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自民党改憲案・緊急事態条項はナチス授権法の再来か?~海渡雄一弁護士の論考を読む

 今晩(2016年2月3日)配信した「メルマガ金原No.2355」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
自民党改憲案・緊急事態条項はナチス授権法の再来か?~海渡雄一弁護士の論考を読む

 2015年1月19日の参議院予算委員会における社民党福島みずほ議員と安倍晋三首相による緊急事態条項をめぐる「ナチス授権法問答」は、いろいろな意味で話題を集めました。
 まずは、その映像を参照しておきましょう。公式の会議録はまだインターネットにはアップされていませんので、一部文字起こししました。
 
参議院インターネット審議中継
  ↓
「審議中継カレンダー」から「1月19日」を選択してクリック
  ↓
「会議を検索」から「予算委員会」を選択してクリック
  ↓
「発言者一覧」から「福島みずほ社会民主党護憲連合)」を選択してクリック
 
YouTube 安倍【ナチスの授権法】に反論vs福島みずほ1/19 参院・予算委(8分54秒)

(7分01秒~) 
福島みずほ議員 まさに、内閣限りで、法律と同じ効力を持つことができるのであればですね、これはナチスドイツの国家授権法と全く一緒です。これは許すわけにはいきません。
(7分37秒~)
安倍晋三内閣総理大臣 先ほどナチスの授権法という、いささかちょっとこれ限度を超えた批判がございました。我々が出しているですね、緊急事態に関する憲法改正のこの草案につきましては、これ諸外国のですね、多くの例があるわけでございまして、まさに国際的に、これ、多数の国がですね、採用している憲法のこれ条文であろうと、こう考えているところでございますから、是非そうした批判は慎んでいただきたいと、このように思うところでございます。
 
 はたして、自民党「日本国憲法改正草案」における「第九章 緊急事態」が「ナチスドイツの国家授権法と全く一緒」と評することが適切なのか否か、ワイマール憲法下で制定された授権法(全権委任法)についての知識がなければ、判断のしようがありませんよね。 ただし、授権法についての知識があろうがなかろうが判断できるのは、野党議員の質問に対して「そうした批判は慎んでいただきたい」と言い放つ総理大臣などこれまでいたためしがなかったということです(「バカヤロー」とつぶやいた首相はいましたが)。この点を、1月25日付のご自身のサイト「直言」に掲載した「なぜ、いま緊急事態条項なのか――自民党改憲案の危うさ」の中で指摘したのが水島朝穂早稲田大学教授でした。
 
 そこで、ナチス授権法(1933年)ですが、ウイキソースその他、いくつものサイトで原文を読むことができるようですが、原文と日本語訳の両方が読めるサイトとして、とりあえず以下のサイトなどをご紹介しておきます。
 
ジェンダー視点で歴史を読み替える 比較ジェンダー史研究会
【史料】全権委任法(1933年)

 
 とはいえ、日本語訳を読めたからといって、その意義を理解できるというものではなく、信頼できる専門家の解説という手引きがどうしても必要でしょう。
 ちょうど、一昨日(2月1日)、先ほどご紹介した「直言」の今週号で、水島朝穂教授が「ドイツ基本法の緊急事態条項の「秘密」」をアップされ、その中で「2002年に法律時報臨時増刊『憲法有事法制』に書いた論文「緊急事態法ドイツモデルの再検討」を、一部省略して転載」されていましたのでご紹介したいと思います。
 
 
 ただし、2002年の水島教授による論考は、主には、2003年に成立することになる武力攻撃事態法等の有事法制との関連で論じられたものであり、2012年版自民党改憲案など影も形もなかったことは(当たり前ですが)認識しておかねばなりません。
 
