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司法エリート・検察エリートと原発訴訟

 2022年7月23日配信(予定)の「メルマガ金原No.3523」を転載します。

司法エリート・検察エリートと原発訴訟

 ここ1か月ほどの間に、世間の耳目を集め、大きく報道された原発訴訟についての判決が2件、相次いで言い渡されました。しかも、その判決のよって立つ基本的見解が非常に対照的であったことも印象的でした。
 一方は最高裁(第二小法廷)、他方は地裁(東京地裁)の判決ですから、もとよりその影響力を同列に論じる訳にはいきませんが、いずれの判決についても、後続の裁判に大きな影響を及ぼす可能性があります。

 まず、6月17日に最高裁判決がありました。

最高裁判所 第二小法廷
令和4年6月17日判決
裁判官:菅野博之(裁判長)、三浦 守、草野耕一、岡村和美(三浦裁判官が反対意見)
概要:東京電力福島第1原子力発電所の事故で避難住民らが国に損害賠償を求めた4件の集団訴訟につき、たとえ国が東電に命じて防潮堤を設置していたとしても事故を防げなかった可能性が高いなどとして、国が電気事業法(平成24年法律第47号による改正前のもの)40条に基づく規制権限を行使しなかったことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた。

裁判所公式サイト 裁判例検索結果 
令和3年(受)第342号(原審:仙台高等裁判所) 
令和3年(受)第1205号(原審:東京高等裁判所) 

 次に、7月13日に東京地裁で以下の判決が言い渡されました。

東京地方裁判所 民事第8部
令和4年7月13日判決
裁判官:朝倉佳秀(裁判長)、丹下将克、川村久美子(下級審では個々の裁判官の意見は公表されない)
概要:東京電力福島第1原子力発電所事故を巡り、同社の株主らが旧経営陣5人に計22兆円を東電に支払うよう求めた株主代表訴訟で、被告の内、勝俣元会長ら4人が津波対策を怠ったとして、東電に対し計13兆3210億円を支払うよう命じる判決を言い渡した。
平成24年(ワ)第6274号他
 裁判所サイトの裁判例検索で見つけられなかったので、「東電株主代表訴訟」公式サイトにアップされているPDFファイルをご紹介しておきます。
判決骨子 10ページ
判決要旨 43ページ
判決全文その1 200ページ
判決全文その2 200ページ
判決全文その3(当事者目録省略) 230ページ
がPDFでアップされていましたのでご紹介します。

 まず、6月17日の最高裁第二小法廷判決についてです。判決当日、私も登録しているMLに判決骨子と判決要旨が流れてきたので一読しましたが、「えっ!それで国の責任が免除されてしまうのか」と、驚くというか、呆れるというか、何とも言えない気持ちになりましたが、4人の内、三浦守裁判官が反対意見を書いていることを知り、気を取り直して読んでみることにしました。
 上にご紹介した全54頁の判決の内、(原審:東京高裁の方では)1~11ページが3人の裁判官(菅野博之、草野耕一、岡村和美)による多数意見、11~17ページが菅野博之裁判官による補足意見、17~25ページが草野耕一裁判官による補足意見、そして25~54ページ(判決文全体の半分以上!)が三浦守裁判官による反対意見です。
 一々引用することはしませんが、三浦裁判官の反対意見は、非常に緻密に論理を積み上げていくスタイルで書かれており、とても分かりやすく(「法律家にとっては」かもしれませんが)、是非一読されることをお勧めしたいと思います。

 そして、次に私がしたことは、第二小法廷の4人の裁判官の経歴を調べてみることでした。国民審査があるということからでしょうか、最高裁ホームページには、各裁判官の経歴紹介のページがあります。

(多数意見/国の責任を否定)
菅野博之裁判官⇒東北大卒/裁判官出身
※7月3日に定年退官されたため最高裁の裁判官紹介ページからは削除されていましたので、新日本法規の裁判官情報をご紹介しておきます。
草野耕一裁判官⇒東大卒/弁護士出身
岡村和美裁判官⇒早大卒/弁護士・外資系金融機関法務部・その後検事に任官
(反対意見/国の責任を肯定)
三浦守裁判官⇒東大卒/検事出身
(引用開始)
昭和55年 東京大学法学部卒業
昭和55年 司法修習生
昭和57年 検事任官
その後,東京,宇都宮,福岡,名古屋各地検,長野地検上田支部法務省刑事局等に勤務
平成10年 法務省刑事局参事官
平成12年 法務省大臣官房参事官
平成13年 法務省刑事局刑事法制課長
平成17年 法務省大臣官房審議官
平成21年 最高検検事
平成21年 那覇地検検事正
平成22年 最高検検事
平成22年 法務省矯正局長
平成25年 最高検監察指導部長
平成26年 最高検公判部長
平成27年 札幌高検検事長
平成29年 大阪高検検事長
平成30226日 最高裁判所判事
(引用終わり)

