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井手英策慶応義塾大学教授が民進党定期党大会(3/12)で語ったこと

 今晩(2017年5月13日)配信した「メルマガ金原No.2811」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
井手英策慶応義塾大学教授が民進党定期党大会(3/12)で語ったこと

 まことに遅ればせながらですが、2017年3月12日に開催された民進党定期党大会における井手英策氏(慶応義塾大学経済学部経済学科教授)による来賓挨拶をご紹介します。
 この10分余りのスピーチは、直後から大変な反響を呼んだそうですが、うかつにも私は全然気がついておらず、ほぼ2ヶ月遅れで、Facebookのタイムラインで挨拶の全文(民進党ホームページに掲載)がシェアされているのに気がつき、一読、井手教授の魂の言葉に直接私の心が鷲づかみにされるような衝撃を受けました。
 私のメルマガ(ブログ)の読者でも、ついこの前までの私と同様、まだこのスピーチの存在を知らない方がおられるだろうと思いますので、ご紹介することとしました。
 井手教授の研究分野が「財政社会学、財政政策史、地方財政論」であると本務校ホームページに掲載されていますが、同教授のその他の学問的業績や経歴などは、末尾で参考サイトにまとめてリンクしておきましたので、適宜ご参照ください。
 
 この「あいさつ全文」は、録音に基づく文字起こしに手を入れたものか、それともスピーチ用の原稿をそのまま掲載したものか分かりませんが(多分後者ではないかと思うのですが)、スピーチ動画と併せて繰り返し読むに値するものです。
 本当は、全文「転載」したいところですが、冒頭部分は引用を省略しました。この部分では、なぜ井手教授が、周囲の反対を押し切ってまで、民進党の「尊厳ある生活保障総合調査会」(前原誠司会長)のアドバイザーとなり、党大会の来賓として挨拶すべくここに立っているのかを、実に率直に語っておられます。是非この部分もリンク先でお読みください。

 民進党の党大会における同党アドバイザーによる来賓祝辞ではありますが、このスピーチに接したほとんどの者は、おそらく党派性など意識しないでしょう。本当に必要なパラダイムシフトとは何か?その方向性の共有こそ、間近くは「立憲野党共闘」の結集軸であるべきだし、中長期的には、今後の「政治改革」(この言葉には危険な要素が多分に含まれていますが)が目指すべき理念でなければならないと考えるのではないでしょうか(※ここでは、個々の政策(例えば「増税」とか)についての賛否はとりあえず横に置いておきますが、いずれそうも言っていられなくなるでしょう)。 
 
 前置きはこれくらいにしておきます。以下に、井手英策教授による3月12日のスピーチを、動画と原稿でご紹介します。
 感銘を受けられましたら、是非周りの方に広めてください。
 
動画・民進党・2017年度定期大会来賓挨拶 慶応大学経済学部 井手英策教授(12分)


