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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

中北幸次さん「さあ、憲法九条を持って出かけよう!!~『憲法九条と謝罪』について考える~」

憲法
 今晩(2013年6月15日)配信した「メルマガ金原No.1388」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
北幸次さん「さあ、憲法九条を持って出かけよう!!~『憲法九条と謝罪』について考える~」
 
 「和歌山うたごえ9条の会」事務局長にして、「紀州九条せんべいの会」事務局長、またある時は「うたごえオールスターズ」のギタリスト兼座付作詞家・浜波薫とし八面六臂の活躍をされている中北幸次さんから、「さあ、憲法九条を持って出かよう!!~『憲法九条と謝罪』について考える~」という文章をお送りいただきました。
 憲法九条の精神が、「戦争の惨禍」を被ったアジアの「諸国民」に対する贖罪の思いに根ざしているという解釈自体は、特に目新しいという訳ではありませんが、問題は、その精神を語り得る自らの言葉を持てるかどうかだと思います。
 その意味から、非常に貴重な文章だと思いましたのでご紹介することとしました。
 
 なお、当初は個人的に読ませていただいただけだった文章を、「是非メルマガで紹介させていただきたい」と、私から無理にお願いして掲載に至ったものです。
 掲載にあたって、中北さんからコメントをいただきましたのでご紹介します。
 
憲法九条を変えようとしている輩は、歴史の真実を捻じ曲げようとする者たちです。憲法九条を守ろうとする私たちこそ、歴史の真実をしっかりと見つめ、プレのない歴史認識を持つことを求められるのではないでしょうか。20年間戦争展をやってきた人間が、たどりついた思いでもあります。ご一読いただけると嬉しいです」
 
 是非、お読みになった上でのご意見・ご感想をお寄せいただければと思います。中北さんの連絡先が分からない方は、私宛にお送りいただければ、責任をもって中北さんに転送しますので、よろしくお願いします。
 

           さあ、憲法九条を持って出かけよう!!
           ~「憲法九条と謝罪」について考える~
 
                                      中北 幸次
 
 私は、機関紙協会和歌山県本部を退職するまでの20年間、平和のための戦争展わかやまの事務局を務めてきた。
 第1回の企画は、広島・長崎と和歌山大空襲が中心だった。戦争の被害面だ
けしか見えていなかった。
 第2回で沖縄戦を取り上げ、沖縄に取材に行った。住民を巻き込んだ地上戦。
すさまじい体験談とともに、住民を守らない軍隊の実態を、証言者の口から聞くことができた。そして時間稼ぎの捨石作戦(沖縄戦)は、松代大本営の造営に深く関っていたことを知った。
 第3回は信州松代に行き、松代大本営を取材した。そこで、朝鮮人強制連行、
強制労働が行われたことを知った。これ以降戦争展の企画・展示は、被害と加害の両面に切り口を求めるようになった。
 
 ある時私は、在日二世で強制連行問題などを研究している女性に、「情報交換しましょう」と話しかけた。するとこう言われた。「あなたと私は立場が違うということをわかっていてください。あなたには、情報を提供する義務がありますが、私にはありません」。さらに「あなた方には、謝罪し賠償する責任があるのです」と。
 賠償責任は、日本国民なら女性も子供も含め全員があまねく負っているという。
「父親や爺さんのやった戦争の後始末を、戦争を知らない自分たちが負うことはないだろう」と、正直その時は思った。
 しかし「賠償責任」というこの言葉は、それ以来いつも私に重くのしかかり、ついて
回った。
 
 「賠償」というと、何か金品を渡すことを考えてしまう。「謝罪」というと、肩をすくめ身を小さくして、誇りはいったん胸の奥にしまいこんで、自分を卑下してペコリペコリと頭を下げている姿を思い浮かべてしまう。しかし、本当の「賠償」「謝罪」とはそんなものだろうか。
 ある韓国人作家は、戦争展の取材の中で私たちに「真実を知ってくれれば、本
当の友人になれる」と話してくれた。歴史の真実を伝える。戦争展の使命はまさにそこにあった。
 
