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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

アンコール放送1/21『原発に一番近い病院 ある老医師の2000日』(ETV特集)~高野英男院長の死と高野病院の現在

 今晩(2016年1月6日)配信した「メルマガ金原No.2683」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
アンコール放送1/21『原発に一番近い病院 ある老医師の2000日』(ETV特集)~高野英男院長の死と高野病院の現在

 2016年の大晦日、インターネット上に流れた火事のニュースに目が吸い寄せられました。福島県双葉郡で唯一入院受け入れを続けている民間病院として、10月にETV特集で取り上げられたばかりだった広野町(ひろのまち)にある高野(たかの)病院敷地内の院長宅で火事があり、男性が遺体で見つかったが、高野英男院長(81歳)と連絡がとれないというものでした。
 私自身は、ETV特集で知った以上の知識がある訳ではありませんでしたが、どれだけ地域の方々が大きな衝撃を受けられただろうかと心が痛みました。
 このような事態になることなど想定せず、もともと1月21日(土)午後11時から、ETV特集原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」がアンコール放送されると予告されていましたので、今日、あらためてその番組案内をご紹介するとともに、高野病院をめぐる現在までの情報をいくつか引用しました。
 最新の情報については、「高野病院を支援する会Facebook」に随時掲載されますので、注目してください。
 最後まで地域医療につくされた高野英男院長と同病院スタッフに心から敬意を表したいと思います。
 
NHK Eテレ 
2017年1月21日(土)午後11時00分~午前0時00分
ETV特集 アンコール「原発に一番近い病院 ある老医師の2000日」

(番組案内から引用開始)
 原発に最も近い高野病院。復興作業に携わる“新たな住民”や居場所を失ったお年寄りの最後のとりでです。奮闘する院長の高野英男さん(81)の2000日を見つめます。
 福島第一原発から22キロ離れた双葉郡広野町の高野病院。院長の高野英男さん(81)は現役の医師として診療を続けている。5年前の原発事故で、病院を取り巻く環境は大きく変化した。原発周辺の病院が休止しているため、救急車が殺到。地域医療が崩壊する中、除染など復興作業に携わる“新たな住民”や、原発事故によって居場所を失ったお年寄りたちの最後のとりでとなっている。孤軍奮闘する老医師、その2000日を見つめる。
(引用終わり)
 
朝日新聞デジタル 2016年12月31日 15時32分
原発事故後もとどまった院長死亡か 福島県広野町の火災

(抜粋引用開始)
 福島県広野町下北迫の高野病院の関係者から30日午後10時半ごろ、病院敷地内にある院長宅で「煙が充満している」と119番通報があった。県警双葉署によると、高野英男院長(81)が1人で暮らす木造平屋建て住宅の一部が焼け、中から男性の遺体が見つかった。火災後、高野さんと連絡がとれていないという。
 高野病院は東京電力福島第一原発から約20キロの場所にある民間病院。原発事故後も避難せず、双葉郡で唯一、入院医療を続けている。
 原発事故当時、約100人の患者がいたが、避難に耐えられないとみられる重症患者もいたため、町にとどまった。2人いた常勤医は事故後、高野さんだけになっていた。
(引用終わり)
 
医療法人社団養高会 高野病院 ホームページ 2017/01/03
高野病院病院長死去につきまして

(引用開始)
みなさまへ
先日テレビ、新聞等で報じられましたように、
平成28年12月30日夜間の火災により
高野病院病院長 高野英男が死去いたしました。
ここに生前のご厚誼を感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申しあげます。
院長高野英男は、昭和55年に高野病院を開設以来、
地域医療にその身をささげてきましたが、
平成23年3月11日の福島第一原子力発電所事故以降は
双葉郡にたった一つ残った医療機関として、まさに身を削るように
地域医療の火を消してはいけないと、日々奮闘してまいりました。
院長 高野英男が私たちに遺した、「どんな時でも、自分の出来ることを粛々と行う」
この言葉を忘れずに、院長の意志を受け継ぎ、職員一丸となり、
これからも地域の医療を守っていく所存です。
今後も高野病院への温かいご支援、そして時には厳しいご指導を
よろしくお願い申し上げます。
なお、葬儀等は、生前の本人の強い希望によりとり行いません。
また、誠に勝手ながらご弔電、ご供花、ご香典等の儀は固くご辞退申し上げます。
平成28年1月3日
医療法人社団養高会
理事長 高野 己保
(引用終わり)
 
