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ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」(1942年5月) 統合版

 2017年8月6日配信(予定)のメルマガ金原.No.2896を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」(1942年5月) 統合版
 
 1942年(昭和17年)5月7日付で、文部次官から各地方長官に通牒された「戰時家庭教育指導ニ關スル件」(昭和十七年五月七日發一二八號)及びその別紙として一体をなしていた「戰時家庭教育指導要項」については、戦時下の国が、家庭教育に何を求めていたかを集大成したものとして、貴重な歴史的資料であり、2006年の教育基本法全部「改正」、文部科学省が主導する家庭教育支援の諸方策、全国各地の自治体で進む家庭教育支援条例の制定、国会への上程が間近と言われる家庭教育支援法案の準備などの動きを批判的に考察するために、是非とも読み込んでおくべきものだと思います。
 「要項」自体、そんなに長いものではありませんが、戦前の行政文書の通例で、難解な熟語が頻出し、原則として句読点もない漢文読み下し調の文体で書かれていますので、それだけで恐れをなし、読んでみようという意欲がわいてこないかもしれません。
 以上の問題意識から、東京の城北法律事務所に所属する大久保秀俊、久保木太一両若手弁護士が、「要項」作成の歴史的・思想的背景等も踏まえた上で、誰にも分かりやすい「超訳」を作成したことを知り、お2人のご快諾を得て私のブログに全文転載させていただくことになり、8月3日から5日まで、3回に分けて掲載させていただきました。
 また、「超訳」と対照して原文の「要項」も読んでいただきたいと思い、仲里歌織弁護士のご協力を得て、「超訳」の底本となった奥村典子著『動員される母親たち 戦時下における家庭教育振興政策』(六花出版/2014年10月刊)に掲載された原文(同書109~111頁/漢字は旧字体から新字体に改められている)を転記した上で、全ての漢字にルビを振りました(技術上の問題から、本文内に括弧書きで読み方を表示しました)。
 また、以上のブログ用草稿作成の途上で、奈良県立図書情報館ホームページに掲載されている「戰時家庭教育指導要項」を発見し、一般に流布している「要項」と明らかに版が違うものであったため、資料的価値もあろうかと思い、これも併せてブログに掲載しました。
 そして、各大項目(「通牒」、「一、我ガ国ニ於ケル家ノ特質ノ闡明並ニ其ノ使命ノ自覚」、「二、健全ナル家風ノ樹立」、「三、母ノ教養訓練」、「四、子女ノ薫陶養護」、「五、家生活ノ刷新充実」)ごとに、「超訳」、「原文」、「原文(ルビ付き)」、「奈良版・原文」、「奈良版・原文(ルビ付き)」の順番で掲載しました。
 最後に、戦前における家庭教育に対する国の方針がどう推移して「戦時家庭教育指導要項」に至ったのか、その特質がどこにあるのかをより詳しく知っていただくため、「超訳」の訳者である大久保秀俊弁護士、久保木太一弁護士にる解説「戦時家庭教育指導要項の成立とその背景」を末尾に転載させていただきました。
 
 以上のような方針で、ブログ草稿を作ったため、全体の分量が長くなり過ぎ、やむなく3回分載としたのですが、いざこの記事を多くの人に活用してもらおうと考えると、3つの記事に分かれていては何かと不便であるということに思い至りました。
 そこで、資料的価値はともかくとして、「戦時家庭教育指導要項」自体を理解するためには必要ないと思われる奈良県立図書情報館版はカットすることとし、以下の方針で「統合版」を作ることにしました。
 
1 原文は、大久保秀俊先生からブログ草稿完成後に提供いただいた資料・文部大臣官房文書課編『文部省例規類纂』昭和十七年(復刻版『文部省例規類纂』第7巻/大空社/1987年)20頁~25頁に掲載された「戰時家庭教育指導ニ關スル件」(昭和十七年五月七日發一二八號 各地方長官ヘ文部次官通牒)及びその別紙たる「戰時家庭教育指導要項」に準拠する。ただし、漢字については、読みやすさを考慮して、旧字体から新字体に書き改める。その際、『動員される母親たち 戦時下における家庭教育振興政策』所収版を参照する。
2 統合版における構成(目次)は以下のとおりとする。
 (1)ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」 
      ①「戦時家庭教育指導ニ関スル件」ルビ付き原文
      ②「一、我ガ国ニ於ケル家ノ特質ノ闡明並ニ其ノ使命ノ自覚」ルビ付き原文
   ③「1 日本における家の特徴と家の使命を教えます」超訳
   ④「二、健全ナル家風ノ樹立」ルビ付き原文
   ⑤「2 健全な家風を作ってください」超訳
   ⑥「三、母ノ教養訓練」ルビ付き原文
   ⑦「3 母親を教育してください」超訳
   ⑧「四、子女ノ薫陶養護」ルビ付き原文
   ⑨「4 子供を正しく育ててください」超訳
   ⑩「五、家生活ノ刷新充実」ルビ付き原文
   ⑪「5 今までの家庭生活から新しい家庭生活へ」超訳
 (2)原文で読む「戦時家庭教育指導ニ関スル件」と「戦時家庭教育指導要項」
 (3)「戦時家庭教育指導要項の成立とその背景」
 (4)参考文献
 
 なお、「戦時家庭教育指導要項」が発表された同じ年(昭和17年)、戸田貞三著『家の道 文部省戦時家庭教育指導要項解説』(中文館)という注釈書が刊行されており、国立国会図書館デジタルコレクションで読むことができます。
 
 4日にわたってお送りしてきた「ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」(1942年5月)」も、いよいよ今日の「統合版」で最終回を迎えました。
 家庭教育の歴史や現状の問題点について全く無知であった私に、様々な資料や情報を提供してくださり、また玉稿の転載をご了解いただいた仲里歌織先生、大久保秀俊先生、久保木太一先生に、あらためて心より御礼申し上げます。
 また、私がこの問題に関心を持つ重要なきっかけとなった某メーリングリストに熱い投稿を行い、私のやる気に火を付けていただいた漆原由香先生(岐阜県弁護士会)にも感謝します。
 3回分載時にも書きましたが、この「ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」(1942年5月)」が多くの人のお役に立てればと念願します。
 
 
-ルビ付き原文と超訳で読む「戦時家庭教育指導要項」-
 
       戦時家庭教育指導(せんじかていきょういくしどう)ニ関(かん)スル件(けん)

(昭和十七年五月七日 発社一二八号 各地方長官(かくちほうちょうかん)ヘ文部次官(もんぶじかん)通牒(つうちょう))

未曽有(みそう)ノ重大時局(じゅうだいじきょく)ニ際会(さいかい)シ、肇国(ちょうこく)ノ大精神(だいせいしん)ニ則(のっと)リ、国家総力(こっかそうりょく)ヲ結集(けっしゅう)シ、以テ(もって)聖業翼賛(せいぎょうよくさん)ニ邁進(まいしん)スベキ時(とき)、国運進展(こくうんしんてん)ノ根基(こんき)ニ培(つちか)フベキ家(いえ)ノ使命(しめい)愈々(いよいよ)重(おも)キヲ加(くわ)フルニ至(いた)レリ
仍テ(よって)家生活(いえせいかつ)ヲ刷新充実(さっしんじゅうじつ)シ、家族制度(かぞくせいど)ノ美風(びふう)ヲ振起(しんき)シ、皇国(こうこく)ノ重責(じゅうせき)ヲ負荷(ふか)スルニ足(た)ル健全有為(けんぜんゆうい)ナル子女(しじょ)ヲ育成薫陶(いくせいくんとう)スベキ家庭教育(かていきょういく)ノ振興(しんこう)ヲ図(はか)ルハ、正(まさ)ニ刻下(こっか)ノ急務(きゅうむ)タリ。茲(ここ)ニ戦時家庭教育指導要項(せんじかていきょういくしどうようこう)別紙(べっし)ノ通(とおり)相定(あいさだ)メラレタルニ付(つき)、之(これ)ガ徹底(てってい)ニ関(かん)シ、万(ばん)遺憾(いかん)ナキヲ期(き)セラレ度(たく)、此段(このだん)依命通牒(いめつうちょう)ス。
 