 そこで、1月19日の参議院予算委員会における「ナチス授権法問答」の1週間後、海渡雄一(かいどゆういち)弁護士によって書かれた「自民党改憲案緊急事態条項はナチスの1933授権法と1938国家総動員法の再来だ!-緊急事態条項は、国会の自殺につながりかねない-」という論考をご紹介しようと思います。
 これは、いくつかのMLに「転載歓迎<自民党改憲案緊急事態条項はナチスの授権法の再来だ」というタイトルで投稿され、NPJをはじめ、既にいくつかのサイトに「転載」されているようです。
 
 
 私が目にした某MLへの海渡弁護士のメッセージは以下のようなものでした。
 
「安部政権の進める緊急事態条項改憲のもつ深刻な意味について一文をまとめてみました。授権法の制定の経過と内容、それがナチスの崩壊まで効力を持ったこと、日本国憲法に緊急事態条項がないことは憲法9条と人権保障の不可侵性と一体で理解すべきこと、過去に緊急事態条項が濫用された歴史などについてまとめました。ぜひ、ご覧下さい。」
 
 海渡先生が、パートナーの福島みずほ議員のために援護射撃しようと考えたのかどうかは分かりませんが、相当に急いで書かれたようで、冒頭いきなり「安倍政権は、ついに2015年1月の通常国会の開会を機に」という誤記で始まります(以下の全文引用では、私の判断で「明白な誤記」数カ所を訂正しておきました)。
 文章の趣旨から考えて、1日も早く公表することを優先し、厳密な校正まで手が回らなかったのかもしれません。

 既に1週間以上が経過してしまいましたが、緊急事態条項の危険性を訴えるのに、遅過ぎるということはないはずであり、「転載歓迎」ということですから、私のメルマガ(ブログ)でも、海渡雄一弁護士の論考を全文転載させていただくことにしました。
 時間があれば、末尾の参考文献に直接あたって検討すれば、より一層理解が深まるのではないかと思いますが、まずは海渡弁護士の緊急論考を熟読されますことをお勧めします。
 
(全文引用開始)
                                       2016年1月26日
 
 自民党改憲案緊急事態条項はナチスの1933授権法と1938国家総動員法の再来だ!
          -緊急事態条項は、国会の自殺につながりかねない-
 
                                           海渡 雄一
 
内容
1 自民党改憲案における緊急事態条項
2 ナチス授権法と同じという批判は度を超しているか?
3 ナチス授権法の立法経過とその内容、その後
4 授権法に倣った国家総動員
5 なぜ、日本国憲法には緊急事態条項がないのか
6 戦時は常態化し、永続化する危険が高い
7 緊急権規定は濫用されてきた
8 緊急事態条項を作らない決断から生まれる真剣な平和への努力
9 民主主義と立憲主義の命運を掛けた闘い
参考文献
 
1 自民党改憲案における緊急事態条項
 安倍政権は、ついに2016年1月の通常国会の開会を機に、夏の参院選の争点に憲法改正を掲げ、明文改憲に突き進もうとしている。そして最初のターゲットされているのが、緊急事態条項である。
 これは、民主主義の抹殺につながりかねない劇薬であり、「お試し改憲」などと言う生やさしいものではない。自民党改憲案を見てみよう。
「第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。(以下略)」
「第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。」
としている。
 
2 ナチス授権法と同じという批判は度を超しているか?
 福島みずほ参議院議員は2016年1月19日の参院予算委員会において、「国会は唯一の立法機関です。しかし、内閣が法律と同じ効力を持つことができる政令を出すのであれば、立法権を国会から奪うことになる。国会の死ではないでしょうか。」「まさに内閣限りで法律と同じ効力を持つことができるのであれば、これはナチス・ドイツの国家授権法と全く一緒です。これは許すわけにはいきません。」と質問した。これに対して、安倍首相は「先ほどナチスの授権法という、いささかちょっとこれ限度を超えた批判がございました。我々が出している緊急事態に関する憲法改正のこの草案につきましては、これ諸外国に多くの例があるわけでございまして、まさに国際的に多数の国が採用している憲法の条文であろうと、こう考えているところでございますから、是非そうした批判は慎んでいただきたいと、このように思うところでございます。」と応えた。自民党改憲案がナチス授権法と同じという批判は本当に度を超しているのだろうか。歴史と事実に基づいて検証してみたい。
 
