読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

「自衛隊を活かす会」シンポジウムから学ぶ「南スーダン─。駆けつけ警護で自衛隊はどう変わるのか」(1/30@札幌)

 今晩(2016年3月3日)配信した「メルマガ金原No.2384」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
自衛隊を活かす会」シンポジウムから学ぶ「南スーダン─。駆けつけ警護で自衛隊はどう変わるのか」(1/30@札幌)

 自衛隊を活かす会(自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会)は、昨年(2015年)6月20日、大阪において、初めて東京以外でシンポジウムを開催しましたが、今年1月30日、地方シンポの第2弾が札幌市で開催されました。シンポのテーマは「南スーダン─。駆けつけ警護で自衛隊はどう変わるのか」です。
 国会審議でも、志位和夫日本共産党委員長が基本質疑で取り上げたこともあり、ようやく本格的な議論が始まったPKO派遣問題。参院選後とも言われる南スーダン派遣部隊への新任務付与、さらには現在の状況が既に憲法違反ではないのか、ということも含め、最も緊急性の高い問題です。
 自衛隊を活かす会としては、昨年12月22日に東京で開催した「南シナ海―警戒監視のための自衛隊派遣をどう見るか」に次ぐ、「新安保法制の予想される発動事例の検証」の2回目という位置付けだろうと思います。
 札幌シンポの動画は既にご紹介していましたが、テキスト(文字起こし)も公開されましたので、併せてご紹介することとします。
 このうち、近時の伊勢﨑賢治さん(自衛隊を活かす会呼びかけ人)の発言に接する機会の多い人にとっては想定の範囲内でしょうが、1年か2年前に伊勢﨑さんの講演会で感銘を受けたという程度の人が、このシンポでの同氏の発言に接するとショックを受けると思いますので、あらかじめ心の準備をしてから読まれることをお勧めします。
 
動画 南スーダン─駆けつけ警護で自衛隊はどう変わるのか(2時間52分)
 

(各登壇者の発言から抜粋引用開始)
渡邊 隆氏(元陸将・第1次カンボジア派遣施設大隊長
 昨年、議論があった安全保障法案で何が変わったのかという話ですが、PKO法に関して言えば、上図の①にあるように、防護を必要とする住民、被災民その他の者の生命、身体、財産に対する危害の防止、或いは抑止、その他特定区域の保安のための監視、駐留、巡回、検問、警護の任務が追加され、出来るようになりました。
 それから、②の国際連携平和安全活動――後ほど説明致しますが聞きなれない活動です。私も初めてこの言葉を見て吃驚しました――、人道的な国際救援活動――これはルワンダで実際にやっています――、このような活動でも不測の事態、または危難が生じて、或いはそのおそれがある場合に、緊急な要請に対応して行う当該活動関係者の生命及び身体の保護のための任務が追加されたということです。ですから、これに関する限り、先ほどのいわゆる本体業務に参加する道が開けたと言えるかもしれません。
 つまり、国際平和協力法改正案においては次のようになります。
 ①歩兵(普通科)部隊を派遣することが可能になりました。歩兵部隊、普通科部隊と言うのは、特定の任務ではなく、通常「この地域を担当しなさい」という形で指示をされます。その地域の治安を維持し、安定させることが歩兵部隊の役割になります。いわゆるPKFの本体任務を行う上で、先ほどの武器権限ともあわせてようやく――私にとってはようやくなんですが――、ある程度、出来るような法的体制が整いつつあると思います。(自衛隊では歩兵部隊とは言わず、普通科部隊と言います。自衛隊は国内的には軍隊ではないので、兵という言葉を使えないのです。ですから、歩兵、砲兵、工兵ではなく、普通科、特科、施設科という言い方になります)
 ②上記以外のPKO、人道救援、国際平和連携活動などにおいても、もし要請があれば、このような活動を行っても良いというのが今回決まったということです。
 先ほどの国際連携平和安全活動は、PKO法案の中に1つの用語として盛り込まれましたが、これについての十分な議論は重ねられなかったと思っています。この国際連携平和安全活動は、国連が行う国連平和維持活動ではなく、似たような活動だとご理解頂きたいと思います。PKOと言うのは、国連安保理決議に基づいていわゆるブルーヘルメットという部隊を編成して、各国が一体となって行う活動ですが、実は最近、この活動は簡単には行えなくなってきました。この辺は伊勢﨑先生が大変お詳しいのですが、地域或いは能力と意志のある有志連合が一緒になって、そのような活動を行うということが冷戦後に非常に増えてまいりました。逆に言えば、それに対して日本が何とかしようと思えば、そのような枠組みを法的に考えておかなければいけないというのが、国際連携平和安全活動なんだろうと思います。