超訳は未訳】


          戦時家庭教育指導要項(せんじかていきょういくしどうようこう)
 
【一、我ガ国ニ於ケル家ノ特質ノ闡明並ニ其ノ使命ノ自覚】
一、我(わ)ガ国(くに)ニ於(お)ケル家(いえ)ノ特質(とくしつ)ノ闡明(せんめい)並(ならび)ニ其(そ)ノ使命(しめい)ノ自覚(じかく)
我(わ)ガ国(くに)ニ於(お)ケル家(いえ)ハ
イ、祖孫一体(そそんいったい)ノ道(みち)ニ則(のっと)ル家長中心(かちょうちゅうしん)ノ結合(けつごう)ニシテ人間生活(にんげんせいかつ)ノ最(もっと)モ自然(しぜん)ナル親子(おやこ)ノ関係(かんけい)ヲ根(ね)トスル家族(かぞく)ノ生活(せいかつ)トシテ情愛敬慕(じょうあいけいぼ)ノ間(かん)ニ人倫本然(じんりんほんねん)ノ秩序(ちつじょ)ヲ長養(ちょうよう)シツツ、永遠(えいえん)ノ生命(せいめい)ヲ具現(ぐげん)シ行(ゆ)ク生活(せいかつ)ノ場(ば)ナルコト。
ロ、畏(かしこ)クモ 皇室(こうしつ)ヲ宗家(そうけ)ト仰(あお)ギ奉(たてまつ)リ恒(つね)ニ国(くに)ノ家(いえ)トシテ生成発展(せいせいはってん)シ行(ゆ)ク歴史的現実(れきしてきげんじつ)ニシテ忠孝一本(ちゅうこういっぽん)ノ大道(だいどう)ニ基(もと)ヅク子女錬成(しじょれんせい)ノ道場(どうじょう)ナルコト。
ハ、親子(おやこ)、夫婦(ふうふ)、兄妹(きょうだい)、姉妹(しまい)和合団欒(わごうだんらん)シ序(じょ)ニ従(したが)ツテ各自(かくじ)ノ分(ぶん)ヲ尽(つ)クシ老(ろう)ヲ扶(たす)ケ幼(よう)ヲ養(やしな)フ親和(しんわ)ノ生活(せいかつ)ノ裡(うち)ニ自他一如(じたいちにょ)、物心一如(ぶっしんいちにょ)ノ修錬(しゅうれん)ヲ積(つ)ミ進(すす)ンデ世界新秩序(せかいしんちつじょ)ノ建設(けんせつ)ニ参(さん)スルノ素地(そじ)ニ培(つちか)フモノナルコト
等(とう)ヲ其(そ)ノ特質(とくしつ)トスルコトヲ闡明(せんめい)シ我(わ)ガ国(にく)ニ於(お)ケル家(いえ)ノ国家的(こっかてき)並(ならび)ニ世界的意義(せかいてきいぎ)ニ徹(てっ)セシメ之(これ)ガ使命(しめい)ノ完遂(かんすい)ニ遺憾(いかん)ナカラシメンコトヲ要(よう)ス。
 
【1 日本における家の特徴と家の使命を教えます】
 日本における家は、
イ 家長が中心の結合体で、先祖も君たちもみんな一体です。
 親子関係をベースとして、愛情や尊敬に包まれながら人格を形成して、永遠に続いていく場所です。
ロ こんなこと言うとバチが当たりそうですが、皇室は君たちみんなの本家です。そうやって君たちの家は発展していきました。なので、家は、天皇への忠誠心を持った天皇のしもべとしての子供を生み出し、天皇への奉仕者としての資質を伸ばすことに全力を傾ける場にしてください。
ハ 親子、夫婦、兄弟、姉妹は仲良くしてください。上下関係といった役割にしたがってお年寄りや子供の面倒もみてください。自分も他人も一心同体です。贅沢は敵なので、誘惑に負けない訓練をつみ、大東亜戦争を遂行するためのベースを培うことが日本の家の役割です。日本のため、大東亜戦争のための使命を完璧に果たしてもらうことが必要です
 
 
【ニ、健全ナル家風ノ樹立】
ニ、健全(けんぜん)ナル家風(かふう)ノ樹立(じゅりつ)
 家風(かふう)ハ家々(いえいえ)ノ伝統(でんとう)ノ具体的表現(ぐたいてきひょうげん)ナルト共(とも)ニ不断(ふだん)ニ生成発展(せいせいはってん)スベキモノナリ。家人(かじん)ノ性格(せいかく)ハ家風(かふう)ニヨリ律(りっ)セラルルコト大(だい)ニシテ家人(かじん)ノ、従(すたが)ツテ国民(こくみん)ノ健全(けんぜん)ナルカ否(いな)カハ家風(かふう)ノ如何(いかん)ニ関(かか)ハル。家風(かふう)ハ家(いえ)ニヨリテ異(こと)ナルモノアリト雖(いえど)モ我(わ)ガ国(くに)ニ於(お)ケル家(いえ)ノ特質(とくしつ)ニ鑑(かんが)ミ健全(けんぜん)ナル家風(かふう)ノ樹立(じゅりつ)ノ為(ため)ニ特(とく)ニ左記諸項(さきしょこう)ノ徹底(てってい)ニツキ留意(りゅうい)スルヲ要(よう)ス
イ、敬神崇祖(けいしんすうそ))
 敬神崇祖(けいしんすうそ)ハ祖孫一体(そそんいったい)ノ道(みち)ノ中枢(ちゅうすう)タルベキモノナリ。敬神(けいしん)ハ実(じつ)ニ 天皇(てんのう)ニ帰一(きいつ)シ奉(たてまつ)ル所以(ゆえん)、崇祖(すうそ)ハ 天皇(てんのう)ニ仕(つか)ヘマツレル祖先(そせん)ヲ祀(まつ)リ崇(たっと)ブ所以(ゆえん)ニシテ敬神(けいしん)ト崇祖(すうそ)トハ相合致(あいがっち)シテ忠孝一本(ちゅうこういっぽん)ノ大道(だいどう)ヲ顕現(けんげん)スルモノナリ。従(したが)ツテ各戸(かくこ)必(かなら)ズ神棚(かみだな)ヲ設(もう)ケテ日常礼拝(にちじょうらいはい)ヲ怠(おこた)ラズ祭祀(さいし)ヲ行事(ぎょうじ)トシテ厳粛(げんしゅく)ニ執行(しっこう)シ敬神崇祖(けいしんすうそ)ノ精神(せいしん)ヲ具現(ぐげん)セシムルヲ要(よう)ス。
ロ、敬愛(けいあい)、親和(しんわ)、礼節(れいせつ)、謙譲(けんじょう)
 家長(かちょう)ヲ中心(ちゅうしん)トシテ親子(おやこ)、夫婦(ふうふ)、兄妹(きょうだい)ノ序(じょ)ヲ正(ただ)シクスルコトハ家生活(いえせいかつ)ノ根本(こんぽん)ナリ。家人(かじん)相互(そうご)ニ敬愛(けいあい)ノ情(じょう)ヲ尽(つ)クシ親和(しんわ)ノ間(かん)ニ礼節(れいせつ)ヲ忘(わす)レズ相互(そうご)ニ謙譲(けんじょう)シテ協力奉公(きょうりょくほうこう)ノ実践(じっせん)ニ力(つと)メテ家生活(いえせいかつ)ヲ健全(けんぜん)ナラシメ此(こ)ノ間(かん)健全(けんぜん)ナル国家(こっか)ノ基礎(きそ)ヲ確立(かくりつ)ス。
ハ、一家和楽(いっかわらく)
 家生活(いえせいかつ)ハ国家活動(こっかかつどう)ノ源泉(げんせん)ニシテ道義(どうぎ)ニ基(もと)ヅク家生活(いえせいかつ)ノ実践(じっせん)ハ自(おのず)カラ之(これ)ヲ和楽(わらく)ナラシム。勤労(きんろう)ト規律(きりつ)トヲ和(わ)スルニ寛(くつろ)ギヲ以テ(もって)シ一家団欒(いっかだんらん)ノ楽(たのし)ミヲ偕(とも)ニスルコトハ更(さら)ニ豊(ゆた)カナル生活力(せいかつりょく)ニ培(つちか)フ所以(ゆえん)ナリ。
ニ、隣保協和(りんぽきょうわ))
 血縁(けつえん)ト地縁(ちえん)トハ古来(こらい)我(わ)ガ国(くに)ニ於(お)ケル家(いえ)ト家(いえ)トノ結合(けつごう)ノ基本(きほん)ニシテ血縁(けつえん)ニヨル家(いえ)ト家(いえ)トノ親和(しんわ)ノ実(じつ)ヲ移(うつ)シテ地縁(ちえん)ニヨル隣保(りんぽ)ニ及(およ)ボシ延(ひ)イテハ国家的結合(こっかてき)けつごう)ヲ家族的(かぞくてき)ナラシムルトコロニ家(いえ)ノ日本的性格(にほんてきせいかく)ノ存(そん)スル所以(ゆえん)ヲ認識(にんしき)セシメ隣保協和(りんぽきょうわ)ノ実(じつ)ヲ挙(あ)ゲシム。
 
