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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「原発がこわい女たちの会ニュース」第97号が届きました

 本日(2016年4月3日)配信した「メルマガ金原No.2415」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
原発がこわい女たちの会ニュース」第97号が届きました

 松浦雅代さんから、「原発がこわい女たちの会ニュース」の第97号が届きました。ほぼ規則正しく3か月に1度届く同会のニュースですが、このままのペースを維持すれば、年末には記念すべき100号に到達します。「持続する志」というありきたりの賛辞だけでは追いつかない大変さがしのばれます(「メルマガ金原」はたかだか5年ですからね)。
 ところで、今号の末尾では、汐見文隆先生の訃報という悲しいお知らせがありました。低周波音公害の第一人者であった汐見先生が、環境問題、原発問題についても深く関わってこられたということはうかがっていたものの、残念ながら、私個人は親しく先生の謦咳に接する機会を持つことはありませんでした。
 けれども、お元気な頃には、青年法律家協会和歌山支部が主催する憲法記念講演会にはほぼ欠かさず奥様とご一緒に来てくださっていたことなどが思い出されます。
 心よりり、ご冥福をお祈りします。
 また、4月29日(チェルノブイリ事故30周年の3日後)には、「原発がこわい女たちの会結成29年のつどい」が開かれ、同会ともお馴染みの今中哲二さんが講演されます。3月末で京大原子炉実験所を定年退官された後、現在は研究員として残っておられるようです。是非今から日程をご予定ください。

 


原発がこわい女たちの会ニュース NO97号・2016年3月31日発行
事務局 〒640-0112和歌山市西庄1024-15 TEL・FAX073/451/5960松浦雅代方
原発がこわい女たちの会ブログ
 
http://blog.zaq.ne.jp/g-kowai-wakayama/
 
3月9日滋賀県大津地裁の高浜3.4号機差し止め判決
 山本善彦裁判長+小川紀代子裁判官+平瀬弘子裁判官による判決でした。
 稼働している高浜原発3号機を止めました。高浜原発4号機は4号機自らの判断で警報を出して止まりました。今動いているのは川内原発1号機だけです。
 
 高浜原発差し止めを命じた大津地裁の仮処分決定に対して、関西の財界では、17日「なぜ一地裁の一人の裁判長によって、国のエネルギ―政策に支障を来すことが起こるのか」関西経済連合会副会長・角和夫氏(阪急電鉄会長)の発言。18日には、関電の八木誠社長は逆転勝訴した場合、住民側に損害賠償請求をする可能性にも言及。弁護団は法廷闘争をやめさせるための「恫喝だ」と反発している。脱原発弁護団全国連絡会と高浜原発仮処分滋賀訴訟弁護団は22日、八木社長に抗議と発言撤回を求めた。関電に送った書面には「申立人らを恫喝して仮処分の維持を断念させ、全国の原発の運転禁止の仮処分が新たに申し立てられることを牽制する目的であるとしか考えられません」と。

(金原注)2016年3月9日に大津地方裁判所(山本善彦裁判長)が高浜原発3号機、4号機の運転差し止めを命じた仮処分決定の意義については、即日、私もブログで取り上げましたので、ご参照いただければ幸いです(高浜原発3号機(運転中)、4号機の運転禁止を命じた大津地裁仮処分決定の大きな意義/2016年3月9日)。
 

原発がこわい女たちの会結成29年のつどい
チェルノブイリ30年・福島5年を考える」
◇講師・今中哲二氏(京都大学原子炉実験所 研究員)
◇2016年4月29日(金曜日・祝日)13:30~16:00
◇会場・和歌山市勤労者総合センター6階文化ホール
      和歌山市西汀丁34(市役所西隣)TEL:073-433-1800(アクセス
◇参加費300円 だれでも参加できます。
 