 いずれにしろ、国際連携平和安全活動には3つの条件があります。①停戦が合意されていること、②紛争による混乱や暴力の脅威から住民が保護されていること、そこが混乱状態、戦闘状態ではないということです。③武力紛争が終わり、終了後に行う民主的な手続、手段による統治組織の設立や、再建の援助等を目的として行う活動に限り、自衛隊PKOと同じように、法律の枠組みで参加出来るというのが、大きく変わったPKO法案の概要と言えるのではないかと思います。
 
ハメド・オマル・アブディン氏(東京外大特任助教スーダン出身)
 みなさんこんにちは。今日は南スーダンの人々は日本に何を求めているのかという難しい題でお話を頂きました。最初に断っておきますが、私は南スーダン出身ではなくスーダン出身です。スーダン出身ということは、長い間、南北紛争があったということを考えると例えが悪いんですが、北朝鮮の人に韓国の人達は日本に何を求めているのかを聞いているようなものでしょう。
 それはさておき、私の専門分野は紛争研究ですので、自衛隊が展開している南スーダンの状況についてお話しながら、南スーダンは本当にどういう支援があれば、有効に使えるのかということを私なりに考えてみたいと思います。
(略)
 自衛隊を展開した時、一応、南北紛争は終わりました。これから紛争が起きる可能性は低いという仮定のもとで日本の自衛隊は派遣されていますが、状況はそうではないということです。
 そこから、南スーダンの人たちは日本に何を求めているか、ということですが、この状況の中で、今は施設部隊が展開して道路を作っています。ただ、いくら道路を作ったってどこまで本当に作れるのかということなんです。日本としてはPKOでプレゼンスを示せるかもしれませんが、本当に意義や意味のある活動をしようと思えば、私はこれが日本が出来るベストのことではないと思います。
 先ほども言いましたけれども、南スーダンは大統領側と反政府側で非常にミリタライズ、軍事化された社会になっているんですね。60年間の間、紛争がずっと長引いていたので、信じられるのは武器だけなんです。そう言った軍事化された社会をどのようにリミリタライズ、非軍事化するかということで、伊勢﨑先生がご専門のリビアとかで武器取り上げたとかそういう話ではなくて、それ以外のオプションがあると私は思います。
 どういうことかと言いますと、南スーダンは石油の生産がありますので、技術者などを非常に必要としているんです。インフラ整備はまだまだこれからなので、自衛隊は道を作る必要はなくて、南スーダンの軍を非軍事化させる要因は、日本の自衛隊が訓練しながら道を作っていく、オン・ジョブ・トレーニングをしていった方が今後の南スーダンの発展を担う、南スーダンの人々のスキル向上につながるのではないかと私は思うんですね。
 ここだけの話ですが、自衛隊が作っている道は、国連関係者が住むコンパウンド(複合住居)と国連関係者しか買い物が出来ない値段の高いショッピングモールの間の道だそうですね。南スーダンに3年間ぐらいいた知り合いから聞きました。そういうことを言うと自衛隊の皆さんにはすごく申し訳ない気分になりますが、しかし、誰がそれを自衛隊に要請したかはわかりません。
 もう一つ、南スーダン自衛隊はどう見られているかということですが、これは2つに分かれていて、2013年の危機が起きた時に、ヌエル族の人たちが国連コンパウンドの中に入ってきたんですが、たまたま物資を配っていたのが日本の自衛隊員だったんです。だから日本に対してコンパウンドの中の国内避難民はすごくありがたいと言っています。ただ、ここまで南スーダンの社会は分断されているので、どっちかを保護することは、どっちかを敵に回すということを意味しますので、リスクという点では、紛争がエスカレートした時、日本の自衛隊は駆けつけるまでもなく、自衛隊が敵とみなされた時にどうするかということ――私は軍事専門家ではないのですが――、本当に自分たちの命を守れるかという問題があるのではないかと思っているんです。
 私はもうちょっと安全になってから、南スーダンの非軍事化される若者を預けるところとして、自衛隊の施設部隊は貢献出来るのではないかと――南スーダンの人間ではありませんが――、そう思っている今日この頃です。話したいことはたくさんあるんですが、質疑応答の時に追加で話したいと思います。ご静聴ありがとうございました。
 
伊勢﨑 賢治氏(東京外大教授、自衛隊を活かす会呼びかけ人)
 渡邊さんが言われたように、一体化論をアメリカにどう説明しているかと言うと、そのままローマ字で「Ittaika」と言っているんですね。説明しようがないんです。まともな軍事のコミュニケーションができない。何にでも「いわゆる」がつくんですね。
 「後方支援」という言葉もありません。兵站と正直に言えばいいのに。これにかんしては、ちゃんとLogisticsを使っているのですから。
 「非戦闘地域」なんてありゃしません。強いてあるとすれば、それは基地の中だけです。しかし、その基地の中も狙われます。
 「国準」、「国に準ずる組織」ですが、これは説明するのも恥ずかしい。つまり、「国と、国に準ずる組織が停戦合意している。停戦合意が破られるというのは、まともな連中同士だからあらかじめ分かる。それを予感して撤退すればいい。だから武力の行使をする心配はない」と政府は言ってきたわけですね。
 そんな中、もし、はぐれものが撃ってきたらどうするか?
