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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「安保法案だよ全員集合!」(9/12@田辺市)で話すつもりだったこと

 今晩(2015年9月12日)配信した「メルマガ金原No.2211」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
「安保法案だよ全員集合!」(9/12@田辺市)で話すつもりだったこと

 本日(9月12日)午前10時から12時まで、田辺ひがしコミュニティセンター(和歌山県田辺市南新万)において、「安保法案だよ全員集合!」という、賛成派と反対派が2人ずつ登壇し、様々な論点について意見を述べ合うというイベントがあり、私は反対派の小池佳世さん(9条ママnetキュッと世話人代表)のパートナーとして意見を述べる機会をいただきました。ちなみに、賛成派としては、日本会議紀南支部支部長の大倉勝行さんと同事務局次長の山本浩さんが出演されました。

CIMG4257 聴衆の中には、両派によるディベート、討論会といったものを期待していた人もいたようで、そういう人の期待には応えられなかったでしょうが、私自身は、自分とは立場の違う方の率直な生の意見を直接伺うことができただけでも、十分に有意義な企画であったと思います。私自身も、時間の制約はあったものの、言いたいことはかなり言えましたからね。
 ディベートも面白いとは思いますが、もう少し準備にも本番にも多くの時間が必要でしょうし、第一、ディベートということになると、賛成派からの登壇者を探すのはより難しくなるかもしれません。
 なお、(予想通り)意見は概ね正反対でしたが、賛成派として登壇されたお2人は、礼節をわきまえた立派な態度で敬服しました。その発言内容の一々をご紹介している余裕はないので、以下にご紹介している東条雅之さん撮影の動画がアップされたら是非視聴してください。
 
CIMG4252 ところで、この種の企画が成功するかどうかは、司会者(コーディネーター)に人を得るかどうかに大きくかかっています。最初、かねて知り合いの笠松美奈さん(9条ママnetキュッと)からこの企画への出演打診があった際、喜んで引き受けたものの、それは、小池佳世さんと一緒に反対派としての意見を述べるという役回りだったからで、もしもコーディネーターとしての依頼だったら、当日は「弁護士会の当番弁護士兼国選弁護待機弁護士に当たっているので」という立派な理由(!)を盾にきっと断っていたでしょうね。だって、この忙しい時に、そんな気鬱な仕事を引き受けている余裕はない(精神衛生に良くない)ですからね。そういう意味から、司会を担当された土山徹さん(田辺市中辺路町)には、出演者及び関係者一同満腔の感謝の意を表明しなければならないでしょう。ありがとうございました。
 
 田辺市といえば、映画『祝福(いのり)の海』を完成させて上映活動を本格化しつつある東条雅之さんも同市中辺路町高原在住ですが、ご夫婦で参加し、登壇者の意見表明の模様をずっと撮影されていましたので、後日、今日の模様をスナメリチャンネルにアップしてくださるのではないかと思います。乞うご期待。
 
 さて、12時過ぎに「安保法案だよ全員集合!」が終了し、携帯電話で確認したところ、被疑者国選弁護1件、当番弁護士1件の依頼が入っており、2箇所の警察署に行かねばならず、接見を終えてからの事後処理などを済ませて帰宅したら、もうメルマガ(ブログ)の素材を探して書いている気力も時間もなく、「そういう場合はこの手しかないな」と予め考えていたとおり、今日の「安保法案だよ全員集合!」での発言用原稿をそっくり掲載することにします。

 今日の進行は、実行委員会で予め決定したテーマを、さらに司会の土山徹さんが各論点ごとの質問項目に文章化し、それが事前に(たしか3日前)各発言者のもとに届けられ、各人が検討を加えていることを前提として司会者から質問し、4人がそれぞれの論点について、自分の意見を述べていくというスタイルでした。
 ただし、各テーマについての各人の意見表明は3分以内をめどととするという申し合わせがあった上、各論点ごとの意見表明が終わった段階で、いちいち会場から意見や質問を求めたことも一因となって時間が足らなくなりましたので、各登壇者とも、「もっと話したかった」という欲求不満は少し残ったかもしてません。でも、この種の企画では、そういうことになりがちで仕方がないですよね。
 ということで、実は、以下の原稿に書いたことのうち、おそらく半分ほどしか発言できていないと思いますが、もともと全部言い切れるとも思っていませんでしたので、それは想定通りでした。ただ、時間がなくなって「6」の質問自体がなくなりましたので、「徴兵制についての意見は聞いて欲しかったな」という心残りは少しありますが。
 
