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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

教育勅語に関する安倍晋三内閣の立場を再確認する~初鹿明博衆議院議員の質問主意書に対する答弁書を読んで

 今晩(2017年4月8日)配信した「メルマガ金原No.2776」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
教育勅語に関する安倍晋三内閣の立場を再確認する~初鹿明博衆議院議員質問主意書に対する答弁書を読んで

 明治23年10月30日に発布され、翌31日に官報に掲載された勅語、いわゆる教育勅語が、これほど耳目を集めることになるとは思いませんでした。きっかけはどの辺なのでしょうか。やはり「森友学園
問題」からでしょうかね。
 実際、最近、私がメルマガ(ブログ)で教育勅語に触れたのは、まず、3月19日に行われた「『森友
10万人デモ』安倍退陣に追い込もう! 緊急集会クライマックス」(国会正門前)における鈴木邦男さん(一水会最高顧問)によるスピーチを文字起こしした時でした(鈴木邦男さんの「愛国」スピーチ@3/19国会正門前~全編文字起こし/2017年3月25日)。
 
鈴木邦男氏スピーチ文字起こしから抜粋引用開始)

 だって、今、教育勅語、憶えてる人いないですよ。僕も知りません。(歴代の)天皇の名前も知りませ
ん。右翼でしたらみんな知ってると思うかもしれませんが、知らないです。というのは、10年、20年前くらいまではね、結構、右翼の人たちも、「我々は右翼なんだから、きちっと教育勅語を奉読しなくちゃ」と、そういう人もいました。だから、どんな集会に行っても、教育勅語奉読というのをやってました。でもそれはね、右翼の先輩である野村秋介さんが止めさせたんです。なぜ止めさせたかというと、これ義務で、俺たち愛国者だから、俺たちは右翼だから、やらなくちゃいけないんだということでやってる。そうすると、若い人が読むと、つっかえるんですね(笑)。難しいから、読めないんです。それで、「なんだこれは」と思って野村さんが言ったのは、「義務でやるなんて止めろ。心がこもってないんなら止めろ」と、そういうことで止めさせました。多分、僕なんかがそんなこと言ったら殺されるでしょうけど、野村さんだからね、全部止めたんです。
(略)
 で、教育勅語もそうですけど、子どもたちに教育勅語を暗唱させてどうするんですか。その子どもたち
がどうなったかを、きちんと誰かルポしてみたらいいんじゃないですかね(笑)。
(引用終わり)
 
 次に私がメルマガ(ブログ)で教育勅語を取り上げたのは、家庭教育支援法案(まだ国会上程されていないようですが)について考えた時で、この法案の直接的な根拠は2006年版・新教育基本法の第10条「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。/2 国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。」にあるのですが、その淵源を遡れば、どうしても教育勅語に行き着くということで、その全文を引用しました(「家庭教育支援法案」を考えるための基礎資料のご紹介~(付)「和歌山市家庭教育支援条例」を読む/2017年3月29日)。
 
