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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

中野晃一氏『つながり、変える 私たちの立憲政治』を読み、4月28日の講演会@和歌山市に期待する

 今晩(2017年4月24日)配信した「メルマガ金原No.2792」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
中野晃一氏『つながり、変える 私たちの立憲政治』を読み、4月28日の講演会@和歌山市に期待す

 中野晃一上智大学教授(国際教養学部長)をお招きした講演会(主催:青年法律家協会和歌山支部)が今週末(4月28日)に迫ってきました。既にこのメルマガ(ブログ)でご案内しましたが(
中野晃一氏講演会「市民の力で立憲民主主義を創る~他者性を踏まえた連帯の可能性~」(4/28和歌山県民文化会館)のご案内/2016年3月18日)、開催概要を以下に再掲します。

青法協憲法記念行事 憲法を考える夕べ
講演 中野晃一氏(上智大学国際教養学部長、教授)
「市民の力で立憲民主主義を創る~他者性を踏まえた連帯の可能性~」
日時 2017年4月28日(金) 
     開場:午後5時30分 開演:午後6時00分
場所 和歌山県民文化会館 小ホール
      和歌山市松原通1丁目1 電話:073-436-1331
入場無料 予約不要
主催 青年法律家協会和歌山支部
連絡先 和歌山市岡山丁50番地2 電話:073-436-5517
        岡本法律事務所(弁護士 岡 正人)

 多忙を極める中野先生は、講演会開始の直前に会場入りし、講演会終了後、関西空港から即日帰京され
るというハードスケジュールのため、ゆっくりお話する時間もとれないのが残念です。
 出来れば、講演を終えられた後は、奥様や小学生の息子さんを伴われて、白浜アドベンチャーワールドでパンダファミリーでも見学されれば、今ならまだ8頭生活していますし、昨年9月に生まれた末娘の結浜(ゆいひん)は可愛いさかりですから、連休明けに学校に行った息子さんがクラスメートに自慢できるのではないか、などと期待したのですけどね。またの機会に、是非和歌山をゆっくり観光していただければと思います。

 ところで、私自身、中野先生の講演に大いに期待していることは、末尾に掲載した、過去私のブログで
中野先生を取り上げた記事を参照していただければご理解いただけるかと思います。
 その私が、講演会を前に気になっていることが一つあります。それは、講演の演題のうち、サブテーマである「他者性を踏まえた連帯の可能性」についてです。これは、中野先生からご提案いただいたものだということを、交渉にあたった青法協和歌山支部の事務局長から聞いているのですが、何となく分かるような気もする
けれど、明確に説明できるか?と言われても困惑する、というテーマなのです。
 おそらく、この演題を目にして、私と同じように「気になった」人もいるのではないかと推測します。
 そして、そのような疑問を持ちながら聴講すること、つまり、講師のお話によって、自分の抱いた疑問
を何とか解きたいと意識付けしながら講演を受け止めるというのが、実は最も身になる聴き方なのだろうと思います。

 ということで、今日は、28日の講演会のだめ押しの予告編として、皆さんに是非ご来場くださいと呼
びかけるのが主な目的なのですが、昨年の10月に刊行された中野先生の近著をご紹介したいというのがもう一つの目的です。
 実は、先週末、私は、28日の講演会の予習をしようと一念発起し(というのは大げさですが)、中野先生の以下の著書3冊を入手しました。
 
『右傾化する日本政治』 岩波新書(単著) 2015年7月22日刊


『いまこそ民主主義の再生を!――新しい政治参加への希望』 岩波ブックレット(共著/中野晃一、コ
リン・クラウチ、エイミー・グッドマン) 2015年12月3日刊
 


『つながり、変える 私たちの立憲政治』 大月書店 (単著/田中章史氏による聞き書き) 2016
年10月20日刊

 
 時間の都合で、まだ通読できたのは『つながり、変える 私たちの立憲政治』だけです。何しろ「聞き
書き」なので読みやすく、また、市民が主導して立憲野党に共闘を呼びかけ、全国32の全ての1人区で市民と野党の共闘を実現した参院選を総括した上で、今後に向けた課題を確認しながら展望を語るという内容に惹かれて一気に読了しました。
 実は、「他者性を踏まえた連帯の可能性」という私が気になったテーマを読み解くヒントももちろん語
られています。
 1つは、「第2章 新たな「リベラル左派」勢力の再起動」で語られる「メタレベルのリベラリズム」(60頁~)です。一部引用します。
 
「社会の中には多様な意見があり、ひとつの声に収斂されないということが政治の前提であって、そのうえで、それぞれが保守だったり革新だったり、社民党であれ、共産党であれ、民進党であれ、互いの存在と価値を認め、それぞれの立場をふまえて、どうしたら一緒に政治を構築できるかを議論する。それがメタレベルのリベラリズムです。
 いま安倍政権にノーを突きつけているのは、こうしたメタレベルのリベラリズムを前提とした人たちです。それは、安倍さんの政治が、メタレベルのリベラリズムを壊すような、反自由主義を体質としているからです。個人の自己決定権をとにかく否定したい。労働にせよ性の問題にせよ、もちろん教育もそうで
すね。」

 もう1箇所、「第3章 「安倍政権」の本質とは何か」の中で、「「連帯の名乗り」という抵抗運動」
(111頁~)から一部引用します。

「現在のように自己責任論が蔓延し、政治に対する期待がなくなり、野党が分断され、投票率が低ければ、何度やっても自民党が勝てます。国民全体を代表したり、より多くの人を代表することによって政権を
維持しようなんてことは最初から考えていないでしょう。
 それに対する「連帯の名乗り」は、自分のアイデンティティとは異なるアイデンティティをあえて名乗
ることによって連帯の意思を表明し、水平的な方向で社会を再生させようという動きです。
 自己責任によって分断され、アイデンティティのタコツボに入った状態を乗り越えて「保育園落ちたの私だ」と言うことによって、あなたの問題は私の問題でもあり社会の問題なのだとと言って、そこに「社
会」をつくるのです。一人と一人がつながるだけでは線にしかなりませんが、複数の人どうしがつながれば、面になり場ができる。」

 私は、『つながり、変える 私たちの立憲政治』を読んで多くのことを学びましたが、とりわけ感銘深
かったのは、上記引用箇所の「そこに「社会」をつくるのです。」という認識です。
 マーガレット・サッチャーが、雑誌のインタビューに答え、「社会などというものは存在しない」と言い放ったことは、新自由主義の本質を象徴する言葉として有名ですが、新自由主義による「改革」というまやかしに対抗するためには、意識して「社会」をつくり出す営みが必要であり、そこにこそ目指すべき
方向性があるという有力な示唆を得ることができました。
 そういう意味でいうと、私が先週入手した3冊は、岩波ブックレットのタイトルを借りれば、「民主主義の
再生」という大きな流れの中にそれぞれ位置を占めている著作なのだということに気がつきます。
 やはり、残りの2冊もちゃんと読まなければ。

 なお、「疑問を持ちながら聴講すること」が大事だと言いながら、疑問を解くための予習の成果を紹介するのは矛盾ではないか?と思われるかもしれませんが、「何を知りたいのか」と疑問を意識化した上で、可能な限り予習を行い、それでも分からぬ点や気付いていなかった点を知ろうとすることが、あるべき学びの姿勢というものだと思いますから、少しも矛盾していなはずです。
 

(弁護士・金原徹雄のブログから/「市民連合わかやま」関係)
2015年12月24日
「安保法制の廃止を求める和歌山の会(仮称)」が野党統一候補の擁立を目指して走り出しました
2016年4月17日
「市民連合わかやま」の新たなスタート~由良登信(ゆら・たかのぶ)さんとともに 
2016年6月12日
ゆら登信(たかのぶ)さん@和歌山が市民連合と関西市民連合から推薦を得ました
2016年11月23日
「市民連合わかやま」が再スタートを切りました~11/23「賛同団体・賛同者の集い」開催
2017年2月5日
「憲法と平和・原発・沖縄問題を考えるシンポジウム(基調講演:森ゆうこ参議院議員)」2017年2月5日@和歌山市を振り返る

(弁護士・金原徹雄のブログから/中野晃一氏関係)
2014年10月10日
日弁連が集団的自衛権行使に反対する集会とパレードを主催する意義 
2014年10月11日
安倍晋三首相の“正気とは思えない”歴史認識と積極的平和主義~第13回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での基調講演から
2015年8月28日
動画紹介「100大学有志共同行動記者会見」&「日弁連・学者の会合同記者会見」(8/26)
2015年10月26日
動画紹介10/25シンポジウム「岐路に立つ日本の立憲主義・民主主義・平和主義―大学人の使命と責任を問い直す」(安全保障関連法に反対する学者の会)
2015年11月24日
『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』(日本再建イニシアティブ)の刊行について

2016年1月8日
中野晃一上智大学教授による「グローバルな寡頭支配vs.立憲デモクラシー」~1/8立憲デモクラシー講座 第4回)
2016年2月2日
中野晃一上智大学教授ふたたび~秋田で語った「憲法九条の力-立憲主義を守る 市民運動のこれから-」
2016年4月6日
中野晃一氏が獨協大学で語った「安倍政権の押しつける『自発的服従』」(1/29)
2016年8月2日
中野晃一上智大学教授(市民連合)による「参議院選の結果と今後」に耳を傾ける(7/29自治体議員立憲ネットワーク)
2017年2月11日
杉尾秀哉参議院議員と中野晃一氏が語る長野の闘いと野党共闘の今後(2017年2月7日@東京) 
2017年3月18日
中野晃一氏 講演会「市民の力で立憲民主主義を創る~他者性を踏まえた連帯の可能性~」(4/28和歌山県民文化会館)のご案内

中野晃一氏講演会(青法協)チラシ 

映画『校庭に東風(こち)吹いて』和歌山上映会(6/4)のご案内

 今晩(2017年4月23日)配信した「メルマガ金原No.2791」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
映画『校庭に東風(こち)吹いて』和歌山上映会(6/4)のご案内

 今日は、6月4日(日)に開催される和歌山での映画上映会をご案内します。
 作品は、沢口靖子さんが小学校教諭を演じる『校庭に東風(こち)吹いて』(金田敬監督/2016年)です。
 どんな映画なんだ?という疑問に答えるため、まずは予告編をどうぞ。
 
映画「校庭に東風吹いて」予告篇(1分45秒)


 ということで、私もまず予告編を見てみたのですが、次から次と多彩な登場人物が一言ずつしゃべってはあっという間に次のカットに移っていくので、予告編というのはそういうものだとはいえ、いくら何でもやり過ぎで、どんな映画なのかイメージが掴みにくいなあ(大塚まさじさんがいい味出しているのでは?という期待は抱きましたが)。
 そこで、もう少し映画の中身が伝わってくる動画はないものかと探したところ、撮影風景や主演女優へのインタビューなどを交えた、いわゆる「特報」を見つけました。
 
校庭に東風吹いて(予告編)/特報(6分01秒)


 6分間の「特報」の4分40秒ころに、画面に以下のようなキャプションがあらわれます。
 
声を出さず心を閉ざした少女
貧困から問題を起こす少年
彼らと向き合う教師たちの情熱で
〈涙〉は〈希望〉に変えられるのだろうか
 
 映画公式サイトに掲載された【物語】を引用します。
 
(引用開始)
三木知世は、転勤で小学3年のミチルのクラスを担当する。
ミチルは、家では少し話せるのに学校では話せない。
一人でトイレにいけない、一人で給食を食べられない、歌えない、絵を描かない…。
場面緘黙症」の疾患を持つミチルに、知世は、共感と愛情をもって接する。
同じクラスに、問題行動の多い安川純平がいる。
離婚した母親の理恵と純平は貧しい生活を送っている。
教室に飛び込んで来た青いインコを巡ってミチルと純平は幼い友情を芽生えさせる。
しかしある日インコが逃げ出してしまう…。
様々な問題に奔走する知世は、子どもたちの〈涙〉を〈希望〉に変えることができるのだろうか。
(引用終わり)
 
 映画鑑賞のための予備知識としてはこれ位で十分でしょう。
 ただ、「場面緘黙症」の少女が重要な役割を担って登場しますので、その点について事前に勉強しておきたいという方には、「かんもくネット」(場面緘黙の症状がある子どもや大人、経験者、家族、教師、専門家が協力しあい、活発な情報交換と正しい理解促進を目指す団体)の公式サイトを閲覧されることをお勧めします。
 
 さて、映画『校庭に東風(こち)吹いて』の和歌山上映会です。
 以下に、チラシと「参加のお願い」のPDFファイルから、必要な情報を抜き書きしてご紹介します。私も(頼まれてではありますが)呼びかけ人の1人になっており、是非観ようと思っています。皆さんもいかがですか?
 
映画『校庭に東風(こち)吹いて』

原作:柴垣文子(新日本出版社・刊)

監督:金田敬 脚本:長津晴子 企画・製作:桂荘三郎
出演:沢口靖子、岩崎未来、向鈴鳥、遠藤久美子、柊子
製作:ゴーゴービジュアル企画 2016年/112分/カラービスタビジョン作品
 
和歌山上映会
日時 2017年6月4日(日) 2回上映(午前・午後)
●午前の部 10:00~(開場9:30)
●午後の部 14:00~(開場13:30)
※午前・午後の上映会後に、柴垣文子さん(原作者)のお話があります。
場所 男女共生推進センター6F(あいあいセンター内)
     
和歌山市小人町29 TEL:073-432-4704
入場料 1000円(前売・当日共) ※中高生・障碍者の方 500円
主催 映画『校庭に東風吹いて』和歌山上映実行委員会
連絡先 同実行委員会 和歌山市九番丁5 TEL:073-431-7317(島宏幸)
 
私たちは映画『校庭に東風吹いて』を応援し上映会への参加を呼びかけます。
青貝正子、池田光子、井本千代、岩田清彦、岩野久美、上杉文代、植西一義、浦口裕成、大川克人、大平喜代、岡本房雄、小倉佳典、太田勝、小野原アイ子、加藤明、上井紀宏、神谷米子、河原径子、神崎務、貴志芳子、北村悦子、金原徹雄、鈴木栄作、西郷章、崎山善久、佐々木真理子、里﨑正、澤田淳、島知子、島宏幸、瀬戸全子、田中順也、田中秀樹、田村悠紀栄、津村知恵子、冨村佳子、中谷弘子、中谷吉冶、中畑博文、中浜倫太郎、中村行子、にしでいづみ、西本真美、花田惠子、引地延子、桶尻雅昭、日野のぞみ、藤田かすみ、平松ルミ子、馬場潔子、堀八重子、松永久視子、南本禮子、龍神志乃、龍神弘幸、藪野寛、山塚操、湯川とし子、由比勝 (呼びかけ人/敬称略
/4月13日現在)

「校庭に東風吹いて」チラシ表「校庭に東風吹いて」チラシ裏 

司法に安保法制の違憲を訴える意義(14)~東京・差止請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告による意見陳述(様々な立場から)

 今晩(2017年4月22日)配信した「メルマガ金原No.2790」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
司法に安保法制の違憲を訴える意義(14)~東京・差止請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告による意見陳述(様々な立場から)