3 ナチス授権法の立法経過とその内容、その後
(1)ナチスの権力掌握

 自民党改憲案がナチスの授権法と似ているのは、政令が法律の変わりとなり、人権が制約されてしまう点である。
 ヒトラーは1933年1月首相になった。しかし、この段階では国会の多数は構成できていない。ヒトラーは国会を解散し、4年間の政権委任を訴える選挙キャンペーンを行い、この選挙中の2月27日にドイツ国会議事堂放火事件が発生した。ヒトラーはこれを共産主義者によるものと決めつけ、大統領に要請し、共産主義暴動の発生に対応するためとして、「民族と国家防衛のための緊急令」などを布告させた。ヒトラーはこの大統領令に基づいて、国会議員を含む多数の共産党員・社会民主党員を逮捕・予防拘禁した。このような異常な選挙の結果、ナチスは288議席、連立を組む国家人民党は52議席を得て、議会の過半数を獲得した。社民党は120、共産党は81議席を得たが、ヒトラー共産党社民党の議員がほとんど出席できない状態で、ポツダムにおいて3月21日議会を開き、「民族および国家の危難を除去するための法律案」(全権委任法・授権法)を国家人民党と共同で提出した。
(2)授権法の全文とその審議
 この法律は全5条からなる簡単なもので、そのポイントは議会から立法権を政府に移譲するものであった。
 授権法全文
「前文:国会(ライヒスターク)は以下の法律を議決し憲法変更的立法の必要の満たされたのを確認した後、第二院の同意を得てここにこれを公布す。
1.ドイツ国の法律は、憲法に規定されている手続き以外に、ドイツ政府によっても制定されうる。本条は、憲法85条第2項および第87条に対しても適用される。
2.ドイツ政府によって制定された法律は、国会および第二院の制度そのものにかかわるものでない限り、憲法に違反することができる。ただし、大統領の権限はなんら変わることはない。
3.ドイツ政府によって定められた法律は、首相によって作成され、官報を通じて公布される。特殊な規定がない限り、公布の翌日からその効力を有する。憲法68条から第77条は、政府によって制定された法律の適用を受けない。
4.ドイツ国と外国との条約も、本法の有効期間においては、立法に関わる諸機関の合意を必要としない。政府はこうした条約の履行に必要な法律を発布する。
5.本法は公布の日を以て発効する。本法は1937年4月1日と現政府が他の政府に交代した場合、いずれか早い方の日に失効する。」
 中央党はこれに賛成した。議会に出席できたドイツ社民党のオットー・ヴェルス党首は唯一の反対演説を行った。その演説は次のような内容であった。
 「暴力による平和からは、いかなる繁栄も生まれない。真の民族共同体というものはそうしたものに基礎を置くことは出来ない。その第一の前提は平等の権利である。自由と生命を奪いとることはできても、名誉はそうはいかない(Freiheit und Leben kann man uns nehmen, die Ehre nicht.)。社会民主党が最近被った迫害にてらして言えば授権法への賛成を我々に要求したり期待することなど誰にも出来ないはずである。3月5日の選挙の結果、政府与党は多数を獲得し、憲法の文言と目的に忠実に統治することが可能になったのではないか。こうした可能性が存するところでは、そうする義務も存在する。およそ批判とは有益なものであり、必要でもある。ドイツに国会が生まれて以来、民族の代表者が政治に関与し参画することが今日のように排除されたことはいまだかつてなかったことである。新たな授権法が成立すれば、こうした状況がさらに加速されるであろう。革命の続行のために国会を真先になくしてしまうこと、それが君達の要求なのだ。しかし、現に存在するものを破壊することが革命ではない。法というヴェールをかけたとしても、暴力による政治という現実を覆い隠すことは不可能である。いかなる授権法も永遠かつ不変の理念を抹殺することはできない。社会主義者鎮圧法が社会民主主義を抹殺しえなかったように、新たな迫害の中からドイツ社会民主党は新たな力を汲み取るであろう」1
 この法律は、形式的にはワイマール憲法の改正手続を践んでいたが、近代的な立憲主義を公然と否定した独裁立法であり、謀略と弾圧によって実現されたといえるだろう。
(3)授権法はドイツの敗戦まで効力が存続した
 授権法は前文に示したとおり、1937年4月1日が期限とされていた。当初政府省庁は「ライヒ立法に関する法律」を制定し、指導者兼首相に立法権が存在するということを明文化しようとした。ヒトラーは当初この案に賛成していたが、「心理学的理由」からこの立法を拒否し、授権法を延長することとした。1939年にも同様の措置がとられた。
 1943年には『政府立法に関する指導者命令』が発せられた。授権法に基づく政府の権限は引き続き行使できることとなった。この命令には「国会がこの措置を批准することを留保する」という文言が存在したが、国会はこれ以降開かれず、批准措置がとられることはなかった2。
 1945年9月20日、ドイツを占領していた連合国管理理事会は「ナチス法の廃止に関する管理理事会法第1法律」を発し、他のナチス政権下に成立した複数の法律とともに、授権法と関連する法令の廃止を宣言した。結局、ドイツの敗戦まで、授権法体制は続き、国会は復活できなかったのである。
 
