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ヘイト・スピーチと法規制~人種差別撤廃委員会一般的勧告35から考える

 今晩(2014年3月25日)配信した「メルマガ金原No.1676」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
ヘイト・スピーチと法規制~人種差別撤廃委員会一般的勧告35から考える
 
 しばらく前までは、「ヘイトスピーチ」とか「排外デモ」というのは、東京の新大久保や大の鶴橋など、限定された地域における嘆かわしい異常な光景というような思いこみが何となくあったのですが、今やそんなものではないようなのですね。
 さらに、最近では「ハーケンクロイツ」を堂々と掲げる一団が首都・東京をデモ行進るまでに増長しており、そのうち、日本が「人種差別デモの本場」と世界から見られる日も遠くなさそうです。
 
ハーケンクロイツ掲揚、西葛西ネオナチデモへのカウンター - 2014年3月23日(秋山理央氏撮影)
 
 そのような険悪な世相を見るにつけ、何とかヘイトスピーチに対する法的規制はできないのか?という疑問が当然生じるところでしょう。
 このたび、この問題の要点を、大阪女学院大学の元百合子(もと・ゆりこ)氏が、分かりやすく解説された論考をNPJ(News for the People in Japan)に発表しておられましたのでご紹介します。
 
NPJ通信 2014年3月24日
ヘイト・スピーチの法規制をめぐる議論 元(もと)百合子(大阪女学院大学教員、国際人権法)
 
 国際人権法との関係を論じた部分(3項)にしぼって引用させていただくとともに(引用部は紺色で表記します)、関連する条約等を注記します(茶色で表記)。
 
(抜粋引用開始)
 3.国家の義務としての法規制
 この問題について、国際人権法は明快である。表現の自由という人権の特段の重
要性を認めつつ、差別扇動と憎悪唱道の法的禁止を義務づける(自由権規約20条2項)。
 
市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)第20条2項
2 差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する。
 
とりわけ人種差別の煽動に関しては、「根絶を目的とする迅速かつ積極的な措置をとる」義務を課し(人種差別撤廃条約4条本文)、人種主義の流布、人種差別や力の煽動・宣伝活動を処罰すべき犯罪として違法化することを求める(同条(a)と(b))。
 
あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約
 締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため、締約国は、世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って、特に次のことを行う。
(a)人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、人種差別の扇動、いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も、法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。
(b)人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし、このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。
 
つまり、ヘイトスピーチは、保護されるべき表現・言論の自由から除外されるのである。しかも、両条約の実施機関は、表現の自由ヘイトスピーチの法規制は両立し、相互に補完すると明言する。マイノリティにも平等に表現の自由を保障するためである
(注)詳しくは、人種差別撤廃委員会が昨年発表した「一般的勧告35」 を参照されたい。全文の和訳が、ヒューライツ大阪のウェブサイトで見られる。なお、同委員会は、4条が規定するすべての表現形式が人種主義的ヘイトスピーチであるとしている(第6段落)。
 
人種差別撤廃委員会 一般的勧告35 「人種主義的ヘイトスピーチと闘う」
同委員会第85会期(2013年8月12日~30日)にて採択
監訳 窪 誠(大阪産業大学教授)
翻訳 翻訳:人種差別撤廃委員会一般的勧告35翻訳委員会
Ⅱ人種主義的ヘイトスピーチ より 第6段落
6.委員会の実務の中で取りあげた人種主義的ヘイトスピーチとしてまず挙げられるのは、第4条が規定するすべての表現形式であり、第1条が認める集団を対象にしたものである。第1条は、人種、皮膚の色、世系または民族的もしくは種族的出身に基づく差別を禁止しているので、たとえば、先住民族、世系に基づく集団、ならびに、移住者または市民でない者の集団が対象となる。移住者または市民でない者の集団には、移住家事労働者、難民および庇護申請者が含まれる。人種主義的ヘイトスピーチとして次に挙げられるのは、上記集団の女性および他の脆弱な集団の女性に対して向けられたスピーチである。さらに、委員会は、インターセクショナリティ(交差性)の原則を考慮し、「宗教指導者に対する批判や宗教の教義に対する意見」は禁止も処罰もされるべきではないことを認めつつも、多数派とは異なる宗教を信仰または実践する特定の種族的集団に属する人びとに向けられたヘイトスピーチにも注目してきた。イスラム嫌悪、反ユダヤ主義、種族宗教的集団に対する類似した他の憎悪表現などがその例であるが、さらには、ジェノサイドやテロリズムの扇動といった極端な憎悪表現もある。また、保護される集団の構成員に対するステレオタイプ化やスティグマの押しつけも、委員会が採択した懸念の表明や勧告の対象となっている。
Ⅳ 総括
45.人種主義的ヘイトスピーチを禁止することと、表現の自由が進展することとの間にある関係は、相互補完的なものとみなされるべきであり、一方の優先がもう一方の減少になるようなゼロサムゲームとみなされるべきではない。平等および差別からの自由の権利と、表現の自由の権利は相互に支えあう人権として、法律、政策および実務に十分に反映されるべきである。
46.世界のさまざまな地域にヘイトスピーチが蔓延してゆくことは、人権への
重大な現代的挑戦であることに変わりない。ひとつの国が本条約全体を誠実に実施するということは、ヘイトスピーチ現象に対抗するより広範な世界的取り組みの一部をなすものなのであり、不寛容と憎悪から解放された社会ビジョンを生きた現実として実現しよう、普遍的人権を尊重する文化を促進しようという、最もすばらしい希望を表現していることなのである。
47.締約国が、人種主義的ヘイトスピーチと闘う法律および政策を推し進める
ために、目標と監視手続きを設置することがたいへん重要であると、委員会は考える。締約国は、人種主義的ヘイトスピーチへの対抗措置を、対人種主義国内行動計画、統合戦略および国内人権計画とプログラムに含むよう要請される。
 
