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石埼学龍谷大学法科大学院教授の【設問】に答える~「安保法制」講師養成講座

 今晩(2016年4月5日)配信した「メルマガ金原No.2417」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
石埼学龍谷大学法科大学院教授の【設問】に答える~「安保法制」講師養成講座

 今日お届けするのは、4月2日に配信した「石埼学龍谷大学法科大学院教授の講演をレジュメから振り返る~4/2「守ろう9条 紀の川 市民の会」第12回総会から」補遺であるとともに、3月30日に配信した「井上正信弁護士『安保法制の近未来-狙いは南シナ海、アフリカ大陸、中東だ-』~「安保法制」講師養成講座」に続く、「安保法制」講師養成講座の第2弾でもあります。

 実は、4月2日に行われた石埼学(いしざき・まなぶ)龍谷大学法科大学院教授の講演レジュメを比較的詳しくご紹介したところ、メルマガ金原の一読者から、
 
「今回の本文の中にある「設問」ですが、正解がどれなのか気になってます。
 【設問】自衛権についての以下の記述の中から正しいものを一つ選択しなさい。
 【設問】安保関連法に関する以下の記述の中から正しいものを一つ選択しなさい。
の回答に、恥ずかしい話、自信がありません。
 青字の説明を読んでも過去の講義の映像を視聴しても、やっぱり難しいです…。もしよろしければ、こそっと正解を教えていただけませんか?
 また、最後の設問の回答は私が常々知りたいと思っているものです。
 個人でできることは何なのかを石埼先生が具体的に言及されていたのか、その内容なども教えていただければ嬉しいです。」
 
というメールをいただいたのです。
CIMG5511 それだけ熱心に読んでくださったということで、非常にありがたく思い、すぐに返事をお送りしたことは言うまでもありませんが、その私の回答内容が十分なものであったかに自信はなく、また、私宛にメールをくださった方以外にも、同じような疑問を持った方がおられるかもしれませんので、出題者の石埼学先生を差し措いてまことに僭越ながら、私なりに理解したところを、少し詳しく書いてみようと思います。
 まず、どういう文脈でこの4つの【設問】が出題されたのかを知っていただくため、4月2日のメルマガ(ブログ)でご紹介した石埼学教授のレジュメ(抜粋)に、ざっとでも目を通した上で、以下の解説をお読みいただければと思います。
 言うまでもありませんが、以下の回答あるいは解説は、金原個人の意見に基づくものであり、石埼教授の了解を得たものではありません。 
 
 
【設問1】あなたが平和憲法を大切だと考える理由は以下のどれですか。
① 「戦争の惨禍」を二度と繰り返したくないから。
② 構造的暴力のない世界を実現したいから。
③ 平和憲法の下で生まれ育ち、その日本社会がマシな社会だから。
④ 他の憲法よりも良いから。
⑤ その他
 
 もちろん正解はありません。あるいは全部正解でもかまいません。どうしても5択の中から1つ選べということならということで、私が(4月2日に)手を挙げたのは③でした。 以下は、私が③を選んだ理由です。
 

 ①は、憲法制定史を振り返る時には、最も有力な選択肢になり得ると思います。ただ、1946年(昭和21年)に制憲議会(第90回帝国議会)で「帝国憲法改正案」が審議された時から既に70年が経過し、私自身はそれから8年後に生を受けた身なので、あえて選ばなかったということになります。
※参考
第90回帝国議会衆議院における日本国憲法制定時の関係会議録(帝国憲法改正案審議の会議録)衆議院ホームページで閲覧できます。
 
 ②は、「構造的暴力」という概念が難しかったかもしれません。実は、この概念の提唱者であるノルウェーのヨハン・ガルトゥング氏の名前は、国際政治学や平和学の分野では非常に有名でしたが、より多くの日本人が同氏の名前を知るに至った最大の功労者は安倍晋三首相でしょう。
 それは、ガルトゥング氏が、「構造的暴力」だけでなく「積極的平和」の提唱者でもあったからで、それとは似ても似つかぬ「積極的平和主義」との対比が、同氏の昨年8月の来日前後に話題になったからです。
 「知恵蔵2015」の「構造的暴力」の項の解説がよくまとまっており、「構造的暴力」と「積極的平和」との関係もよく分かるのでお奨めです。

