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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

樋口陽一さんと2人の同窓の友人(井上ひさしさん&菅原文太さん)

 今晩(2015年5月11日)配信した「メルマガ金原No.2087」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
樋口陽一さんと2人の同窓の友人(井上ひさしさん&菅原文太さん)

 1年前の昨日(2014年5月10日)、商社九条の会・東京が開催した講演会の文字起こし(講演録)が同会のホームページにアップされていることに気がつきました。
 講師は、歌手の加藤登紀子さんと憲法学者樋口陽一さんでした。
 
 
 東北大学名誉教授にして東京大学名誉教授(こういう方は珍しいのでは)である憲法学者樋口陽一さんは、奥平康弘さん逝去後、「立憲デモクラシーの会」共同代表を引き継がれ、先日(5月3日)の「平和といのちと人権を!5・3憲法集会~戦争・原発・貧困・差別を許さない~」でもスピーチされるなど、80歳というご高齢ながら(1934年9月10日生)、憲法の危機に対して最も積極的に活動されている憲法学者といっても過言ではありません。
 
 そして、仙台で生まれ育った樋口さんの出身高校(仙台第一高等学校)の同級生に井上ひさしさん、1級先輩に菅原文太さんがいて、お2人が亡くなるまで、その交友が続いたこともよく知られているのではないかと思います。
 実際、昨年の商社九条の会・東京での講演でも、井上ひさしさんが、1986年6月、東北の経済人から招かれて東北電力ホールで(!)講演し、「皆さんもこの1 時間ばかり、暫し、企業を離れて一個の人間として考えていただければありがたい。」と前置きした上で、「それで、これは大きな声では言えませんけど、電気は余っておりましてですね、実は原発は要らないんです。(略)僕に言わせると原発というのは、20 世紀最大のフィクションですね、やらせです」と述べたという実に印象的なエピソードを紹介しておられます(講演録の21~23頁)。
 1人1人が「面を上げ、言いにくいことを言いにくい場で言うということ」の重要性を指摘しつつ、「私はこういう友人を持ったということを誇りにしております。」という樋口さんの発言に、当日の聴衆とともに、講演録を読む私たちもうなずかずにはいられないでしょう。
 
 そして、これを読んで思い出したのは、「平和といのちと人権を!5・3憲法集会~戦争・原発・貧困・差別を許さない~」での樋口さんのスピーチにおいて、仙台一高時代のもう1人の友人、菅原文太さんの最後のメッセージ(2014年11月1日、沖縄セルラースタジアム那覇で開催された「オナガ雄志 うまんちゅ 1万人大集会」でのスピーチ)がまず冒頭で紹介されていたということです。
 樋口さんとしては、菅原文太さんについても、「私はこういう友人を持ったということを誇りにしております。」であったことは言うまでもないでしょう。
 以下に、5月3日の樋口陽一さんのスピーチを文字起こしするとともに、昨年11月1日の菅原文太さんのメッセージ(文字起こし)も再掲します。
 是非、お2人の言葉を私たちみんなの力にしたいと思います。
 
2015年5月3日(於:横浜みなとみらい・臨港パーク
「平和といのちと人権を!5・3憲法集会~戦争・原発・貧困・差別を許さない~」での樋口陽一さんのスピーチ(動画の38分~)

