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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

WEB第三文明で集団的自衛権を考える さて“その後”は?

 

 今晩(2014年6月29日)配信した「メルマガ金原No.1772」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
WEB第三文明で集団的自衛権を考える さて“その後”は?
 
 「第三文明」という言葉を聞いて、その意味するところが即座に理解できる人の大半は多分創価学会の会員なのでしょうね。
 私にしてからが、書店の雑誌コーナーで、「世界」や「中央公論」や「正論」などと並んで「第三文明」という月刊誌が置かれており、どうやら創価学会系の出版社が出している雑誌らしいという程度の知識はあったものの、実際に購入したこともなければ、「第三文明」の意味を調べてみたこともありませんでした。
 その私が「WEB第三文明」というサイトを訪ね、「第三文明」という概念を説明する文章に出会ったのも、「集団的自衛権騒動」のお陰なのですが。
 
WEB第三文明より 題号「第三文明」の意義
(引用開始)
 戦争と革命の世紀といわれた20世紀は、人間が最も軽視された時代でした。行き過ぎた済至上主義のもと環境は破壊され、人心は荒廃。また東西冷戦のイデオロギー対立によって、世界は分断されました。
 こうした現代文明の不幸な行き詰まりを打破し、乗り越えるために提唱されたのが「第三文
明」です。唯心思想にも唯物哲学にも偏らず、仏法の生命哲学を基調に、どこまでも人間を
大切にし、生命を尊重する文明のことをいいます。
                                 株式会社 第三文明社
(引用終わり)
 
 正直言ってよく分かりませんが、まあそれはさておき、WEB第三文明には、月刊誌「第三文明」に掲載された過去の論考の中から選りすぐりの「好評記事」が、掲載誌が次の号と入れ替わって書店の店頭から消えた後にアップされるようです。
 実は、月刊「第三文明」の2014年6月号では、「集団的自衛権を考える」という特集が組まれており、その内の以下の4本の論考が6月中旬から下旬にかけて、順次WEB第三文明にアップされていました。なかなか読み応えのある特集なので、ご紹介することとします。
 なお、同誌5月号に掲載された阪田雅裕さんのインタビュー記事も併せてご紹介することとします。
 
憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認の暴挙を防ぐ
内閣法制局長官 阪田雅裕 (月刊「第三文明」5月号掲載)
(抜粋引用開始)
 集団的自衛権という言葉は、よく耳にするものですが、その本質は、あまり認識されていないのではないでしょうか。自分の国が直接に攻撃を受けていないのに外国同士の戦争に参加するものであること、そしてどの国であっても、この集団的自衛権を行使する場合以外には勝手に海外での戦争に加わることが許されないということを、ぜひご理解いただきたいと思います。
(略)
 もし、日本も集団的自衛権の行使ができるようになれば、アメリカなどと同じように外国でも戦争をすることができることになります。しかし、現在の憲法の下で日本も「普通の国のように戦争ができる」と多くの国民が考えているでしょうか。中学校の公民の教科書などにも日本国憲法の基本理念の1つとして「平和主義」が記されていますし、憲法はわざわざ1章を設けて「戦争の放棄」を掲げているのです。そしてこの憲法9条をどのように読んだとしても、自衛隊普通の国の軍隊と同じで、集団的自衛権の行使もできるのだと解釈することはできません。
(略)
 平和を掲げて活動されてきた創価学会の皆さん、平和と福祉を党是とする公明党の方々には、事柄の重さを十分に理解され、立憲主義を守る中心的な力になっていただけるものと確信しています。
(引用終わり)
 