 「そいつらは国でもないし、国準でもない、単なる犯罪者だから撃っても構わない」「警察官が武器の使用をするようなものだから、武力の行使には当たらない」「武力の行使に当たらないとして殺せるということは、武力の行使を統制するのは国際人道法ですから、国準ではない人間を殺しても国際人道法違反にはならない」というロジックですね。これは英訳して外に発信したら、人権団体や国連人権理事会が問題にしますよ。つまり、殺してもいい、国際人道法違反にならないと、一国連加盟国が勝手に定義する。許されるわけがありません。だから、昨年、国会で参考人招致された時、これを絶対に外に発信してくれるな、とお願いしたのです。
 日本人は、こういう詭弁で論争してきたんです。リベラルも受け入れて。現場に直接行って検証するリスクが回避でき、そして何より、こういう解釈改憲の根本が覆されることで、それが、ほんとうの改憲へと政局が動かないように。つまり、9条の条文を守るために、詭弁を受け入れてきた。僕はこれを「右・左の談合」と言っています。
 メディアが現地に行けばいいんです。こんなことが嘘だということは、現場に行けば分かるんです。メディアもたまには行くんですが、自衛隊の追っかけばかりやっている。こんなんじゃ、何も見えません。反対派が怠慢だからこういうことになるわけです。無知を維持するための談合なのです。
 「一体化」「後方支援」「非戦闘地域」「国準」、こんな言葉を弄するの、もう止めましょう。一旦、これらの言葉を全部なしにして、議論をゼロから組み立てましょうよ。そうでないと、今後、南スーダンで起こりうる、自衛隊が被る問題の本質は見えてきません。
 そうすると、ただ一点が見えてくるはずです。
 つまり、自衛隊を軍にするのか、しないのか、という一点です。
 今、野党結集が叫ばれていますが、何を結節点とするかにおいては、残念ながらこれが全く出てこないわけです。ただ、「安倍憎し」だけ。別に、自衛隊を軍に“しろ”とは言っていません。それを国民に問わない限りは、南スーダンPKO自衛隊が突きつける国家、もしくは人道主義へのリスクが解決しないどころか、“見えない”のです。
 はっきり言いますが、安倍さんは悪いことをしていませんよ。安倍さんは新しい自衛隊の派遣は何もしていません。
 南スーダンに送ったのは誰ですか?
 9条の国が、イスラムのスンニ派の世界のジブチに半永久的な戦略的軍事拠点を持っているんですよ。これをつくったのは誰ですか?
 安倍さんではありません。安倍さんは何も悪いことをしていません。なぜここまで安部さんは悪魔化されるんですか?