(抜粋引用開始)
貧困、飢餓、抑圧、教育機会の喪失などは社会制度や国際システムの所産だと考え、人間が本来持っているはずの寿命、可能性、活動領域などが、社会構造や南北格差の中で損なわれ制限されている状態を「構造が暴力をふるう」と比喩的にとらえた概念。J.ガルトゥング(1930~)は、暴力とは「人間が潜在的に持つ可能性の実現の障害であり、取り除きうるにもかかわらず存続しているもの」と、概念の拡張を試みた。彼は通常の暴力を直接的暴力(direct violence)と呼び、それのない状態を消極的平和と規定した。これに対し、
(略)このように、社会関係の非対称性を介して間接的に生命や人間の可能性を奪い去るような行為をガルトゥングは構造的暴力と呼び、制度や構造に内在した暴力の解消を積極的平和と定義して広範な論議を呼んだ。
(引用終わり)

※参考
2015年8月「日本の平和と安全保障:10のポイント」ヨハン・ガルトゥング
「積極的平和」に基づく日本への3つの提案(ヨハン・ガルトゥング博士)(26分)


 ③を私は選びました。私の生きてきた時代が最良のものであったかは分かりませんが、日本国憲法以前の時代を不十分ながらも学ぶ中で、憲法恒久平和主義を廃棄すべき理由が見当たらないというのが、私が③を選択した理由です。
 
 ④と⑤については、4月2日に手を挙げた人は多分いなかったと思います(私は前の方の席に座っていたので、もしかしたらいたかもしれませんが)。
 私が手を挙げなかった理由は、④については、良いとか悪いとか評価できるほど、他国の憲法を勉強したことがないということの他に、そもそも、良い悪いという評価をすること自体が適切なのか?という疑問があったから、⑤については、単純に思いつかなかったからです。
 実は、じっくり時間をかければ、⑤の中身が様々に思いつくかもしれず、それが【設問4 安保関連法の廃止・平和憲法護持のためにあなたにできる行動を考えなさい。】に対する回答の有力なヒントになり得るのだと思います。
 
 
【設問2】自衛権についての以下の記述の中から正しいものを一つ選択しなさい。
① 他国による自国への武力行使に対して自国の主権を守るために自衛権を行使することは国際法上認められている。
② 他国による自国への武力攻撃に対して自国の主権を守るためになす武力行使自衛権の行使として国際法上認められている。
③ 自衛権の行使のために武力行使をすることは憲法上許されるとした判例がある。
 
 正解は②です。
 問題のポイントは、「武力行使」と「武力攻撃」の区別にあることは、選択肢を一読すればお分かりのことでしょう。
 この2つの概念は、国際法上も国内法上も明確に区別されています。
 ここでは、国際法上認められる自衛権行使の要件が尋ねられているのですから、まず、国連憲章51条を参照する必要があります。
 
国連憲章 51条 
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
 
 集団的自衛権の行使に関する国際司法裁判所判決(ニカラグア事件)も、武力行使には、極めて重大な形態のものである武力攻撃と、より軽い形態のものである武力攻撃に至らない武力行使があると判示しており、この2つの概念は明確に区別されています。
 そして、国連憲章51条が自衛権行使のための要件としているのは「武力攻撃が発生した場合」です。
 ということで、【設問】の①は誤りであり、②が正解です。

 ③については、砂川事件最高裁判決が集団的自衛権の行使を認めているという「トンデモ解釈」が公然と語られるという信じがたい事態を踏まえた選択肢であると思われます。

 なお、以上は国際法上の自衛権行使の要件ですが、国内法上の防衛出動の発動要件においても、「武力攻撃」という概念が使われており、これは国連憲章51条の「武力攻撃」(armed attack)と同じ意味内容と解釈すべきでしょう(本年3月29日以降の自衛隊法)。
 
