2018年1月4日配信(予定)のメルマガ金原.No.3037を転載します。
ところで、その翌月、12月9日には、第192回国会(臨時会)において、著作権法改正を含む「環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案」が成立し、1週間後の12月16日に公布されました。同法で改正の対象となったのは、以下の11の法律です。
第2条 特許法
第3条 商標法
第4条 関税暫定措置法
第6条 畜産物の価格安定に関する法律
第7条 砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律
第8条 著作権法
第10条 特定農林水産物等の名称の保護に関する法律
第11条 経済上の連携に関する日本国とオーストラリアとの間の協定に基づく申告原産品に係る情報の提供等に関する法律
著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)
(保護期間の原則)
第五十一条 著作権の存続期間は、著作物の創作の時に始まる。
2 著作権は、この節に別段の定めがある場合を除き、著作者の死後(共同著作物にあつては、最終に死亡した著作者の死後。次条第一項において同じ。)五十年を経過するまでの間、存続する。
(無名又は変名の著作物の保護期間)
第五十二条 無名又は変名の著作物の著作権は、その著作物の公表後五十年を経過するまでの間、存続する。ただし、その存続期間の満了前にその著作者の死後五十年を経過していると認められる無名又は変名の著作物の著作権は、その著作者の死後五十年を経過したと認められる時において、消滅したものとする。
2 前項の規定は、次の各号のいずれかに該当するときは、適用しない。
一 変名の著作物における著作者の変名がその者のものとして周知のものであるとき。
二 前項の期間内に第七十五条第一項の実名の登録があつたとき。
三 著作者が前項の期間内にその実名又は周知の変名を著作者名として表示してその著作物を公表したとき。
(団体名義の著作物の保護期間)
2 略
3 略
(映画の著作物の保護期間)
第五十四条 映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年(その著作物がその創作後七十年以内に公表されなかつたときは、その創作後七十年)を経過するまでの間、存続する。
2 略
3 略
第五十五条 削除
(継続的刊行物等の公表の時)
第五十六条 略
(保護期間の計算方法)
第五十七条 第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項又は第五十四条第一項の場合において、著作者の死後五十年又は著作物の公表後五十年若しくは創作後五十年の期間の終期を計算するときは、著作者が死亡した日又は著作物が公表され若しくは創作された日のそれぞれ属する年の翌年から起算する。
(保護期間の特例)
第五十八条 略
ところが、2016年12月に成立したTPP関係法律整備法で、著作権保護期間がどのように改正されたか見ておきましょう。
環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律(平成28年法律第百八号)
(著作権法の一部改正)
第八条 著作権法(昭和四十五年法律第四十八号)の一部を次のように改正する。
略
第五十一条第二項中「五十年」を「七十年」に改める。
第五十二条第一項中「公表後五十年」を「公表後七十年」に改め、同項ただし書中「五十年」を「七十年」に改める。
第五十三条第一項中「五十年」を「七十年」に改める。
第五十七条中「五十年、著作物の公表後五十年若しくは創作後五十年」を「七十年」に改める。
附 則
(施行期日)
第一条 この法律は、環太平洋パートナーシップ協定が日本国について効力を生ずる日(第三号において「発効日」という。)から施行する。(ただし書は略す)
(著作権法の一部改正に伴う経過措置)
第七条 第八条の規定による改正後の著作権法(次項及び第三項において「新著作権法」という。)第五十一条第二項、第五十二条第一項、第五十三条第一項、第五十七条並びに第百一条第二項第一号及び第二号の規定は、施行日の前日において現に第八条の規定による改正前の著作権法(以下この項において「旧著作権法」という。)による著作権又は著作隣接権が存する著作物、実演及びレコードについて適用し、同日において旧著作権法による著作権又は著作隣接権が消滅している著作物、実演及びレコードについては、なお従前の例による。
2 略
3 略
附則1条のとおり、この法律は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)が米国の離脱宣言によって発効のめどが立たなくなった現在、当然まだ施行されておらず、著作権保護期間は何年かといえば、当然まだ「50年」のままです。
