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動画とレジュメで振り返る講演「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」(2016年10月22日/講師:金原徹雄/主催:憲法を生かす会 和歌山)

 今晩(2016年10月24日)配信した「メルマガ金原No.2609」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
動画とレジュメで振り返る講演「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」(2016年10月22日/講師:金原徹雄/主催:憲法を生かす会 和歌山)

 一昨日(2016年10月22日)午後2時から、和歌山市中央コミュニティセンター3階多目的ホールで開かれた講演会「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」(「憲法を生かす会 和歌山」の主催で講師は私でした)に、不順な天候にもかかわらず、多くの方においでいただき、まことにありがとうございました。
CIMG6652 小さな規模の学習会の講師は時々頼まれますが、これくらい広い会場での講演会は久々であり、「がらがらだったらどうしよう?」という心配はありながらも(何しろ、1週間後には木村草太さんの講演会和歌山市であるのですからね)、気合いを入れて「今皆さんに伝えたいこと」を話す機会を与えていただいた「憲法を生かす会 和歌山」の皆さんには深く感謝しています。
 また、この講演会は、「憲法を生かす会」近畿ブロックの集会の一部も兼ねていたようで、近畿各地からも多くの方々が参加しておられ、久々にお目にかかれた方もおられて嬉しかったですね。

 さらに、昨日の講演の模様については、「憲法を生かす会 和歌山」の会員でもある小谷英治さんが撮影・編集してYouTubeにアップしてくださいました。小谷さん、ありがとうございました(音量レベルを可能な限り上げるための再アップもありがとうございます)。
 自分が話をしている動画を見るというのは気恥ずかしいものではありますが、レジュメだけでは伝えきれない部分も当然ありますので、是非視聴していただければと思います。
 もっとも、動画を見直してみて、もっと滑舌に気を配り、一語一語をはっきりと発音するように努めないといけないなあという反省がしきりです。我ながら、早口の上に語尾不明瞭で、相当に聴き取りにくい。
 そこで、まことに差し出がましいことながら、まず始めにざっとでもレジュメに目を通していただき、その上で動画を視聴していただければ、かなりの箇所が聴き取れるようになるのではないかと思います(そこまでする人はいないか・・・)。
 もう一つ、何だか私が終始俯いて話しているように見えるでしょうが、これでも時々意識して客席の方に視線を向けていたのですよ。ただし、最前列に旧知の花田惠子さん(9条ネットわかやま共同代表)が座っておられたので、つい花田さんの反応が気になり、そちらの方に視線を向けることが多かったので、俯いているように見えたのでしょう。やはり、もっと後ろの座席に座っている聴衆に視線を向ける癖をつけないとだめですね。
 
 それでは、以下、小谷さん撮影による動画と講演会のために用意したレジュメをご紹介します。ご活用いただければ幸いです。
 なお、レジュメ末尾でも触れましたが、今回の講演用レジュメは、去る10月6日に「憲法九条を守るわかやま県民の会」主催の憲法学習会でお話した「自民党の憲法改正草案批判~「緊急事態条項」を中心に」のためのレジュメを基に、必要な増補・改訂を施したものであることをお断りします。
 
【講演動画】
金原徹雄 参院選後の改憲の動きと私たちの課題20161022 (1時間46分)
 
 
 

2016年10月22日(土) 和歌山市 中央コミュニティセンター
主催:憲法を生かす会 和歌山
 
         参院選後の改憲の動きと私たちの課題
                                
                                                            弁護士 金 原 徹 雄
                             
【本日のお話の構成】
1 はじめに~あるシミュレーション
2 自民党日本国憲法改正草案」の位置付け
3 改憲に向けた動き(1)~参院選後の主として国会内での状況
4 改憲に向けた動き(2)~主として国会外での状況
5 自民党日本国憲法改正草案」の問題点(「緊急事態条項」以外)
(1)改憲派の目指す改憲条項
(2)立憲主義との決定的対立
(3)「個人」が消えた自民党改憲
(4)復古主義の衣をまとった「新自由主義」至上憲法
(5)平和主義の放棄
6 緊急事態条項は不要であるばかりか有害で危険
(1)どのような規定を設けようとしているのか
(2)大日本帝国憲法ではどうだったか
(3)日本国憲法に「緊急事態条項」がないのは何故か
(4)改憲派のデマに対抗するために
(5)世界中の憲法に「緊急事態条項」があるというけれど~「緊急事態条項」は戦争をするためのもの
7 終わりに 私たちの課題~「学習」と「運動」を両輪として
 