放射能に包囲されて生きてます。
                                福島県本宮市から  橘柳子  
 福島原発事故後、諦観と共に5年生きる。毎年3・11の日が近づくと、その日からの、故郷脱出行が脳裏によみがえる。そしてよく今日まで生きてきたと…。その命が、自分がいとおしくなる。浪江町には、国及び東電から原発事故の連絡もなく、町民も又何も知らないまま悲劇の民としてやみくもに避難の車列に加わる。そこから流転の身となるとはどれほどの人が思ったことだろう。
 15日に避難した体育館では冷たいおにぎりと水、そこ冷えする床に毛布一枚。一睡も出来ないまま朝を迎える。死を予感して脱出。雪の道路を夢中で運転し、友の家にたどり着く。その後は、五感を働かしても分からない放射能に追われて、現在は10か所目の仮設での棄民生活。
 そのような苦しみと悲しみを、耐えて生きている避難者がいるということも無視して、次々と原発再稼働の暴挙。すでに4機目。
 あの過酷で残酷な福島原発事故がなかったかのごとくに…。事故後5年間で関連死は
2000余名、地震津波による直接死は1600余名。
 関連死が直接死より多い現実を国も企業も知らないはずがない。やはり民衆は、地にはう虫のごとくふみつけられているのだ。情けない。もっと情けないのが、再稼働に関して、各県の自治体や議会が、抗議の声や決議を上げない怪。理由は何と「他県の行政に口出しできない。」である。一旦事故がおこり放出された放射能原発立地県にのみとどまり、浮遊してるだけだったか。「NO!!」でしよう。その真実は全国の人々が知っているではないか。
 こんなに小さな国なんだよ。電波はゆきわたるのだ。せめても見解と判断を、意見書、抗議文等で意志表示をすべきではないか。
 そんな中で2016年2月東京電力は「炉心溶融基準に5年間気づかなかった。」である。日本のTop企業ともあろう東京電力がである。ど素人の私でさえ、あの地震の日の状況とTVの映像で「メルトダウンは起きたな」「故郷は奪われるな」と予感したのである。専門家集団が事故後5年も経ってから、恥ずかしげもなく、今頃「メルトダウン」の基準に気づかなかった?。「ウソでしょう!」だ。民衆がその言葉にどう反応しようが関係ない。とにかく頭を下げて嵐が通りすぎるのをまつ。その後は、日にちが事実をうすらげ、消えてしまうことを願い、ひたすら耐える。「バカな民衆」はすぐ忘れるだろう。あきらめるだろう。と…。何かあったらそのときは、「金の匂いを…」だと考えている。思っているのだ。そして又これが通る一面がある日本社会。日々を生きなければ、生きのびなければいけないから、はたまた、この苦しみをのりこえるには、苦しまされた分、ギンギンと楽しいことをするのだと、原発事故の避難のつらい思いを、いっ時のはかない楽しみなるものにすがっているのか…?「時の流れに身をまかせ… 」か。
 人間の尊厳はどうしたのだ。未来に生きる子たちに何を遺(のこ)してやるのだ。金は必要だけどはかないよ。放射能のない安全な自然でしょう。安心な社会でしょう。自然に対する「畏敬の念」への希薄さが、この震災と原発事故を引きおこしたのだと思っている。
 敗戦後の日本の復興はすばらしいといわれるが、心の問題は置き去りにして、人として許してはいけないものを許し、70年間を生きてしまったのだ。原発事故に対しても、同じむきあい方を、今までどうりにしているのではないか。国策として進めた原発と事故に対する責任も責任者もあいまいにする。すなわち許すということになる。この国はいつから、こんなに「人間の責任」というものが軽んじられるようになったのだろうか。
 故郷を放射能に追われ流浪の身になるということは、どうゆうことかと「我がことのように…。」考えてみることから脱原発反原発への思いが深まるのだと考えている。
 多くの命をはぐくむ大地を放射能で汚染して、人間をはじめ、もの言わぬ動植物の棲み処(か)をうばってしまった。国策として原子力政策をすすめて54基もの原発地震国に造った国と電力会社・企業の責任は免れることがあってはならない。
 「怒りを友に元気と二人づれ」といって、今まで生きてきたけど、諦観なくしては生きられない側面もあるのだ。そして時折り「もうどうでもいいや」の思いにおそわれる。その心の葛藤の中で生きている。
本宮市仮設住宅 仮設の狭い空間から見える空の雲は春を感ずるようになった。以前よりも多くの種類の鳥類の姿も見かける。野の草花もたくましくかれんな小花をつけている。一方で飛行機の音と夜空にみえる灯。日中はうるさくもあるが、飛行雲と夜の灯のまたたきはきれいだと思う。しかし、無言の恐怖を感ずるのだ。心は休まらないままの5年が…。今まで生きてこられたのは、なんとか耐えられたのは多くの方々のささえがあったからこそである。大事に大事にして感謝とともに生きてます。
 ちなみに私は現在「自家感作性皮膚炎」なるものと格闘中。原因はわからない由。連れあいは、毎日飲んでいます。体調がよくなければ飲めないはずだと思いながら静観。妻の言うことなど聞くはずもなく…。(だから言わないが…>)。日中眠り、夜は一晩中、自分の世界に入って飲んでいる日々である。生きてま~す!!         
 
