自民党の憲法改正草案批判~「緊急事態条項」を中心に(参院選の結果を踏まえた憲法学習会用レジュメ)
今晩(2016年10月6日)配信した「メルマガ金原No.2591」を転載します。
なお、「弁護士・金原徹雄のブログ」にも同内容で掲載しています。
自民党の憲法改正草案批判~「緊急事態条項」を中心に(参院選の結果を踏まえた憲法学習会用レジュメ)
今晩(10月6日)午後7時から、和歌山県庁近くの高校会館において開催された「憲法九条を守るわかやま県民の会」総会後の学習会で講師を務めてきました。
これまでの慣例通り(?)、講演当日のメルマガ(ブログ)は、別の素材で書いている時間がないため、レジュメをそのまま掲載させてもらいます。
今までにも、何度もレジュメを掲載していますので、「いつか読んだことがあるな」という箇所が次々と出てくるかと思います。それもそのはず、似たようなテーマで直近に書いたレジュメを下敷きにして、今回の依頼の趣旨に応じた手直しや、最新の情勢を踏まえたアップトゥーデートを施すという、おそらく誰もがやっていると思われる方法でレジュメを作っていますから、当然、読んだことのある箇所が続出するでしょう。
今回のレジュメの下敷きにしたのは、今年の6月15日に「憲法をまもりくらしに活かす田辺・西牟婁会議」のお招きにより、和歌山県田辺市で行った講演でした。その時のレジュメも、当日のうちにメルマガで配信し、ブログにアップしています(自民党「日本国憲法改正草案」批判レジュメ~2016年参院選直前ヴァージョン/2016年6月15日)。
今晩(10月6日)午後7時から、和歌山県庁近くの高校会館において開催された「憲法九条を守るわかやま県民の会」総会後の学習会で講師を務めてきました。
これまでの慣例通り(?)、講演当日のメルマガ(ブログ)は、別の素材で書いている時間がないため、レジュメをそのまま掲載させてもらいます。
今までにも、何度もレジュメを掲載していますので、「いつか読んだことがあるな」という箇所が次々と出てくるかと思います。それもそのはず、似たようなテーマで直近に書いたレジュメを下敷きにして、今回の依頼の趣旨に応じた手直しや、最新の情勢を踏まえたアップトゥーデートを施すという、おそらく誰もがやっていると思われる方法でレジュメを作っていますから、当然、読んだことのある箇所が続出するでしょう。
今回のレジュメの下敷きにしたのは、今年の6月15日に「憲法をまもりくらしに活かす田辺・西牟婁会議」のお招きにより、和歌山県田辺市で行った講演でした。その時のレジュメも、当日のうちにメルマガで配信し、ブログにアップしています(自民党「日本国憲法改正草案」批判レジュメ~2016年参院選直前ヴァージョン/2016年6月15日)。
今回は、自民党改憲案の中でも特に「緊急事態条項」に力点を置いて欲しいというご依頼でしたので、その辺を補充する必要があったのと、今夏の参院選の結果、改憲勢力が衆参両院で2/3以上の議席を持つに至ったという情勢を踏まえ、何を警戒しなければならないかを述べるべきだろうと考えた結果、冒頭で、緊急事態条項を新設する改憲発議がなされたら、国民投票期日までの間にどういうことが起こるのか、具体的なイメージを持っていただくためのシミュレーションを試みました。
もっとも、本当のシミュレーションをやろうとすれば、もっと色々な立場の者が集まってプロジェクトチームを作り、様々な事態を想定した上で、その影響や対策を考えるという取組が必要であり、私はどこかが音頭を取ってやるべきだと本気で思っています。
ところで、私は、今月22日(土)には、「憲法を生かす会 和歌山」主催の講演会のご依頼も受けており、そちらのレジュメはまだ全く手付かずなのです。テーマは、「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」というもので、充分、今日のテーマ「自民党の憲法改正草案批判~「緊急事態条項」を中心に」と関連はありそうなので、今日のレジュメをベースに改訂を加えるということになると思います(開催予告10/22「参院選後の改憲の動きと私たちの課題」(講師:金原徹雄弁護士)@和歌山市中央コミセン/2016年9月4日)。
なお、レジュメを印刷して読まれる場合には、PDFファイルからどうぞ。
弁護士 金 原 徹 雄
【本日のお話の構成】
1 はじめに~あるシミュレーション
2 自民党「日本国憲法改正草案」の位置付け
3 自民党「日本国憲法改正草案」の問題点(「緊急事態条項」以外)
(1)立憲主義との決定的対立
(2)「個人」が消えた自民党改憲案
(3)復古主義の衣をまとった「新自由主義」至上憲法
(4)平和主義の放棄
4 緊急事態条項は不要であるばかりか有害で危険
(1)どのような規定を設けようとしているのか
(2)大日本帝国憲法ではどうだったか
(3)日本国憲法に「緊急事態条項」がないのは何故か
(4)世界中の憲法に「緊急事態条項」があるというけれど
(5)改憲派のデマに対抗するために
(6)「緊急事態条項」は戦争をするためのもの
5 終わりに~「学習」と「運動」を両輪として
1 はじめに~あるシミュレーション
2 自民党「日本国憲法改正草案」の位置付け
3 自民党「日本国憲法改正草案」の問題点(「緊急事態条項」以外)
(1)立憲主義との決定的対立
(2)「個人」が消えた自民党改憲案
(3)復古主義の衣をまとった「新自由主義」至上憲法
(4)平和主義の放棄
4 緊急事態条項は不要であるばかりか有害で危険
(1)どのような規定を設けようとしているのか
(2)大日本帝国憲法ではどうだったか
(3)日本国憲法に「緊急事態条項」がないのは何故か
(4)世界中の憲法に「緊急事態条項」があるというけれど