【2 健全な家風を作ってください】
 家風はその家の伝統であり、ずっと発展していかなければならないものです。家風は家族の性格に影響します。なので、国民が健全かどうかは家風が健全かどうかによります。家風は家によって異なっていると思いますが、日本の家の役割を考えて、健全な家風を作るために下記の点に注意してください。
イ 神と祖先をリスペクトしてください
 先祖も君たちもみんな一体となるために、これはとても大切なことです。
 神をリスペクトすることがなぜ大事かというと、神とは実は天皇だからです。
 先祖をリスペクトすることがなぜ大事かというと、先祖も君たちと同じように天皇に仕えていたからです。
 つまり、神をリスペクトすることも祖先をリスペクトすることも、全部天皇に対する忠誠心へとつながります。
 どの家も必ず神棚を設け毎日ちゃんとお祈りしましょう。祭祀も行事としてちゃんとやりましょう。そうやって神と祖先をリスペクトすることで、天皇への忠誠を示してください。
ロ 礼儀や上下関係は守った上で、家族を敬愛し、仲良くしてください
 家長が一番で、子よりは親、妻よりは夫、弟よりは兄が偉いという上下関係をしっかりすることは家族の基本です。敬愛することも大事ですが、親しき中にも礼儀はあります。自分より偉い人には奉公し、自分より偉くない人には協力してあげることによって健全な家庭を築くことが、健全な国家のベースになります。
ハ 円満な家庭を築きましょう
 家庭生活は国のベースです。家庭円満のために、道徳をちゃんと守りましょう。勤労と規律によって家族がまとまることは、豊かな生活につながります。
ニ お隣さんと仲良く協力しよう
 血縁と地縁は昔からある日本の家ぐるみの付き合いのベースです。血のつながった者同士が協力するように、お隣さん同士も協力してください。それをさらに広げて、国で一体となって協力しましょう。これが日本の家の役割です。そういうことなので、お隣さんとは仲良くしてください。
 
 
【三、母ノ教養訓練】
三、母(はは)ノ教養訓練(きょうようくんれん)
 家庭教育(かていきょういく)ハ固(もと)ヨリ父母(ふぼ)共(とも)ニ其(そ)ノ責(せめ)ニ任(にん)ズベキモノナレドモ、子女(しじょ)ノ薫陶養護(くんとうようご)ニ関(かん)シテハ特(とく)ニ母(はは)ノ責務(せきむ)ノ重大(じゅうだい)ナルニ鑑(かんが)ミ、母(はは)ノ教養訓練(きょうようくんれん)ニ力(ちから)ヲ致(いた)シ、健全(けんぜん)ニシテ豊(ゆた)カナル母(はは)ノ感化(かんか)ヲ子(こ)ニ及(およ)ボシ、次代(じだい)ノ皇国民(こうこくみん)ノ育成(いくせい)ニ遺憾(いかん)ナカラシムルト共(とも)ニ、健全(けんぜん)ニシテ明朗(めいろう)ナル家(いえ)ヲ実現(じつげん)セシメンガ為(ため)ニ特(とく)ニ左記諸項(さきしょこう)ノ徹底(てってい)ニツキ留意(りゅうい)スルヲ要(よう)ス。
イ、国家観念(こっかかんねん)ノ涵養(かんよう)
 家生活(いえせいかつ)ハ単(たん)ナル家(いえ)ノ生活(せいかつ)ニ止(とど)マラズ、常(つね)ニ国家活動(こっかかつどう)ノ源泉(げんせん)ナルコトヲ理解(りかい)セシメ、一家(いっか)ニ於(お)ケル子女(しじょ)ハ単(たん)ニ家(いえ)ノ子女(しじょ)トシテノミナラズ、実(じつ)ニ皇国(こうこく)ノ後勁(こうけい)トシテコレヲ育成(いくせい)スベキ所以(ゆえん)ヲ自覚(じかく)セシム。
ロ、日本婦道(にほんふどう)ノ修錬(しゅうれん)
 個人主義的思想(こじんしゅぎてきしそう)ヲ排(はい)シ、日本婦人(にほんふじん)本来(ほんらい)ノ従順(じゅうじゅん)、温和(おんわ)、貞淑(ていしゅく)、忍耐(にんたい)、奉公(ほうこう)等(とう)ノ美徳(びとく)ヲ涵養錬磨(かんようれんま)スルニ努(つと)メシム。
ハ、母(はは)ノ自覚(じかく)
 子女(しじょ)ノ性格(せいかく)ハ母(はは)ノ性格(せいかく)ノ反映(はんえい)ニヨルコト極(きわ)メテ大(だい)ニシテ、皇国(こうこく)ノ次代(じだい)ヲ荷(にな)フベキ人材(じんざい)ノ萌芽(ほうが)ハ今日(こんにち)ノ母(はは)ノ手(て)ニヨリテ育成(いくせい)セラルルコトヲ思(おも)ヒ、子女(しじょ)ノ薫陶養護(くんとうようご)ニ対(たい)スル母(はは)ノ責任(せきにん)ト使命(しめい)トヲ自覚(じかく)セシム。
ニ、科学的教養(かがくてききょうよう)ノ向上(こうじょう)
 国民(こくみん)ノ科学的教養(かがくてききょうよう)ハ幼少(ようしょう)ノ間(かん)ニ啓培(けいばい)スルコトヲ要(よう)シ、而(しか)モ子女(しじょ)ノ科学愛好(かがくあいこう)ノ精神(せいしん)ハ母(はは)ノ教養(きょうよう)ニ負(お)フトコロ極(きわ)メテ大(だい)ニシテ、家生活(いえせいかつ)各般(かくはん)ノ問題(もんだい)ヲ処理(しょり)スルニ科学(かがく)ノ謬(あやま)ラザル活用(かつよう)ヲ図(はか)ルコトハ国策(こくさく)ヘノ協力(きょうりょく)ニトリテ極(きわ)メテ緊要(きんよう)ナリ。仍テ(よって)特(とく)ニ母(はは)ノ科学的教養(かがくてききょうよう)ノ向上(こうじょう)ヲ図(はか)リ、子女(しじょ)ノ教養(きょうよう)ニ寄与(きよ)セシムルト共(とも)ニ国策(こくさく)ヘノ協力(きょうりょく)ヲ徹底(てってい)セシム。
ホ、健全(けんぜん)ナル趣味(しゅみ)ノ涵養(かんよう)
 母(はは)タルモノノ趣味(しゅみ)ノ向上(こうじょう)ガ家生活(いえせいかつ)ヲ豊(ゆた)カニシ之(これ)ヲ明朗(めいろう)ナラシムルト共(とも)ニ、子女(しじょ)ノ品性情操(ひんせいじょうそう)ノ陶冶(とうや)ニ影響(えいきょう)スルトコロ大(だい)ナル所以(ゆえん)ヲ認識(にんしき)セシメ、日常生活(にちじょうせいかつ)ノ間(かん)健全優美(けんぜんゆうび)ナル趣味(しゅみ)ノ涵養(かんよう)ニ努(つと)メシム。
ヘ、強健(きょうけん)ナル母体(ぼたい)ノ錬成(れんせい)
 強健(きょうけん)ナル子女(しじょ)ハ強健(きょうけん)ナル母(はは)ヨリ生(う)マル。母(はは)タルモノニ保健衛生(ほけんえいせい)ノ思想(しそう)ヲ徹底(てってい)セシメ、常(つね)ニ活動(かつどう)ト休息(きゅうそく)トニ関(かん)スル正(ただ)シキ考慮(こうりょ)ヲ払(はら)ハシムルト共(とも)ニ、積極的(せっきょくてき)ニ心身鍛錬(しんしんたんれん)ノ方途(ほうと)ヲ講(こう)ジ、以テ(もって)心身(しんしん)ノ保健(ほけん)ヲ向上維持(こうじょういじ)セシムルコトハ極(きわ)メテ肝要(かんよう)ナリ。特(とく)ニ産前産後(さんぜんさんご)ノ保健衛生(ほけんえいせい)ニハ万全(ばんぜん)ノ処置(しょち)ヲ講(こう)ゼシム。
 