東京地方裁判所(民事第一部) 
平成28年(行ウ)第169号 安保法制違憲・差止請求事件
原告 志田陽子、石川德信ほか50名
被告 国

 昨年4月26日、東京地方裁判所に提訴された2件の安保法制違憲訴訟のうち、差止請求訴訟について
、同年9月29日、12月21日に続く第3回口頭弁論が、去る2017年4月14日(金)午前10時
30分から、東京地裁103号法廷で開かれました。
 昨日、原告代理人2名による陳述(原告「準備書面(3)」~同「(6)」の概要をそれぞれ説明する
もの)をご紹介しましたが、今日は、3名の原告による意見陳述の内容をご紹介します。
 陳述されたのは、
  原かほるさん(両親ともに障がいを持つ女性)
  高橋俊敬さん(戦地での加害に苦しんだ父を持つ医療従事者)
  山口宏弥さん(元国際線機長)
という様々なバックグラウンドを持つみなさんでした。
 以下には、法廷で読み上げられた陳述書の全文を転載しますが、三輪祐児さん(UPLAN)が撮影された記者会見と報告集会の動画を併せて視聴することにより、法廷での陳述の様子がありありと目に浮かぶもの
と思います。

20170414 UPLAN 東京地裁103号法廷を満席に!安保法制違憲訴訟 第3回差し止め訴訟期日& 報告集会(2
時間05分)

冒頭~ 入廷前集会(東京地裁正門前)
16分~ 裁判終了後の記者会見
46分~ 報告集会(司会 黒岩哲彦弁護士)
 46分~ あいさつ 寺井一弘弁護士
 52分~ 高橋俊敬さん(戦地での加害に苦しんだ父を持つ医療従事者)
 58分~ 原かほるさん(両親ともに障がいを持つ女性)
 1時間05分~ 山口宏弥さん(元国際線機長)
 1時間12分~ 古川(こがわ)健三弁護士
 1時間20分~ 福田 護弁護士
 1時間42分~ 黒岩哲彦弁護士
 1時間45分~ 質疑応答・意見交換
  1時間48分~ 飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)
 2時間01分~ 閉会あいさつ 寺井一弘弁護士

 なお、昨日も書きましたが、報告集会の中で、司会の黒岩哲彦弁護士が「素晴らしい」と絶賛した岡山国賠訴訟(3月22日に行われた第2回口頭弁論)での17歳の女子高校生(原発事故により、横浜市から岡山市に避難)の意見陳述も是非お読みいただければと思います。
 

原告意見陳述 原 かほる   
 
 私の家族は、両親と私の 3 人ですが、3 人とも障害者手帳を持っています。父(67 歳)は脳性小児麻痺の後遺症による歩行障害で、母(73 歳)はポリオの後遺症による歩行障害です。二人とも、車椅子を使っており、また年金暮らしです。母は、洋裁の技能士として知事表彰を受ける等、体が不自由ながらも身に着けた技能を如何なく発揮し、地域社会において生活を確立してきました。けれども加齢とともに障害の程度が進み、今では手指の自由を失い、ハサミや針を扱うことができません。また父も、以前はタクシー会社で配車の仕事をしていましたが、長年の無理がたたって歩行の困難度も増し、痛みに耐えながら生活をしています。
 私は、痙性対麻痺という病気で子どもの時から歩行障害がありました。進行性の障害ではないものの、緩やかに、けれど確実に、自分の運動の範囲が狭められていくのを感じながら、今は、車椅子や杖を使って歩行しています。
 私は、大学を卒業後、大学院を経て、自立して働いてきましたが、現在は少しでも両親の力になりたいと地元に戻り、実家の近くで暮らしています。介護サービスを利用し、仕事との両立を工夫しながら、両親の生活を支える日々です。私は、県の職員として働いてきましたが、昨年の 4 月からは休職し、労働組合の専従役員として職場の問題解決に努めています。
 今回の安保法制で、私や両親が受けた衝撃は大変大きなものでした。両親は、戦中・戦後の混乱の中、障害者として困難な人生を歩んできました。その中で、特に母は、障害を持つ私が仕事を得て、社会的に自立できるようにと支援してくれました。母の時代、障害者は公立高校に入ることが許されておらず、必要な教育を受けることができなかったそうです。そこで、私にはできるだけの教育を受けさせ、自分の仕事で食べていけるようにと配慮してくれたのでした。そのおかげで、私は現在、県の職員として地域住民のために働いています。けれども、私のこの生活も安保法制の現実化の下で、維持できないのではないかという強い不安と言い知れぬ恐怖を感じています。それは戦争中にこの国で、障害者がどう扱われてきたかという歴史から思うのです。戦時中の学童疎開では、障害児は対象外であったといいます。障害者は生きるに値しない存在と国家に見なされていたわけです。ナチスによる障害者虐殺の事実もあります。
 安保法制は人を殺すことを認める法律で、軍事への莫大な支出を重ねる一方、医療・福祉への予算は削られていきます。それにより、障害者は「お荷物」で、役に立たない、疎ましい存在だという空気が、社会に蔓延していくことが恐ろしいのです。
 戦後、世界では、障害者が健常者と同じように暮らせる社会を目指して動いてきました。21世紀になり、障害者権利条約が国連総会で採択された後は、日本も国内法の整備を進め、やっと批准に漕ぎつけました。現実には障害者として日々の生活に困難を抱える者にとって、障害者を健常者と同じ価値を持つ存在として認め、同じように暮らせるための施策が進められ、その差別解消を目指す動きは、私にとって、社会が少しずつ明るく変わっていくような動きでした。希望そのものでした。ところが、安保法制によって、この社会を取り巻く空気が私たち障害者にとっては一変したのです。昨日今日、社会は変わっていないように見えても、すでに舵は切られたのです。抗いきれない大きな力によって、暗闇に向かってゆっくり引きずり込まれるような、そんな恐怖と不安に押しつぶされそうになっています。
                                        以上
 

原告意見陳述 高橋 俊敬(柳原診療所事務長)

1.亡父の戦争体験
 私の亡父、高橋國雄は、大正 9 年(1920 年)宮城県の田舎町に生まれ、尋常高等小学校卒業後上京し、旋盤工をしながら日大工学部の夜間部に通いましたが、戦局の悪化に伴って昭和18年に繰り上げ卒業となり関東軍重砲部隊に配属されました。
 父が配置されたのはソ連国境、東寧という巨大な要塞でした。1945年8月9日未明、突然雷鳴のような砲撃が始まり、東寧要塞にも砲弾が集中されましたが、分厚いペトンで造られた要塞は持ち堪え、直ちに反撃の砲撃戦となりました。口径20cmを超える重砲も何発も立て続けに撃ち続けると砲身が真っ赤に焼け付き、初年兵が外に出て砲身にバケツの水を浴びせて冷やす作業をするのですが、周囲をソ連軍に包囲された中、機関銃弾が浴びせられ何人も死んでいきました。父は、入隊したばかりの10代の若者たちが次々に戦死する有様を見て「戦争の怖さ」を初めて知ったそうです。
 やがて、要塞の外周から次々に突破され、中隊長から砲台を自壊して脱出するよう命令され、重砲中隊の残存者たちは森林の中に逃げ込みました。
 玉音放送から5日後の8月20日。日本軍の格好をした3人の兵隊を発見し、詰問したところ動員された朝鮮兵と分かり、中隊長は「敵前逃亡」と決めつけて3人の斬首を命じたのです。
 命じられたのは父と軍曹の二人。父も一人の朝鮮人青年の首を切り落としました。父はその瞬間の、軍刀の刃先が頸椎に食い込んだ瞬間の感覚が忘れられず、死ぬまで「恐ろしいことをしてしまった」と悔やんでいました。夜中に突然うなされることも死ぬまで続きました。

2.史学科を選択し、 地域医療に

 父や東京大空襲で被災した伯父たちの悲惨な戦争体験を小さな頃から聞いて育った私は、「何故、戦争が起きるのか?」、それを理解しようと大学の文学部西洋史専攻に入学し、戦争史を中心に学びました。そして、戦争は自然現象ではなく、戦争しようとする勢力がいてはじめて勃発するというごく当たり前な結論に至りました。
 現在私は、北千住にある小さな診療所の事務長として、命を守る仕事に尽くしています。

3.集団的自衛権・安保法制は憲法違反であり、私には耐えられない!
 2014年7月1日、政府は「集団的自衛権」を閣議決定しました。2015年9月19日に安保法制(戦争法)が強行採決されるに及んで、私の怒りと不安は最大限に募り、怒髪天を突くような思いでした。私の一人息子や同年代の若者たちが、戦地に駆り出され銃火にさらされる時代が始まってしまいました。今、歯止めをかけなければ、私の父が経験したような、いや、それよりもっと悲惨な日々が必ずやってきます。
 憲法前文と九条が明確に禁じている戦争を絶対に認めるわけにはいきません。
 前の大戦で、2000万を超えるアジアの人々が犠牲となり、日本兵も海外で240万人が犠牲となっています。厚労省の公表資料によっても、117万人の戦死者の遺骨が今も遺族に還されておりません。
 私は、2013年2月に厚労省の公募ボランティアとして約2週間、「玉砕」の島=硫黄島に行き、地下壕を掘り御遺骨を回収して来ました。硫黄島では有毒ガスが流出しているので、陸上自衛隊の不発弾処理班と化学防護班の隊員たちが随伴してくれました。2週間の間、お互いの出身地や父母兄弟のこと、なぜ自衛隊に入隊したのか?などを聞く中で彼らへの尊敬と愛情が沸いて来ました。
 2016年11月20日、陸自部隊が「駆けつけ警護」「共同宿営地防御」の任務を付与されて南スーダンに派遣されてしまいました。私は硫黄島で一緒だった彼らも派遣されるのかと思うと身が削られるような深い悲しみに陥りました。安保法制がある限り、自衛隊の危険な地域への派遣は行われるでしょう。
 また、「武力攻撃事態法」では、「存立危機事態」を総理大臣が宣言すれば、私たち医療従事者も動員され、私や私の同僚も戦争に協力させられます。
 72年前の戦争の後始末さえできない国が、「集団的自衛権」の名の下にふたたび戦争ができるようになることなど断じて許せません!
 シベリアから奇跡的に生還した父もお墓の中から「戦争だけはしちゃいかん!」と叫んでいると思いま
す。「玉砕」した硫黄島の将兵も約半分の1万1千人が未だに未帰還です。彼らも土砂で埋まった地下壕の奥から「戦争しちゃいかん!」と叫んでいる声が私には聞こえます。
 平和に生きる権利を守るため、私は政府の違法性を訴え、安保法制の即時廃止を訴えるものです。
                                        以上
 

原告意見陳述 山口 宏弥

 私は1972年にパイロットとして日本航空に入社、1991年からの19年間は、機長として主にヨーロッパを中心に乗務してきました。
 飛行機の運航は,気候や地震・火山などに影響されますが,特に国際線は,世界各地の政情や治安の状況に大きく影響されています。
 民間航空は平和であってこそ存在できる産業です。そのために航空労働者は民間航空が戦争に巻き込まれることに,一貫して反対してきました。しかし、1999年5月の周辺事態法を契機に,自衛隊の民間機利用が目立つなど取り巻く環境が悪化してきました。
 国際民間航空条約は,民間機を使った軍需輸送を禁じています。条約は例外的に2国間の軍需輸送を認めていますが、日本の航空法に日本国籍機の軍需品輸送の規定がありません。それは憲法9条があり、軍需品の輸送を想定していないからです。
 ところが,政府は周辺事態法以後「安全基準を満たせば危険品輸送として可能」「民間機による武器・弾薬の輸送も排除されない」とそれまでの航空法の解釈を変えました。
 2000 年8月には、アメリカ国防総省から当時の防衛施設庁を通して国内航空各社に対して米軍の輸送資格を取得するよう申し入れがありました。これには労働組合の強い反対もあり航空会社は、受け入れていませんが、要請は現在でも続いています。
 2003年のイラク戦争では「戦争反対」の声が高まり、自衛隊派遣では日本の民間機を使用しませんでした。しかし2006年のイラクからの撤退。2009年のジプチへのPKO「派遣」では、日本航空は民生支援を理由に自衛隊輸送を受け入れました。
 昨年11月30日、日航機がチャーターされ南スーダンへ119名の自衛隊員が輸送されました。これは「集団的自衛権行使」を容認する安保法制の成立後の閣議決定で、「駆け付け警護」などの任務が付与され、武力行使も前提とした自衛隊員の輸送でした。
 今日まで、日本の民間機は「報復テロ」の標的にはされませんでした。しかし安保法制の成立で、他国の戦争の助太刀をする自衛隊員の輸送は、これまでの輸送とは根本的に異なります。輸送そのものが相手国から敵視され攻撃されるだけでなく、報復テロの対象が日本国民・国内へと広がるからです。
 かつて世界一の航空会社であったパンアメリカン航空は、80年代にパレスチナリビアなどのテロ集団から相次いで攻撃され、多くの犠牲者を出した結果、信頼を失い、旅客が離れ、倒産に追い込まれました。パンナムがテロの標的とされた理由は軍需輸送を行っていただけではありません。「戦争する国・アメリカ」の象徴であったからです。
 今年 1 月、アメリカでトランプ政権が誕生しました。安倍首相は世界に先駆けてトランプ大統領と会談。「日米の価値観が100%一致した」として日米同盟の更なる深化を評価しています。これまで以上に日本に軍事協力を求めて来ることは明らかです。安保法制は、日本政府がアメリカの求める際限のない軍事的な協力を断る理由としていた憲法9条の歯止めを取り払ったものです。

 安倍政権は、安保法制の制定で日本を「戦争のできる国」に変貌させました。これによって、日本の民間機が、テロ集団の標的にされる可能性は極度に高まりました。飛行機の旅客や乗務する仲間、後輩が犠牲となることが現実味を帯びてきています。私は、憲法を蹂躙し、国民の命を軽んじる政権に対して、いいたたまらない気持でいると同時に、止めることのできない口惜しさと憤りを感じています。

 貴裁判所には、大統領令を違憲と判断したアメリカ連邦裁判所のように、法の番人として、三権分立の範を示す判断を下されますよう切望いたします。
                                        以上
 

(弁護士・金原徹雄のブログから)
2016年9月3日
東京・安保法制違憲訴訟(国賠請求)が始まりました(2016年9月2日)
※過去の安保法制違憲訴訟関連のブログ記事にリンクしています。
2016年9月6日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(1)~東京・国家賠償請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告訴訟代理人による意見陳述
2016年9月10日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(2)~東京・国家賠償請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告による意見陳述
2016年10月4日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(3)~東京・差止請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告訴訟代理人による意見陳述
2016年10月5日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(4)~東京・差止請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告による意見陳述
2016年12月9日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(5)~東京・国家賠償請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告代理人による意見陳述

2016年12月10日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(6)~東京・国家賠償請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告による意見陳述
2017年1月5日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(7)~寺井一弘弁護士(長崎国賠訴訟)と吉岡康祐弁護士(岡山国賠訴訟)の第1回口頭弁論における意見陳述
2017年1月7日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(8)~東京・差止請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告訴訟代理人による陳述
2017年1月8日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(9)~東京・差止請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告(田中煕巳さんと小倉志郎さん)による意見陳述

2017年2月14日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(10)~東京「女の会」訴訟(第1回口頭弁論)における原告・原告代理人による意見陳述

2017年3月15日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(11)~東京・国家賠償請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告代理人による陳述 
2017年3月16日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(12)~東京・国家賠償請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告(田島諦氏ほか)による意見陳述
2017年4月21日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(13)~東京・差止請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告代理人による陳述

司法に安保法制の違憲を訴える意義(13)~東京・差止請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告代理人による陳述

 今晩(2017年4月21日)配信した「メルマガ金原No.2789」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
司法に安保法制の違憲を訴える意義(13)~東京・差止請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告代理人による陳述