2016年3月11日   強制避難の地 で…。
 
※写真は、橘さんが暮らしている本宮市仮設住宅、後ろの森が放射線量が高い。(2014年11月撮影)
 
(金原注)2012年10月に、脱原発和歌山と原発がこわい女たちの会の招きにより、 田辺市和歌山市で講演された橘柳子さん(浪江町から県内避難)は、その後も「原発がこわい女たちの会ニュース」に寄稿されたり、松浦雅代さんが福島の橘さんを訪問されたりという交流が続いています。
「原発がこわい女たちの会ニュース NO85号・2013年7月15日発行」
「原発がこわい女たちの会ニュース NO87号・2013年12月27日発行」
「原発がこわい女たちの会ニュース NO88号・2014年5月15日発行」
「原発がこわい女たちの会ニュース NO93号・2015年03月29日発行」
 

◇報告 大島堅一氏の講演 電力自由化で何がどう変わるのでしょうか
2016年3月5日(日) 勤労者総合センター6階にて14:30~16:30
 
 これまで電力会社からみて、原発は造れば造るほどもうかる装置でした。経費を電気料金に上乗せでき(総括原価主義 2020年に廃止)、かつ市場はほぼ独占状態でした。その上原発は国の方針もあり、ブレーキもハンドルもないアクセルのみの車のように原子力拡大計画が進められてきました。 
福島原発の事故によってエネルギー政策の大転換が始まりました。
 今年4月から、一般家庭までを含めた電力の小売り自由化が始まりました。安い電気を買いたい!原発の電気を使いたくない!再生可能エネルギーに切り替えたい!等、という人が、電気を選べる制度が始まりました。
 電力自由化原子力の継続を困難にします。私たちにとっては喜ばしいことですが、原子力発電をベースロードとしたい自民党政権電力自由化の下でも原子力発電を継続させるために、資源エネルギ―庁によって「事業環境整備」という名の延命策が講じられようとしています。
原子力延命策の整備>
★解体費用の引き当て不足、廃炉にともなう損失は託送料金の仕組みを使って回収可能。
★再処理事業の継続と永久化。電力自由化が進展すると原子力事業者自身が競争にさらされ再処理積立金の積み立てが十分におこなわれなかったり, 破綻してしまったりする可能性があります。
再処理事業が継続できなくなるので、再処理費用をあらかじめ拠出金として徴収し、さらに、再処理事業者を認可法人とする「再処理等拠出金法案」を閣議決定しました。
この法律が成立すれば、電力自由化の影響は再処理事業には及ばなくなります。
原子力事故に対する損害賠償の問題。福島原発事故の費用は13兆円以上(2014現在)
原子力事故の損害賠償額に限度額を設けるための検討が政府の原子力委員会でおこなわれています。リスクを国民・電力消費者に負わせることになります。
★系統運用における優先給電。右ページの上図。日本のベースロード電源優先給電図。
右ページ下図ドイツです。ドイツは原発なしです。ベースロード電源はありません。ドイツにできて日本に出来ないことはありません。
 
原子力延命策がどのような過程でどこで誰が決めているのでしょうか?これも大きな問題です。
結論・原子力への特別優遇策を撤廃し、電力システム改革を適切に実施することが必要です。
まず、私たちは原子力発電会社の電気を買わない選択をすることだと思います。
 
[ニュース5頁]
(上図)電力需要に対応した電源構成(経産省
(下図)講演パワポ写真・8月の電力需給(ドイツ)
 
(金原注)
 大島堅一教授講演会については、原発がこわい女たちの会ブログに詳細なレポートが掲載されています。
 
また、小谷英治さん撮影による動画もアップされています(1時間25分)。

 

