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『日本国憲法』(長谷部恭男解説/岩波文庫)を読む~入院読書日記(3)

 2019年5月18日配信(予定)のメルマガ金原No.3418を転載します。
 
日本国憲法』(長谷部恭男解説/岩波文庫)を読む~入院読書日記(3)
 
 お待たせしました。待っていた人がいたかどうかはともかく、こう言わないと恰好がつかないので。
 3月23日に配信したブログ「『いま 日本国憲法は 原点からの検証(第6版)』(小林武・石埼学編)を読む~入院読書日記(1)」で予告した続編2編のうち、「『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(志田陽子著)については連休中の4月30日に配信し、5月半ば過ぎに何とか最後の『日本国憲法』(長谷部恭男解説/岩波文庫)にたどり着きました。
 
 簡単におさらいすると、私は、今年の1月から3月にかけて、左肺の自然気胸のため、
  2019年1月26日~1月30日
  2019年2月15日~2月19日(再発)
  2019年2月28日~3月5日(手術)
と3回の入院を繰り返したのですが、その2回目の入院時に読んだ『いま 日本国憲法は 原点からの検証(第6版)』(小林武・石埼学編)と、3回目の入院に際して読んだ『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(志田陽子著)及び『日本国憲法』(長谷部恭男解説/岩波文庫)の3冊について、「入院読書日記(1)~(3)」としてブログに読後感を発表しようと計画したものです。
 
 もともと、1月の入院直前まで、丸6年と2日間(2,193日間)ブログ毎日更新を続けていましたので、その当時であれば、3本のブログを書くのに足かけ3か月を要することなどあり得なかったのですが、翻って考えてみると、入院していなければこれらの本を読み通す機会も、無かったとは言いませんが、ずっと時間がかかった可能性は十分にあり、良いとも悪とも、何とも言えません。
 
 さて、前置きはこれくらいにして、「入院読書日記」の最終編をお送りします。これまでの2編と同様、敬体ではなく常体で書くことにします。
 

入院読書日記(3)
 
長谷部恭男 解説
2019年1月16日 第1刷発行
定価 680円+税
 
 過去、「入院読書日記」として取り上げてきた2冊の内、『いま 日本国憲法は 原点からの検証(第6版)』(小林武・石埼学編)は、11人の研究者・実務家が共同執筆した憲法教科書であり、『「表現の自由」の明日へ 一人ひとりのために、共存社会のために』(志田陽子著)は、1人の憲法研究者による「表現の自由」という単一テーマについての入門的解説書であったが、シリーズ最終作として取り上げる『日本国憲法』(長谷部恭男解説/岩波文庫)は、これら2冊とは大いに趣を異にする本である。
 どのような本であるかを知っていただくため、以下に目次を引用しよう。
 
目次(3~5頁)
日本国憲法(7~64頁)
大日本帝国憲法(65~80頁)
パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)(81~85頁)
ポツダム宣言(87~91頁)
降伏文書(93~97頁)
日本国との平和条約(99~131頁)
解説(長谷部恭男)(149~201頁)
索引(逆29~逆36頁)
英文 日本国憲法(逆1~逆28頁)
 
 以上の目次をご覧いただければ分かるとおり、本書は、日本国憲法の条文自体を読むための本であり、その理解に資するための関連資料と専門家(長谷部恭男早稲田大学教授)による解説を組み合わせるというオーソドックスな構成となっている。
 
 もっとも、うっかり「オーソドックス」と書いてしまったが、これは、必ずしも類書においても同じような構成がとられているということを意味しない。
 
 日本国憲法の条文を読むための本といえば、1982年に「写楽」編集部編による、条文と写真が交互に配列された『日本国憲法』(小学館)が話題を集め、この本は刊行から30数年が経った今も新版を出したりしてなお現役版であるが、付録として「大日本帝国憲法」と「英訳 日本国憲法」を収録するものの、英訳は字が小さ過ぎてとても読む気にならず、憲法についての解説は一切ない(29枚の写真説明はしっかり付いているが)。
 
