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「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議」(第56回日本弁護士連合会人権擁護大会)

 今晩(2013年10月9日)配信した「メルマガ金原No.1507」を転載します。
 なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
 
恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議」(第56回日本弁護士連合会人権擁護大会)
 
 去る(2013年)10月3日(木)・4日(金)の両日、広島市において、日本弁護士連合会の年間最大行事である人権擁護大会(第56回)が開かれました。
 初日の3日に開催される3つの分科会は、いずれも興味深い内容であり、特に第2分科会(憲法)には是非参加したいと思い、日帰りで和歌山と広島を往復する計画も立てていたのですが、よんどころない所用のために参加できなかったのは残念でした。
 
 3日に開催された3つの分科会というのは以下のようなものでした。
 
第1分科会
「放射能による人権侵害の根絶をめざして~ヒロシマから考える、福島原発事故と被害の完全救済、そして脱原発へ~」
第2分科会
「なぜ、今『国防軍』なのか-日本国憲法における安全保障と人権保障を考える-」
第3分科会
「「不平等」社会・日本の克服-誰のためにお金を使うのか-」
 
 そして、各分科会のテーマに沿った大会決議が、2日目に採択されるのが慣例となっています。それに加えて、分科会とは別個のテーマについての決議がなされることもあります。
 今年の広島の大会では、以下の4つの決議がなされました。
 
福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2013/2013_3.html
「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2013/2013_1.html
「立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議」
 http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2013/2013_4.html
恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議」
 
 この内、分科会テーマとは別個になされたのが「立憲主義の見地から憲法改正発議要件の緩和に反対する決議」であり、結局、4本の決議の半分が憲法関連ということになりました。
 そして、2つの決議を読み込んでみると、(とりわけ国防軍の創設に反対する決議は)従来の日弁連決議の枠を乗り越え、日弁連として、憲法そのものの危機を座視することなく、明確な決意を表明すべきだという意思がしっかりと伝わってきました。
 
 日弁連の従来の「枠」というのは、こういうことです。
 日本弁護士連合会は、日本で弁護士としての活動をしようとする以上、必ず入会しなければならない強制加入団体です。従って、橋下徹大阪市長のような人物でさえ、日弁連会員として迎え入れねばらないのです(日弁連会員でなければならないことは橋下氏にとっても不本意かもしれませんが)。
 そのような、様々な考え方の人間を全て包摂せざるを得ないが故に、会内でも意見の別れる問題について、日弁連としての明確な意見表明がしにくいという制約がついて回り、とりわけ憲法「9条」をめぐっては、相当に「微妙な」葛藤があったものと思われます。
 
 例えば、5年前、富山で開かれた第51回人権擁護大会で採択された「平和的生存権および日本国憲法9条の今日的意義を確認する宣言」は、その末尾で以下のように述べていました。
 
(抜粋引用開始)
 憲法は、個人の尊厳と恒久の平和を実現するという崇高な目標を掲げ、その実現のための不可欠な前提として平和的生存権を宣言し、具体的な方策として憲法9条を定めている。
 当連合会は、平和的生存権および憲法9条の意義について広く国内外の市民の
共通の理解が得られるよう努力するとともに、憲法改正の是非を判断するための必要かつ的確な情報を引き続き提供しつつ、責任ある提言を行い、21世紀を輝かしい人権の世紀とするため、世界の人々と協調して基本的人権の擁護と世界平和の
実現に向けて取り組むことを決意するものである。
 以上のとおり宣言する。
(引用終わり)
 
 この富山での人権擁護大会に参加した私は、和歌山に帰ってきた後に知人から、「それで日弁連は、9条を変えるべきではないというのか、変えることも容認するというのか、どちらなのか?」と問われて答えに窮したものでした。
 