 なお、この原稿を大突貫で書き上げるにあたっては、太田啓子弁護士からアンチョコとして「絶賛お薦め」された倉持麟太郎弁護士の日刊ゲンダイ連載「安保法案の欠陥を衝く」を、私も小池さんも(多分)大いに参考にされてもらいました。太田さん、倉持さん、ありがとうございました。


「安保法案だよ全員集合!」のための発言メモ(金原徹雄)
 
1、まずは、それぞれのパネリストの方、自己紹介も兼ねて、今回のこの安保法制について必要であると思って賛成なのか、または反対しているのか、ということについて、簡単に理由もつけて見解を述べてください。一人三分ほどでお願いします。
 
(金原)平成元年(1989年)から和歌山市で弁護士をしている金原と申します。今日は、このような、めったにない企画で発言の機会を与えていただき、ありがとうございます。
 私は、5月15日の安保関連2法の衆議院への提出以来、反対派の学習会の講師を3度務めました。最初5月の末に講師を務めた時点では、正直言って、私にも安保法案の構造や狙いなどが完全には理解できておらず、まことに要領を得ない話になってしまい、聴衆にとって訳の分からない講演であったと思います。その後、法案自体をじっくりと読み込んだり、いろいろな識者の意見に目を通したりした上で、さらに2回学習会の講師を務めた結果、ようやく自信をもって、受け売りではない、自らの意見を語れるようになったと思います。
 司会者からは、「理由もつけて見解を述べてください」と言われていますが、これからいくつかの論点について意見を述べる機会があるようで、私が安保法案に反対する主要な理由はそこで述べることになるはずなので、ここでは、これから議論しようとしていることが、法律の制定及び改正についてなのだということに改めて注意を喚起したいと思います。
 新しい法律を制定する、あるいは既存の法律を改正するにあたり、それが「適正」かつ「妥当」であるためには、どのような条件をクリアしなければならないのか?ということです。
 法律を作ろう、あるいは改正しようとする以上、そのような立法によって達成しようという目的が必ずあるはずです。これを「立法目的」と言います。
 そして、「立法目的」には、それを根拠付ける社会的事象が必ず存在しなければなりません。これを「立法事実」と言います。
 最後に、具体的に法律で定められる諸規定が、「立法目的」達成のために合理的な手段であるかどうかの吟味が必要です。
 具体例をあげましょう。飲酒運転を原因とする悲惨な交通事故が多発しているとします。これが「立法事実」です。そこで、このような悲惨な交通事故の犠牲者を減らそうと考えます。これが「立法目的」です。最後に、刑法を改正して、飲酒運転に科せられる刑罰の上限を無期懲役まで引き上げ、さらに、飲酒運転の結果被害者が死亡した時は、死刑まで可能とする改正案が国会に上程されたとします。
 さて、あなたはこれに賛成しますか?それとも反対しますか?
 普通、「立法目的」自体がおかしいということはめったにありません(たまにありますが)。従って、まず第一には、飲酒運転を原因とする交通事故は本当に増加していると言えるのか?という「立法事実」についての吟味が必要であり、そこをクリアしたとして、法案は、「立法目的」を達成するための合理的な手段と言えるのか?を慎重に検討することになります。そして、法案の「憲法適合性」も、この最後の段階での検討において、必ず吟味されます。つまり、「合理性のテスト」の前提として「合憲性のテスト」をクリアしていなければならないということです。
 安保関連法案も、「法案」である以上、全く同じです。
 以上のような前提を意識しながら、今日の議論を聴いていただければと思います。
 

2、世間では、今回の安保法案が「憲法違反である」という意見が大半を占めており、多くの憲法学者違憲だと声明を出している状況です。中には、憲法との整合性は取れている、といった意見もありますが、この「憲法との整合性」については、それぞれどのようにお考えですか?
 