 
1 はじめに~あるシミュレーション
(1)201X年〇月△日、自民党公明党の与党に加え、日本維新の会、日本のこころ他無所属の一部も加わり、衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成を得て、初めて日本国憲法改正案を国会が発議した。
※参考
 衆議院(平成28年10月13日現在の議席数475)の内
  自由民主党無所属の会 290
  公明党 35
  日本維新の会 15
   3党計 340(71.5%)
 参議院(平成28年10月18日現在の議席数242)の内
  自由民主党 123
  公明党 25
  日本維新の会 12
  日本のこころ 3
   4党計 163(67.3%)
 「日本国憲法の改正手続に関する法律」第2条に基づき、国会は、発議の日から起算して90日後にあたる同年●月▲日を国民投票の期日と定めた(期日は発議の日から「起算して六十日以後百八十日以内」で国会が定める)。
 
(2)国民投票の対象となる憲法改正案は、「第八章 地方自治」の次に「第九章 緊急事態」として、次の二箇条を挿入するというものであった。
    
第九章 緊急事態
(緊急事態の宣言)
第98条
 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第99条
 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
 
(3)自民党公明党日本維新の会などの政党は言うに及ばず、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に結集した日本会議神社本庁日本青年会議所などが総力を挙げて、憲法改正案への賛成投票を呼びかける「国民投票運動」を行ったことは言うまでもない。
 神社本庁傘下の全国の神社の境内には、「憲法改正国民投票で賛成票を投じよう」「緊急事態条項は国民を守る!」などというスローガンを掲げた幟がはためき、電車やバスの中吊り広告でも、同じような意見広告を頻繁に目にするようになった。
 国民投票運動は、選挙運動とは異なり、活動主体に制限はなく、また運動の方法についての制限もほとんどない。罰則規定はあるが、通常の国民にとっては、「買収以外は何でもあり」と言っても過言ではない。経済的格差による実質的不平等に配慮した規定はなく、「国民投票運動の自由」が最大限に保障されている。
 唯一、規制らしい規制といえば、「国民投票の期日前十四日に当たる日から国民投票の期日までの間においては」「放送事業者の放送設備を使用して、国民投票運動のための広告放送をし、又はさせることができない。」というスポットCM禁止規定(国民投票法第105条)がある程度であり、それも、間際の14日間だけの放送広告に限った規制であり、それ以前のテレビCMは自由、新聞広告に至っては、国民投票期日の当日までいくらでも広告を打てることになっている。
 「国民投票運動の自由」が保障されている結果として、例えば、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が集めた1000万人署名の署名用紙に記載された電話番号宛に(この署名用紙には、氏名・住所だけではなく、電話番号も記載する書式になっている)、「来る●月▲日の国民投票には、是非とも賛成票を投じてください」という電話が組織的にかかってくることになる(もちろん、ハガキも届く)。実際、この署名用紙の末尾には「「ご賛同者」の皆様には、国民投票の際、賛成投票へのご賛同の呼びかけをさせていただくことがあります」という利用目的についての注記があり(しかも「どこから」電話があるとは書いていない)、個人情報保護法上の要件をクリアしている。
 さらに、自民党公明党日本維新の会などの議員(地方議員を含む)には、後援会組織を利用して、末端まで「改憲賛成票」を投じるように浸透させることが党本部から指示される。
 また、企業、団体、組織などを利用した締め付けにより、「賛成票」の調達が推進される。
 
(4)201X年●月▲日、史上初の憲法改正国民投票が行われた。投票日当日の全国紙朝刊各紙に、自民党公明党日本維新の会などの政党だけではなく、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などの民間団体も、「改憲案に賛成を!」という意見広告を盛大に掲載する中で。
 さて、その結果は?
 
(5)悪夢のような(?)シミュレーションについて若干の補足説明を。
 自民党の「日本国憲法改正草案」第98条、第99条という現在の緊急事態条項のままで公明党日本維新の会が賛成するのか?いくら何でもこのままということはないだろう、というようなことはもちろんあります。その辺のすり合わせは当然ながら、行われるでしょう。
 それから、衆参両院で改憲勢力が2/3を超えたのは事実ですが、それでもまだしも参議院の方がきわどい2/3であることは事実です。
 けれども、こと「国民投票運動」に関しては、私の「シミュレーション」はほぼ外れないだろうという自信(?)があります。これまでの、日本会議神社本庁日本青年会議所などの改憲に向けた動きを跡づけてくれば、そして、国民投票法の諸規定を通読すれば、こうとしかなりようがないと思うからです。
 
