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日本弁護士連合会「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(2017年2月17日)を読む

 今晩(2017年2月23日)配信した「メルマガ金原No.2732」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
日本弁護士連合会「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(2017年2月17日)を読む

 共謀罪シリーズの第6回として、去る2月17日に日本弁護士会連合会が公表した「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」をご紹介します。
 日弁連による同趣旨の意見書としては、2012年4月13日付「共謀罪の創設に反対する意見書」がありましたが、今通常国会に間もなく上程されるのではという緊迫した情勢の下、最新情勢を取り込むアップツーデートを行った新たな意見書を公表する必要があるという判断に基づくものでしょう。
 
 一読したところ、本意見書は、「テロ等組織犯罪準備罪」という新たな名称をまとった共謀罪法案が、①犯罪主体を「組織的犯罪集団」に限定、②「計画」の存在、③「準備行為」を処罰条件とするという3要件を規定しており、人権の侵害や恣意的な取締りにはつながらないという触れ込みに対して理論的な反駁を行うことに重点が置かれており、大いに参考にしていただけるのではないかと思います。
 
 なお、同じ2月17日、日本弁護士連合会は、「日本国憲法に緊急事態条項(国家緊急権)を創設することに反対する意見書」も公表しており、こちらの方も近くご紹介したいと思います。
 
(引用開始)
                          2017年(平成29年)2月17日
                          日本弁護士連合会
 
第1 意見の趣旨
 当連合会は,いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する。
 
第2 意見の理由
1 共謀罪法案の国会への再提出

 政府は,2000年に署名され,2003年に発効した国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約(以下「国連越境組織犯罪防止条約」という。)締結のために必要であるとして,2003年,2004年,2005年の3回にわたって共謀罪法案を国会に提出したが,いずれも廃案となった。
 ところが,2015年11月フランスでのテロ事件の発生を機に,政府関係者から,テロ対策のために共謀罪の創設が必要であるとの発言がなされるようになった。そして,2016年8月以降,政府が「共謀罪」を「テロ等組織犯罪準備罪」と名称を改めて取りまとめ,臨時国会に提出することを検討している旨報じられた。その後臨時国会への法案提出は見送られたものの,報道によれば,2017年1月に召集された通常国会共謀罪に関する新たな法案の提出が確実視されており,現時点において,法定刑が懲役4年以上である600を超える犯罪について共謀罪が新設されようとしている。
 当連合会は,共謀罪に関して,これまで,直近では,2012年4月13日付け「共謀罪の創設に反対する意見書」を提出しているが,以上の状況を踏まえ,当連合会の見解を改めて表明するために本意見書を取りまとめた。
 
2 共謀罪法案の概要
 これまでの報道及び本国会における審議を踏まえ,本国会に提出されることが想定される法案(以下「共謀罪法案」という。)は,現行の「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(以下「組織的犯罪処罰法」という。)の第6条の2に「テロ等準備罪」を創設し,組織的犯罪集団の活動として,組織により行われる重大な犯罪の遂行を2名以上で計画した場合で,計画に係る犯罪の実行のための資金又は物品の取得等の準備行為が行われたときに処罰するとされている。
 そして,共謀罪法案は,3つの厳しい要件(①犯罪主体を「組織的犯罪集団」に限定,②「計画」の存在,③「準備行為」を処罰条件とする)を規定しており,人権の侵害や恣意的な取締りにはつながらず,これまでの批判は回避されているとしている。
 