 そこで、他の文庫から刊行されている類書2冊と比較してみることとした。
 なお、文春文庫から出ている『一日一条 読むための日本国憲法』東京新聞政治部/2014年4月)については、「「一日一条」読むだけでも、三か月で完全読破、完全理解。」「すべての条文を現役の政治部記者が豊富なエピソードを交えて、丁寧に解説。」(文藝春秋ホームページより)とあるとおり、著者(東京新聞政治部)による解説記事をメインとした編集となっており、ここでは取り上げない。
 
 
『新装版 日本国憲法』 学術文庫編集部 編
2013年8月29日 第1刷発行
定価 400円+税
 
 1985年3月に刊行された旧版は未見のため、どこが新しくなったのかは不明であるが、新装版の構成は以下のとおりである。
 
日本国憲法(5~58頁)
大日本帝国憲法(旧憲法)(61~77頁)
教育基本法(昭和22年制定の旧法)(78~82頁)
児童憲章(83~85頁)
英訳日本国憲法(118~87頁)
 
 講談社学術文庫版の特色をいくつか挙げてみよう。
 
〇付録として、児童憲章と併せ、「改正」前の教育基本法をそのまま掲載している(もしかしたら、旧版から入れ替える手間を惜しんだだけかもしれないが)。
〇解説が全く付いていない。だから定価を低く抑えられたのだろうが(私が購入した新装版第1刷は300円+税だった)。
大日本帝国憲法の「告文(こうもん)」は総ルビが振られているが、憲法発布勅語と本文に全くルビが振られていないのは物足りない。
 
 そして、もう1冊は角川ソフィア文庫版。
 
 
『ビギナーズ 日本国憲法』 角川学芸出版 編
株式会社KADOKAWA(角川ソフィア文庫
2013年12月25日 初版発行
定価 440円+税
 
 こちらの構成は一層シンプルなものである。
 
日本国憲法(7~80頁)※脚注・補注付き
大日本帝国憲法(81~103頁)
皇室典範(105~118頁) 
 
 いくつか特色を列記しよう。
 
〇旧憲法だけではなく、日本国憲法皇室典範についても、全ての漢字にルビが振られていて便利である。特に、大日本帝国憲法の総ルビ版は貴重。
〇「文庫版で唯一、「皇室典範」を収録」と初版の帯にうたっていた。ただし、特例法が制定されて生前譲位が実現した今となっては、改訂を要するところであるが。
日本国憲法については、脚注及び補注が付されている(凡例に「大西洋一氏(弁護士)の協力をあおいだ。」とある)。
 
 それでは、以上の講談社学術文庫版と角川ソフィア文庫版と比較して、今年1月に岩波文庫から刊行された『日本国憲法』の特色はどのような点にあるかを考えてみよう。
 
 まず第一に、長谷部恭男氏(早稲田大学教授)による53頁に及ぶ詳細な解説が付されていることが、類書との大きな違いである。
 長谷部教授による解説の構成は以下のようになっている。
 
1 大日本帝国憲法の成立と運用
(1)大日本帝国憲法の成立
(2)君主制原理と憲法の運用
2 日本国憲法の成立
(1)憲法成立の経緯
(2)「押しつけ憲法」論
(3)憲法成立の法理-八月革命説
3 天皇
(1)日本国の象徴
(2)国事行為・私的行為・公的行為
(3)皇位の継承
4 九条と平和主義
(1)不戦条約とグロティウス的戦争観
(2)個別的自衛権の行使
5 国民の権利及び義務
(1)近代立憲主義と基本権保障
(2)天皇および皇族と基本権
(3)外国人と基本権
(4)基本権の限界と制約
6 国会と内閣
(1)議院内閣制
(2)投票価値の較差と参議院選挙区の合区
(3)衆議院の解散
(4)緊急事態
7 裁判所
(1)法の権威と基本権の役割
(2)裁判官の良心と裁判員制度
(3)違憲判断の過少?
8 制度の保障
9 憲法の改正
参考文献 
  
 以上は、文庫の解説としては詳細であっても、これをもって日本国憲法全体の概説というには躊躇せざるを得ない。
 とはいえ、「入院読書日記(1)」で取り上げた『いま 日本国憲法は 原点からの検証(第6版)』(小林武・石埼学編)の「第1部 日本国憲法をデッサンする」(小林武氏執筆)について、「わずか100頁の中に、憲法全体のエッセンスを一貫した基準点に立ちながら叙述するという、一種の「力業」が見事に達成されている」と述べた評言は、長谷部教授の「解説」にもほぼそのまま当てはまると考えている。まさに、大家にして初めて書き得る文章だろう。
 