 
2 自民党日本国憲法改正草案」の位置付け
(1)冒頭、頭が痛くなるような憲法改正国民投票のシミュレーションからお話を始めたのは、1つには、現在の憲法を取り巻く諸状況が、参院選の結果一変したという認識を持つ必要があるということなのですが、もう1つの理由としては、今日の学習会のテーマである自民党日本国憲法改正草案」が、具体的な改憲案を発議するための「たたき台」というか「商品見本」というか、そのような具体的役割をようやく担う時期が到来したということに注意を喚起したかったということがあります。
 国会法第68条の3は「憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。」と定めていますから、もともと、同草案全体を国民投票にかける(事実上の「全部改正」)ことは法律上出来ないことになっています。
 従って、具体的な「見本」の中から、様々な政治的事情を勘案し、改憲勢力内での調整が可能で、国民投票での過半数も確実に得られる見込みのある条項を絞り込む、ということになるはずなのです。
 その第一弾が、巷間伝えられるところによれば、緊急事態条項であるというのが驚きます。少しでも法学の素養がある者が自民党案を読めば、「これはないだろう!」と思うはずなのですが。
 
(2)ここでは、改憲の「ショーウインドウ」としての自民党日本国憲法改正草案」の性格を浮き彫りにするため、先にご紹介した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」による1000万人署名の署名用紙の冒頭に書かれた「改憲目標」と、それに対応する自民党改憲案の条項を(括弧内に)示しておきます(もちろん、この署名用紙自体、自民党改憲案を十二分に意識して作成されています)。
①前文には、美しい伝統・文化を盛り込み、世界平和に貢献する日本の使命を明記しましょう。(前文)
②第1章には、天皇陛下が日本国を代表する元首であることを明記しましょう。(第1条)
③9条は、1項の平和主義は堅持し、2項では自衛隊憲法上の規定を明記しましょう。(第9条、第9条の2)
④地球的規模の環境破壊が進む中、自然との共存や環境保全の規定を新設しましょう(第25条の2)
⑤国家や社会の基礎となる家族保護の規定を新しく盛り込みましょう。(第24条1項)
⑥国民を大規模災害などから守る緊急事態対処のための規定を新設しましょう(第98条、第99条)
憲法改正への国民参加を促すため、96条の憲法改正要件を緩和しましょう。(第100条)



3 改憲に向けた動き(1)~参院選後の主として国会内での状況
(1)憲法改正について審議するのは、両院に設置された憲法審査会ですが、9月26日に召集された第192回国会では、両院ともまだ実質的な審議は始まっていません。
 衆議院憲法審査会は、召集日に人事案件だけを審議するために開催され、保岡興治会長(自民)の辞任を受けて、森英介議員(自民)が会長に互選され、会長の指名に基づき、武正公一議員(民進)が会長代理に就任しました。
 また、参議院憲法審査会(柳本卓治会長=自民)は、10月11日に第1回会議を開催し、幹事の選任及び補欠選任が行われました。

(2)参院選の前後から、改憲に向けた政府・自民党の動きには紆余曲折がありましたが、とりあえずの方向性については、10月18日に開催された自民党憲法改正推進本部全体会合において、保岡興治本部長が示した「本部長方針」の線で進められる見通しとなりました。
 上記動きを受けて、10月19日の各紙が一斉に報じた記事の中から、東京新聞の報道(自民、改憲草案を封印 憲法審で合意可能項目を模索へ)を引用します。
自民党憲法改正推進本部の保岡興治本部長は十八日に開かれた参院選後初の全体会合で、二〇一二年に策定した党改憲草案について衆参の憲法審査会に「そのまま提案することは考えていない」とする「本部長方針」を示した。民進党などの野党から「国民の権利を軽んじている内容だ」などと指摘されている草案を事実上封印し、憲法審査会での議論再開を促す狙いがある。
(略)
 安倍晋三首相(自民党総裁)は党改憲草案の扱いに関し、六月の参院選テレビ討論で「われわれは既に案を示している。これを憲法審査会で議論していただきたい」と強調。参院選の結果、改憲勢力が衆参で改憲発議に必要な三分の二を占め、首相は自民党改憲草案をベースにした改憲議論の加速に期待を示していた。
 しかし、自民党が野党時代にまとめた改憲草案は現憲法の九条二項を削除し、「国防軍」の創設を明記。基本的人権を位置付けた九七条を削除するなど「平和主義や人権を損なう」との批判が強い。
 民進党野田佳彦幹事長は憲法審査会での議論にあたり、自民党改憲草案の撤回を要求。審査会での議論開始の障害となっていた。保岡氏としては、憲法審査会での議論を進めるには、首相の一連の発言を修正するのもやむを得ないと判断したとみられる。
 実際、衆院憲法審査会の与党筆頭幹事の中谷元・前防衛相(自民)と野党筆頭幹事の武正公一元財務副大臣(民進)は十八日に国会内で会談。幹事懇談会を二十日に開き、早ければ二十七日にも審査会を開催して実質審議を再開することで合意した。
 自民党は今後、九条や人権関連の条項など、野党の反発が予想される課題は避け、野党も議論しやすい課題を憲法審査会の議題として提案するとみられる。たとえば、大震災などの非常時に国会議員などの任期を例外的に延長する緊急事態条項や、参院選の「合区」解消のため参院議員を都道府県から少なくとも一人以上選出することを憲法上規定することなどが自民党内では検討されている。(後略)」 
 