(引用開始)
朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ德ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ敎育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ
皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施
シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其德ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ
明治二十三年十月三十日
御名御璽
(振り仮名付き)
朕(ちん)惟フニ(おもうに)我カ(わが)皇祖皇宗(こうそ こうそう)國ヲ(くにを)肇ムルコト(はじむること)宏遠ニ(こうえんに)德ヲ樹ツルコト(たつること)深厚ナリ(しんこうなり)我カ(わが)臣民(しんみん)克ク(よく)忠ニ(ちゅうに)克ク(よく)孝ニ(こうに)億兆(おくちょう)心ヲ一ニシテ(しんをいつにして)世世(よよ)厥ノ(その)美ヲ(びを)濟セルハ(なせるは)此レ(これ)我カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ敎育ノ淵源(えんげん)亦(また)實ニ(じつに)此ニ(ここに)存ス(ぞんす)爾(なんじ)臣民(しんみん)父母ニ孝ニ(ふぼに こうに)兄弟ニ友ニ(けいていに ゆうに)夫婦相和シ(ふうふ あいわし)朋友相信シ(ほうゆう あいしんじ)恭儉己レヲ持シ(きょうけん おのれをじし)博愛衆ニ及ホシ(はくあい しゅうにおよぼし)學ヲ修メ業ヲ習ヒ(がくをおさめ しゅうをならい)以テ智能ヲ啓發シ(もってちのうをけいはつし)德器ヲ成就シ(とっきをじょうじゅし)進テ公益ヲ廣メ(すすんでこうえきをひろめ)世務ヲ開キ(せむ/せいむ をひらき)常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ(つねにこっけんをじゅうし こくほうにしたがい)一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(いったんかんきゅうあれば ぎゆうこうにほうじ)以テ(もって)天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(てんじょうむがいのこううんをふよくすべし)是ノ如キハ(このごときは)獨リ(ひとり)朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス(ちんがちゅうりょうのしんみんたるのみならず)又(また)以テ(もって)爾(なんじ)祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ
足ラン(そせんのいふうをけんしょうするにたらん)
斯ノ(この)道ハ實ニ(じつに)我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ(いくんにして)子孫臣民ノ倶ニ(ともに)守スヘキ(じゅんしゅすべき)所(ところ)之ヲ古今ニ通シテ謬ラス(あやまらず)之ヲ中外ニ施シテ悖ラス(もとらず)朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ(けんけんふくよう して)咸(みな)其德ヲ(そのとく
を)一ニセンコトヲ庶幾フ(こいねがう)
明治二十三年十月三十日
御名御璽(ぎょめい ぎょじ)
(引用終わり)
 
 ただ、その後、高橋源一郎さんによる卓抜な現代語訳の存在を知り、それもご紹介すべきだったかなと思います。
 全文転載するのもいかがかと思うので(一種の文芸作品でもある?)、高橋さんのtwitterにリンクした上で(3月14日に8回に分けて投稿されています)、その一部のみ引用します。
 
高橋源一郎訳「教育勅語」①
高橋源一郎訳「教育勅語」②
高橋源一郎訳「教育勅語」③
高橋源一郎訳「教育勅語」④
高橋源一郎訳「教育勅語」⑤
「もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるようなことは絶対しちゃい
けません。よろしいですか。さて、その上で、いったん何かが起こったら、いや、はっきりいうと、戦争
が起こったりしたら、勇気を持ち、公のために奉仕してください」
(原文)常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ(以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ)
高橋源一郎訳「教育勅語」⑥
「というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。それが正義であり「人とし
ての正しい道」なんです。そのことは、きみたちが、ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだ
けでなく、きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんです」
(原文)以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ/是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先
ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン
高橋源一郎訳「教育勅語」⑦
高橋源一郎訳「教育勅語」⑧
高橋源一郎訳「教育勅語」あとがき
「とまあ、サクっと訳したので、若干間違いあるかもしれませんが、だいたい、いい線いってると思いま
す。自分で読み返して思ったんですが、これ、マジ引くよね……。」
 
 ここまでだけでもなかなか賑やかなことですが、事態を一層紛糾させたのは・・・というか、事態がどうなっているのかを白日の下に明らかにするきっかけとなったのが、民進党衆議院議員初鹿明博氏の質問主意書教育勅語の根本理念に関する質問主意書」に対し、3月31日、内閣によってなされた答弁の内容が明らかになったことによります。
 
朝日新聞デジタル 2017年3月31日 13:12 
教育勅語、教材で用いること否定せず 政府が答弁書

(引用開始)
 政府は31日、戦前・戦中の教育勅語を学校教育で使うことについて、「勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切である」としたうえで、「憲法教育基本法等に反しないような形で教材として用いることまでは否定されることではない」との答弁書閣議決定した。民進党の初鹿
明博衆院議員の質問主意書に答えた。
 勅語については、太平洋戦争後の1948年、衆参両院が排除・失効の確認を決議している。
 また、稲田朋美防衛相が国会答弁で「親孝行や友達を大切にするとか、そういう(勅語の)核の部分は今も大切なもの」と述べたことの是非について、答弁書は「政治家個人としての見解」とし、政府として
の見解を示さなかった。
(引用終わり)
 