 上記経歴から明らかなように、三浦守裁判官は検察・法務畑のエリートコースを歩んでこられた方です。
 ところで、最高裁判所裁判官の国民審査に際し、「とにかく全員に×を付ける」という人もいれば、「裁判官出身・検事出身は全員×」という人もいたりしますが、それってどうなの?ということが前から疑問でした。
 もちろん、最高裁裁判官は様々な事件に関与しますから、個々の国民にとって、何から何まで自分と同じ意見の判決ばかりなどという裁判官などいる訳がなく、その意味では「全員に×」というのもあながち理由がない訳ではありませんが、憲法が国民審査の制度をわざわざ設けた趣旨を合理的に解釈すれば、「全員に×」とか「検察出身だから×」はないだろうと思います。
 ところで、三浦裁判官は、昨年10月の総選挙の際に行われた国民審査を受けたはずなので(個々の裁判官は10年に一度審査を受ける)、次の審査までに満70歳の定年に達してしまいますから、今回の判決(少数意見)を踏まえた審査は受けられないのですね(残念)。

 さて、次は7月13日の東京地裁判決です。前述のとおり、これは原発事故の翌年(平成24年)に提訴された東電役員を被告とする株主代表訴訟です。
 以下に判決の「主文」を引用します。

1 被告勝俣、被告清水、被告武黒及び被告武藤は、東京電力に対し、連帯して、13兆3210億円及びこれに対する平成29年6月2日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 本件原告らの被告勝俣、被告清水、被告武黒及び被告武藤に対するその余の請求並びに被告小森に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は(略)の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

 請求認容額が「13兆3210億円」などという判決は初めて見ましたし、おそらく日本裁判史上のレコードでしょう。
 これは株主代表訴訟だからこそ「あり得た認容額」です。というのも、通常の民事訴訟では、原告は請求額に応じた印紙を収めねばならず(たとえば、請求額1000万円なら印紙代5万円、請求額1億円なら印紙代32万円)、兆を超える請求など「あり得ない」のですが、株主代表訴訟は例外的に、請求額にかかわらず、印紙代は一律1万3000円とされているのです。

 ところで、この判決を主導したと思われる朝倉佳秀裁判長の経歴は以下のとおりです(新日本法規の裁判官情報から)。

(引用開始)
R 2.10.26 東京地裁部総括判事・東京簡裁判事
R 2.10.16 東京高裁判事・東京簡裁判事
H31. 4. 1 検事
H29. 4. 1 東京地裁部総括判事
H27.12.18 東京地裁判事
H26. 2.20 東京高裁判事
H24. 2. 3 最高裁人事局給与課長(東京地裁判事)
H23. 9.18 最高裁民事局第一課長・最高裁民事局第三課長・最高裁広報課付(東京地裁判事)
H22. 4. 1 最高裁民事局第一課長・最高裁民事局第三課長・最高裁広報課付(東京地裁判事・東京簡裁判事)H20.10. 1 最高裁民事局第二課長(東京地裁判事・東京簡裁判事)
H19. 4. 1 司法研修所教官(東京地裁判事・東京簡裁判事)
H17. 5.26 千葉地家裁判事・千葉簡裁判事
H17. 4. 1 千葉簡裁判事・千葉地家裁判事補
H13. 9.25 大阪簡裁判事・大阪地家裁判事補
H13. 9.18 東京簡裁判事・東京地裁判事補
H 9. 9. 1 検事
H 5. 4. 9 東京地裁判事補(司法修習第45期)
(引用終わり)

 原告弁護団海渡雄一弁護士がFacebookで朝倉裁判長についてこんな紹介をしていました。

(引用開始)
この判決を主導した朝倉裁判官は最高裁で民事課長の要職をつとめた後、内閣官房に出向していた超エリートです。今日の判決、言い渡しは40分くらいの要旨を読み上げたのですが、立派でした。ゆるぎない自信と確信に満ちていました。弁護士冥利に尽きるとはこのことです。
(引用終わり)

 もう一つ、私が読んだ7月14日の朝日新聞・大阪本社13版朝刊(30面)の記事を引用します。

(引用開始)
今回の判決を言い渡した朝倉佳秀裁判長(54)は1993年に判事補任官。民事裁判の経験が長く、内閣官房内閣審議官として裁判のIT化にも関わった。2020年10月に2度目の東京地裁部総括判事となり、会社関係の訴訟を担う商事部に所属する。今回の株主代表訴訟は、12年3月の提訴時から数えて4人目の裁判長として担当した。被告の本人尋問や専門家の証人尋問を行ったほか、21年10月には『現地進行協議』を実施。原発事故をめぐる関連訴訟で、裁判官として初めて福島第一原発の構内まで視察した。
(引用終わり)

 私はこの記事を読み、特に最後の「原発事故をめぐる関連訴訟で、裁判官として初めて福島第一原発の構内まで視察した」とある部分に感銘を受けました。

 三浦守裁判官にしても、朝倉佳秀裁判官にしても、私との共通点は、司法試験に合格したことくらいしかなく、検察エリート、司法エリートとしてお2人がどのような体験を積み重ねて今回の判決に至ったのか、想像することすら困難です。
 ただ、検察エリート、司法エリートにもいろんな人がいるのは当然として、法律家としての矜持に恥じない判決に接することができたのは幸いでした。

(参考記事)
東京新聞 2022年6月23日
「原発避難者訴訟 国の責任は否定されたが…最高裁判決文に異例の反対意見 三浦守裁判官が痛烈批判」

(抜粋引用開始)
福島訴訟原告団の馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士は「反対意見が判決の形で書かれているのは極めて異例のこと。これが本来あるべき最高裁判決だという思いを感じる。原告の思いに向き合い、法令の趣旨からひもとき、証拠を詳細に検討しているこの反対意見は後陣の訴訟にとって宝。第2判決として位置付けたい」と評する。
(引用終わり)