4 改憲に向けた動き(2)~主として国会外での状況
(1)「1 はじめに~あるシミュレーション」でも述べたとおり、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が推進する「1000万賛同署名」は、今年の憲法記念日に開催された集会において、既に700万人を超える賛同署名を得たと公表しています。
 今年の正月、有名神社の境内に、憲法改正賛同署名を集める特設コーナーが設けられ、署名を呼びかける幟がはためいたことが大きな話題となりました。また、報道によれば、宮司から各地区の氏子総代に正月のお札を配る際、「各戸を回って集めてほしい」と署名用紙も一緒に配られたところもあったそうです。
 そして、前述のとおり、この「署名用紙」は、護憲派の署名用紙とは異なり、国会請願のことなど考えていません。何しろ、請願などしなくても、国会は改憲派が多数を押さえているのですから。
 この署名用紙のミソは、郵便番号と電話番号を書く書式になっていることです。「「ご賛同者」の皆様には、国民投票の際、賛成投票へのご賛同の呼びかけをさせていただくことがあります」と注記しているとおり、来たるべき憲法改正国民投票が発議されたあかつきには、賛同の「投票」をハガキや電話で働きかけるための基本名簿となるものです。そして、彼らの発表を信ずるとすれば、今年の憲法記念日の時点で、既に改憲派は、700万人分の名簿を確保したということになります。

(2)今年の5月28日、「ニュース和歌山」という全国紙に挟み込んで配布されるフリーペーパーに、「講演「憲法ってな~に?平和について考えよう!」「あす29日(日)午前10時半、JR和歌山駅前のJAビル1階。講師は熊本大学教授の高原朗子さん。無料。申し込み不要。憲法おしゃべりカフェ実行委(073・446・5611)。」という短い告知記事が掲載されていました。しかもそれは、「和歌山障害者・患者九条の会」主催の講演会の告知記事と並んで掲載されていました。
 普通、この告知を読んで、「憲法ってな~に?平和について考えよう!」という講演会が、改憲派の主催するものだと気がつく人はほとんどいないでしょうね。
 たまたま私には、「憲法おしゃべりカフェ」という名称を使って、日本会議などの改憲派によるイベントが全国的に展開されているという予備知識がありましたので、連絡先の電話番号をネット検索し、これが和歌山県神社庁の代表番号であることを確認した段階で裏が取れたと判断し、直ちに当日、「警戒!私の地元和歌山でも「憲法おしゃべりカフェ」が開かれる(講師:髙原朗子熊本大学教育学部教授)」という記事を書き、メルマガで配信するとともにブログに転載しました。
 すると、この記事を読んでくれた私のメルマガの読者が、翌日の「憲法ってな~に?平和について考えよう!」に参加し、その内容を私に教えてくれたのですが、これが非常に参考になりました。なお、この方は自主的にその集会に参加してくれたのであり、私が「秘密工作員」として送り込んだ訳ではありません。その参加者からいただいた報告を基に、「“改憲”啓発講演会のご紹介~和歌山市での一事例(2016/5/29)」という記事を書いていますので、是非後日ネットでお読みいただければと思います。

(3)今年の7月10日、参院選の投票日当日の新聞朝刊を開いた人は、安倍首相の顔をフューチャーし、「今日は、日本を前へ進める日。」「4年前のあの停滞した時代に、後戻りさせる訳にはいきません。これからも、さらにアベノミクスのエンジンをフル回転させることで、全国の皆さんに景気回復の実感をお届けします。さあ、日本を、力強く、前へ、進めていきましょう。」「この道を。力強く、前へ。」という4段広告を見て驚かれたのではないでしょうか?しかも、後日の報道によれば、読売、毎日には公明党の意見広告が掲載され、産経には幸福実現党の広告が載っていたそうです。
※詳細は私のブログ(投票日当日の自民党などによる新聞広告は憲法改正国民投票運動の前触れか?/2016年7月11日)をご参照ください。
 これが「選挙運動」であればもちろん公職選挙法違反ですが、「政治活動」なので違法ではないという建前で出稿されたものです(私は、少なくとも自民党の広告は違法だろうと思っていますが)。
 ところが、「1 はじめに~あるシミュレーション」で述べたとおり、あれだけ「選挙運動」についてはがんじがらめに規制しておきながら、「憲法改正国民投票運動」については、最大限の「自由」が保障されています。
 この点につき、国民投票法の解説書の1つ(南部義典著『Q&A解説・憲法改正国民投票法』(現代人文社)は、以下のように説明しています。