【3 母親を教育してください】
 そもそも家庭教育は父親と母親が協力してやるべきものですが、子供を立派にするためには特に母親の責任が重大です。なぜなら、母親は生まれつき、子供を産み、育てる生き物だからです。なので、母親を訓練して、健全な影響を子供に及ぼす必要があります。そのためには、子供を生み、育てる母親が変わらなければなりません。そうやって母親が、子供を天皇に無条件で奉仕する者へと育て上げると同時に、健全で素晴らしい家を作り上げましょう。そのために、下記の点に注意してください。
イ 「お国のために」という考え方を徹底してください
 家庭生活は単なる家庭生活にとどまりません。常に国ベースで理解してください。あなたの家の子供は、単なるあなたの家の子供ではありません。天皇を守るための将来の精鋭部隊です。そういった人材を育成していることを自覚してください。
ロ 国が望む理想の母親像を目指してください
 まず、個人主義的思想は排除してください。そして、日本の母が本来有していた従順さ、温和さ、貞淑さ、我慢強さ、奉公精神などをちゃんと身につけるよう努力してください。
ハ この国の母親であることを自覚してください
 子供の性格は、母の性格に影響される部分がとても大きいです。なので、将来、天皇に無条件で奉仕する立派な者になるかどうかは母親にかかっています。子供が変われば国も変わります。子供を育てるというのはそういうことなので、責任と使命感を自覚してください。
ニ 科学的な教養力を向上してください
 本能的な愛情は、子供をダメにします。合理的で科学的な育児によって子供を天皇への献身者へと育てあげることこそが、真実の愛情です。今までの誤った考えは捨ててください。
 科学的素養は幼い頃に身につくものなので、子供と接する母親にちゃんとした教養があるかどうかはとても大切です。家庭の問題を科学で解決することは大東亜戦争を遂行する上でもとても大切です。なので、母親が科学をちゃんと勉強して、子供に教えるとともに、子供を大東亜戦争に協力するよう徹底してください。
ホ 健全なセンスを持ってください
 母親のセンスを向上させることが、家を豊かにし立派にするとともに、子供のセンスにも影響するところが大きいということを理解してください。だから健全なセンスを持ってください。
へ 強い子供を産むために強い身体を作ってください
 強い子供は強い母親から産まれます。なので、健康についての知識を正しく得て、適度な運動と休憩をとると同時に、心身を鍛えて心身ともに健康であることはとても重要です。特に子供を産む直前と授乳期は万全にしてください。
 
 
【四、子女の薫陶擁護】
四、子女(しじょ)ノ薫陶養護(くんとうようご)
 子女(しじょ)ノ薫陶養護(くんとうようご)ハ家庭教育(かていきょういく)ノ中核(ちゅうかく)ナリ。父母(ふぼ)ノ慈愛(じあい)ノ下(もと)、健全(けんぜん)ナル家風(かふう)ノ中(うち)ニ有為(ゆうい)ナル次代(じだい)皇国民(こうこくみん)ノ錬成(れんせい)ヲ為(な)スベク特(とく)ニ左記諸項(さきしょこう)ニ留意(りゅうい)スルヲ要(よう)ス。
イ、皇国民(こうこくみん)タルノ信念(しんねん)ノ啓培(けいばい)
 我(わ)ガ国体(こくたい)ノ万邦無比(ばんぽうむひ)ニシテ皇恩(こうおん)ノ宏大無辺(こうだいむへん)ナル所以(ゆえん)、日本人(にっぽんじん)トシテ生(せい)ヲ享(う)ケタルコトノ喜(よろこ)ビト矜(ほこり)トヲ体得(たいとく)セシメ以テ(もって)幼少(ようしょう)ノ間(かん)ニ自(おのず)カラ尽忠報国(じんちゅうほうこく)ノ信念(しんねん)ヲ固(かた)メシム。
ロ、剛健(ごうけん)ナル精神(せいしん)ノ鍛錬(たんれん)
 質実剛健(しつじつごうけん)、堅忍持久(けんにんじきゅう)、勇往邁進(ゆうおうまいしん)ノ精神(せいしん)ヲ養(やしな)ヒ気宇(きう)ヲ高大(こうだい)ナラシメ強固(きょうこ)ナル意志(いし)ヲ鍛錬(たんれん)シ其(そ)ノ実践力(じっせんりょく)ヲ培養(ばいよう)セシム。
ハ、醇乎(じゅんこ)タル情操(じょうそう)ノ陶冶(とうや)
 清雅(せいが)ニシテ醇乎(じゅんこ)タル情操(じょうそう)ヲ陶冶(とうや)シ明朗闊達(めいろうかったつ)ナル性格(せいかく)ト高潔(こうけつ)ナル品位(ひんい)トヲ涵養(かんよう)セシム。
ニ、良(よ)キ躾(しつけ)
 子女(しじょ)ノ自発的(じはつてき)活動性(かつどうせい)ヲ徒(いたずら)ニ阻止(そし)スルコトナク自立自制(じりつじせい)ノ訓練(くんれん)ヲ加(くわ)ヘ日常生活(にちじょうせいかつ)ノ間(かん)自(おのず)カラ良習慣(りょうしゅうかん)ヲ修得(しゅうとく)セシム。就中(なかんずく)剛健(ごうけん)ナル国民(こくみん)ノ基礎(きそ)ニ培(つちか)フ為(ため)ニ勤労(きんろう)、節倹(せっけん)、忍苦(にんく)ノ精神(せいしん)ヲ涵養(かんよう)シ之(これ)ガ習慣(しゅうかん)ヲ養(やしな)ハシム。
ホ、身体(しんたい)ノ養護鍛錬(ようごたんれん)
 子女(しじょ)ノ身体(しんたい)ノ発育情況(はついくじょうきょう)、健康状態(けんこうじょうたい)ニ留意(りゅうい)シ、之(これ)ガ養護(ようご)ニ力(つと)ムルト共(とも)ニ、積極的(せっきょくてき)ナル鍛錬(たんれん)ヲ重(おも)ンジ、強健(きょうけん)ナル身体(しんたい)ノ中(うち)ニ雄渾(ゆうこん)ナル気魄(きはく)ヲ培養(ばいよう)セシム。
 