4 授権法に倣った国家総動員
 大日本帝国憲法には、天皇が国家緊急権を行使する規定が存在した。緊急勅令制定権(8条)、戒厳状態を布告する戒厳大権(14条)、非常大権(31条)、緊急財政措置権(70条)などが定められていた。
 戦前の日本において、緊急勅令という制度があった。自民党改憲案は、戒厳制度と緊急政令制定権を併せたもので、大日本帝国憲法にも似ている。
 この制度に基づいて制定された有名な法律に、1928年の治安維持法改正案がある。適用範囲を「目的遂行」行為にまで拡大し、罰則を死刑にまで引き上げた。
 また、ファシズム的な立法としては、この治安維持法、秘密保護法の母法と言うべき軍機保護法国防保安法などが有名であるが、戦時体制の総仕上げの意味合いを持った法律が国家総動員法であった。
 国家総動員法は、日中戦争が本格化した1937年の翌年、1938年に制定された。総力戦遂行のため国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用できることを規定した法律となっている。資源の動員のための統制が基本であるが、労働争議の制限や新聞や出版の制限までを含む、戦争遂行のための総合的な法律であった。また、この法律は、施行の詳細はすべて勅令(緊急勅令ではない)に委任されており、その立法形式は前述のナチス授権法に倣ったとも言われる。安倍政権は、授権法に倣って、国家総動員法体制の再構築を企図しているようだ。
 
