wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

東京高等検察庁検事長定年延長問題について(5)~立憲デモクラシーの会の声明と文理解釈再び

 2020年2月23日配信(予定)のメルマガ金原No.3447を転載します。

東京高等検察庁検事長定年延長問題について(5)~立憲デモクラシーの会の声明と文理解釈再び

 昨日予告したとおり、東京高等検察庁検事長定年延長問題についての(5)として、立憲デモクラシーの会が一昨日(2月21日)公表した「検察官の定年延長問題に関する声明」をご紹介し、併せて、あらためて「検察官の定年を延長することが現行法上可能か?」についての文理解釈を試みることにします。

 その前にまず、過去4回の記事にリンクしておきます。

2020年2月8日
東京高等検察庁検事長定年延長問題について~法律の規定は読み間違えようがない

2020年2月11日
東京高等検察庁検事長定年延長問題について(2)~政府の解釈はこういうことだろうか?

2020年2月16日
東京高等検察庁検事長定年延長問題について(3)~論点は出そろった(渡辺輝人氏、園田寿氏、海渡雄一氏の論考を読んで)

2020年2月22日
東京高等検察庁検事長定年延長問題について(4)~「国家的悲劇」を象徴する痛ましい姿(小田嶋隆さんのコラムを読む)

 以下に、立憲デモクラシーの会の声明を全文ご紹介しますが、一昨日、国会で発表のための記者会見が開かれ、報道によると(NHKニュースとしんぶん赤旗にリンクしておきます)、山口二郎法政大学教授、石川健治東京大学教授、長谷部恭男早稲田大学教授、高見勝利上智大学名誉教授、西谷修東京外国語大学名誉教授が出席されたそうです。会見の模様を収めた動画はないかと探しているのですが、残念ながら見つけられませんでした。
 立憲デモクラシー講座の動画をよくアップしてくださっているUPLANの三輪祐児さんも、「各種集会などが中止になっていることもあり、しばらく撮影を自粛します。」ということなので、どこも撮影していないのかもしれません。

NHKニュース 2020年2月21日 20時49分
「法の支配 根底から揺るがす」憲法学者ら検事長定年延長批判
(引用開始)
 グループの共同代表で法政大学の山口二郎教授は、21日の会見で「法の安定的な解釈運用や公平な行政の実施に誇りを持っている行政官を、いわば力ずくで屈服させたようなもので、ある種の暴力を感じる」と批判しました。
 また、東京外国語大学西谷修名誉教授は「あらゆる職務義務や倫理に反しても、政府がやっていることを正しいことにしなくてはいけないというのが、今の日本の政治状況だ」と話していました。
(引用終わり)

しんぶん赤旗 2020年2月22日(土)
検察定年延長 法の支配が揺らぐ 立憲デモクラシーの会声明
(抜粋引用開始)
 立憲主義の回復を目指す幅広い研究者でつくる立憲デモクラシーの会が21日、国会内で記者会見し、安倍内閣が法解釈を変えて東京高検検事長の定年を延長した問題について声明を発表しました。
(略)
 会見で、石川健治東京大学教授は「(安倍政権によって)法秩序の連続性の崩壊が行われた。この政権の一貫した姿勢が表れている」と立憲主義破壊を批判しました。山口二郎法政大学教授は「法のねじ曲げはまかり通る。日本は法の支配の国ではない。前近代的専制国家に堕落したと言わざるを得ない」と主張しました。
(引用終わり)

 それでは、立憲デモクラシーの会による「検察官の定年延長問題に関する声明」をご紹介します。

(引用開始)
        検察官の定年延長問題に関する声明(2020年2月21日)

