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井上正信氏「米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える」を読む

 2018年8月7日配信(予定)のメルマガ金原No.3232を転載します。
 
井上正信氏「米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える」を読む
 
 広島弁護士会所属のベテラン弁護士・井上正信先生とは、井上先生が和歌山弁護士会の招きにより、2015年6月に和歌山市で「安全保障法制の内容と問題点」という演題で講演された際、打ち上げの懇親会を含めてお話させていただいたことが一度あるだけなのですが、その後も主としてNPJサイトに不定期連載されている「憲法9条と日本の安全を考える」で健筆をふるわれており、いつも勉強させていただいています。
 
 井上先生が、NPJに最初の論考「イラン核開発問題と脅威論」を発表されたのが2007年12月18日ですから、おそらくその直前頃に書かれたと思われるご自身執筆になる「プロフィール」には、井上先生のよって立つ視座が以下のように説明されています。
 
(引用開始)
 実は、私は長年にわたり、日本の反核運動や護憲運動に不満を持っていたのです。日本の反核運動は、被爆の実態を世界に広める上では外にはない役割を果たしました。むろん日本の反核運動は世界をリードしたことも事実です。しかし、日本の世論は核兵器には反対しても、米国の核抑止力に日本の安全を依存するという政策を支持してきました。この政策は、日本の防衛のためには敵国に対して核攻撃を米国に要求する政策です。日本の反核運動は、この様な日本の核政策(突き詰めれば日米軍事同盟を日本の安全の基本に据える政策))を政治的なものとして、避けてきたのではないかと思ってきたのです。
 護憲運動では、9条を理念化しすぎてきた(9条は人類の歴史の先駆的なものであるとか、人類の理想であると持ち上げる──これ自体は誤りではありませんが)のではないかと思ってきました。そのため、護憲論が国民へ提起してきたのは、9条で行くのか、はたまた自衛隊安保条約で行くのかという、二項対立の選択肢でした。護憲論だけではなく改憲論にも同じ責任があります。そのため、世論調査では日本の安全には安保自衛隊も必要だが、9条も大切だという矛盾した結果を示していました。現在、改憲論はその点をついて、9条は非現実的であり、すでに規範力を失ったと「現実主義」の立場から護憲論を批判しているのです。これでは圧倒的な「現実」の前には護憲論の旗色は悪くなる一方です。
 私のアプローチは、現実の国際政治の動きの中から9条が果たしている役割、果たしうる役割を探り出し、改憲論の主張する「現実」 がいかに非現実的なのか、むしろ9条が国際政治に日本が関わる際の現実的な指針になり、日本の安全に寄与するものであることを示そうというものです。
(引用終わり)
 
 過去、井上正信先生がNPJに不定期連載されてきた論考には、以下のページからアクセスできます。
 
NPJサイト・リニューアル後(2013年5月4日~2018年7月20日)
NPJサイト・リニューアル前(2007年12月18日~2014年4月14日)
 
 さて、その井上弁護士の「憲法9条と日本の安全を考える」では、昨年の10月から12月にかけて、北朝鮮をテーマとした論考が相次いで発表されました。
 
2017年10月10日
私たちは北朝鮮脅威論にどのように向き合うのか?―憲法9条護憲論の本気度が問われている(上)
2017年10月11日
私たちは北朝鮮脅威論にどのように向き合うのか?―憲法9条護憲論の本気度が問われている(下)
2017年12月5日
憲法9条改正と北朝鮮問題を考える
2017年12月6日
北朝鮮は一方的に非核化の約束を破ってきたのか(上)
2017年12月7日
北朝鮮は一方的に非核化の約束を破ってきたのか(下)
 
 上記諸論考のうち、特に昨年12月5日に発表された「憲法9条改正と北朝鮮問題を考える」は、「憲法9条改正と北朝鮮問題について、井上弁護士が学習会で使用したQ&Aを掲載します」とあるように、井上先生のこの両テーマについての基本的な認識を簡潔に述べられたもので、どれか一つということなら、まずこれをお読みになることをお薦めします。
 
