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和歌山における抗議声明(3種)のご紹介(付・京大有志の会「あしたのための声明書」)

 今晩(2015年9月19日)配信した「メルマガ金原No.2218」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
和歌山における抗議声明(3種)のご紹介(付・京大有志の会「あしたのための声明書」)

 本日(9月19日)未明の安全保障関連2法の成立をうけて、全国の様々な団体から緊急の抗議声明が出されています。
 私の地元・和歌山でも、午後4時から、トライ法律事務所(和歌山市)において、4団体(声明は3つ)合同の声明発表のための記者会見が開かれました。
 この記者会見で声明を発表したのは以下の4団体でした。

CIMG4454憲法9条を守る和歌山弁護士の会/9条ネットわかやま(共同声明)
 両団体の共同代表を兼ねる藤井幹雄弁護士から声明の内容が説明されました。
〇安全保障関連法案の廃案を求める和歌山大学有志の会
 呼びかけ人の江利川春雄教育学部教授から声明にかけた思いが語られました。また、昨日は10時間も国会前で立ち通した会事務局長の越野章史准教授、さらに昨日は大阪での行動に参加した山﨑由可里教授(いずれも教育学部)からも印象的なコメントがありました。
〇安保関連法案に反対するママの会@わかやま
 声明が届くのが遅れたため、最初は松永久視子さんから、2人の小学生の母としての思いが語られ、記者会見後半にようやく声明文を配布できました。
 
 また、今日のところは声明の発表はありませんでしたが、「ワカケン」の西澤正美さん、「平和と憲法を守りたい市民の声」の松浦攸吉さんも出席されました。
 
 以下に、本日発表された上記各声明を全文引用します。
 
【憲法9条を守る和歌山弁護士の会/9条ネットわかやま】
(引用開始)
         安全保障法案の強行採決に抗議し、廃止を求める声明
 
 安倍政権が今国会に上程した集団的自衛権の行使容認等を内容とする安全保障関連法案(以下「安保法案」という)は、2015(平成27)年9月17日参議院特別委員会で、本日19日未明には参議院本会議において、野党の反対を押し切って採決された。参議院特別委員会においては安倍首相が出席した上での総括質疑が予定されていたにもかかわらず、それすら行わず、突然、同法案の採決を強行したものであり、「良識の府」であるはずの参議院の審議としてはこれまで類を見ないほどの異常なものであった。
CIMG4442 安保法案は、集団的自衛権の行使は憲法9条に反して行使できないという、これまでの政府が一貫してとってきた憲法解釈を一内閣の独断で変更するものであって、それは憲法9条に反すること、憲法改正手続きを経ないままそのような違憲の安保法案を制定することは、立憲主義に反するものであることは、ほぼ全ての憲法学者だけでなく、山口元最高裁長官を始めとする元最高裁裁判官も断言しているとこである。
 そして、多くの国民は、安保法案の制定により、我が国が戦後70年をかけて築いてきた「戦争をしない国」としてのブランドをかなぐり捨て、「戦争をする国」へと我が国のあり方を根本的に変えるものであって許しがたいと、連日国会前を始め、全国各地で声を上げている。また各種世論調査においても、安保法案に反対する国民は過半数を大きく超えている。にもかかわらず、そのような国民の声をも無視し、安保法案の制定を強行したことは、国民主権をも蹂躙するもので許しがたい。
 しかし、日本国憲法98条1項は「この憲法は最高法規であって、その条規に反する法律・・・は、その効力を有しない」と定めている。いくら安倍政権が強行的に制定しようとも、違憲の安保法案は無効である。
 私たちは、違憲の安保法案の制定を強行した安倍政権及び与党に対して、強く抗議するとともに、これからも安保法案に反対する多くの国民と連帯して、違憲で無効な安保法案の施行を阻止し、その廃止を求めて、これからも活動し続けることを宣言する。
 
 2015年9月19日
                     憲法9条を守る和歌山弁護士の会
                     9条ネットわかやま
(引用終わり)
 
【安全保障関連法案の廃案を求める和歌山大学有志の会】
(引用開始)
                                         抗  議  声  明
 
