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加藤典洋氏の「九条強化案」~『戦後入門』(ちくま新書)から

 今晩(2016年2月28日)配信した「メルマガ金原No.2380」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
加藤典洋氏の「九条強化案」~『戦後入門』(ちくま新書)から

 村上春樹論などで知られる文芸評論家の加藤典洋(かとう・のりひろ)氏(早稲田大学名誉教授)は、実質的なデビュー作『アメリカの影』(1985年/現在は講談社文芸文庫に収録)、高橋哲哉氏との論争が話題を集めた『敗戦後論』(1997年/現在はちくま学芸文庫に収録)など、「戦後」論の代表的論客の1人でもあります。
 ただし、私は加藤氏の良い読者などでは全然なく、今手元にある3冊の本も、全て昨年(2015年)購入したものであり、しかも、まだ読み切れていないという有様です。
 その読み切れていない内の1冊が、昨年10月にちくま新書から刊行された『戦後入門』という本文635ページにも及ぶ、とても新書とは思えない分量の著作です。
戦後入門 (ちくま新書)
加藤 典洋
筑摩書房
2015-10-06

 版元のホームページから、「この本の内容」と「目次」を引用してみます。
 
(引用開始)
この本の内容
日本ばかりが、いまだ「戦後」を終わらせられないのはなぜか。この国をなお呪縛する「対米従属」や「ねじれ」の問題は、どこに起源があり、どうすれば解消できるのか―。世界大戦の意味を喝破し、原子爆弾と無条件降伏の関係を明らかにすることで、敗戦国日本がかかえた矛盾の本質が浮き彫りになる。憲法九条の平和原則をさらに強化することにより、戦後問題を一挙に突破する行程を示す決定的論考。どこまでも広く深く考え抜き、平明に語った本書は、これまでの思想の枠組みを破壊する、ことばの爆弾だ!
この本の目次
はじめに―戦後が剥げかかってきた
第1部 対米従属とねじれ
第2部 世界戦争とは何か
第3部 原子爆弾と戦後の起源
第4部 戦後日本の構造
第5部 ではどうすればよいのか―私の九条強化案
おわりに―新しい戦後へ
※細目次はこちら
(引用終わり)
 
 どんな内容の本か、細目次を参照してもらえればおおよそ見当がつくかもしれませんが、著者が「あとがき」で、「この本を、高校生くらいの若い人にも、読んでもらいたい。大学生にも読んでほしい。そういうチャレンジの気持ちを、書き手として抑えられない。そういう人を説得できなければ、日本の平和主義に、未来などないに決まっているからである。」(632頁)と述べているとおり、とにかく読んでみなければとは思います。
 『戦後入門』は、「第5部 ではどうすればよいのか―私の九条強化案」(401~552頁)で詳細に論じられていますが、いわゆる「新9条論」の一つ、それも最も詳細な「新9条論」という位置付けも可能です(私が購入したのもそういう関心からだったのですが)。
 もっとも、様々な論者の主張を、「新9条論」として一括りにするというのが正しい態度とは到底思えず、個別に検討すべきところではあるのですが、なかなかそのような余裕がなく、ましてや『戦後入門』は635ページですからね。申し訳ないことながら、これまであちこちつまみ食い的に流し読みするにとどまっていました。
 
 ところで、昨年12月9日、加藤典洋氏は日本記者クラブの招きにより、「戦後70年 語る・問う」のゲストとして、「『戦後入門』をめぐって―戦後70年目の戦後論」という講演をされ、その会見詳録(文字起こし)も公開されていますので、是非その視聴を、時間がなければ詳録に目を通されることをお奨めしたいと思います(語るべき著書が635ページですから、会見自体、通常より長めの時間がかかっていますが)。
 会見冒頭で、加藤氏が「皆さんのお手元に2枚、レジュメらしきものが配付されていると思います。内訳は、最初の1枚半が前段で、いまご紹介にあった『戦後入門』という著作で自分としてはここがポイントと思われるトピックをややランダムに挙げています。後段には今回の本を書いて後産的に頭に浮かんできたこと、削除したが生かせばよかったかなと思うことなど、「その背景、ポイント、補論」として7点をあげています。
」とあるとおり、『戦後入門』の著者自身による解説であるとともに、そこには書ききれなかった「補論」も述べられており、著者の見解を理解するために、非常に有用であろうと思います。

 ただし、詳録の中には「私の九条強化案」自体の条文案は掲げられていませんので、動画を視聴する(詳録を読む)前提として、加藤典洋氏が提案する「九条強化案」を『戦後入門』(551頁)からご紹介しておきます(数字の表記などは、現行法に準拠して修正しています)。
 この「九条強化案」を一読すれば、加藤氏がこの「強化案」を書くに際し、法律専門家の助言を求めることをあえてしていないということは容易に推測されます。立法技術の常識から「こういう書き方はないだろう」という点が散見します。たしかに、憲法は一般法令とは性格を異にしますが、「それにしてもね」といったところです。けれども、加藤氏にとってそんなことは百も承知でしょう。とにかく、趣旨があやまたず伝わることを第一に考えたということだと思います。
 皆さんも、加藤氏の「九条強化案」を頭に入れた上で、「なぜこのような強化案が必要だと加藤氏は考えたのか?どうして現行9条のままではいけないのか?」という問題意識を持ちながら、加藤氏の会見に接していただければと思います。