 さて、その上で、本年6月12日に行われた米朝首脳会談と共同声明を踏まえ、以下の論考が発表されました。
 
2018年7月10日
米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(1)
2018年7月17日
米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(2)
2018年7月20日
米朝共同声明と憲法9条改正問題を考える(3)(最終)
 
 3回分載の上記論考は、全部で27のパラグラフから構成されていますが、以下には、(3)(最終)の中から、第23パラグラフから終末までの部分をご紹介します。
 
(引用開始)
12 このように日本政府は米国の核軍縮に対して、核抑止力が弱体化するとして反対します。ところが米国が北朝鮮を標的にする核兵器を取り除き、核抑止力の対象から外そうとすれば、必ず日本政府は反対するでしょう。北朝鮮にたいする「核の傘」がなくなるからです。
 朝鮮半島の非核化と米朝関係の正常化は、北東アジアの冷戦構造を根底から変えてしまうという巨大な意義がありますが、日本政府が固執する米国の核兵器に日本の安全を委ねる政策、日米同盟基軸路線が大きな障害となります。
 私たちが日朝国交正常化を含む日朝間の諸懸案を解決しようとすれば、日本政府の外交路線の根本を改めざるを得ないという問題に直面するはずです。
 
24 朝鮮半島の非核化を目指した六者協議(2003年8月から2008年12月まで)では、単に北朝鮮の非核化ではなく、朝鮮半島の非核化を日朝、米朝国交正常化、朝鮮戦争終結、北東アジアの安全保障の枠組みの構築という幅広いアジェンダの中で実現することについて協議され合意しました。これは、朝鮮半島非核化という課題はそれだけを切り離しては実現できず、北東アジアの冷戦構造自体を変革することと深く結びつけられていることを示しています。
 
25 米韓同盟も日米同盟も北朝鮮を仮想敵国にし、核攻撃の標的にしている核軍事同盟です。朝鮮半島非核化を実現する上で、日米同盟の在り方をどうするのかということを私たちは真剣に考える必要があると思われます。
 永続する朝鮮半島非核化を保証する上で、北東アジア非核地帯条約は極めて有効な仕組みです。これに加えて、核兵器禁止条約の締結は北東アジア非核地帯条約を下支えするものです。朝鮮半島非核化と北東アジアでの冷戦構造の転換のために、日本、韓国、北朝鮮核兵器禁止条約へ加盟することは、とても大きな意義があります。
 世界のいくつかの地域機構で非核地帯条約が締結されていることは偶然ではありません。ASEANには東南アジア非核地帯条約(バンコク条約)があります。アフリカ連合(AU)にはアフリカ非核地帯条約(ベリンダバ条約)があります。北東アジアの地域的協調的な安全保障の枠組みと北東アジア非核地帯条約は、朝鮮半島の後戻りのできない非核化を保証するだけではなく、北東アジア非核地帯条約へ米国、中国、ロシアという核兵器国が参加することにより、北東アジアにおける核兵器使用のリスクを限りなくゼロに近づける役割があります。
 これらを目指す関係諸国による協議のプロセス自体が、北東アジアで長年続いた冷戦構造を「解凍」させる役割を果たすでしょう。
 