東京地方裁判所(民事第一部) 
平成28年(行ウ)第169号 安保法制違憲・差止請求事件
原告 志田陽子、石川德信ほか50名
被告 国

 昨年4月26日、東京地方裁判所に提訴された2件の安保法制違憲訴訟のうち、差止請求訴訟について、同年9月29日、12月21日に続く第3回口頭弁論が、去る2017年4月14日(金)午前10時
30分から、東京地裁103号法廷で開かれました。
 原告代理人2名による陳述(原告「準備書面(3)」~同「(6)」の概要をそれぞれ説明するもの)
の他に、3名の原告による意見陳述が行われました。
 今日は、そのうち、原告代理人2名による陳述をご紹介します。
 福田護弁護士が「厚木基地判決と差止めの訴えの正当性」(原告「準備書面(3)」)について、古川(こがわ)健三弁護士が、「立法不法行為と新安保法制法制定過程の違法性」(原告「準備書面(4)」)、「憲法改正・決定権とその侵害による被害」(原告「準備書面(5)」)及び「被害論・その1」(原告「準備書面(6)」)について論じています。

 いつものように、三輪祐児さん(UPLAN)撮影による記者会見と報告集会の動画がアップされています。

20170414 UPLAN 東京地裁103号法廷を満席に!安保法制違憲訴訟 第3回差し止め訴訟期日& 報告集会(2
時間05分)

冒頭~ 入廷前集会(東京地裁正門前)
16分~ 裁判終了後の記者会見
46分~ 報告集会(司会 黒岩哲彦弁護士)
 46分~ あいさつ 寺井一弘弁護士
 52分~ 高橋俊敬さん(戦地での加害に苦しんだ父を持つ医療従事者)
 58分~ 原かほるさん(両親ともに障がいを持つ女性)
 1時間05分~ 山口宏弥さん(元国際線機長)
 1時間12分~ 古川(こがわ)健三弁護士
 1時間20分~ 福田 護弁護士
 1時間42分~ 黒岩哲彦弁護士
 1時間45分~ 質疑応答・意見交換
  1時間48分~ 飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)
 2時間01分~ 閉会あいさつ 寺井一弘弁護士

 記者会見の中で、司会の黒岩哲彦弁護士が「素晴らしい」と絶賛した岡山国賠訴訟(3月22日に行われた第2回口頭弁論)での17歳の女子高校生の意見陳述は、実は私も一読して「是非多くの方に読んでいただきたい」と思っていました。「安保法制違憲訴訟おかやま」のホームページに陳述書全文が掲載されていますので、是非お読みください。
 
 以下に、上記陳述内容を報じた地元紙・山陽新聞の記事を引用しておきます。

山陽新聞デジタル(2017年03月22日 22時03分 更新)
岡山地裁で安保法違憲訴訟弁論 原告高校生、子どもの将来に不安

(抜粋引用開始)
 集団的自衛権の行使を容認する安全保障関連法は憲法違反だとして、同法に反対する岡山県民ら560人が、1人当たり10万円の損害賠償を国に求めた訴訟の第2回口頭弁論が22日、岡山地裁であり、原告の高校2年女子生徒(17)=岡山市=は「将来結婚する相手や愛する子どもが戦地に行くかもしれな
い不安がある」と意見陳述した。
 生徒は原告最年少。「戦争被害者だけでなく、加害者にもなるという大きな恐怖がある」と心境を吐露し「戦争経験者が少なくなる中、過去を忘れず未来を思って平和を維持することこそ、私たち若い世代の
使命。安保法を認めるわけにはいかない」と訴えた。(略)
(引用終わり)
 
 なお、上の記事には書かれていませんが、彼女は、福島第一原発事故からの避難者でもあります。陳述書冒頭の一節を引用します。

(抜粋引用開始)
 私は平成11年に神奈川県横浜市で生まれました。6年前の東日本大震災が原因の福島原発事故により,幼少期から身体が弱かった私を案じた家族と相談して中学校2年生の時に岡山市自主避難し,今は岡山市で生活をしています。私の父はまだ仕事の関係で横浜に住んでおり,福島原発の事故は私の家族の生
活を一変させる出来事でした。
(引用終わり)

 彼女の陳述書を読みながら、私は、西日本の中で、岡山県がとりわけ多くの東日本大震災東京電力福島第一原発事故)からの避難者を受け入れている県であることを思い出していました。

 ところで、以下に陳述全文を掲載する東京差止請求訴訟における原告代理人による弁論では、特に訴訟の枠組みを決定付ける「処分性」についての国の「二枚舌」を指摘した福田護弁護士の陳述(と原告「準備書面(3)」)が要注目であり、報告集会でも強調されていたように、是非大いに広めましょう。
 

原告ら訴訟代理人 弁護士 福 田  護 
―準備書面(3)について(厚木基地判決と差止めの訴えの正当性)―


※参照 
原告「準備書面(3)」(厚木基地判決と差止めの訴えの正当性)
目次
第1 厚木基地航空機運航差止行政訴訟最高裁判決と本件
1 はじめに
2 厚木1次最判及び差止行政訴訟事件各判決の判断内容
3 厚木基地関連判例における処分の内容と差止めの訴えの構成
4 厚木行訴最判の「重大な損害を生ずるおそれ」の判断について
5 厚木行訴最判の判断内容と本件
第2 行政処分性を認める被告の主張(横浜地裁答弁書)について
1 横浜地裁の安保法制違憲訴訟における民事上の差止請求
2 横浜地裁事件における被告国の答弁
3 同事件の被告国の答弁と本件との矛盾

1 厚木基地行政訴訟最高裁判決と本件の処分性

 本件の最大の争点は、現在のところ、差止め対象行為の処分性にあります。
 原告らは、本件において、集団的自衛権の行使等の事実行為が、国民の平和的生存権等の権利を侵害し、その受忍を強いるものとして、国民に対する公権力の行使、すなわち処分であることを主張して、その差止め等を請求しています。しかし被告は、その請求の内容の審理に入ることなく却下すべきことを求め、基本的な理由として、集団的自衛権の行使等が行政事件訴訟法3条2項の「処分」に当たらないから、本件審理の対象にならないと主張しているものです。
 ところで最高裁は、昨年12月8日、厚木基地における自衛隊機の運航の差止めを行政訴訟で求めた事件において、東京高裁が夜間の一部差止めを認めたのに対し、防衛大臣自衛隊機の運航は裁量権の範囲内だとして差止めの結論は否定しましたが、自衛隊機の運航を行政事件訴訟法上の「処分」として、同法3条7項の差止めの訴えを起こすことができること自体は明確にしました。
 その法的構成は、防衛大臣の権限に基づく自衛隊機の運航という事実行為が基地周辺住民に対する関係で、騒音等の被害の受忍を義務づける公権力の行使に当たるとするもので、それは、本件で原告らが主張する法的構成とパラレルな関係にあります。したがって、本件のような「処分」の捉え方と、これに対する差止めの訴えという訴訟類型を採ることが、最高裁判例として肯定されたということになります。
 被告は、厚木基地訴訟の場合は、「自衛隊機の運航に必然的に伴う騒音等が、周辺住民の法的地位に直接的に影響を及ぼす事案」であるのに対し、本件の集団的自衛権の行使等は「原告らの権利義務に何ら直接的な影響を及ぼさない」から、事案を異にすると主張しています。
 しかし、厚木基地判決において公権力性を示すものとされる「受忍義務」というのも、周辺住民に何らの作為・不作為を求めるものでもないし、最高裁調査官の判例解説でも、住民は「運航に伴う不利益な結果を受忍すべき一般的な拘束を受けている」と解説されているところであり、それは、航空機騒音を曝露されている周辺住民の「法的地位」に何ら影響を及ぼすものではありません。それは、事実行為としての公権力の行使によって不利益な結果を受ける事実状態に置かれるということにほかならず、「法的な権利義務関係に直接的な影響を及ぼさない」という点では、本件と厚木基地航空機騒音のケースとで違いはないのです。
 
2 横浜地裁での被告答弁書は処分性を自認していること
 安保法制違憲訴訟は、横浜地方裁判所にも提起され、ここでは原告らは民事訴訟を提起し、集団的自衛権の行使等の差止めを、平和的生存権・人格権等による妨害排除請求権という私法上の権利に基づいて求めています。
 これに対し同じ被告国は、集団的自衛権の行使等は、「私法上の行為ではなく行政権の行使そのものであるから、本件各差止請求は、必然的に、内閣総理大臣防衛大臣又はその委任を受けた者の行政上の権限の行使の取消変更又はその発動を求める請求を包含するものである」から、民事訴訟による請求は不適法だと主張して却下を求め、その根拠として、運輸大臣防衛庁長官の権限の行使を「公権力の行使」だとした大阪国際空港最高裁判決と厚木基地第1次訴訟最高裁判決を援用しています。したがって被告は、集団的自衛権の行使等について、横浜地裁では公権力の行使(処分)だと主張し、本件東京地裁では公権力の行使(処分)ではないと主張していることになります。
 これは、まさに自己矛盾・自家撞着であり、ご都合主義以外の何ものでもありません。そしてそれは、本件請求について被告が却下を求める拠り所を、みずから否定するものにほかなりません。
 よって被告は、双方の主張の関係について明らかにするとともに、速やかに処分性否定の答弁を撤回し、本件本案について正面から議論することを、強く求めるものです。
                                        以上
 
 

原告ら訴訟代理人 弁護士 古川(こがわ)健三
―準備書面(4)ないし(6)について (原告らの権利侵害と事前救済の必要性)―
 
 

※参照 
原告「準備書面(4)」(立法不法行為と新安保法制法制定過程の違法性)
目次(抄)
第1 新安保法制法の制定行為の違法性
1 昭和60年判決及び平成17年判決による判断枠組み
2 人権規範以外の憲法規範に違反する立法の制定行為の違法性
3 改めて昭和60年判決の判断枠組みの意味
4 憲法適合性の判断順序について
第2 憲法9条に関する憲法解釈の変遷の歴史的・具体的事実
1 クーデターともいえる憲法違反の閣議決定と新安保法制法の国会成立
2 憲法9条の解釈の変遷の歴史的・具体的事実
3 クーデターと評される憲法破壊行為
第3 明白に違憲違法な憲法破壊の国会審議
1 国会審議の異常性、違法性
2 新聞記事
3 憲法審査会における憲法学者の指摘
4 6月4日以降の国会審議と世論
5 不十分な国会審議
6 強行採決に至る経緯
7 その後
8 結語
第4 新安保法制法による重大な権利侵害
1 はじめに
2 平和的生存権・人格権に対する侵害の明白性
3 国会審議と新聞記事
目次(抄)
第1 はじめに
第2 総論
第3 憲法改正・決定権の法的性質
1 主権者である国民(人民)が国政のあり方を決定する最終的権限を有している
2 国民の有する憲法制定権から派生する憲法改正についての最終決定権である
3 国家のあり方を決める国民の政治への参加権(参政権)という性質も有する
4 憲法改正・決定権の権利内容
5 憲法改正・決定権の具体的権利性
第4 国民に憲法改正・決定権が認められる法的根拠
1 憲法前文の規定(前文第1段)の存在
2 憲法改正の手続規定(96条)の存在
3 公務員の憲法尊重養護義務規定(99条)の存在
第5 憲法改正が許されるための要件
1 明文改正における正当性要件
2 非明文改正(憲法解釈の変更)について
第6 内閣(政府)及び国会の憲法破壊行為による原告らを含む国民の憲法改正・決定権の侵害
1 硬性憲法下における憲法改正手続の有する意味
2 憲法9条の従来の政府解釈が有する規範的意味内容
3 憲法改正手続の潜脱による憲法破壊行為
4 被告の「憲法の条文を改正するものではない」との反論は許されない
第7 憲法改正・決定権の侵害による原告ら国民各人の被害内容
1 憲法改正・決定権の侵害とこれによる被害
2 原告らの被害の具体的内容
3 憲法改正・決定権及びその侵害の具体性・個別性
第8 原告が差止めを求める対象としている各処分がされれば憲法改正・決定権がさらなる重大な損害を
被るおそれがあること
第9 結論
 
原告「準備書面(6)」(被害論・その1)
目次
第1 はじめに
第2 総説
1.新安保法制が原告らにもたらしたもの(総説)
(1) 憲法の平和主義・平和的生存権の意義と、原告らの人格形成に果たしている憲法の役割
(2) 新安保法制による憲法 9 条の実質的破壊
2.新安保法制が原告らにもたらしたもの(類型別概説)
(1) その 1:戦争に巻き込まれ、加担させられる蓋然性の高まり
(2) その 2:テロの標的とされる蓋然性の高まり
(3) その 3:新安保法制の制定施行により、思想・良心の自由、学問の自由など精神的自由権を踏みにじられた原告たち
第3 原告らが受けている損害・利益侵害は司法的に救済されなければならない
1.原告らの権利・利益の要保護性と侵害行為の違法性
2.差止めの必要性
第4 個別的検討
 
 新安保法制法の制定は、「立法行為」のかたちによる、憲法破壊行為であった。立法の内容が憲法の一義的な文言に反しているにもかかわらず、あえて立法行為が行われた場合に、立法行為が国家賠償法上違法と評価される場合があることは、昭和60年11月21日の最高裁判決が認めるところである。さらに平成17年9月14日の最高裁大法廷判決(在外邦人選挙権制限違憲訴訟上告審判決)は、「立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合」には国会議員の立法行為又は立法不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法との評価を受ける旨判示した。
 立法行為の違法性の判断は、立法内容の違憲性とは区別される。そうだとしても、本件において、歴代の政府見解として示され規範として定着していた憲法9条の解釈、すなわち集団的自衛権の行使を認めず、非戦闘地域以外での後方支援活動は認められないとしてきたこれまでの政府見解を覆し、大多数の憲法学者、元内閣法制局長官や元最高裁判所判事による違憲との指摘を無視して、強行採決の結果として新安保法制法が成立したとされ、これにより、後に述べるように戦争被害者をはじめとする原告らの平和的生存権、人格権、そして憲法改正・決定権を侵害しており、立法行為の違法性が認められるべき例外的な事案である。
 新安保法制法の制定は、確立された憲法規範を憲法改正手続を経ずに変更したもので、憲法改正手続の潜脱である。このことは、2017年2月8日の衆院予算委員会で、防衛大臣が、南スーダンの情勢について事実行為としての殺傷行為などはあったが法的意味での戦闘行為ではない、憲法9条上問題になるので「武力衝突」という言葉を用いている、と強弁したことがよく示している。これは、新安保法制法にもとづく新任務を付与しての南スーダンへの自衛隊派遣は、憲法9条に違反するものであることを政府自ら自白したものである。
 憲法改正・決定権が国民に存することは、国民主権及び民主主義原理の根幹であり、かつそれは抽象的なものではなく、個別の国民の、憲法改正手続に参加し、意思を表明する具体的な権利である。これを侵して憲法を蹂躙し破壊することは、国民の主権を奪うことであり、立憲主義に対する重大な挑戦行為であって、決して許されてはならない。
 ましてや、今後集団的自衛権の行使としての自衛隊出動などが行われることになるとすれば、憲法に違反する状態が固定化し、現状への回復は極めて困難であるから、事前の差し止めを行う必要性は極めて高い。
 以上、準備書面4、5ではそれぞれ違法性論と憲法改正・決定権の侵害について述べたほか、準備書面6では、原告らのうち15名の具体的な陳述をもとにしてその被害の内容を述べている。戦争体験者の空襲体験、原爆による被爆体験は、いずれも想像を絶するものがある。新安保法制法の成立は、彼らのうちにトラウマを呼び起こし、新たな精神的苦痛をもたらしている。海外の紛争地を取材するジャーナリストは、深刻な身体・生命の危機を感じるに至っている。
 特別永住資格を持って日本に在留する在日コリアン2世の原告は、新安保法制下で、もしも、朝鮮半島で有事ということになれば、自分は「敵国人」とみなされるのではないか、太平洋戦争当時、在米日本人が強制収容されたのと同じ事態が起きるのではないか、と危惧している。
 原発技術者、運輸労働者などもテロの危険を感じ、また新安保法制法の下、戦争に協力させられることになる。
 新安保法制法が強行採決され施行されてから 1年。今、国会では共謀罪の審議が始まっている。宗教家、社会科学者たちに対する、治安維持法による思想弾圧・宗教弾圧はもはや過去のものではなく、近い将来に再び繰り返されると予想せざるを得ない。立法府と行政府が著しく劣化し、その腐敗が著しい今日、この流れを司法が押しとどめなければならない。この法廷には、日本の未来がかかっていると言っても過言ではない。
 裁判所には、ぜひ、原告一人一人の陳述書に込められた心からの訴えを真剣に受け止めて慎重にご審理いただきたい。
                                        以上
 