日本ができる国際貢献のあり方とは
東京外国語大学教授 伊勢﨑賢治 (月刊「第三文明」6月号掲載)
(抜粋引用開始)
 日本で憲法9条がなくなろうと、集団的自衛権行使が容認されようと、国際情勢には影響はないでしょう。それほど日本の存在感はなくなっているのです。
 日本では集団的自衛権の問題は、中国の脅威とともに語られることが多いようですが、日
中の全面戦争なんて空想の域を出ない話です。中国のような超大国を相手に、いったいどうやって日本が全面戦争するというのでしょう。アメリカも中国も核保有国ですから、日本を守るためにアメリカが核を撃ち合うなんて考えられません。最悪、かつての冷戦時のアフガニスタンや、現在のクリミア半島のように日本がなってしまうことが考えられますが、アフガニスタンイラクでの対テロ戦で消耗しきっているアメリカが、日本のために通常戦を戦うなんて期待するほうがおかしい。
(略)
 国際外交には、2国間に問題が発生しているとき、第3国が仲介して平和解決を模索する方法があります。「オスロ合意」などで有名なノルウェーがいちばんいい例です。
 日本も率先して国際紛争の仲介者になるべきですが、それには相手を知る高度なインテリ
ジェンス能力が必要です。周知のようにわが外務省のそれは無に等しいレベルですから、人材
を育成するところから始めなければなりません。
 政府主導の平和外交能力の取得を待つ間、民間の財団や宗教団体に平和外交をまかせ
ることもできます。その意味で創価学会は中国との関係も歴史的に良好ですし、世界中にネットワークを持っていますから、幅広い層を巻きこんでどんどん平和外交を展開してほしいと思い
ます。
 安倍政権集団的自衛権に関する幼稚な議論に乗る前に、やるべきことはたくさんあります。
日本ならではの平和的な国際貢献をすべきです。
(引用終わり)
 
立憲主義の立場から集団的自衛権行使は絶対に認められない
伊藤塾塾長/弁護士 伊藤 真 (月刊「第三世界」6月号掲載)
(抜粋引用開始)
 メディアの報道につられて、憲法改正には2種類があり、明文改憲(正規の手続きによる改正)と解釈改憲があると誤解されている方がいます。憲法を変える手続きは、憲法に定められている以外はあり得ません。「解釈改憲」は明確な憲法違反です。
 ただ、憲法に許されている範囲内での解釈の変更は、これまでもなされてきました。つまり、解
釈の変更ではなく、実態が大きく変わったことを踏まえての「あてはめ」の変更です。しかし、許されないことまで解釈を変えて認めることは、なされていませんし、あってはならないことです。解釈の変更で憲法の許容範囲を超えたことまで認めることは絶対に許されません。政府もこれまでそう言ってきたのです。
(略)
 もちろん、民主主義に基づく政治は大切です。ただ、同時に、民主主義も完璧ではありませんし、人間とは不完全な生き物です。それゆえに、民主主義の名のもとでの権力の暴走にも、憲法は一定の歯止めをかけることを意図している点が非常に重要なのです。これが立憲民主主義です。
 比喩的に車にたとえれば、民主主義は車のアクセルであり民意を反映して政治を進めます。
立憲主義は冷静に立ち止まって考えるブレーキの役割を果たします。この両方があって、はじめ
て車は安全に運行が可能となります。
 これまで国民は、あまり立憲主義を意識してはこなかったのですが、それは、ブレーキ役を果た
してくれる政治家が、それなりに存在していたからです。自民党の中にもリベラル派といわれる戦争体験のある政治家が、平和は大切である、日本国憲法9条を守るのだ、という保守本流
流れがありました。野党もそれなりの力を有し、ブレーキ役を果たしていました。
 今は、政治家にブレーキ役を果たすことは期待できない状態ではないでしょうか。だからこそ、
市民が立憲主義を学び、市民の力で歯止めをかけていく必要があります。
(略)
 この誤った動きを止められるのは公明党しかないと思っています。
 与党のなかでの公明党の存在意義は大きく、譲れない一線を守ってもらいたいと願っていま
す。公明党の原動力は、市民のみなさん、創価学会の方々の平和への思い、今までも日本
憲法を大切にしてきたことです。政治家のみなさんの力は、その背後にいる市民の思いです。
 たとえ限定的なものでも集団的自衛権を認めてしまっては、この国のかたちが変わってしまい
ます。「平和憲法を掲げる日本」と胸を張れなくなります。今回だけは、公明党が平和を守る党
として、この暴挙をくい止めていただきたいと思います。
(引用終わり)
 