 東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題が論議の的となっている。
 検察庁法は22条で「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定める。黒川氏は「その他の検察官」にあたり、今年2月7日に退官する予定であった。ところが安倍内閣は1月末の閣議で、国家公務員法の規定を根拠に黒川氏の定年延長を決定した。
 ここには大きく分けて二つの問題がある。国家公務員法の規定とは同法81条の3第1項で、任命権者は、職員が定年に達する場合であっても、その職員の「職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは」、定年退職予定日の翌日から起算して1年を超えない範囲内で、その職員の定年を延長することができるとしている。
 国家公務員法は、国家公務員の身分や職務に関する一般法である。検察官も国家公務員ではあるが、検察庁法が特別に検察官の定年を定めている。いわゆる一般法と特別法の関係にあり、両者の間に齟齬・抵触があるときは、特別法が優越するという考え方が法律学の世界では受け入れられている。国家公務員法81条の3が制定された当時の政府見解でも、検察官にはこの規定は適用されないという考え方が示されていた。
 それにもかかわらず、閣議決定で制定当時の政府見解を変更し、国家公務員法の規定を適用して黒川氏の定年を延長してよいのかというのが第一の問題である。権力の中枢にある者の犯罪をも捜査の対象とする検察官の人事のルールは、国政上の最重要事項の一つであり、全国民を代表する国会の審議・決定を経ずして、単なる閣議決定で決められるべき事柄ではない。
 ときの政権の都合で、こうした重大事項についても、従来の法解釈を自由に変更してかまわないということでは、政権の行動に枠をはめるべき法の支配が根底から揺るがされる。政府の権限は、主権者たる国民からの預かりものである。預かり物として大事に扱い、メンテナンスを施し、次の政権へ、将来の国民へと手渡していかなければならない。その時々の都合で長年の法解釈を変更して恬として恥じるところがないというのでは、国民の法の支配への信頼は崩壊してしまう。
 第二の問題は、百歩譲って検察官にも国家公務員法を適用して定年を延長できるとしても、それが可能な場合は現行法上、きわめて限定されているということである。前述したように、国家公務員法上、定年延長には「十分な理由」が必要である。そうした理由が認められる場合を人事院は、その規則で限定列挙している(人事院規則11-8第7条)。
 第一が、職務が高度の専門的な知識、熟達した技能又は豊富な経験を必要とするため、後任を容易に得ることができないときで、つまり本人が名人芸的な技能の持ち主であるときである。第二が、勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に補充できず、業務の遂行に重大な支障が生ずる場合で、持ち場が離島にある場合などがこれにあたる。第三が、業務の性質上、その職員の退職による担当者の交替が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるときで、特定の研究プロジェクトがじき完了する場合や、切迫する重大案件を処理するため、幹部クラスの職員に一定の区切りがつくまで、当該案件を担当させる場合である[1]。これら三つの場合のいずれかにあたらない限り、国家公務員法に基づく定年の延長は認められない。
 かりに検察官に国家公務員法81条の3が適用されるのだとしても、今回の例がこのいずれにもあたらないことは明らかであろう。問題の検事長は名人芸の持ち主だとも知られておらず、離島に務めてもおらず、特別なプロジェクトを遂行しているとの情報もない。任命権者の裁量的判断で人事院規則に反する定年延長が許されるとなれば、内閣から独立した立場から国家公務員の政治的中立性と計画的人事を支える人事院の機能は骨抜きとなりかねない。つまり、問題となる国家公務員法の規定が適用されるとしても、今回の閣議決定は、人事院規則および国家公務員法に違反している疑いが濃い。
 閣議決定がどのような思惑でなされたのかは、この際、問わないこととしよう。万一不当な動機が背後に隠されていたとしても、権力を握る者はそれにもっともらしい理由をつけて、国民を納得させようとするものである。しかし、今回の閣議決定に関しては、そのもっともらしい理由さえ存在しない。法の支配をないがしろにする現政権の態度があらわになったと言わざるを得ない。

[1]森園幸男・吉田耕三・尾西雅博編『逐条国家公務員法〔全訂版〕』(学陽書房、2015)698-700頁参照。
(引用終わり)

 以上のとおり、この声明は、

閣議決定で制定当時の政府見解を変更し、検察官に国家公務員法の規定を適用して定年を延長できると解釈することが可能か
②仮に検察官にも国家公務員法を適用して定年延長ができるとしても、黒川検事長が、人事院規則11-8第7条が求める勤務延長のための要件を充足していると言えるか