(金原)私が安保法案に反対する理由のうちの最大のものはこの「憲法適合性」の問題であり、私が学習会の講師を務める際には、可能であればこれだけで1時間は欲しいところです。それを3分程度で何を話したら良いというのか?と正直思いますが、手短に意見を述べます。
 私が安保法案を憲法違反だと考えるポイントをとりあえず3点に絞って説明します。
 まず第1に、集団的自衛権の行使は憲法9条(とりわけ2項)に違反します。 
 これを理解するためには、自衛隊はなぜ合憲と言えるのか?という問題についてのこれまでの政府の基本的見解を理解する必要があります。それはこういう論理です。
 憲法13条が保障する「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が「国政の上で、最大の尊重を必要とする」とされていることから考えれば、我が国が他国から武力攻撃を受けた場合にその急迫不正の侵害を排除し、国民の権利を守ることは、国の責務として憲法もこれを容認している。従って、上記の目的を達成するための必要最小限の実力は、憲法9条2項が保持を禁じた「陸海空軍その他の戦力」にはあたらない。自衛隊は、そのような必要最小限の実力にとどまっているので合憲である。
 ご理解いただけたでしょうか?以上が、自衛隊発足以来、2014年7月1日午後の閣議決定に至るまで、日本国政府が維持し続けてきた論理です。
 昨年7月1日の閣議決定がベースとしたいわゆる1972年(昭和47年)政府見解というのは、この自衛隊合憲の根拠を前提として、「そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。」と明確に断じたものです。
 大半の憲法学者が、昨年7月1日の閣議決定と現在審議中の安保法案が、従来の合憲性判断の枠組では説明できず、それを超えてしまったもので違憲であるとしているのは 以上のような理由によります。
 これを別の面から評すれば、集団的自衛権の行使ができるとする解釈は、論者の主観がどうであろうと、結果として、自衛隊の存在を正当化する憲法上の根拠を失わせ、単なる私兵におとしめる解釈だと言わなければなりません。
 6月4日の衆議院憲法審査会に出席して安保関連法案を違憲と断じた3人の参考人長谷部恭男先生、小林節先生、笹田栄司先生は、いずれも自衛隊合憲論者です。合憲論者「であっても」違憲としたという理解は正確ではありません。自衛隊合憲論者「だからこそ」違憲と判断するしかなかったとのだということを是非理解してください。
 第2に、重要影響事態法に基づく米軍等に対する後方支援、国際平和協力法案に基づく協力支援は、憲法9条(とりわけ1項)が」禁じた「武力の行使」にあたるか、あるいはその恐れが極めて大きいものであって違憲です。
 私は、現在審議中の法案の中でも、米軍等への後方支援を定めた重要影響事態法案こそキーとなる法案だと考えています。
 この法案は、現行の周辺事態法を改正しようとするものですが、「我が国周辺の地域」という地域的制限をなくし、非戦闘地域でなければ実施しないというしばりも撤廃して、現に戦闘行為が行われていなければ良いとし、武器の輸送、弾薬の提供、発進準備中の航空機への給油なども解禁するなど、軍事的には兵站(ロジスティック)そのものです。現に、4月27日にニューヨークで合意された新日米ガイドラインでは、日本による米軍への「後方支援活動」を、英語正文では「rogistic support(ロジスティック・サポート)」と呼称しています。
 このような活動が、米軍等による武力行使と一体となる可能性が非常に高い、あるいは一体化そのものであることは明らかであって、武力の行使を禁じた憲法9条1項に違反します。
 なお、この点に関する判例としては、2008年4月27日、イラク特措法に基づいて米兵等の空輸を行っていた航空自衛隊の活動を憲法9条1項に違反すると判断した名古屋高裁判決があります。
 第3に、海外での武力行使を容認する安保法案は、内閣の権限を定めた憲法73条に違反します。
 日本国憲法は、近代立憲主義に基づく権力分立制をとっており、各国家機関にいかなる権限を付与するかの基本は憲法自身によって定められています。そして、行政権を担う内閣に与えられた権限を明記しているのが憲法73条ですが、この規定をどのように読んでも、日本が武力攻撃を受けた訳でもないのに海外で戦争する、武力を行使する権限を内閣に与えたと読める規定は存在しません。従って、内閣に自衛隊に海外での武力行使を、仮に限定的にであれ、認めることになる安保法案は憲法に違反します。
 

3、今回の法案で、「存立危機事態」という言葉が新しく作られました。日本の国としての存立が危ぶまれ、日本人の命や自由、権利などが著しく損なわれるような事態、ということのようですが、具体的にどのような状態になった時に、誰が、どのようにそれを決定するのか、ということが曖昧で、その時の政府や首相の判断のみで決定されるのでは、という不安もあり、法律としての縛りがゆるいのでは、という声も多数ある状況です。このことについては、それぞれどのようにお考えですか?
 