日本は憲法9条の考えを世界に輸出していくべき
国際交流NGOピースボート共同代表 川崎 哲 (月刊「第三世界」6月号掲載)
(抜粋引用開始)
 今世界は、戦争放棄を謳った憲法9条に注目し始めています。
 世界最大の軍事国家アメリカですら、アメリカと比較すれば小さな国家であるイラクさえ制圧
できずに、結局泥沼化させてしまいました。また、2001年の9・11では、少数のテロリストによってパールハーバー以来の国家的惨事が引き起こされたのです。1万発近くの核兵器を持
ち、核による抑止力を謳ってきたアメリカは、このようなテロを抑止できませんでした。
 もはやこれからの世界は軍事力によっては問題解決できないのではないかということを、アメリ
カ自身が学び始めています。世界最大の軍事力を持つアメリカですら、軍事力による安全保障の限界を認め、ソフトパワーによる安全保障を導入し始めているのです。
(略)
 たとえば、日本と中国と韓国など、領土に関する係争を抱えている地域では、その周辺での軍事演習を禁止したり、非武装地帯化するという方法があります。あるいは、民間レベルでは近隣の漁業組合が話し合いの場をもって周辺海域の管理や線引きのルールをつくることができます。
 このように平和共存のための知恵や技術を政府レベルだけでなく民間レベルでも考えていくこ
とが大切です。
 憲法9条の理念を生かすということは、紛争を予防する力を身につけるということです。それが
本当の外交能力だと思います。
(略)
 今、安倍政権の軍事一辺倒の流れに実際にストップをかけられる政党は公明党だけです。平和・福祉・人権を掲げる党として、がんばってほしい。そうすれば、与党の中にも平和と人権を旗頭としてやっている人たちがいるんだ、ということを多くの国民が、そして世界が理解するはずです。
 私は海外の識者から「安倍政権の暴走に歯止めをかける政治主体はないのか」とよく聞か
れますが、そのときに私は「与党の中には公明党という党があります。平和を重視している政党
なので、これがどう動くかで安倍政権の動きも変わっていきます」と答えています。
(引用終わり)
 
民主主義を破壊する解釈改憲は阻止すべき
北海道大学大学院法学研究科准教授 中島岳志 (月刊第三世界」6月号掲載)
(抜粋引用開始)
 民主主義暴走のストッパーを外すような人事は危険だからこそ、歴代内閣法制局長官は次々と実名で解釈改憲への動きを批判しています(WEB第三文明:元内閣法制局長官・阪田雅裕氏のインタビュー)。彼らは、「これはいちばんやってはいけないことだ」とわかっているわけです。長い時間をかけて積み重ねてきた経験、慣習、良識を、保守を自称する安倍首相が崩壊させようとしているのです。彼は保守でも何でもない。極端な革新主義者です。中国共産党のようになりたがっているとしか思えません。もしくは日本を北朝鮮のようにしたいのか、と。
(略)
 むしろアメリカは、日本の前のめりな姿勢に待ったをかけたいと考えています。なぜなら、日本と中国が衝突すればアメリカまで紛争に巻きこまれてしまうからです。日本の側について中国とぶつかれば、アメリカは計り知れない国益を毀損します。仮に日中の尖閣をめぐる部分的な武力衝突が起きたとしても、米軍は日本の側に立った軍事介入はしないでしょう。となると、その時点で日米安保条約は見直しを迫られ、「在日米軍基地なんて必要ない」と世論が沸騰します。
 日本は短期的には日米同盟を良好に保ちつつ、中長期的にはアジアとの関係を強化していく
べきです。日米安保条約という枠組みを取り払ったあとの「ポスト・アメリカ」の時代を見据え、ア
ジア全体で集団安全保障を構築していかなければなりません。
(略)
 現在は、日本がアメリカとともに集団的自衛権を行使するメリットなどまったくありませんし、解改憲を可能にした瞬間、戦後培ってきた民主主義が音を立てて崩れてしまうのです。そんなことになってしまえば、自民党の連立パートナーである公明党の責任も厳しく問われることになります。
 かつての自民党には宏池会などの穏健派が一定数いましたが、今は一切主導権を持ってい
ません。安倍自民党公明党とは方向性が真逆です。特に解釈改憲集団的自衛権の問題は、党是からみても公明党の存在理由に関わる問題です。ここで一線を越えるようなことがあってはなりません。公明党にとって本当に正念場だと思います。
(引用終わり)
 