憲法改正案に対する意見広告の自由は、意見広告主の表現の自由の保障という観点からも、投票に臨む国民が幅広い情報と判断材料を得るという観点からも、最大限保障されるべきです。
 そもそも広告とは、テレビ・ラジオの放送広告、新聞広告、雑誌広告、インターネット広告、交通広告(電車内の中吊り、駅のホーム、バスのラッピングなど)、野外広告(サッカー場、野球場などの観客席に掲示されたもの)、ダイレクトメール、駅頭で配布するチラシなど、さまざまな媒体からなっています。
 国民投票法が規制対象としているのは、放送広告のみです。投票期日前の一定期間は、スポットCMが規制されます。」(
96頁)
 ということで、投票日14日前からのスポットCM規制(同法105条)以外は、「意見広告やり放題」なのだということを、私たちは重々意識にとどめておかねばなりません。
 私たちも意見広告を出すことはありますが、もっぱらカンパ頼みであり、出所不明の大口スポンサーなどありませんからね。
 これに対し、「彼ら」は、「放送法遵守を求める視聴者の会」などという団体名で、TBSニュース23のメインキャスターであった岸井成格氏の放送内での発言を批判する意見広告を読売新聞、産経新聞に掲載したりできるのですよね。あの広告費の出所って誰か知ってますか?
 

5 自民党日本国憲法改正草案」の問題点(「緊急事態条項」以外)
(1)改憲派の目指す改憲条項
 いかに演題が「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」とはいえ、「改憲案」のショーウインドウである自民党「日本国憲法改正草案」(2012年)について全く触れない訳にはいかないでしょうから、時間の許す限り、その問題点を指摘したいと思います。
 とはいえ、時間の制約もありますので、「改憲派」が最も重点的に「改憲」を主張している条項がなんであるかを見定めた上で、その点に焦点を絞って説明の時間を割きたいと思います。
 そこで、改憲派が何をメインの課題と考えているかということで、5月29日に和歌山駅前のJAビルで開かれた講演会で、産経新聞の購読申込書などと一緒に配られた豪華カラーパンフレット2種類の内容をご紹介しましょう。
 まず、〈憲法チラシ No.1〉「世界は変わった。日本の憲法は・・・」という「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が製作したB3版カラー表裏印刷の大型チラシは、「GHQ押し付け論」「主要国で憲法改正していないのは日本くらい」(この2つ合わせて他の項目の半分のスペース)、「9条改正の必要性」、「緊急事態条項」「家族保護規定」を強調しています。「9条」「緊急事態条項」「家族保護」が、日本会議神社本庁、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の3大改憲推進ポイントのようです。
 そして、もう1種類、「地震大国ニッポン!どう守る?国民の命と暮らし」(発行日=平成28年5月3日、編集=美しい日本の憲法つくる会事務局)というA3版カラー表裏印刷のチラシも配られていましたが、専ら自然災害の脅威を強調し、憲法に緊急事態条項が必要と訴えています。もちろん、「原発再稼働反対」などとは一言も言っていませんけどね。
 以上のうち、「9条」は政治争点化して大混乱することは目に見えており、「家族保護」は、右翼改憲派のお気に入り項目ではあっても、必ずしも他の政党の賛同を得られるかという疑問もあり、結局、「緊急事態条項」が残るということになるのかなと思います。
 ということで、「緊急事態条項」は別項に譲り、この項では、「緊急事態条項」以外の重要論点について、主に関連する条項や資料を紹介する形で簡単に触れることにします。
 
(2)立憲主義との決定的対立
①新設義務規定の多さ
3条2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
12条後文 国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
21条2項 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
24条1項後文 家族は、互いに助け合わなければならない。
25条の2 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるように
その保全に努めなければならない。
28条2項前文 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。
92条2項 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。
99条3項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
102条1項 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
 
憲法は誰が守るべきものか
現行憲法 第10章 最高法規

第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
 
自民党改憲案 第11章 最高法規
現行の第97条 → 全文削除
憲法の最高法規性等)
第101条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
憲法尊重擁護義務)
第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
 