NHKニュースWEB 2017年1月3日 19時14分
院長が火事で死亡の高野病院 広野町が存続支援へ

(抜粋引用開始)
 
東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で一時、ほとんどの住民が避難した福島県広野町で、町内にとどまって診療を続けてきた病院の院長が火事で死亡し、広野町は地域に欠かせない医療機関を存続させるため、常勤医師の確保など支援に乗り出すことを明らかにしました。
 東京電力福島第一原発の半径20キロから30キロの範囲にある広野町では、原発事故のあと、町役場やほぼすべての住民が一時避難しましたが、町にある民間の高野病院は診療を続けました。
 この病院の院長、高野英男さん(81)の自宅で先月30日に火事があり、見つかった男性の遺体が3日、高野院長と確認されました。高野院長は高野病院唯一の常勤医師でしたが、亡くなったことで、病院の設置に法律上必要となる常勤の医師がいなくなりました。
 広野町の遠藤智町長は3日役場で会見を開き、地域に欠かせない医療機関を存続させるため、支援に乗り出すことを明らかにしました。
 具体的には高野病院の常勤医師確保のため、福島県への協力要請や全国への呼びかけを行うとともに、診療の一部を担うボランティアの医師を募る窓口を町役場に設けるということです。また、非常勤などの医師が町を訪れる際の交通費や宿泊費の補助も行うということです。
(引用終わり)
 
高野病院を支援する会 ホームページ
「団体について」より引用開始)
 
高野病院を支援する会会長の広野町長遠藤智と申します。
 メディアで報道が行われている通り、2016年12月30日の深夜に高野病院院長でおられる高野英男氏がご自宅での火事にて逝去されました。高野病院は広野町唯一の入院施設であり、高野院長が唯一の常勤医として、震災後も1日も休まず地域医療の砦となってきました。今回高野医師が亡くなられたことで、現在の高野病院は院長・常勤医がいない状態であり、広野町周辺の医療は危機的な状況に陥っています。
 12月31日より浜通り地方の自治体、また医療機関に支援要請を行なってきました。 これまでに、大町病院、公立相馬総合病院、常磐病院、相馬中央病院、ひらた中央病院、南相馬市立総合病院(五十音順)が支援に手を挙げてくださっています。また全国の医師においてボランティアによる支援の輪も広がっております。結果として、高野病院における1月の診療体制は徐々に整いつつあります。会としては引き続き精神科診療体制の構築に全力を尽くしております。
 この会の最も大きな目的は双葉地方の地域医療を守ることです。短期的にはボランティア医師の支援を受けて高野病院の診療を維持しつつ、中長期的な医療体制の展望を県や国に特段の支援を求めて参ります。
団体概要
名称  高野病院を支援する会
連絡先
 
takanohospital.volunteer.dr@gmail.com
会長  遠藤智(広野町町長)
メンバー 尾崎章彦 事務局長
坪倉正治、嶋田裕記、山本佳奈
(引用終わり)
「高野病院を支援する会Facebook」
 
JB PRESS 2017.1.6(金)
地域医療より箱物行政の福島県、高野病院を見殺し
あきれた行政の対応に立ち上がったボランティア医師グループ

(抜粋引用開始)
 