(5)改憲派のデマに対抗するために
(6)「緊急事態条項」は戦争をするためのもの
5 終わりに~「学習」と「運動」を両輪として
1 はじめに~あるシミュレーション
(1)201X年〇月△日、自民党、公明党の与党に加え、日本維新の会、日本のこころ他無所属の一部も加わり、衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成を得て、初めて日本国憲法改正案を国会が発議した。
※参考
衆議院(第192回国会開会時点での現在議席数)475議席の内
自由民主党・無所属の会 291
公明党 35
日本維新の会 15
3党計 341(71.8%)
参議院(第192回国会開会時点での現在議席数)242議席の内
自由民主党 122
公明党 25
日本維新の会 12
日本のこころ 3
4党計 162(66.9%)
(1)201X年〇月△日、自民党、公明党の与党に加え、日本維新の会、日本のこころ他無所属の一部も加わり、衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成を得て、初めて日本国憲法改正案を国会が発議した。
※参考
衆議院(第192回国会開会時点での現在議席数)475議席の内
自由民主党・無所属の会 291
公明党 35
日本維新の会 15
3党計 341(71.8%)
参議院(第192回国会開会時点での現在議席数)242議席の内
自由民主党 122
公明党 25
日本維新の会 12
日本のこころ 3
4党計 162(66.9%)
「日本国憲法の改正手続に関する法律」第2条に基づき、国会は、発議の日から起算して90日後にあたる同年●月▲日を国民投票の期日と定めた(期日は発議の日から「起算して六十日以後百八十日以内」で国会が定める)。
第九章 緊急事態
(緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上 必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
(緊急事態の宣言)
第98条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
(緊急事態の宣言の効果)
第99条 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上 必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
(3)自民党、公明党、日本維新の会などの政党は言うに及ばず、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に結集した日本会議、神社本庁、日本青年会議所などが総力を挙げて、憲法改正案への賛成投票を呼びかける「国民投票運動」を行ったことは言うまでもない。
神社本庁傘下の全国の神社の境内には、「憲法改正国民投票で賛成票を投じよう」「緊急事態条項は国民を守る!」などというスローガンを掲げた幟がはためき、電車やバスの中吊り広告でも、同じような意見広告を頻繁に目にするようになった。
国民投票運動は、選挙運動とは異なり、活動主体に制限はなく、また運動の方法についての制限もほとんどない。罰則規定はあるが、通常の国民にとっては、「買収以外は何でもあり」と言っても過言ではない。経済的格差による実質的不平等に配慮した規定はなく、「国民投票運動の自由」が最大限に保障されている。
唯一、規制らしい規制といえば、「国民投票の期日前十四日に当たる日から国民投票の期日までの間においては」「放送事業者の放送設備を使用して、国民投票運動のための広告放送をし、又はさせることができない。」というスポットCM禁止規定(国民投票法第105条)がある程度であり、それも、間際の14日間だけの放送広告に限った規制であり、それ以前のテレビCMは自由、新聞広告に至っては、国民投票期日の当日までいくらでも広告を打てることになっている。
「国民投票運動の自由」が保障されている結果として、例えば、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が集めた1000万人署名の署名用紙に記載された電話番号宛に(この署名用紙には、氏名・住所だけではなく、電話番号も記載する書式になっている)、「来る●月▲日の国民投票には、是非とも賛成票を投じてください」という電話が組織的にかかってくることになる。実際、この署名用紙の末尾には「「ご賛同者」の皆様には、国民投票の際、賛成投票へのご賛同の呼びかけをさせていただくことがあります」という利用目的についての注記があり(しかも「どこから」電話があるとは書いていない)、個人情報保護法上の要件をクリアしている。
さらに、自民党、公明党、日本維新の会などの議員(地方議員を含む)には、後援会組織を利用して、末端まで「改憲賛成票」を投じるように浸透させることが党本部から指示される。
また、企業、団体、組織などを利用した締め付けにより、「賛成票」の調達が推進される。
神社本庁傘下の全国の神社の境内には、「憲法改正国民投票で賛成票を投じよう」「緊急事態条項は国民を守る!」などというスローガンを掲げた幟がはためき、電車やバスの中吊り広告でも、同じような意見広告を頻繁に目にするようになった。
国民投票運動は、選挙運動とは異なり、活動主体に制限はなく、また運動の方法についての制限もほとんどない。罰則規定はあるが、通常の国民にとっては、「買収以外は何でもあり」と言っても過言ではない。経済的格差による実質的不平等に配慮した規定はなく、「国民投票運動の自由」が最大限に保障されている。