2017年03月12日 民進党【定期党大会】
来賓 慶応大学経済学部 井手英策教授あいさつ=全文

(抜粋引用開始)
(冒頭部分省略)
 そうです。傍観することを、ただ黙って見ていることを、時代が許してくれません。日本の現状を見てください。現役世代への社会保障や教育サービスの水準は主要先進国の中で最低レベル。必死に働いてお金を貯めて、そして自分自身の力を振り絞って明日の暮らしを何とかする。まさに自己責任の社会を僕たちは生きています。
 ところがです。子どもの教育であれ、病気や老後の備えであれ、貯蓄がなければ生きていけないこの社会なのに、家計貯蓄率はほぼゼロに落ちています。夫婦2人で働くようになったにもかかわらず、世帯の収入はこの20年間で2割近く落ちました。
 年収300万円以下の世帯が34%を占め、国民の9割が老後に不安を感じる。異様です。苦しんでいるのは現役世代だけではありません。高齢者の中で生活保護を受ける人の割合、この20年間で倍増しました。「老後の備えとして貯金や資産が足りない」と答えるお年寄りの割合も、欧米の2倍から3倍に達しています。
 それなのに、それなのにです。多くの人たちが不安に打ち震える中、財政は再分配、格差是正の力をすっかりなくしてしまっています。財政が介入すると、子どもの貧困率がかえって悪化するという驚くべき状況までが生まれています。北欧諸国と並んで平等主義国家と言われた私たち日本でしたが、今ではジニ係数を見ても、相対的貧困率を見ても、格差社会、いやいや、あえて言うならば「格差放置社会」をつくり出しています。僕たちは同じ国を生きる仲間なのに、困っている人たちを平気で切り捨てるような社会をつくってしまった。
 いや、今の日本は、弱者を見捨てる、切り捨てるだけでは済みません。僕の住んでいる神奈川県小田原市で、生活保護受給者を見下すようなジャンパーが作製され、それを着用した職員が約10年にわたって生活保護受給者の自宅を訪ねるという問題が発覚しました。僕は一市民として情けなくて、情けなくて、情けなくて、胸がもう悲しみで張り裂けそうになりました。市長のご依頼もあり、この問題を検証する会議の座長を引き受ける決意をいたしましたが、そこで驚くべき事実と出会いました。
 ケースワーカーは、重労働に耐え、時には命をかけて仕事に熱心に取り組んでいた人たちだったのに、組織の中では彼らは孤立し、そして彼ら自身苦しみを訴えるチャンスすら与えられていませんでした。彼らは、加害者であるのと同時に、犠牲者でもありました。追い詰められた弱者が、さらに弱い人たちを差別する。ここにこそこの問題の本質がありました。
 多くの障がい者が殺傷された相模原の事件を思い出していただきたいと思います。戦後最悪の事件の一つでしたし、犯人を許すことは絶対にできません。ただ、一方で加害者は、職を失い障がいを持つ社会的な弱者でもありました。この事件も小田原市の問題と同じで、弱者がさらなる弱者を痛めつけて喜ぶという絶望的な事件だったわけであります。
 そう、誰もが犠牲者に、被害者になり得るというこの悲しい構図の中で、弱者に対する優しさが失われ、不安を抱える者同士が傷つけ合う。それが今の日本社会の姿ではないのかと思います。
 民進党の政策理念に「未来への責任」という言葉がございます。全くそのとおりです。3人の子どもを持つ一人の父親として、このようなみすぼらしい社会を子どもたちに残すわけにはいきません。
 人間同士が分断され、生きることが苦痛と感じるような社会を、子どもたちに絶対に残すわけにはいかんのです。だからこそ、皆さんに聞きたいことがある。皆さんはアベノミクスをどうお考えでしょうか。「かけ声倒れの失敗だった」「何の効果もないじゃないか」、きっとそうお考えでしょう。
 では、皆さんにもう一度お伺いしたい。民進党が政権を取れば、かつてのような経済成長を取り戻すことができるとお考えでしょうか。民進党が政権を取れば、かつてのような豊かな貯蓄をまた本当に取り戻せるとお考えでしょうか。僕はそう思いません。
 成長率を高めるには幾つかのポイントがあります。労働力人口、労働者の生産性、国内の設備投資。しかし、どれも期待できない。そのことは、潜在成長率が1%さえ超えられないという現実によって雄弁に語られていると思います。
 最後の希望は技術革新です。「政府がイノベーションを生み出す」、本当ですか。歴史を見る限り、私の知る限り、日本経済が次々と新しい技術を開発し、そして高い成長率を記録した時代、それは政府が景気対策規制緩和も行う必要のなかった高度経済成長期のことであります。
 そうです。経済を成長させて、所得を増やして、貯蓄で安心を買うという、この自己責任モデルがもう破綻しているわけです。アベノミクスへの対抗軸は決して成長を競い合うことではありません。
 貧しい人を助けるという常識が通用しない時代がやってきています。生活不安があらゆる人間をのみ込もうとしています。自己責任のこの財政をつくり変え、分かち合い、満たし合いの財政にしていく。貧しい人だけではなく、あらゆる人々の生活を保障していく。期待できない経済成長なんかに依存するのではなく、将来の不安を取り除けるような、そういう新しい社会モデルを示してこそ、対立軸たり得るのではないのかと私は思います。
 不安に怯える国民が待ち望んでいるのは、このパラダイムシフト、勇気ある一歩、発想の大転換だと申し上げたくて、きょうはこの場に参りました。
 僕は20年かけて、自分の学者生命をかけて作り上げた大切な理論を、言ってみれば学者としてのこの僕自身全てを、前原調査会、皆さんにお預けしようと思っています。理由は簡単です。僕はこの日本という国が、好きで、好きでたまらないのです。自分が生まれた国だからではありません。日本がすごい国だからでもありません。家族や友人、愛する人たちが生きるこの国だからこそ、僕は日本が大好きです。大切な人たちが住むこの国を、どうか自己責任の恐怖に怯える国から、「生まれてよかった」と心底思える国に変えてください。人間が人間らしく生きていける社会。人間の顔をした政治を取り戻してください。
 対抗軸は皆さんにしかつくれません。この叫びにも近い強い願いを皆さんに託して、私からのご挨拶の言葉にかえさせていただこうと思います。
 ご清聴どうもありがとうございました。
(引用終わり)
財政社会学者、井手英策のブログ
※ブログの最新エントリーは、民進党大会でのスピーチの反響を受けて書かれた「シンプルなものをもっとシンプルにして生きる」です。
 
(参考書籍)
『財政赤字の淵源 寛容な社会の条件を考える』有斐閣)2012年10月刊

『日本財政 転換の指針』岩波新書)2013年1月刊

『経済の時代の終焉』岩波書店)2015年1月

『18歳からの格差論 日本に本当に必要なもの』東洋経済新報社)2016年6月刊


『財政から読みとく日本社会 君たちの未来のために』(岩波ジュニア新書)2017年3月刊