という2つの論点に絞り、そのいずれについても、本件閣議決定は「非」であり、「法の支配をないがしろにする現政権の態度があらわになった」と批判しています。

 もとより、以上2つの論点についての主張に全く異論はなく、日本弁護士連合会を始め、全国のいずれの弁護士会からも、検事長定年延長決定を批判する会長声明が出ていない(準備中の単位会があるという噂は聞きますが)現状の中、立憲デモクラシーの会が率先して声明を出されたことに満腔の敬意を表したいと思います。

 もっとも、最初に通読した際には、後半の論点②で百歩譲る必要があるのか?というのが正直疑問でしたけどね。ただ、人事院規則11-8第7条(末尾に引用しておきます)の要件を吟味するためには「仮に検察官に国家公務員法の定年延長規定が適用されるとしても」と仮定せざるを得ないので、まあ仕方がないかと思います。

 あと、強いて望蜀の言を述べるとすれば、以下のようなことになるでしょうか。
 論点①について、「こうした重大事項についても、従来の法解釈を自由に変更してかまわないということでは、政権の行動に枠をはめるべき法の支配が根底から揺るがされる。」とある部分は、今回の検事長定年延長は、形式的には「法解釈の変更」の範囲内ではあるが、「重大事項」であるので許されない、と主張しているように読めないこともありません。

 もちろん、そのような実質判断も重要でしょうが、重大であろうが、それほど重大でなかろうが、法令の解釈には自ずから限界がある、というのが法解釈学の常識でしょう。
 黒川弘務東京高検検事長の定年を延長した1月31日の閣議決定に多くの法曹が批判の声を上げたのは、「いくら何でも解釈の範囲を超えている。」と思ったからではないでしょうか。少なくとも私はそうでしたし、立場上声を上げにくい検察官や裁判官も、大半の人は同じ意見だと信じたいと思います。

 国家公務員法検察庁法の解釈についての私の意見は、この連載(?)の(1)と(2)に書いたとおりですが、ここで、私自身の頭の整理のために、おさらいをしておこうと思います(タイトルの「文理解釈再び」がこれです)。

 まず前提(その1)として、この問題に関する政府の見解を確認しておきましょう。出典は、2月14日に政府が衆議院予算委員会理事会に提出した「検察官の勤務延長について」と題された文書(日本共産党山添拓参議院議員がTwitterで紹介した画像から引用)です。

(引用開始)
 昭和56年当時、検察官については、国家公務員法の定年制は検察庁法により適用除外されていると理解していたものと認識している。
 他方、検察官も一般職の国家公務員であるから、検察庁法に定められている特例以外については、一般法たる国家公務員法が適用されるという関係にある。したがって、国家公務員法検察庁法の適用関係は、検察庁法に定められている特例の解釈に関わることであり、法務省において整理されるべきものである。
 そこで、検察庁法を所管する法務省において国家公務員法検察庁法との関係を検討したところ、
検察庁法が定める検察官の定年による退職の特例は、定年年齢と退職時期の2点であること
○特定の職員に定年後も引き続きその職務を担当させることが公務遂行上必要な場合に、定年制度の趣旨を損なわない範囲で定年を越えて勤務の延長を認めるとの勤務延長制度の趣旨は、検察官にも等しく及ぶというべきであること
から、一般職の国家公務員である検察官の勤務延長については、一般法である国家公務員法の規定が適用されると解釈することとし、このような解釈を政府として是としたもの。
(引用終わり)

 前提(その2)は、関係法条の施行日の先後関係です。

検察庁法第22条 昭和22年5月3日
国家公務員法附則第13条 昭和23年7月1日
検察庁法第32条の2 昭和24年6月1日
国家公務員法第81条の2 昭和60年3月31日
国家公務員法第81条の3 昭和60年3月31日
※注 条文は巻末に引用してあります。なお、「再任用」について規定した国家公務員法第81条の4及び第81条の5も、昭和60年3月31日施行です。