しかし、震災後の高野病院の歩みは困難の連続だった。最大の理由は人口減少である。
 震災後、広野町の人口は、震災前の5400人から約3000人まで減少した。2015年9月に警戒区域が解除された隣の楢葉町においても約8000人の人口のうち楢葉町に戻ったのは約400人にとどまっている。富岡町は現時点で帰還が始まっていない。
 人口減少が著しい「限界集落」において医療を民間病院だけで維持するのは大変困難である。実際、震災後の高野病院においても、従来の雇用を維持しながら診療を継続することが非常に難しい状況となっていた。
 しかし、高野院長の次女である高野事務長が福島県に、「地域医療を安定的に提供するために力を貸してほしい」と支援を依頼しても、民間病院であることを理由に「高野病院を利するための支援は不公平である」と告げられ、全く取り合ってもらえなかったと言う。
 その一方で、広野町を含む双葉郡の救急医療を充実させる目的で「ふたば医療センター(仮)」30床の建設準備が24億円という予算を使い双葉郡富岡町で進んでいる。初期投資は一床あたり8000万円という多額の税金を投入する。
 それ以上に衝撃的なのが、現在避難区域で休止している県立病院を再開した際には、この医療機関を潰すことが最初から決まっていることだ。現在の見通しでは5年以内に避難指示が解除される予定である。
 これは果たして多くの国民が納得できる税金の使い方なのだろうか。少なくとも私には、主要な病院機能が存在している高野病院を拡充して2次救急の体制を整えた方がよほど効率的な投資に映る。重症患者に関しても、南相馬市いわき市に搬送することで対応可能である。
(略)
 私は福島県南相馬市にある南相馬市立総合病院の一勤務医である。福島第一原子力発電所から10~30キロに位置する南相馬市において、この2年あまり被災地の医療に携わってきた。
 あいにく高野院長には直接お目にかかったことはなかったが、高野院長の超人的な活躍、そして高野病院の震災後の窮状は耳に入っていた。悔やまれるのは、「何か自分にできることはないだろうか」と悠長に考えている間に今回の惨事が起きてしまったことだ。
?12月30日火事が発生した直後にその知らせを聞いたが、高野病院の再三のSOSにもかかわらず危機感なく過ごしていた自分を本当に情けなく思った。
 火事翌日の12月31日、縁あって高野医師の最期に立ち会うこととなった。その体験は、「高野病院の窮状をなんとかしたい」と私に思わせるには十分だった。
 幸いだったのは、同日広野町町長遠藤智氏がいち早く浜通り地区の自治体と医療機関に医療支援の要請を行ってくれたことだ。
 これまでに、大町病院、常磐病院、相馬中央病院、南相馬市立総合病院が病院として支持を表明している。全国の医師に支援の輪が広がっている。
 その中で、私と浜通りの有志の医師は「高野病院を支援する会」を立ち上げることになった。現在も、会のフェイスブック
https://www.facebook.com/savepatientakano/)、会のホームページ(http://savepatientakano.sakura.ne.jp/)を介して情報発信に努めている。
 この会の最も大きな目的は短期的に高野病院の診療を継続させることである。2016年12月31日現在102人の患者が高野病院には入院している。また、病院を受診する外来患者や緊急搬送される患者も少なくない。
 ある程度の見通しがつくまでの間、浜通り地区の有志医師、また、全国からのボランティア医師を高野病院につなぎ、その医療をサポートしたいと考えている。
 また少しずつだが全国の医師や仲間にも支援の輪が広がっている。私自身の力は微々たるものだが、皆の力を借りることでなんとかこの窮状をしのぐ手助けをできればと考えている。
?1月3日には広野町遠藤智町長が記者会見を開き、町として全面的な支援を表明した。また、同時に町長が高野病院を支援する会の会長を引き継いでくださることとなった。今後は町長や広野町のスタッフをサポートしながら県や国に支援をお願いしていくこととなる

 
私たちは、今一度高野病院の窮状を顧みて一刻も早い支援をお願いしたいと考えている。広野町、また、双葉郡にとって、震災後も被災地の地域医療を守り続けてきた高野病院は地域の財産なのだ。
(引用終わり)