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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「自衛隊を活かす会」呼びかけ人から学ぶ(1)加藤朗さんの「憲法9条部隊」構想

 

 今晩(2014年6月14日)配信した「メルマガ金原No.1757」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
自衛隊を活かす会」呼びかけ人から学ぶ(1)加藤朗さんの「憲法9条部隊」構想
 
 安倍政権のあまりと言えばあまりな暴走を事実上誰も止められず、多くの人が、わが国が局に向かう様子を呆然と眺めている情景は、昭和前期の軍部暴走を誰も止められなかった大日本帝国ナチスが政権を奪取した後のドイツもかくやと想像され、暗澹たる気持ちに陥っている人も多いかもしれません。
 私が、ことここに至っても、「公明党がだらしないからだ」としたり顔で批判するような気持ちになれないのは、一部弱小野党の議員は別として、自らの信念に基づいて政権批判を行う国会議員が圧倒的に少数(自民党にはほとんどいない)であり、そのような情けない議員を有権が選んできたのだし、さっぱり世論の盛り上がりも感じられないし、そのような「だら
しない」果の「つけ」を全部公明党に押し付けるのはフェアではないと思うからです。
 もちろん、高村私案(新3要件)を受け容れて閣議決定に同調したら、少なくとも公明党執行部は全員退任するのでしょうが(これはかつての常識で、今は「誰も何の責任もとらない」のが普通か?)、私は、「解党して一から出直すことを勧告する」というメッセージを同党に送ろうとは思っていますけれど。
※「あなたの声を公明党に」 https://www.komei.or.jp/contact/ 
 
 さて、現在の状況に至るまで、いわゆる「護憲派」があまりに非力であったことは否定したい事実であろうと思います。国民の中に一定の「反安倍」層が存在することは間違いないにしても、これが外延に向かって広がっているという実感がありますか?少なくとも、私にはそういう実感はほとんどありません。もちろん、これは私自身の努力の不足を物語る以外の何物でもないのですが。
 
 国会会期末(一節には会期後)に、メディアの観測通り、集団的自衛権を一部容認する「閣議決定」がなされたとしたら、たしかに一段ステージが上がる(というのか下がるというのか)ことは間違いなく、私たちの運動の方向性についても、「再構築」の必要性がいよいよ高まることでしょう。
 その意味からも、私が注目しているのが、去る6月7日に設立された「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)」です。
※公式サイト http://kenpou-jieitai.jp/
 以前もご紹介したことがあったかもしれませんが、その「設立趣意書」を引用します。
 
(引用開始)
 私たちは、本日、「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」(略称:自衛隊を活かす会)を設立します。
 現在、尖閣諸島の問題に端を発して、日本と中国との間の緊張が高まり、多くの国民が不安を感じています。海外からも心配の声が寄せられています。
 この現状をどう打開して、日本の主権を守り、アジアと世界の安定を確固としたものにしていくのか。そのための模索と探究が、いまほど求められているときはありません。
 私たちは、これからの活動を通して、21世紀にふさわしい自衛隊の活かし方を、日本防衛と国際秩序構築の両面で打ち出すことをめざします。
 その基準となるのは、あれこれの原理ではなく、あくまで何が日本の「国益」になるかです。
 国を守り、平和を守ることは、感情や勇ましい言葉によってできるものではありません。21世紀の防衛を考えるためには、世界の現実を見つめ、日本の国益をもう一度考え、日本は何をしてきたのか、今後どのように生きて行くのか、そのためにいかなる戦略が必要か、地に足の着いた思考が必要です。
 その際、カギとなるのは、防衛の中核となる自衛隊のあり方の方向性です。
 それは、長い経験の蓄積のなかで国民に支持されてきた自衛隊の存在を改めて否定する方向ではないでしょう。さらにそれは、自衛隊から一足飛びに「国防軍」となり、集団的自衛権行使に進む方向でもないと考えます。
 自国の軍隊を持ち、自衛の「お仲間」をつくることは国家として極めて本能的な願望であることを認めつつも、はたして「安全」と「平和」は武力のみによって達成されるものなのか、かえって不信をあおり、力の対決の連鎖を招くことにならないのか、そのバランスを同時に考えていかなければなりません。
 また、自衛隊を各国並みにすることと、各国にはない「日本の良さ」を大切にすることのバランスも考えなければなりません。現場で活動する自衛官が困らないようにすることも大事です。
 安全保障に唯一の「正解」はないとしても、私たちは、現行憲法のもとで誕生し、国民に支持されてきた自衛隊のさらなる可能性を探り、活かす方向にこそ、国民と国際社会に受け入れられ、時代にふさわしい防衛のあり方があると考えます。そのあり方を、具体的議論を通じて探求し、提言できるよう努力したいと願っています。
 