 以上を踏まえ、もう一度、検察官の定年を合法的に延長できるのか、考えてみます。

 内閣が、令和2年1月31日の閣議において、63歳の定年を迎える黒川弘務東京高等検察庁検事長の勤務を6か月間延長することとした根拠規定は、昭和56年に追加され、同60年に施行された国家公務員法第81条の3です。
 そもそも、上記改正まで、国家公務員には定年制そのものが存在せず、当然ながら定年延長などあるはずがありませんでした。
 しかし、日本国憲法と同じ昭和22年5月3日に施行された検察庁法第22条は、当初から「検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。」という定年制を定めていました(定年延長の規定は存在せず)。

 特別法と一般法とに矛盾がある場合、特別法の規定が優先されるとの原理は、法曹界以外にも(今回の件を契機に?)広く知られるところとなったと思いますが、法解釈の場面では、後法優先原理というものもあります。
 制定・施行に前後関係のある法令間で内容的に矛盾がある場合には、後法を優先するということなのですが、前法が後法の特別法たる地位にあれば、特別法優先原理の方が適用されることになります。
 このあたりの説明は、園田寿甲南大学法科大学院教授の論考「検事長定年延長問題は、なぜこんなにも紛糾しているのか」をご参照ください。
 その中で園田教授も指摘されている「法令の制定や改正においては、既存の法令の内容を精査して、矛盾抵触する箇所があれば廃止や改正が行われますので、この後法優先原理が問題になる場面は実際上はほとんどありません。」という点が大変重要です。
 私も大学の教養課程の「法学」で後法優先原理という概念を学んで以降、弁護士としての実務についてからも、この原理を適用しなければ適切な法解釈ができないというような場面に遭遇したことは一度もありませんでした(記憶力が減退しつつあるのでもしかしたらあったのかもしれませんが、まあほとんどない)。

 山尾志桜里衆議院議員立憲民主党)が、2月10日の予算委委員会での質問に先立ち、国家公務員法に定年制を導入した昭和56年当時の国会審議状況を知るため、会議録をしらみつぶしに読んだそうですが、それは、上記の「法令の制定や改正においては、既存の法令の内容を精査して、矛盾抵触する箇所があれば廃止や改正が行われ」るという実務を前提として、どのような意図の下にどういう「改正」が行われたのか、すなわち「立法者意思」を知ることが、すなわち法令相互間の関係(今回の場合でいえば検察庁法と国家公務員法)を正しく解釈するための不可欠の前提であるからです。

 山尾議員が2月10日の衆院予算委員会で指摘した昭和56年当時の政府委員(人事院任用局長)の答弁をもう一度確認しておきましょう。

第94回国会 衆議院 内閣委員会 第10号 昭和56年4月28日
(引用開始)
○斧誠之助政府委員(人事院事務総局任用局長) 検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。
(引用終わり)

 さて、いよいよ文理解釈に入りましょうか。ここまで書いたことが条文を文理に即して解釈する前提となる事実です。
 国家公務員法第89条の3第1項は、以下のように規定しています。

「任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」

 上記条項が検察官に適用可能か否かを判断する上で、最も重要な箇所は下線を引いた部分、すなわち、「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」と「同項の規定にかかわらず」の2箇所です。

  まず、「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」という文言をどう解釈すべきでしょうか?
 前条(第81条の2)第1項は以下のような規定です。

「職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。」

 そして、同条2項は、(一部の例外を除き)「前項の定年は、年齢六十年とする。」としているのですから、同条第1項は、要するに、職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、満60歳に達した時は、一定の基準日(定年退職日)に退職することを定めた規定ということになります。

 そこで、もう一度、第81条の3第1項に戻ってみましょう。これは2月10日の衆院予算委員会山尾志桜里議員も同趣旨のことを述べていましたが、上記引用条文の下線部を削除しても、この条文は意味が通じるのです。