唯一、規制らしい規制といえば、「国民投票の期日前十四日に当たる日から国民投票の期日までの間においては」「放送事業者の放送設備を使用して、国民投票運動のための広告放送をし、又はさせることができない。」というスポットCM禁止規定(国民投票法第105条)がある程度であり、それも、間際の14日間だけの放送広告に限った規制であり、それ以前のテレビCMは自由、新聞広告に至っては、国民投票期日の当日までいくらでも広告を打てることになっている。
「国民投票運動の自由」が保障されている結果として、例えば、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が集めた1000万人署名の署名用紙に記載された電話番号宛に(この署名用紙には、氏名・住所だけではなく、電話番号も記載する書式になっている)、「来る●月▲日の国民投票には、是非とも賛成票を投じてください」という電話が組織的にかかってくることになる。実際、この署名用紙の末尾には「「ご賛同者」の皆様には、国民投票の際、賛成投票へのご賛同の呼びかけをさせていただくことがあります」という利用目的についての注記があり(しかも「どこから」電話があるとは書いていない)、個人情報保護法上の要件をクリアしている。
さらに、自民党、公明党、日本維新の会などの議員(地方議員を含む)には、後援会組織を利用して、末端まで「改憲賛成票」を投じるように浸透させることが党本部から指示される。
また、企業、団体、組織などを利用した締め付けにより、「賛成票」の調達が推進される。
(4)201X年●月▲日、史上初の憲法改正国民投票が行われた。投票日当日の全国紙朝刊各紙に、自民党、公明党、日本維新の会などの政党だけではなく、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などの民間団体も、「改憲案に賛成を!」という意見広告を盛大に掲載する中で。
さて、その結果は?
さて、その結果は?
(5)悪夢のような(?)シミュレーションについて若干の補足説明を。
自民党の「日本国憲法改正草案」第98条、第99条という現在の緊急事態条項のままで公明党や日本維新の会が賛成するのか?いくら何でもこのままということはないだろう、というようなことはもちろんあります。その辺のすり合わせは当然ながら、行われるでしょう。
それから、衆参両院で改憲勢力が2/3を超えたのは事実ですが、それでもまだしも参議院の方がきわどい2/3であることは事実です。
けれども、こと「国民投票運動」に関しては、私の「シミュレーション」はほぼ外れないだろうという自信(?)があります。これまでの、日本会議、神社本庁、日本青年会議所などの改憲に向けた動きを跡づけてくれば、そして、国民投票法の諸規定を通読すれば、こうとしかなりようがないと思うからです。
自民党の「日本国憲法改正草案」第98条、第99条という現在の緊急事態条項のままで公明党や日本維新の会が賛成するのか?いくら何でもこのままということはないだろう、というようなことはもちろんあります。その辺のすり合わせは当然ながら、行われるでしょう。
それから、衆参両院で改憲勢力が2/3を超えたのは事実ですが、それでもまだしも参議院の方がきわどい2/3であることは事実です。
けれども、こと「国民投票運動」に関しては、私の「シミュレーション」はほぼ外れないだろうという自信(?)があります。これまでの、日本会議、神社本庁、日本青年会議所などの改憲に向けた動きを跡づけてくれば、そして、国民投票法の諸規定を通読すれば、こうとしかなりようがないと思うからです。
2 自民党「日本国憲法改正草案」の位置付け
(1)冒頭、頭が痛くなるような憲法改正国民投票のシミュレーションからお話を始めたのは、1つには、現在の憲法を取り巻く諸状況が、参院選の結果一変したという認識を持つ必要があるということなのですが、もう1つの理由としては、今日の学習会のテーマである自民党「日本国憲法改正草案」が、具体的な改憲案を発議するための「たたき台」というか「商品見本」というか、そのような具体的役割をようやく担う時期が到来したということに注意を喚起したかったということがあります。
国会法第68条の3は「憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。」と定めていますから、もともと、同草案全体を国民投票にかける(事実上の「全部改正」)ことは法律上出来ないことになっています。
従って、具体的な「見本」の中から、様々な政治的事情を勘案し、改憲勢力内での調整が可能で、国民投票での過半数も確実に得られる見込みのある条項を絞り込む、ということになるはずなのです。
その第一弾が、巷間伝えられるところによれば、緊急事態条項であるというのが驚きます。少しでも法学の素養がある者が自民党案を読めば、「これはないだろう!」と思うはずなのですが。
(1)冒頭、頭が痛くなるような憲法改正国民投票のシミュレーションからお話を始めたのは、1つには、現在の憲法を取り巻く諸状況が、参院選の結果一変したという認識を持つ必要があるということなのですが、もう1つの理由としては、今日の学習会のテーマである自民党「日本国憲法改正草案」が、具体的な改憲案を発議するための「たたき台」というか「商品見本」というか、そのような具体的役割をようやく担う時期が到来したということに注意を喚起したかったということがあります。
国会法第68条の3は「憲法改正原案の発議に当たつては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする。」と定めていますから、もともと、同草案全体を国民投票にかける(事実上の「全部改正」)ことは法律上出来ないことになっています。