5 なぜ、日本国憲法には参院の緊急集会以外に緊急事態条項がないのか
 日本国憲法には、衆議院の解散中で国会が開催できない時に緊急事態が生じたときの「参院緊急集会」に関する憲法54条の規定以外に緊急事態に関する条項はない。
 このことをどのように解釈するか、憲法学者の意見は分かれているが、もっとも素直な考え方は、戦前のファシズムの反省に立って、緊急事態条項を置かないという選択をしたものと考えられる。憲法を制定した第90帝国議会の討議3では、大日本帝国憲法31条を引いて、緊急時に国民の人権を停止する制度が必要ではないかという議員の質問に対して、国務大臣金森徳次郎が次のように答弁している。
「今御示シニナリマシタヤウナ場合ヲ予想スルコトハ可能デアルト思フノデアリマス現行憲法ニ於キマシテモ、非常大権ノ規定ガ存在シテ居ツタコトハ今御示シニナツタ通リデアリマス併シナガラ民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス言葉ヲ非常ト云フコトニ藉リテ、其ノ大イナル途ヲ残シテ置キマスナラ、ドンナニ精緻ナル憲法ヲ定メマシテモ、口実ヲ其処ニ入レテ又破壊セラレル虞絶無トハ断言シ難イト思ヒマス、随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス、現行憲法ニ於キマシテ、二段ニモ三段ニモ斯様ナ非常ナ場合ニ応ズル用意ガアツテ、謂ハバ極メテ用意周到デハアツタノデアリマスガ、実際左様ノ手段ガ明白ニ用ヒラレタ場合ハナカツタヤウニ思ツテ居リマスデアリマスカラ余リニモ苦労シ過ギルヨリモ寧ロ自由保障ノ安全ヲ期シタ訳デアリマス」
(衆憲資第87号 「『緊急事態』に関する資料」 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局 14ページ)
 まさに、戦前の反省を踏まえ、「行政権の自由判断の余地を出来るだけ少なくするように考えた」というのである。緊急事態条項にもとづく法律に代わる政令は、最後は国民総動員、国民総監視、徴兵制反戦運動の非合法化、報道機関の事前検閲・国家統制まで突き進む危険性が強い。歴史的に存在した戒厳令、戦時体制の多くが戦争に反対する・協力しない個人・団体に対して致命的な人権侵害を引き起こしてきた。日本や独伊のファシズムの歴史はこのことを冷厳な歴史的事実として教えてくれる。緊急事態条項は、営々として築き上げられてきた人権保障のシステムや人権のスタンダードを一気に無効化してしまう魔力を持っている。このことを反省して作られた緊急事態条項をもたない憲法を、易々と変えることは許されない。
 
6 戦時は常態化し、永続化する危険が高い
 現代の戦争の性格からして、戦争には終わりがなく、泥沼化する。冷戦後の国際紛争の変化によって、古典的な国と国が宣戦布告をして戦争をするというパターンが崩れてきている。民族的・宗教的な少数派とテロリストを明確に区別することは困難である。
 9.11後にアメリカの起こした反テロ戦争は、イラクフセイン政権を対象としたイラク戦争をのぞいて、特定の国家を対象としておらず、テロリスト集団を対象としているため、国際法的にこれを終わらせる適切な外交手段が見あたらない。
 ドローン攻撃は、攻撃対象だけでなく周囲の市民を巻き込み、あらたなテロリスト予備軍を不可避的に作り出す。テロの根源はなくならず、世界全体が終わりのない戦争状態に突入していっているようにみえる。戦時は長期化し、緊急事態は永続化する可能性がある。
 
7 緊急権規定は濫用されてきた
 安倍首相は、緊急権規定は多くの国の憲法にもあると主張する。憲法に緊急権規定がある国も、ない国もある。英米法においては憲法自体に緊急権の規定はなく、コモン・ローや個別立法によって緊急事態が取り扱われてきた。
 他方で、大陸法のフランス、ドイツでは、フランス共和国憲法(第二、第四、第五共和制)、ドイツ帝国憲法ヴァイマル憲法ドイツ連邦共和国基本法に国家緊急権の規定が存在するのは事実である。
 しかし、緊急権規定はこれまでも濫用されてきたことを指摘しなければならない。まず、ドイツのワイマール憲法48条の大統領非常権限は、14年間に250回も濫用され、それが授権法を生み出し、立憲主義の死につながった。水島朝穂教授は、156回参議院憲法審査会において、ワイマール憲法の失敗から、「ドイツ基本法は、当初、緊急事態に関する規定を一切持たず、1968年改正で包括的な緊急事態規定が導入された際にも、その濫用を制限する安全装置がビルトインされた。ドイツ基本法の緊急事態条項には次の三つの安全装置が組み込まれている。(1)緊急事態の認定権をぎりぎりまで議会に留保する、(2)防衛事態等に際して市民に義務を課す場合に憲法改正に匹敵する連邦議会の投票の3分の2の賛成を必要とする、(3)ゼネストなど対内的緊急事態の概念を除外する(87a条4項の限定化)」と報告している。
 また、フランスでは、アルジェリア危機等を契機として1958年に制定された第五共和国憲法には、緊急事態において大統領に強大な権限を付与する第16条の規定とともに、第36条に合囲状態が規定された(金原注:第36条は戒厳令についての規定)。ドゴール大統領は、1961年のアルジェリア危機の際に非常措置権を行使したが、内乱の終息後5か月も非常措置権を解除しなかった。
 このように、緊急事態条項は濫用される危険性があり、権力の座にあるものに抑制が欠けているときには、立憲主義を崩壊させる劇薬になりうる。
 