3 共謀罪法案の基本的な問題点
(1)共謀罪法案は,現行刑法の体系を根底から変容させるものとなること

 現行刑法は,犯罪行為の結果発生に至った「既遂」の処罰を原則としつつ,例外的に,犯罪の実行行為には着手されたが結果発生に至らなかった「未遂」について処罰する(刑法第44条)という体系から構成されている。「未遂」の前段階である「予備」(犯罪の実行行為には至らない準備行為のこと),さらにその前段階である「陰謀」(2人以上の者が犯罪の実行を合意すること)が処罰の対象とされる場合もあるが,これら「予備」や「陰謀」は各罪の中でごく例外的に処罰対象とされているにとどまる。この点は,現行刑法典だけでも,「既遂」が200余り規定されているのに対して,「未遂」は60余り,「予備」は10余り,「陰謀」はわずか数罪にとどまることからも明らかである(なお,共謀罪法案の対象となる犯罪は刑法典に規定された犯罪に限定されるものではないが,刑法典が刑罰の基本法規であることから,ここでは,刑法典に規定されている犯罪類型を例に挙げて検討している。)。
 しかし,共謀罪法案の構成要件である「計画」は,現行刑法でみると「陰謀」とほぼ同義であると解されるので,共謀罪法案が成立すると,長期4年以上の刑が定められた犯罪については,「未遂」はおろか,「予備」にすら到っていない「陰謀」の段階で,犯罪が一律に成立することになる。現行刑法典でみると,長期4年以上の刑が定められた犯罪が100近くあることから,「陰謀」の段階において処罰の対象とされる犯罪が100近く出てくることになるが,これは「未遂」の60余りを優に超えている。しかも,これら100近くの犯罪の中には,その「未遂」が処罰されないものが約半数含まれており,「未遂」が処罰されないにもかかわらず,「陰謀」の段階で処罰されることとなる犯罪が約半数出てくることになる。
 このように,「計画」を要件とする共謀罪法案が成立した場合には,「既遂」の前々々段階において国家による刑罰権の発動がなされることとなる。しかし,「陰謀」の段階における法益侵害の危険性は,犯罪の実行に着手したが結果が発生しなかった「未遂」の場合に比すれば類型的にはるかに低く,それゆえに現行刑法上は「内乱」,「外患誘致・援助」,「私戦」等ごく限られた結果が極めて重大な犯罪についてのみ「陰謀」を処罰することとしているのであって,「陰謀」と同様の意味を有する「計画」について「未遂」の場合と同程度の(処罰の対象となる個数から言えば,それ以上の)刑罰権の発動が正当化されるとは考えられない。
(2)共謀罪法案においても,犯罪を共同して実行しようとする意思を処罰の対象とする基本的性格は変わらないと見るべきこと
 上述のとおり,共謀罪法案は,前述のとおり3つの厳しい要件を規定しており,恣意的な取締りにはつながらないと説明されている。
 しかし,これらの構成要件ないし処罰条件は,犯罪の対象を限定する機能を適切に果たすことができないおそれがあり,共謀罪法案は,依然として,犯罪を共同して実行する意思を処罰の対象とするものと評価されてもやむを得ないものである。以下,理由を述べる。
①「組織的犯罪集団」と規定しても犯罪主体が適切に限定されないこと
 共謀罪法案は,犯罪主体を「組織的犯罪集団」(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が「重大な犯罪」(長期4年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪)又は国連越境組織犯罪防止条約が定める犯罪を実行することにあるもの)と規定し,それらの行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者を処罰するとするものである。したがって,犯罪主体となり得るのは,テロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等に限定され,通常の市民団体や労働組合等の活動が処罰の対象となることはない,と説明されている。
 しかしながら,例えば,組織的犯罪処罰法は,「団体」について「共同の目的を有する多人数の継続的結合体であって,その目的又はその意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復継続して行われるもの」(同法第2条第1項)と規定する。また,暴力団員の行う暴力的要求行為等の規制を目的として制定された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」は,「暴力団」について,「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員も含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」(同法第2条第2号)と規定する。
 さらに,「破壊活動防止法」は,「団体」について,「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体」とそれぞれ定義している(同法第4条第3項)。
 このように,主体を暴力団員等に限定したいのであれば,「組織的犯罪集団」の定義において,これらの法律に準じて,「常習性」,「反復継続性」等の要件が付加,明記されてしかるべきである。しかしながら,共謀罪法案の主体についてこのような要件の縛りはなく,主体がテロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等の構成員に限定されている趣旨を読み取ることはできない。