(金原)今回の安保法制では、様々な「事態」が飛び交い、訳が分からなくなっている方も多いでしょう。実際、私の同業者である全国3万数千人の弁護士の中で、「存立危機事態」と「重要影響事態」と「国際平和共同対処事態」の違いを明確に説明できる者が、さてどれだけいるでしょうかね?
 私にしても、法案をはじめとする資料をこれだけ手元に置かないと、自信を持って答えられません。とはいえ、「訳が分かりません」とだけ言って澄ましている訳にもいかないので、「存立危機事態」についてだけ簡単に述べておきます。
 今回の法案で、焦点の1つである集団的自衛権を限定的に行使できるとされるのが「存立危機事態」であり、おおむね昨年7月1日の閣議決定で示されたいわゆる「新3要件」を取り込んだものですが(ただし、第2要件と第3要件には問題がある)、法律の建て付けとしては、武力攻撃事態法を改正し、従来の日本が武力攻撃を受けた事態である「武力攻撃事態」と横並びで「存立危機事態」なる新たな事態を設定し、「武力攻撃事態」と同様に自衛隊に防衛出動を命じることができることにするというものです。
 「新3要件」の内、第1要件は、武力攻撃事態法改正案の2条4号に書いてあります。「存立危機事態 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいう。」去年の閣議決定の時から訳が分からない要件だと思っていましたが、法案が上程され、国会での審議が始まるといよいよその懸念を深めざるを得ませんでした。
 何しろ、ホルムズ海峡が機雷封鎖されたら「存立危機事態」になり得るというのですから、これなら何でもありでしょう。南シナ海で中国とフィリピンが偶発的に衝突してフィリピンの艦船が撃沈されたとすると、日本のシーレーンの安全に重大な懸念が生じたということで、「存立危機事態」になりかねません。
 どだい、日本に対する武力攻撃の発生もしくはその明白な危険の切迫という、それなりに明瞭かつ客観的な基準がある場合(武力攻撃事態)と「存立危機事態」を同列で論じることは不可能なのです。ところが、内閣が「存立危機事態」と認定さえすれば、「武力攻撃事態」と同じように防衛出動命令が発令できるという建て付け自体がそもそも間違っているのです。 
 なお、「存立危機事態」認定のための要件が曖昧ということも大問題ですが、実は「新3要件」の残る2つの要件についても重大な問題があります。とりわけ、第3要件が問題です。昨年7月1日に閣議決定された「新3要件」の第3要件は、「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」とされていましたが、今回の法案のどこを読んでも、そんなことを書いた条項は見当たりません。
 実際の規定ではこうなっています(武力攻撃事態法改正案3条4項)。「存立危機事態においては、存立危機武力攻撃を排除しつつ、その速やかな終結を図らなければならない。ただし、存立危機武力攻撃を排除するに当たっては、武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」
 これは、どう読んだところで、昨年の閣議決定でいうところの第3要件「必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」と同じではありません。
 もともと、現行の武力攻撃事態法3条3項が「武力攻撃が発生した場合においてこれを排除するに当たっては、武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」とあるのを引き写したのですが、自国が攻撃を受けた場合に、それを排除するために「合理的に必要と判断される限度」というのは、「必要最小限度」とほぼ重なるかもしれませんが、「存立危機事態」では、そもそも日本に対する武力攻撃がないのですから、「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」って、誰が判断するのですか?攻撃を受けた「我が国と密接な関係にある他国」が米国であった場合、米国の意向を無視して日本だけで「これが限度」と判断できるはずがないでしょう。つまり、集団的自衛権の行使の局面において、「必要最小限度の実力行使」などという要件は観念のしようがなく、結局、法文に書き込むことは断念せざるを得なかったのです。
 それから、長くなり過ぎるかもしれませんが、この点についても一言しておきたいのは、「存立危機事態においては、存立危機武力攻撃を排除しつつ、その速やかな終結を図らなければならない」という法文の規定は、戦争には相手(敵国)があり、「まけいくさ」になることもあるという当然認識すべきことが抜け落ちています。
 日本が侵略を受けた武力攻撃事態であれば、「かちいくさ」であろうが「まけいくさ」であろうが、防衛のために戦わざるを得ないかもしれませんが、日本が攻撃を受けた訳でもないのに武力行使する「存立危機事態」では、日本がイニシアティブを握って事態をコントロールすることなどほぼ不可能であり、実質的には米軍のオペレーションの下、その二軍として戦線の一翼を担う存在になることは明らかだということです。
 法案に「歯止め」があるのかどうかという論点からずれてしまったかもしれませんが、あいまいな基準で「存立危機事態」を認定してしまった「その後」どうなるのか?ということを、しっかりと認識すべきだと思います。
 