 私は、10分貰っています。私は、ずうっと大学で学生たちと憲法を勉強してきました。そんな私よりも、そのものズバリ、「憲法」という言葉を使わないで、憲法のエッセンスをきちんと言い当ててくれた友達がいました。いました、残念ながら過去形です。長い、長い付き合いだった菅原文太、ご存知でしょ
う(拍手)。今日ここにいないのがとっても残念です。
 その彼が、数ヶ月前、こういう沖縄での大集会で、遺言を私たちに残してくれています。いわく、復習
しますよ、読みますよ。
「政治には2つの役割がある。1つは、国民を飢えさせないこと。安全な食べ物を食べさせること。」
 今の外交交渉、関係してますね。
「もう1つ、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと。」(拍手)
 憲法の言葉で言えば、命と暮らしの権利、人権と平和です。
 彼は、さらに続けました。
「沖縄の風土も本土の風土も、海も山も空気も水も風も、そこに住んでいる人間のものです。勝手に売り
飛ばさないでくれ。」(拍手)
 国民自身が主人公だ。これこそ「国民主権」という意味ですね。(拍手)
 今の政治は、そういう憲法が目指してきた方向と、何から何まで正反対の方向に、この私たちの日本という社会を、そのものを引っ張ろうとしています。憲法を壊し、自由闊達な言論が議論し合うべき場を壊し、何と国会議場まで、国会の議場まで含めて、自由闊達な言論を貶め、彼ら政治勢力自身の先輩たちが、先輩政治家たちが作り上げてきたはずの戦後史そのものを蔑ろにする。
 心ある日本人たちが、私もいろんな人たちを知ってます、素手で武器を持たないで世界の飢えと環境破壊を減らすことに地道な貢献をしてきた。それが戦後日本の誇りだったはずです。
 それを知らないが如く、今や国防の役割を超えたことになる「国防軍」を世界中に送り出そうとしています。
 そういう政治勢力がやろうとしている改憲の中身はどんなものか。戦前に戻しちゃいけないという批判の仕方があります。それでは甘過ぎます。それどころじゃない。明治憲法ですら、それを作ろうとした権力者たちを含めて、日本を立憲国家にするんだという意味を知っていました。ところが、ここ2、3年、国会で「立憲主義」という言葉を聞いても、「知らない」、そういう人たちが憲法に手をつけようとして
いるのです。
 今私たちの目の前に突き出されている改憲案は、正反対です。「日本は日本。俺たちでやるんだ。俺たちの好きなようにやるんだ。」という主張です。今の憲法前文を全部差し替えようとしています。その理由として、今の前文の書き方は、天賦人権を認めてるようだからよろしくないと、正直に書いています。「Q&A」というパンフレットに書いています。「天は人の上に人を造らず。人の下に人を造らず。」というのが、他ならぬ日本人の福沢諭吉が言ったことじゃないですか。そういうことになってしまう。
 実際、今の前文の全体を引き締めるキーワードは「人類普遍の原理」という言葉ですけれども、これをあっさり消してしまっています。そんなことでいいのか。
 戦前の日本にも、自由民権があったじゃないですか。大正デモクラシーだってあったじゃないですか。昭和に入ってからの残酷な弾圧に対して、勇気をもって耐え抜いた人たちがいるじゃないですか。(「そうだ」との声あり)日本を取り戻そうという勝手なスローガンで、都合に合わせて振りまく言葉に騙されないようにしましょう。(拍手)
 憲法に手を付けることにタブーのように扱われてきたのはおかしい、という議論もあります。これも全くの嘘です。繰り返し繰り返しの攻撃に耐えて、やがて70年。来年、再来年でちょうど70年になりますね。その間、私たち国民が支えてきたんです。50年前、占領が終わって、憲法に手を付けようという議論がわーっと出てきました。その時の政権は岸信介という人でした。ところが、選挙で、衆議院の選挙、参議院の選挙、続いてありました。その選挙を通して、日本の選挙民は、3分の1の壁を作りました。そのために、当面憲法に手を付けることはできなくなった。
 そこで、その当時も憲法調査会というものを作って、憲法にはこういう欠陥がある、こういう欠陥がある、生まれる仕方もあやしい、いう風な議論を振りまこうとしました。その時に、私などの恩師、先輩にあたる人です。憲法学者の長老からノーベル賞湯川秀樹さんまで、社会主義者の経済学者からオールド・リベラリストまで、みんなが結集してそれに対抗したんです。
 その時期に比べると、今や憲法についての国民、広い範囲の見方は随分深まっています。明らかにそうです。市民1人1人が自分たち自身の気持ちで、ここにこれだけ皆さんが(と両腕を大きく拡げて)集まってくださったじゃないですか。(拍手)
 どうぞ皆さん、それぞれの家庭で、家庭に、あるいは仲間に、飲み仲間でも茶飲み友達でもいい。そういう人たち1人1人に、今日の皆さんのこの熱気を伝えてください。そうして、日本とアジアと世界の未来のために皆さんと一緒に力を合わせましょう。これで9分30秒くらいになりましたので終わります。
次の方にバトンを渡します。(拍手)
 