「任命権者は、定年に達した職員が、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。」

 いかがですか。これでちゃんと意味が通じるでしょう。
 それでは、立法者は、なぜ「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」「同項の規定にかかわらず」という語句を挿入したのでしょうか。
 その理由を知るためにこそ、会議録というものが作られるのです。
 先に前提として引用した斧誠之助人事院事務総局任用局長の答弁を思い出してみましょう。

「検察官と大学教官につきましては、現在すでに定年が定められております。今回の法案では、別に法律で定められておる者を除き、こういうことになっておりますので、今回の定年制は適用されないことになっております。」

 園田寿甲南大学法科大学院教授が「法令の制定や改正においては、既存の法令の内容を精査して、矛盾抵触する箇所があれば廃止や改正が行われますので」という部分も思い出してください。
 国家公務員法に定年制度に関する規定(第81条の2~第81条の6)を新設するにあたり、立法者(主務官庁は人事院でしょう)が、34年も先行して独自の定年制度を設けてきた検察庁法(第22条)との間に矛盾抵触が生じぬように配慮するのは当然のことです。
 第81条の3第1項に「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」や「同項の規定にかかわらず」という文言がなかったとしても、検察官の定年には検察庁法が適用され、国家公務員法の定年制に関する規定は適用されないという解釈は十分可能であるとはいえ、後日、紛議の起こらぬよう、他の法律で別途独自の定年制を定めている検察官や(当時の)国立大学教官には適用しないという趣旨を明確にするために、第81条の2第1項に「法律に別段の定めのある場合を除き」と明示した上で、第81条の3第1項に重ねて「前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において」「同項の規定にかかわらず」との文言を挿入することにより、検察官や大学教官の定年延長は認めないという趣旨を念押ししたものと解すべきであり、斧任用局長の上記答弁は、まさにその趣旨を明言したものなのです。

 以上のとおり、国家公務員法第81条の3第1項で定年延長が可能なのは、同法第81条の2第1項の規定に基づき退職すべきこととなる場合に限定されており、検察官は、同法ではなく、検察庁法第22条の規定に基づいて退職するのですから(このことは、2月10日の山尾議員の質問に対する答弁で森雅子法相も認めていました)、定年延長の規定は適用できません。

 以上が、ごくまっとうな文理解釈というものです。
 それでは、政府の統一見解では、国家公務員法第81条の2第1項や第81条の3第1項の規定をどう解釈しているのでしょうか。一部推測も混じりますが(ここまでの答弁は森法相もしていないと思う)、まず以下のようなことではないでしょうか。

1 国家公務員法第81条の2第1項は、特例がない限り、検察官にも適用される。
2 同項にいう「法律に別段の定めのある場合を除き」とは、同項が定める、①定年に達すれば退職するということ、及び②定年退職日(退職時期)について、同項とは異なる定めをする法律があればそれによるという趣旨である。
3 検察庁法第22条は、定年年齢と退職時期の2点についての特例を定めた規定である。
4 検察官は、定年年齢と退職時期は検察官法第22条に従うが、定年により退職すること自体の根拠は国家公務員法第81条の2第1項であり、検察庁法には検察官の定年延長(勤務延長)に関する規定はないので、一般法たる国家公務員法第81条の3が適用される。

 これをしも「解釈変更」と言うべきか?
 前提となる1自体が成り立たないことは、昭和56年当時の政府委員(人事院任用局長)答弁からも明らかですし、2、3も、まことに都合の良い「独自の見解」ということで、判決書などでは一顧だにされない屁理屈です。
 これは、もはや「解釈」の域を超えていると言わざるを得ないというのが、私の結論です。
 週明けからの国会に政府からどんな文書が出てこようとも、本連載(3)のタイトルのとおり、論点は既に出そろっており、結論は変わりようがありませんん。