4、最近日本の周辺、具体的には中国や北朝鮮などを指すことが多いようですが、危機が迫っている、中には中国が領土の拡大を企んでいる、といった話までネット上などでは騒がれているようです。実際のところはどうかわかりませんが、もしこのような事態が本当に起こり得るとしたら、今回の法案で認められようとしている「集団的自衛権」や、自衛隊の活動が世界に広がることが、そういう危機を回避する手助けになるのかどうか?「抑止力」という言葉がありますが、この法案が本当に「抑止力」になるとお考えか、それぞれご意見をお聞かせください。
 
(金原)私が冒頭で申し上げたことを思い出していただきたいのですが、法律を作ったり改正したりする以上、何らか法律で対処しなければならない社会的事象、すなわち「立法事実」があり、その「立法事実」を踏まえて、このように事態を改善したいという「立法目的」があり、そしてそれを達成するための手段としての法的措置がある訳です。
 仮に、中国や北朝鮮の軍事的膨張が存在し、それが日本の安全保障上の脅威を増大させており、現在の法体系ではそれに対応できないのであれば、そこに「立法事実」「立法目的」が存在することになります。
 この点についても、色々問題はありますが、時間の都合ではしょることにして、ここでは、中国や北朝鮮による軍事的脅威が増大しており、それに対して日本の安全保障上何らかの対処が必要であると仮定して、その目的を達成するための手段として、現在審議中の安保関連法案の内容が適切なのか?ということを考えてみたいと思います。
 一口に「安保関連法案」と言っても、集団的自衛権行使と後方支援・協力支援とPKOを一緒くたにする訳にもいきませんが、まず、法改正を口にする以上、「今の法制だとこれはできるが、あれはできない」ということをしっかりと確認し、今できることで十分対処できるのではないか?あるいは不十分だとしても、この改正内容は、本当に「立法目的」達成のために合理的な手段なのか?という吟味が絶対に必要であり、しかも、立証責任は、まず、現状を変更しようとする方が負うというのが大原則ですから、反対派としては、賛成派の論証が成功しているかどうか、とりあえずは「高見の見物」をすれば良いのです。 まあ、そう言っていては議論になりませんので、一応私の意見を述べることにします。 まず、現在の法制で対処できるのではないか?ということです。現在の日本の有事法制の中核は、武力攻撃事態法周辺事態法です。
 武力攻撃事態とは、要するに日本が侵略された場合に、個別的自衛権を行使してこれを排除するための法制です。ちなみに、その場合、日本が米国に救援を求めるとすれば、その根拠は日米安保条約5条であって、この場合、米国は「自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動」することを日本に約束しています。米国は、自動的な参戦義務など負っていませんので、誤解されませんように。従って、日本が、中国や北朝鮮から武力攻撃を受けたのであれば、武力攻撃事態法日米安保条約で対処することになるのであって、「存立危機事態」など不要です。
 次に、周辺事態法は、主には朝鮮有事を想定して合意した1997年版日米ガイドラインを踏まえて制定された法律であり、米軍に対する自衛隊の「後方地域支援」を行うことを主目的としています。要するに、北朝鮮と韓国軍や米軍が交戦状態に入った場合にどうするかということであって、北朝鮮が日本にミサイルを発射した場合の話ではありません。そういう場合は、先に述べた武力攻撃事態となります。
 それでは、一体、新安保法制でやろうとしている「今はできないこと」とは何でしょうか?それは本当に中国や北朝鮮に対する抑止力向上に役立つのでしょうか?
 やろうとしていることの中核は、「存立危機事態」なる曖昧な要件で、日本が武力攻撃を受けてもいないのに、自衛隊に「防衛出動」を命じることができるようにするということと、「周辺事態」や「非戦闘地域」という制限を取り払い、世界中どこへでも自衛隊を派遣して、米軍等の兵站(後方支援または協力支援)に従事させることができるようにするということです。
 これのどこが中国や北朝鮮に対する抑止力を向上させることになるのですか?海外派遣のオペレーションに対応するためには、そのような任務に即応できる部隊編成が必要となるのが当然で、その分、日本防衛が手薄になるのは見やすい道理です。
 推測するに、同盟国である米国のコミットメントをより確保するために(つまり、日本有事の際に米軍に確実に参戦してもらうために)、対価としての日本からのサービスを奮発し、「見捨てられ」恐怖を払拭したいということなのかと思われますが、そもそも抑止力が効果を発揮するかどうかは、相手国(中国や北朝鮮)が、「抑止されている」と考えるかどうかにかかっているのであって、自衛隊が世界中で米軍の2軍となることによって、中国や北朝鮮が、「より抑止された」と感じるとは到底思えませんけどね。
 第一、「同盟」というのは一種の取引なのですから、互いに、出来るだけ自国の負担を軽減しつつ、出来るだけ多くの果実を得たいと考えるのが当たり前であって、今年4月27日に合意された新日米ガイドラインを一読して私が最も驚いたことは、日本の負担を増加させる約束は次々と出てくるのに対し、これに見合う米国の負担増加(あるいは日本の負担軽減)はどこにも出てこないということでした。
 この他にも、本気で中国や北朝鮮による侵攻を心配するのなら、まず真っ先にやらなければならないのは原発全基廃炉であるにもかかわらず、中国に最も近い鹿児島県川内原発を再稼働したこと自体、安倍政権が本気でそんな心配などしていない証拠である、ということも付け加えておきます。 
 