従って、具体的な「見本」の中から、様々な政治的事情を勘案し、改憲勢力内での調整が可能で、国民投票での過半数も確実に得られる見込みのある条項を絞り込む、ということになるはずなのです。
その第一弾が、巷間伝えられるところによれば、緊急事態条項であるというのが驚きます。少しでも法学の素養がある者が自民党案を読めば、「これはないだろう!」と思うはずなのですが。
(2)ここでは、改憲の「ショーウインドウ」としての自民党「日本国憲法改正草案」の性格を浮き彫りにするため、先にご紹介した「美しい日本の憲法をつくる国民の会」による1000万人署名の署名用紙の冒頭に書かれた「改憲目標」と、それに対応する自民党改憲案の条項を(括弧内に)示しておきます(もちろん、この署名用紙自体、自民党改憲案を十二分に意識して作成されています)。
①前文には、美しい伝統・文化を盛り込み、世界平和に貢献する日本の使命を明記しましょう。(前文)
①前文には、美しい伝統・文化を盛り込み、世界平和に貢献する日本の使命を明記しましょう。(前文)
②第1章には、天皇陛下が日本国を代表する元首であることを明記しましょう。(第1条)
③9条は、1項の平和主義は堅持し、2項では自衛隊の憲法上の規定を明記しましょう。(第9条、第9条の2)
④地球的規模の環境破壊が進む中、自然との共存や環境保全の規定を新設しましょう(第25条の2)
⑤国家や社会の基礎となる家族保護の規定を新しく盛り込みましょう。(第24条1項)
⑥国民を大規模災害などから守る緊急事態対処のための規定を新設しましょう(第98条、第99条)
⑦憲法改正への国民参加を促すため、96条の憲法改正要件を緩和しましょう。(第100条)
③9条は、1項の平和主義は堅持し、2項では自衛隊の憲法上の規定を明記しましょう。(第9条、第9条の2)
④地球的規模の環境破壊が進む中、自然との共存や環境保全の規定を新設しましょう(第25条の2)
⑤国家や社会の基礎となる家族保護の規定を新しく盛り込みましょう。(第24条1項)
⑥国民を大規模災害などから守る緊急事態対処のための規定を新設しましょう(第98条、第99条)
⑦憲法改正への国民参加を促すため、96条の憲法改正要件を緩和しましょう。(第100条)
3 自民党「日本国憲法改正草案」の問題点(「緊急事態条項」以外)
ここからが今日の学習会の本題なのですが、「緊急事態条項」を中心に、と予告した手前、他の論点については、全体で1時間の中では、とても詳しくお話している余裕がありませんので、いくつかの重要論点について、関連する条項や資料を紹介するにとどめざるを得ません。
(1)立憲主義との決定的対立
①新設義務規定の多さ
第3条2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
第12条後文 国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
第21条2項 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
第24条1項後文 家族は、互いに助け合わなければならない。
第25条の2 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
第28条2項前文 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。
第92条2項 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。
第99条3項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
第102条1項 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
①新設義務規定の多さ
第3条2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
第12条後文 国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。
第21条2項 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
第24条1項後文 家族は、互いに助け合わなければならない。
第25条の2 国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない。
第28条2項前文 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。
第92条2項 住民は、その属する地方自治体の役務の提供を等しく受ける権利を有し、その負担を公平に分担する義務を負う。
第99条3項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
第102条1項 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
②憲法は誰が守るべきものか
現行憲法 第10章 最高法規
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
現行憲法 第10章 最高法規
第97条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