(弁護士・金原徹雄のブログから)
2016年9月3日
東京・安保法制違憲訴訟(国賠請求)が始まりました(2016年9月2日)
※過去の安保法制違憲訴訟関連のブログ記事にリンクしています。
2016年9月6日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(1)~東京・国家賠償請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告訴訟代理人による意見陳述
2016年9月10日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(2)~東京・国家賠償請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告による意見陳述
2016年10月4日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(3)~東京・差止請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告訴訟代理人による意見陳述
2016年10月5日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(4)~東京・差止請求訴訟(第1回口頭弁論)における原告による意見陳述
2016年12月9日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(5)~東京・国家賠償請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告代理人による意見陳述

2016年12月10日
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2017年1月5日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(7)~寺井一弘弁護士(長崎国賠訴訟)と吉岡康祐弁護士(岡山国賠訴訟)の第1回口頭弁論における意見陳述
2017年1月7日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(8)~東京・差止請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告訴訟代理人による陳述
2017年1月8日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(9)~東京・差止請求訴訟(第2回口頭弁論)における原告(田中煕巳さんと小倉志郎さん)による意見陳述

2017年2月14日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(10)~東京「女の会」訴訟(第1回口頭弁論)における原告・原告代理人による意見陳述

2017年3月15日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(11)~東京・国家賠償請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告代理人による陳述 
2017年3月16日
司法に安保法制の違憲を訴える意義(12)~東京・国家賠償請求訴訟(第3回口頭弁論)における原告(田島諦氏ほか)による意見陳述

放送予告・トランプ米国大統領をめぐる2本のドキュメンタリー(4/22NHKスペシャル&5/7NNNドキュメント)

 今晩(2017年4月20日)配信した「メルマガ金原No.2788」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
放送予告・トランプ米国大統領をめぐる2本のドキュメンタリー(4/22NHKスペシャル&5/7NNNドキュメント)

 「なるべきでない者をその国の最高指導者にしてしまった国民はどうすれば良いのでしょうか?」とい
う問いに対しては、それなりの答えがあるはずです(実現可能性の大小は別として)。
 けれども、「自国と密接な関係を有する大国の指導者に、なるべきでない者が選ばれてしまった時、ど
うすれば良いのでしょうか?」という問いに対しては、なす術なく佇むだけでしょうか。

 「なるべきでない者」を足かけ6年(!)も内閣総理大臣の地位にとどまらせ続けている国の国民に、「宗主国」の大統領の善し悪しを云々(「でんでん」とは読まない)する資格があるのか疑問ではありま
すが、それにしてもトランプ米国大統領は不安です。

 おそらくそのような問題意識にも導かれてだと思いますが、NHKスペシャルとNNNドキュメントが
、以下のような番組を放送すると予告されています。
 私は、半ば「怖い物見たさ」もあって視聴することになるだろうと思います。
 皆さんはどうされますか?

NHK総合テレビ
2017年4月22日(土)午後9時00分~9時49分
NHKスペシャル『シリーズ 激震“トランプ時代”第1集  トランプ 混迷のアメリカ』

(番組案内から引用開始)
“トランプ時代”の世界の行方を展望する新シリーズ。第1集は、アメリカ。突然のシリア攻撃。そして
西太平洋への空母の派遣。そこに至るまでに、ホワイトハウスで何が起きていたのか。アメリカ第一主義、雇用を守るという政策の一方で、白人労働者が直面している意外な現実とは。そしてトランプ大統領の政策に脅える移民家族の抑圧された日々とは。トランプ政権は、アメリカを、世界をどう変えるのか。混迷の100日から探る。
(引用終わり)
 
日本テレビ系列
2017年5月7日(日)24時55分~(8日・0時55分~)
NNNドキュメント『トランプに揺れる"指先"のウソと希望(仮)』

(番組案内から引用開始)
トランプ米大統領が就任して100日...
世界が"予測不可能な男"に揺れる一方で"メディア"も問われた。いまや手元の携帯で情報を読む時代、そ
こには「都合のいいウソ」もあふれている。"黒幕"バノン戦略官に注目、さらに「フェイクニュース」を
つくる人物を独自取材。
簡単に拡散する「都合のいいウソ」とは?
奮闘するメディアや翻弄される人たちを通して、数年後には日本に訪れるかもしれない「SNS政治」の
危うさに迫る。【制作:日本テレビ
再放送
5月14日(日)11:00~ BS日テレ
5月14日(日)5:00~/24:00~ CS「日テレNEWS24
(引用終わり)

「自由なラジオ LIGHT UP!」最新アーカイブを聴く(053~055)~命を見つめ続けてきた人たち

 今晩(2017年4月19日)配信した「メルマガ金原No.2787」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
「自由なラジオ LIGHT UP!」最新アーカイブを聴く(053~055)~命を見つめ続けてきた人たち

 「ラジオフォーラム」の事実上の後継番組として、昨年の4月にスタートした「自由なラジオ LIGHT UP!」ですが、無事1年が経過して2年目に突入しました。
 今日は、2年目の4月に放送された3番組(053~055)をご紹介します。
 これまでも非常に多彩なゲストが招かれてきた「自由なラジオ LIGHT UP!」ですが、2年目の最初の3本は、「命を見つめ続けてきた人たち」の声に満ちているように思われました。
 是非じっくりと耳を傾けていただければと思います。
 

「2017年3月末、国による除染作業のための財政支援が終了、これに伴い各地方自治体でも除染作業は大幅に縮小することになることでしょう。「空間線量を毎時0.23マイクロシーベルト以下に下げれば、年間の外部被ばく線量を1ミリシーベルト以下に抑えることができる」という基準により進められて来た除染だが、発災当時から子どもたちを被ばくから守るために積極的に活動してきた福島在住のお二人のママたちは、国は被災地の現実を何もわかっていないと憤ります。復興という名のもと、事態の収束に向けて「計画通り」被災地を見捨てていく国のやり方は、あまりにも残酷だと訴えます。
 なぜならば、自分たちの手で自分たちの住む町の線量を測定しつづけるママたちは、モニタリングポストや四つ角と真ん中しか測定しない計測の数値には表れない、「現実」を知っています。広範囲に汚染された土の上で子どもたちが座り、遊ぶ。高線量を知っていながらそれを見過ごすわけにはいきません。原発事故前はなかった学校給食の地元食材採用に踏み切る地域もあり、それは子どもたちを実験台にしながらの復興アピールキャンペーンに外ならないと訴えます。これ以上の子どもたちの追加被ばくをどう防いだらよいのか?リスナーの皆さんとともに考えたいと思います。
 また今回の「Light Up!ジャーナル」は、おしどりが2月に訪れた脱原発先進国ドイツでの取材レポートをお届けします。ここでも衝撃の事実が!こちらもお楽しみに。
はっぴーあいらんど☆ネットワーク演劇プロジェクト
■Light-Upジャーナル:「おしどりの脱原発先進国ドイツレポート」

「政治圧力によって従軍慰安婦問題を取り扱ったNHKの番組が急遽放送前夜から当日にかけて凄まじく改変されたとされる「NHK番組改変問題」(2001年)をご記憶の方も多いことでしょう。その番組「ETV2001・戦争をどう裁くか」の統括プロデューサーだったのが、永田浩三さんです。迷彩服を着た右翼が渋谷のNHK局舎に乱入し、名指しで「殺す」と言われた永田さん。それでもメディアが国家に迎合しながら腐敗する様に、今でも警鐘を鳴らし続けておられます。それは、永田さんのお母様が広島原爆投下の爆心地から800メートルの場所で被爆したことから、戦争を憎み、争いのない平和な世の中を願う永田さんの心の底からの叫びでもあるようです。
 今回この番組では、永田浩三さんのご著書「ベン・シャーンを追いかけて」と「広島を伝える詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち」という2冊の著書をひもときながら、誰もが望む戦火のない世の中とは真逆を行くような危なげな今の日本を見つめていきます。日本でも著名なベン・シャーンは、「核は人類に幸せをもたらさない」とはっきりと主張し、身の危険を顧みず当時の米国家と対立してきた画家です。永田さんは、ベン・シャーンが残したものが現代にどのような影響を与えているのかを調べる旅に出掛け、それを「ベン・シャーンを追いかけて」にまとめられました。その中で、永田さんはご自身の生い立ちとベン・シャーンの奇妙なつながりを発見されます・・・・。
 またこの番組の収録日にたまたま東京にいらっしゃった四国五郎さんのご子息、四國光さんが、スタジオに遊びに来てくださいました(自由なラジオ第28回にもゲスト出演されています。
)。永田浩三さんの本を読んだ四國光さんが永田さんに連絡をとり交流が始まったというお二人。それをきっかけに「広島を伝える詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち」が生まれたといいます。今回の放送では改めて、平和のための静かな炎を絶やさなかった反戦画家・四國五郎さんの生涯を、四國光さんとともに辿りました。
 語り継ぐことの大切さ、言葉で表現し言葉で残すことの大切さが、体温のような温かさで伝わる永田浩三さん、四國光さんのお話です。広島、福島の当事者たちが、苦しい現実の中で残した言葉を、私たちはどう残し、未来へ運んで行けるのか?ずっしりと重い宿題を背負ったように感じた今回の対談となりました。
著書紹介
ベン・シャーンを追いかけて』
 
ベン・シャーンを追いかけて
永田 浩三
大月書店
2014-10-30

『広島を伝える詩画人・四國五郎と原爆の表現者たち』

 また今回は音楽の時間にも、スタジオにお客様をお迎えしました。東京芸大民族音楽を研究するキルギス共和国ご出身の演奏家、ウメトバエワ・カリマンさんに、コムズという珍しい楽器の生演奏をお聞かせいただきました。デジタルの音に耳が慣れてしまった方には、本当に癒される時間になっています。こちらもどうぞお楽しみに。
●今回と同じく四國 光さんをゲストにお迎えした第28回も是非合わせてご聴取ください。
第28回 シベリアヒロシマ、そしてこれから……。

戦争を静かに描き続けた父・四國五郎のぶれない思い


「久々にアーサー・ビナードがナビゲートする市民のための自由なラジオ“Light Up!”。今回は、小さくて不器用な者たちに優しい視線を向けながらも、読む人に力強いパワーを与えてくれる絵本作家、田島征三さんを訪ねました。
 「落ちこぼれみたいな動物、あまり走るのも早くない、飛ぶのも上手くない、そんなものを描くのが好きなんです。」子どものようないたずらな笑顔を見せながら、インタビューに応えてくださった田島征三さん。
 彼の作品の原点は、戦争の記憶でした。5歳のとき疎開先で終戦を迎えたあと、ろくに食べるものがない戦後のくらしを高知の山奥で過ごします。国破れて山河あり、生き物たちと対話しながら、生かされている自分に気づく中、自然と「機械類とか自動車とか描くのが下手な画家」になります。それらは書いたとしても「鳥のような、動物のような、虫のようなもの」になってしまう。彼の作風は一貫して、子どもが落書きしたようであったりします。デッサンをせずに一気に書き始めるという田島さんの作品には、じんわりと伝わる温かさと、社会に対する確かなメッセージが潜んでいるのです。
 かつて田島さんが移り住んだ東京都西多摩郡にある「日の出の森」での暮らしからも、たくさんの作品が生まれました。しかし1989年、その豊かな自然を取り壊し巨大なごみ処分場が建つ計画が持ち上がり、田島さんはごみ処分場建設の反対運動を始めます。そこで田島さんは、ただ住民運動を繰り広げたのではなく、その運動を「文化」ととらえ、ユニークな活動を続けて来られました。残念ながら日の出の森は、ダイオキシンなどの有害物質に汚染された化学工場に変わってしまいましたが、田島さんたちが遺したものは、確かな財産となって次の世の中につながっていると思います。
 その「文化」の継承のひとつの形が、「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」です。この美術館は、新潟県十日町市の廃校になった小学校をそのまま利用して、全体を立体絵本として田島さんがデザインしたものです。ここからは、人の息づかいがたくさん残っているものが「ごみ」として焼却されるのは偲びないという温かな思いが伝わってきます。自然とのハーモニーをそのまま活かしながら、ユニークな作品の数々にふれることができるこの美術館は、動植物たちと同じように雪深い冬は冬眠(休館)し、4月29日、春の訪れとともにまた再開します。番組では、この「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」の魅力についてもじっくりと伺いました。
 「細胞が躍る!」と言いながら制作中の絵本「虫けら君の旅」は、ひどい目にあってもあきらめない多足類の「虫けら」が果敢に旅を続けるものがたりだとか。がんを患うも抗がん剤を断った田島さんが、伊豆の潮風とこごみを好み、自然から力をもらって元気を取り戻したエピソードに重なり、また何よりも今、私たちが、この息苦し社会の中で、どこを見つめて歩いて行けばいいのか、そんなことが少しだけ見えてくる時間になりました。」
田島征三さん 公式ホームページ
鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館
田島征三さんの絵本
 

(付録)
キルギスの伝統楽器1 コムズ(三味線)の演奏
  

声明「許せない「共謀罪」」~「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」が引き継ぐ「志」

 今晩(2017年4月18日)配信した「メルマガ金原No.2786」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
声明「許せない「共謀罪」」~「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」が引き継ぐ「志」

 私がこのメルマガ(ブログ)で、いわゆる「大逆事件」を取り上げたことが、少なくとも2回ありました。
 一つは、2013年12月8日に、和歌山市で映画『100年の谺 大逆事件は生きている』(企画:白井堯子・富田玲子・藤原智子 脚本:藤原智子 演出:田中啓)を自主上映するために結成された「映画「100年の谺」を観る会」の呼びかけ人に私自身が名前を連ね、開催案内の記事を書いた時です。

 うっすらとしか認識していなかった「大逆事件と和歌山」について、映画の上映を機に、勉強するための素材を少し探してみたというものでした。
 もっとも、「大逆事件と和歌山」という言い方はやや正確性を欠き、「大逆事件と熊野・新宮」と言うべきところでした(いずれも紀州藩領であった熊野地方の牟婁郡が、明治以降、西牟婁郡東牟婁郡和歌山県に、北牟婁郡南牟婁郡三重県にそれぞれ編入されました)。
 大逆事件(いわゆる幸徳事件)によって1911年1月18日、24名に死刑が宣告され(内12名は翌日無期に減軽)、幸徳秋水、管野スガ、大石誠之助ら12名に死刑が執行され、減軽された者の内5名までが獄中死しましたが、死刑を宣告された24名の実に1/4にあたる大石ら6名が「紀州グループ」であったのです(三重県在住者も含まれていました)。
 上記記事に書いたことを繰り返すことはしませんが、是非参照いただければと思います。
 ここでは、映画の予告編のみ再掲します。

