2018年4月12日配信(予定)のメルマガ金原No.3115を転載します。
3月22日に開催された自民党の憲法改正推進本部の全体会合、引き続き、3月25日に開かれた同党の定期党大会の結果を踏まえると、自民党が改憲をめざす4項目の全体像がおおよそはっきりしてきましたので、私のブログでもご紹介してきました。
2018年3月23日
2018年3月26日
そして、この段階で、自民党改憲案を包括的に批判する声明として、まず、3月26日に、改憲問題対策法律家6団体連絡会が「緊急声明 自民党改憲案の問題点と危険性」を発表しましたので、私のブログでもご紹介しました。
2018年3月29日
この種の多くの研究者有志による「声明」は過去にもありましたが、この「自民党改憲案に反対する」声明の取りまとめは、さぞ難航したのではないか?と勝手に想像しています。あるいは、難航しなかったとすれば、多くの研究者の皆さんが、「小異を残して大同につく」精神を発揮して賛同されたのかなと推測します。
だって、9条だけに限っても、仮に自民党案に反対するにしても、その理論的根拠が一様であるはずないですものね。
いずれにせよ、3月26日の実務法曹ら6団体による声明に続き、多くの憲法研究者による声明が発表されたことは意義あることだと思います。
以下に全文を掲載しますので、是非じっくりとお読みください。
(余談)
どうでも良いような些末なことですが、「声明」の「9条改憲案の問題点」第4段落に、「戦力の不保持、交戦権の禁止を定めた9条2項」という表現があるのですが、普通は、
「国の交戦権は、これを認めない。」を略して「交戦権の否認」と表現するのではないでしょうか。それに日本語としても、「交戦権の禁止」は少し変だと思います。
(引用開始)
はじめに
2018年3月25日、自由民主党は党大会を開き、党の憲法改正推進本部がまとめた条文案(「たたき台素案」)に基づいて①自衛隊の憲法9条への明記、②緊急事態条項、③参議院の合区解消、④教育の充実の追加の4つの項目で憲法改正を進めていくことを確認した。
わたしたち憲法研究者は、森友学園問題における公文書改ざん問題が明らかになった現在、自民党には、憲法改正案を提起する資格がないと強く主張する。昨年の衆議院議員総選挙がおこなわれた時には、すでに改ざんが行われていたのである。改ざんの事実が明らかになっていれば選挙結果も異なっていた可能性がある。さらにいえば、国会は憲法改正を進めるよりも先に、森友学園問題について明らかにする責務がある。憲法は、政治家をはじめとする公務員に対し、国家権力を真に国民のために使うよう義務を課す。森友学園問題では、まさに、国家権力が権力者のために使われたのではないかが疑われているのである。その全貌の解明なくして進められる憲法改正は、まさに、権力者のための憲法改正にならざるをえないであろう。
次に、わたしたちは、日本国憲法が制定以来日本国の基軸として機能し、日本国民の幸福な生活のために役立ってきたと考える。日本を始め、立憲民主主義に基づく国家は憲法を前提として運営されるのだから、政治をおこなう上で具体的な不都合がないかぎり、憲法は変更されるべきではない。また、説得力ある明確な理由なくして憲法を変更することは、国民に対して思わぬ弊害をもたらす危険性もある。
9条改憲案の問題点
自衛隊を憲法で承認し、正式に合憲化することは、自衛隊員のためにも良いことだと考える人もいるかもしれないが、それは全く反対である。というのは、すでに、2014年7月1日の閣議決定によって、憲法解釈が一方的に変更され、この閣議決定にしたがって、2015年9月19日に安保法制が制定されているからである。自衛隊の憲法での承認は、安保法制によって集団的自衛権の行使が認められた自衛隊の承認を意味することに注意しなければならない。
集団的自衛権は、アメリカのベトナム戦争や旧ソ連のアフガニスタン侵攻など、強国による無用な軍事介入に利用されてきた。安保法制は、自衛隊がそのような軍事活動に参加することを意図するものである。戦力の保持を否定する現行9条の下では、安保法制が合憲と認められる余地はない。ところが、自衛隊を憲法に明記することになれば、安保法制を違憲とはいいづらくなる。つまり、憲法への自衛隊の追加は、安保法制の合憲化が真の目的なのである。自民党の9条改正の提案が実現すれば、自衛隊員は、危険な集団的自衛の仕事を正式にさせられることになるだろう。
ところで、今回、自民党の憲法改正推進本部は、従来の政府解釈で採用されていた「必要最小限度の実力」ではなく、「必要な自衛の措置」を認める案をたたき台として打ち出していくようである。「必要最小限度」という文言がなくなることで自衛隊の活動に歯止めがかからなくなり、「必要な自衛の措置」には集団的自衛権の行使が当然に含まれることになる。したがって、この条文は、戦力の不保持、交戦権の禁止を定めた9条2項と正面から衝突する。戦力をもたないと宣言しながら、自衛のためには集団的自衛権行使を含む「実力」を行使できるというのである。この改憲によって、憲法9条2項は、全く意味をなさなくなるだろう。