超訳 4 子供を正しく育ててください】
 子供を正しく育てることは家庭教育の中核です。父親と母親の愛情の下、健全な家風の中で、ちゃんと使い物になる、将来の天皇に無条件で奉仕する献身者を作り出してください。そのために下記のことに注意してください。
イ 天皇に献身する信念を身につけさせてください
 日本は世界で一番素晴らしい国です。それは天皇のおかげであり、あなたたちは天皇に恩返しをしなければならないのです。日本人として生まれたことの喜びと誇りをもって、幼い頃から天皇に尽くすという信念を自ら固めさせてください。
ロ 強いメンタルを鍛えさせてください
 強い身体、我慢強さ、勇敢さをきたえ、大東亜戦争への士気を高め、強い決意と戦争に協力するための力を培ってください。
ハ 素直な子に育ててください
 清らかさと素直さと明るい性格、そして高潔な品位を持った、兵隊向きの子に育てましょう。
ニ よくしつけてください
 子供の自発性をいたずらに阻止してはいけませんが、自制心を身につけさせる訓練をし、良い習慣を身につけさせてください。強い兵隊のベースとするために、勤労、節約、我慢の精神を育てて、習慣にさせてください。それを通じ、幼い頃から天皇に尽くすという信念を自ら固めさせましょう。
ホ 身体を鍛えさせてください
 子供の身体の発育状況や健康状態を気にしつつ、身体をきたえさせてください。ただ、身体が強いだけでは兵隊としては足りません。加えて、勇敢さを身につけさせてください。大東亜共栄圏における指導的な国民としての精神を育むのです。
 
 
【五、家生活ノ刷新充実】
五、家生活(いえせいかつ)ノ刷新充実(さっしんじゅうじつ)
 大東亜戦争(だいとうあせんそう)ノ目的(もくてき)ヲ完遂(かんすい)シ、皇国永遠(こうこくえいえん)ノ発展(はってん)ヲ期(き)スル為(ため)、家生活(いえせいかつ)ノ刷新充実(さっしんじゅうじつ)ヲ図(はか)ルハ正(まさ)ニ今日(こんにち)ノ急務(きゅうむ)ト謂(い)フベク、特(とく)ニ左記各項(さきかくこう)ニ留意(りゅうい)スルヲ要(よう)ス。
イ、時局認識(じきょくにんしき)
 国家活動(こっかかつどう)ノ基礎(きそ)ハ家(いえ)ヲ斉(ととの)フルニアルハ古今(ここん)ノ通則(つうそく)ニシテ、大東亜建設(だいとうあけんせつ)ノ目的完遂(もくてきかんすい)ニ家生活(いえせいかつ)ガ如何(いか)ニ大(だい)ナル関連(かんれん)ヲ有(ゆう)スルカヲ自覚(じかく)セシムルト共(とも)ニ、絶(た)エズ時局(じきょく)ニ関(かん)スル綜合的認識(そうごうてきにんしき)ヲ深(ふか)メ、時局(じきょく)ニ即応(そくおう)スル主婦(しゅふ)ノ責務(せきむ)ニ関(かん)シテ常(つね)ニ正鵠(せいこく)ナル識見(しきけん)ヲ養成(ようせい)セシム。
ロ、家庭経済(かていけいざい)ノ国策(こくさく)ヘノ協力(きょうりょく)
 国策(こくさく)ヲ理解(りかい)セシムルト共(とも)ニ、家庭経済(かていけいざい)ノ国家的意義(こっかてきいぎ)ヲ十分(じゅうぶん)自覚(じかく)セシメ、之(これ)ガ国策(こくさく)ヘノ積極的協力(せっきょくてききょうりょく)ヲ為(な)サシム。
ハ、家生活(いえせいかつ)ニ於(お)ケル科学(かがく)ノ活用(かつよう)
 家生活(いえせいかつ)ニ関(かん)スル実際(じっさい)ノ科学的知識(かがくてきちしき)ヲ与(あた)ヘ、家生活(いえせいかつ)ノ各般(かくはん)ニ亘(わた)リ、其(そ)ノ整斉(せいせい)ニ対(たい)シテ科学(かがく)ノ活用(かつよう)ヲ十分(じゅうぶん)円滑(えんかつ)ナラシメ、偏曲(へんきょく)セル生活(せいかつ)ノ科学化(かがくか)ヲ是正(ぜせい)スルト共(とも)ニ、時局(じきょく)ノ進展(しんてん)ニ即応(そくおう)スル生活態度(せいかつたいど)ヲ修得(しゅうとく)セシム。
ニ、家族皆労(かぞくかいろう)
 勤労(きんろう)ノ精神(せいしん)ガ家(いえ)二漲(みなぎ)リ、家族(かぞく)ノ全員(ぜんいん)ガ夫々(それぞれ)分(ぶん)ニ応(おう)ジテ進(すす)ンデ勤労(きんろう)ニ従(したが)フコトハ、健全(けんぜん)ナル家生活(いえせいかつ)ヲ維持(いじ)シ、延(ひ)イテハ国家(こっか)ノ興隆(こうりゅう)ヲ図(はか)ル所以(ゆえん)ナリ。戦時下(せんじか)労力不足(ろうりょくぶそく)ノ今日(こんにち)ニ在(あ)リテハ、特(とく)ニ家族全員(かぞくぜんいん)ノ協力(きょうりょく)ニヨル労力(ろうりょく)ノ補?(ほてん)並(ならび)ニ増強(ぞうきょう)ガ国家(こっか)ニ極(きわ)メテ重要(じゅうよう)ナル所以(ゆえん)ヲ強(つよ)ク自覚(じかく)セシメ、之(これ)ガ実行(じっこう)ニ力(つと)メシム。
ホ、隣保相扶(りんぽそうふ)
 家生活(いえせいかつ)ノ刷新充実(さっしんじゅうじつ)ヲ図(はか)ランガ為(ため)ニハ、各家(かくいえ)互(たがい)ニ孤立(こりつ)シテハ到底(とうてい)其(そ)ノ実現(じつげん)ヲ期(き)スベカラズ。隣保(りんぽ)相扶(あいたす)ケ有無(うむ)相通(あいつう)ジ、特(とく)ニ軍事援護(ぐんじえんご)ノ実(じつ)ヲ挙(あ)ゲ協力一致(きょうりょくいっち)以テ(もって)家(いえ)ノ内外(ないがい)ヲ通(つう)ジテ生活(せいかつ)ノ刷新充実(さっしんじゅうじつ)ニ力(ツト)メシム。
ヘ、国防訓練(こくぼうくんれん)
 国家総力戦(こっかそうりょくせん)ノ一翼(いちよく)トシテ、防空(ぼうくう)、防火(ぼうか)、防諜(ぼうちょう)ノ重要(じゅうよう)ナル所以(ゆえん)ヲ自覚(じかく)セシメ、必要(ひつよう)ニ応(おう)ジ、其(そ)ノ訓練(くんれん)ヲ実施(じっし)シテ国防(こくぼう)ノ完璧(かんぺき)ヲ期(き)セシム。
ト、家庭娯楽(かていごらく)ノ振興(しんこう)
 健全(けんぜん)ナル家庭娯楽(かていごらく)ハ家生活(いえせいかつ)ヲ明朗(めいろう)且(か)ツ豊(ゆた)カナラシムルト共(とも)ニ、子女(しじょ)ノ性格陶冶(せいかくとうや)ニ影響(えいきょう)スルトコロ甚大(じんだい)ナリ。仍テ(よって)健全(けんぜん)ナル家庭娯楽(かていごらく)ノ指導(しどう)ニ意(い)ヲ用(もち)ヒ、地方(ちほう)ノ実情(じつじょう)ニ応(おう)ジ、個々(ここ)ノ家庭(かてい)ニ適合(てきごう)スル娯楽(ごらく)ヲ奨励(しょうれい)シテ、健全(けんぜん)ナル生活(せいかつ)ノ維持増進(いじぞうしん)ニ寄与(きよ)セシム。
 