 今日、2015年9月19日、私たちはこの日を忘れないでしょう。敗戦後70年、様々な困難がありながらも、戦争によって他国の人を殺さない・傷つけない国であることを誇りとしてきた日本で、安倍政権自民党公明党らによって、私たちの誇りを踏みにじる憲法違反の法案が強行的に可決された歴史的屈辱の日です。あるいは、今日で「戦後」が終わったと、後に言われるかもしれません。
 今回採決を強行された安保法制関連法は、国の根幹を変えるものであり、その立法過程における民主的手続きの無視・蹂躙、内容における違憲性、危険性、対米従属性、非論理性において、これほどの悪法はありません。国会審議を通じて、立法の必要性の根拠であるはずの立法事実さえ不明となり、同法制の必要論は既に破たんしています。
 私たち「安全保障関連法案の廃案を求める和歌山大学有志の会」(以下、和歌山大学有志の会)は、政府・与党らの暴挙に対して満身の怒りを込めて抗議いたします。
CIMG4445 一方で今日は、現政権の崩壊の始まりの日でもあります。安倍政権は、憲法学者内閣法制局元長官、最高裁元判事、そして、ついには最高裁元長官までもが憲法違反と断じる「安保法制」を可決成立させるために、通常は被っている民主主義の衣も脱ぎ捨て、その凶暴性をむき出しにしました。それは決して安倍政権の強さではなく、質・量ともに予想を大きく超える国民の反対の声に追い詰つめられ、本当の素顔である反民主性をさらけだしたものです。
 安倍首相は、「法案について支持が広がっていないのは事実」と認めながら、「成立すれば理解は広がっていく」という暴言を吐きました。これは、国民が反対しても政府が方針を決めるから、国民は黙ってついてくればよいという姿勢であり、国民主権の原理を転覆させるものです。これほど国民を愚弄し、見下した態度はありません。私たちは、このような安倍首相を決して許すことはできません。
 私たちは今日の暴挙を忘れません。たとえ法律は形式的に公布・施行されたとしても、その違憲性と成立過程における手続き的瑕疵を指摘し続け、実質的に発動させない闘いを続けていきます。
 闘いはこれからです。かつてなく多くの若者が立ち上がり、そして、若い母親たちも立ち上がり、法案の廃案、採決強行反対を叫んで、まさに老若男女が主権者国民として声を挙げました。国民の声に応えることなく、国民から掠め取った議席数の力でゴリ押しした姿、民主主義を踏みにじった姿を忘れないでおきましょう。衆・参両院で法案に賛成した政党と議員の名前を決して忘れないでおきましょう。
 再度私たちは言います。集団的自衛権とは日本の安全保障に寄与するものではまったくなく、アメリカが世界各地で引き起こす戦争・紛争に日本が協力するものです。その疑念は国会審議で解消するどころかますます深まりました。湾岸戦争アフガニスタン戦争、イラク戦争において、自衛隊が直接に戦闘に参加することを免れたのは、憲法第9条があり、歴代政府が集団的自衛権の行使を容認しなかったからです。その歯止めを外せば、アメリカからの参戦要請を日本政府、特に自公政権が拒否できるとは到底考えられません。
 今日の「屈辱の日」を日本の「民主主義出発の日」に変え、まちがっても「戦後の終わり」の日にしないために、「和歌山大学有志の会」に集う私たちは、さらに多くの人たちによびかけ、運動の輪を大きくしていきたいと思います。ともに力を合わせて、集団的自衛権の行使を阻み、「安保法制」を廃止に追い込んでいきましょう。
 
2015年9月19日 
安全保障関連法案の廃案を求める和歌山大学有志の会
(引用終わり)
 
【安保関連法案に反対するママの会@わかやま】
(引用開始)
                        安保関連法案強行採決への抗議声明
 
2015年9月19日は私たちの国の歴史に残る日となるでしょう。国民の圧倒多数が今国会での成立を求めていなかったのにも関わらず、違憲が明らかな安保関連法案が、違憲状態の選挙によって生まれた政権によって、数の力に任せて押し通されたことを、私たち国民は決して許しません。
 
今法案については、元最高裁長官や多くの憲法学者、弁護士など法の専門家が違憲憲法を逸脱するとしました。また全国の400近い地方議会が、反対や慎重審議を求める意見書を出し、保守王国と言われる和歌山県でもかつらぎ町橋本市日高町田辺市白浜町が慎重審議を求め、串本町では国民投票での決定を求めました。国民の過半数が反対し、8割が説明不十分としており、直近の世論調査では60%以上の国民が今国会中の採決に反対でした。今もなお日本各地では反対や廃案を求める多くの市民が声をあげています。これらの数字はほんの一部分で、背景には多くの主権者である国民世論があることを真摯に受け止めるべきです。
 
戦後70年間守られてきた憲法を、一時の政権が論議、検証も不十分なまま憲法の解釈を変えるということは、立憲主義の否定であり、多様な考えをもちながらも共に暮らす国の運営を根底から破壊してしまうものです。野党の追及を逃れ、世論を置き去りにした政治の進め方に対し、国内外から独裁と揶揄されても致し方ありません。独裁や権力から国民を守るために憲法があるということを今一度認識し直す必要があると思います。さらに私たちの憲法は押しつけだという声もありますが、第2次世界大戦で300万人を超える多くの犠牲を出した反省から、国民によって祝福されてきたものだということを忘れてはいけません。
 