映画「100年の谺(こだま)-大逆事件は生きている」予告編(ポレポレ東中野ver.)(3分07秒)


 もう一度、私が「大逆事件」を取り上げたのは、映画『100年の谺 大逆事件は生きている』上映後、実行委員会で話し合った結果、熊野・新宮と「大逆事件」についてさらに認識を深めるための企画をやろうということになり、新宮市佐藤春夫記念館館長である辻本雄一さんを講師にお招きした講演会「熊野・新宮の「大逆事件」」を、2014年5月31日に開催することを告知した時でした。
 

 長らく新宮高校などで教鞭をとられ、中上健次さんが始めた熊野大学にも当初から関与されてきた辻本さん(本当は「しんにゅう」の左上の点が1つです)は、1980年代から積み重ねられてきた熊野・新宮の「大逆事件」についての研究をまとめられた著書『熊野・新宮の「大逆事件」前後 大石誠之助の言論とその周辺』(論創社)を、2014年2月に刊行されたばかりでした。
 熊野・新宮の「大逆事件」を考える上で、最も基本的な文献として推奨させていただきます。

 
 さて、私があらためて「大逆事件」を想起することになったのは、4月12日付・朝日新聞朝刊の和歌山版を読んだ(正確に言えば、三重県紀宝町在住の知人から、掲載されたことをメールで教えていただいてあわてて読んだのですが)ことによります。
 
朝日新聞デジタル 2017年4月11日03時00分(和歌山)
「共謀罪」に反対声明 大逆事件犠牲者顕彰の会
 
(引用開始)
 「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案は、明治時代に社会主義者らが不当に弾圧された「大逆事件」のような冤罪(えんざい)を生みかねないとして、新宮市を中心に活動している「『大逆事件』の犠牲者を顕彰する会」が10日、市内で記者会見し、法案に反対する声明を発表した。
 会は声明の中で、「共謀罪」は人権侵害や冤罪を増やし、表現の自由や人の心の内の自由をも脅かすことが可能になると指摘し、廃案を求めている。今後、親交のある社民党福島瑞穂参院議員を通じて多くの国会議員にこの声明を伝えていくほか、高知、岡山県など大逆事件犠牲者ゆかりの地の顕彰団体に届け、連携を呼びかける。
 1910~11年の大逆事件で、新宮グループとして医師や僧侶ら6人が死刑や無期懲役となった。新宮市議会は2001年に6人の名誉回復を決議している。会長の二河通夫さん(86)は「大逆事件は自由闊達(かったつ)に論議していた人たちが犠牲になった。彼らのことを思えば、いろんな問題を自由に議論できる今の平和な世の中を、守っていかなければならない」と語った。(東孝司) 
(引用終わり)
※部分引用にとどめようと思ったのですが、どこもカットできるところが見当たりませんでした。それだけ、無駄のないすぐれた記事だということでしょう。

 先述した紀宝町の知人からのメールによると、地元紙には「『大逆事件』の犠牲者を顕彰する会」による声明が全文掲載されており、大変感銘を受けたということでした。
 そこで、是非その声明全文を私のメルマガ(ブログ)でご紹介したいものだと考え、「顕彰する会」に掲載の許可とデータの提供をお願いしたところ、快くご了解いただくことができました。
 以下に、その全文をご紹介します。
 
(引用開始)
共謀罪」に反対する声明
 
許せない「共謀罪

 過日、テロ対策を名目に「共謀罪」(「テロ等準備罪」)という法案が閣議決定され、国会に上程されました。これは、犯罪行為が発生する以前から人を逮捕できるという、刑法の原則を完全に無視したもので、人権侵害や冤罪事件を増やし、表現の自由や人それぞれの心の内の自由をも脅かすことが可能になる、問題を多く含んだ法案です。私たちは強い危機意識の下にこの法案が廃案になる事を強く求めるものであります。
 私たちが生きる熊野新宮の地では、明治時代の一大冤罪事件であった「大逆事件」の犠牲者の志を継ぐために顕彰する会を立ち上げ、彼等一人ひとりに寄り添い、その志を現代から未来へと生かすべく、学習し、運動に取り組んでまいりました。当地の犠牲者6人は、悩み多き者として真摯に考え、煩悶し、ごく普通に生活をしていた市民でした。そうした人たちを襲ったのが、まさにこの「共謀罪」のような、国家による謀略です。熊野川での単なる舟遊びが「天皇暗殺謀議」に仕立て上げられたのです。担当の検事は、行為ではなく考え方を裁くのだと公言してはばかりませんでした。
 さらに戦時下の治安維持法で断罪された「横浜事件」の犠牲者のひとり、木村亨氏がやはり熊野新宮の出身であったことも忘れてはなりません。出版祝賀の酒宴が非合法活動と目され、逮捕・死者が出たのです。私たちは「大逆事件」と「横浜事件」の真実を共に学んでまいりました。
 そして今、「平成の治安維持法」とも言われる「共謀罪」法案がまたもや持ち出されています。オリンピックを安全に催すためという「大義」など、国際的にみれば妄言に過ぎません。
 この法案に反対する全国の人たちと共に、国会での議論を見極め、廃案への動きに連動出来ればと強く思う次第です。
 「大逆事件」の犠牲者と遺族の方々の無念の思いを改めて噛みしめ、彼等の志の高さを今一度想起しなければならないと思います。

2017年4月10日
 
大逆事件」の犠牲者を顕彰する会
会長 二河通夫
(引用終わり)

 いかがでしょうか。「オリンピックを安全に催すためという「大義」など、国際的にみれば妄言に過ぎません。」という箇所に、思わず「至言だ」と叫びたくなりませんでしたか?
 厳密に言えば、第一段落の「これは、犯罪行為が発生する以前から人を逮捕できるという、刑法の原則を完全に無視したもので」とある部分は、もう少し言葉を足さないと、言わんとするところが伝わりにくいのではないかという気がしますが、それは瑕瑾に過ぎません。
 新宮市内にある大逆事件犠牲者顕彰碑には、「志を継ぐ」という決意が刻されています。
 今回の「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」による声明「許せない「共謀罪」」は、この「志を継ぐ」ための実践に他なりません。
 共謀罪法案に反対する声明は様々な団体から出されていますが、「顕彰する会」の声明は、「国家による謀略」の犠牲者の視点から反対の声を上げたことに特色があります。
 共謀罪が必要と主張する人たちの視野の中に、「国家による謀略」の犠牲者など存在しないのだろうと私は思っています。
 その意味からも、私は「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」が上記声明を発表されたことに大変勇気付けられました。
 是非多くの人々にお読みいただきたいと思います。
 なお、本稿は、本メルマガ(ブログ)における共謀罪シリーズの第21回でもあります。

(参考サイト)
 上記に引用した朝日新聞の記事に、「今後、親交のある社民党福島瑞穂参院議員を通じて多くの国会議員にこの声明を伝えていく」とあるのを読んで、なぜ特に「福島瑞穂」さんなのか?と思われた方もいらっしゃるでしょう。
 私もそんなに詳しい訳ではないのですが、福島みずほさんは、大逆事件の現代的意味を考える院内集会を、過去何度か主催しておられるようです。以下に、目に付いた集会概要(文字起こし)あるいは動画をご紹介しておきます。
 
大逆事件百年後の意味 院内集会
2011年1月24日(月)参議院議員会館講堂にて

※和歌山からも、辻本雄一さんがリレートークで発言されており、また、「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」の二河通夫会長がメッセージを寄せておられます。
 
20130124 UPLAN 102年後に大逆事件を問う(1時間46分)
2013年1月24日 参議院議員会館講堂にて

※講演
大逆事件の意味」山泉進氏(明治大学大学院教授)
「不逞の復権」田原牧氏(東京新聞記者)
自民党改憲案、国家安全保障基本法案の問題点を斬る」伊藤真氏(伊藤塾塾長・弁護士)
  
(追記)
 本稿の下書きを終えた後、高知県四万十市「幸徳秋水を顕彰する会」も、去る4月15日に「共謀罪に反対する声明」を発表していることを知りました。同会公式WEBサイトにPDFファイルがアップされています。
 「「大逆事件」の犠牲者を顕彰する会」の声明と併せ、この声明も是非お読みください。

(引用開始)
共謀罪に反対する声明

 1910年(明治43年)の「大逆事件」では、幸徳秋水ら26名が逮捕され、うち24名が死刑判決を受けました(12名は翌日無期懲役減刑)。理由は、天皇暗殺や社会転覆を企てる「謀議」をおこなったというものでした。
 明治政府の狙いは、朝鮮侵略に反対し平和と自由平等を訴えていた幸徳秋水らの運動を弾圧、根絶やしにすることにあり、その口実となる「事件」をつくりだし、フレームアップしたものでした。
 「大逆事件」以降、言論の自由は完全に封殺され、日本は侵略戦争の道をひた走り、その結果、国民は塗炭の苦しみを味わっただけでなく、周辺諸国にも多大の被害を与えました。
 戦後、「大逆事件」をリードした元検事は、秋水らの「思想を裁いた」ものであったことを認めています。
 このほど、テロ対策、オリンピック対策を名目に共謀罪(「テロ等組織犯罪準備罪」)という法案が閣議決定され、国会に上程されました。
 これは、犯罪行為が発生する以前から人を逮捕できるという法律であり、「未遂」「予備」「共謀」を例外とするわが国刑法の原則を無視したものであることから、過去の国会でも三度廃案になったものです。
 共謀罪では、人と人のコミュニケーションそのものが犯罪の対象となることから、捜査機関の判断によって恣意的な検挙が行われたり、日常的に市民一人一人の人権やプライバシーが監視される怖れがあります。
 政府は共謀罪がないと「国際組織犯罪防止条約」を批准できないと言っていますが、この条約はマフィアなどの国際経済犯罪対策であり、テロとは明確に区別されており、真の狙いを隠すカモフラージュであることは明らかです。
 戦後憲法で認められた内心の自由言論の自由などのわれわれの大切な基本的人権が侵害されることがあってはなりません。
 私どもは、再び「大逆事件」をつくりだす暗黒社会に逆戻りするような共謀罪には反対であることを、ここに表明します。

                          2017年4月15日
                          幸徳秋水を顕彰する会

(引用終わり)
 
(弁護士・金原徹雄のブログから)
2017年2月6日
レファレンス掲載論文「共謀罪をめぐる議論」(2016年9月号)を読む
2017年2月7日
日弁連パンフレット「合意したら犯罪?合意だけで処罰?―日弁連は共謀罪に反対します!!―」(五訂版2015年9月)を読む
2017年2月8日
「共謀罪法案の提出に反対する刑事法研究者の声明」(2017年2月1日)を読む
2017年2月10日
海渡雄一弁護士with福島みずほ議員による新春(1/8)共謀罪レクチャーを視聴する
2017年2月21日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介
2017年2月23日
日本弁護士連合会「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(2017年2月17日)を読む
2017年2月24日
「安倍政権の横暴を許すな!」連続企画@和歌山市のご案内~3/3共謀罪学習会&3/25映画『高江―森が泣いている 2』上映と講演
2017年2月28日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介vol.3
2017年3月1日
ついに姿をあらわした共謀罪法案(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案)
2017年3月3日
「共謀罪」阻止の闘いは“総がかり”の枠組みで~全国でも和歌山でも
2017年3月4日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介vol.4

2017年3月6日
共謀罪に反対するのも“弁護士”、賛成するのも“弁護士”
2017年3月8日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介vol.5~「テロリズム集団その他」のまやかし

2017年3月9日
3月9日、和歌山で共謀罪に反対する街頭宣伝スタート~総がかり行動実行委員会の呼びかけで
2017年3月17日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介vol.6~立憲デモクラシーの会が声明を出しました
2017年3月21日
閣議決定された「共謀罪」法案~闘うための基礎資料を集めました
2017年3月31日
2017年4月7日
2017年4月14日
共謀罪をめぐる最新ニュース、動画、声明のご紹介vol.9~民科法律部会の声明を読む
 

(付録)
『僕らは熊野(ここ)で歌っていく~笠木透さんに捧ぐ~』 作詞・作曲・演奏:松原洋一

※紀宝9条の会、くまの平和ネットワーク、そして「わがらーず」の松原洋一さんによる『僕らは熊野(ここ)で歌っていく』は、既にご紹介していましたが、今回のテーマにまことにふさわしいということで、再度登場していただきました。

水平線に朝日が昇り 山の緑が動き出す
伝え切れない想いを胸に 今この時と弾けるように
 心豊かに 自由を語れ
 僕らは現在(いま)を 歌いたい
 あなたの歌を こころに留めて
 僕らは熊野(ここ)で 歌っていく

青い空に雲が往き 海と山とを繋いでいる
語り切れない言葉に替えて もう大丈夫と囁くように
 心静かに 平和を祈れ
 僕らは現在を 歌いたい
 あなたの歌を 胸に抱いて
 僕らは熊野で 歌っていく

山の連なり夕日に染まり 風が止んだ不思議な空間
納め切れない今日一日の 喜び哀しみ癒すように
 心解いて 自然と遊べ
 僕らは現在を 歌いたい
 あなたの歌を 思い出かさね
 僕らは熊野で 歌っていく

夜の静寂(しじま)に星が流れる 赤く輝く銀河の果てに
押さえ切れない見果てぬ夢を いつかこの手で届けよう
 心許して 友と歌え
 僕らは現在を 歌いたい
 あなたの歌を 希望に染めて
 僕らは熊野で 歌っていく

 心広げて未来はどっちだ 私は現在を歌いたい
 あなたの歌に 出会えて良かった
 私は熊野で 歌っていく
 あなたの歌に 出会えて良かった
 私は熊野で歌っていく

※非売品CD『僕らは熊野(ここ)で歌っていく 「帰ってきた新曲たち」LIVE from FOLKS』(松原洋一/2016年1月20日)ライナーノートより
「14年12月22日に亡くなった笠木さん。あなたのような曲を作りたいと思ってきましたが、まだまだです。天頂の星の上からどうぞ見守っていてくださいね。」

提言「南スーダン自衛隊派遣を検証し、国際貢献の新しい選択肢を検討すべきだ」(4/17自衛隊を活かす会)を読む

 今晩(2017年4月17日)配信した「メルマガ金原No.2785」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
提言「南スーダン自衛隊派遣を検証し、国際貢献の新しい選択肢を検討すべきだ」(4/17自衛隊を活かす会)を読む

 本日(2017年4月17日)、自衛隊を活かす会(自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会)が、「南スーダン自衛隊派遣を検証し、国際貢献の新しい選択肢を検討すべきだ」との提言を公表し、5月17日に開催する円卓会議「南スーダン後の日本の国際貢献」への参加を各政党・会派に呼びかけました。この会議の傍聴者は、「自衛官(現・元)、外交関係者、メディア関係者」に限定するということです。
 いずれ、会議の模様はインターネットで動画配信されるのではないかと思いますので、公開され次第、ご紹介したいと思います。

 「提言」では、3つの選択肢が提示されています。自衛隊を活かす会をずっとフォローしてきた人なら、選択肢1と選択肢2は伊勢﨑賢治さんの、選択肢3は加藤朗さんの、かねてからの持論が色濃く反映していることにすぐ気がつかれることでしょう。
 今日のところは、この呼びかけと「提言」をじっくりとお読みください。

