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佐々木惣一が発見した「国民の存在権」(憲法13条)と自民党改憲案~石川健治東大教授の講義で学ぶ(11/13立憲デモクラシー講座 第1回)

 今晩(2015年11月15日)配信した「メルマガ金原No.2275」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
佐々木惣一が発見した「国民の存在権」(憲法13条)と自民党改憲案~石川健治東大教授の講義で学ぶ(11/13立憲デモクラシー講座 第1回)

 10月30日、日本教育会館大ホールで開かれたシンポジウム「安保法制以後の憲法と民主主義」をメルマガ(ブログ)でご紹介した際(
「立憲デモクラシーの会」による安保法制“今日までそして明日から”/2015年11月14日)、今後の「立憲デモクラシーの会」による注目すべき企画として
「立憲デモクラシーの会 地方講演会」とともにご紹介したのが「立憲デモクラシー講座」でした。
 現在のところ、全10回の講座が予告されていますが、その第1回として、東京大学石川健治教授(憲法学)による講義が、去る11月13日(金)午後6時半から、早稲田大学早稲田キャンパス3号館401教室(予告されていた701教室から変更)において開講され、その模様が複数、動画サイトにアップされていますが、以下には三輪祐児さん撮影の動画をご紹介します。
 
20151113 UPLAN 石川健治「一億総活躍」思想の深層を探るー佐々木惣一が憲法13条を「読む」(1時間54分)
 

 日曜日の夕方、某警察署での接見を終えて帰宅する前に立ち寄った事務所のパソコンで、少しだけと思
って視聴し始めた「講義」から目が離せなくなり、到頭最後まで「聴講」してしまいました。

 当日の講師である石川健治東京大学教授は、「立憲デモクラシーの会」呼びかけ人に名前を連ねる13人の憲法学者の1人ですが、同会を、50年代末に結成された「憲法問題研究会」の流れを汲む知識人・研究者による活動体であり、政治的な運動とは一線を画すものと位置付ける石川教授は、「安全保障関連法に反対する学者の会」などには加わらず、「立憲デモクラシーの会」一本で積極的に発言されている
方です。その辺の基本的立場は、13日の講義の冒頭(第0章)でも簡潔に述べられています。
 もっとも、「立憲デモクラシーの会」の「設立趣旨」が「憲法に従った政治を回復するために、あらゆる行動をとることを宣言する。」という文章で締めくくられていることから考えて、設立当初の呼びかけ人の認識が、完全に石川教授のそれと一致していたのかについてはやや疑問もあるのですが、結局、その後は「学者の会」と「立憲デモクラシーの会」が自然と役割分担するような流れになっていったのかな、などと思います。
 
 ところで、13日の石川教授の講義の本題は、佐々木惣一氏が日本国憲法をどう読んだか、とりわけ13条から、従来の国民(臣民)の権利の体系であった「自由権」「国務請求権」「参政権」に加え、「存在権」という、国家という全部者の部分である国民(臣民)という位置ではない、国家とは無関係な一個の全部者として生きる権利を「発見」したことを、『日本国憲法論』(有斐閣)の未公開の原稿、ゲラなどを分析した結果を基に解説され、非常に刺激的でした。
 そして、佐々木惣一氏によって発見された「存在権」が、自由民主党日本国憲法改正草案(2012年)によって抹殺されようとしているということに注意を喚起して、この日の講義は閉じられました。
 
(参考条文)
日本国憲法
   第三章 国民の権利及び義務
十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については
、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
 
 私にとって、佐々木惣一氏といえば、戦前、東京帝大の美濃部達吉教授と並び立つ京都学派を代表する憲法学者で、敗戦後の一時期、近衛文麿の求めに応じ、内大臣府御用掛として大日本帝国憲法の改正案を
検討したものの、結局顧みられることはなかったというエピソードで知るだけの存在でした。
 もう一つ付け加えるとすれば、佐々木惣一氏は、1933年、滝川事件に抗議して他の法学部教官らとともに京都帝大法学部教授の職をなげうつなど、筋を通す学者であったということは押さえておくべきで
しょう。
 ただ、石川教授も触れられているとおり、戦後の佐々木氏が右翼によって祭り上げられてしまい、直系の弟子ですら近づくのを躊躇するような状況であったことが、同氏の評価の妨げとなったことは明らかでしょう。私にしても、うっすらとそういう噂を知り、関心の対象から外してしまっていたというのが正直なところです。
 