 また,「組織的犯罪集団」かどうかが問題となるのは,あくまで犯罪の共謀を行った時である。したがって,もともと適法な活動を目的とする市民団体や労働組合等がある時点で違法行為を計画した場合も,その時点で法の定義する「組織的犯罪集団」となったと解釈できる余地を残している。
 そして,共謀罪の適用が問題となるのは,団体が組織として犯罪行為実行することを共謀(共謀罪法案では「計画」)した時点であるから,もともと適法な活動を目的とする団体であったとしても,共謀の時点では「組織的犯罪集団」と認定され,共謀罪の対象とされる危険性が十分ある。現に,最高裁平成27年9月15日決定は,組織的犯罪処罰法に定める「団体」について,当初は適法な活動を行っていた会社であっても,その後の活動によっては要件を充足することを認め,さらに,当該会社の従業員の中に犯罪行為に加担していないものがいたからといって別異に解する理由はないとしている。
 このように,「組織的犯罪集団」を「共同の目的が犯罪を実行することにある団体」と定義しても,テロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等に限定される保証はなく,通常の市民団体や労働組合が処罰の対象とされる可能性があり,主体の限定は政府が言うように有効に機能するとは期待できない。
②「計画」の要件が存在しても犯罪の成立が適切に限定されないこと
 共謀罪法案は,「計画」という要件により,処罰の対象となるのは,犯罪の実行を目的とする合意が具体的・現実的になった段階に限定され,そのような段階に達成していない合意は処罰の対象とされないものとされている。
 しかし,「計画」とは,目的を達成するためにあらかじめ考えた方法・手段・手順等をさす用語とされているが,実質的には合意を言い換えたものであり,この文言だけからは,合意の具体性・現実性までが要求される趣旨は読み取れず,犯罪の成否を分かつ分水嶺として機能するとは思われない。
③「準備行為」の要件は適切に機能しないこと
 共謀罪法案は,計画(合意)のみならず,当該犯罪の実行の「準備行為」がなされることを処罰条件として付加されており,内心や思想を処罰するものではない,とされている。
 しかしながら,今回,「準備行為」の例として,資金又は物品の取得が例示されていることから分かるように,準備行為自体は,予備罪や準備罪における予備行為又は準備行為のように,その行為自体が結果発生の危険性を帯びる行為とはされておらず,計画に基づく行為(その行為は,我々が日常生活において通常行っている行為でも構わない。)が外部に現れれば,処罰条件は具備されたことになると理解される。
 また,「準備行為」は処罰条件に過ぎないため,「計画」の時点から犯罪の嫌疑がありとして犯罪捜査の対象となり得る。
 そうすると,「準備行為」がなされたことを処罰条件とするとしても,共謀罪法案は,依然として,犯罪を共同して実行する意思を処罰の対象としていることと実質的には変わらないと言わざるを得ない。
④構成要件の人権保障機能が阻害されるおそれがあること
 現行刑法は,法律において構成要件を明記し,構成要件に該当しない行為については処罰の対象とせず国家の刑罰権の発動を抑制することによって,構成要件に人権保障機能を持たせている。現行刑法体系における構成要件は,外部に現れた人の「行為」のうち,法益侵害又はその危険性のあるものを個別・具体的に抽出して規定し,処罰の対象となる行為とそうでない行為が明確に区分されることから,構成要件は人権保障機能を果たしているとされる。ところが,共謀罪法案が成立すれば,「犯罪を実行する意思」の合致にほかならない「計画」が構成要件となり,しかも,これは外部から伺い知ることは困難であるから,犯罪の成否を区別するための構成要件の人権保障機能が十分に機能しないこととなりかねない。
⑤まとめ
 以上のとおりであって,共謀罪法案において3つの要件が付加されたとしても,従前の共謀罪法案と同じく,犯罪を実行しようとする意思を処罰の対象とする姿勢に変化はないものと見るべきである。
(3)罪名を「テロ等準備罪」と改めても,監視社会を招くおそれがあること
 共謀罪法案は,その呼称が「テロ等準備罪」とされていることから(さらに,上記(2)に記載の要件を付加することによって),この罪がテロその他の組織犯罪にしか適用されず,市民運動労働組合活動等には適用されない,と説明されている。
 しかし,共謀罪法案の構成要件は上述のとおりであるところ,この構成要件から,共謀罪法案がテロ等に対してのみ適用される犯罪類型であることは読み取れない。
 加えて,共謀罪法案が成立すれば,犯罪を共同して実行する意思の合致である「計画」が重要な構成要件となるところ,人と人とが犯罪を遂行する合意をしたかどうかや,その合意の内容が実際に犯罪に向けられたものか否かの判断は,犯罪の実行が着手されていない段階では,事柄の性質からして極めて困難である。したがって,犯罪の成否を明確にし,人権保障を担っている構成要件が機能せず,検挙しようとする捜査機関の恣意的な判断を容れる余地が出てくる。
 また,「計画」(合意)は人と人との意思の合致によって成立する。したがって,その捜査手法は,会話,電話,メール等の人の意思を表明する手段及び人の位置情報等を収集することとなる。既に通信傍受やGPS(グローバル・ポジショニング・システム)による捜査が行われているところ,共謀罪の捜査のためとして,新たな立法により,更なる通信傍受の範囲の拡大,会話傍受,更には行政盗聴まで認めるべきであるとの議論につながるおそれがある。このような捜査手法が認められたなら,市民団体や労働組合等の活動を警察が日常的に監視し,行き過ぎた行動に対して,共謀罪であるとして立件するおそれもあり,市民の人権に少なからぬ影響を及ぼしかねない。
 