 もっとも、長谷部教授の文章に「力業」という言葉は似つかわしくないようにも思うが、今のところ適当な表現を思いつかない。
 例えば、「押しつけ憲法」論について論じた部分において、長谷部教授は、帝国議会でも活発な議論が行われ、先に紹介したものをはじめ、数多くの修正が加えられている。」という誰もが指摘する説明の後に、さりげなく以下のような文章を付け加えている(161頁)。
 
「少なくとも、ソ連の影響下にあった旧東欧諸国の憲法ほどの典型的な押しつけ憲法ではなかったと考えるべきであろう。」
 
 ここで思わず口許を緩めるかどうかは人それぞれだろうが、この部分に引き続き、長谷部教授は、「そもそも「押しつけ憲法 inposed constitution」という概念は、憲法制定権力が国民にあることを前提として、国民の自立的な意思決定なく成立した憲法を否定的に性格づけるべく用いられる概念である。こうした意味では、大日本帝国憲法をはじめとする君主制原理に基づく憲法も、すべて押しつけ憲法である。」と指摘する。同教授の意図が奈辺にあるかはともかくとして、これを読んだ者の多くは(少なくとも私は)、声高に「押しつけ憲法」論を唱える論者の多くが大日本帝国憲法に強い郷愁を感じているという事実に思い至ることになる。
 
 実は、長谷部教授による53頁に及ぶ解説中には、以上に引用したような箇所がまだまだ発見できる。私が「力業」という表現がふさわしくないのでは、と思う理由がお分かりいただけただろうか。
 
 そして、本書の、類書と比較した上での大きな特色の第2点は、豊富な付属文書とその選択の基準である。
 大日本帝国憲法と英文日本国憲法は、類書の多くも収録しているが、
 
パリ不戦条約(戦争抛棄ニ関スル条約)
降伏文書
日本国との平和条約
 
については、編者(実質的な編者は長谷部教授であろう)の明確な意図が込められている。この点について、長谷部教授は以下のように説明されている(149頁)。
 
「本書は日本国憲法および関係する基本的な文書を収める。基本的な文書としては、大日本帝国憲法から日本国憲法への変化および戦後の憲法体制の骨格の理解を助けるものを選んだ。」
 
 実は私自身、数年前に、戦後の憲法体制を考えるためには、少なくともポツダム宣言以降の重要文書の内容を理解することが必須であることに思い至り、以下のようなブログを書いたことがあった。
 
2014年1月1日
 
2014年8月30日
 
 岩波文庫版『日本国憲法』の基本的文書の選択方針について、私が全面的に賛意を表するのは以上のような経緯による。
 
 単に条文を読む、というだけであれば、インターネットでいくらでも検索して読むことができる。
 試みに、以上に取り上げた3種類の文庫に収録された法令等をネットで読むためのリンクを貼ってみよう。
 
[3文庫共通]
 
 
 
 
 
 以上のように、パソコンやタブレットを使えば、容易に原文あるいは信頼できる訳文を探し出すことができるとはいえ、誰もがそのようにして憲法を理解するための基本的文書を読んでみよう、ということにはならないだろう。
 関連文書どころか、憲法自体、どれだけの国民が全文を読んだことがあるのか、読んでもいないものを「改正すべき」とか「改正すべきでない」などと議論することの危うさ(そういう世論調査がずっと行われてきたのだが)に対する懸念こそ、これまで多くの類書が出版されてきた理由だと思われる。
 今回、満を持して岩波文庫が世に出した『日本国憲法』は、長谷部恭男教授という第一人者による詳細な解説、戦後の憲法体制を理解する上で不可欠な重要文書の多くを収録しており、社会人、学生など、広汎な国民各層の人々が1冊ずつ入手し、折に触れて読んでいただきたいと念願するものである。
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/憲法条文掲載書籍関連)
2013年9月24日
2016年7月5日
 
(弁護士・金原徹雄のブログから/長谷部恭男さん関連)
2014年5月16日
2015年6月7日
2015年6月11日
2015年6月16日
2016年2月6日
2016年9月2日
2018年2月18日