 この後、週明けの4月3日以降、松野博一文部科学大臣菅義偉官房長官らが、この答弁書の線に沿った発言を繰り返しただけではなく、昨日(4月7日)の内閣委員会では、義家弘介文部科学副大臣が、さらに踏み込んだ発言を行いました(意図的なのか、ただのばかなのか、判断に迷いますが、おそらくは前者の可能性の方が高いような気がします)。
 
朝日新聞デジタル 2017年4月7日13時43分
朝礼での教育勅語の朗読「問題のない行為」 文科副大臣

(引用開始)
 義家弘介文部科学副大臣は7日の衆院内閣委員会で、幼稚園など教育現場の毎日の朝礼で子どもたちが教育勅語を朗読することについて、「教育基本法に反しない限りは問題のない行為であろうと思います」
と答弁した。
 民進党泉健太氏が、学校法人「森友学園」(大阪市)が運営する幼稚園の従来の教育方針に触れたう
えで、「朗読は問題のない行為か」とただした。
 泉氏が「『教育基本法に反しない限り』とは何か」と重ねて問うと、文科省の白間竜一郎審議官が「どういう教育を行うかは一義的にそれぞれの学校で創意工夫しながら考えることであり、問題があるかどう
かは法令等に照らし、所轄庁である都道府県が適切に判断される」と答えた。
 教育勅語をめぐっては、中曽根内閣だった1983年5月の参院決算委員会で、瀬戸山三男文部大臣(当時)が島根県の私立高校が学校行事で教育勅語を朗読していたことについて、「教育勅語を朗読しない
、学校教育において使わないことで今日まで(全国の学校に)指導してきた」と述べていた。(南彰)
(引用終わり)
 
 こうなったら、とにかく初鹿議員の質問主意書とそれに対して閣議決定を経て答弁された内閣の見解とをしっかり読み込むことがどうしても必要だと思います。
 今週始めに衆議院ホームページを確認したところでは、初鹿議員の質問主意書しか掲載されていなかったのですが、今日閲覧したところ、ようやく内閣答弁書も掲載されていました(もっとも、まだPDF版だけですが)。
 
 
 
 以下には、分かりやすくするため、初鹿議員の質問主意書の内容を紺色で全文転載した上で、各項目に対する内閣答弁書の内容を、各質問項目の直後に対応させて掲載します(茶色で表記)。
 
質問主意書及び答弁書から引用開始)
教育勅語の根本理念に関する質問主意書
 
 教育ニ関スル勅語(以下、教育勅語と言う)は終戦後、昭和二十三年六月十九日に、衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」が、参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」が決議され、国権の最高機関である国会によって、教育の指導原理性が否定されました。
 この事実を踏まえて、以下政府に質問します。
 
一 衆議院の排除決議において、教育勅語の根本理念が「主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる」として、この排除と指導原理的性格を認めないことが宣言されています。政府は教育勅語の根本理念が「主権在君」並びに「神話的国体観」に基づいているという決議の考えを現在も踏襲しているのでしょうか。
 
答弁書
一について
 お尋ねの「決議の考えを現在も踏襲している」の意味するところが必ずしも明らかではないが、御指摘
の「教育勅語等排除に関する決議」は、「教育勅語・・・その他の教育に関する諸詔勅・・・の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めない」ことを宣言したと承知しているが、教育に関する勅語については、昭和二十三年六月十九日の衆議院本会議において、森戸文部大臣(当時)が「教育勅語その他の詔勅に対しましては、教育上の指導原理たる性格を否定してきたのであります。このことは、新憲法の制定、それに基く教育基本法並びに学校教育法の制定によつて、法制上明確にされました」と答弁しているとおりであると考えている。
 
二 松野博一文部科学大臣は、記者会見において「憲法教育基本法に反しないように配慮して授業に活用するということは、これは一義的にはその学校の教育方針、教育内容に関するものでありますし、また、教師の皆さんに一定の裁量が認められる」と発言し、その後の国会質疑でも同様の答弁を繰り返しています。
 衆議院の決議を踏まえれば、教育勅語は「民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ」などの現在
でも守るべき徳目が記載されているとはいえ、根本理念が基本的人権を損ない、国際信義に疑点を残すものであり、教育勅語の本文をそのまま教育に用いることは憲法上認められないと考えますが、政府の見解を伺います。
 