ちなみに、「映画の著作物の著作権は、その著作物の公表後七十年」という54条の規定は、TPPとは関係なく、2003年に「50年」から「70年」に延長されていました。
また、附則7条は、著作権保護期間を「70年」とする改正規定が施行される日(TPP発効日)の前日までにパブリック・ドメインとなっていた作品については、著作権保護は復活せず、そのままフリーで使えるという趣旨です。
ところで、保護期間延長に反対する立場の者(私もそうですが)にとって、これで一安心というわけにはいきません。何しろ、著作権法自体は既に「改正」されてしまっているのですから、環太平洋パートナーシップ協定発効を施行の条件とする附則さえ改正すれば、あっという間に保護期間70年に出来るのです。
その上、政府、財界はTPPを諦めてなどおらず、次のようなニュースがメディアを賑わしています。
Sankei Biz=共同 2017.11.14 05:00
TPP新協定、11カ国大筋合意 著作権保護期間など20項目を凍結
(引用開始)
環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加11カ国がベトナム中部ダナンで開いた閣僚会合で、議長国の日本とベトナムは11日に新協定の内容に大筋合意したと発表した。閣僚声明は最終合意に向け「努力を継続する」と明記し、日本は来年の早い時期の署名を目指す。
米国離脱に伴う凍結対象は著作権の保護期間など20項目。カナダなどが求めた4項目は積み残し、協議を続ける。
農林水産物の関税削減は維持しつつ、一部の貿易ルールは発効後に見直し可能とした。早期発効に向けた条件緩和も盛り込んだ。
凍結対象は米国の要求で通った項目が多く、米国並みに作者の死後70年間の著作権保護を義務付ける規定もその一つ。医薬品のデータ保護期間を実質8年とする規定や、企業が進出先の国を提訴できる仕組みの一部も凍結する。対象は付属書を含む全項目の2%で、知的財産や投資の分野が中心。米国が復帰すれば凍結を解除する。
新協定の正式名称は「包括的および先進的な環太平洋連携協定」。署名後、6カ国の国内承認手続きが完了してから60日後に発効する。承認国の国内総生産(GDP)に関する条件を外し、国の数だけにした。(ダナン 共同)
(引用終わり)
米国抜きの「包括的および先進的な環太平洋連携協定」では凍結されたという著作権保護期間70年条項ですが、保護期間70年問題については、前門の虎(米国)の他に、後門の狼(EU)がいることを忘れてはいけないのでした。
沖縄タイムス+=共同 2017年12月8日 22:57
日欧EPA交渉が妥結 首脳が電話会談、関税削減撤廃へ
(抜粋引用開始)
日本と欧州連合(EU)の経済連携協定(EPA)交渉が8日、妥結した。輸入品にかける関税の相互撤廃・引き下げや知的財産のルールなど大半の分野で合意に達し、これらを協定化して2018年夏ごろに署名。19年の早い時期に主要部分の発効を目指す。安倍晋三首相がユンケル欧州委員長と電話会談し、妥結を表明した。投資に関する企業と国家の紛争解決手続きは7月の大枠合意後も溝が埋まらず、別の協定に切り離す方向で協議を続ける。
(略)
(引用終わり)
日EU経済連携協定(EPA)に関するファクトシート
外務省経済局 平成29年12月15日
(抜粋引用開始)
14 知的財産
(2)主な内容
イ 知的財産に関する基準
著作権及び関連する権利
著作者,実演家,レコード製作者及び放送機関の権利の保護,著作物等の保護期間の延長(著作者の死後70年等),権利の制限と例外等について規定する。
(引用終わり)
以上のようなまことに厳しい情勢の下、今日読んだ青空文庫から読者へのメッセージ「そらもよう」をご紹介しようと思います。青空文庫では、毎年1月1日、その日からパブリック・ドメインとなった作家を紹介するのが恒例となっています。
昭和という時代のアーカイヴを目指して
(抜粋引用開始)
鮎川 義介「革命を待つ心――今の実業家、昔の実業家――」
勝本 清一郎「カフェー」
金沢 庄三郎「『辭林』緒言」
木村 荘十「雲南守備兵」
窪田 空穂「花」
島 秋人「遺愛集 あとがき」
新村 出「『広辞苑』自序」
薄田 太郎「広島という名の由来」
恒藤 恭「学生時代の菊池寛」
壺井 栄「二十四の瞳」
時枝 誠記「国語学と国語教育」
富田 常雄「転がり試合 柔道と拳闘の」
中村 清太郎「残雪の幻像」
野上 彰「本因坊秀哉」
早川 鮎子「穂高岳屏風岩にて」
菱山 修三「再びこの人を見よ ――故梶井基次郎氏」
秘田 余四郎「字幕閑話」
三宅 周太郎「中村梅玉論 大根か名優か」
森 於菟「放心教授」