自民党改憲案 第11章 最高法規
現行の第97条 → 全文削除
(憲法の最高法規性等)
第101条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
(憲法尊重擁護義務)
第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
1888年(明治21年)6月22日、枢密院における伊藤博文の発言
「そもそも、憲法を創設するの精神は、第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり。ゆえに、もし憲法において臣民の権利を列記せず、ただ責任のみを記載せば、憲法を設くるの必要なし」 (原文は旧字・カタカナ・句読点なし)
現行の第97条 → 全文削除
(憲法の最高法規性等)
第101条 この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
(憲法尊重擁護義務)
第102条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
1888年(明治21年)6月22日、枢密院における伊藤博文の発言
「そもそも、憲法を創設するの精神は、第一君権を制限し、第二臣民の権利を保護するにあり。ゆえに、もし憲法において臣民の権利を列記せず、ただ責任のみを記載せば、憲法を設くるの必要なし」 (原文は旧字・カタカナ・句読点なし)
(2)「個人」が消えた自民党改憲案
現行憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党改憲案
第13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
現行憲法
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党改憲案
第13条 全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
自民党 日本国憲法改正草案Q&A(増補版)
Q14「日本国憲法改正草案」では、国民の権利義務について、どのような方針で規定したのですか?
答 国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。
また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。
例えば、憲法 11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。
Q14「日本国憲法改正草案」では、国民の権利義務について、どのような方針で規定したのですか?
答 国民の権利義務については、現行憲法が制定されてからの時代の変化に的確に対応するため、国民の権利の保障を充実していくということを考えました。そのため、新しい人権に関する規定を幾つか設けました。
また、権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。
例えば、憲法 11 条の「基本的人権は、……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。
(3)復古主義の衣をまとった「新自由主義」至上憲法
自民党改憲案 前文 第4段落
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
自民党改憲案 前文 第4段落
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
樋口陽一、小林節共著『「憲法改正」の真実』(集英社新書)での樋口陽一氏の発言
「「美しい国土」などについて謳う前文をもう一度、見てください。同じ前文のなかに、異様な規定があるでしょう。「活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」」
「「美しい国土」などについて謳う前文をもう一度、見てください。同じ前文のなかに、異様な規定があるでしょう。「活力ある経済活動を通じて国を成長させる。」」
「つまり、自民党改正草案が憲法になると、いわゆる新自由主義が国是になってしまうのです。」
「うっかり制限をつけ忘れたわけではないのでしょう(金原注:22条の経済活動の自由から「公共の福祉」による制限を削除したこと)。用意周到に、前文で新自由主義を国是とする宣言を行い、経済的領域における基本権だけ自由を拡大しているのです。」
「効率重視、競争の拡大を進めて、無限の経済成長を目標に置けば、「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」、この全部は壊れてしまいます。片方で日本独特の価値を追及しつつ、他方国境の垣根を取り払い、ヒト・モノ・カネの自由自在な流通を図るグローバル化を推進するというのは、矛盾というほかありません。」
「論理的にはひどく矛盾していますね。けれども、実はこの二つは表裏一体なのかもしれません。つまり、「美しい国土」など復古調の美辞麗句は、競争によって破綻していく日本社会への癒しとして必要とされた、偽装の「復古」なのではないかと思うのです。」
「うっかり制限をつけ忘れたわけではないのでしょう(金原注:22条の経済活動の自由から「公共の福祉」による制限を削除したこと)。用意周到に、前文で新自由主義を国是とする宣言を行い、経済的領域における基本権だけ自由を拡大しているのです。」