4 国連越境組織犯罪防止条約との関係
(1)
政府は,共謀罪法案を制定する理由として,国連越境組織犯罪防止条約を締結するために国内法の整備が必要であることを挙げている。国連越境組織犯罪防止条約では,締結国に対して,重大な犯罪を行うことの合意の犯罪化等を求めているところ(第5条第1項),重大な犯罪とは,長期4年以上の刑が科される犯罪とされていることから(第2条(b)),長期4年以上の刑が定められた犯罪を実行する計画を立案したことを処罰の対象とする共謀罪法案の創設が不可欠としている。
 もとより当連合会においても,国連越境組織犯罪防止条約の締結について反対するものではないが,我が国においては国連越境組織犯罪防止条約との関係でも当然に共謀罪の創設を必要とするものではない。以下,その理由を述べる。
(2)「予備」,「陰謀」,「準備」の段階の処罰立法が既になされていること
 我が国においては,主要な暴力犯罪について,「未遂」以前の「予備」,「陰謀」,「準備」段階の行為を処罰の対象とする規定が相当程度存在している。
 まず,生命・身体・財産等を保護法益とするものとしては,殺人(刑法第201条,組織的犯罪処罰法第6条第1項),強盗(刑法第237条),身の代金目的略取(刑法第228条の3),営利目的等略取及び誘拐(組織的犯罪処罰法第6条第2項),いわゆるハイジャック(航空機の強取等の処罰に関する法律第3条)等について,「予備」の段階を処罰の対象とし,治安を妨げ,身体財産を害することを目的としての爆発物の使用(爆発物取締罰則第4条),他人の身体に対して害を加えることの「共謀」への参加(ただし,その一部の者が予備行為をした場合に限る。)(軽犯罪法第1条第29号)等について,処罰の対象とされている。
 次に,公共の安全を保護法益とするものとしては,現住建造物等放火(刑法第113条),激発物破裂(同法第117条),化学兵器を使用して毒性物質を発散させる化学兵器等使用(化学兵器の禁止及び特定物質の規制等に関する法律第40条),病原体等を発散させて公共の危険を生じさせる行為(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第67条第3項),サリン等を発散させて公共の危険を生じさせる行為(サリン等による人身被害の防止に関する法律第5条第3項),放射線を発散させる行為(放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律第3条第3項),けん銃等の輸入罪(銃砲刀剣類所持等取締法第31条の12),核物質の輸入罪(放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律第6条第3項),麻薬等,覚せい剤大麻の輸入・輸出等(麻薬及び向精神薬取締法第67条,第69条の2,覚せい剤取締法第41条の6,大麻取締法第24条の4),犯罪収益等に関する事実の仮装,隠匿(組織的犯罪処罰法第10条第3項)等について,「予備」の段階を処罰の対象としている。さらに,2人以上の者が他人の生命等に対して共同して害を加える目的で凶器を準備して集合する行為等(刑法第208条の2)について,「準備」の段階を処罰の対象としている。また,公衆等脅迫目的の犯罪を実行しようとする者が武器を購入するために資金を集める行為,これらの者を援助する目的で資金,土地,建物,物品,役務を提供する行為が処罰の対象とされているが(公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律第2条から第5条),これは公衆等脅迫行為の「準備」と言えるものである。
 さらに,国家を保護法益とするものとしては,内乱(同法第78条),外患誘致,外患援助(同法第88条),私戦予備及び陰謀(同法第93条)等について,「予備」,「陰謀」の段階で,処罰の対象とされている。自衛隊員(治安出動命令を受け,防衛出動命令を受けた者を含む。)が上官の職務命令に対して多数共同して反抗等する行為(自衛隊法第119条,同法第120条,第122条),特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らす行為,法令の規定により特定秘密の提供を受けた者がこれを漏らす行為(特定秘密の保護に関する法律第25条)等について,「陰謀」の段階を処罰の対象としている。