【5 今までの家庭生活から新しい家庭生活へ】
5 今までの家庭生活から新しい家庭生活へ
 大東亜戦争の目的を完遂させて、天皇の国の永遠の発展を期するためには今までの家庭生活ではダメです。新しい家庭生活へと刷新することが急務です。そのために以下のことに注意してください。
イ 情勢を認識してください
 昔から国のベースは家庭にあります。なので、大東亜戦争の目的の達成において家庭生活が密接な関連を持っていることを自覚してください。同時に、今の情勢についてちゃんと理解して、情勢に即応するために主婦にはどんな義務があるかについて、家庭がちゃんと把握してください。
ロ 倹約によって大東亜戦争に協力する
 大東亜戦争の重要性について理解するとともに、倹約することが戦争遂行に大きな意味を持つことを自覚し、積極的に戦争に協力してください。
ハ 家庭生活に科学を活用してください
 家庭生活についての科学的知識を持ち、家庭生活の隅々に科学を生かし、今までのねじ曲がった生活を是正してください。本能的な愛情は、非科学的で不合理で、真実の愛情ではありません。また、情勢に即対応できる生活態度を習得してください。
ニ 家族みんなで勤労してください
 勤労の精神が家に浸透し、家族それぞれが進んで働けば健全な家庭生活が維持でき、さらには国が栄えていきます。そして、戦時下で人材が不足している今日にあっては、特に家族全員の協力よって軍事産業などの労働力が補強されることが国にとって重要です。そのことを強く自覚し、実行に移してください。
ホ お隣さん同士で助け合ってください
 新しい家庭生活を実現するためには、それぞれの家が孤立していてはいけません。お隣さん同士での助け合いを通じて、特に軍事を援護するために協力一致して、自分の家だけではなく、人の家にも新しい家庭生活を実現してください。
へ 国を守ってください
 国で一丸となって大東亜戦争を遂行するために、防空訓練、防火訓練、スパイ対策が重要であることを自覚して、必要に応じて訓練をして国防を完璧にしてください。
ト 娯楽は健全さの範囲で行ってください
 家庭での娯楽は、それが健全なものであれば家生活を明るく豊かなものにするし、子供の性格にも影響します。だから、家庭での娯楽が健全になるようための指導に意を用いることで地方の実情にあった、個々の家庭にあった娯楽に興じて、健全な家庭生活を送ってください。
 
 
-原文で読む「戦時家庭教育指導ニ関スル件」と「戦時家庭教育指導要項」-
 
※文部大臣官房文書課編『文部省例規類纂』昭和十七年版所収のテキストに準拠した(ただし、漢字は新字体に改めた)。
 
                 戦時家庭教育指導ニ関スル件
 
(昭和十七年五月七日 発社一二八号 各地方長官ヘ文部次官通牒)

未曽有ノ重大時局ニ際会シ肇国ノ大精神ニ則リ国家総力ヲ結集シ以テ聖業翼賛ニ邁進スベキ時国運進展ノ根基ニ培フベキ家ノ使命愈々重キヲ加フルニ至レリ
仍テ家生活ヲ刷新充実シ家族制度ノ美風ヲ振起シ皇国ノ重責ヲ負荷スルニ足ル健全有為ナル子女ヲ育成薫陶スベキ家庭教育ノ振興ヲ図ルハ正ニ刻下ノ急務タリ茲ニ戦時家庭教育指導要項別紙ノ通相定メラレタルニ付之ガ徹底ニ関シ万遺憾ナキヲ期セラレ度此段依命通牒ス
 
                   戦時家庭教育指導要項
 
一、我ガ国ニ於ケル家ノ特質ノ闡明並ニ其ノ使命ノ自覚
我ガ国ニ於ケル家ハ
イ、祖孫一体ノ道ニ則ル家長中心ノ結合ニシテ人間生活ノ最モ自然ナル親子ノ関係ヲ根トスル家族ノ生活トシテ情愛敬慕ノ間ニ人倫本然ノ秩序ヲ長養シツツ永遠ノ生命ヲ具現シ行ク生活ノ場ナルコト
ロ、畏クモ 皇室ヲ宗家ト仰ギ奉リ恒ニ国ノ家トシテ生成発展シ行ク歴史的現実ニシテ忠孝一本ノ大道ニ基ヅク子女錬成ノ道場ナルコト
ハ、親子、夫婦、兄妹、姉妹和合団欒シ序ニ従ツテ各自ノ分ヲ尽クシ老ヲ扶ケ幼ヲ養フ親和ノ生活ノ裡ニ自他一如、物心一如ノ修錬ヲ積ミ進ンデ世界新秩序ノ建設ニ参スルノ素地ニ培フモノナルコト
等ヲ其ノ特質トスルコトヲ闡明シ我ガ国ニ於ケル家ノ国家的並ニ世界的意義ニ徹セシメ之ガ使命ノ完遂ニ遺憾ナカラシメンコトヲ要ス
 
ニ、健全ナル家風ノ樹立
 家風ハ家々ノ伝統ノ具体的表現ナルト共ニ不断ニ生成発展スベキモノナリ家人ノ性格ハ家風ニヨリ律セラルルコト大ニシテ家人ノ、従ツテ国民ノ健全ナルカ否カハ家風ノ如何ニ関ハル家風ハ家ニヨリテ異ナルモノアリト雖モ我ガ国ニ於ケル家ノ特質ニ鑑ミ健全ナル家風ノ樹立ノ為ニ特ニ左記諸項ノ徹底ニツキ留意スルヲ要ス
イ、敬神崇祖
 敬神崇祖ハ祖孫一体ノ道ノ中枢タルベキモノナリ敬神ハ実ニ 天皇ニ帰一シ奉ル所以崇祖ハ 天皇ニ仕ヘマツレル祖先ヲ祀リ崇ブ所以ニシテ敬神ト崇祖トハ相合致シテ忠孝一本ノ大道ヲ顕現スルモノナリ従ツテ各戸必ズ神棚ヲ設ケテ日常礼拝ヲ怠ラズ祭祀ヲ行事トシテ厳粛ニ執行シ敬神崇祖ノ精神ヲ具現セシムルヲ要ス
ロ、敬愛、親和、礼節、謙譲
 家長ヲ中心トシテ親子、夫婦、兄妹ノ序ヲ正シクスルコトハ家生活ノ根本ナリ家人相互ニ敬愛ノ情ヲ尽クシ親和ノ間ニ礼節ヲ忘レズ相互ニ謙譲シテ協力奉公ノ実践ニ力メテ家生活ヲ健全ナラシメ此ノ間健全ナル国家ノ基礎ヲ確立ス
ハ、一家和楽
 家生活ハ国家活動ノ源泉ニシテ道義ニ基ヅク家生活ノ実践ハ自カラ之ヲ和楽ナラシム勤労ト規律トヲ和スルニ寛ギヲ以テシ一家団欒ノ楽ミヲ偕ニスルコトハ更ニ豊カナル生活力ニ培フ所以ナリ
ニ、隣保協和
 血縁ト地縁トハ古来我ガ国ニ於ケル家ト家トノ結合ノ基本ニシテ血縁ニヨル家ト家トノ親和ノ実ヲ移シテ地縁ニヨル隣保ニ及ボシ延イテハ国家的結合ヲ家族的ナラシムルトコロニ家ノ日本的性格ノ存スル所以ヲ認識セシメ隣保協和ノ実ヲ挙ゲシム
 