他にも、自衛隊法7条では、憲法72条や内閣法5条の規定を受けて、「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」としているが、今回の自民党の提案では「内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする」としているため、行政権の主体が内閣であるという日本国憲法の構造と矛盾するおそれがある。この点で、自民党の9条改正の提案は、内閣総理大臣の下に、立法、行政、司法から独立した「防衛」という新たな国家作用を創設することになるのではないかという深刻な問題を内に含んでいるのである。
緊急事態条項の問題点
前者については、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」が仮に起ったとしても、国政選挙全体を不能にするということなどは通常考えられない。国会議員の選挙は、国民の意見を国政に反映させるための重要な機会である。安易に憲法で任期の延長を認めるべきではない。
後者は、「大地震その他の異常かつ大規模な災害」の際に、内閣が法律と同様の効力をもつ政令を制定できるとする。しかし、災害対策基本法など災害に対処するための法律はすでに存在している。これまでの災害の事例をみても、内閣が立法権をもっていればより効果的な災害対処ができたとはいえないだろう。
また、緊急事態を憲法で承認する場合、自民党案のように、行政権が立法権を無条件に行使できるような規定にすることは大変危険である。ナチスの独裁は、ワイマール憲法の緊急事態条項を悪用することで可能になったということを思いおこす必要があるだろう。
さらに、自民党案の緊急事態条項は、9条改正と密接な関係がある。今回の自民党案では「大地震その他の異常かつ大規模な災害」となっているが、国民保護法には「武力攻撃災害」への対応規定があり、武力攻撃と災害とが明確に区別されていない。したがって、自民党提案にある緊急事態条項があれば、他国と武力衝突が起きたときに、政令のみで国民の権利を制限することができるようになる。緊急事態条項は、9条改正とともに、戦争を準備し、そのために国民を動員することを可能にするのである。
参議院の合区解消規定と教育の充実規定の問題点
また、合区を解消するために憲法改正が必要だとしても、それは、47条を変更するだけではすまないはずである。そもそも、この問題は、参議院に「地方代表」的な性格を与えようとしたとき、憲法43条の「全国民の代表」規定と矛盾するという大きな論点と関わるものである。また、参議院に「地方代表」的な性格を明確に与えることは、衆議院と参議院との関係をどう考えるべきかという、二院制に関する大きな問題に発展せざるをえない。さらに、具体的に提案された条文をみると、衆議院議員の投票価値の平等の憲法判断に影響を与える可能性もある。これらのことを考慮せず、合区を解消するために憲法47条を変えようというのは、いかにも場当たり的な発想であり、国民に提案されるに値するだけの真摯な検討を経ていないと言わざるを得ない。
④の教育の充実に関しては、経済的理由による教育上の差別の禁止や国の教育環境整備義務は、現行の26条から当然に導かれる内容であり、憲法を改正する必要はない。反対に、国の義務を憲法に明示することによって、教育内容に対する国の不当な干渉を導く危険性もある。ちなみに当初議論されていた、高等教育の無償化も、その気さえあれば法律で十分実現可能である。また、憲法89条の私学助成問題解消のための改正も、これまで憲法学界も政府も解釈で対応し、大きな問題となっていたわけではない。
おわりに
憲法改正の提案は、真摯になされなければならない。自民党の憲法改正の提案は、内容においても、また、時期的にも、国民に提案されるだけの真剣さが足りないと言わざるをえない。わたしたちは、自民党の憲法改正の提案に強く反対する。
2018年4月10日
署名者総数 134 名 2018年4月10日 現在
い 飯島 滋明(名古屋学院大学教授)、井口 秀作(愛媛大学教授)、石川 多加子(金沢大学准教授)、石川 裕一郎(聖学院大学教授)、石塚 迅(山梨大学准教授)、石村 修(専修大学名誉教授)、井田 洋子(長崎大学教授)、伊藤 雅康(札幌学院大学教授)、稲 正樹(元国際基督教大学教員)、井端 正幸(沖縄国際大学教授)、岩本 一郎(北星学園大学教授)