 以上のとおり,我が国には,「予備」,「陰謀」,「準備」の段階を処罰の対象とする立法が既になされており,「陰謀」段階を処罰する新たな立法をする必要性は乏しい。
(3)テロ対策のための立法がなされてきたこと
 国連は,国連越境組織犯罪防止条約とテロ関係の条約を明確に区別した上で,テロ対策のための条約を多数制定している。例えば,ハイジャック防止のためのハーグ条約(1970年),核物質防護条約(1980年),シージャック防止条約(1988年),プラスチック爆薬探知条約(1991年)等のテロ防止関連13条約がそれである。
 また,2002年には,国連テロ資金供与防止条約が締結され,我が国では,(2)記載のとおり,国内法としてテロ資金提供処罰法(公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金等の提供等の処罰に関する法律)が制定された。この法律は,公衆等脅迫目的の犯罪を実行しようとする者を援助する目的で資金等を提供する行為である「準備」行為についても,処罰の対象とし,処罰対象者の範囲も,実行者に直接利益を提供する協力者だけでなく,間接的に支援する協力者にまで拡大している。
 2007年には,(2)記載のとおり,放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律が成立し,この法律においても,放射線を発散させる行為について「予備」を処罰することとされている。
(4)条約の一部留保を行う余地があること
 政府は,国連越境組織犯罪防止条約第5条が,「重大な犯罪」を共謀罪の対象犯罪とすることを義務付けていることから,共謀罪の対象犯罪を限定することはできず,限定すれば同条約に反するとともにその趣旨及び目的に反すると説明している。
 しかし,条約法に関するウィーン条約では,条約の趣旨及び目的と両立すれば,留保を付して条約を批准することができることとされており(第19条(C)),国連越境組織犯罪防止条約第5条については一部留保してもこの条約の趣旨及び目的と両立させることができ,したがって,一部留保してこの条約を締結することが可能と考えられる。以下理由を述べる。
 外務省の説明によれば,国際社会における法の抜け穴をなくし,国際的な組織犯罪の防止のための国際協力を促進することを通じて,深刻化する国際的な組織犯罪に対する国際的な取組の強化に寄与することができることから,早期に国連越境組織犯罪防止条約を締結することが我が国の責務である,としている。
 まず,上述において述べたとおり,テロ等対策のための主要な犯罪については,「未遂」の前段階を処罰する立法が既に存在しており,また,「予備」罪についても共謀共同正犯が認められ,予備行為の謀議に加わった者も処罰の対象とできることとされていることを踏まえれば,新たな立法をすることなく,国連越境組織犯罪防止条約を締結しても同条約の趣旨及び目的に反しないものと考えられる。
 また,従前の共謀罪審議において,当時の民主党が長期5年の刑期を超える犯罪を対象とした修正案を当時の自民党が受け入れる方針を明らかにしたことがあったことに加え,今般も,与党から「重大な犯罪」に該当する罪であっても,性質上対象になり得ない罪(過失犯等)や組織犯罪と関連性が低い罪(公職選挙法等)が除外されることが議論されていることからして,政府の条約解釈においても,条約上の「重大な犯罪」を全て共謀罪として立法する必要がないことが裏付けられている。そして,後述するように,個別にテロ等対策のための犯罪化が必要かどうかを検討した上で,どうしても必要なものに限り立法化を図るということによっても,国連越境組織犯罪防止条約の要求を満たすとして同条約を締結する,あるいは少なくとも同条約の趣旨及び目的と両立する範囲内で同条約を一部留保して締結することが可能なはずである。