(付言)
 なお、政府の説明によれば、1月22日に法務省人事院に検察官の定年延長について協議を申し入れ、同月24日に人事院が異論は述べないとの(日付のない)文書回答をしたことになっていますが、2月19日の衆議院予算委員会における山尾志桜里議員の質問に対し、松尾恵美子人事院給与局長が以下のように答弁していることはもう少し注目されても良いのかなと思います。

衆議院インターネット審議中継 2020年2月19日 (水) 予算委員会
6時間47分57秒~
松尾恵美子人事院給与局長 1月24日に法務省の方にお出しした書面におきまして、再任用につきましては、フルタイム再任用と短時間再任用とにかかわらず、再任用は、検察官の職務の特殊性に鑑み適用になじまないことから、国家公務員法第81条の4及び第81条の5は適用されないと解されるとすべきであるという見解を付してお返しをしているところでございます。

 「1月24日に」そのような文書回答をしたのか否かの詮索はさておくとして、国家公務員の再任用を定めた国家公務員法第81条の4(フルタイム)及び第81条の5(短時間勤務)の規定が「検察官の職務の特殊性に鑑み」、検察官には適用されないというのが人事院の見解であることは分かりました。
 安倍内閣全体として、この人事院見解を是としているのか否かは不明です。・・・というか、前提(その1)でご紹介した、なぜ検察官の定年延長が可能なのかについての政府統一見解と上記人事院見解は矛盾するとしか考えられません。

 政府は、特別法である「検察庁法が定める検察官の定年による退職の特例は、定年年齢と退職時期の2点であること」とした上で、「勤務延長制度の趣旨は、検察官にも等しく及ぶというべきであること」から、勤務延長については、一般法である国家公務員法の規定が適用されると解釈することとしたというのですから、特別法たる検察庁法に再任用についての規定がない以上、一般法たる国家公務員法第81条の4及び第81条の5が適用されるとしなければ辻褄が合わなくなるでしょう。
 もしも、検察官に第81条の3(定年延長)は適用されるが、第81条の4と第81条の5(再任用)は適用されないとするのであれば、定年延長の「趣旨は、検察官にも等しく及ぶというべきである」が、再任用の趣旨には及ばないというべきであるということになってしまい、法的安定性など皆無の「どうとでも解釈できる」状態を認めることになり、到底「解釈」の名に値しません。

 そもそも、検察官に、国家公務員法の定年延長の規定は適用されるが、再任用の規定は適用されないという人事院の(2月19日以降の)見解自体、全く整合性のとれない解釈です。「検察官の職務の特殊性に鑑み適用になじまない」のは、再任用に限ったことではなく、定年延長もそうでしょう(従来ずっとそう解釈してきたのだし)。
 現在の人事院総裁は、元仙台高等裁判所長官であった一宮なほみ氏ですが、元法曹としての矜持を示していただきたいと切に祈ります。


(関連法令)
国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)
 (定年による退職)
第八十一条の二 職員は、法律に別段の定めのある場合を除き、定年に達したときは、定年に達した日以後における最初の三月三十一日又は第五十五条第一項に規定する任命権者若しくは法律で別に定められた任命権者があらかじめ指定する日のいずれか早い日(以下「定年退職日」という。)に退職する。
〇2 前項の定年は、年齢六十年とする。ただし、次の各号に掲げる職員の定年は、当該各号に定める年齢とする。
一 病院、療養所、診療所等で人事院規則で定めるものに勤務する医師及び歯科医師 年齢六十五年
二 庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの 年齢六十三年
三 前二号に掲げる職員のほか、その職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を年齢六十年とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員で人事院規則で定めるもの 六十年を超え、六十五年を超えない範囲内で人事院規則で定める年齢
○3 前二項の規定は、臨時的職員その他の法律により任期を定めて任用される職員及び常時勤務を要しない官職を占める職員には適用しない。