 
国会議員、政党関係者の皆さんへ
円卓会議「南スーダン後の日本の国際貢献」開催の呼びかけ

(引用開始)
2017.5.17(水)17:00〜19:45
衆議院第一議員会館 国際会議室
主催/自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)

南スーダンから自衛隊が帰ってくることになりました。私たちは それを歓迎するとともに、最後まで慎重に対応し、無事なままで帰国が実現することを願います。PKOが劇的に変貌し、日本の安保法制も変化したもとで、南スーダンは最初の経験になりました。その検証抜きに、日本の国際貢献の今後を語ることはできません。私たちは、国会議員、政党関係者の皆さんの議論に付すために、以下のような「提言」を公表しました。旺盛な議論を通じて、日本の国際貢献のあり方について、新たな選択肢を見いだしていきませんか。

円卓会議ではどなたも自由に発言できますが、政党・会派の代表のご発言は冒頭にお一人のみ10分以内でお願いします。

この円卓会議の傍聴者を募集します。 ただし、傍聴者は自衛官(現・元)、外交関係者、メディア関係者の方のみとさせて頂きます。 傍聴希望の方は肩書きを明記の上、こちらよりお申し込み下さい。


代表 柳澤協二(元内閣官房副長官補、元防衛庁運用局長)
呼びかけ人 伊勢﨑賢治(東京外国語大学教授、元国連PKO武装解除部長)
呼びかけ人 加藤朗(桜美林大学教授、同国際学研究所長)

自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」とは
2014年6月7日発足。自衛隊を否定するのでもなく、国防軍集団的自衛権に走るのでもなく、現行憲法の下で生まれた自衛隊の可能性を探り、活かすことを目的とし、議論の場を提供すると共に、提言活動を行う。
(引用終わり)

 この5月、南スーダンに派遣されていた自衛隊が帰国します。派遣されていた施設部隊の自衛官が、南スーダンの国づくりのため道路整備などで持てる技量を発揮して努力してきたのは、大いに誇ってよいことです。最後まで慎重に対応し、無事なままで帰国することを願います。

 一方、この間の一連の経過は、国連PKOとそれを取り巻く国際環境が日本人のこれまでの常識とは異なるものになったもとで、日本は何をすべきかを問いかけています。そのためにも、南スーダンPKOへの自衛隊派遣をしっかり検証することが求められています。

 よく知られているように、かつてPKOといえば、紛争当事者の停戦合意と受け入れ合意があり、紛争当事者に中立的な立場をとることが特質でしたが、その結果、ルワンダにおける大虐殺を防げなかったことを教訓として、「住民保護」のために交戦も辞さない方向へと舵を切りました。99年に出された国連事務総長告知「国連部隊による国際人道法の遵守」は、現場のすべてのPKO部隊に対して戦時に適用される「国際人道法の遵守」を求めていますが、それは国連部隊が紛争の当事者として交戦することを想定しているものです。南スーダンPKOも、当初は紛争などとは無縁でしたが、事実上の内戦状態となり、人道上の危機的な事態が進行する中で、筆頭任務が「住民保護」となり、「迅速で効果的な交戦」を行う先制攻撃可能な部隊の派遣まで決まりました。そうした状況下で、アムネスティ・インターナショナルなどの国際人道団体も、PKOに対して「住民保護」の任務をしっかりと果たせと求めています。

 このような変化のなかで、今後も引き続きPKO自衛隊の部隊を派遣するなら、「駆けつけ警護」どころではなく、本格的な武力行使の体制が必要となるでしょう。それなら別の選択肢を検討するべきでしょう。いずれの場合も、初めて「駆けつけ警護」任務を与えられた南スーダンの検証は不可欠です。無事に自衛隊が撤退することは大事ですが、それで何も問題がなかったということになってしまうと、今後も生き続ける新安保法制下で、教訓となるものが何も残らないということになりかねません。

国会議員のみなさん、政党関係者のみなさん

 「自衛隊を活かす会」は、日本がどういう道を進むのであれ、国民の中での旺盛な議論を通じて、進むべき道への決意と覚悟が必要だと考えます。そのため、次のような3つの選択肢を提示し、国会議員と政党関係者のみなさんの議論を呼びかけます。

選択肢1 自衛隊の部隊を今後も派遣する場合、議論と法律と部隊の整備を行う
 紛争当事者に対して武力の行使をいとわなくなった国連PKOにおいて、自衛隊が何らかの役割を果たそうとすれば、武力行使には関与しないという姿勢は通用しません。憲法9条によって海外での武力行使を禁じられ、交戦権を否定する日本の自衛隊は、現在の変貌したPKOと本質的に相容れないのです。

 日本がPKOに参加するようになって以降、その矛盾を解消するため、武器使用の権限を国際水準に近づける方向で法改正が行われてきましたが、隔たりは埋まらないどころか、自衛官はさらに大きな矛盾の中で活動することを余儀なくされています。

 例えば、自己防衛のためなどに限られていた武器使用は、警護など任務遂行のためにも可能なようになりました。しかし、「敵を倒す」ことは、国際水準と異なって正当防衛などの場合だけに限られるので、他国の兵士と比べて自衛官の危険は増しています。にもかかわらず、憲法上の制約があるため、日本による交戦権の行使ではなく、個々人による武器使用だとされるため、自衛官には国際的な交戦法規が適用されず、捕虜にもなれないとされています。さらに、国家として命令し、部隊として行動しているのに、誤って民間人を殺傷した場合、自衛官個人の刑事責任が問われることになるのです。しかも、その自衛官を裁くのは軍事法廷ではなく、軍事問題の知識も経験もない一般の裁判所です。

 このような矛盾に満ちた問題が放置されている状況下で、PKOに派遣された自衛官をめぐって万が一の事態が起きた場合、国民の中でそれを受けとめる覚悟はできていません。したがって、自衛隊を継続派遣することを選択する場合は、前記の諸問題をどう解決するのか、そのためにどんな法律と部隊の整備をするのか、交戦権を認めるか否か、憲法をどうするかも含めて徹底的に議論をするべきです。

選択肢2 自衛隊の施設隊に替わって、自衛官国連軍事監視員として派遣する

 あまり知られていませんが、国連PKOを軍事的な任務を付与して派遣するような場合、政治的な任務を持った丸腰・非武装の軍事監視員を国連職員の扱いで派遣することが少なくありません。軍事監視員は各国軍隊の少数の高級幹部で構成され、武器を持たずに身体を張って紛争当事者と接触することによって、停戦を守らせるのが仕事です。危険ですが大事な仕事であり、これまでも成果を上げてきました。

 日本は、戦後の平和主義のもとで、直接の武力で戦争に関わらず、世界から中立的だと思われており、紛争の多いアフリカにおける植民地主義の過去がありません。この日本から軍事監視員が派遣されれば、内戦下の国であっても、貴重な役割を果たすことができるでしょう。非武装・丸腰ですから、憲法9条が禁止する武力行使の問題は生じません。

 実は自衛隊は、2007年からの4年間、非武装の軍事監視要員6名をネパールに派遣した実績もあります。防衛省のホームページでは、「派遣隊員の高い規律心・責任感、リーダーシップ、誠実な職務遂行などは、現地の国連、諸外国の軍事監視要員などから高く評価されました」とあります。自衛官はこの分野でも経験があり、その能力が高いことは証明されているのです。

 軍事監視員が武器を持たないことは、紛争当事者にとっては軍事的な中立のあかしであり、だからこそ停戦合意を守らせる力を発揮することができるのです。自衛官を軍事監視員として派遣する場合、武器使用権限を持った自衛隊を派遣し続けることは、軍事監視の仕事に悪影響を及ぼす恐れがあります。軍事監視員を派遣する場合、自衛隊の部隊は派遣すべきではありません。

選択肢3 自衛隊に頼るのではなく、政府の外交努力と民間の貢献に徹する

 自衛隊の派遣はどんなものであれ止める選択肢もあるでしょう。その場合も、各地で進行する人道危機を防ぐため、日本は何をするかが問われます。

 まず第一に求められるのは、日本政府の外交努力です。先述したような軍事監視員の派遣が有効だという日本の立ち位置は、外交努力においても生かされるはずです。自衛隊撤退後の南スーダンで、大統領派と副大統領派の停戦合意を守らせるため、日本政府は両派にどう働きかけるかが問われます。両派に関わっている周辺諸国に対しても、武器の禁輸をはじめ紛争の拡大に関与しないよう求めるべきでしょう。
 
 第二に、国民の一人ひとりにもやるべきことがあります。多くの国民は日本が「平和国家」であることを誇りにしていることでしょう。それならば、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と憲法前文にもあるように、平和が脅かされ、虐殺と飢餓が進行する南スーダンはじめ各地で起きる事態を人ごとには思えないはずです。自衛隊を派遣しないとすれば、国民は何をするかが問われてきます。

 現在、南スーダン周辺諸国では、日本を含む各国のNGOが、医療や食糧援助などの民生支援で活動しています。こうした活動への資金提供は誰もができることです。

 さらに、道路や橋の建設を支援するというなら、自衛隊ではなく民間のプロフェッショナルを派遣するほうが役に立つことも明白です。国はそういう取り組みを支援する仕組みをつくるべきでしょう。国民がこうした目に見える形で貢献していくことができれば、日本の軍事的な関与は不要だという世論が、日本でも世界でも形成されるに違いありません。

国会議員のみなさん、政党関係者のみなさん

 自衛隊を活かす会は、5月17日、「南スーダン後の日本の国際貢献」をテーマに、政党・会派の代表の方をお招きし、円卓会議を開催したいと考えています。自衛官の方々にも参加を呼びかける予定です。

 この会議に各政党・会派から代表(1名から4名)を派遣していただけませんか。そして、与野党が一致する選択肢を見いだすよう、ご一緒に努力しませんか。真剣なご検討をお願いします。

2017年4月17日
 
自衛隊を活かす会(「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」)
代表・柳澤協二(元内閣官房副長官補)
伊勢﨑賢治(東京外国語大学教授)、加藤朗(桜美林大学教授)
(引用終わり)

放送予告4/22『獄友(ごくとも)たちの日々』(ETV特集)に期待する

 今晩(2017年4月16日)配信した「メルマガ金原No.2784」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
放送予告4/22『獄友(ごくとも)たちの日々』(ETV特集)に期待する

 メルマガ「毎日配信」、ブログ「毎日更新」を続けようと思うと、正直、涙なくしては語れない(?)苦労があるということはご想像いただけるかと思います。
 そういう意味から、東京弁護士会の澤藤統一郎先生による「澤藤統一郎の憲法日記」は、「とても常人の業とは思えない」と感嘆するしかないと思っているのです。

 澤藤先生のようにはいかずとも、曲がりなりにも「毎日更新」を続けていれば、たまには良い記事を書けるのことがあるのではないか、言い換えれば、「量が質を担保する」ということにも一面の真理があるのではないかと考えて、「メルマガ金原」は、2011年3月28日以来、「弁護士・金原徹雄のブログ」は2013年1月24日以来、「毎日配信」「毎日更新」を続けているのです。
 
 という言い訳めいた前説から既に推測されているでしょうが、今日は、時間がなく、簡単に(30分程度で)書ける素材を探すしかない日なのです。
 こういう追いつめられた時の「奥の手」の1つが、TVドキュメンタリーのご紹介です。
 
NHK・Eテレ 
本放送 2017年4月22日(土)午後11時00分~午前0時00分
再放送 2017年4月27日(木)午前0時00分~1時00分(26日深夜)
ETV特集『獄友たちの日々』

「43年の時を経て無罪を勝ち取った「布川事件」の桜井昌司さんが「獄友」たちとしゃばで出会い直す旅をドキュメント。奪われた時間の中で彼らは何を失い何を得たのかを描く
布川事件」の桜井昌司さん、杉山卓男さん(故)。「足利事件」の菅家利和さん。いずれも再審によって無罪が確定したえん罪被害者である。さらに再審決定により釈放された「袴田事件」の袴田巖さん、仮釈放され再審を求めている「狭山事件」の石川一雄さん。獄中生活は5人合わせて155年にもなる。互いを「獄友」(ごくとも)と呼び、支え合う。「不運だったけど不幸ではなかった。我が人生に悔いなし!」。その言葉の真意とは」
 
 桜井昌司さんと菅家利和さんは和歌山弁護士会主催の企画で、石川一雄さんは、支援団体の主催による集会で、それぞれお話を伺う機会がありました。
 それぞれの皆さんに交流があることも漏れ聞いてはいましたが、『獄友(ごくとも)たちの日々』という番組を企画するTVクルーがいたとは驚きました。
 はたしてどんな番組になっているのでしょう? 
 

(付録)
『山桜花』 作詞・作曲・演奏:松原洋一


※紀宝9条の会、くまの平和ネットワーク、そして「わがらーず」の松原洋一さんの演奏をお楽しみください。動画が2つありました。

川を見下ろす 丘の上に
今年も咲くだろう 山桜花
暴れる川に 涙して
めぐる春を 待っていた
※風に舞うよ花吹雪
  君の幸せ願いながら
 心に舞うよ花吹雪
  明日はきっといい日です※※
 
空に抱かれた 山を後ろに
土に根を張る 一本桜
喜び悲しみ 見守って
めぐる春を 呼んでいた
※~※※ 
 
羽根を広げて 鷲が往く
おまえも待つのか 山桜花
時の流れは 戻せないけど
めぐる春を 夢みてた
※~※※(2回繰り返し)

 

「原発がこわい女たちの会ニュース」第101号が届きました~祝結成30年!

 今晩(2017年4月15日)配信した「メルマガ金原No.2783」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
原発がこわい女たちの会ニュース」第101号が届きました~祝結成30年!