  呼びかけ人 柳澤協二(代表)
          伊勢﨑賢治
          加藤朗
(引用終わり)
 
 6月7日に岩波ブックセンター3Fセミナールームで行われた第1回シンポジウム「自衛隊の可能性・国際貢献の現場から」については、「テープ起こしが終了したものから、順次、このホームページで公開したいと考えます」とあるので、公開され次第、ご紹介しようと思います。
 ここでは、3人の呼びかけ人の皆さんの最近の発言をご紹介しようと思います。
 その前に、皆さんの肩書きは以下のとおりです。
 
柳澤協二氏(国際地政学研究所理事長、元内閣官房副長官補)
伊勢﨑賢治(東京外国語大学教授、元国連平和維持軍武装解除部長)
加藤朗(桜美林大学教授、同国際学研究所長代理、元防衛研究所
 
 柳澤さん、伊勢﨑さんについては、このメルマガ(ブログ)でも再三ご紹介してきましたが、加藤朗さんの発言をご紹介したことはたしかありませんでしたね。私にしても、柳澤さんが退官されて間もない2010年10月、かもがわ出版から刊行された対談本『抑止力を問う 元政府高官と防衛スペシャリスト達の対話』という本を読んだ際、柳澤さんの対談相手6人の内の1人として加藤朗さんが登場され、「Ⅴ 日本独自の安全保障を構想する―加藤朗氏との対話」(157頁~187頁)でのお2人の対談を読んだのが、あとにも先にも、加藤朗さんの発言に触れた全てでしたから。
 
 実は、その対談の最後の方でも触れられていた、加藤さんの提唱になる「憲法9条隊」については、同書を読んだ際に少し気にはなったのですが、その後のフォローを怠っており、「自衛隊を活かす会」の呼びかけ人として、加藤さんが、柳澤さん、伊勢﨑さんと並んで名前を連ねておられるのを拝見するとともに、第1回シンポで加藤さんが話をされテーマが「私の憲法9条部隊構想」であると知って、ようやく『抑止力を問う』での柳澤さんとの対談を思い出したという次第です。
 同書から「憲法9条部隊構想」について加藤さんが語っておられる部分を一部ご紹介みましょう(182頁~)。 
 
(抜粋引用開始)  
 非常に基本的なことですが、自衛隊は、元のとおり日本の本土防衛、および、せいぜい広げてもアジア太平洋地域の平和と安定のための役割に徹する。そこまでが自衛隊の役割だろうと思います。
 では、それ以外の国際協力と言われる部分をどうするのか。海外の紛争地域で民生支援を行うボランティア集団をつくるべきではないか。それを「憲法9条部隊」と名付けたのです。
 はっきり言うと、私が提唱しているのは、自衛隊のPKO部隊に代わる別組織論です。憲法9条部隊」と名付けたのは、つい最近のことです。
(略)
 自衛隊の国際協力というのは、まさに日米同盟のための国際協力でした。括弧付きの国際協力だったのです。自衛隊は日米同盟のための部隊という性格を持っているから、本当の意味での国際協力というのは、なかなかできなかった。
 一方、自衛隊に反対する人たちは、自衛隊の海外派遣に反対することが目的になってしまって、国際協力は二の次なのです。自衛隊の派遣に反対するからには自分たちで国際協力をしてはどうかと、護憲派の会合や区民大学の平和講座などいろいろなところで呼びかけたのですが、「怖いから嫌です」と言う。では自衛隊を出すのかと言うと、「いや、それは反対です」と。
 だったらどうするのかということなのです。それで、いまみんなにいろいろと働きかけて勇気あるボランティア(義勇兵)を集めているのですけれど。
(略)
 若い人よりも、やはり中高年、定年を迎えた人たちの方がいいだろうと思います。職業経験も豊富で、定年を迎えた人は後顧の憂いもないだろう。だから、万一のときには覚を決めて、とにかく現場に行こうということです。
(略)
 実は、いろいろなところに行って、思いがけないことがあって、日本はいい国だなと気づかされたのです。その根底にあるのは、兵隊を外国に出さないというところです。
 マレーシアの片田舎の両替商のおじさんが、日本は兵隊を出さないからいい国だと、ぼそっと言ったのです。こんなところにまで、そんな話が聞こえているのかと、私はびっくりしました。べつに憲法9条のことを、その人が知っているということではないのですが、実態として日本が軍隊を外に出さないようだという話は、普通の人も知っていた。
 カブールに行ったときも、内務省の人にガイドをしてもらっていたのですが、兵隊はもうたくさんだと言われました。そして、「日本はいい国だよな、兵隊を出さないから」ということになる。まあ、兵隊は出さなくていいから、「でも金はくれよな」という話なんですけれどね。
 でも、アメリカやイギリスなどに対しては、もう本当にうんざりだという感じです。たくさんの兵隊が来て、たくさん殺している。タリバンであれ、誰であれ、同朋を殺されるというのは、ある種、やはり耐え難いものがあるようです。内務省のガイドも自分たちはタリバン狩りをしているのですが、それにもかかわらず、外国人に同朋が殺されるというのは、引っ掛かるものがあるのだろうと思います。
(引用終わり)
 