5、本来、ほとんどの人は戦争など望んでいないはずですし、この法案を通そうとする側も「戦争を回避するため」という意見がほとんどだと思います。一方、反対している側も「戦争にならないため」というのが反対の理由になっています。今回の安保法案で、戦争にならないための「抑止力」が高まると考える人も多いでしょう。確かに全くの丸腰のままでは、本当に他国の攻撃を受けそうになった時にどうするのか、という意見も少なくありません。 しかし、武力を前提とした「抑止力」が、本当に世界の平和、世の中から戦争をなくすことに繋がるのかどうかという意見もまた一方であります。武器を持った自衛隊が海外へ出て行って、本当に国際貢献ができるのか、他に方法があるのではという考えもあるかと思いますが、そのへんについてのご意見をお伺いします。
 
(金原)現行の法制で何が出来るのか、今回の安保法案でさらに何が出来ることになるのか、ということについてはあらましご説明したかと思います。従って、「抑止力」に関わる私の意見はそれに譲りたいと思います。
 ただし、PKO協力法改正案については、お話する時間がありませんでした。民族対立や宗教対立、それに資源争奪などから発生する武力紛争が悲惨なジェノサイドに発展する悲劇を私たちは何度も目撃してきました。そのような事態の解決に日本がどのような貢献をなし得るのかということは、真剣に議論する必要があるでしょう。
 ただし、その前提としては、①紛争の実態についての正しい認識、②支援のための枠組の国際的正統性、③憲法との適合性と国民の覚悟など、検討すべき課題は多岐にわたります。
 ただし、自衛隊の海外への派遣、それも武力行使せざるを得ない事態となる可能性が高い地域・場面への派遣には憲法改正が必要だと私は思います。
 東京外国語大学教授の伊勢﨑賢治さんがかねて主張しておられることですが、自衛隊には「軍法」がありません。「軍法会議」もありません。もちろん、陸海空軍の保持を禁止し、特別裁判所の設置も禁じた日本国憲法との関係からです。
 これは二重の意味で問題です。一つには、PKOの場合、国連と派遣先国との間で、PKO要員の刑事免責が合意されるのが一般であるため、その代わりに、要員に非違行為があった場合には、所属国の「軍法」でしかるべく迅速に処罰するという担保が必要であるにもかかわらず、それが出来ていないということがあります。
 他方、国外犯処罰規定のある犯罪に形式上触れる行為が自衛隊員にあった場合、それは帰国後、通常の裁判所で「刑事事件」として処罰される可能性があります。たとえ、上官の命令に従っただけであっても、刑法犯として処罰される可能性はある訳です(裁判所が「正当業務行為」として無罪とする可能性ももちろんあるのですが。いや、その前に検察官が起訴しないかもしれませんが)。
 従って、憲法を改正して「軍法」を定めない限り、自衛隊を戦地に派遣してはいけないというのが伊勢﨑教授の意見であり、私も同感なのです。
 このような問題もあるのだということを認識していただければと思います。
 

6、最後に、お一人ずつ言い残したこと、何かメッセージなどあればお聞かせください。
 