 そこで今年の「恒久平和主義、基本的人権の意義を確認し、「国防軍」の創設に反対する決議」では、その辺がどうなっているのかが注目されたのです。
 
 提案理由については、日弁連サイトのリンク先を読んでいただくとして、ここには決議自体の全文を引用します。
 
(引用開始)
 “不戦”は人類の等しく共有する痛切な願いである。日本国憲法は過去の軍国主義の歴史と先の大戦の惨禍への深い反省に基づいて、憲法前文に平和的生存権を謳い、憲法第9条に戦争の放棄と戦力を保持しないという徹底した恒久平和主義を定め、国家権力に縛りをかけた。この憲法前文憲法第9条は、戦後68年間、戦争を防ぎ、我が国の平和を確保する上で重要な役割を果たしてきた。ところが今、この戦争防止のための条項をなくそうという憲法改正の動きが強まっている。
 近時公表されている憲法改正草案等の中では、平和的生存権を前文から削除し、「戦争の放棄」の章題を変更した上、戦力の不保持・交戦権の否認を定める第9条第2項を削除して国際的軍事協力も任務とする「国防軍」等(以下「『国防軍』」という。)を保有する規定を設けるとするものがある。このような「国防軍」は、日本の国土防衛の枠を超えて、これまで、政府見解でも憲法上禁じられてきた集団自衛権の行使を容認し、海外での権益を守るなどの名の下での軍事力の行使や、国際平和協力活動の名の下での海外での軍事活動に道を開くものとなる。さらに国民に向かっての治安維持活動も拡大する危険がある。
 このような「国防軍」の創設は、国民の平和的生存権をはじめとする基本的人権
を危うくし、かえって我が国の安全保障を損なうおそれが強い。
 第1に、「国防軍」の創設は、自衛隊を、他国との軍事協力を可能にして、海外
において同盟軍とともに武力行使をできる軍隊とすることを意味する。また、海外での権益を守るなどの名目で武力行使が際限なく拡大することへの歯止めがなくなるおそれがあり、憲法の基本原理である徹底した恒久平和主義を崩壊させて我が国を再び戦争へと導くおそれがある。
 第2に、「国防軍」は軍事機密保護法の制定、一般裁判所と区別される軍事裁
判所等の設置、緊急事態宣言などの法制を伴っており、これらは統治機構に対する国民の民主的コントロールを後退させて民主主義の基盤を掘り崩し、平和的生存権をはじめとする基本的人権の保障を極めて危うくする。
 第3に、現在、北東アジアにおいては、様々な緊張関係が存在しているが、これ
らの紛争・対立は軍事力によって解決すべきものではなく、あくまで平和的方法による協調的・地域的安全保障の形成による解決こそが強く求められている。このような状況の中で自衛隊を「国防軍」とし、海外において戦争のできる軍隊とすることは、先の大戦の深刻な反省の下に採用された恒久平和主義を放棄するものと各国から受け取られ、北東アジアの緊張を増大し、かえって我が国の安全保障を損なうおそれが強い。
 今、我が国に求められているのは、何よりも日本国憲法が目指す個人の尊重を
根本とした立憲主義に基づく基本的人権の保障であり、軍事力によらない平和的方法による国際的な安全保障実現のためのリーダーシップの発揮である。
 当連合会は、弁護士法の定める「基本的人権の擁護と社会正義の実現」という
使命に立脚し、改めて日本国憲法の前文の平和的生存権や憲法第9条に示された基本原理である徹底した恒久平和主義の意義及び基本的人権尊重の重要性を確認し、ここに「国防軍」の創設に強く反対するものである。
 以上のとおり決議する。
(引用終わり)
 
 どうでしょうか?5年前の「宣言」と比べて。
 私は「日弁連憲法委員会は頑張ったな」と思っているのですが。
 私の理解するところはこうです。「9条」をめぐって日弁連内にも意見の対立があること自体は5年前と変わっていないと思いますが、変わったのは「憲法をめぐる情勢」の方です。
 2012年4月27日に発表された自民党「日本国憲法改正草案」の内容が具体化される危険性(それは明文改憲だけのことではありません)が、その後の国政選挙の結果と、第二次安倍内閣「暴走」によって、にわかに高まってきました。
 このような状況の下、日弁連内「改憲派」も、「自民党改憲案を認めるというのか?」と問い詰められて、「自分は自民党案を支持する」と答える「勇気」のある者はそうはいないだろうと思います(いても相当な少数派でしょう)。
 今年の「決議」が5年前の「宣言」よりも歯切れが良くなった最大の功労者は、実は自民党「日本国憲法改正草案」の存在だろうというのが私の見方です(別に「皮肉」で言っている訳ではありません)。
 

 

 日弁連を先頭に、各地の弁護士会が、この決議を踏まえたより具体的・積極的な運動を行っていくことが要請されているのであり、私も会員の1人として微力を尽くさねばと思います(ただし、「憲法委員会」の委員にだけはなりたくないな)。