8 緊急事態条項を作らない決断から生まれる真剣な平和への努力
 日本国憲法9条は、戦争を放棄した。戦争を放棄し、緊急事態条項を持たないことによって、日本国憲法は国民が戦争を避け外交的な努力を通じて世界の平和を守ろうと努力することで、国の安全を保とうとする思想に立脚していると考えられる。
 小林直樹(東大教授 当時)は、『国家緊急権』(学陽書房、1979年)において、日本国憲法は、「旧体制の絶対主義的性格とミリタリズムの一掃をめざした画期的な平和=民主憲法であることによって、緊急権制度をあえて置かなかったと考える。」(同書181ページ)と解釈している。このような解釈は、先に引用した憲法制定議会における金森大臣の答弁とも合致する。この緊急事態条項を持たないという憲法の初心は、憲法9条の平和主義、そして言論表現の自由をはじめとする基本的人権を不可侵のものとして保障した自由主義と一体をなすものである。
 日本は、仏教の信徒が国民の大半を占め、いま世界に広がるキリスト教イスラム教の間の宗教的な不寛容の高まりに対して、宗教的に中立的な立場に立つことのできる位置にいる。また、G8諸国の中で、中東戦争に従軍したことがなく、イランやアラブ諸国と比較的によい関係を保ってきた。
 このような外交的なポジションを活かし、寛容と話し合いを呼びかけ、テロの根源を克服し、紛争地域に平和を取り戻していくために地道に取り組むことこそが、日本国憲法の考え方であり、世界に戦争とテロのない社会を創り、日本みずからの平和を守る手段であると信ずる。
 
9 民主主義と立憲主義の命運を掛けた闘い
 安部政権は、夏の参議院選挙(同日選か?)に勝利すれば、まず、緊急事態条項を憲法に取り入れ、戦争状態=緊急事態を作りだし、これを永続化すれば、国会=立法府の機能しない独裁体制を続けられると考えているのだ。
 諸外国にも国家緊急権制度はあるなどという説明にだまされてはならない。テロとの闘いは終わりのない戦争状態=緊急事態となりかねない。このような独裁政治の永続化を許してはならない。緊急事態条項を突破口とする安部改憲に抗する闘いは、民主主義と立憲主義の命運を掛けた、絶対に負けられない闘いだ。
 
参考文献
橋爪大三郎『国家緊急権』
2014年 NHKブックス

小林直樹『国家緊急権』1979年 学陽書房
国立国会図書館調査及び立法考査局 『主要国における緊急事態への対処:総合調査報告書』2003年
衆議院憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会『「非常事態と憲法」に関する基礎的資料』2003年。
・衆憲資第87号 「『緊急事態』に関する資料」 平成25年5月 衆議院憲法審査会事務局
・富永健「国家緊急権の法制化について」(『憲法論叢』第3巻、関西憲法研究会、1996年、71-90頁)
 
1 南利明「NATIONALSOZIALISMUSあるいは「法」なき支配体制-2-」、『静岡大学教養部研究報告. 人文・社会科学篇』第24巻第2号、1988年、199-223頁
2 南利明「指導者-国家-憲法体制における立法(一)」、『静岡大学法政研究』第8巻第1号、静岡大学、2003年10月、69-129頁
3 S21.7.15・衆・帝国憲法改正案13 回240 頁
(引用終わり)
 

(付録)
『世界』 作詞・作曲:ヒポポ田 演奏:ヒポポフォークゲリラ