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wakaben6888のブログ

憲法を大事にし、音楽を愛し、原発を無くしたいと願う多くの人と繋がれるブログを目指します

鈴木邦男さんの「愛国」スピーチ@3/19国会正門前~全編文字起こし

 本日(2017年3月25日)配信した「メルマガ金原No.2762」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
鈴木邦男さんの「愛国」スピーチ@3/19国会正門前~全編文字起こし

 5日前(3月20日)のメルマガ(ブログ)「「愛国」二題~山口二郎氏「愛国の作法」と鈴木邦男氏「愛国心スピーチ」」の片方、鈴木邦男氏の「愛国心スピーチ」をスピンオフさせ、再度取り上げたいと思います。
 鈴木邦男さんのスピーチは、3月19日に行われた「『森友10万人デモ』安倍退陣に追い込もう! 緊急集会クライマックス」(国会正門前)で行われたものですが、「愛国」や「愛国者」とはどういうものか、誰にとっても非常に分かりやすく、腑に落ちるように語っておられましたので、是非多くの方に知っていただきたいと思い、IWJのダイジェスト映像から(スピーチ全体の中ではごく一部ですが)文字起こししました。
 
 その後、鈴木邦男さんのスピーチ部分だけ抜き出した動画もYouTubeにアップされているのに気がつき、また、その動画の説明(テキスト)に、「一部抜出してのまとめ概要」が掲載されているのに刺激を受け、この動画をFacebookで紹介する際に、「誰か、全編の文字起こしをやってくれる人はいないだろうか?」とコメントしておきました。
 
2017年3月19日森友10万人デモ集会:一水会最高顧問  鈴木 邦男さんスピーチ(12分03秒)
 

参考・集会の全編動画(2017年3月19日【森友10万人デモ】)(1時間57分)

鈴木邦男さんのスピーチは36分~48分です(制服向上委員会の歌が49分~1時間02分で聴けます)。
 
 すると、昨日になって、私の知人のKさんが、FBメッセンジャーを通じて、私の文字起こしした部分の後の方、「愛というのは普遍的なもののはずなのに、国境で区切られている愛なんてあるのか」という三島由紀夫の言葉を紹介している箇所以降の部分を文字起こしして送ってくださいました。
 そこで、ところどころ聴き取り難い箇所はあるものの、何とか全編文字起こしに挑戦してみようという意欲が湧いてきました。ということで、お送りするのが以下の文字起こしです。聴取不能の部分もありますし、聴き取りミスもあるでしょう。Kさんが送ってくださった部分も、動画と照合の上、私の責任で修正した箇所もありますので、全編について、過誤があれば全て私の責任です。
 是非、動画でスピーチ全体を視聴した上で、文字起こしもお読みいただければ、より理解が深まるものと思います。
 