「効率重視、競争の拡大を進めて、無限の経済成長を目標に置けば、「国と郷土」「和」「家族」「美しい国土と自然環境」「良き伝統」、この全部は壊れてしまいます。片方で日本独特の価値を追及しつつ、他方国境の垣根を取り払い、ヒト・モノ・カネの自由自在な流通を図るグローバル化を推進するというのは、矛盾というほかありません。」
「論理的にはひどく矛盾していますね。けれども、実はこの二つは表裏一体なのかもしれません。つまり、「美しい国土」など復古調の美辞麗句は、競争によって破綻していく日本社会への癒しとして必要とされた、偽装の「復古」なのではないかと思うのです。」
(4)平和主義の放棄
現行憲法 前文 第2段落
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
自民党改憲案 前文 第2段落
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
現行憲法 前文 第2段落
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
自民党改憲案 前文 第2段落
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
現行憲法
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
自民党改憲案
(平和主義)
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第9条の2 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。
この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
自民党改憲案
(平和主義)
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第9条の2 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。
この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(領土等の保全等)
第9条の3 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
4 緊急事態条項は不要であるばかりか有害で危険
(1)どのような規定を設けようとしているのか
自民党改憲案は、「第9章 緊急事態」という一章を設けようとしていますが、その条文自体(第98条、第99条)は、冒頭の「はじめに~あるシミュレーション」(2)をご参照ください。
なお、シミュレーションとの関係でご紹介しておきたいのは、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が推進する「おしゃべり憲法カフェ」等のイベントで配布しているカラーパンフレット等で、とりわけ強調しているのが「緊急事態条項の新設」と「家族保護規定の導入」だということです。
ちなみに、そのパンフレットを読むと、緊急事態条項がなかったから東日本大震災で多くの人が死亡(震災関連死)したというようなとんでもないデマが平然と語られています。
(2)大日本帝国憲法ではどうだったか
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第70条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得
2 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第70条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需用アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得
2 前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第8条が緊急勅令、第70条が緊急財政処分と言われるものです。緊急勅令の例としては、1928年、治安維持法における「国体の変革」目的で結社を組織した者等を死刑を含む厳罰とする「改正」行ったことなどが有名です。
(3)日本国憲法に「緊急事態条項」がないのは何故か
日本国憲法には、参議院の緊急集会(第54条2項、3項)以外には、戦前の緊急勅令や緊急財政処分などに対応する「緊急事態条項」が設けられていません。その理由について、1946年、憲法改正が審議された第90回帝国議会(制憲議会)において、憲法担当の金森徳治郎国務大臣が明確に答弁しています(詳しくは、私のブログをご参照ください。/金森徳次郎国務大臣答弁と『新憲法の解説』を読む~災害を理由とした緊急事態条項は不要!/2016年5月29日)。
日本国憲法には、参議院の緊急集会(第54条2項、3項)以外には、戦前の緊急勅令や緊急財政処分などに対応する「緊急事態条項」が設けられていません。その理由について、1946年、憲法改正が審議された第90回帝国議会(制憲議会)において、憲法担当の金森徳治郎国務大臣が明確に答弁しています(詳しくは、私のブログをご参照ください。/金森徳次郎国務大臣答弁と『新憲法の解説』を読む~災害を理由とした緊急事態条項は不要!/2016年5月29日)。
「緊急勅令及ビ財政上ノ緊急処分ハ、行政当局者ニ取リマシテハ実ニ調法ナモノデアリマス、併シナガラ調法ト云フ裏面ニ於キマシテハ、国民ノ意思ヲ或ル期間有力ニ無視シ得ル制度デアルト云フコトガ言ヘルノデアリマス、ダカラ便利ヲ尊ブカ或ハ民主政治ノ根本ノ原則ヲ尊重スルカ、斯ウ云フ分レ目ニナルノデアリマス」
