおり、この法律は、武力攻撃事態において、自衛隊と交戦した敵国の兵士を捕虜とした場合にどのように処遇するかを定めた法律です。それでは、武力攻撃事態において自衛隊員が捕虜となった場合にはどうなるのか?それは、敵国がジュネーブ第三条約の締約国であれば、条約を履行するように要求することになり、また未締約国であれば、ジュネーブ条約と実質的に同じ内容を含む国際人道法(慣習法)に基づき、捕虜としての適正な処遇をするように要求する、ということになるのでしょう。

 ところで、今般の安保関連法案の中で、この「武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律」も改正の対象となっています。ただし、その改正内容といえば、法律の名称が「武力攻撃事態及び存立危機事態における捕虜等の取扱いに関する法律」と変わるということで分かるように、武力攻撃事態に存立危機事態を付け加えるというだけのことです。

 そして、辻元議員が質問したような、重要影響事態法(周辺事態法の改正案)に基づく後方支援や国際平和支援法(新規立法)に基づく協力支援によって兵站(ロジスティック)に従事する自衛隊員は、武力攻撃事態や存立危機事態とは異なり、武力の行使をするものではないという嘘八百の建前に立っているため、「紛争当事国の軍隊の構成員」で、「敵の権力内に陥ったもの」(ジュネーブ第三条約第4条に基づく「捕虜」の定義)ではないと言い張らざるを得ず、そのしわ寄せはあげて現場で危険に身をさらす自衛隊員に押しつけられるという訳です。
 
 これまで政府は憲法上の制約から「自衛隊は軍隊ではない」と繰り返す一方で、国連平和維持活動(PKO)などで海外派遣される自衛隊について「わが国の憲法上の制約があるが、ジュネーブ条約上軍隊と認識されるものと思う」と答弁、国内向けの説明と国際法上の説明を使い分けてきた。
 
 この問題については、櫻井充参議院議員民主党)が2002年に提出した質問主意書とそれに対する政府の答弁書が参考となるでしょう。
 
 
第155回国会(臨時会) 答弁書
答弁書第二号(平成十四年十二月六日)
内閣参質一五五第二号(内閣総理大臣 小泉純一郎)

(抜粋引用開始)
 戦争犠牲者の保護に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ諸条約(昭和二十八年条約第二十三号、第二十四号、第二十五号及び第二十六号。以下「ジュネーヴ諸条約」という。)は武力紛争における傷者及び病者や捕虜の待遇等について定める条約であり、ジュネーヴ諸条約にいう軍隊とは、武力紛争に際して武力を行使することを任務とする組織一般を指すものと考えている。自衛隊は、憲法上自衛のための必要最小限度を超える実力を保持し得ない等の制約を課せられており、通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものであって、憲法第九条第二項で保持することが禁止されている「陸海空軍その他の戦力」には当たらないと考えているが、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし自衛権行使の要件が満たされる場合には武力を行使して我が国を防衛する組織であることから、一般にはジュネーヴ諸条約上の軍隊に該当すると解される。我が国がジュネーヴ諸条約を締結したとしても、自衛隊が通常の観念で考えられる軍隊となるわけではなく、「陸海空軍その他の戦力」となるわけでもないことから、我が国がジュネーヴ諸条約を締結することについて憲法との関係で問題を生ずることはない。このような自衛隊の法的位置付けは、お尋ねの自衛隊員がジュネーヴ諸条約の規定による捕虜となった場合においても異なるものではない。
(引用終わり)
 
 ただし、上記答弁書は、「テロ対策特措法に基づいて派遣される自衛隊の部隊等がいずれかの国又はこれに準ずる組織から国際的な武力紛争の一環として行われる攻撃を受けて、当該部隊等に所属する自衛隊員が捕らえられ、ジュネーヴ諸条約上の捕虜となる事態は想定されない。」とか、「国際連合平和維持活動のために実施される国際平和協力業務を行っている自衛隊の部隊等又は自衛隊派遣隊員(第十二条第六項に規定する「自衛隊派遣隊員」をいう。以下同じ。)が当該活動が行われる地域の属する国又は紛争当事者から国際的な武力紛争の一環として行われる攻撃等を受けて、当該部隊等に所属する自衛隊員又は当該自衛隊派遣隊員が捕らえられ、ジュネーヴ諸条約上の捕虜となる事態は想定されない。」と述べた上で、「万が一、自衛隊員が外国等に不法に身柄を拘束された場合には、政府としては当該自衛隊員の即時解放を求め、解放されるまでの間は、その身柄は、少なくとも、普遍的に認められている人権に関する基準並びに国際人道法の原則及び精神に従って取り扱われるべきことは当然であると考えている。したがって、仮に当該自衛隊員に対し拷問等が行われた場合には、お尋ねのように政府として断固として抗議を行うべきものであると考える。」と言明しており、この姿勢は、結局、辻元清美議員からの質問に対する岸田外相の答弁まで一貫しており、日本政府の無責任体質は、何も昨日今日始まったものではないのだということがよく分かります。
 
 自衛隊に軍隊と同じ活動をさせようという法案自体に無理がある。(半田滋)
 
 行き着く結論は、結局これしかないでしょう。
 それを認識した上で、自衛隊を正面から軍隊にして、海外でも武力行使できるようにしたいと国民が望むのであれば、憲法改正の手続をとるべきなのであって(ここでは「憲法改正の限界」という論点はさておくとして)、その筋道を外して違憲の法案を無理押しすることによるしわ寄せが、まず現場の自衛隊員に押しつけられているという実態を、国民は直視し、理解する責任があるでしょう。