憲法が保障する人権との抵触を主たる理由に、日本政府は同条(a)と(b)に付した留保を頑なに撤回しようとせず、一方で表現の自由の大幅な法規制(特定秘密保護法)に熱心なのは、奇妙なことだ。
 
人種差別撤廃条約Q&A(外務省サイト)より
Q6 日本はこの条約の締結に当たって第4条(a)及び(b)に留保を付してますが、その理由はなぜですか。
A6 第4条(a)及び(b)は、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけるものです。
 これらは、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広い概念ですの
で、そのすべてを刑罰法規をもって規制することについては、憲法の保障する集会、結社、表現の自由等を不当に制約することにならないか、文明評論、政治評論等の正当な言論を不当に萎縮させることにならないか、また、これらの概念を刑罰法規の構成要件として用いることについては、刑罰の対象となる行為とそうでないものとの境界がはっきりせず、罪刑法定主義に反することにならないかなどについて極めて慎重に検討する必要があります。我が国では、現行法上、名誉毀損や侮辱等具体的な法益侵害又はその侵害の危険性のある行為は、処罰の対象になっていますが、この条約第4条の定める処罰立法義務を不足なく履行することは以上の諸点等に照らし、憲法上の問題を生じるおそれがあります。このため、我が国としては憲法抵触しない限度において、第4条の義務を履行する旨留保を付することにしたものです。
 なお、この規定に関しては、1996年6月現在、日本のほか、米国及びスイスが留
保を付しており、英国、フランス等が解釈宣言を行っています。

 ヘイトスピーチを法規制している国は多い。規制法は多様であって、刑法と民法両方、あるいは民事規制のみの国もある。国家権力による濫用など、慎重論に示される様ざまな懸念を軽減するための方策を含めて、諸外国の制度とその運用に学びつつ、国際人権基準に適合する制度を模索することが必要であろう。国連では、人種差別禁止法の制定、法執行機関を対象に含める人権教育や市民の啓発、パリ原則に準拠した国内人権機関の設置などを含む包括的政策と具体的措置の重要性が強調されている。
 
国内機構の地位に関する原則(パリ原則) 法務省サイトより
(引用終わり)
 
 以上にも引用されていますが、国連の人種差別撤廃委員会の一般的勧告35の翻訳を掲載した冊子『知ってほしい-ヘイトスピーチについて 使ってほしい-国勧告を~人種差別撤廃委員会一般的勧告35と日本』(本文40頁)が、ヒューライツ大阪(一般財団法人 アジア・太平洋人権情報センター)から、今年2月7日に発行されるとともに(無料)、PDFファイルでも全文公開されています。冊子の末尾には、人種差別撤廃条約の日本語訳(日本政府による)全文も掲載されていますので、少しページ数は多いのですが、是非一部プリントアウトして手元に置き、折に触れて読まれることをお勧めします。
 
 ところで、外務省サイトの人種差別撤廃条約を解説したページの冒頭には、以下のような説明が書かれています。
 
人種差別撤廃条約は、人権及び基本的自由の平等を確保するため、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策等を、すべての適当な方法により遅滞なくとることなどを主な内容とします。1965年の第20回国連総会において採択され、1969年に発効しました。日本は1995年に加入しました
 
 採択から加盟までになぜ30年もかかったのかについての説明はありません。そして、「Q&A」の末尾には、以下のような問答が掲載されています。現在の我が国の状況を踏まえる時、そろそろ外務省もこの「Q&A」は改訂した方が良いと勧告したいと思ます。
 
Q9 この条約によって、具体的に何が変わるのですか。
A9 この条約上の義務は、我が国の憲法をはじめとする現行国内法制で既に担保されています。しかし、人権擁護に関しては、法制度面のみならず、意識面、実態面において不断の努力によって更に向上させることが必要かつ重要です。この条約の締結を契機に、行政府内のみならず、国民の間に人種差別も含めあらゆる差別を撤廃すべきとの意識が高まり、一層の人権擁護が図られていくことが重要であると考えています

 


 
(付録)