矢崎 源九郎「絵のない絵本 解説」
柳原 白蓮「私の思い出」
矢部 貞治「政治学入門」
山浦 貫一「老人退場説」
山本 周五郎「青べか物語」
吉田 茂「私は隠居ではない」
吉野 秀雄「秋艸道人の書について」
淀野 隆三「思ひ出づるまゝに」
笠 信太郎「デモクラシーのいろいろ」
以上、28名の作家による28篇の文章を、社会に共有の許された財産として、誰でも自由に触れられる青空の本棚に挿し入れたいと思います。
さて今回こうして、いつも以上に大勢の作家をご紹介するのは、大きな理由があります。というのも今わたしたちは、時代の大きな境目にいて、大事な瀬戸際に立っているからです。
昨年末、日本とEU間の経済連携協定(EPA)が合意に達したとの報道がなされました。7月には大筋合意がなされていましたが、その内容は4ヵ月間伏されたままで、なんと11月にひっそりと公開されたその内容には、著作権保護期間を現行の死後50年から70年へと延長するという項目も含まれていたのです。
EPAの実際の発効は2019年頃と目されていますが、ご存じの通り、その年は「平成」という時代が終わる年でもあります。このまま進むと、来年年始をいったんの節目としてパブリック・ドメイン・デイは20年間訪れないことになり、ある文化が共有財産になるかならないかの区切りが、1968(昭和43)年と1969(昭和44)年のあいだに引かれることとなります。
平成という30年の時を経て、昭和という時代も遠くなりつつあります。今年からパブリック・ドメインとなる作家たちも、その「昭和」を象徴する人たちが少なくありません。
映画好きの方であれば、秘田余四郎の名を懐かしく思う方もあるでしょう。字幕翻訳者として「天井桟敷の人々」「禁じられた遊び」などの映画を手がけましたが、なかでも彼の訳した「第三の男」の台詞「今夜の酒は荒れそうだ」は、人々の記憶に残るものとなっています。
これからのアーカイヴには、原作のみならずその映像化作品をどう残していくか、そこへのアクセスをどうするかも問題となるでしょう。海外の映画であれば、その作品そのものだけでなく、受容に大きな役割を果たした字幕などの「翻訳台本」をどう保存して伝えていくかも、同じく課題になってくるはずです。
しかし今の状況そして法律は、こうした昭和の文化を「あとに残して世に開く」行為を支えるものとなっているでしょうか。今後失われるかもしれない20年のパブリック・ドメインは、まさに昭和の記憶と証言の核を作ってゆくものです。
また昨年を振り返ってみれば、あらためて近代文芸とその作家たち、そしてそこに関わった人々の関係性が再注目された一年でもありました。この元旦に公開する作品・作家も、互いに縁のあるものが少なくありません。
菱山修三と淀野隆三はともに、昭和初期のモダニズムの機運を作った詩誌「詩と詩論」の同人でありました。
戦後の日本語を記録し日本社会を反映し続けた辞書「広辞苑」は新村出の名とともに普及していますが、対抗する辞書「広辞林」の元となり新村編の「辞苑」にも先行する金沢庄三郎の「辞林」も、欠くべからざるものです。
これらが死蔵されてゆくのか、ただ限られた場でのみ公開されるものとなるのか。それとも、自由なものとして広く共有されるものとなるのか。この差は、アーカイヴにとっても、わたしたちの社会にとっても、大きな違いとなりましょう。
平成を終えるにあたって、昭和という過去をいかにアーカイヴするのかは、わたしたち自身に突きつけられた課題なのです。
(略)
21年目へと漕ぎ出す青空文庫というささやかな舟に、どうか良き日和と風、人のご縁がありますように。(U)
(引用終わり)
この「そらもよう」を読んで、政府のEUとの合意の結果、遅くとも再来年1月1日以降は、あらたにパブリック・ドメインとなる著作物が20年間生まれない(公有の著作物が20年間全く増加しない)という危機が迫っているのだということを知り、驚かれた方も多いと思います。実は、私も今日、この「そらもよう」を読んで驚き、関連情報を検索した結果、今日のブログに取り上げることにしたものです。
最後に、「私の思い出」の末尾近くの文章を引用したいと思います。今日、この文章を読めたのも、元旦から「私の思い出」がパブリック・ドメインになったからこそであることを心に刻みながら。
(引用開始)
今はこうして老年になりましたが、しかしふしぎに、魂は年とともに、いきいきと、若く新しく育ってゆくような気がします。一九四五年(昭和二〇)、最愛の息子の戦死から、私の魂に革命を起こしました。
幾百万戦死者を犬死いぬじにさせてはならない。この世は平和でありよろこびの天地でなければならないと思うのです。人間にどうにもならない運命があるように、国にも運命があると思うのです。世界は何か目に見えない運命の動きが足音たてて進んでいるのです。
(引用終わり)