自衛隊法(昭和二十九年六月九日法律第百六十五号)
(防衛出動)
第七十六条 内閣総理大臣は、次に掲げる事態に際して、我が国を防衛するため必要があると認める場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては、武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律 (平成十五年法律第七十九号)第九条 の定めるところにより、国会の承認を得なければならない。
一 我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態
二 我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
2 内閣総理大臣は、出動の必要がなくなつたときは、直ちに、自衛隊の撤収を命じなければならない。
 
 IWJ京都が昨年の5月28日に龍谷大学から中継した石埼学教授による講義の36分~に「武力攻撃」「武力行使」(「武器の使用」)の区別の必要性に関する解説があります。
 
 
 
【設問3】安保関連法に関する以下の記述の中から正しいものを一つ選択しなさい。
① 重要影響事態法等で外国軍隊への提供が認められている弾薬とは兵員が通常携行する程度のものであり、ミサイルは含まれない。
② 重要影響事態法等では、自衛隊が後方支援等をしている現場が「現に戦闘行為が行われている現場」となった場合には、自衛隊は一切の活動を停止する。
③ 改正武力攻撃事態法の定める存立危機事態において集団的自衛権が行使された例は歴史上存在しない。
 
 正解は③です(とりあえず)。
 ①と③は安保関連法案に関する国会審議を思い出す必要がありますし、②については条文の知識が必要です。
 
 まず選択肢①について。
 重要影響事態法に基づく米軍等への後方支援(国際平和支援法による協力支援も内容はほぼ同一)としての「物品及び役務の提供」については、別表第一に具体的項目が列挙されていますが、改正前の別表備考欄「物品の提供には、武器(弾薬を含む。)の提供を含まないものとする。」が「物品の提供には、武器の提供を含まないものとする。」と「改正」され、武器の提供はできないが弾薬の提供はできることになりました(従来から武器の「輸送」ならできました)。
 そして、この提供できることになった「弾薬」に何が含まれるかが問題となり、国会審議での中谷元防衛大臣の答弁が紛糾を招きました。
 とりわけ、昨年7月30日と8月4日に参議院特別委員会で行われた福島みずほ議員(社民党)と中谷防衛相の問答は、もう一度会議録を読み返す価値はありそうです。
 そこで、中谷防衛相は、「劣化ウラン弾クラスター弾も、これは弾薬でございます。」「ミサイルにつきましては、(略)あえて当てはめるとすれば、弾薬に当たると整理することができるわけでございます。」(2015年8月4日)と明確に答弁していました。
 ということで、①は「誤り」と一応は言えるのです。

 ここで「一応」と述べたのは、昨年9月16日に、自由民主党公明党、日本を元気にする会、次世代の党、新党改革の5党間で締結された「平和安全法制に関する合意事項」(いわゆる「5党合意」)の7項と8項に以下のような規定があり、9月19日の閣議決定「平和安全法制の成立を踏まえた政府の取組について」において、「(5党合意の)趣旨を尊重し、適切に対処するものとする。」とされたことをどう考えるか?という問題があるからです。
 
7 「弾薬の提供」は、緊急の必要性が極めて高い状況下にのみ想定されるものであり、拳銃、小銃、機関銃などの他国部隊の要員等の生命・身体を保護するために使用される弾薬の提供に限ること。
8 我が国が非核三原則を堅持し、NPT条約、生物兵器禁止条約化学兵器禁止条約等を批准していることに鑑み、核兵器生物兵器化学兵器といった大量破壊兵器や、クラスター弾劣化ウラン弾の輸送は行わないこと。
 
 以上によれば、【設問3】の選択肢①は「正しい」という回答もあながち間違いではないとも考えられるので、最終的な結論は留保したいと思います。
 以上の件については、昨年秋に私がメルマガ(ブログ)に10回にわたって連載した「安保法制:「5党合意」「附帯決議」「閣議決定」をどう読むか」の第8回に詳しく論じていますので、ご参照いただければと思います。
 