「併シナガラ民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス」
「随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」
「併シナガラ民主政治ヲ徹底サセテ国民ノ権利ヲ十分擁護致シマス為ニハ、左様ナ場合ノ政府一存ニ於テ行ヒマスル処置ハ、極力之ヲ防止シナケレバナラヌノデアリマス」
「随テ此ノ憲法ハ左様ナ非常ナル特例ヲ以テ――謂ハバ行政権ノ自由判断ノ余地ヲ出来ルダケ少クスルヤウニ考ヘタ訳デアリマス、随テ特殊ノ必要ガ起リマスレバ、臨時議会ヲ召集シテ之ニ応ズル処置ヲスル、又衆議院ガ解散後デアツテ処置ノ出来ナイ時ハ、参議院ノ緊急集会ヲ促シテ暫定ノ処置ヲスル、同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」
このような、制憲議会における政府の立場は、日本国憲法公布を期して刊行された『新憲法の解説』(1946年11月3日刊/法制局閲 内閣発行)でも、以下のように繰り返されています(現在は、岩波現代文庫『あたらしい憲法のはなし 他二編』(高見勝利編)に収録されています)。
(引用開始)
明治憲法においては、緊急勅令、緊急財政処分、また、いわゆる非常大権制度等緊急の場合に処する途が広くひらけていたのである。これ等の制度は行政当局にとっては極めて便利に出来ており、それだけ、濫用され易く、議会及び国民の意思を無視して国政が行われる危険が多分にあった。すなわち、法律案として議会に提出すれば否決されると予想された場合に、緊急勅令として、政府の独断で事を運ぶような事例も、しばしば見受けられたのである。
新憲法はあくまでも民主政治の本義に徹し、国会中心主義の建前から、臨時の必要が起れば必ずその都度国会の臨時会を召集し、又は参議院の緊急集会を求めて、立憲的に、万事を措置するの方針をとっているのである。
(引用終わり)
すなわち、現行憲法に旧憲法における緊急勅令や緊急財政処分などにあたる緊急事態条項が規定されていないのは、単なる「不備」というようなものではなく、明確な意図に基づき、「排除」されたのだということが明らかなのです。
(4)世界中の憲法に「緊急事態条項」があるというけれど
「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、「どう守る?国民の命と暮らし」というA3両面カラー印刷の豪華パンフレット(緊急事態条項に特化したもの)を作っていますが、「緊急事態条項は世界の常識!」というコーナーを設けています。そもそも、そこでいう各国の「緊急事態条項」の具体的中身の分析などは当然なされていない、というようなことはもちろんあるのですが、ここでは、このような主張に対する1つの応答例をご紹介したいと思います。
2016年4月30日、日弁連主催のシンポジウムでの石川健治東京大学教授(憲法学)の発言です。
「美しい日本の憲法をつくる国民の会」は、「どう守る?国民の命と暮らし」というA3両面カラー印刷の豪華パンフレット(緊急事態条項に特化したもの)を作っていますが、「緊急事態条項は世界の常識!」というコーナーを設けています。そもそも、そこでいう各国の「緊急事態条項」の具体的中身の分析などは当然なされていない、というようなことはもちろんあるのですが、ここでは、このような主張に対する1つの応答例をご紹介したいと思います。
2016年4月30日、日弁連主催のシンポジウムでの石川健治東京大学教授(憲法学)の発言です。
「『海外では(憲法に緊急事態条項があるのが)普通である』ということですが、確かに、緊急事態条項を持っている国は多いということがあります。何故そうなのかというと、その国は『戦争する』からなんですね。簡単にいえば、戦争をする準備である。我々は少なくとも『戦争を絶対しない』という憲法を持っているということですから、結局、根本問題はどこかということです。逆にいえば、根本問題を先送りして、緊急事態条項だけを作るということには意味がないということです。」
ここで、制憲議会における金森徳次郎国務大臣の答弁の一部を思い出してみましょう。参議院の緊急集会と並び、「同時ニ他ノ一面ニ於テ、実際ノ特殊ナ場合ニ応ズル具体的ナ必要ナ規定ハ、平素カラ濫用ノ虞ナキ姿ニ於テ準備スルヤウニ規定ヲ完備シテ置クコトガ適当デアラウト思フ訳デアリマス」と答弁していましたが、まさにそれを実現した諸規定が、災害救助法や災害対策基本法にたくさんあります。いわば、法的レベルでの「緊急事態条項」です。とりわけ、災害対策基本法の「第五章 災害応急対策」、特に「第四節 応急措置等」を参照してください。
(5)改憲派のデマに対抗するために
「嘘も100回言えば本当になる」とナチス宣伝相のゲッペルスが語ったというのは「嘘」らしいのですが、しかし、デマであっても、何度でも繰り返せば、それを信じ込む人もいるでしょう。
ということで、「緊急事態条項の新設」を推進するサイドが強調する「デマ」に対する分かりやすくて有効なカウンターを用意しておくことは重要です。
その際、非常に参考になる文章として、マガジン9に小口幸人弁護士が寄稿した以下の論考をご紹介します。
「嘘も100回言えば本当になる」とナチス宣伝相のゲッペルスが語ったというのは「嘘」らしいのですが、しかし、デマであっても、何度でも繰り返せば、それを信じ込む人もいるでしょう。
ということで、「緊急事態条項の新設」を推進するサイドが強調する「デマ」に対する分かりやすくて有効なカウンターを用意しておくことは重要です。