1888年(明治21年)6月22日、枢密院における伊藤博文の発言
「そもそも、憲法を創設するの精神は、第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり。ゆえに、もし憲法において臣民の権利を列記せず、ただ責任のみを記載せば、憲法を設くるの必要なし」  
(原文は旧字・カタカナ・句読点なし)
 
1789年 フランス人権宣言(人及び市民の権利の宣言)16条
「権利の保障が確保されず、権力の分立が規定されないすべての社会は、憲法をもつものでない。」
岩波文庫「人権宣言集」の訳による)
 
(3)「個人」が消えた自民党改憲
現行憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党改憲案
第13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
 
自民党 日本国憲法改正草案Q&A(増補版)
Q14日本国憲法改正草案」では、国民の権利義務について、どのような方針で規定したのですか?
 国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。
 また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法 11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。
 
(4)復古主義の衣をまとった「新自由主義」至上憲法
自民党改憲案 前文 第4段落
 我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 
現行憲法
22条1項 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
自民党改憲案
22条1項 何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
 
樋口陽一小林節共著『「憲法改正」の真実』(集英社新書)での樋口陽一氏の発言

「「美しい国土」などについて謳う前文をもう一度、見てください。同じ前文のなかに、異様な規定があるでしょう。「活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」」
「つまり、自民党改正草案が憲法になると、いわゆる新自由主義が国是になってしまうのです。」
「うっかり制限をつけ忘れたわけではないのでしょう(金原注:22条の経済活動の自由から「公共の福祉」による制限を削除したこと)。用意周到に、前文で新自由主義を国是とする宣言を行い、経済的領域における基本権だけ自由を拡大しているのです。」
「効率重視、競争の拡大を進めて、無限の経済成長を目標に置けば、「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」、この全部は壊れてしまいます。片方で日本独特の価値を追及しつつ、他方国境の垣根を取り払い、ヒト・モノ・カネの自由自在な流通を図るグローバル化を推進するというのは、矛盾というほかありません。」
「論理的にはひどく矛盾していますね。けれども、実はこの二つは表裏一体なのかもしれません。つまり、「美しい国土」など復古調の美辞麗句は、競争によって破綻していく日本社会への癒しとして必要とされた、偽装の「復古」なのではないかと思うのです。」
 
(5)平和主義の放棄
現行憲法 前文 第2段落
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
自民党改憲案 前文 第2段落
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 
現行憲法 
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
自民党改憲案
(平和主義)
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
国防軍
第9条の2 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。
 この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
 

6 緊急事態条項は不要であるばかりか有害で危険
(1)どのような規定を設けようとしているのか
 自民党改憲案は、「第9章 緊急事態」という一章を設けようとしていますが、その条文自体(第98条、第99条)は、冒頭の「はじめに~あるシミュレーション」(2)をご参照ください。
 なお、先にご紹介したとおり、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が推進する「おしゃべり憲法カフェ」等のイベントで配布しているカラーパンフレット等で、とりわけ強調しているのが「緊急事態条項の新設」だということに注意が必要です。
 ちなみに、そのパンフレットを読むと、緊急事態条項がなかったから東日本大震災で多くの人が死亡(震災関連死)したというようなとんでもないデマが平然と語られています。
 
(2)大日本帝国憲法ではどうだったか
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第70条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得
2 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
 
第14条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第31条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ
 
 第8条が緊急勅令、第70条が緊急財政処分と言われるものです。緊急勅令の例としては、1928年、治安維持法における「国体の変革」目的で結社を組織した者等を死刑を含む厳罰とする「改正」行ったことなどが有名です。
 ちなみに、この緊急勅令は「帝国議会閉会ノ場合ニ於テ」、緊急財政処分は「帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキ」に限定した権限であったことは注意してください。自民党改憲案第98条、第99条は、国会が「閉会中」とも何とも書いてありませんから、開会中であっても、緊急事態宣言を発して緊急政令制定等の権限を行使できるということになりますし(草案第98条2項は、緊急事態宣言についての国会の承認は「事前」でも良いとしており、明らかに国会開会中における緊急事態宣言を想定しています)、司法的統制についての配慮なども全然うかがえません。
 
(3)日本国憲法に「緊急事態条項」がないのは何故か
 日本国憲法には、参議院の緊急集会(第54条2項、3項)以外には、戦前の緊急勅令や緊急財政処分などに対応する「緊急事態条項」が設けられていません。その理由について、1946年、憲法改正が審議された第90回帝国議会(制憲議会)において、憲法担当の金森徳治郎国務大臣が明確に答弁しています。
 
