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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

憲法53条後段に基づく臨時会召集要求と国会の先例について

 今晩(2015年10月21日)配信した「メルマガ金原No.2250」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
憲法53条後段に基づく臨時会召集要求と国会の先例について

 史上最長の会期延長が行われた第189国会(常会)も9月27日に幕を閉じました。
 そもそも、常会は「毎年一月中に召集するのを常例」とされており(国会法2条/12月開会だった時
代もある)、その会期は150日間と定められているため(同法10条)、延長がなければ6月中に会期が終わることになります。常会では1回に限って会期延長が認められています(同法12条2項)が、過去10年間を振り返ってみても、常会の終了日はばらばらですが、いずれにせよ、秋には臨時会が開かれるのが通例となっています。
 ここ10年間の常会の召集日と終了日を衆議院ホームページの中の「国会会期一覧」から抜き出してみます。
 
2014年 召集日:1月24日 終了日:6月22日(延長なし)
2013年 召集日:1月28日 終了日:6月26日(延長なし)
2012年 召集日:1月24日 終了日:9月8日
2011年 召集日:1月24日 終了日:8月31日
2010年 召集日:1月18日 終了日:6月16日(延長なし)
2009年 召集日:1月 5日 終了日:7月21日
2008年 召集日:1月18日 終了日:6月21日
2007年 召集日:1月25日 終了日:7月 5日
2006年 召集日:1月20日 終了日:6月18日(延長なし)
2005年 召集日:1月21日 終了日:8月 8日

 過去10年間で最も常会の終了が遅かった2012年にも、その後、10月29日に臨時会が召集され、その会期途中の11月16日に野田佳彦首相(民主党)が“自爆解散”を行ったことはまだ記憶に新しいところです。
 第2次安倍政権が誕生した後に召集された2013年と2014年の常会はいずれも会期延長は行われませんでしたが、臨時会は次のとおり開催されています。
 
2013年 8月2日~8月7日(参議院通常選挙後の臨時会)
2013年 10月15日~12月8日
2014年 9月29日~11月21日(11月21日に衆議院解散)
      
 ところで、以上のようなことを調べてみようと思い立ったのは、言うまでもなく、野党による臨時会(臨時国会)召集の要求にもかかわらず、政府が一向にその気配を示さぬため、本日(10月21日)、野党5党が憲法53条に基づき、臨時国会の召集を求めたからです。
 
朝日新聞デジタル 2015年10月21日12時32分
野党5党、臨時国会召集を要求 憲法規定に基づき

(引用開始)
 野党5党は21日午前、憲法53条の規定に基づいて衆院議員の4分の1以上の名簿を添えて、臨時国会の召集を大島理森衆院議長に求めた。午後には山崎正昭参院議長に対して同様の署名を提出する。過去
には召集の求めに応じなかった例があり、安倍政権も見送る方向だ。野党はさらに反発を強めそうだ。
 民主、維新、共産、生活、社民の5党と無所属の125人(定数475)が署名した。憲法53条は、
衆参どちらかの総議員の4分の1以上の求めがあれば、内閣は召集を決めなければならないと定めている。大島議長は菅義偉官房長官と自民、公明両党の国会対策委員長に野党側から召集要求があったことを伝えた。
 しかし、憲法に時期の規定はなく、最終的には内閣の判断に委ねられる。自民党佐藤勉国会対策委員長は21日、「閉会中審査を求められれば、できるような方向付けをしたい」と語り、予算委員会を開く
ことで対応する可能性を示した。
(引用終わり)
 
 上記記事で引用されている憲法53条を読んでみましょう。
 
日本国憲法
第五十三条 内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。
 
 この規定で、内閣が臨時会の召集の「決定」をすることができるとなっているのは、「召集」すること自体は、内閣の助言と承認に基づく天皇の国事行為だからです(憲法7条2号)。
 さて、後文の「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」に基づいて、過去臨時会が召集された先例があるのかといえば、30回以上もあるようなのです。
 以下は、フリーライターの上村吉弘さんの文章からの孫引きであり、しかるべき典拠による裏付けはと
れていないことをお含みの上お読みください。
 
開かなくてもいい?臨時国会召集の要件とは
(抜粋引用開始)
2回召集されなかったことも
 過去に総議員4分の1以上の要求は35回(うち1回は衆院の重複)行われましたが、このうち2回は翌年の
通常国会まで召集されませんでした。いずれも特別国会最終日に要求が出され、1回は53日後の2004年1月19日に第159回通常国会が召集され、もう1回は要求提出80日後の2006年1月20日に第164回通常国会が召集されており、日程調整の難しさも影響したようです。前例に倣えば召集の義務はなさそうですが、今年は何かと違憲論議が熱いので、与野党の対応に注目です。
(引用終わり)
 