福島第一原発事故は誰も責任を取らない国の構造が浮き彫りになった5年間。
 
 福島原発告訴団は、東京電力福島第一原子力発電所の事故により被害を受けた住民1万4716人で構成し、原発事故を起こし被害を拡大した責任者たちの刑事裁判を求めて、2012年6月、福島地方検察庁へ告訴を行いました。
 13年9月に検察(金原注:回付を受けた東京地方検察庁)が全員不起訴。13年10月検察審査会へ申立て、14年7月「起訴相当」を含む議決。15年1月に検察が再度不起訴とするも、同年7月、検察審査会は2度目の起訴議決をだしました。
 ついに被疑者、勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄の3人が「強制起訴」となり、刑事裁判がスタート。これから長い法廷闘争が始まります。
○被告人は3人
 勝俣恒久東京電力元会長)
 武藤栄(東京電力元副社長)
 武黒一郎(東京電力元副社長)
○検察官役の弁護士(指定弁護士)5人
 石田省三郎さん、神山啓史さん、山内久光さん、渋村晴子さん、久保内浩嗣さん。
○被害者
 議決は、爆発したがれきに接触するなどして負傷した東京電力の関係者、自衛官等13名と避難に伴う双葉病院の死亡した44名を被害者として認定した。
(東京第5検察審査会の起訴議決は、被害者を上記の二つに絞り込んでいる。)
○何の罪に問われているのか
 大津波の試算をするなど危険を認識していながら対策を怠ったことが原発事故を引き起こし、死傷者を出した容疑で、業務上過失致死傷罪に問われています。
 
 告訴団には関西から1800人前後、和歌山からも40人くらいの人が参加していました。
 
 強制起訴が決定した段階で福島原発告訴団は初期の務めを終えることになり、これからは「福島原発事故刑事訴訟支援団」へと発展的に解消する。
 この裁判は何年続くのか分からないが、責任ある立場の東電の元幹部たちにきっちりと責任をとってもらう判決が出るまで裁判を支援して行きましょう。支援団に参加し共に支えて下さい。詳しくは下記へ
福島原発刑事訴訟支援団
〒963-4316福島県田村市船引町芦沢字小倉140-1 電話(080-5739-7279)
福島原発告訴団関西支部第16号ニュースより)
 
(金原注)東京第五検察審査会の起訴議決に基づき、2016年2月29日、検察官の職務を行う指定弁護士は、勝俣恒久東京電力会長ほか2名を業務上過失致死傷罪(平成25年法律第86号による改正前の刑法2111条1項前段)で東京地方裁判所に公判請求(起訴)しました。その内容を紹介した私のブログをご参照ください(2016年2月29日 勝俣恒久元東京電力会長ほか2名が業務上過失致死傷罪で起訴された/2016年3月6日)。
 

今中哲二 さん
今年3月末で京大原子炉実験所を退官。
お疲れさまでした。
 
今中哲二氏(97号)2016年2月10日(水)熊取町の京大原子炉実験所に於いて(左の写真)

 第112回目の京大原子力安全問題ゼミが開かれました。今中さん最後のゼミは「福島原発事故から5年」でした。原子力と付き合って47年。
★スリーマイル原発事故から学んだこと。として◎原発の大事故はホントに起きる。◎炉心の水がなくなったら燃料は解ける。★チェルノブイリ事故調査から学んだこと。として◎原発で大事故がおきると周辺の人々が突然に家を追われ、村や町がなくなり地域社会が丸ごと消滅する。◎原子力の専門家として私に解明できることは、事故による災厄全体の一側面に過ぎず、解明できないことの方が圧倒的に大きい、と。そして飯館村のいまを話されました。最後に日本のエネルギー需要の変遷のグラフを説明し。何がホントに大事なのかもう一度考えてみよう。と終えられました。
 次にウクライナからDrボロジーミル・ティーヒ―さんが「チェルノブイリ事故後30年!その意味と現状」を話されました。川野真治さんが通訳解説されていました。
 司会はゼミも懇親会も小出裕章さん(昨年退官)でした。
 今年は今中哲二さんが熊取6人組の最後の退官者になりました。今中さんは4月からは京都大学原子炉実験所研究員として、しばらく同じ職場に居られます。
 今中哲二さんにも「ぺんぺん草」の時から原子力のことを教えていただいています。30年以上のお付き合いです。出来の悪い私たちですが今中さんたち熊取の人たちは我慢づよく指導してくださったと思います。感謝しかありません。この日も海老沢徹さん、小林圭二さん、川野真治さん、小出裕章さん、の皆さんが参加され、一人ずつ発言されていました。ゼミの参加者は150名でした。懇親会の最後に今中さんの息子さん哲平君がとても良い挨拶をされました。
 こんな近くに専門家が5人もいたことは、私たちにとってはとてもラッキーでした。(松浦雅代)
 