CIMG4450私たちの法案に対する反対の気持ちは、突如湧き起ってきたものではありません。安全神話を唱え続けた末に起こったフクシマの事故、その後の不十分な検証と事実の隠ぺい、そして再稼働。国民が知り考え行動する権利を阻害した特定秘密保護法。沖縄辺野古への基地移設に対する強硬な姿勢。「美しい国」への愛国心を押し付けようとする教育基本法の改正。経済的弱者を増幅させる派遣労働法改正。武器輸出三原則の撤廃。国民を管理するマイナンバー制。報道機関への圧力。安倍総理が国会審議前にアメリカで行った法案成立の約束。挙げればきりがないほどの政治への不信が積もり続け、極め付けが安保関連法案なのです。政府のすることは本当に正しいの?法案は本当に必要なの?本当に戦争に巻き込まれることがないの?私たちは子どもたちの未来を案じ必死に学び考えました。しがらみや利権に左右されることのない一人の人間として法案に向き合うにつれ、やはりこれは戦争への道を開く法案でしかない、危険をはらんだ法案は今すぐにでも廃案を求めるに至ったのです。今回の強行採決によって私たちの政治への不信はさらに増幅するでしょう。
 
この法案が即戦争につがなるというわけではないかもしれません。しかし重大な事実はある日突然に起こるのではなく、歯車がゆるやかに動くことで少しずつ変化をきたし結果を生み出すのです。あらゆる事態に対応すべく出された法案に対し、あらゆるリスクにも考えを馳せる必要があると思います。そこで考えて頂きたいことは、殺し殺される戦争が正義にはなりえず、殺し殺される現場にいる人たちにも愛する家族や、無事を祈る家族がいるということです。その祈るような家族の気持ちを想像してください。手塩にかけて育てた我が子を亡くす親の気持ちを想像してください。残した家族を思い死んでいく無念さを想像してください。国が言う「国家」の中に、感情を持ち人権を保障された人間がいるのです。それを顧みず命を盾にして守る国が「美しい国」なのでしょうか。
 
「だれの子どももころさせない」。その命を次世代へと穏やかに安心して繋いでいくことを阻む芽を摘み取りたいと思います。私たちは廃案になるまで決して諦めません。いつしか私たちも生を終える時が来ますが、平和な国日本であり続ける事を見届けるまで声をあげ続けます。
 
2015年9月19日
安保関連法案に反対するママの会@わかやま

(引用終わり)
 
 ところで、私たちは、以上のような抗議声明をなぜ発表するのでしょうか。これを自民党公明党に送ったところで、彼らが「改心」することなど金輪際ないでしょう。法案成立を歓迎する人に読ませても(読まないと思いますが)、考えがぐらつくこともまずないでしょう。
 それではなぜ声明を出すのか。それは、私たちが決して忘れてはならないことを再確認し、これからしなければならないことを明確にして決意を新たにするためでしょう。
 いずれの団体、グループの声明も、そのような目的をもって書かれているはずですが、今朝以降、私が読んだいくつかの声明・談話の中で、そのような声明の「目的」に最も自覚的であり、深い感銘を受けたのは、(既に広く拡散中ですが)「自由と平和のための京大有志の会」が発表した「あしたのための声明書」と「あしたが まっている」です。最後にこれを引用して皆さんと思いを共有したいと思います。
 
(引用開始)
  あしたのための声明書
 
わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。
 
わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。
 
わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。
 
わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。
 
きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。
 
わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。
 
     自由と平和のための京大有志の会
 

  あしたが まっている
 
わたしは わすれないぞ
ひとのはなしを ちゃんと きかないで
むりやり おかしなきまりを つくったおとなを
「けんかはいやだ」のきもちを わがままと きめつけて
ばかにしていた つめたいおとなを
 
ぼくは わすれないぞ
こわがらせて いばっていた おとなのかおや
こわがって ぺこぺこしていた おとなのかおを
たいせつな おはなしをしているのに
ぐうぐう ねていた おとなのかおを
 
わたしは わすれないよ
おかしいことは おかしいと つたえようとした
おねえさん おにいさんたちの しんけんなかおを
おばあさん おじいさんたちの おおきなこえを
だれにも あやつられない おとなたちの ゆうきを
 
ぼくは わすれないよ
つらいおもいでを むねにして たちあがった おとなを
きっぱり むねをはって こぶしをつきあげた おとなを
きいてもらえないかも しれないのに
ずっと こえをあげつづけた たくさんの おとなたちを
 
きょうからは わたしが ぼくが はじめるんだ
おとなが まちがったら わたしたちが なおす
ひとのはなしを きけるひとを ぼくたちが えらぶ
じぶんかってな おとなは わたしたちが やめさせる
「じゆう」や「へいわ」は ぼくたちの て で つかむんだ
 
わたしは わすれない
ぼくは わすれない
まだ なにも おわっていないから
あしたが まっているから
 
     じゆうと へいわの ための きょうだい ゆうしの かい
(引用終わり)
 

(付録)
『時代は変わる』(2015年9月15日/国会前)
作詞・作曲:ボブ・ディラン 日本語詞:高石友也 演奏:中川五郎