 6月号に掲載されたこれらの特集記事(阪田さんのインタビューを除く)は、雑誌発売日との関係から、当然、安倍首相による「5.15クーデター宣言」前に書かれたものではありますが、既に「限定容認論」は、北岡伸一安保法制懇座長代理らによって流布されていたという状況下に書かれたものでしょう。
 これらの論者・論考を特集する月刊「第三世界」編集部の見識を評価するのにやぶさかではありませんが(「公明党創価学会の「変節」の隠れ蓑に過ぎない」というような意地の悪い見方はとりません)、問題は「閣議決定」後に、編集部の方針自体が「変節」することはないか?ということです。
 
 WEB第三世界に掲載された記事を読んでいて、気になる文章に出会いました。
 それは、青山樹人氏というライターのコラム記事で、6月に刊行されたばかりの『公明党の深層』(大下英治著/イースト・プレス)という本についての書評でした。
 そこには以下のような文章が書かれていました。
 
【コラム】結党50年。綿密な取材が描き出す、その素顔――書評『公明党の深層』
ライター 青山樹人
(抜粋引用開始)
 公明党自民党と連立を組んでいることには、世論の一部はもちろん、支持者の中からもしばしば異論が噴出する。とりわけ、今般の集団的自衛権をめぐっては「連立離脱」という4文字をメディアは幾度も煽り立てた。
 だが、仮に公明党が連立を離脱すれば、「維新」や「みんな」といったナショナリズムの強い
政党勢力が自民党と連立することは目に見えている。他方で今の野党がそれに対抗できる勢力を結集できるとは誰も信じまい。近隣諸国との関係も含め、日本は一気に危険な方向へ雪崩れ落ちるだろう。公明党に〝オール・オア・ナッシング〟の態度を求める人々が一時の溜飲を下げて喝采を送ったとしても、国民の誰も幸福にはならない話だと筆者は思う。
(引用終わり)
 
 おそらくは、公明党の(場合によっては創価学会の)「変節」を擁護する究極の「論理」はこれなんでしょうね。見えすいた「詭弁」であることは、心ある公明党党員や創価学会会員の方々には説明するまでもないと思いますが。
 
 とりあえずの「破局」までのカウントダウンもあと「2日」。場合によっては1日前倒しで「明日」という可能性もあるんだろうか?
 その日をどういう風に迎えるのか?その事態に対してどう責任をとるの?
 これは公明党党員創価学会会員だけの問題でないことは明らかであり、私たち自身の問題なのです。
 もちろん、6月号で「集団的自衛権を考える」という特集を組んだ月刊「第三世界」編集部にも、実際に迎えた「その日」についての総括をする責任があることは当然であり、注目を続けていこうと思います。
 

(付録)
『Don't mind(どんまい)』 作詞作曲:ヒポポ大王 演奏:ヒポポフォークゲリラ
※何日か続けてこの曲を聴いていただければと思います。