(金原注)2016年2月10日に京大原子炉実験所で行われた第112回「原子力安全問題ゼミ」における今中哲二さんとボロジーミル・ティーヒーさんの発表資料が、「原子力安全研究グループ」のホームページに掲載されています。
「福島原発事故から5年」今中哲二(京都大学原子炉実験所)
「チェルノブイリ:この30年間そして現在における意味」ボロジーミル・ティーヒー(ウクライナ)
 
ティーヒーさんが書かれ、今中さんが翻訳された「キエフ州ポリスケ市の終焉」という論考をかつてご紹介したことがありました(ポリスケ市は全市避難を決めた~チェルノブイリ事故から4年後に/2014年9月21日)。
 
なお、この日のゼミの動画もアップされていましたのでご紹介しておきます。
第112回原子力安全問題ゼミ 熊取六人衆挨拶(海老沢徹・小林圭二・川野眞治・小出裕章)(27分)

第112回原子力安全問題ゼミ 今中哲二さん講演(全編版)(1時間09分)

第112回原子力安全問題ゼミ 質疑応答(50分)

 
あまりに長くて視聴が大変という人のためには、約10分のダイジェスト版をお勧めします。
第112回原子力安全問題ゼミ 今中哲二さん講演より抜粋(10分版)

 

汐見文隆先生 長い間 本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。
 
 3月20日。汐見文隆氏がお亡くなりになりました。92歳でした。
 原発がこわい女たちの会を結成する時。それまで汐見文隆氏の主催する「公害教室」のアシストとして手腕を発揮されていた汐見恵さんを「原発がこわい女たちの会」(準備会でほかの名前もあったが、多数決でこれに決まった)立ち上げのために是非参加してもらいたい。と文隆氏に日置川町の「ふるさとを守る女の会」結成の参加報告と共に、4月26日のチェルノブイリ原発事故から1年目に和歌山の女たちの会のネットワークを結成するために協力をお願いしました。そして、ぺんぺん草のメンバーと汐見恵さん等を含めた女たちで、1987年3月29日に和歌山市で「原発がこわい女たちの会」結成集会を開くことが出来ました。結成記念講演「私たちの健康と原発」講師は汐見文隆氏(医師)でした。
 さらに4月26日には田辺市和歌山県のネットワーク「紀伊半島に原発はいらない女たちの会」の結成集会が開催できました。
 「原発がこわい女たちの会」の世話人会は汐見恵さん宅の客間で開かれました。朝の10時から12時まで、当時状況がとても緊迫していたので、最低、週に一回位集まっていました。隣接する汐見内科医院の病院のコピー機で、必要な枚数を言っとけば、先生が診察の合間にコピーして持って来てくれました。当会のニュースもコピーしてもらいました。随分長い間お世話になりました。汐見先生は客間も紙も印刷も自ら提供していただきました。しかし、口出しは一切ありませんでした。
 汐見恵さんの調子が悪くなるまで使用させていただきました。
 汐見文隆氏は5年前の2011年2月27日に開催されました大島堅一氏「ほんとうのこと 知ろう 原子力のはなし」で大島さんの話を聞きに来られていて、大島さんと和歌山駅の近くで一緒に食事をされました。それが女たちの会の集まりに出られた最後です。
 3月23日18:00~お通夜。翌日3月24日10時~告別式がとり行われました。
 汐見恵さんはどちらの式にも車椅子で参加されていました。(松浦雅代)
 
(金原注)
 
汐見先生が積極的に講演活動をされていた頃は、まだ動画がインターネットにアップされて誰でも視ることが出来るなどという時代ではありませんでした。
 従って、「風力発電の被害を考える会わかやま」が、DVD「風力発電の羽根の下で~和歌山における被害の実態~」制作のために汐見先生からお話を伺ったインタビュー映像が残されたのは貴重でした。約15分の動画をご覧ください。
低周波音公害と現代医療~汐見文隆~

 
(記)
  
集英社新書憲法改正」の真実 
樋口陽一小林節の対話説明がよくわかる。
福島県の小児甲状腺がん166人に・崎山比佐子氏の講演の報告は次回にします。
★今中哲二さん、先月末で熊取「京都大学原子炉実験所」を退官されました。是非4月29日の「女たちの会結成29年のつどい」にみなさん参加してください。