鈴木邦男氏スピーチ文字起こし】
 今日は「森友10万人デモ」にご参加くださってありがとうございました。10万人の皆さま(笑)、私は皆さんと違って、ずっと右翼の運動をやっていました。50年近くやってますかね。皆さんはリベラルで、多分左翼的な運動をずっとやってきたでしょう。それは幸せだったと思います。僕はいろいろと縁があって、愛国運動というか、右翼運動をやってきました。でも、右翼でも左翼でもいい人はいます。右翼でもくだらない人はいっぱいます。左翼でもくだらない人はいっぱいいるでしょう。
 ですから、右と左の対立があるんじゃないんですよ。話し合える人と話し合えない人との違いがあるだけです。だから、いくら考え方が違ってもいいんですよ。話し合えれば。そうでしょう?(「そうだ!」の声と拍手)
 まず、安倍さんとか、あういう政治家に近寄ってくる、いろんな業者や学校や、いろんな人がいると思います。でも、なんであんな変な人を信用しちゃうのかというと、多分ね、自分のことを誉めてくれる人をまず信用しちゃう。「愛国心」のある人は、なんか大丈夫と思っちゃうんですね。特に「愛国心」の問題ですね。いろいと批判があっても、でも、小学校や幼稚園から教育勅語を言わせてると、こんな人に悪い人はいないだろうと、そういう思い込みがあるんですよ。
 たとえばまた、ひどいヘイトスピーチもありましたね、デモ。あの時でも、安倍さんが(聴取不能)だと、○○さんなんかに国会で訊かれたら、「たしかに不愉快で下品である」と、そういう風に言いますよね。でもね、全く否定はしないんですよ。というのは、ああいう口汚いひどいデモがあるのは、韓国や中国がもっとひどいからだと、それに対する反発があるからだと。そういう意味でね、彼らは、どっかね、連帯し合ってるところがあるんですね。お互い嫌い合ってるけども、利用し合ってる。それが、その森友学園もそうだと思うんですね。
 だって、今、教育勅語、憶えてる人いないですよ。僕も知りません。(歴代の)天皇の名前も知りません。右翼でしたらみんな知ってると思うかもしれませんが、知らないです。というのは、10年、20年前くらいまではね、結構、右翼の人たちも、「我々は右翼なんだから、きちっと教育勅語を奉読しなくちゃ」と、そういう人もいました。だから、どんな集会に行っても、教育勅語奉読というのをやってました。でもそれはね、右翼の先輩である野村秋介さんが止めさせたんです。なぜ止めさせたかというと、これ義務で、俺たち愛国者だから、俺たちは右翼だから、やらなくちゃいけないんだということでやってる。そうすると、若い人が読むと、つっかえるんですね(笑)。難しいから、読めないんです。それで、「なんだこれは」ろ思って野村さんが言ったのは、「義務でやるなんて止めろ。心がこもってないんなら止めろ」と、そういうことで止めさせました。多分、僕なんかがそんなこと言ったら殺されるでしょうけど、野村さんだからね、全部止めたんです。
 それから、どんな小さな集会でも、たとえば5人でも10人でも、国民儀礼をやるんです。国旗を奉じて、そして皇居を拝する。あるいは君が代を歌う。でも、考えてみてくださいよ。5人か10人で君が代を歌ったらね、まとまんないでしょう、全然。だからそれはね、君が代に対してやっぱり失礼だと思いますね。
 それからまた、「朝鮮人殺せ」だとか「韓国人殺せ」なんて言って、ヘイトスピーチでそういう人たちも日の丸立ててるでしょう。あれもね、日の丸に対して侮辱ですよね(「そうだ!」の声)。日の丸っていうのは対話の心、(不明)ですからね。いろんな世界中の人たちが日本に来て、それで民族や文化を取り入れて日本は大きくなってきたわけでしょ。それなのにもかかわらず、あんな排外的なデモをやるなど、それはもう、国旗がかわいそうですよ(「そうだ!」の声)。日の丸が泣いてますよね。そういう当たり前なことを言わなくてどうするんだと思いますね。
 で、教育勅語もそうですけど、子どもたちに教育勅語を暗唱させてどうするんですか。その子どもたちがどうなったかを、きちんと誰かルポしてみたらいいんじゃないですかね(笑)。
 それに、経営者もそうですけど、自分は「愛国者」であるという風に思ってるでしょうね。でも、愛国心というのはね、全部『自己申告』なんですよ。僕も今まで、『俺は愛国者だ』というのは、1万人以上の人に会ってます。でも、ほとんどが全部インチキですね。だって、自分で(愛国心があると)言うんですからね。それでまた、愛国心を言う人には『愛』はありません。本当に愛国心がある、日本が好きだというならば、この時代が好きだ、こういう人たちが好きだ、自分はそれに影響されて頑張っていこうというのなら、心の中で思ってればいいわけでしょう?それをわざわざ、『俺は愛国者だ』、『俺は愛国者だ』と言ったら、大体、『でも、あいつは違うんだ』と、誰かを批判するために言いますよね。でまた、他国を攻撃するために使いますよね。だから、NOや反対のために言うならば、それはもう愛国心じゃないだろうと。