 松浦雅代さんから、「原発がこわい女たちの会ニュース」の第101号が届きました。
 前回、第100号をお送りした時、とりたてて100号を祝賀する記念号とはならず、「普通の100号」が届いたことをご紹介した上で、「この流れでいけば、3ヶ月後には「普通の101号」が届き、半年後には「普通の102号」が届くのでしょうね。」と予想しました。
 その予想は半ば当たり、半ば外れました。
 増頁もせず(いつものように8頁立て)、ことさら外部から祝辞を貰ったりすることもなく(松浦さんからの依頼であれば喜んで書いてくれる方はたくさんおられるはずですが)、普段着のままの編集ぶりであり、まさに「普通の101号」でした。
 けれども、今回は、松浦雅代さんに加え、梅原清子さん、山本美佐子さんが、「原発がこわい女たちの会」結成30年にあたっての所感を寄稿されており、武藤類子さんを招いた「結成30年のつどい」の告知と併せ、いつもと違う特別号的雰囲気が漂っています。ただし、それは、ニュース100号到達によってではなく、結成30年という節目の年を迎えたからということですが。
 
 ところで、その「原発がこわい女たちの会結成30年のつどい」です。
 福島原発告訴団団長、ひだんれん共同代表などの重責を担われている武藤類子(むとう・るいこ)さんの存在が、多くの国民に知られるようになったのは、2011年9月19日に東京の明治公園で開かれた「さようなら原発5万人(6万人)集会」での武藤さんの衝撃的なスピーチがYouTubeにアップされてからだったと思います。
 感動のあまり、スピーチ全文を文字起こしした人が何人もおり、実は、私もその1人でした。といっても、私の場合は、「みんな楽しくHappy♡がいい♪」に掲載された文字起こしをベースにして、これを厳密に校正しただけですが((必読!)スピーチ書き起こし9/19「さようなら原発5万人(6万人)集会」)。
 私のブログから、スピーチ書き起こしを本稿末尾に再掲しておきますので、是非お読みいただければと思います。
 
 さて、その武藤類子さんの和歌山での初めての講演なので、是非とも駆け付けようと思いますが、ここではたと困ったことに気がつきました。開催日である5月28日(日)の午後といえば、先月このメルマガ(ブログ)でもご紹介した「第一回 ラブ&ピースライブ和歌山~平和を祈るコンサート」がライブハウス「オールドタイム」で開催される日ではありませんか。それも、時間帯ももろにバッティングしている(速報・第一回 ラブ&ピースライブ和歌山~平和を祈るコンサート(5/28@ライブハウスOIDTIME)/2017年3月12日)。
 正直、私としては「一体どうしたらいいんだ?」と頭を抱える心境です(身体が2つ欲しい!)。私と同じ心境の人も多分少なくないと思いますよ。
 
 そういう困った事態は事態として、それでは「原発がこわい女たちの会ニュース」第101号をお届けします。是非じっくりとお読みください。
 

原発がこわい女たちの会ニュース NO101号・2017年4月11日発行
事務局 〒640-0112和歌山市西庄1024-15 TEL・FAX073/451/5960松浦雅代方
新ブログはこちら⇒原発がこわい女たちの会ブログ 
http://g-kowaiwakayama.seesaa.net/

原発がこわい女たちの会結成30年のつどい
福島原発事故7年目の今
ゲスト・
武藤類子さん
  ◯日時:2017年5月28日(日)14:00~16:30
  ◯会場:和歌山ビック愛9階 会議室C
  ◯会費:無料 だれでも参加できます。

 
武藤類子さんは現在福島県の三春町(みはるまち)にお住まいです。
101号武藤類子 2011年9月19日「さようなら原発集会」(明治公園)における武藤類子さんのスピーチは感動させるものでした。女の会76号に全文載せました。(私たちは静かに怒りを燃やす東北の鬼です)という言葉が入っています。
 福島原発の責任を正す告訴運動⇒東電の責任を追及する運動にかかわってこられ、現在福島原発告訴団長として活躍されています。この6年間大変なご苦労をされてきたと思います。和歌山で初めて講演していただきます。福島県で何が起きているのかを、お聞きしたいと思います。是非参加下さい。
 なお、写真は、2014年10月24日和歌山県日高町阿尾(元原発予定地)に立つ武藤類子さんです。
 大阪の女たちが武藤類子さんを少し骨休みさせようと、関西での講演の前に日高町方杭の「波満乃家(はまのや)」に招待した時の写真です(撮影・松浦)。
 
(金原注)2011年9月19日に明治公園で開催された「さようなら原発5万人(6万人)集会」には、和歌山からも何人もの方が参加されましたが、その内、故・寺井拓也さんと松浦雅代さんの参加記を私のメルマガに転載させていただき、その後、ブログに掲載しています(寺井拓也さんと松浦雅代さんの『さようなら原発5万人(6万人)集会』参加記)。
 

◇報告・3月4日(土)深刻化する福島の状況 
フォルテワジマ6階ボランティアサロンC会議室にて
 
福島の人たちの苦しみ ~健康相談から見えること~
 として山崎知行氏(医師)に話していただきました。
     
※山崎知行氏は、和歌山県岩出市に岩出診療所を開設されています。チェルノブイリに何度も赴き原発事故の被害に向き合われた方。3.11の後は、日本キリスト教団大阪教区より派遣されて、毎月欠かさず数日間を福島で子どもの健康相談に応じて来られました。
 
101号山崎知行講演会福島県の「県民健康調査」における甲状腺がんの診断とその問題点。福島県で多発している小児甲状腺がんですらも、福島県原発事故との関連を否定し、子どもたちを切り捨てる健康検査縮小のキャンペーンが行われようとしている。
チェルノブイリ原発の現状を参照すると、甲状腺がんには放射性ヨウ素以外の核種の影響も疑われ、また事故の影響は小児甲状腺がん以外の白血病、肺がんなど多種のがん、循環器系、消化器系疾患など非がん性疾患が疑われている。
〇福島では空間放射線量20ミリシーベルト/年未満という汚染地域の避難指示が3月末で解除されようとしている。これはチェルノブイリでは強制避難ゾーンであり、原子炉施設等で立ち入りが規制される放射線管理区域ですら5ミリシーベルト/年であるにもかかわらず。廃炉作業中の東京電力福島第一原発構内を福島の高校生に車窓より見学させるなど、原発事故の被害を極力小さく見せたい国の意図が透けて見える「福島のエートス運動」も問題である。
 
CIMG6930山崎さんは、むこうでの自分の役割は専門的な医療相談というよりも、「生活レベルでの交通整理」と言われます。原発事故によって、様々な無数の心配事をかかえ込まされたお母さん方。その心に寄り添うという行為がいかに必要とされていることか、しかしその態勢がいかに不足していることか。「復興」の妨げになるような言動は表面的には一切出てきません、と言われるような息苦しい社会がすでに強固に存在するのです。
 
そんな中で被災者の心に寄り添う営みを長い間続け、信頼関係を確かなものにしてこられたのです。「(福島から遠く離れた)私たちはどうすればいいのか、なにができるのか」という私たちの問に、「たとえば子どもたちの保養を引き受け、とにかく福島の人たちと関わり続けることです」と明快でした。
 
お話の前に視聴したスベトラーナ・アレクシェービッチさん(ノーベル文学賞受賞者)の昨年福島訪問時ビデオとともに、何ができるかを考え続けたいと思います。
 
●山崎さんから是非読んでくださいと書籍紹介
『心の除染という虚構』 著者・黒川祥子氏 集英社 (2017/2/24発行)

  
この記事のブログは下記にあります。
 
(金原注)この日は私も参加し、当日の私のブログでも少し触れています。山崎先生の写真は、私のブログから転載しました。
 

3・11甲状腺がん子ども基金
未公表の4歳児へ給付
 
投稿者: ourplanet 投稿日時: 金, 03/31/2017 - 01:58
 
99号甲状腺がん子ども基金マーク 甲状腺がんの子どもを支援しているNPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」は31日、福島県の公式データには含まれていない事故当時4歳児に、療養費を給付したと発表した。同基金の崎山比早子代表理事は、「現在、福島県で公表されているデータは、福島県で発症している小児甲状腺がんの一部にすぎないと強く認識した。」と批判している。
 基金によると、子どもは事故当時4歳の男児で、福島県民健康調査の2巡目の検査で2次検査を受診。経過観察を経て、2015年に穿刺細胞診で悪性と診断されたという。昨年の前半に、すでに甲状腺の摘出手術を終えている。
 
 事故当時4歳の症例は、県民健康調査のデータとしてこれまで公表されていない。このため、同基金は給付に先立ち、県民健康センターに照会したところ、センターからは「2月20日の発表に間違いはなく、該当される方はいない」との回答があったという。さらにセンターは30日、ホームページを更新し、経過観察に移行している子どもは、県に報告しているデータに含まれていないことを認める内容を掲載した。
 甲状腺検査のあり方を議論している福島県民健康調査「検討委員会」は昨年3月、小児甲状腺がんの多発は「放射線の影響とは考えにくい」とする「中間とりまとめ」を公表。その理由のひとつに「事故当時5歳以下の子どもがいない」ことを挙げていた。また昨年12月には、日本財団が主催した国際会議を受けて、福島県医大副学長の山下俊一らが、福島県知事に提出した「検査縮小」を求める提言書でも、0歳から4歳の子どもがいないことが、「甲状腺がんの多発は被ばくの影響とは考えにくい」とする根拠の一つにあげていた。
 これについて、崎山氏は「低年齢の方にがんが増えていないことが、放射線の影響が考えにくいという根拠の一つになっていた。しかし、今回のように2次検査で保険診療に移行し、経過観察している方が2500人いる。この中にも手術した人がいるかもしれない。それが分からない状態になっており、非常に問題がある」と述べた。
 
 3・11甲状腺がん子ども基金は昨年12月から、甲状腺がんの子どもに療養費の給付を開始。2月末までの4ヶ月間に、計72人に830万円を給付した。これまでの給付状況は以下の通り。(金原注:「これまでの給付状況」一覧は下記リンク先でご覧ください)
※RIはRI治療(アイソトープ治療)適応患者の人数
◎注 数字はあくまで公募に応募した人の数字です。
 
(金原注)引用先のOurPlanet-TVの記事「未公表の4歳児へ給付~甲状腺がん子ども基金」はこちらです。
 また、上記記事の元となった「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子理事長)による3月31日の記者会見の動画もご紹介しておきます。OurPlanet-TVによるダイジェスト動画と、木野龍一さんによるノーカット動画が見つかりました。
未公表の4歳児へ給付~甲状腺がん子ども基金(4分55秒)

3・11甲状腺がん子ども基金会見(ノーカット)(44分)

 

はじめて原子炉を見学して
                        西郷 香
 
 京都大学原子炉実験所は、JR阪和線熊取駅から山側に路線バスで10分のところにあります。ここは核エネルギーの応用と中性子等の粒子線・放射線の利用に関する実験・研究をする所で、広大な敷地の中に様々な施設が点在しています。
 原子炉の熱出力は最大5千kwで、発電用原子炉に比べればとても小さいものです。

 2017年2月2日、私達(「子どもたちの未来と被ばくを考える会」主催)は10人で見学しました。
 正門前に立つと、撮影禁止の表示と空間線量の測定器があり、鉄条網が張り巡らされ、ここが核施設であることがうかがわれます。
 入口の警備員室で、全員住所氏名年齢を書き身分証明書を見せて中に入ります。入口付近の会議室で施設全体の説明を聞いた後、放射線管理区域である原子炉建屋のある棟と液体廃棄物処理施設を見学しました。放射線管理区域への出入には必ず体の放射能を測定します。
 原子炉建屋へは分厚い2重の扉を開け入ります。燃料棒・制御棒の説明を受け、運転停止中だったので、鉄階段を上がり原子炉の内部ものぞき込むことができました。
 液体廃棄物処理施設では、放射線管理区域から出たものはすべて、クーラーの水も除染処理(放射性物質を薬品に吸着沈殿)して排水しています。沈殿した汚泥は濃縮しドラム缶に詰めて保管されていました。ドラム缶は行き場がなく増える一方だそうです。
 複雑な配管設備とこの小さな原子炉でも使用済み核燃料以外に放射性廃棄物が大量に発生するということが印象に残りました。 
 又、東京都北千住と福島県南相馬市川房の土壌中のセシウム137の測定の様子を見せていただきました。南相馬の数値は110万Bq/㎡で北千住の50倍以上でした。
 
 福島第一原子力発電所は、原子炉の熱出力が1~6号機計1419.7万kwで、京都大学原子炉の約3千倍ある核施設です。
 2011年3月、原子炉建屋が爆発、1~3号機が炉心溶融放射能が大量に拡散しました。原子炉には近づくこともできず、6年たってようやく一部確認された2号機の圧力容器下部の黒い塊、内部の放射線量は 数十秒で死に至るレベル、1~3号機のプールには使用済み核燃料が残されたままで、事故収束 には程遠い状態です。
 その中で、政府は年間20ミリシーベルト(職業被ばく限度の年平均)以下を条件に原発事故に伴う避難指示の解除を進めていて、この3月末から福島県の4町村を相次いで解除しました。それは、区域外避難者の住宅の無償提供の打ち切り、賠償の段階的打ち切りとセットになっています。
 私達が放射能測定して出入りした放射線管理区域(年5ミリシーベルト限度)以上、原発労働者と同じ基準の中で日常生活を送ることを子供も含む避難者に強いているのです。
 町村では除染(移染?)は行われていますが、除染土を詰めたプレコンパックが積み上げられたところがあり、山も海も除染はしていません。帰らないことを選択するのも当然のことです。国と東電が住めなくしてしまったのだから、どちらを選んでも支援を続けていく責任があります。
 
 4月6日今村復興相は避難者が戻れないのは「本人の責任でしょう。裁判でもなんでもやれば」と発言しました。帰還を急がせ、事故収束を見せかけたい政府の本音が現れています。
 

原発がこわい女たちの会」結成30年を迎えて
                            梅原清子

 
 私の記憶に残っているこの間のことを少し振り返ってみます。といっても、ずっと主体的に熱心に関わったともいいがたいので、まだら模様となりますが。
 1980年代前半、この会の母体となったといえる主婦の学習グループ「ぺんぺん草」の集まりに顔を出したのが始まりでした。いろいろなテーマで講師を招いて議論したり紙芝居をつくったり自主映画の上映をしたり…社会に物申す自由闊達な活動を目にしました。「原子力」もテーマのうちの一つでした。最初、「原発って危ないものなんやで」と聞いても、「ゲンパツって何?危ないって何が?」というのが私の現実でした。当時、和歌山県下でも原発立地に反対運動が続けられていたにもかかわらず、です。
 原発の危険性を実感したのは、1986年のチェルノブイリ原発事故でした。ウクライナの肥沃な穀倉地帯が放射能で汚染され無人化したこと、遠く離れた極北のラップランドにもホットスポットが生じたこと、などを慨嘆し、チーズやナッツなどヨーロッパからの輸入品は買い控えたことも覚えています。原発の恐ろしさに気付いた主婦が書いた『まだ、まにあうのなら』(甘蔗珠恵子、地湧社、87年)という小冊子がベストセラーになりました。
 原発がこわい女たちの会は翌87年3月に結成されました。会のネーミングについては、インパクトがあるということで決まりました。確かにおぼえてもらいやすい名称です。同時に「紀伊半島に原発はいらない女たちの会」のネットワークも結成されました。この88年~90年頃は、日高町原発立地をめぐり、日高町で事前調査を漁協が廃案、日置川、日高町長選挙戦など熾烈な住民運動が展開されました。ただし私自身は現地の運動にはほとんど関わることができず、世話人会への出席もなかなか叶いませんでした。私にできたことは、たまに会主催の講演会や催しに参加する、署名用紙が送られてくれば協力する、位のことに限られていました。
 それでも、女たちの会のメンバーも関わって被ばくしたウクライナの子どもたちを保養に招いた時(94年)には、わが家でもホームスティを受け入れました。娘と同じ15才の女の子で、一緒にピロシキを作ったり地域の中学校を訪問したりして、1週間足らずでしたが、それなりに交流を楽しみました。
 2011年3月の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故は、あまりの衝撃に夢を見ているような感じでテレビ、新聞を固唾をのんで見つめるだけ。東京に住む娘が電話口で、「(反対運動を)自分はなんにもしてこなかった…原発は危ないって知っていたのに!!」と涙声で叫ぶのを、黙って聞いていました。それは私自身のことでした。
 ちょうどこの年の3月末で退職となり、時間のゆとりもできて、いわば必然的に女たちの会の活動に向いていきました。
 30年のロングラン、正直なところ当初のメンバーは高齢化、転出や病気などあらがえない事情も生じています。運動体として盛衰はあれども、ともかく持続した。倦まず、ひるまずアンテナを高くして、その時々に力を出し合ってきた人たちがいた、ということでしょう。
 

結成30年に思う                      
                      松浦雅
 
 ぺんぺん草を入れると私の人生の半分以上は原発とかかわってきたことになる。
 なんとしても和歌山の原発を止めたいと思い必死になって仲間と動いてきた。誰一人として手を抜いていれば負けたであろうと言われたくらい厳しいものだった。現地の人たちが20年近く命をかけて、拒み続けて持ちこたえてくれていたからこそチエルノブイリの事故後の勝利を私たちも一緒に味わうことが出来た。
 