2014年11月1日(於:沖縄セルラースタジアム那覇
オナガ雄志 うまんちゅ 1万人大集会」での菅原文太さんのスピーチ

こんにちは。
沖縄は、何度来ても気持ちがいいね。(拍手)
カートに乗って、楽をさしてもらったけど、80過ぎたんで、さっきの2人みたいに走れないよ。(笑い
と拍手)
30年前なら、あの倍くらいのスピードで走ったけどね。(笑いと拍手)
今日は、自分から立候補して、ピッチャー交代、知事交代、ということで押し掛けてきました。(拍手)
プロでない私が言うんだから、あてになるのかならないのかは分かりませんけど、政治の役割はふたつあ
ります。ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。(拍手)
もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!(大きな拍手)
私が小学校の頃、戦国(軍国)少年でした。小学校、なんでゲートルを巻いて、戦闘帽を被って、竹槍持たされたのか、今振り返ると、本当に笑止千万です。もう二度と、ああいう経験は子どもたちに、子どもたちだけじゃない、大学生も雨のなかを、大勢の将来大事な大学生が戦地へ運ばれて、半数が帰ってこな
かった。
今の政府と、本土の政府ですよ、仲井眞知事は、まさに戦争が起きること、戦争をすることを前提に、沖
縄を考えていた。
前知事は、今、最も危険な政権と手を結んだ。(拍手)
沖縄の人々を裏切り、公約を反故にして、辺野古を売り渡した。(そうだ!の声と拍手)
古い映画だけど、『仁義なき戦い』に、(拍手)その流れに言うと、『仁義なき戦い』の裏切り者の山守
(やまもり)、覚えてらっしゃらない方もいるかな?(覚えてるよー!の声)
憶えてるかー(拍手)。
映画の最後で、「山守さん、弾はまだ残っとるがよ。一発残っとるがよ。」というセリフをぶつけた。
その伝でいくと、「仲井眞さん、弾はまだ一発残っとるがよ。」(大きな拍手)
と、ぶつけてやりたい。(拍手)
沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。(大きな拍手)
そこに住んでいる人たちのものです。(拍手)
辺野古もしかり!
勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ。(大きな拍手)
まあそうは言っても、アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にもいる。韓国にもいる。(拍手)
の良心ある人々は、国が違え、同じ人間だ。(拍手)
みな、手を結び合おうよ。(拍手)
翁長さんは、きっと、そのことを、実行してくれると信じてる。(大きな拍手)
今日来てるみなさんも、そのことを、肝に銘じて実行してください。(拍手)
それができない人は、沖縄から、日本から、去ってもらおう。(大きな拍手)
はなはだ短いけど、終わり(拍手)
 
(付記)
 樋口陽一さんのスピーチで言及されている「明治憲法ですら、それを作ろうとした権力者たちを含めて、日本を立憲国家にするんだという意味を知っていました。」ということは、かねてから樋口さんが指摘されていたことで、その発言に触発されて私が書いた文章の一部を以下にご紹介しておきます。ご笑覧いただければ幸いです。
 
(弁護士・金原徹雄のブログから)
2012年5月3日(2013年1月26日に再配信)
憲法記念日に考える(立憲主義ということ) 前編

憲法記念日に考える(立憲主義ということ) 後編
2012年5月30日(2013年2月16日に再配信)
「立憲主義」を聴いたことがないという参議院憲法審査会委員
2013年2月6日
自民党「日本国憲法改正草案Q&A」の呆れた内容(天賦人権説の否定)
2014年5月29日
商社九条の会・東京の講演録で学ぶ「《歴史の転換点》の検証」(山田朗氏)
2014年11月3日
菅原文太さんからのメッセージ 沖縄へ、そして日本へ ※追記あり
2014年12月1日
菅原文太さんのメッセージと奥様のコメントを全ての日本人に届けたい

 

(付録)
「この島~憲法9条のうた」 作詞作曲:烏野政輝 演奏:m&n
(@Happy Birthday 憲法 in Wakayama 2015)
 
(参考)第1回「Happy Birthday 憲法 in Wakayama」(2014年5月3日)での演奏