 三島由紀夫は1970年に自決しましたけれど、その2年前に、実は朝日新聞に、愛国心について文章を書いている。その時、僕も読みました。『愛国心という言葉は嫌いだ』と書いてあるんですよ。『これ(愛国心という言葉)は官製のにおいがする。国家が押しつけてる。自分だけが日本からぽっと抜け出して、なんか犬か陶器を愛するように愛してる。そういう思い上がりの心がある。さらに、愛というならば、普遍的なもののはずなのに、国境で区切られている愛なんてあるのか』とあって、すごいなと思って(拍手)。
 ただ、その時は分かりませんでした。1968年ですから、まだ僕はバリバリの右翼だったから分かりませんでした。せっかく愛国心について我々が話をしているのに、三島由紀夫はなんで左翼に迎合するようなことを言うんだ、馬鹿野郎と怒っていました。
 でも三島由紀夫はね、多分、1968年の人に対して言ったんじゃないんですよ。今の我々に対して言ったんですよ(喝采)。そうでしょ、今は、なんか「愛国心」というと、それだけで自分は立派なような気がすると、そんな風に思ってるんですよ。そして、国家が強くなったら、自分たちも強くなれるんだよ、という風な錯覚を持っている。でも、国家が強くなったら、人民はもっともっと弱くなりますよ。そうでしょ?(「そうだ!」の声)
 憲法だってそうですよ。憲法さえ変わったら全て良くなると、昔僕らは思ってました。僕らが学生の頃は、諸悪の根源「日本国憲法」って言ってました。この憲法がすべて悪の元凶であると。日本が沈滞しているのも、また非行が多いのも、犯罪が多いのも、離婚が多いのも、全て憲法のせいだと、憲法さえ変わったら全部世の中良くなるんだと思ってました。本当に信じてましたね。スローガンじゃなくて。でも、そんなことはないんですよね(笑いと拍手)。それで今は、やはり我々の自由や権利やそういったものが必用だろうと思ってます(拍手)。
 国家が強くなって、軍備が増強して、若者はだらしがないから全部徴兵しろとか、あるいは核兵器を持てとか、核兵器を持った方が経済的だと、そういう人もいます。そういうことでどんどんどんどん憲法に期待して、憲法に依存するようになりましたよね。そのことによって、個人の権利や、こういう集会やデモや、それらがやれなくなっちゃう。だったらば、どっちがいいのかと。自主的な憲法を作って我々が抑圧された方がいいのか。そうじゃないだろうと。アメリカから押し付けられた憲法でも、自由があったらいいじゃないですか(拍手)。
 憲法があって、それに当てはめるように我々がいるんじゃないんですよ。我々があって我々のために憲法を作るわけですよね(「そうだ!」の声と拍手)。
 「愛国心」もそうですね。「愛国心」という人たちは、本当ならば、自分は家族を愛する。地域の人々を愛する。そのように日本全体を愛するというのを「愛国心」と言うけれども、「愛国心」を叫んでいる人は、まず家庭で嫌われている(爆笑)。地域でも嫌われている。学校でも相手にされていない。でも、俺は日本を愛してるんだ。日本も俺を必要としてるんだ。これ錯覚ですね。だから「愛国心」だと言ってることはほとんど錯角の人だね。病気ですよ。僕も昔は病気でした。
 それに、自己申告ですから、これはおかしいですね、「俺は愛国者だ」。たとえば、「俺は愛妻家です」と言ったら、奥さんが本当かどうか証言してくれますけど、「愛国者」だったら、国家は口がきけないから、言ってくれないですからね。だから、試験をすればいいと思うんですね。愛国者認定試験(笑)。一級愛国者とか、二級愛国者とか。でも、その試験が難しいですね。僕なんか落ちたかもしれないですね(笑)。だから、難しいことなんだから、あまり大げさに言わないで、自分の心の中で持ったらいいだろうと。
 僕はいままで何万人と「愛国者」と会ってきましたけども、自分で「俺は愛国者だ」と言う人たちは、「だからこれぐらいやってもいいんだ。だから少しぐらい乱暴してもいいんだ」。そういう風なことに使われるんですよね。逆に、私はそういうことは知らない、「愛国心」なんかないと言いながら、人に優しくして、困ってる人にはお金を貸してくれると、そういう人がいるでしょ。結果的には、そっちの方がずっと「愛国者」じゃないですか(拍手)。だから、今回の事件でも、やっぱり「愛国心」っていうのが一番錯覚だと思うんです。それをきちんと皆が理解しないと。そういうことだと思います。そこに問題の本質があるんはないかと思います。皆さん、これから頑張っていきましょう。ありがとうございました(拍手)。