 ところで、「2015年夏」、あるいはその少し前から、佐々木惣一氏の名前を再び目にするようになりました。それは、「立憲主義」という学術用語が、多くの一般国民が知るようになった後だからこそと言うべきでしょうが、同氏が1918年にあらわした『立憲非立憲』という著書への言及に接するようになったのです。
 私が特に目を開かれたのは、今年の6月6日、佐藤幸治京都大学名誉教授を招いて東京大学本郷キャンパスで行われた「立憲デモクラシーの会」主催によるシンポジウム「立憲主義の危機」の模様を動画で視聴した際でした(
憲法学者の矜恃~佐藤幸治氏、樋口陽一氏、石川健治氏(6/6「立憲デモクラシーの会」シンポジウムにて)/2015年6月8日)。
 13日の講義も担当された石川教授が、6月6日のパネルディスカッション冒頭で紹介されたのが佐々木惣一氏による「非立憲」という考え方だったのです(石川教授の発言を文字起こししたブログがありま
した)。
 
 11月13日に行われた石川健治教授による講義は、佐々木惣一氏が発見した「存在権」から日本の憲法状況を考えるという、非常に興味深いものであり、是非視聴をお勧めしたいと思います。
 ただし、それなりの予備知識がないと理解するのが難しいかもしれないとは思いますが、それはやむを得ないですよね。
 
 
Wikipedia「佐々木惣一」の項より『立憲非立憲』の一部を孫引き
「政治はもとより憲法に違反してはならぬ。しかも憲法に違反しないのみをもって、直ちに立憲だとはい
えない。違憲ではないけれどもしかも非立憲だとすべき場合がある。立憲的政治家たらんとする者は、実にこの点を注意せねばならぬ。違憲とは憲法に違反することをいうに過ぎないが、非立憲とは立憲主義の精神に違反することをいう。違憲はもとより非立憲であるが、しかしながら、違憲ではなくとも非立憲であるという場合があり得るのである。然(さ)れば、いやしくも政治家たる者は、違憲と非立憲との区別を心得て、その行動の啻(ただ)に違憲たらざるのみならず、非立憲ならざるようにせねばならぬ。彼の違憲だ、違憲ではないというの点のみをもって、攻撃し、弁護するがごときは、低級政治家の態度である。」
※佐々木惣一氏の『立憲非立憲』については、石川健治教授による解説を付して講談社学術文庫から刊行される計画が進んでおり、順調に行けば、来年の参議院選挙の前には出版されるだろうということでした。
 

(忘れないために)
 「自由と平和のための京大有志の会」による「あしたのための声明書」(2015年9月19日)を、「忘れないために」しばらくメルマガ(ブログ)の末尾に掲載することにしました。
 
(引用開始)
  あしたのための声明書
 
わたしたちは、忘れない。
人びとの声に耳をふさぎ、まともに答弁もせず法案を通した首相の厚顔を。
戦争に行きたくないと叫ぶ若者を「利己的」と罵った議員の無恥を。
強行採決も連休を過ぎれば忘れると言い放った官房長官の傲慢を。
 
わたしたちは、忘れない。
マスコミを懲らしめる、と恫喝した議員の思い上がりを。
権力に媚び、おもねるだけの報道人と言論人の醜さを。
居眠りに耽る議員たちの弛緩を。
 
わたしたちは、忘れない。
声を上げた若者たちの美しさを。
街頭に立ったお年寄りたちの威厳を。
内部からの告発に踏み切った人びとの勇気を。
 
わたしたちは、忘れない。
戦争の体験者が学生のデモに加わっていた姿を。
路上で、職場で、田んぼで、プラカードを掲げた人びとの決意を。
聞き届けられない声を、それでも上げつづけてきた人びとの苦しく切ない歴史を。
 
きょうは、はじまりの日。
憲法を貶めた法律を葬り去る作業のはじまり。
賛成票を投じたツケを議員たちが苦々しく噛みしめる日々のはじまり。
人の生命を軽んじ、人の尊厳を踏みにじる独裁政治の終わりのはじまり。
自由と平和への願いをさらに深く、さらに広く共有するための、あらゆる試みのはじまり。
 
わたしたちは、忘れない、あきらめない、屈しない。
 
     自由と平和のための京大有志の会
(引用終わり)
 

(付録)
辺野古節』『満月の夕』『踊れ踊らされる前に』
作詞・作曲:中川 敬 演奏:中川 敬&リクオ
(2015年11月14日 SEALDs辺野古アピール 新宿アルタ前にて)