 ちょっと冷静になりましょうよ。ということで終わらせて頂きます。
 
柳澤協二氏(元内閣官房副長官補、自衛隊を活かす会代表)
 渡邊さんが冒頭おっしゃった、自衛隊を9割の国民が支持しているということですが、これはやはりここに来るまでに60年間、特に陸上自衛隊が地元に災害派遣などで貢献しながら、一生懸命やってきた涙ぐましい歴史があったんだろうと思うんです。
 私もちょうどそういう時期に防衛官僚をやっていたわけですが、今回の安保法制を見た時に一番感じた違和感というのは、自衛隊自衛官は部隊としてやっていくのだったら思う存分、能力が活かせるような構成にしてほしいという希望があるのはそれはそれで分かるのですが、問題はそれを国民、或いは政治がどこまで認識し、どこまで支持し、どこまで責任を取ってくれるのかということです。
 伊勢﨑さんがお話になったことを一言で言えば、「今の憲法の下では、これは出来ないんだよ」ということを言っているんですね。伊勢﨑さんも最後の結論で「だから憲法を改正すべきだ」というご意見になるのかと思ったら、そこまでおっしゃらなかったのですが、そういう意味で理解の仕方を私の方で勝手に決めさせて頂きますが、そこのところをどう捉えていくのかということが、今、問われていると思っています。
 安保法制の一番大きな要素について、私は法律事項は4つだと言っているんです。1つは自衛隊の派遣の機会を増やすこと、2つ目は自衛隊の武器使用の機会を増やすこと、3つ目はアメリカ軍に対する支援の機会と内容を増やすこと、なぜこれが法律かと言うと、自衛隊の持っている国有物品をタダで米軍にくれてやるという、国の会計原則の例外をやるから法律がいるわけですね。4つ目は自衛隊員が国内で職務上の例えば上官の命令に反抗するなどというものには刑罰があります。その刑罰を海外でも適用する。これは刑罰の拡大ですから法律事項になります。安保法制に書かれていることはこの4つなんですね。私が一番違和感を感じるのは、2つ目の武器の使用なんです。
 私も防衛官僚をして、そして官邸に5年半いる時は、陸上自衛隊イラクで活動している時期だったわけです。冷戦が終わり、渡邊さんが行かれたカンボジアPKOが手始めだったんですが、どういうことでやってきたかというと、もっと前には伊勢﨑さんの言われる「交戦権がないのに、どうして個別的自衛権だけいいの?」「どうやって戦うの?」というところはあるんですが、結局、今の憲法の下で、自衛隊という実力組織、軍事組織を作って、そして、ありていに言えば戦うわけですね。だからどういう時に戦うかと言うと、「日本が攻められた時にだけ戦うんですよ」という意味の個別的自衛権憲法の下でも良いよねと。
 そして冷戦が終わって、カンボジアPKOに始まる国際任務が出来た時にどう整理するか、これは悩ましかったわけです。だから「停戦合意があります、国または国に準ずる主体同士はもう争うことはない状態になっています」ということですね。
 アメリカ軍への後方支援については、私が担当局長の時に作った法律で周辺事態法というのがありましたが、ここでは後方地域支援、後の非戦闘地域という概念なんですが、それで「アメリカ軍の武力行使と一体化しない」、つまり「そういう形で他国の戦争には関わっていくけれども、日本自身が戦争に手を汚すことはしない枠組みなんです、だから今の憲法の下でもこれが出来るんです」ということをやろうとしてきたわけです。
 それでやってきたことは何か。海外に行ったならば、自分の身を守るために最後の手段としての武器使用だけを許してきた。だから各国軍隊とは明らかに違ったわけです。今後の安保法制では、人を守るためにとか、基地を守るためにとか、その地域を守るために武器を使える。つまり武器を使わなければ出来ない仕事が出てくるわけですね。
 イラク自衛隊が行った時に、非戦闘地域――時々、ロケット弾は飛んできたけれども、私は非戦闘地域だと思っていました――、そこで何をしたかと言うと人道復興支援です。これは武器を使わない仕事なんですね。その結果、ギリギリ一人の犠牲者も出さずに今日まで来ている。
 私だって国際的なスタンダードから見れば、日本国憲法との整合性の解釈というのはフィクションだと思います。フィクションだけれども、自衛隊は海外で1発も撃っていないわけですね。そういう実際の運用の中で、かろうじてそのフィクションが現実でありえたと言うか、フィクションをフィクションのまま放置してもそれ以上に議論が必要なかったという状況が続いてきた。
 それが、武器使用を拡大するということになれば、道路を治すだけじゃないんです。襲われている人を助けに行く、そんなことは武器を使わなければ出来ません。そういうことをやっていく。そうすると、今まで海外で1発も撃たなかった自衛隊、海外で1人も殺さず、戦死しなかった自衛隊は、そうでなくなってくるということですね。