 戦争展を20年やってきて、毎年テーマをどうするか悩んだ。どんな切り口で構成しようかと。憲法九条のことも、何度も取り上げた。しかし「憲法九条と謝罪」、この切り口は思いつかなかった。
 Sさんは戦地から引き揚げてきて、日本の港に入ってから船内でコレラが発生し、何日も足止めされた。その時船内で配られた日本の新聞。そこではじめて、新し日本国憲法を目にした。むさぼるようにそれを読み、涙が止まらなかったという。
 私はその涙の訳を、新しい憲法、新しい時代の幕開けに感動されたのだろうと思った。しかしそれは、そんな単純なものではなかったのではないか。きっと戦地で、人としてやってはいけない様々なことを目撃したのだろう。戦争という狂気の中から平常心に戻ったとき、誰しも罪の意識に苛まれたのではないか。そこで目にした憲法には、二度と過ちは繰り返さない、戦争はしないと謳われていた。「これで許される」という安堵の涙だったと考えられないだろうか。
 戦争体験者の方にそのことをお尋ねするには、少々時間が経ち過ぎてしまった
が、聞けるものなら聞いてみたい。
 悪いことをした子供が、母親にお尻を叩かれる。子供は「ママごめんなさい、もうしません、もうしません」と泣きながら嘆願する。そう、「もうしません」というのが、謝罪の基本といえる。
 ならば「二度と戦争はしない」と戦争放棄を謳った憲法九条こそ、謝罪の最高
の形ではないか。しかし憲法九条を「謝罪の形」というのに、私自身なにか違和感がある。この違和感はなんだろう。
 
 "Aufarbeitung(アウフ-アルバイトゥング)"という言葉がドイツにあるが、日本語に直訳できないという。この言葉は、ドイツ国民の戦争に対する反省と謝罪と責任感といえばいいのだろうか。「二度とナチスの台頭は許さない」という決意。謝罪とは被害を受けた人がそれを受け入れられてこそ謝罪。謝罪を受け入れてもらえるるまでの長いプロセス。等々ドイツ人が戦争責任と向き合う姿勢そのものをあらわす「アウフ-アルバイトゥング」。ドイツ人のアイディンティティーの一つだという。日本語に直訳できないということは、日本人に、ドイツ人と共通する姿勢がなかったということに他ならない。
 「もう二度と過ちは繰り返さない。戦争はしない」と誓った憲法九条こそ、最良
の謝罪の形だと思うのだが、私たち自身が憲法九条を謝罪の形として受け入れるのに違和感がある。もともと謝罪するために作られたものではないということもあるだろうが、「アウフ・アルバイトゥング」が我々の中に育っていない表れとも考えられるのではなか。
 
 「謝罪」は、被害者がその謝罪を受け入れてくれて、はじめて終結する。口先で「お詫び」を言っても被害者の思いに寄り添わない限り、それは受け入れてもらえないだろう。同時に私たちが憲法九条を持っていることを被害者の方々に知ってもらうことがきわめて重要なことになる。
 今、憲法九条をなくそうとする勢力は、従軍慰安婦は国策としては存在しな
かった。南京大虐殺はなかった。など、歴史の真実を捻じ曲げようとしている。それは、広島・長崎に、原爆投下はなかったと言われているのと同じではないか。
 

 

 まず我々が戦争の真実を直視し、歴史認識を深めること。そして親たちがしでかした戦争によって被害をこうむった人々に、謝罪の思いを伝えるとともに、憲法九条のことを知ってもらう。戦争を放棄した我々の誓いを知ってもらう。今、そのことが重要になっているのではないか。
 「真実を知ってくれれば、本当の友人になれる」、強制労働を体験し、戦後淡
路島に住まわれていた作家、今は亡き鄭承博さんの言葉だ。
 お互いに理解しあってこそ、確かな未来が開ける。
 「賠償責任」を政府任せにはできない。憲法九条をなくすことに躍起になって
いる政府に、被害国に理解してもらえる謝罪も、ましてや賠償責任を果たすことなど出来るはずがない。主権者たる国民一人ひとりがそのことをしっかりと考えなければならない。歴史認識を深める取り組みもまた、「9条の会」の大切な役割ではないか。
 「9条の会」の皆さん、憲法九条を持って、中国へ行こう!! 韓国へ行こう!! ア
ジアの国々へ出かけよう!!