 そこで、もう一度「国会会期一覧」を眺めながら、野党の臨時会召集の要求に政府が応じなかった際の前後の議会召集状況を調べてみました。なお、特別会というのは、衆議院解散総選挙が行われた後に召集することが義務付けられている国会です。
 
常会 2006年1月20日~同年6月18日
特別会 2005年9月21日~同年11月1日
常会 2005年1月21日~同年8月8日(同日いわゆる郵政解散) 
 
常会 2004年1月19日~同年6月16日
特別会 2003年11月19日~同年11月27日 
臨時会 2003年9月26日~同年10月10日(同日衆議院解散)
 
 憲法53条後段による臨時会召集要求が行われながら、召集に至らなかった先例は、いずれも衆議院解散総選挙後に召集された特別会の会期が終了した後の召集要求であったこと、要求が行われた時点で既に11月に入っていたことが認められます。
 
 これに対し、もしも伝えられるように、安倍政権が臨時会の召集を決定せず、次の国会は来年1月に召集される常会となったと仮定すると、おそらく、日本国憲法施行後、常会から次の常会までの間に、臨時会も特別会も全く召集されなかった初の例となるものと思われます。
 何度か引用した「国会会期一覧」にざっと目を通した結果、「そのはずだ」と判断したのですが、皆さ
んも一度「常会」から「常会」に連続しているところがあるかどうか、確認してみてください。
 第13回と第14回の常会が連続していますが、これは1955年に廃止された常会の「前倒し」召集
の規定に基づくものであって、特殊な例外です。
 
 たしかに、「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求」があった場合でも、「〇〇日以内に、その召集を決定しなければならない」という定めはありませんから、内閣に、それなりの裁量の余地があることは憲法も容認していると解すべきなのでしょう。
 しかしながら、もしも安倍政権が臨時会の召集を決定しなければ、過去の先例を超え、召集要求から次期常会が召集されるまでの最長日数記録を更新することはほぼ確実です。
 しかも、解散総選挙があった訳でもないのに、常会から常会の間に臨時会を1度も召集決定しなかった初の例となる訳です。
 
 9月27日の常会終了から次の常会が召集される来年1月まで、場合によっては4か月もの間、国会が開かれないという事態を、憲法は容認しているのだろうか(53条後段に基づく召集要求がなされたにもかかわらず)ということについて、多くの国民に考えていただきたいと思い、いささか先例を調べてみたという次第です。
 
 なお、憲法53条後段に基づく臨時会召集要求があった場合の手続について定めた国会法の規定はなく、先例に基づいて運用されています。
 各議院の先例集が手元にあれば良いのですが、あいにくそのようなものはないので、インターネット検索を試みたところ、国立国会図書館近代デジタルライブラリーというコーナーに、昭和30年2月版の衆議院先例集のデジタル画像データがアップされていました。
 いささか古い文献ですが、先例を調べるのなら意味があるということで読んでみました。憲法53条後
段に関する先例については、本文9~10頁に記載があります。短いものなので引用します。
 
衆議院先例集 昭和30年2月版
(引用開始)
一二 議院の総議員四分の一以上の要求又は内閣の必要に基き、臨時会が召集される。
議院の総議員四分の一以上から臨時会の召集を要求し、これにより内閣が召集を決定した臨時会は、第三
回、第六回(参議院議員からも要求した。)、第九回(同上)、第十一回(同上)、第十七回、第十八回及び第二十回国会(参議院議員からも要求した。)の七国会であり、議院の要求なしに召集されたのは、
第八回及び第十二回国会の二国会である。
なお、議院の総議員四分の一から臨時会の召集を要求し、内閣が臨時会の召集を決定したときは、即日、
内閣総理大臣からその旨議長宛に通知するのを例とする。
一三 臨時会召集要求書は、即日内閣に送付する例である。
議院の総議員四分の一以上の議員から、内閣総理大臣宛の臨時会召集要求書が提出されたときは、議長は
、即日これを内閣に送付する例である。即ち、臨時会召集要求書は、七回提出されたが、最初の二回は翌
日送付した外、すべて即日内閣に送付している。
(引用終わり)
 

(忘れないために)
 「自由と平和のための京大有志の会」による「あしたのための声明書」(2015年9月19日)を、「忘れないために」しばらくメルマガ(ブログ)の末尾に掲載することにしました。
 
(引用開始)
  あしたのための声明書
 
わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。
 
わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。
 
わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。
 
わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。
 
きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。
 
わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。
 
     自由と平和のための京大有志の会
(引用終わり)