 さらに,国連越境組織犯罪防止条約を締結するために,新たに共謀罪を設けたのは,外務省によれば,ノルウェーブルガリアの2か国にとどまっている。そのノルウェーブルガリアを含め,これまで共謀罪を設けて国連越境組織犯罪防止条約を締結した国・地域の全てが,「重大な犯罪」に該当する罪の全てについて共謀罪を制定していたのかについては不明のままである。
 また,上述のとおり,我が国においては,「予備」,「陰謀」,「準備」の段階を処罰の対象とする立法が既になされており,もしその水準では国連越境組織犯罪防止条約を締結できないというのであれば,これまで同条約を締結するために共謀罪を制定した国・地域の全てにおいて,我が国の水準以上に共謀罪が存在していることが明らかにされなければならないが,現時点でその説明がなされていないままである。
 したがって,国連越境組織犯罪防止条約の締結のためには,「重大な犯罪」全てについて共謀罪の新設が必要とする政府の主張は厳密に裏付けられておらず,むしろ,同条約を締結した国・地域が,この条約が要求する全ての犯罪について処罰できるように国内法を整備したか否かは明確ではなく,実質的に見て一部留保して締結した国・地域も少なくないと思われる。
 なお,人種差別撤廃条約を批准する際に,人種差別に関わる扇動や団体への参加を処罰すべきとする同条約第4条について,「日本国憲法の下における集会,結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において,これらの規定に基づく義務を履行する」と留保を付した例も存する。
 以上のとおり,国連越境組織犯罪防止条約についても,同条約の趣旨及び目的との両立を維持しながら,同条約第5条を部分的に留保することにより,同条約を締結することは可能である。
(5)テロ等対策の必要性があれば,個別・具体的な立法で対応すべきであること
 仮に我が国におけるテロ等対策について,上記(2)及び(3)で挙げた現行の立法では不十分である場合であっても,「未遂」の前段階の「予備」の段階で処罰する必要性のある犯罪行為,さらにその前の「陰謀」の段階,あるいは「準備」の段階での処罰が必要とされる犯罪行為をそれぞれ抽出した上で,処罰の対象行為を特定し,個別・具体的に立法を検討することが可能である(その立法の過程において,立法の必要性,構成要件の明確性等について,審議される。)。もとより,この場合であっても,現行刑法の体系を大きく損なうことがないよう,「未遂」の処罰規定がない犯罪について,共謀罪を創設すべきではないし,共謀罪が処罰される犯罪の個数は,「未遂」が処罰される犯罪の個数を大幅に下回る必要があるであろう。共謀罪法案のように,長期4年以上の刑が定められた犯罪について,一律に,犯罪とする必要性はない。
 
5 結論
 以上述べたとおり,テロ対策自体についても既に十分国内法上の手当はなされており,テロ対策のために政府・与党が検討・提案していたような広範な共謀罪の新設が必要なわけではない。また,国内法の整備状況を踏まえると,共謀罪法案を立法することなく,国連越境組織犯罪防止条約について一部留保して締結することは可能である。
 もし,テロ対策や組織犯罪対策のために新たな立法が必要であるとしても,政府は個別の立法事実を明らかにした上で,個別に,未遂以前の行為の処罰をすることが必要なのか,それが国民の権利自由を侵害するおそれがないかという点を踏まえて,それに対応する個別立法の可否を検討すべきであり,個別の立法事実を一切問わずに,法定刑で一律に多数の共謀罪を新設する共謀罪法案を立法すべきではない。
 よって,当連合会は,いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する。
(引用終わり)
 
 

(付録)
辺野古節』『満月の夕(ゆうべ)』『踊れ、踊らされる前に』 演奏:中川敬withリクオ
 
※2015年11月14日@新宿アルタ