三、母ノ教養訓練
 家庭教育ハ固ヨリ父母共ニ其ノ責ニ任ズベキモノナレドモ子女ノ薫陶養護ニ関シテハ特ニ母ノ責務ノ重大ナルニ鑑ミ母ノ教養訓練ニ力ヲ致シ健全ニシテ豊カナル母ノ感化ヲ子ニ及ボシ次代ノ皇国民ノ育成ニ遺憾ナカラシムルト共ニ健全ニシテ明朗ナル家ヲ実現セシメンガ為ニ特ニ左記諸項ノ徹底ニツキ留意スルヲ要ス
イ、国家観念ノ涵養
 家生活ハ単ナル家ノ生活ニ止マラズ常ニ国家活動ノ源泉ナルコトヲ理解セシメ一家ニ於ケル子女ハ単ニ家ノ子女トシテノミナラズ実ニ皇国ノ後勁トシテコレヲ育成スベキ所以ヲ自覚セシム
ロ、日本婦道ノ修錬
 個人主義的思想ヲ排シ日本婦人本来ノ従順、温和、貞淑、忍耐、奉公等ノ美徳ヲ涵養錬磨スルニ努メシム
ハ、母ノ自覚
 子女ノ性格ハ母ノ性格ノ反映ニヨルコト極メテ大ニシテ皇国ノ次代ヲ荷フベキ人材ノ萌芽ハ今日ノ母ノ手ニヨリテ育成セラルルコトヲ思ヒ子女ノ薫陶養護ニ対スル母ノ責任ト使命トヲ自覚セシム
ニ、科学的教養ノ向上
 国民ノ科学的教養ハ幼少ノ間ニ啓培スルコトヲ要シ而モ子女ノ科学愛好ノ精神ハ母ノ教養ニ負フトコロ極メテ大ニシテ家生活各般ノ問題ヲ処理スルニ科学ノ謬ラザル活用ヲ図ルコトハ国策ヘノ協力ニトリテ極メテ緊要ナリ仍テ特ニ母ノ科学的教養ノ向上ヲ図リ子女ノ教養ニ寄与セシムルト共ニ国策ヘノ協力ヲ徹底セシム
ホ、健全ナル趣味ノ涵養
 母タルモノノ趣味ノ向上ガ家生活ヲ豊カニシ之ヲ明朗ナラシムルト共ニ子女ノ品性情操ノ陶冶ニ影響スルトコロ大ナル所以ヲ認識セシメ日常生活ノ間健全優美ナル趣味ノ涵養ニ努メシム
ヘ、強健ナル母体ノ錬成
 強健ナル子女ハ強健ナル母ヨリ生マル母タルモノニ保健衛生ノ思想ヲ徹底セシメ常ニ活動ト休息トニ関スル正シキ考慮ヲ払ハシムルト共ニ積極的ニ心身鍛錬ノ方途ヲ講ジ以テ心身ノ保健ヲ向上維持セシムルコトハ極メテ肝要ナリ特ニ産前産後ノ保健衛生ニハ万全ノ処置ヲ講ゼシム
 
四、子女ノ薫陶養護
 子女ノ薫陶養護ハ家庭教育ノ中核ナリ父母ノ慈愛ノ下、健全ナル家風ノ中ニ有為ナル次代皇国民ノ錬成ヲ為スベク特ニ左記諸項ニ留意スルヲ要ス
イ、皇国民タルノ信念ノ啓培
 我ガ国体ノ万邦無比ニシテ皇恩ノ宏大無辺ナル所以、日本人トシテ生ヲ享ケタルコトノ喜ビト矜トヲ体得セシメ以テ幼少ノ間ニ自カラ尽忠報国ノ信念ヲ固メシム
ロ、剛健ナル精神ノ鍛錬
 質実剛健堅忍持久、勇往邁進ノ精神ヲ養ヒ気宇ヲ高大ナラシメ強固ナル意志ヲ鍛錬シ其ノ実践力ヲ培養セシム
ハ、醇乎タル情操ノ陶冶
 清雅ニシテ醇乎タル情操ヲ陶冶シ明朗闊達ナル性格ト高潔ナル品位トヲ涵養セシム
ニ、良キ躾
 子女ノ自発的活動性ヲ徒ニ阻止スルコトナク自立自制ノ訓練ヲ加ヘ日常生活ノ間自カラ良習慣ヲ修得セシム就中剛健ナル国民ノ基礎ニ培フ為ニ勤労、節倹、忍苦ノ精神ヲ涵養シ之ガ習慣ヲ養ハシム
ホ、身体ノ養護鍛錬
 子女ノ身体ノ発育情況、健康状態ニ留意シ之ガ養護ニ力ムルト共ニ積極的ナル鍛錬ヲ重ンジ強健ナル身体ノ中ニ雄渾ナル気魄ヲ培養セシム
 
五、家生活ノ刷新充実
 大東亜戦争ノ目的ヲ完遂シ皇国永遠ノ発展ヲ期スル為家生活ノ刷新充実ヲ図ルハ正ニ今日ノ急務ト謂フベク特ニ左記各項ニ留意スルヲ要ス
イ、時局認識
 国家活動ノ基礎ハ家ヲ斉フルニアルハ古今ノ通則ニシテ大東亜建設ノ目的完遂ニ家生活ガ如何ニ大ナル関連ヲ有スルカヲ自覚セシムルト共ニ絶エズ時局ニ関スル綜合的認識ヲ深メ時局ニ即応スル主婦ノ責務ニ関シテ常ニ正鵠ナル識見ヲ養成セシム
ロ、家庭経済ノ国策ヘノ協力
 国策ヲ理解セシムルト共ニ家庭経済ノ国家的意義ヲ十分自覚セシメ之ガ国策ヘノ積極的協力ヲ為サシム
ハ、家生活ニ於ケル科学ノ活用
 家生活ニ関スル実際ノ科学的知識ヲ与ヘ家生活ノ各般ニ亘リ其ノ整斉ニ対シテ科学ノ活用ヲ十分円滑ナラシメ偏曲セル生活ノ科学化ヲ是正スルト共ニ時局ノ進展ニ即応スル生活態度ヲ修得セシム
ニ、家族皆労
 勤労ノ精神ガ家二漲リ家族ノ全員ガ夫々分ニ応ジテ進ンデ勤労ニ従フコトハ健全ナル家生活ヲ維持シ延イテハ国家ノ興隆ヲ図ル所以ナリ戦時下労力不足ノ今日ニ在リテハ特ニ家族全員ノ協力ニヨル労力ノ補?並ニ増強ガ国家ニ極メテ重要ナル所以ヲ強ク自覚セシメ之ガ実行ニ力メシム
ホ、隣保相扶
 家生活ノ刷新充実ヲ図ランガ為ニハ各家互ニ孤立シテハ到底其ノ実現ヲ期スベカラズ隣保相扶ケ有無相通ジ特ニ軍事援護ノ実ヲ挙ゲ協力一致以テ家ノ内外ヲ通ジテ生活ノ刷新充実ニ力メシム
ヘ、国防訓練
 国家総力戦ノ一翼トシテ防空、防火、防諜ノ重要ナル所以ヲ自覚セシメ必要ニ応ジ其ノ訓練ヲ実施シテ国防ノ完璧ヲ期セシム
ト、家庭娯楽ノ振興
 健全ナル家庭娯楽ハ家生活ヲ明朗且ツ豊カナラシムルト共ニ子女ノ性格陶冶ニ影響スルトコロ甚大ナリ仍テ健全ナル家庭娯楽ノ指導ニ意ヲ用ヒ地方ノ実情ニ応ジ個々ノ家庭ニ適合スル娯楽ヲ奨励シテ健全ナル生活ノ維持増進ニ寄与セシム
 
 
-背景事情の解説-
 
             戦時家庭教育指導要項の成立とその背景
 
                                   大久保秀俊(弁護士)
                                   久保木太一(弁護士)
 
第1 はじめに
 戦時家庭教育指導要項の超訳文を作成する上で、同要項の成立背景や目的が重要と考えた。訳文作成において、あえて明言していない部分について、背景や目的から言葉を補っている。
 また、3から5に出てくる「皇国民」あるいは「大東亜戦争」といったキーワードについても趣旨を補って訳している。
 重要なキーワードは「皇国民ノ錬成」であり、母親を錬成体制に巻き込んだ点に特色がある。
 なお、「錬成」とは当時の文部省によれば、練磨育成の意であり、皇国の道に則って、児童の全能力を正しい目標に集中させて、国民的性格を強化するという意味である。
 