答弁書
二について
 お尋ねのような行為が憲法に違反するか否かについては、個別具体的な状況に即して判断されるべきも
のであり、一概にお答えすることは困難である。
 
三 衆参の決議を徹底するために、教育勅語本文を学校教育で使用することを禁止すべきだと考えますが、政府の見解を伺います。
 
答弁書
三について
 お尋ねの「禁止」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、学校において、教育に関す
勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切であると考えているが、憲法教育基本法(平成十八年法律第百二十号)等に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではないと考えている。
 
四 教育勅語について、稲田朋美防衛大臣は「教育勅語の核である、例えば道徳、それから日本が道義国家を目指すべきであるという、その核について、私は変えておりません」「私は、その教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行ですとか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持をしている」「教育勅語に流れているところの核の部分、そこは取り戻すべきだというふうに考えております」と教育勅語に共感する答弁を行っています
 閣僚が教育勅語に共感、共鳴、賛意を示す事は、衆議院の排除決議で指摘した国際信義に疑点を残すこ
とに繋がると考えますが、政府の見解を伺います。
 
五 国際社会において信頼される道義国家であるためにも、国際社会に疑点を残す考えを表明している稲田朋美防衛大臣は罷免すべきだと考えますが、政府の見解を伺います。
 
 右質問する。
 
答弁書
四及び五について
 御指摘の答弁は、稲田防衛大臣が政治家個人としての見解を述べたものであると承知しており、当該答
弁に係るお尋ねについては、政府としてお答えする立場にない。
 稲田防衛大臣については、本年三月二十七日の参議院予算委員会において、安倍内閣総理大臣が「今後
ともしっかりと職責を全うしてもらいたい」と答弁しているところである。
(引用終わり)
 
 長々と引用してきましたが、明らかに従来の政府の立場を踏み越え(少なくとも中曽根内閣当時とは異なり)、教育現場での教育勅語の使用を許容するというメッセージを発しているということで、昨日の衆議院内閣委員会での義家弘介文部科学副大臣の答弁も、単なる戯れ言や口が滑ったという類いの発言ではなく、3月31日付答弁書の射程範囲内での答弁だったと理解すべきなのだろうと思います。
 いやあ、とんでもないことになっていますが、これを「とんでもない」と思う国民が多数派になるのは夢のまた夢なのでしょうか?
 
 最後に、初鹿博明議員の質問主意書に引用されている、衆参両院の決議をご紹介しておきます。
 
昭和23年6月19日 衆議院本会議
教育勅語等排除に関する決議

(引用開始)
 民主平和國家として世界史的建設途上にあるわが國の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となつている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜りたる勅諭その他の教育に関する諾詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如
く誤解されるのは、從來の行政上の措置が不十分であつたがためである。
 思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的國体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ國際信義に対して疑点を残すもととなる。よつて憲法第九十八條の本旨に從い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ち
にこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。
 右決議する。
(引用終わり)
 
第2回国会 昭和23年6月19日 参議院本会議 
教育勅語等の失効確認に関する決議

(引用開始)
 われらは、さきに日本国憲法の人類普遍の原理に則り、教育基本法を制定して、わが国家及びわが民族を中心とする教育の誤りを徹底的に払拭し、真理と平和とを希求する人間を育成する民主主義的教育理念をおごそかに宣明した。その結果として、教育勅語は、軍人に賜はりたる勅諭、戊申詔書、青少年学徒に
賜はりたる勅語その他の諸詔勅とともに、既に廃止せられその効力を失つている。
 しかし教育勅語等が、あるいは従来の如き効力を今日なお保有するかの疑いを懐く者あるをおもんばかり、われらはとくに、それらが既に効力を失つている事実を明確にするとともに、政府をして教育勅語
の他の諸詔勅の謄本をもれなく回収せしめる。
 われらはここに、教育の真の権威の確立と国民道徳の振興のために、全国民が一致して教育基本法の明
示する新教育理念の普及徹底に努力をいたすべきことを期する。
 右決議する。
(引用終わり)