wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

あきらめるのはまだ早い 今しかできないことを今しよう

 

 今晩(2014年6月12日)配信した「メルマガ金原No.1755」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
あきらめるのはまだ早い 今しかできないことを今しよう
 
 本日(6月12日)に至り、「公明党は11日、集団的自衛権の行使を一部容認する方針を固めた」(毎日新聞)、「集団的自衛権を使えるようにすることに慎重な公明党から、安倍晋三首相が唱える「限定容認論」をさらに狭めた形で容認する案が浮上してきた」(朝日新聞デジタル)、「自民、公明両党は12日、集団的自衛権行使の憲法
解釈見直しを巡る協議で、行使を限定的に認める閣議決定を今月中にも行う方針で大筋一致し、文言の最終調整に入った」(読売オンライン)などという報道が相次いでいます。
 毎日 
http://mainichi.jp/select/news/20140612k0000m010139000c.html
 
 これらの記事を読んで、公明党が安倍首相の脅しに屈した、あるいは、もともと適当なところで妥協するつもりであったところその時期が来ただけ、と考える向きもあるでしょう。
 しかしながら、現時点においてそのように決めつけるのはいささか早計です。
 各メディアの伝える情報が全く根も葉もないものだとは言いませんが、このように、一斉に同じ方角を指向する観測記事が各メディアによって伝えられた時は、「裏に何らかの意図が動いているのではないか?」とまず疑うのが常識というものでしょう。
 このような観測記事を真に受けて、多くの人が「抵抗する気力を失う」「公明党を罵倒する」ことによって誰が得をしますか?官邸には、メディア操作を得意とする首相のブレーンがいることを忘れてはいけません。
 
 「閣議決定」という局面だけに限定すれば、最後の頼みの綱は山口那津男公明党代表だけなのかもしれません。あるいは、山口代表自身の信念も既にゆらいでいるのかもしれません。
 しかし、そんなことをあれこれ忖度する時間があったら、今は、公明党に「信念を曲げずに頑張ってくれるものと信じています」というメッセージを送るべき時ではありませんか?
 公明党公式サイトの送信フォームから意見を送るのは簡単ですよ。他の政党の党員が公明党への応援メッセージを送るのは無理かしれませんが、そうでなければどうして送れないことがあるでしょう。あなたはもう送りましたか?
 
「あなたの声を公明党に」送信フォーム https://www.komei.or.jp/contact/
 
(参考ブログ)
2014年4月14日
集団的自衛権をめぐる10年前の議論を振り返る~豊下楢彦氏、本間浩氏、森本
敏氏、そして山口那津男議員(参議院憲法調査会
 http://blog.livedoor.jp/wakaben6888/archives/37555009.html
2014年6月10日
公明党への応援メッセージを送りました
 
 仮に、6月22日の会期末までに自公両党の妥協が成立して「閣議決定」が行われたとしても、それで全てが終わる訳ではありません。憲法違反の法律ができたとしても、それでただちに憲法が死ぬ訳ではないのと同様に、憲法違反の閣議決定がなされたからといって、それで憲法が死ぬ訳ではありません。ただし、時間が経てば経つほど「仮死状態」が長引き、そうこうするうちに実際に自衛隊が戦争に参加して他国の人を殺傷したり、自衛隊員から戦死者を出す事態となれば、事実上「脳死」を宣告せざるを得ないでしょうが。
 
 「あきらめるのはまだ早い」「今しかできないことを今しよう」という、半分以上自分自身を叱咤する激励のメッセージを読者の皆さんに送りたいと思います。
 
 最後に、上記ブログでご紹介した、10年前の参議院憲法調査会における山口那津男議員の発言を再度掲載します。10年経っても全く古びていない見解だと思います。私は最後の最後まで、山口氏の法律家としての、そして国会議員としての「矜恃」を信じたいと思います。

平成16年2月25日 参議院憲法調査会 会議録より
(引用開始)
山口那津男君 集団的自衛権について、これまでの国会論議を振り返って、私の現
在の所感を述べたいと思います。
 集団的自衛権をめぐる政府の憲法解釈はにわかに変える必要はないと考えております。
その理由を三つ述べます。
 まず一つは、長年にわたる安定した、定着した考え方でありますということであります。
 これについて幾つかの批判があるわけですが、その一つは、保有しているのに行使できな
いのはおかしいというものであります。国連憲章を始めとする国際法秩序と憲法を頂点とする国内法秩序を混同した批判でありまして、説得力に欠けるものと思います。国際法上の権利を持っている、しかしそれを国内法で制限をするということは十分可能でありまし
て、そういう立法例は数々あるわけであります。
 次の第二の批判として、内閣法制局集団的自衛権の定義がおかしいというものもあ
るわけでありますが、国連憲章憲法に定義が明記されていない以上、内閣法制局定めた定義に従って、同じ定義を使ってその当否を論ずるという議論をしなければ到底か
み合わない、空回りの議論になっているということであります。
 三番目の批判として、武力行使が片務的であるのはおかしいと、こういう批判もあります。
しかし、同盟関係というのが武力行使の双務性を必須としているというわけでもありません。現に日米安保条約は片務的と言われながらも長年存在してきたわけであります。また、NATOの同盟の中にも、アイスランドは基地を提供し、自ら軍隊を持たないで同盟関係を
維持していると、こういう在り方も存在するわけであります。
 四番目の批判として、在日米軍基地への攻撃に集団的自衛権を使うべきであると、こ
ういう主張もあるわけでありますが、しかし、こういった場合を想定するときに、日本の領土、領空、領海、すなわち領域を侵すことなくしてそういう事態は考えられないわけでありまして、これは個別的自衛権の行使で十分に対応できる、我が国の安全は確保できると、こう思
います。
 いずれの批判もにわかに変更を必要とする論拠としては十分な説得力を欠いているもの
と、こう考えます。
 第二番目の私の主張の理由でありますが、この長年政府が取ってきた政策は、日本の
国益を決して損なってきたとは言えないということであります。そして、この点の議論というものが国会論戦の中には不足をしていると、こう思います。森本参考人が申し上げられたように、そのメリット、デメリット、これをブレークダウンして議論をする、こういう態度がこれからも
っと必要だろうと思っております。
 それから、三番目の私の主張の理由として、この長年日本が取ってきた政策を変更す
るという大きな情勢の変化というものは見られないということであります。我が国の政策に対して近隣諸外国の理解はかなりの進んだものがありまして、そういう国々が我が国の政策の変更を現在望んでいるとも言い切れないと思います。そして、日本のこの政策は、長い間いろいろの国際情勢の変化はありましたけれども、ほぼ一貫して取られてきた政策であります。これを現在にわかに覆すだけの大きな状況変化、情勢変化が現れているという認
識は持ち得ないわけであります。
 以上、三つの理由からいたしまして、この集団的自衛権の行使を認める政策を日本が
取るべきだという結論には至らないというのが私の現在の所感であります。
 これで終わります。
(引用終わり)
 

(付録)
『We Shall Overcome 大きな壁が崩れる』 中川五郎