「緊急勅令及ビ財政上ノ緊急処分ハ、行政当局者ニ取リマシテハ実ニ調法ナモノデアリマス、併シナガラ調法ト云フ裏面ニ於キマシテハ、国民ノ意思ヲ或ル期間有力ニ無視シ得ル制度デアルト云フコトガ言ヘルノデアリマス、ダカラ便利ヲ尊ブカ或ハ民主政治ノ根本ノ原則ヲ尊重スルカ、斯ウ云フ分レ目ニナルノデアリマス」
「併シナガラ民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス」
「随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」
 
 このような、制憲議会における政府の立場は、日本国憲法公布を期して刊行された『新憲法の解説』(1946年11月3日刊/法制局閲 内閣発行)でも、以下のように繰り返されています(現在は、岩波現代文庫『あたらしい憲法のはなし 他二編』(高見勝利編)に収録されています)。

 
(引用開始)
 明治憲法においては、緊急勅令、緊急財政処分、また、いわゆる非常大権制度等緊急の場合に処する途が広くひらけていたのである。これ等の制度は行政当局にとっては極めて便利に出来ており、それだけ、濫用され易く、議会及び国民の意思を無視して国政が行われる危険が多分にあった。すなわち、法律案として議会に提出すれば否決されると予想された場合に、緊急勅令として、政府の独断で事を運ぶような事例も、しばしば見受けられたのである。
 新憲法はあくまでも民主政治の本義に徹し、国会中心主義の建前から、臨時の必要が起れば必ずその都度国会の臨時会を召集し、又は参議院の緊急集会を求めて、立憲的に、万事を措置するの方針をとっているのである。・・・
(引用終わり)
 
 すなわち、現行憲法に旧憲法における緊急勅令や緊急財政処分などにあたる緊急事態条項が規定されていないのは、単なる「不備」というようなものではなく、明確な意図に基づき、「排除」されたのだということが明らかなのです。
 もともと、日本国憲法は、大日本帝国憲法73条1項「将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ」に基づき、第90回帝国議会に付議されたものですが、その付議自体、国務大臣の輔弼(55条1項)に基づくものであり、議会での答弁も政府の責任においてなされたのですから、以上の説明は、改憲案の提案者による趣旨説明であり、これを前提として成立した日本国憲法を解釈する上で、以上の見解は「立法者意思」という特別の重みが与えられるものであることを認識しなければなりません。
 
※さらに詳細については、私のブログ(金森徳次郎国務大臣答弁と『新憲法の解説』を読む~災害を理由とした緊急事態条項は不要!/2016年5月29日)をご参照ください。
 
(4)改憲派のデマに対抗するために
 「嘘も100回言えば本当になる」とナチス宣伝相のゲッペルスが語ったというのは「嘘」らしいのですが、しかし、デマであっても、何度でも繰り返せば、それを信じ込む人もいるでしょう。
 ということで、「緊急事態条項の新設」を推進するサイドが強調する「デマ」に対する分かりやすくて有効なカウンターを用意しておくことは重要です。
 その際、非常に参考になる文章として、マガジン9に小口幸人弁護士が寄稿した以下の論考をご紹介します。
 
~「憲法おしゃべりカフェ」で流布されている~「緊急事態条項」をめぐる「四つのデマ」を検証 
-検証1-「倒壊家屋に立ち入れない」は本当か
 →災害対策基本法71条
-検証2-「車両を移動させられない」は本当か
 →災害対策基本法64条、76条の6
-検証3-被災地のガソリン不足の原因は、首都圏の買いだめだったのか
 →全くの嘘
-検証4-震災関連死は、憲法を変えれば防げるのか
 →全く非論理的
 
 ここで、制憲議会における金森徳次郎国務大臣の答弁の一部を思い出してみましょう。参議院の緊急集会と並び、「同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」と答弁していましたが、まさにそれを実現した諸規定が、災害救助法や災害対策基本法にたくさんあります。いわば、法的レベルでの「緊急事態条項」です。とりわけ、伊勢湾台風を機に制定された災害対策基本法の「第五章 災害応急対策」、特に「第四節 応急措置等」を参照してください。
 
※なお、小口幸人弁護士による以下の論考も非常に参考となります。
マガジン9 2016年7月20日up
「お試し改憲」ではすまされない!?危険で不必要な「国会議員の任期延長」

 
(5)世界中の憲法に「緊急事態条項」があるというけれど~「緊急事態条項」は戦争をするためのもの
 「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、「どう守る?国民の命と暮らし」というA3両面カラー印刷の豪華パンフレット(緊急事態条項に特化したもの)を作っていますが、「緊急事態条項は世界の常識!」というコーナーを設けています。そもそも、そこでいう各国の「緊急事態条項」の具体的中身の分析などは当然なされていない、というようなことはもちろんあるのですが、ここでは、このような主張に対する1つの応答例をご紹介したいと思います。
 2016年4月30日、日本弁護士連合会主催のシンポジウムでの石川健治東京大学教授(憲法学)の発言です。
 