26 日本政府の米国の核兵器に依存する政策はもはや不要になるかもしれません。それだけではありません。北東アジアの地域的協調的な安全保障の枠組みを作ることは、日米同盟の在り方自身が根本的に問われることになります。
 ヨーロッパを舞台にした東西間の限定核戦争を防ぐため1975年に発足した欧州安全保障協力会議(CSCE)は、冷戦終結後の1995年に欧州安全保障協力機構(OSCE)というカナダの西海岸バンクーバーから極東ロシアウラジオストックという広大な地域を包括する地域機構となりました。これにより冷戦時代に懸念された国家間の武力紛争を起こさない仕組みができたわけです。
 しかしながら、ソ連を中心にした軍事同盟ワルシャワ条約機構は解散しても、米国を盟主とした軍事同盟NATOは存続しました。さらにNATO旧ソ連圏の東ヨーロッパ諸国を加盟させ、さらにウクライナグルジア(現ジョ-ジア)などを加盟させようと「東方拡大」を図っています。東ヨーロッパには米国の弾道ミサイル防衛網を配備しています。
 NATO東方拡大は、とりわけロシアにとって脅威となっています。ロシアとの国境までNATO軍が配備されるからです。そのことがグルジア内戦、ウクライナ内戦とクリミア半島のロシア併合、ロシアの核戦力の近代化となっています。その結果OSCEの機能が発揮できず、その存在意義すら問われかねない状態=新冷戦状態が続いています。
 北東アジアで地域的協調的な安全保障の枠組みを作ったとしても日米同盟が存続すれば、せっかくの枠組みも役割を十分果たせないかもしれません。私達は、朝鮮半島非核化を実現する上で、中長期的には日米同盟の在り方をどうするのか考えなければならないでしょう。
 米朝共同声明とそれを実現することが持っている巨大な意義は、日本にとっても戦後一貫して積み重ねてきた日本外交の基本路線である日米同盟基軸、米国の核抑止力依存政策や日米同盟強化、自衛隊の増強という安全保障防衛政策の転換を迫られるという巨大な意味を持っているのです。
 
27 以上述べたことは、憲法9条改正問題とどうかかわるでしょうか。もし在韓米軍削減となれば、撤退する在韓米軍に代わり、在日米軍の軍事的役割を増大させるという動きになるかもしれません。在韓米軍の役割、任務が大きく変わることで、日米同盟の役割、機能にも大きな変革が迫られる可能性があります。このことは憲法9条改正に向けた圧力になります。
 他方で、これまで述べたような北東アジアの冷戦構造の転換という巨大な変化を促進するためには、日米同盟の役割の低減と、日本の外交路線の根本的な転換が迫られます。
 日本がどちらの方向に向かうのかは主権者である私たちが決めなければなりません。後者の道を選択するのであれば、憲法9条改正はもってのほかであり、むしろ憲法9条を生かした安全保障政策を形成することが必要です。
 そのような意味で、米朝共同声明をどのように評価するかということは、今後の日本の進むべき道と憲法9条改正問題に直結することでもあります。
(引用終わり)
 
 北朝鮮問題は、北東アジア全体の安全保障の枠組みの中で解決に向かうしかなく、そのような動きの中で、日本及び日米安全保障条約体制(俗に言う「日米同盟」ですが)の将来をどう見通すのかということが、憲法9条改正問題に直結するという井上弁護士の見解には肯くところが多く、さらに深く学んでいきたいと思い、皆さまにもご紹介することとしました。
 
(参考サイト)
〇【全文掲載(英文・日本語訳文)】米朝首脳シンガポール共同声明(岩手日報
日朝平壌宣言ピョンヤン宣言)2002年(平成14年)9月17日
〇政治的早産に終わった 「ピョンヤン宣言」(井上正信)
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/井上正信弁護士関連)
2014年2月9日
井上正信氏『国家安全保障戦略、新防衛計画大綱、中期防衛力整備計画を憲法の観点から読む』を通じて学ぶ
2014年4月16日
安保法制懇「報告書」に直ちに反撃するために~井上正信弁護士の論考を参考に
2015年2月14日
「戦争立法」はどうなるのか?~若い弁護士のための勉学の勧め
2015年4月30日
開催予告・井上正信氏講演会(6/12和歌山弁護士会「市民集会 安全保障法制の内容と問題点」)
2016年3月30日
井上正信弁護士『安保法制の近未来-狙いは南シナ海、アフリカ大陸、中東だ-』~「安保法制」講師養成講座