 2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が起き、危惧していたことが現実に起こってしまった。福島原発事故には大きな衝撃を受けた。原発の爆発事故が、この日本で起きているんだと戦慄を覚えながら、自分自身に言い聞かせていたのを思い出す。私は今まで何をしてきたのかという思いにも捉えられた。直ぐに避難指示が出された。私はただならぬことが起きていることは理解した。初日にメルトダウンしていたのに東電の発表は格納容器の冠水計画だと言っていた。小出さんがそのようなことは出来ない。とラジオ放送で発言していたのを聞いていた。5月15日になって初めて東電炉心溶融を認めた。
 京都大学原子炉実験所の今中さんに「まず情報を疑ってかかれ」と今までに何度も言われて来たのだが、こんなに嘘を並べられるのかと思うほど平気で「原子力ムラ」サイドのニュースをメデアは流した。あまりにもひどいNHKの話に私は抗議の電話を入れた。最初のころテレビに出ていた反原発派の人たちはすぐに見られなくなった。
 
 事故後しばらくは顔見知り程度の人からでも「松浦さんら、がんばってくれたんで、和歌山に原発建てられてないんやな、ありがとう」と言われた。「現地の人たちが長い間、闘ったから止まったんよ」と言いながら、私は戸惑っていた。日本でレベル7の原発事故が起きたことの重大さを考えてほしかった。小さな命が犠牲になることを止めることが出来ない。福島の原発事故はこれからが長い長い、始まりなのだと言いたかった。
 ぺんぺん草の時に京都大学原子炉実験所の反原発グループの専門家たちと出会えたのは、私たちにとっては幸運だった。手弁当で来ていただいて原発反対の正しさを学べたことは、会の継続につながったと思う。そのうえ中間貯蔵施設誘致や、白浜町日置に関電立地部が駐在している現実があった。
 そして福島の原発事故後の政府の対応は事故がなかったかのようだ。
 多発している甲状腺がんの子どもたちを原発事故のせいだと認めない。
 原子力の推進派はチエルノブイリから国際的な企みを学んだようだ
 「この事故は大したものではなかった」と結論づけたいのだ。
 そんなことさせないためにも、原発を止めるためにも、まだ死ねないですね。
 

原発がこわい女たちの会の30年に思うこと
                          山本美佐子
 
 2011年3月16日、私の娘は前月に生まれたばかりの子と2人、やっと取れた早朝の新幹線切符で東京から和歌山に来ました。東京駅は子ども連れの母親でいっぱいだったとのこと。私はすでに福島原発メルトダウンが起きていると確信していました。孫のことを思うと、いても立ってもいられない思いでしたので、ひとまず安心しました。翌日、和歌山の娘の携帯に東京の区役所から「水道水でミルクを作るのは止めてください。○○でペットボトルの水を配ります。」というメールが届きました。
 25年前に、『こわい女たちの会』では京大熊取原子炉実験所の先生達に何度も来てもらい原発について学習していました。特に小出先生は「地震列島の日本に原発は正気の沙汰でない」とまで言っていました。それなのに・・・
 福島の人達を思うと強い自責の念が湧きました。和歌山の原発建設が無くなり、それで終わったような気でいたと気がつきました。福島では避難するにも留まるにも、正確な情報と、それを受け取る側にも知識が必要でした。ところが、どちらもが無いか不十分という状態だったのだと思います。それぞれが難しい自己決断を強いられ、地域や家族の中で軋轢が生じ、避難しても無理解に苦しみ、それが今も続いています。
 母親の立場から自分たちが学んだことを多くの母親に知ってもらわないといけないのに、私は今まで何をしていたのか。全国に原発はあるのですから、根気強く問題提起すべきだったのです。今ならインターネットを駆使していろいろな情報にアクセスできます。しかしそれは問題意識をもってこそなのです。
 1年で東京に戻り、仕事に復帰した娘は、孫の手を引き宇都宮健児さんや山本太郎さんの選挙に手伝いに行ったそうです。しかし反原発は容易ではありません。『こわい女たちの会』がJR和歌山駅で日高原発反対の署名活動をしていた当時、ずっと私達を見ている目つきの鋭い男性がいて、私が「おたくどちらさん?」と問うたら「私服(刑事)ですわ」と答えました。そうか原発は国策なのだと、その時思いました。だからその後の福島の事故当時にテレビで話す東京電力幹部の様子が、どこか他人事のように私には見えました。
 身近な地域で、全国各地で、司法の場で、政治の場で怖さを語り、反原発を訴えないとと、あらためて強く思うのです。
 

◇3月17日(金) 前橋地裁判決・原発事故避難・国の責任を認める。
 福島第一原子力発電所事故後に福島県から群馬県に避難した住民ら137人が国と東京電力に一人当たり1100万円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決が17日前橋地裁であった。原道子裁判長は請求の一部を認め,国と東電に賠償を命じた。「国は津波の到達を予見できた。国が事故を防げなかったのは違法」として国の責任を認めた。
(金原注)この前橋地裁判決の評価については、まず「福島第一原発事故損害賠償請求事件 前橋地裁判決 弁護団声明」をご一読いただきたいと思います。
 
◇3月28日(火)高浜原発3・4号運転禁止仮処分裁判は大阪高裁で運転容認の判断。
◎高浜原発運転禁止仮処分滋賀訴訟申立人団・弁護団声明を同封。
(金原注)上記の「声明(高浜原発運転禁止仮処分滋賀訴訟申立人団・弁護団)」はこちらです。
 
◇3月30日(木)伊方原発3号運転差し止め仮処分裁判が広島地裁で却下。
伊方原発広島裁判原告団声明を同封。
(金原注)上記の原告団声明「広島地裁伊方原発3号機運転差止仮処分命令申立却下に寄せて」はこちらです。
       
裁判への声明文を同封しました。
いくつも原発裁判が行われています。とても分かり易いので読んでください。
 

◇4月4日(火)復興庁の今村大臣は、31日で住宅支援の打ち切りを迎えた「自主避難者」に対し、国に責任はなく、「自己責任」だと明言。「裁判でも何でもやればいい」と声をあらげた。最後は「二度と来るな」「うるさい」と怒鳴りながら、会見室を退室した。その後今村大臣は発言の取り消しと、お詫び参りをしているようだが、あの発言と、あの態度はどのようにして取り消せるのか。(この様子は映像で見られます・Ourplanet-TV)
(金原注)そのOurplanet-TVの動画です。
自主避難は「自己責任」~復興大臣明言(6分58秒)
 
 

◇2011年3月11日に原子力災害対策特別措置法に基づいて発せられた原子力緊急事態宣言は未解除のままです。
「避難指示の解除等に併せて」「緊急事態応急対策を実施すべき区域」だけが縮小中。
これってどういう意味かな? 
(金原注)上記文章の意味を理解するためには、原子力災害対策特別措置法の第15条(特にその2項)を読む必要があります(読んでも分かりにくいとは思いますが)。
原子力災害対策特別措置法(平成十一年十二月十七日法律第百五十六号)
原子力緊急事態宣言等)
第十五条 原子力規制委員会は、次のいずれかに該当する場合において、原子力緊急事態が発生したと認めるときは、直ちに、内閣総理大臣に対し、その状況に関する必要な情報の報告を行うとともに、次項の規定による公示及び第三項の規定による指示の案を提出しなければならない。
一 第十条第一項前段の規定により内閣総理大臣及び原子力規制委員会が受けた通報に係る検出された放射線量又は政令で定める放射線測定設備及び測定方法により検出された放射線量が、異常な水準の放射線量の基準として政令で定めるもの以上である場合
二 前号に掲げるもののほか、原子力緊急事態の発生を示す事象として政令で定めるものが生じた場合
2 内閣総理大臣は、前項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、原子力緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(以下「原子力緊急事態宣言」という。)をするものとする。
一 緊急事態応急対策を実施すべき区域
二 原子力緊急事態の概要
三 前二号に掲げるもののほか、第一号に掲げる区域内の居住者、滞在者その他の者及び公私の団体(以下「居住者等」という。)に対し周知させるべき事項
3 内閣総理大臣は、第一項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、前項第一号に掲げる区域を管轄する市町村長及び都道府県知事に対し、第二十八条第二項の規定により読み替えて適用される災害対策基本法第六十条第一項 及び第六項 の規定による避難のための立退き又は屋内への退避の勧告又は指示を行うべきことその他の緊急事態応急対策に関する事項を指示するものとする。
4 内閣総理大臣は、原子力緊急事態宣言をした後、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、原子力緊急事態の解除を行う旨及び次に掲げる事項の公示(以下「原子力緊急事態解除宣言」という。)をするものとする。
一 原子力災害事後対策を実施すべき区域
二 前号に掲げるもののほか、同号に掲げる区域内の居住者等に対し周知させるべき
事項
 

◇記
昨年の11月「汐見文隆さんを偲ぶ会」後の懇親会も終わり、参加者が帰ってもしゃべっていたのが「女の会」のメンバー5人でした。その後、月一で「編集会議」という名の集まりを続けています。今のところおしゃべり会ですが、今回そのメンバー4人が結成30年の一言を書きました。編集会議は誰でも参加可。今のところ集まりは夜の時間帯です。
 
◇5月28日(日)は福島県の武藤類子さんに来ていただきます。
原発がこわい女たちの会結成30年のつどい」会場はビック愛です。間違わないようにお願いします。
 
◇会計報告を同封します。今年度の会費を納入してください。
会費は一口1200円です。何口でも可です。振込用紙も同封しています。
カンパも集めています。
 郵便振替口座 01070-9-35841
 口座名 原発がこわい女たちの会
 

【「さようなら原発5万人(6万人)集会」での武藤類子さんスピーチ全文書き起こし】
 福島のみなさん、どうぞ一緒に立ちあがって下さい。
 みなさんこんにちは。福島からまいりました。今日は福島県内から、それから、避難先から、何台もバスを連ねて沢山の仲間たちとやってまいりました。初めて集会やデモに参加する人も沢山います。それでも、「福島原発で起きた悲しみを伝えよう」「私たちこそが原発いらないの声を上げよう」と声を掛け合い、誘いあってやって来ました。
 初めに申し上げたいことがあります。
 3.11からの大変な毎日を、命を守るためにあらゆることに取り組んできたみなさんひとりひとりを深く尊敬いたします。
 それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をして下さった方々にお礼を申し上げます。
 ありがとうございます。
 そして、この事故によって、大きな荷物を背負わせることになってしまった子どもたち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心から謝りたいと思います。
 ほんとうにごめんなさい。
 さて、皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を望む浜通り。桃、梨、リンゴと果物の宝庫の中通り猪苗代湖磐梯山の周りに黄金色の稲穂が垂れる会津平野。その向こうを深い山々が縁取っています。山は青く、水は清らかな、私達のふる里です。
 3.11原発事故を境に、その風景に目には見えない放射能が降り注ぎ、私達は被ばく者となりました。大混乱の中で、私達には様々なことが起こりました。素早く張り巡らされた安全キャンペーンと不安のはざまで、引き裂かれていく人と人とのつながり。地域で、職場で学校で、家庭の中で、どれだけの人が悩み悲しんだことでしょう。
 毎日毎日否応なく迫られる決断。逃げる、逃げない。食べる、食べない。子どもにマスクをさせる、させない。洗濯物を外に干す、干さない。畑を耕す、耕さない。何かに物申す、黙る。さまざまな苦渋の選択がありました。
 そして今、半年という月日の中で次第に鮮明になってきたことは、
 「事実は隠されるのだ」
 「国は国民を守らないのだ」
 「事故はいまだに終わらないのだ」
 「福島県民は核の実験材料にされるのだ」
 「莫大な放射能のゴミは残るのだ」
 「大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ」
 「私達は捨てられたのだ」
 私達は疲れとやりきれない悲しみに深いため息をつきます。でも、口をついて出てくる言葉は、
 「私達をバカにするな」
 「私達の命を奪うな」
です。
 福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上がっています。「子どもたちを守ろう」と、母親が父親が、おじいちゃんが、おばあちゃんが、「自分たちの未来を奪われまい」と若い世代が、大量の被ばくにさらされながら事故処理に携わる原発従事者を助けようと労働者たちが、土地を汚された絶望の中から農民が、放射能による新たな差別と分断を生むまいと障害を持った人々が、一人ひとりの市民が、国と東電の責任を問い続けています。
 そして、「原発はもういらない」と、声を上げています。
 私達は静かに怒りを燃やす東北の鬼です。私たち福島県民は、故郷を離れる者も、福島の地に留まり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支え合って生きていこうと思っています。
 私達と繋がって下さい。
 私達が起こしているアクションに注目して下さい。
 政府交渉、疎開裁判、避難、雇用、除染、測定、原発放射能についての学び、そして、どこにでも出かけ、福島を語ります。
 今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。
 思いつく限りのあらゆることに取り組んでいます。
 私達を助けて下さい。
 どうか、福島を忘れないでください。
 もうひとつ、お話ししたい事があります。
 それは私達自身の生き方、暮らし方です。私達は何気なく差し込むコンセントの向こう側を想像しなければなりません。便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っていることに思いをはせなければなりません。原発はその向こうにあるのです。
 人類は地球に生きるただ一種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が、他にいるでしょうか?私はこの地球という美しい星と調和した、まっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた豊かで創造的な暮らしを紡いでいきたいです。
 どうしたら、原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか、誰にも明確な答えは分かりません。出来ることは、誰かが決めたことに従うのではなく、一人ひとりが、本当に、本当に、本気で自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分が出来ることを決断し、行動することだと思うのです。
 一人ひとりにその力がある事を思い出しましょう。私達は誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を取り戻しましょう。
 原発をなお進めようとする力が垂直にそびえる壁ならば、限りなく横に広がり繋がり続けていくことが私達の力です。
 たった今、隣にいる人と、そっと手をつないでみて下さい。見つめ合い、お互いの辛さを聞き合いましょう。涙と怒りを許しあいましょう。今つないでいるその手のぬくもりを日本中に世界中に広げていきましょう。
 私たち一人一人の背負っていかなければならない荷物が途方もなく重く、道のりがどんなに苛酷であっても、目をそらさずに支え合い、軽やかに、朗らかに生き延びていきましょう。
 ありがとうございました。
(動画)9・19「さようなら原発集会」~6万人が参加(46分)

※武藤類子さんのスピーチは36分~46分です。 
 

(付録)
『七夕の夜』 作詞・作曲・演奏:松原洋一
 
※紀宝9条の会、くまの平和ネットワーク、そして「わがらーず」の松原洋一さんの演奏をお楽しみください。
 
あっ、星が流れたね 七夕の夜
二人で歩いた 川原の道
風鈴の音 子どもの声
足を取られて 君がよろけた
 浴衣の裾が 風に揺れる
 君といつまでも 七夕の夜
 
あっ、花火が上がったね 七夕の夜
二人で歩いた 川原の道
下駄の音 屋台の賑わい
お面を被って 君がおどけた
 短冊に書いた 願いはひとつ
 君といつまでも 七夕の夜
 
あっ、風が出てきたね 七夕の夜
二人で歩いた 川原の道
列車の音 鉄橋の影
窓の灯りに 君が見とれた
 懐かしい歌を 口ずさんでいる
 君といつまでも 七夕の夜
 君といつまでも 七夕の夜
 
※非売品CD『僕らは熊野(ここ)で歌っていく 「帰ってきた新曲たち」LIVE from FOLKS』(松原洋一/2016年1月20日)ライナーノートより
「こんな時代もあったんだなあ…と時の流れの早さに苦笑いやら、ため息つくやら…。さらにこの歌を気に入ってくれて地元の若いシンガーソングライターの方がカバーしてくれています。いやあびっくりするやら、嬉しいやら…。」