 
 選択肢②については、条文の知識を問うものです。去る3月29日に施行された重要影響事態法の該当箇所を引用します。
 
重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律
自衛隊による後方支援活動としての物品及び役務の提供の実施)
第六条
5 第三条第二項の後方支援活動のうち我が国の領域外におけるものの実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の長又はその指定する者は、戦闘行為が行われるに至った場合又は付近の状況等に照らして戦闘行為が行われることが予測される場合には、当該後方支援活動の実施を一時休止するなどして当該戦闘行為による危険を回避しつつ、前項の規定による措置を待つものとする。
(捜索救助活動の実施等)
第七条
5 前条第五項の規定は、我が国の領域外における捜索救助活動の実施を命ぜられた自衛隊の部隊等の長又はその指定する者について準用する。この場合において、同項中「前項」とあるのは、「次条第四項において準用する前項」と読み替えるものとする。
6 前項において準用する前条第五項の規定にかかわらず、既に遭難者が発見され、自衛隊の部隊等がその救助を開始しているときは、当該部隊等の安全が確保される限り、当該遭難者に係る捜索救助活動を継続することができる。
  
 つまり、「既に遭難者が発見され、自衛隊の部隊等がその救助を開始しているときは」、「戦闘行為が行われるに至った場合」でも、「当該遭難者に係る捜索救助活動を継続することができる。」とされていますので、選択肢②は明確に誤りです。
 
 選択肢③については、日本共産党の宮本徹議員が、昨年の衆議院・特別委員会において、岸田文雄外務大臣に対し、「他国が武力攻撃を受けたことによって武力攻撃を受けていない別の国の存立が根底から脅かされた世界の例があるのか」と質したのに対し、結局、岸田外務相は、国連安全保障理事会に報告された14事例を含め、1例も挙げることができませんでした。
 
衆議院会議録
第189回国会 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
第12号(平成27年6月19日(金曜日))
 
 
外相答弁「存立危機」実例示せず(29分)

 
 以上により、選択肢③は正しいので、【設問3】の正解は③ということになります。
 ①についても、先に述べたとおり、「正しい」という解釈もあり得ますが、①は両説あり得るのに対し、③の「存立危機事態」に基づく集団的自衛権行使事例が過去にあったという説は、少なくとも法案を提出した内閣がそのように答弁できなかった以上、成り立ちがたいと思われますので、選択肢を1つだけ選ぶのであれば③でしょう。
 
【設問4】安保関連法の廃止・平和憲法護持のためにあなたにできる行動を考えなさい。
 
 もちろん、1つだけの正解というものはありません。石埼先生が4月2日のレジュメに書かれ、講演でも説明された、
 
憲法9条を世界へ発信(例「憲法9条ノーベル平和賞を」運動への署名・協力、諸言語への翻訳)
・請願権(憲法16条)の行使(例 安保関連法の廃止を求める2000万人署名運動への署名・協力)
・地域での地道な活動(「9条の会」運動は、その成功例)。
・安保関連法の廃止を目指す政党・議員等への投票、そうではない政党・議員等との対話
 
は、いくつかの具体例(最初のものは石埼先生の実践例ですが)に過ぎません。
 4月2日の講演では、時間があれば参加者からの「答え」の発表を期待されていたかもしれませんが、時間の都合もあり、第2部・総会議事の中での、各地域からの実践報告がこれに代わるものだったと思います。
 
 以上のような注解を書いてみて、このような【設問】をもう少し体系的に並べ、適当な分量の注解を添えて、『択一式でマスターする安保法制』という本を作ってはどうか?というアイデアが浮かびました。こうでもしないと、安保法制の中身についての理解がなかなか進まないし・・・。どこかの出版社が出してくれませんかね。
 もっとも、「誰が書くんだ?」ということが問題ですが。
 

(付録)
『大きすぎる力を手に入れて』 作詞:中川五郎 原曲:ボブ・ディラン
演奏:To Tell The Truth