 加藤さんの「憲法9条部隊構想」について、より詳しくは、同氏のブログ「加藤朗の目黒短信」に掲載された以下の文章などをご参照ください。
 
FEBRUARY 09, 2010
「闘え!護憲派」-「憲法9条部隊」の創設を-
JUNE 15, 2010
憲法9条部隊に対する立ち位置
JANUARY 07, 2013
憲法九条を日本の国家ブランド
 
 加藤さんの憲法9条自衛権についての基本的スタンスは、多くの「護憲派」と相容れないものでしょうし、私が読んでも「それは違うだろう」と思う点は少なくありません。
 例えば、「私はいわゆる護憲派ではない。地域紛争や「新しい戦争」など冷戦後の安全保障環境には必ずしもそぐわない憲法9条を改正し、自衛隊を軍隊と認め集団的自衛権の政府解釈も変更し、自衛隊国連PKOや国際警察活動や国際治安維持活動に積極的に参加させるべきだと考える改憲派である」(「闘え!護憲派」-「憲法条部隊」の創設を-)とか、特に現在最大の憲法課題となっている集団的自衛権についての「また集団的自衛権の問題も憲法改正の問題ではなく政府解釈や政策の問題である。国家には個別も集団もなく自衛権はある」(憲法九条を日本の国家ブランドに)などという見解は、正直承服しかねます。
 以上に例示した部分について言えば、かつて防衛研究所所員であり、多くの紛争地に自ら身を置く機会が多い加藤さんが、何故、集団的自衛権が実際に行使された事例の実情に触れることなく、あたかも「国連PKOや国際警察活動や国際治安維持活」と同列に論じるべきものであるかのような主張をされるのかが納得できないということの他に、集団的自衛権が「憲法改正の問題ではなく政府解釈や政策の問題」というのは、つまり安保法制懇の「法論理の不在」と基本的に同じ立場ですからね。
 
 しかし、それにもかかわらず、私が加藤朗さんの主張に注目するのは、「憲法を改正すれば戦後築き上げた平和国家としての国家ブランドを大きく毀損することになる。経済大国としての国家ブランドは中国に譲ってしまった。技術大国という国家ブランドも韓や台湾のメーカーに脅かされている。今や残るは平和大国という国家ブランドだけである。憲法九条の改正は、この国家ブランドを自ら破棄するに等しい。アメリカが自国を自由と民主主義の国として世界中に宣伝しているように、日本も平和大国のイメージを世界中にアピールすることが、日本外交にとって価値観の混迷する国際社会に対するソフトパワーになる」(憲法九条を日本の国家ブランドに)という「現実的」主張の故なのです。
 
 同じ「自衛隊を活かす会」呼びかけ人である柳澤さんや伊勢﨑さんとも、多分、全面的に見解が一致している訳ではないのだろうなと思いますが、このような、ある種「刺激的」な見解を真剣に受け止め、日本にとって最善の安全保障戦略とは何か、という途方もない困難な課題について、少しずつでも考える努力を積み重ねるきっかけになればと思い、加藤朗さんの「憲法9条部隊」構想を取り上げました。
 
 最後に、加藤さんがブログ「目黒短信」に書かれた最新記事(6月11日付)にもリンクをはっておきます。「安倍内閣は、集団的自衛権を認める閣議決定に向け、いよいよラストスパートに入ったようだ。反対派はメディアやシンポ、集会などいろいろな手段を使って何とか閣議決定を阻止すべく全力を挙げている。しかし、もはや敗北感漂う状況に追い込まれている。今は、ただ反対の声を挙げるだけで、閣議決定を阻止することはあきらめたようだ。なぜ反対派は負けたのか」という前説は気に入りませんが、この事態に至った様々な立場の分析には、耳を傾けるべき点もあると思います(全面的には賛同できないとしてもです)。
 
JUNE 11, 2014
集団的自衛権行使容認反対派の敗北
 
(参考映像)
2012年9月7日 日本記者クラブでの映像(桜美林大学教授 加藤朗氏) 
 シリアのダマスカスに入った翌2012年8月7日に治安機関に逮捕され、5日間拘束さた後に国外追放になった顛末を語っておられます。