 そうすると、90%の国民はどういう自衛隊を支持してたんですか?というところに戻ってくるわけです。私は、国民の90%の支持というのは、災害派遣を一生懸命やったからというだけではなくて、PKOに出す時だって、戦争になると言って野党は反対していました。当時、私のいた防衛庁にも反対のデモが来ていました。しかし、戦争になってないんです。1発も撃っていないからですね。
 今後はPKOの現場でも撃たなきゃいけない状況になってくる。それを国民が支持し続けるのかどうかということが、今後、問題になってくる。そういう法制がよく分からないうちに通っちゃったというところが一番の問題だと思うんです。
 私は、軍隊というのは、国民が支持や理解しないことは出来ないと思います。単に現場に行っている人の技量とか、兵器の質だけで戦争というものは出来るものではない。それは何かと言えば、犠牲者が棺に入って帰ってくる、そういうことを国民がどういう受け止め方をするのかという、そこがなければ出来ません。
(略)
 よく言われる、夏の選挙で安保法制を廃棄するような結果を出すということは容易なことではないです。通貨で言えば、ここまで市中にお金がばら撒かれて、それを投機ファンドが持っているわけです。どうやって回収していくのか、後始末がものすごく大変ですよ。それから、「日本はこういうことが出来るようになりました」とアメリカに向かってメッセージを出して――やってくれと希望しているのはアメリカだけですから――、コミットしているわけですね。それを「やめました」ということだって、そんな単純に出来ることではない。
 安保法制の廃棄のようなことをするためには、この安保法制ではいけないと思う側が、しからばどういう国家像なり、どういう安保戦略を持って、どうやって世界の平和に役立っていこうとする覚悟を持つのか、そこを作っていかないといけない。この話は非常に複雑で、経済も政治も安全保障も全部ひっくるめた、すごく幅広い内容を持ったものですから、そういうものとして息長く対応していかなければいけません。
 私たち自衛隊を活かす会でも、私たちが憲法を本当にどうしたいと思っているのかということも提示していかなければいけない。中国とどうやって付き合っていくのかなど、トータルな国家像を示していくというのが次の課題になるかなと思っています。
 
加藤 朗氏(桜美林大学教授、同国際学研究所長、自衛隊を活かす会呼びかけ人)
 今、国家像の話が出ました。私が常々言っているのは、戦後70年続いてきた平和大国のブランドを毀損すべきではないということです。なぜ安倍さんがそのブランドを汚すような普通の国家を目指しているのか、私にはよく分かりません。
 ただ、私は安倍さんを批判してはいません。先程、伊勢﨑さんが言ったように、安保法制にしても秘密保護法にしても、防衛装備移転三原則にしても、皆さんは安倍さんが全てやったようにお感じになっているかもしれませんが、実際は民主党の野田政権の時に、ほぼこの路線が敷かれています。安倍さんはそれを実現したというか、ある意味では手柄の横どりではないかと思うのですが、路線を敷いたのは民主党政権です。安倍さんの本当のカラーはこれから出てくるんだろうと思います。それがどうなるのかはよく分かりません。
 日本の平和大国のブランドを維持するとは何かというと、憲法9条の旗を下ろさないということです。何が必要かというと、憲法9条を実践するということが必要になってきます。具体的には何かといえば、安保法制の中で、渡邊隆さんがおっしゃったように邦人保護があります。今日、参加の皆さんはおそらく安保法制に反対していらっしゃるでしょう。皆さんは政府に一言言えばいいのです。「我々は自衛隊に助けて貰いたくない。一切助けるな」その覚悟があればもう十分なのです。「我々のことは我々自分自身で守るから、自衛隊も軍隊もいらない」と言う、それだけのことです。
 後は自分が判断すればいいのです。「敵が攻めてきたら、見事そのまま撃たれて死にます。孫子が死のうとも」という覚悟があればいいのです。皆さんが憲法9条のために命を捨てるということを覚悟すればいいだけの話です。それが出来れば、憲法9条を我々は長らく守っていくことが出来ます。果たして皆さんにその覚悟があるか。私はそれを問うています。これが、ある意味で左の理想主義です。右の理想主義は何かと言うと、安倍さんです。軍隊を持って普通の国家になる。実はこれも理想主義です。今、こんなことは出来ません。
 2014年時点で、日本の1人当たり個人GDPは世界第何位か知っていますか?OECD加盟国の中で20位です。世界全体で27位ですよ。1993年から96年まで日本の個人GDPは何位だったかご存知ですか?世界第3位です。アメリカを抜いたこともありました。つまり我々はそれだけ貧乏になったんです。この実感がありますか?