「『海外では(憲法に緊急事態条項があるのが)普通である』ということですが、確かに、緊急事態条項を持っている国は多いということがあります。何故そうなのかというと、その国は『戦争する』からなんですね。簡単にいえば、戦争をする準備である。我々は少なくとも『戦争を絶対しない』という憲法を持っているということですから、結局、根本問題はどこかということです。逆にいえば、根本問題を先送りして、緊急事態条項だけを作るということには意味がないということです。」
 
 大規模災害に対する備えとしては、事情を把握している現場に権限を下ろして迅速な対応を行うこと、日ごろから災害を想定して十分な準備をしておくことこそが求められており、内閣に「独裁権」を与える必要など全くないばかりか、有害無益です。
 自民党改憲案も、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」としており、大規模災害は、国民投票での賛同を得るための「エサ」としか考えられません。
 実態は、石川健治東大教授が言うとおり、戦争をするための前提として、この「緊急事態条項」が必要なのだということを広く国民に知らせることが必要です。
 

7 終わりに 私たちの課題~「学習」と「運動」を両輪として
(1)憲法を取り巻く様々な危機の具体的内容をしっかりと見定める必要があります。そのためにも「学習」を怠らないようにしなければなりません。とりわけ、自民党日本国憲法改正草案」については、集中的に理解を進める必要があります。
 「3 改憲に向けた動き(1)~参院選後の主として国会内での状況」(2)でご紹介したとおり、自民党は、改憲草案を衆参の憲法審査会に「そのまま提案することは考えていない」(国会法の規定から考えて当たり前ですけど)でしょうが、彼らが、どのような立場からどのように改憲を進めたいかを端的に表明した自民党日本国憲法改正草案」は、私たちにとって、逆説めきますが、非常に重要な文書であり、まだまだ見過ごして良いような段階ではありません。
 そのような認識の下、私は、これまでの常識を越えた「学習会の波」を起こし続ける必要があると考えています。これまでよりも、呼びかける範囲を少しずつでも広げながら、学習会を継続的に実施する企画力こそが求められています。
(2)私たちの主張を対外的なアピールを強めるためには、様々な形態を模索しながら、粘り強い「運動」を進める必要があります。安保法制の違憲性を司法に問う訴訟もその一環として取組が出来ればと考えて検討中です。
(3)以上の「学習」と「運動」は車の両輪です。「学習」をともなわない「運動」は方向性を見失い、「運動」をともなわない「学習」は空虚なものにならざるを得ません。(4)学んだ者は、1人1人が改憲阻止のための「伝道師」としての役割を果たす自覚を持ち、まずは家族、親戚、さらに自らの周囲への働きかけを心掛けましょう。憲法に関心の薄かった者を1人でも説得できれば、立派な「護憲の伝道師」です。
(5)「伝道」の方法は、1人1人が最も得意とするところで力を発揮すべきです。対面による話し合いが効果的だとは思いますが、それが不得手な人は手紙やメールでもよいでしょう。
 食わず嫌いでソーシャルメディアを敬遠するのではなく、TwitterFacebookにも果敢に挑戦してください。ただし、あまりのめり込み過ぎても問題ですが。
(6)現実の情勢は冷静に分析しなければなりませんが、とはいえ、いかに情勢が厳しくとも、絶対に諦めないように、みんなが仲間を鼓舞するという意識を常に持つことが必要です。「評論家」になって、上から目線で仲間を批判したりするのは最悪です。
(7)ともに頑張りましょう。
 
 

(付記1)
 このレジュメは、去る2016年10月6日に開催された「憲法九条を守るわかやま県民の会」主催の憲法学習会のために用意したレジュメ「自民党の憲法改正草案批判~「緊急事態条項」を中心に」を基に、必要な増補・改訂を施したものです。
 
(付記2)
 10月6日用のレジュメを書いている途中で偶然見つけたブログです。愛知県名古屋市の由緒ある神社「清洲山王宮 日吉神社」の宮司三輪隆裕さんが書かれているもので、どの投稿も立派な見識に裏打ちされており、読み応えがあります。
清洲山王宮 日吉神社 宮司のブログ
 中でも、以下の記事などは是非一読していただければと思います。
憲法改正運動の危険性 2016年7月2日
神社本庁の取るべき道 2016年7月28日
 
(付記3)
 憲法問題や原発問題について発信する「メルマガ金原」を転載するブログ「弁護士・金原徹雄のブログ」を「お気に入り」「ブックマーク」に登録し、お読みいただければ幸いです。