お 大石 泰彦(青山学院大学教授)、大内 憲昭(関東学院大学教授)、大久保 史郎(立命館大学名誉教授)、大河内 美紀(名古屋大学教授)、太田 裕之(同志社大学教授)、大津 浩(明治大学教授)、大野 友也(鹿児島大学准教授)、大藤 紀子(獨協大学教授)、岡田 健一郎(高知大学准教授)、岡田 信弘(北海学園大学教授)、奥野 恒久(龍谷大学教授)、小栗 実(鹿児島大学名誉教授)、小沢 隆一(慈恵医科大学教授)
か 柏﨑 敏義(東京理科大学教授)、加藤 一彦(東京経済大学教授)、金井 光生(福島大学准教授)、金澤 孝(早稲田大学准教授)、金子 勝(立正大学名誉教授)、上脇 博之(神戸学院大学教授)、河合 正雄(弘前大学講師)、河上 暁弘(広島市立大学准教授)、川畑 博昭(愛知県立大学准教授)
た 髙佐 智美(青山学院大学教授)、高橋 利安(広島修道大学教授)、高橋 洋(愛知学院大学教授)、竹内 俊子(広島修道大学名誉教授)、竹森 正孝(岐阜大学元教員)、田島 泰彦(元上智大学教授)、多田 一路(立命館大学教授)、只野 雅人(一橋大学教授)、建石 真公子(法政大学教授)
ち 千國 亮介(岩手県立大学講師)
つ 塚田 哲之(神戸学院大学教授)
て 寺川 史朗(龍谷大学教授)
な 内藤 光博(専修大学教授)、長岡 徹(関西院大学教授)、中川 律(埼玉大学准教授)、中里見 博(大阪電気通信大学教授)、永田 秀樹(関西学院大学教授)、中富 公一(岡山大学)、長峯 信彦(愛知大学教授)、中村 安菜(日本女子体育大学講師)、永山 茂樹(東海大学教員)、成澤 孝人(信州大学教授)、成嶋 隆(獨協大学教授)
ね 根森 健(神奈川大学特任教授)
ひ 廣田 全男(横浜市立大学名誉教授)
ゆ 結城 洋一郎(小樽商科大学名誉教授)
匿名希望 4名
(引用終わり)
9条
9条の2 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
2 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
(3月22日に示され、細田氏が有力と考える案)
緊急事態条項
64条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、衆議院議員の総選挙又は参議院議員の通常選挙の適正な実施が困難であると認めるときは、国会は、法律で(※「の」の誤記?)定めるところにより、各議院の出席議員の三分の二以上の多数で、その任期の特例を定めることができる。
73条の2 大地震その他の異常かつ大規模な災害により、国会による法律の制定を待ついとまがないと認める特別の事情があるときは、内閣は、法律で(※「の」?)定めるところにより、国民の生命、身体及び財産を保護するため、政令を制定することができる。
2 内閣は、前項の政令を制定したときは、法律で定めるところにより、速やかに国会の承認を求めなければならない。
(3月20日に自民党総務会に提示)
合区解消
47条 両義院の議員の選挙について、選挙区を設けるときは、人口を基本とし、行政区画、地域的な一体性、地勢等を総合的に勘案して、選挙区及び各選挙区において選挙すべき議員の数を定めるものとする。参議院議員の全部又は一部の選挙について、広域の地方公共団体のそれぞれの区域を選挙区とする場合には、改選ごとに各選挙区において少なくとも一人を選挙すべきものとすることができる。
2(※と書かれていないけれど、2項でしょう) 前項に定めるもののほか、選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
(2月16日に了承)
教育
26条 略
2 略
3 国は、教育が国民一人一人の人格の完成を目指し、その幸福の追求に欠くことのできないものであり、かつ、国の未来を切り拓く上で極めて重要な役割を担うものであることに鑑み、各個人の経済的理由にかかわらず教育を受ける機会を確保することを含め、教育環境の整備に努めなければならない。
89条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の監督が及ばない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
(2月28日に了承)
(引用終わり)
(参考2 現行「日本国憲法」)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
第四十七条 選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。
第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。