加藤典洋氏による日本国憲法「九条強化案」
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。    
(金原注:1項は現行通り)
2 以上の決意を明確にするため、以下のごとく宣言する。日本が保持する陸海空軍その他の戦力は、その一部を後項に定める別組織として分離し、残りの全戦力は、これを国際連合待機軍として、国連の平和維持活動及び国連憲章第四七条による国連の直接指揮下における平和回復運動への参加以外には、発動しない。国の交戦権は、これを国連に委譲する。
3 前項で分離した軍隊組織を、国土防衛隊に編成し直し、日本の国際的に認められている国境に悪意をもって侵入するものに対する防衛の用にあてる。ただしこの国土防衛隊は、国民の自衛権の発動であることから、治安出動を禁じられる。平時は高度な専門性を備えた災害救助隊として、広く国内外の災害救援にあたるものとする。
4 今後、われわれ日本国民は、どのような様態のものであっても、核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず、使用しない。
5 前四項の目的を達するため、今後、外国の軍事基地、軍隊、施設は、国内のいかなる場所においても許可しない。
 
日本記者クラブ 「戦後70年 語る・問う」(40) 2015年12月9日
『戦後入門』をめぐって―戦後70年目の戦後論
加藤典洋 文芸評論家
 
会見動画(2時間09分)

 ここで、上記会見詳録から抜粋引用して、加藤氏の主張のあらましをご紹介しようかとも思ったのですが、それをやり出すときりがないということで、再び『戦後入門』に戻り、まだ流し読み段階ではあるものの、やはりこの本は熟読する必要があると私が考えているポイントを2つ挙げてみたいと思います。
 
 1つは、加藤氏が論じる安倍政権の特徴や歴史的位置付けは、まことに的確であり、非常に参考となるということです。一例をあげます(435頁)。少し長い引用になりますが、お読みください。
 
「まず米国との関係ですが、現在、安倍政権が米国との間に作ることに成功したと見えるのは、タイプとしていえば、これまで米国がフィリピンのマルコス大統領など後発国型独裁政権とのあいだに作りあげてきたのと同質の関係です。
 そのポイントは、国内の独裁ないし反国際社会的国家主義と極端な対米協力・従属政策のセットに対しては、米国は一貫して、自国の利益のために、自国の理念は二の次にして、これを支持、保護してきたということです。
 たとえ―非民主主義的な施政、独裁、人権抑圧など―米国が理念的に認めがたい価値観を国内的に貫く独裁政権でも、―米軍のための基地の提供、米軍への肩代わりなど―徹底的な従米路線を実行し、自分にとって明らかな国益となるばあい、米国は、どんな悪辣な政権であっても、これをサポートしてきました。フィリピンのマルコス大統領が、よい例です。
 一方、現在の安倍政権が行っているのも、国内的には米国が理念的に認めがたい「戦前と戦後のつながり」に立脚した復古型国家主義の追求です。そのよい例が、2013年12月のA級戦犯を合祀した靖国神社への参拝であり、また、中国、韓国への謝罪拒否の言動でした。これに対し、当初、米国は、対日批判を強めました。しかし、2014年7月、安倍政権集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、TPPでも譲歩基調で行くなど露骨な従米路線に踏み出すと、態度を変えます。これまでの対日批判を抑え、今度は、逆に何の非もない韓国をたしなめて日本と協力態勢を回復するよう働きかける方向に政策を転換するのです。
 このことは、ある時点から、安倍政権と米国政府の関係が、通常の友好国間の協力関係から、後発国独裁政権と米国政府との関係モデルをも包含するタイプの関係に、移行したことを語っています。
 まったく理念的には認めがたい相手でも、自国にとって有利であれば、その国家主義には目をつぶって、つきあうというのです」
 
 加藤氏はこれに続けて、「しかし、この徹底従米路線は、他方で、日本会議の復古型国家主義とぶつかります。」と指摘し、安倍政権が抱える根本的な矛盾を指摘します。
 もちろん、このような指摘は何も加藤氏だけではなく、多くの識者によってなされているところですが、「戦後」をまるごと捉え直そうという『戦後入門』の文脈の中に置かれることによって、より理解が深まるのだと思います。
 
 2つめは、『戦後入門』が635ページもある大部な本とならざるを得なかったこととも関連するのですが、この論考が、日本の「戦後」をあらためて分析するだけではなく、「さて、これらを自分たちの力で解決するにはどうすればよいか。憲法靖国、沖縄、そのなかには、対米従属をめぐり、日米安保条約、米軍基地の存在、核の傘の問題までが入ってきます。しかし、そのすべてを包含して、こうすればよい、こうすべきだ、と対案提示のかたちで述べるものが、いまの日本には一つとしてありません。誰もがなぜかそこまでは考えようとしない。全方位的に、すべてを引き受けて考えるということをしていない。それで、その空白を埋めようと考えました。」(日本記者クラブ会見詳録2頁)という目的意識をもって書かれたものだということです。
 正直に言って、加藤典洋氏の「九条強化案」に賛成か?と問われれば、私自身、口ごもらざるを得ないのですが、論述の一々や結論として提示された解決案に賛同できるかどうかはさておくとして、総体としての「戦後」をどう捉え、そこに病理を発見したなら、それをどういう風に治療していくべきかについての、確固とした理念に基づくグランドデザインを考えきるという、普通の人間には手に余る作業を、誰かがしなければならないし、それも1つだけではなく、多くの検討に値するグランドデザインが提示されるべきだろうと思います。
 その意味からも、加藤典洋氏の『戦後入門』は、これを手に取る高校生がどれだけいるかはともかくとして、1人でも多くの国民が読むべき本だろうと思っています。
 
 最後に、加藤氏は、2014年11月7日にも日本記者クラブで会見されていますので(「戦後70年 語る・問う(3) 70年目の戦後問題」/会見詳録はないようです)、その動画をご紹介しておきます(1時間33分)。