(金原)言いたいことはまだまだいっぱいあります。あり過ぎて困ります。特に、今日、賛成派として登壇されるのが、日本会議紀南支部役員の方だと聞き、是非これはご意見を伺いたいものだと思ったことの1つは、天皇制についてでした。
 とりわけ、今上陛下の「御意」にあからさまに背く政策を次々と遂行しているように思える安倍政権の振る舞いを、どのように評価しておられるのかは、是非じっくりと伺いたいと思っていましたが、安保法案だけの問題ではありませんし、時間もないことなので、これはまたの機会にと思います。
 私が最後に1点だけ申し上げるとすれば、それは「徴兵制」についてです。もちろん、今の憲法下で徴兵制を実施することは不可能という点においては、とりあえず、私も政府も結論としては一致しています。
 私が言いたいのはそのことではありません。 
 憲法9条2項を削除して、軍隊の保有を正面から認めるべきだという主張があり、おそらく今日、安保法案賛成の立場で登壇されたお2人もそのようなご意見ではないかと思います。
 もしも、そのような内容の憲法改正案が発議され、国民投票の結果、投票所に足を運んだ18歳以上の国民の過半数がこれに賛成したら、晴れて日本軍が誕生するのですが、その時、徴兵制はどうなるのでしょうか?
 おそらく、いきなり徴兵制の施行ということはないでしょう。しかし、将来的な選択肢として徴兵制は必ず浮上してきます。
 というよりも、近代国民国家の成立以来、常備軍の保有と徴兵制は分かちがたく結びついてきました。身分制社会では基本的に徴兵制ということはありません。江戸時代にも戦国時代にも、徴兵制などはありませんでした。
 国家は、国民が主体(主権者)となって作り上げたものだという建前で成り立つ近代国民国家にあっては、国防は傭兵を雇えば良いというようなものではなく、国民全体で義務を分担する常備軍が担うものとなりました。この制度は、人はみな神の前では平等(一神教を奉じないところでは、法の前の平等となっていく)という原理と分かちがたく結びついています。
 さて、日本軍の創設です。日本が再び軍隊を持つということは、再び徴兵制が復活するかもしれない国になることを選択するということです。
 考えてもみてください。金持ちの息子や、有力な政治家の子どもであれば、兵役に就く必要はなく、戦地には、貧乏人の子どもを兵士にして送ればいいと言うのですか?そういう制度を認めるのですか?
 今は徴兵制を施行していない国でも、かつて多くの国で徴兵制を実施していましたし、今後、状況の変化によっては復活することもあり得るでしょう。
 近代国民国家が軍隊を持つということは本来そういうことなのだと思います。
 9条2項を廃止して軍隊を持つという提案に賛成だという人は、その選択が、将来、自分の子どもや孫が、自ら望まなくても戦地に送られる可能性を生じさせることに道を開く選択なのだということを十分に理解していただきたいと思います。
 私が最後に申し上げたいことは以上です。
 今日は、このような貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。