その際、非常に参考になる文章として、マガジン9に小口幸人弁護士が寄稿した以下の論考をご紹介します。
~「憲法おしゃべりカフェ」で流布されている~「緊急事態条項」をめぐる「四つのデマ」を検証
-検証1-「倒壊家屋に立ち入れない」は本当か
→災害対策基本法71条
-検証2-「車両を移動させられない」は本当か
→災害対策基本法64条、76条の6
-検証3-被災地のガソリン不足の原因は、首都圏の買いだめだったのか
→全くの嘘
-検証4-震災関連死は、憲法を変えれば防げるのか
→全く非論理的
-検証1-「倒壊家屋に立ち入れない」は本当か
→災害対策基本法71条
-検証2-「車両を移動させられない」は本当か
→災害対策基本法64条、76条の6
-検証3-被災地のガソリン不足の原因は、首都圏の買いだめだったのか
→全くの嘘
-検証4-震災関連死は、憲法を変えれば防げるのか
→全く非論理的
(6)「緊急事態条項」は戦争をするためのもの
大規模災害に対する備えとしては、事情を把握している現場に権限を下ろして迅速な対応を行うこと、日ごろから災害を想定して十分な準備をしておくことこそが求められており、内閣に「独裁権」を与える必要など全くないばかりか、有害無益です。
自民党改憲案も、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」としており、大規模災害は、国民投票での賛同を得るための「エサ」としか考えられません。
実態は、石川健治東大教授が言うとおり、戦争をするための前提として、この「緊急事態条項」が必要なのだということを広く国民に知らせる必要があります。
大規模災害に対する備えとしては、事情を把握している現場に権限を下ろして迅速な対応を行うこと、日ごろから災害を想定して十分な準備をしておくことこそが求められており、内閣に「独裁権」を与える必要など全くないばかりか、有害無益です。
自民党改憲案も、「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」としており、大規模災害は、国民投票での賛同を得るための「エサ」としか考えられません。
実態は、石川健治東大教授が言うとおり、戦争をするための前提として、この「緊急事態条項」が必要なのだということを広く国民に知らせる必要があります。
5 終わりに~「学習」と「運動」を両輪として
(1)憲法を取り巻く様々な危機の具体的内容をしっかりと見定める必要があります。そのためにも「学習」を怠らないようにしなければなりません。とりわけ、自民党「日本国憲法改正草案」については、集中的に理解を深める必要があります。
そのためには、これまでの常識を越えた「学習会の波」を起こし続ける必要があります。これまでよりも、呼びかける範囲を少しずつでも広げながら、学習会を継続的に実施する企画力こそが求められています。
(2)私たちの主張を対外的にアピールする活動を強化するためには、様々な形態を模索しながら、粘り強い「運動」を進める必要があります。安保法制の違憲性を司法に問う訴訟もその一環として取組が出来ればと考えて検討中です。
(3)以上の「学習」と「運動」は車の両輪です。「学習」をともなわない「運動」は方向性を見失い、「運動」をともなわない「学習」は空虚なものにならざるを得ません。
(4)学んだ者は、1人1人が改憲阻止のための「伝道師」としての役割を果たす自覚を持ち、まずは家族、親戚、さらに自らの周囲への働きかけを心掛けましょう。憲法に関心の薄かった者を1人でも説得できれば、立派な「護憲の伝道師」です。
(5)「伝道」の方法は、1人1人が最も得意とするところで力を発揮すべきです。対面による話し合いが効果的だとは思いますが、それが不得手な人は手紙やメールでもよいでしょう。
食わず嫌いでソーシャルメディアを敬遠するのではなく、Twitter や Facebookにも果敢に挑戦してください。ただし、あまりのめり込み過ぎても問題ですが。
(6)現実の情勢は冷静に分析しなければなりませんが、とはいえ、いかに情勢が厳しくとも、絶対に諦めないように、みんなが仲間を鼓舞するという意識を常に持つことが必要です。「評論家」になって、上から目線で仲間を批判したりするのは最悪です。
(7)ともに頑張りましょう。
(5)「伝道」の方法は、1人1人が最も得意とするところで力を発揮すべきです。対面による話し合いが効果的だとは思いますが、それが不得手な人は手紙やメールでもよいでしょう。
食わず嫌いでソーシャルメディアを敬遠するのではなく、Twitter や Facebookにも果敢に挑戦してください。ただし、あまりのめり込み過ぎても問題ですが。
(6)現実の情勢は冷静に分析しなければなりませんが、とはいえ、いかに情勢が厳しくとも、絶対に諦めないように、みんなが仲間を鼓舞するという意識を常に持つことが必要です。「評論家」になって、上から目線で仲間を批判したりするのは最悪です。
(7)ともに頑張りましょう。
(付記/素晴らしいブログのご紹介)
このレジュメを書いている途中で偶然見つけたブログです。愛知県名古屋市の由緒ある神社「清洲山王宮 日吉神社」の宮司・三輪隆裕さんが書かれているもので、どの投稿も立派な見識に裏打ちされており、読み応えがあります。
清洲山王宮 日吉神社 宮司のブログ
中でも、以下の記事などは是非一読していただければと思います。
憲法改正運動の危険性 2016年7月2日
神社本庁の取るべき道 2016年7月28日
(付録)
『世界』 作詞・作曲:ヒポポ田 演奏:ヒポポフォークゲリラ
『世界』 作詞・作曲:ヒポポ田 演奏:ヒポポフォークゲリラ