読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

『上野千鶴子の選憲論』(集英社新書)を読んで少し考えた

憲法 社会

 

 今晩(2014年5月28日)配信した「メルマガ金原No.1740」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
上野千鶴子の選憲論』(集英社新書)を読んで少し考えた
 
 社会学者の上野千鶴子さんといえば、女性学・ジェンダー論の研究者として非常に著名な方ですが、最近、世情を賑わした「事件」と言えば、今年3月の「山梨市講演キャンセル事件」でしょう。
 
参考 「山梨市が中止を撤回し、上野千鶴子氏の講演が無事行われた件」
 
 その上野千鶴子さんが、昨年(2013年)9月26日、横浜弁護士会からの依頼により、「憲法問題」についての講演を行い、その講演録に大幅に加筆修正を加えて今年4月に上梓されたのが『上野千鶴子の選憲論』(集英社新書)です。
 
 聞き慣れない「選憲」という言葉を、「第三章 護憲改憲・選憲」で上野さんは次のように説明します。
 
憲法に対する選択肢は、ざっくり分けて次の三つがあります。護憲改憲かの二者択一に加えて、ここでわたしは選憲という第三の選択肢を示したいと思います」(116頁)
「選憲とは、現在ある憲法をもう一度選びなおしましょうという提案です」(124頁)
「戦後生まれのわたしたちの世代にしてみれば、生まれる前にできた憲法は、自分で選んだ
わけではありません。戦後生まれが人口の四分の三以上を占めた今日、憲法をもう一度選びなおすという選択肢を、その憲法ができたときには生まれていなかった人たちに、与えてもい
いのではないかと思います」(125~126頁)
「わたしの選憲論は、もし憲法を選びなおすなら、いっそつくりなおしたい、というものです。その
際、どうしても変えてほしいのが一章一条の天皇の項です。象徴天皇制というわけのわからないものは、やめてほしい。これがある限りは、日本は本当の民主主義の国家とはいえませ
ん」(134頁)
「議会では多数の専制によって意思決定が行われ、国民投票も風向き次第でどこにどう流
れるか分からない。それでも主権者として意思決定の機会を持とうじゃないか、というのが選憲論です」(153頁)
 
 以上の記述を前提に、上野さんがイメージしている「選憲」を整理した上で、若干のコメントを付すとすると・・・。
 
1 現行憲法の規定をそっくりそのまま「選びなおす」という「改正発議」を日本国憲法96条が想定しているとは到底思えないので、これはないでしょう。仮にそんな「発議」が出来るとして、国民投票を行った結果、過半数の支持が得られなかったらどうなるのでしょう?憲法がない状態になるのでしょうか?まさかね。
 
2 何らかの「憲法改正案」が発議されて国民投票が行われ、改正案が否決されたとすれば、少なくともその「改正案」の対象となった「条項」については、国民が「選びなおした」ことにはなるでしょう。しかし、自民党日本国憲法改正草案」(2012年)や青年会議所改憲案、読売新聞改憲案、何でもいいですが、そのようなものを一体として「改正発議」するこ
とを、憲法はもとより、改憲手続法も予定していませんから、日本国憲法を「全体として選びなおす」というような手続を想定することには無理があります。
 
3 「もし憲法を選びなおすなら、いっそつくりなおしたい」というのはよく分かりますが(憲法1条をどうするかについては上野さんと私は多分意見を異にしていると思いますが)、それって、つまり(自民党とは指向する方向は異なっているかもしれませんが)要するに「改憲論」ですよね。
 
 ・・・という、「身もふたもない」コメントになってしまうだけでは申し訳ないので、上野さんの主張のポイントと思われる部分を引用しておきましょう(156~157頁)。
 
(引用開始)
 いまの憲法を何度でも審判にかけ、何度でも選びなおす・・・そうすることで、その過程に参加したわたしたちは、はじめて、いまの憲法を自分たちが選んだと納得することができるで
しょう。
 たとえ結果が変わらなくても、それは『何もしない』ことによって得られたものではないからで
す。憲法九条を守りたいあまり、憲法論議そのものを封印する態度は感心しません。これ
では変化を『静かに起こそう』という『ナチスの手口に学べ』の改憲派と変わりません。
 そのためにも、憲法論議は、起きないよりは起きるほうがずっとよいのです。
(引用終わり)
 
 民主党が一昔前に唱えていた「論憲」というキャッチフレーズをつい思い出してしまったと言っては、少しも賞賛したことにはならないでしょうね。
 しかし、「憲法論議は、起きないよりは起きるほうがずっとよいのです」という主張には、もちろん聞くべきところが多いことは否定しません。
 
 それから、「論憲」で思い出したのですが、「加憲」的主張も上野さんの著書の中にありましたので、これもご紹介しておきます(160~161頁)。
 実はこの本の中で、私にとって一番考えさせられたのがこの部分でした(全面的に賛同という訳ではありません)。
 
(引用開始)
 それならいっそ九条「選びなおし」の選択肢に、次のような項を付け加えるという案もあり
えます。
(略)
二 自衛のための武力はこれを保持する。自衛のための武力はこれを国境の外へ
出ない
ものとする。
三 集団的自衛権はこれを認めない。

(略)
 いまなら、いまのうちなら。
 戦争を体験した政治家たちが退陣し、戦争を知らない世代の政治家たち、しかも威勢
だけよくて戦争ごっこの好きそうなタカ派の政治家たちが増えてきた今日、もしかしたらあとになって、「平和憲法」を国民投票で選びなおせる、これが最後のチャンスだったのに、とい
われるようになるかもしれません。
 改憲論に対して、護憲派もたんなる「現状維持」ではなく、積極的な代替案を出してい
かなければ、国民の支持を求めるのはむずかしいでしょう。わたしの「選憲論」のなかには、
そのような「選びなおし」も含まれています。
(引用終わり)
 
 なお、この『上野千鶴子の選憲論』の「第二章 自民党憲法草案を検討する」では、かなりのページ数を割いて自民党改憲案に批判を加えておられます。自民党改憲案を読んだこのない人には、新鮮な驚きがあり、分かりやすくて良いと思います。
 ただし、憲法研究者による厳密な「校訂」が行われた気配はありませんので、「間違い」があるかもしれないという前提で読んでください。
 なお、以下の(参考映像)で視聴できる上野さんの講演冒頭の発言の中で、最近できたいろいろな団体・会の名称が4つ挙げられていますが、その内3つは言い間違えています。そもそも憲法研究者でも運動家でもないのだから、そのようなことは問題ではないと思いますが、気になる人もいるかもしれませんので、ご注意まで。
 
(付記1)
 「選憲」という考え方は上野千鶴子さんの独創ではなく、加藤典洋氏が『敗戦後論』(1997年)において主張されていたことが、本書156頁以下で説明されています。
 
(付記2)
 『上野千鶴子の選憲論』には、巻末付録として、川満信一氏が、「新沖縄文学」48号(1981年6月)に発表した「琉球共和社会憲法C私(試)案」の全文が、作者の了解の下、完全収録されています。琉球独立論の中でも、非常にユニークなこの憲法私(試)案のことは、また別の機会に書ければと思います。
参考 「風游 自立解放をめぐる参考資料」

(参考映像)
IWJ 2014/05/10 【京都】第3回 憲法サロン ~上野千鶴子さんによる、「選憲論」
 http://iwj.co.jp/wj/open/archives/139172
 去る(2014年)5月10日、同志社大学において開かれた「第3回 憲法サロン」(主催:京都96条の会)の講師として招かれた上野千鶴子さんの講演がIWJで視聴できます。ただし、視聴するためには会員登録が必要です。