 おそらく、60歳代以上の高度経済成長期を経験した方、或いは1980年代のバブル期を経験した人には全く実感出来ないだろうと思います。しかし、今の大学生は豊かであることを全然知らない世代です。ものすごい世代間ギャップがあるんです。
 私たちはなぜか未だに日本は世界の大国だと思い続けています。大国ぶって上から目線でいろんなことを言っているんです。皆さんは、アフリカは貧しいと思っているでしょう?アフリカに行ってみれば分かりますが、アフリカの金持ちは我々が足元にも及ばないぐらいの金持ちで、貧乏な国でもものすごい豪邸が建っています。大虐殺があったルワンダでも郊外に行けば大豪邸が建っています。
 今は国境を越えて貧富の格差が広がっています。その中で、軍隊で国家を守るということが本当に意味があるのかどうかということを考えないといけません。そういうことを考えると、私たちがどのような国家を作っていくのかということは、そんなに簡単な問題ではないと思います。
 
伊勢﨑 賢治氏
 僕は、加藤先生が提案する「9条平和部隊」構想に全面的に賛成します。みなさん、大挙して千人単位で、言葉が喋れなくても構わないです。平和のための人柱になってください。そうしたら絶対にインパクトがあります。それが9条を活かすということです。
 9条を守るために命をかけるなどと立派なことを言う人はリベラル政治家にも市民団体にもいるんですが、9条を遵守する、戦争をしないために体を張っている人は、僕は見たことがありません。
 我々は9条下で立派に戦争をしてきています。今では第3国ジブチに戦略基地を置くまでになりました。9条の国がですよ。自衛隊PKFとして送ることの是非はおいておいて、もし送ったなら紛争当事者国に自衛隊の基地を作るのは当たり前です。南スーダンのように。でも、ジプチは違います。第3国なんです。あれは、どう見ても世界戦略を持っている国家の軍事戦略基地としか見えません。9条の国がですよ。そして、日本はジブチ政府と、日米地位協定よりも派遣国に優位な地位協定を持っているのです。現地における兵員の犯罪の対処についてです。米兵の犯罪に対して、我々日本人は、日米地位協定の不平等性に文句を言う法的な根拠を、既に喪失しました。沖縄に対して、我々は、更に、辛苦を与えた。それも、皆さんの無知と無関心のお陰で。
 更にいうと、ジブチイスラムのスンニ派の国家ですよ。イスラムのスンニ派の世界を侵略する占領者ですよ、日本は。何をやっているんですか?
 9条を蹂躙するのもいい加減にしましょうよ。
 普通、法を守ると言ったら、法を遵守することでしょう?法でしちゃいけないことをしないということが法を守るということじゃないですか。法の条文を変えないということじゃないでしょう。今、「9条の条文を守る」ということと、「9条を、戦争をしないということを遵守する」ということは、今、乖離しています。これはみなさん、心に刻みつけてください。
 今、9条は宣伝できません。今まで宣伝してこなかったから、日本は美しく誤解されてきた。今、この状態で中東に向けて9条を宣伝したらどうなると思いますか?「なんだこの矛盾は」と言われます。「お前らは基地まで作っているじゃないか」と。安倍さんはイスラエルに行ってあんな発言をしたばかりです。「この国は、アメリカの手先というだけでなく、自分の憲法も守れない、いい加減国」ということを宣伝したいのですか?
 それで溜飲を下げるリベラルもいるでしょうが、これは、すべて我々の国防の問題として跳ね返ってくるのですよ。イスラム国です。もう、挽回するのは遅いかもしれませんが。ノーベル平和賞を取らせる運動なんて、もってのほかです。そんな状況まで来ているんです。
 9条を蹂躙するのもいい加減にしましょうよ。体を張って止めましょうよ。まず安保法制を阻止することから全てが始まると思いますが、それだけじゃないです。「9条を大切に」って、大切ってそういう意味じゃないでしょう。加藤さんの言うように、命をちょっとだけもいいから、かけましょうよ。
(引用終わり)