第2 成立背景 
1 「家庭教育ニ関スル要綱」
 1937年(昭和12)年に内閣に設置された教育に関する審議会「教育審議会」により、社会教育に関する答申を構成する要綱の一つとして家庭教育の振興策「家庭教育ニ関スル要綱」が作成された。
 もともと、家庭教育は教育制度の範疇とはとらえられていなかったが、家庭教育の政策化に国家が本格的に乗り出していく戦時下の動向の起点をなす。
2 年表
1938年 文部省主催「家庭教育講座」開始。「新東亜建設」を支える家庭の樹立を目的とし、家庭を皇国民錬成の実施組織として位置づけ
1941年 文部省が家庭教育振興に関する予算を特別に計上し、教育審議会が「家庭教育ニ関スル要綱」を答申
「臣民の道」刊行。「家」における錬成のあり方が提示
以後、第5期国定教科書
1942年 「戦時家庭教育指導ニ関スル件」
 かかる文部次官通牒所収の「戦時家庭教育指導要項」に基づき、大日本婦人会との共同主催の下、以後、毎年地方別に「家庭教育指導者講習会」が開催。同会において、その指導者を中心講師として、市町村に「家庭教育講座」が開催。開設箇所は約1千か所
 文部省が直轄学校に委嘱して開催する「母の講座」や、「文部省家庭教育指導指定町村」を指定することを通じて戦時下家庭教育の研究と振興が図られた
3 「家庭教育ニ関スル要綱」から「戦時家庭教育指導要項」へ
 国民統合のイデオロギーとしての家族国家観に基づき、「家」を大東亜建設に結び付ける。
 大東亜戦争の目的完遂のために、母親を戦時下生活に奉仕させるねらいがある。母親が戦時動員体制を支えるうえで不可欠の、家庭生活固有の特質の理解とその実践に努めることが重要と考えられていた。   
4 道場型の錬成から生活型の錬成へ
(1)    家における錬成の理念の確立
(2) 家の任意に任せていた家庭教育に対し国家による根本方針の提示
 これにより家における錬成の基本的なあり方が枠付けされる。
(3) 家における錬成体制の完成
 学校における錬成は計画的かつ集団的な訓練に伴い実施される。
 他方、家においては、すべての日常生活の場面での親の無意識的な一挙手一投足に教育効果を認める「感化」という方式。
 家における錬成の特質として「健全ニシテ豊カナル母ノ感化ヲ子ニ及ボ」すこと。
 家における錬成については、学校における錬成と異なり、命令服従といった関係に基づく画一的教育は逆効果であり、子供の自発性に応じた手立てが必要となる。そのため、「子女ノ自発的活動性ヲ徒ニ阻止スルコトナク自律自制ノ訓練ヲ加ヘ日常生活ノ間カラ良習慣ヲ習得セシム」となる。
 ただし、ここで言う自発性とは幼い頃から天皇に尽くすという信念を自ら固めさせるという意味での自発性であることに注意が必要である。
        
第3 皇国民錬成と家庭教育
1 家ニ関スル調査報告書(1943(昭和18)年8月)
 「『家』ハ第二ノ国民ノ養成所ナリ。日本人ノ真ノ国民的性格ハ伝統ノ『家』に於テ養ハル。総テノ子女ハ『家』ニ於テ為人ヲ得、彼等ノ全生涯ヲ通ジテ其ノ家庭ノ感化ヨリ偉大ナルハナシ。日本精神ノ具体トシテノ『家』ハ無二ノ健兵健民ノ母胎タリ。他ニ比肩スルモノナキ好個ノ皇国民錬成ノ道場タリ」
2 家庭教育が皇国民錬成体制の根源として位置づけられた要因
(2)    「家庭ハ実ニ修養ノ道場」
 家庭という最も日常的な生活を通じての感化や、両親が模範となることこそが教育効果を有するという考え方があった。
 当時の社会教育局長関屋龍吉によれば、この時期大きな社会問題となった左傾問題といった思想悪化に関し、左傾学生を「転向」させた最も大きな要因こそが、「家庭の愛」「母の涙」であるとの指摘がある。
 司法省行刑局の統計による転向動機の調査結果によれば、家庭関係による場合が圧倒的多数である。
 ① 宗教関係 45名
 ② 家庭関係 203名
 ③ 理論的清算 46名
 ④ 国民的自覚 90名
 ⑤ 性格健康等の身上関係 33名
 ⑥ 拘禁生活に後悔 49名
 ⑦ その他 20名
 このような結果から、家庭における教育機能を国家の意図のもとに再編成することが政策課題となる。
(2) 母親の教育
 思想的な背景として、三田谷啓の母親教育構想がある。
ア 背景にある女性認識
 子供を産むという身体的機能と、子のためには母の身は棄ててもいとわないという我が子に対する母の愛に見られるような、本能ともいうべき普遍的な「女性性」という認識がある。
イ なぜ母親の教育が必要なのか
 国家の改造のためには、子供の改造から始めなければならず、そのためには、子供を生み育てる母親の改造から始めなければならないと考えた。
 また、母親の本能的な愛情はそのままでは子供を損なう危険性のある「不合理な愛」と考えられており、合理的で科学的な育児法と実践によって、子供をより善く育てることの出来る方向へと導く必要があると考えられた。
(3) 家庭教育と学校教育の接合
 児童の全生活を見通し、24時間の教育体制をどう作るのかが「錬成」における重大な課題であった。学校教育における錬成だけでは足りない。
 そこで、「家」を場とする錬成が皇国民錬成体制の根源として位置づけられることとなる。
 学校教育を中心とした道場型の錬成から生活型の錬成へと変貌していく。
 
第4 家庭教育支援法との類似性
1 「我が国の伝統」というレッテル貼り
 新しいイデオロギーを植え付ける際に、新たなものとして導入するのではなく、所与のもの、本来の意味がそうであった、現状の認識が誤っているだけという切り口で語られる。
「戦時家庭教育指導要項」における「闡明」「自覚」「本来」といった文言からも明らか。あくまで現状認識を誤っており、それを正すというスタンスが透けて見える。
2 家庭教育における私事性の否定
 当時の教育審議会委員の下村寿一の問題意識が家庭教育支援法においても妥当する。
(1) 家庭の教育力が低下しているという勝手な現状認識
 青少年の逸脱行動の責任は家庭にあるから、家庭教育の機能強化が急務だと考えられていた。
(2) 教育内容への干渉
 教育振興を図るためにその振興手段を定めるにとどまらず、実質的に教育内容について規定してしまうことになる。
 「家庭教育ニ関スル要綱」の答申の際、審議会委員であった佐々井信太朗は、個々の過程の教育に文部省が干渉することはありえないだろうと述べていたが、結局、介入を認めることになった。
3 運用による変化
 教育勅語は発布当時、特に問題視されていなかった。
 しかし、その後、利用されるに至ったように、規程自体は抽象的かつ問題のなさそうなものであっても、その後の解釈によってゆがめることは容易であることが指摘できる。
 
(注)
「子供」との表記に対しては、子どもが大人に従属するものであるかのような印象を抱かせるとの指摘がある。もっとも、同要項は、国や天皇への奉仕者としての子どもを育て上げることを目的とするものであるから、むしろその意に沿うものとして、あえて本稿では「子供」という表記で統一している。
                                            以上
 
 
-参考文献-
〇『家の道 文部省戦時家庭教育指導要項解説』
 戸田貞三著/中文館/1942年11月
国立国会図書館デジタルコレクションで全頁の画像を閲覧できます。
〇『総力戦体制と教育 皇国民「錬成」の理念と実践』
 寺崎昌男、戦時下教育研究会編/東京大学出版会/1987年3月

〇「戦時下の家庭教育論-1930年代後半以降を中心に-」
 真橋美智子著/日本女子大学紀要.人間社会学部19巻41頁~54頁/2008年
※上記論文は以下からダウンロードできます。
〇「家庭教育の私事性否定の論理構造に関する研究-戦時体制下「教育審議会」における家庭教育振興策の議論の分析を中心にして-」
 松岡寛子・福田修著/山口大学教育学部研究論叢(第3部)芸術・体育・教育・心理第60巻239頁~253頁/2011年1月
※上記論文は以下のページからダウンロードできます。
〇『動員される母親たち 戦時下における家庭教育振興政策』
 奥村典子著/六花出版/2014年10月

※本文でお名前を挙げた仲里歌織先生、漆原由香先生、大久保秀俊先生からご教示いただいた文献を掲げました。
 
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/家庭教育支援関連)
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