 (定年による退職の特例)
第八十一条の三 任命権者は、定年に達した職員が前条第一項の規定により退職すべきこととなる場合において、その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由があるときは、同項の規定にかかわらず、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して一年を超えない範囲内で期限を定め、その職員を当該職務に従事させるため引き続いて勤務させることができる。
○2 任命権者は、前項の期限又はこの項の規定により延長された期限が到来する場合において、前項の事由が引き続き存すると認められる十分な理由があるときは、人事院の承認を得て、一年を超えない範囲内で期限を延長することができる。ただし、その期限は、その職員に係る定年退職日の翌日から起算して三年を超えることができない。

 (定年退職者等の再任用)
第八十一条の四 任命権者は、第八十一条の二第一項の規定により退職した者若しくは前条の規定により勤務した後退職した者若しくは定年退職日以前に退職した者のうち勤続期間等を考慮してこれらに準ずるものとして人事院規則で定める者(以下「定年退職者等」という。)又は自衛隊法の規定により退職した者であつて定年退職者等に準ずるものとして人事院規則で定める者(次条において「自衛隊法による定年退職者等」という。)を、従前の勤務実績等に基づく選考により、一年を超えない範囲内で任期を定め、常時勤務を要する官職に採用することができる。ただし、その者がその者を採用しようとする官職に係る定年に達していないときは、この限りでない。
○2 前項の任期又はこの項の規定により更新された任期は、人事院規則の定めるところにより、一年を超えない範囲内で更新することができる。
○3 前二項の規定による任期については、その末日は、その者が年齢六十五年に達する日以後における最初の三月三十一日以前でなければならない。

第八十一条の五 任命権者は、定年退職者等又は自衛隊法による定年退職者等を、従前の勤務実績等に基づく選考により、一年を超えない範囲内で任期を定め、短時間勤務の官職(当該官職を占める職員の一週間当たりの通常の勤務時間が、常時勤務を要する官職でその職務が当該短時間勤務の官職と同種のものを占める職員の一週間当たりの通常の勤務時間に比し短い時間であるものをいう。第三項において同じ。)に採用することができる。
○2 前項の規定により採用された職員の任期については、前条第二項及び第三項の規定を準用する。
○3 短時間勤務の官職については、定年退職者等及び自衛隊法による定年退職者等のうち第八十一条の二第一項及び第二項の規定の適用があるものとした場合の当該官職に係る定年に達した者に限り任用することができるものとする。

  附  則
十三条 一般職に属する職員に関し、その職務と責任の特殊性に基いて、この法律の特例を要する場合においては、別に法律又は人事院規則(人事院の所掌する事項以外の事項については、政令)を以て、これを規定することができる。但し、その特例は、この法律第一条の精神に反するものであつてはならない。

検察庁法(昭和二十二年法律第六十一号)
第二十二条 検事総長は、年齢が六十五年に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三年に達した時に退官する。

第三十二条の二 この法律第十五条、第十八条乃至第二十条及び第二十二条乃至第二十五条の規定は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)附則第十三条の規定により、検察官の職務と責任の特殊性に基いて、同法の特例を定めたものとする。

人事院規則一一―八(11―8)(職員の定年)(昭和五十九年人事院規則一一―八)
 (勤務延長)
第六条 法第八十一条の三に規定する任命権者には、併任に係る官職の任命権者は含まれないものとする。
第七条 勤務延長は、職員が定年退職をすべきこととなる場合において、次の各号の一に該当するときに行うことができる。
一 職務が高度の専門的な知識、熟達した技能又は豊富な経験を必要とするものであるため、後任を容易に得ることができないとき。
二 勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に補充することができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき。
三 業務の性質上、その職員の退職による担当者の交替が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき。
第八条 任命権者は、勤務延長を行う場合及び勤務延長の期限を延長する場合には、あらかじめ職員の同意を得なければならない。
第九条 任命権者は、勤務延長の期限の到来前に当該勤務延長の事由が消滅した場合は、職員の同意を得て、その期限を繰り上げることができる。
第十条 任命権者は、勤務延長を行う場合、勤務延長の期限を延長する場合及び勤務延長の期限を繰り上げる場合において、職員が任命権者を異にする官職に併任されているときは、当該併任に係る官職の任命権者にその旨を通知しなければならない。